専門外 (3・27)
続・暗譜 (3・26)
暗譜 (3・24)
さらに・指揮について (3・23)
続々・指揮者デビュー (3・22)
続・指揮者デビュー (3・21)
指揮者デビュー (3・20)
助っ人の心得 (3・18)
続々・迷惑OB (3・17)
続・迷惑OB (3・16)
迷惑OB (3・14)
遠征は楽し (3・13)
続々・アガリ症 (3・ 9)
続・アガリ症 (3・ 7)
アガリ症 (3・ 6)
ランニングの効用 (3・ 5)
斜腹筋 (3・ 2)
音楽とスポーツ (3・ 1)
私ごとで恐縮ですが、この3月をもって10年間勤務した秋留台高校から異動することになりました。この10年には、語っても語り尽くせない思い出があるので、いずれ機会を見つけてまとめたいと思いますが、異動に際して一つホッとしていることは、異動先の青梅東高校にもブラスバンドがあって、私はその顧問を任せていただけることです。私ほどブラバン以外に能が無い教員が、ブラバンの顧問にされることは当たり前と思われる方が多いでしょう。しかし現実はそう甘くはありません。異動先でいきなり「好きなだけブラバンやっていいよ」と言われるのは、どちらかと言えば非常にラッキーなことであり、実際私も3校目にしてこういうのは初めてなのです。
前任校で全国レベルの実績を持った先生でさえ、その部が存在しないか、あっても弱小という学校に異動させられることは珍しくありません。まあ教員にとって部活は、あくまでメインの仕事では無いわけですから、当然と言えば当然です。そういう場合、たいてい顧問のなり手のいない部に回されることになります。私の場合、三沢中に着任して1年間は卓球部、秋留台では男子バレーの顧問を命ぜられました。15年間の教員生活中、ブラバン顧問で無かった年が2年もあると言うと、けっこう驚かれます。「ブラバン以外の直井さんなんて、想像できないよ」ってわけです。さて、私が専門外の部活をどんなふうに指導していたか、という涙涙の苦労話をご紹介してゆくことにしましょう。「何の因果でブラバン顧問なんかやるハメになっちゃったのよ?」という先生方にも、ご参考になるかもしれません。次回からを乞うご期待・・・。
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暗譜にコツはあるのでしょうか。前回の中で紹介した、合唱団員やソリストのように、暗譜が義務づけられた立場の方々には切実な問題です。よく、まっさらの五線紙に譜面を書き写すとか、毎日30分ずつ譜面を見つめるとか、秘伝らしきものが紹介されることがありますが、私はまったく別の角度から到達した学説をお話ししましょう。
道をすぐに覚えられる人と、何回案内しても迷う人がいます。これらは単に「方向感覚が良い」とか「方向音痴」という言葉で片づけられてしまいがちですが、実は違うのです。私はかなり道を覚えるのは得意な方だと思っています。一度行ったことがある場所には、たいてい迷わず行けるのですが、何度通っても覚えられない道がたった2つだけありました。一つは秋留台高校から関越自動車道の鶴ヶ島ICまでの道。(今は圏央道の青梅インターができているので、滅多に走らなくなった裏道) 以前はスキーに出掛けるたびに最低年1〜2回は通っていました。もう一つが、多摩市の関戸橋から河原を通って中央道国立ICへ入る裏道です。ニューサウンドでどこかへ演奏に出掛ける時、何度と無く通っています。何でこの2つだけがいつまでたっても覚えられないのか、不思議でたまりませんでしたが、ふと原因に気が付きました。ここを走るときは、必ず数台の車でつるんでいて、私はただひたすら前の車を追うことだけを考えて走っていたのです。自分一人で走る時は、ここを曲がったらどこへ出るのかなとか、どっちが近道かなとか、分岐に出会うたびに何かを考え、判断を下しながら進んでいます。次回通るときには、この思考プロセスを思い出すので、結局自分がどっちの道を選んだかも思い出せるのです。
私が一つのパートを2,3回通して吹けばほとんど覚えてしまうのは、吹きながら編曲上のことを考えているからでしょう。メロディーはだいたいすぐに覚えるものですが、伴奏だとつい吹きながら「おっと、ここで4番トランペットがメジャーセブンか・・・4番がいないバンドはさぞつまらんだろう」「なあんだ、2番はアルトの1番とかぶってらぁ。でも最後の最後だけ分かれてるのは何でやろ?」なんて具合に、いろいろ気になってしまうのです。次に吹くとき、その「気になったこと」の方を覚えているもんだから、楽譜も思い浮かんでしまいます。
本業の授業で、なるべく生徒が選択に迷うような問題を出して、「ああ、あの時自分はこんなことを考えた」っていうのが印象に残るようにし向けているのも、同じ「考えないと覚えない」説に基づいてやっていることなのです。
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3月24日 暗譜
秋留台高校のクラス対抗合唱コンクールでは、楽譜を手に持って歌ったクラスは入賞できません。ほとんどの審査員は、暗譜が間に合わないということは練習不足であると判断し、大幅減点するからです。私は、暗譜でないことだけを理由に減点するのは筋違いと考えていますが、うちの合唱コンに限って言えば、暗譜でないクラスは例外なく下手なので、問題はありません。さて暗譜というのは、実際の演奏にとってどの程度良いことなのでしょうか。
暗譜できているということは、繰り返し十分に練習したことの何よりの証拠になりますから、暗譜を当面の目標に設定するというのは、よいことだと思います。ただ危険なのは、やっとこ暗譜できたという段階で本番の日が来てしまったときです。自分一人の演奏会だったら、恐いので譜面を置いちゃえば済むことですが、合唱団なんかで全員暗譜の場合は、とにかく見ないでやるしかありません。暗譜したてのホヤホヤだと、あちこちド忘れするものです。私の最も悲惨な体験は、ジャズっぽいフレーズが続く曲を完全に覚えたつもりが、いくら弾いてもさっきと同じ場所に戻ってしまい、曲が終わらなくなってしまった、というかある箇所から先に進めなくなって、とうとう「ジャン」と唐突にエンディングをくっつけたことがあります。相模湖ピクニックランドの迷路に入った時の記憶が蘇りました。
クラスの合唱や小学校の金管バンドなどが暗譜でやるのは、「暗譜できるほど練習しましょう」という教育的な狙いで理解できます。また、コンチェルトのソリストが譜面をめくりながら弾いたり、譜めくり要員を横に置いておくのはカッコ悪いから、暗譜するというのも尤もでしょう。それ以外の場合は、安心して演奏するために、無理して暗譜する必要があるとは、私には思えません。どんなにポピュラーで、何十回も演奏していて、音符じたいはほとんど覚えちゃってるような曲でも、指揮者が替われば味付けが異なります。そんなのまでいちいち暗記するよりは、譜面上にちょこっとメモしておけば、ずっと能率的でしょう。・・・とか言う私は、実は暗譜が非常に得意なので、楽譜は広げているだけでほとんど見てはいません。次回は「暗譜のコツ」です。
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3月23日 さらに・指揮について
だいぶ内容がマニアックになってきましたが、もう1日だけご勘弁を。今日は、解釈についてさらに考察を進めます。アルフレッド・リード作曲の「エルカミーノ・レアル」という吹奏楽曲は、好んで演奏される曲の一つです。バンド関係者が、略して「エルカミ」と言ってる曲です。余談ですが、何でもかんでも略す人が多くて、「薔薇の謝肉祭」をバラ肉とか言うと、まったく別のイメージになるし、「すべてをあなたに」の「すべあな」に至っては、何だかさっぱり解らなくなってしまいます。でも「バラ肉」や「すべあな」でスパッと通じるところが、吹奏楽界の恐ろしさです。
「エルカミ」は三沢中のコンクールのステージで、私も振ったことがあります。それ以前にいろんな演奏を何度も聴いていて、どうしても納得の行かないことがありました。中間部の8分の5と8分の6の部分が、どこの演奏を聴いてもやたらと遅いのです。多摩都市モノレールのようです。ほとんどの指揮者は5つ振り、6つ振りでゆーったりとやっていますが、譜面は4分の5でなくあくまで8分の5です。作曲者はもっとうんと速いテンポを想定して書いたのではないかと、私には思えました。そして私の予想は当たっていました。作曲者リード氏自身が指揮する演奏会で、リード氏は8分の5を3と2、8分の6は1小節2拍振りで、かなり速めのテンポを指示しました。面白いことに、リハーサルの時、奏者がみんなゆっくり演奏しようとしてしまうので、リード氏は何度も「遅れるな」と叫んでいました。
みんなが遅いテンポを選択した理由は明白でした。この曲の模範演奏は、S氏の指揮で東京佼正WOの演奏するCDが市販されていて、それを買う人が殆どです。他の版もあることはあるのでしょうが、ちょっと参考にしようという人が、わざわざ探し回ってまで手に入れようとはしないでしょう。S氏の解釈が中間部ゆっくり型なのでした。ほとんどの人はこれを聴いて、多くの解釈のうちの一つとは捉えずに、「エルカミ」はこういう曲なんだという先入観を持ってしまうというの違ってますか?誤解の無いように付け加えますが、S氏の解釈はこれはこれで素晴らしいと思っています。問題は、吹奏楽のCDが殆ど独占市場になっていて、日本中のアマ指揮者がただ一通りの解釈を盲目的に受け入れてしまうことです。指揮者が「自分で振る曲のCDを先に聴かない」を守り通せば、吹奏楽の演奏会はもっと多様で面白くなるはずだと思います。
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3月22日 続々・指揮者デビュー
指揮者の第一の仕事は、拍やテンポを指示して、演奏がバラバラにならないように交通整理することですが、それより大事なのは「どういう曲想にまとめるか」、つまり自分の解釈を伝えることです。他の項でも述べているように、解釈というのも、何も無いところから生まれてはきません。初めてスコアを目の前にしても、どこをどう料理していいのやら、途方に暮れてしまうでしょう。仕方なく模範演奏のCDを聴いて、できるだけそれに近づけようなんてやってしまいがちですが、これは絶対に避けるべきことなのです。
お勧めしたいのは、同じ曲のCDを2枚以上用意することです。自分が振る曲でなくて、好きな曲で結構。なるべくタイプの違う指揮者のを聴き比べます。オーケストラでなく、ピアノ曲をアシュケナージと中村紘子で聴き比べというのもよろしい。すると、同じ曲でもずいぶん違うということに気づくはずです。全体のテンポ設定やフェルマータの引っ張り具合、フォルテのアクセントが「ババーン」と来るか「ぅおあぁぁん」と来るか、など・・・。そして、ここで自分の好みというものが明確になってきます。こうなれば、初めてのスコアを見たときにも、自分はここをこう振りたいというイメージが沸くようになりますから、初見練習の時に、すでに自分の思いを指揮棒にこめることが可能です。当然のことですが、奏者にとって初見でも、その時に指揮者も同時に初見でいいわけありません。建築資材を抱えて待っている人たちの前で、現場監督が作業の段取りを考えていたら遅すぎるのと同じです。また、スコアを見る以前に、模範演奏CDを聴いてしまうのもよくありません。解釈が大きく阻害されてしまいます。自分の考えが固まってから聴くなら、それはいい勉強だと思います。
ううん、あまりにも偉そうだ。じゃあお前はどれ程立派な指揮者なのかと言われたら困りますが、たぶんそう間違ったことは言ってないはずですよ。指揮者デビューを目指す皆さん、大いに参考にしてよね。
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3月21日 続・指揮者デビュー
都立大学グリークラブにも、学生指揮者という役職がありました。月水金の練習のうち、常任指揮者の金川先生がお見えになるのは、水曜日だけなので、月金は学指揮がやることになります。学指揮の任期は、3年生でデビューしてから4年卒業までの2年間。また、2年生の中から1名が副指揮者として研修に励みます。3年生のデビューしたての学指揮は、たいてい頼りなくて、市民吹奏楽団デビュー当日の私と同じ状況に追い込まれます。練習の能率としても極めて悪いのですが、みんな辛抱強く付き合います。これが4年卒業間近になると、貫禄満点の指揮者に成長するから不思議です。他大学との合同練習とかでも、まったく物怖じせずにやれるようになるものです。指揮者としての度胸を養うには、場数を踏むというか経験を積む以外にないわけで、特にレッスンみたいなことを受けていなくても、毎回毎回の練習を振っているうちに、何となくサマになってくることはあるようです。とは言っても、ただやってれば上手くなるというわけでも無いので、うまく指揮するための方法を考えてみましょう。
練習に先立って、まずひと通り振る練習をします。拍子やテンポの変わり目、フェルマータの止め方などです。わからない場合は、指揮に慣れた人に尋ねると、大喜びで教えてくれます。(少なくとも私はそう・・・) 最低それだけはやっておかないと、合奏練習が混乱し、無駄な時間が発生するので、メンバーが怒りだします。次は見やすくカッコ良く振ることを目標に練習します。思うに、カッコ良くやりたいという気持ちが希薄な人は、指揮者には向いていません。カラヤンでもベームでもいいから、お手本を決めて練習します。ただ、大巨匠の振り方を真似するのはあまりお勧めできません。ウィーンフィルやベルリンフィルだからこそ、ああいう個性的な振り方にちゃんと付いて来てくれるわけで、カラヤンを真似して悲惨な結果を味わった経験を持つ人は多いでしょう。(もしかして私だけですか?) これは案外難しくて、自分では同じようにやれてるつもりでも、鏡を見ながらやってみると全然ダメだったり、後ろからビデオで撮ってもらったのを見て愕然とします。かっこ良く振るには、振り方の基礎をきちんと学んでおく必要があります。私もヒマがあれば指揮法のレッスンを受けたいとは思っています。さて、ここまでは単に振るという動作だけを練習したわけですが、最も大切な「解釈」については、また次回に・・・。
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3月20日 指揮者デビュー
unisonの代表を務めるY君が、私と共にこのバンドの指揮者に名を連ねてくれることになりました。彼は高校時代にも定期演奏会で指揮者を務めた経験があるので、そつ無くこなしてくれることは間違いありません。さて、指揮をやってみたいと思っている人はたくさんいると思います。だって、あんなにエラそうにできて、気持ちよさそうだし。でも多くの人は、大勢の奏者に的確な指示をしなければならない、というところで尻込みして、デビューのチャンスを逃がしています。誰だって最初は初心者だったわけで、世界的な大指揮者も、涙涙のデビュー戦を経験しているのです。指揮というものに少しでも興味を持った人は、思い切ってデビューしてほしいと思います。
私がブラスバンドを初めて指揮したのは19才の時でした。当時の日野市民吹奏楽団には、不動の常任指揮者N本さんが君臨していましたが、そろそろ若手を登用しようということで、私を含め3名ほどに白羽の矢が立ったのです。その最初の練習は、今でもハッキリ覚えています。頭のフォルティシモをドカーンと行こうと思って棒を振り下ろしたら、ポワーっという音がいくつか聞こえただけで、直後にトランペットの席から、「今の棒じゃあ入れない!」とN本さん。トロンボーンの席では音大生のO木さんが、同感という感じでうなづいてます。うわぁぁ、どうしよう・・・。真ん前のクラリネットの席の人たちが、見かねていろいろアドバイスしてくれて、何とか曲が止まらないですむようにはなりました。と言っても、フェルマータの所では、完全に一度切ったりしましたが。さて、問題はここからです。何かもっともらしい指示をしなければなりません。正直な話、何一つ思い浮かびませんでした。自分が奏者の時にいつも言われるようなことを言えばいいのかな?とりあえず「ドラム、遅れないで」って言ってみるか・・・。でも別に遅れてなかったから、こりゃ怒るだろうなあ。結局もう1回通して、それでも言うことが見つけられなくて、また通して・・・。
私はスコアなんて見たのは初めてだったので、指揮をするときもテープで覚えた曲を、打楽器のパート譜を見ながら振っていたのです。今思えば、N本さんあたりが、もう少し親切に指揮のノウハウを指導してくれてもよかったのにと思いますが、私には根性があったので、いつかあのトランペットの席に向かって、「N本君、ちゃんと見てなきゃダメだよ。私はそんな風には振らなかったよ」と言ってやるぞと心に決めてがんばりました。こんな悲惨なデビューにならないために、最低どの程度の準備をすべきか、次回からお話ししていきましょう。
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3月18日 助っ人の心得
先日、多摩高校で2ndトロンボーンの助っ人を務めてきたばかりですが、自分の助っ人ぶりを自分なりに評価してみると、まあ60点ぐらいでしょうか。自分のトロンボーンの技術は、とても高校生の合奏をサポートするレベルでないし、にもかかわらず、私が合奏練習に参加できたのは、たったの2回でした。高校生たちは、よく怒らないでくれたものです。演奏面がいい加減な分、他のパートにいろいろアドバイスしたり、譜面を書き直してあげたりしました。全くの役立たずで終わることだけは免れたと思います。だから60点です。私は、あちこちで助っ人をやりますが、自分のバンドで助っ人を使った経験から、どういう助っ人が歓迎され、どういうのが嫌がられるかは理解しているつもりです。私なりに心掛けている助っ人のマナーについて、お話しましょう。
助っ人の中には、完全にお客様気分で、自分の楽器まで他人に運ばせたり、すごいエラそうな人もいます。プロの音楽家で、完璧な演奏をやってのける自信がある人以外、こういう態度は禁物です。助っ人と正団員は、もともと水と油のような関係です。どんなに上手に演奏したつもりでも、そのバンドのカラーに合わなければ、やはり迷惑をかけることになるでしょう。バンドのカラーを理解して演奏なんて、そうそうできることでもありません。アマチュアが助っ人を務める場合、外交辞令で「いやあ大助かりです」と言われていても、実は多かれ少なかれ迷惑をかけていることを自覚しておくべきです。私はとにかく、正団員と同じ目線の高さであるよう努めるのが最大のポイントだと思っています。練習時間には絶対遅れず、譜面台や椅子の準備や片づけは率先して行いましょう。貰った譜面は曲順にきちんと製本し、紛失するなどは論外。まわりの人と吹き方が違うような箇所は、パートリーダーか指揮者に確認し、回りに合わせます。超初級のバンドだと、正団員の方がどう吹いて良いのか解らなくて困っている場合も有り得ます。そういう時は、遠慮なくリードしますが、決して強引ではなく、まわりがついて来やすいような吹き方を心掛けます。演奏面、言動面の両方に共通して、一段高いところから見下すような態度はいけません。正団員たちの反発を買ったら最後、徹底的にアラ探しをされるし、助っ人のアラなんていくらだって見つけられるものです。こうなっては、楽しいはずの演奏会も台無し。たいていは自分より演奏レベルが低いはずの正団員たちから、「あいつの吹き方は合わせにくい」とか「アンサンブルのセンスが悪い」なんて、好き放題言われて、二度とお呼びがかかることは無いでしょう。
ウインド・オーケストラ・ユニゾンのメンバーは、昔から不思議と「助っ人道」の達人揃いです。あちこちの中学高校から引っ張りだこという事実が、その証拠です。演奏がどうのこうの以前に、人間性というか思いやりの問題なのかもしれません。すごくいいメンバーが集まった、いいバンドです。今日の練習はハードだった・・・。
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3月17日 続々・迷惑OB
私たち教員の世界によくありがちなことですが、その学校に新しく来られた先生が何か改革案でも出そうものなら、古くからいる先生方が寄ってたかって潰しにかかることがあります。新しい先生がどんなに経験豊富なベテランの方でも、事情はそんなに変わりません。意見を潰される新しい先生にしてみれば、「この学校は古い考えに凝り固まった保守派が牛耳ってやがる」という感じになるし、古い先生にしてみれば、「うちの今までの経過というか流れを全く知らないヤツが、何言ってやがる」ということになるでしょう。人間が次々入れ替わる組織に於いては、必ずこういう対立関係は発生しますから、お互いよほど謙虚になって、相手の考えを理解するように務めなければ、あっという間にケンカになってしまいます。
さて、迷惑OBの中には、こういった保守派の急先鋒として、現役に圧力をかけてくるタイプがいらしゃいます。後輩たちがちょっとでも新しいことをやろうとすると、すぐにクレームをつけてきます。例えば、第10回定期演奏会までずっと2部形式でやってたのを、11回目に3部形式にしようなんて時です。まあ、その気持ちは解らなくはありません。新しいことが始まるのは、自分たちがやってきたことが否定されることでもあるわけですから「オレたちがやってきたことの、どこが悪いってんだ?」という気持ちになるのは、仕方のないことです。ただ、役員としての決定権、経営権、執行権を現役に譲った以上、現役の斬新なアイデアを暖かい目で応援してあげて欲しいものですね。確かに、意見するのは自由ですが、目上の先輩方から何か言われれば、まったく影響されるなというのが無理な話で、せっかく腕をふるおうと張り切っているところに、水を差す危険性大です。日本のどっかの政党みたいに、総理OBがいつまでも強大な発言力を持っていても、ロクなことはありません。逆に現役側として心掛けることは、「OBの意見は一切聞かない」みたいな強硬姿勢は得策ではありません。良いOBにまでそっぽを向かれてしまっては、泣くに泣けないでしょう。一部の迷惑OBだけに影響されることを防げばよいので、常に多くのOBから意見を聞けるシステムを作っておくことです。たいていは良いOBの方が多数派のはずですから、迷惑OBの意見は、自然に排除されていくでしょう。どこのサークルでも、多かれ少なかれ抱えているであろう、OBと現役の関係を取り上げてきました。何か困った事例があったら、知らせて下さい。相談業務も始めようかな・・・。
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3月16日 続・迷惑OB
私の卒業した日野第四中学校吹奏楽部は、多くのOBが熱心に指導に来る伝統がありました。夏のコンクール直前ともなれば、現役の数を上まわるOBが集まることも珍しくなく、大学4年生を筆頭に中学1年生まで、10世代がずらり勢揃いして練習に励む光景も見られたものです。事実、私も常にコーチに通う1人でしたから、教育実習の時も「先生」よりは「先輩」と呼ばれることが多かったくらいです。ブラバンの指導が楽しくて楽しくて、こんなんで給料貰えるなら夢のような話だと思って、ついつい本業になってしまったというのは、かなり真実です。
何十人という部員数で、楽器の種類も多岐にわたるバンドを、1人か2人の顧問の先生が全部指導するというのは、普通に考えても無理な話です。各パートにOBがついて、顧問の先生の意向に従ってコーチするというのは、演奏を向上させるために合理的であり、また必要不可欠な手段でしょう。実際、コンクールで上位を狙うバンドは、みんなそういう組織が確立できていると思います。しかし、問題が無いわけでもありませんでした。一口にOBと言っても、その中には常時コーチとして携わっている者と、たまーに激励に来るだけの者が混在します。ここに明確な境界線があれば問題はありません。ところが、たまーに来てコーチの真似事だけする者や、コーチ気分を味わいたいだけ、もっと言っちゃえば偉そうにしたいだけの者が出現することがあるのです。顧問の先生にしても、せっかく駆けつけてくれるOBを排除したり差別するようなことは、なるべくならしたくありません。波風立てまいと手をこまねいているうちに、彼らは立派な迷惑OBに進化し、増殖してしまいます。迷惑OBは、正しい指摘もたくさんしますが、言われている方はどんどんヤル気を失います。物理で言うところの「負の仕事」ってやつですな。
全国大会常連校の大阪府立淀川工業高校が、OBに一切コーチをさせない風習を持っていることを知って、初めは驚きましたが、今では何となく理解できます。コーチは監督の次に責任ある立場です。やるからには、監督ときちんと面接の上、契約を交わし、思ったほどの効果が無ければクビになるくらいの厳密さが必要なはずです。ただ、学校の部活でそんなシビアな手続きもそぐわないですから、気軽にコーチを頼む頼まれるの関係で良いと思いますが、ただOB自身は、コーチというのは本来そういうものだということを肝に銘じ、しっかりとした指導をやりきれ
る自信が無いなら、指導に口出しするべきでないことを理解しておく必要はあります。
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3月14日 迷惑OB
このタイトルを見て、「自分のこと?」と、一瞬ギクリとするような方は、まず迷惑OBではないはずです。真の迷惑OBは、自覚が無いことも特徴です。ここでいうOBは、学校のサークル活動の卒業生を指すので、中学高校大学すべてに共通します。都立大学グリークラブには、こんな格言が言い伝えられていました。「OBは、顔出せ金出せ口出すな」というもので、この逆の「顔ださない金出さない口だけ出す」というのが、迷惑OBの定義とも言えるでしょう。私もこれと似たような言動をした覚えが無いこともないので、今思えば恥ずかしい限りです。
たまーに顔を見せたかと思うと、顧問の先生や監督に対して、「ちょっと、どうしちゃったんですか、この有様は・・・」と始まります。続いて現役部員がターゲットになり、「お前らちょっと集合だ!」となって、お説教開始。お説教にはいろいろなヴァリエーションがありますが、論旨は常に「おれたちが現役の頃は、もっとヤル気があった。それに較べてお前らは・・・。おれたちが残した財産を台無しにしやがって」ということでしょう。グリークラブでは私が部長の時、秘密のOB名簿1冊を用意し、該当の方の名前のところに「取り扱い注意」シールを貼って、迷惑OBに関する情報を統括し、注意を促していました。(今頃自分が貼られてたりして・・・) 大学のように部員がある程度大人で、こういうのを軽く聞き流せれば問題ないのですが、中には素直に「私達ダメなんだ・・・。先輩達に申し訳ない」なんて、真剣に悩んでしまう場合もあるので、指導者は責任を持って対策を講じなければなりません。幸い私の指導している学校では、こういうことで頭を痛める必要は無かったので助かっていますが、高校でも、かなりハイパワーな迷惑OBのことで悩んでいる役員生徒の話をよく聞きます。本シリーズでは、次回から解決への道を模索して行きたいと思います。
本日は都立多摩高校吹奏楽部の定期演奏会をお手伝いしてきました。ここのOBは本当に良いOB揃いで、頭が下がる思いです。よく顔を出し、現役部員をしっかりと指導し、運営には口出ししません。滅多に顔を出せないOBは、裏方に回ったり差し入れをくれたりします。こういうことは、現役どうしの上下関係にも、即良い影響を及ぼしてきます。3年生を涙涙で送り出すシーン有りの、感動的な演奏会でした。
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3月13日 遠征は楽し!
演奏会シーズン今がピークでございます。11日(土)は午前久留米高校で定期演奏会の練習(客演指揮)、午後は秋留台に戻って特別演奏会の練習(トランペット)。12日(日)は午前から午後にかけて多摩高校で定期演奏会の練習(トロンボーン)。夕方からは多摩市に移動してニューサウンドの練習(エレキベース)。2日で4種類というのは、まあこの時期は珍しくありません。土曜は久しぶりに生徒を大勢ひき連れての遠征でした。朝早くから集合して、厳しい練習に出掛けようというのに、生徒たちは完全な遠足気分。思い起こせば私自身も中学生の頃から、部活の遠征は大好きでした。コンクールの当日でも、みんな揃って電車で都内へ出掛けられることの方が、楽しみだったりしたものです。ただ出掛けるのと違って、演奏とか練習という主目的のために、出掛けるという行為が付属物であるところが、またいいのかもしれません。出張大好きな会社員と似ています。私は高校時代、運動部の経験もあるのですが、練習試合は大きな楽しみの一つでした。試合の帰りに、みんなでどこへ寄ろうかということが、最大の関心事であったことはもちろんです。
ニューサウンドに入ってから、演奏のために出掛ける機会が非常に増え、楽しませていただいています。うちのバンドは、車で移動することが多く、たいていは台数を抑えるために、各車輌に定員一杯を乗せて行きます。当然、車内はたいへんな騒ぎになり、遠足のバス状態です。今までの中で究極の遠征は、何といっても岩手県二戸市の演奏旅行です。片道10時間の行程で、かわりばんこに睡眠がとれるようにドライバーを配車しましたが、意味がありませんでした。私達は興奮状態で一睡もしなかったからです。現地での様子は、また日を改めてお話ししようと思いますが、こんな素敵な経験ができたのも、下掘先生とご家族の方々、二戸市民吹奏楽団の方々等、地元の方々の暖かいおもてなしが会ったからこそですね。これからも音楽を通じて、いろんな地方の方とお友達になりたいと思っています。
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3月 9日 続々・アガリ症
いくらステージ経験を積んでも、アガるにふさわしい状況は常にあり得るということを、以前にお話ししましたが、私自身は最近、演奏でアガるということは、めっきり少なくなりました。慣れている人は、アガリを最小限に食い止める、自分なりの方法を持っているようです。私の場合、自信の無いときほど、「自信満々のそぶりを見せる」というのを、アガり防止の決め手として実行しています。
・・・・アルトサックスにソロが回ってくる。今16小節前。ソロマイクの位置まで出るには、8小節前に歩き始めれば間に合うことはリハーサルで確認済み。でも、あえて12小節前にスタート。早く到達するので、少々手持ちぶさたの時間ができる。ゆーっくりした動作でマイクの角度を直す。肩や首をほぐす運動をしてみる。後ろの演奏者の方を振り返って、ニヤニヤしながら聴き入る。いよいよソロ。「ヨッシャ!」という雰囲気で吹き始める・・・・。まあこんなのが、最もオーソドックスな動きでしょうか。お客さんに、「この人は自信があるな。余裕しゃくしゃくだな」と思わせるようなさりげない動作を、決してさりげなくではなく、いやらしい位にやります。するとお客さんは「この人すごく上手そうだな」と誤解します。客席が「待ってました」という雰囲気に包まれるのです。演奏前にして、すでにお客さんを呑んでしまいます。逆に、呑まれたらアガリます。他のシナリオもあります。8小節前でジャストのところを、少し遅れて6小節前で歩き始めると、マイクの手前でやや小走りになるか、もしかすると間に合わないくらいかもしれませんが、これも不思議と余裕を感じさせるんですよね。ですから、1回の演奏会で何回もソロがあるような時は、以上の2種類を混合して使用するのです。
自信があるから、その自信が行動の端々に顕れるというのが本来の流れです。しかし逆転の発想もアリで、自信家と同じ行動を取ると、自信が沸いてくるものなのです。「形から入る」というのは大切な事なのですね。だからヘンテコなかっこうをしてると、中味もヘンテコな人間になるというのは本当なわけで、うちの高校生諸君にも、きちんとしたかっこうをしましょうね、とお話ししているのです。
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3月 7日 続・アガリ症
アガる経験談をもう少しお話ししましょう。自分の演奏に自信が足りない状態で、何らかの責任を感じる場合が危険のようです。例えばコンクールで、自分がトチったらチームの入賞が消え失せる・・・とか、入場料を徴収する演奏会で、お客さんがその金額に見合った演奏を期待している場合など。ただコンクールに関しては、審査員もあんまりセコい部分で採点はしません。小さなミスをしても曲の雰囲気がしっかり伝わった方が、結果的に良い賞に結びつくし、基本的な技術はその場でどうアガいても仕方が無いので、けっこう開き直ることができます。お金を取って演奏するのが、やはり最も恐いことです。
私が今までに最も緊張したのは、エレクトーンのブロック大会でした。新橋のヤクルトホールで、入場料は全席自由1500円。当日はひとつも空席が無い「満員御礼」。そのお客さんは、出演者のご家族等、極く一部の例外を除けば、みんなエレクトーンを習っている人たちに違いありません。しかも、ブロック大会を観戦に来るような人は、かなり熱心で上手い人でしょう。さらに彼らが最も期待を持って注目しているのは、ソロ部門の8人の演奏です。これはハッキリ言ってビビリまくりました。ステージ上での記憶はほとんどありません。まあ何とか止まらないで最後まで演奏できたようなので、ほっと胸をなで下ろしましたが、何とも言えず悔しかったです。せっかくの晴れ舞台を、反復練習による反射だけで終わらせてしまって、「気持ち」を使って演奏することができなかったわけですから・・・。
アガリ症対策については、次回またお話ししようと思います。ところで、私は「本業の方ではアガることは無いの?」とよく訊かれます。これはハッキリ言って一度もありません。授業参観だろうが、教育委員会から偉い先生が大勢見物に来る「研究授業」だろうが、へっちゃらです。逆に観客が多いほど張り合いが出ます。これは私が、理科の授業に於ける「話術」に、絶対の自信を持っているからです。何なら一度のぞいて見ますぅ?誰もが「直井先生の話し方は面白い」とか「興味を掻きたてられる」って言うでしょう。このくらいのウヌボレがあると、アガりません。
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3月 6日 アガリ症
音楽は基本的に人に聴かせるもので、その対象は大人数になることが殆どです。そうなると、演奏と切っても切り離せないのが、アガるという現象です。極度の緊張で、頭の中が真っ白になり、いつもの力が出せずに終わってしまうというやつですね。プロや、それに近い豊富なステージ経験を持った人でも、状況によってはアガります。このことは案外知られていないようです。中には全くアガらないという特異体質の方もいらっしゃいますが、よほど自己暗示をかけるのが上手い人か、単なるナルシストでしょう。アガるということのメカニズムを考察してみましょう。
私の経験では、とにかく目の前の人々の性質によってすべては決まるようです。人数ではありません。同じ人間が、たった1人を相手に演奏してもアガるし、武道館で1万人が聴いててもアガらないことはあり得ます。ちょっと差し障りのある言い方ですが、お客さんが完全に素人揃いで、演奏の上手い下手の区別がよく解らない場合、まずアガることは無いでしょう。ところが、お客さんの中に1人でも解る人がいると、状況は一変します。以前うちのバンドが新宿でライヴをやった時のことです。今は潰れてしまったライヴハウスで、お客さんは20人もいなかったでしょう。それも、全部自分たちで呼んだお友達ばかりです。(そんな状態だから潰れるのも当然・・・) ジャズに関してはいわゆる素人か、もしジャズをやっていても、普段の私達の演奏をよく知っている人たちですから、伸び伸びやれたわけです。ところが少しすると、一般客と思われる人もチラホラと入ってきました。どこの誰だかまったく知らない人ですが、チャージを2000円も払ってジャズを聴こうというからには、善し悪しが解ってしまうお客さんに決まっています。そう思ったら最後、私の精神状態はちょっと変調をきたしました。ソロでは無かったですが、バッキングの部分で、一つのミスをしました。メジャーコードとマイナーコードを弾き間違えたのですが、その瞬間、客席から「エヘン」と咳払い!もうだめ。きっと次は「バカヤロー!金返せ」って来る・・・。後で考えると、ちょうどそのお客さんは咳がしたかっただけという可能性が高いんですが、もう完全にのまれてしまって、演奏はズタボロになりました。まあ元を正せば、ジャズピアノをやり始めで、まったく自信の無い頃だったというのが最大の原因です。
アガリ症を直す方法はただ一つ。よく練習して、自信をつけることでしょう。
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3月 5日 ランニングの効用
ブラスバンドの中には、腹筋運動の他にランニングに力を入れている所も少なくありません。肺活量が増加するのかどうか知りませんが、肺の機能にとって何らかのプラスにはなると思われるので、私もやらせたことはありました。その結果、他の運動種目ではほとんどビリグループ総なめのブラバン部員が、マラソン大会だけは意外に健闘したりします。クラブ対抗駅伝大会なんかに出場すると、殆どシャレでエントリーしたつもりが、弱い運動部を負かしちゃったりして、本人たちがビックリします。一番迷惑なのはその運動部で、翌日からランニングのメニューが3倍くらいに増やされたそうで、私もずいぶん逆恨みされました。大学の合唱団時代も、ランニングはずいぶん気合が入っていました。夏合宿の北志賀竜王では、リフト1本分の斜面のてっぺんまで。春合宿の岩井海岸では、砂浜を2km先まで行って帰ってきます。これらは起床後すぐ、朝食前にすましていました。これは無茶苦茶きつくて、雨が降ったときだけは中止になるので、あんなに本気で雨乞いをしたことも他にありません。
いきなり結論ですが、ランニングと楽器の上達は直接結びつきません。ひたすら根性を養うためのメニューです。合宿に於いては、朝食の食欲増進という効果はあると思います。また、三沢中学校の顧問時代にこんな効用を発見しました。子供がブラバンに入りたいと思っているのに、親から「運動部で身体を鍛えなさい」と反対されるケースが少なからずあるのですが、「うちのブラバンは、運動部に負けないくらい体力作りを重視しています」と言えば、そのへんがすべてクリアされます。そういう利用法って、ちょっとずるいかなという気もしています。
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3月 2日 斜腹筋
三沢中学校の音楽室に、ふかふかのカーペットが敷いてあったのは、開校当時の音楽の先生の方針によるものだったそうで、聞くところによりますと、合唱部の生徒が寝転がって腹筋運動をするためでした。声楽や管楽器は、腹式呼吸でブレスコントロールするので、横隔膜と連動する腹筋を、強くする必要があるのです。私が大学の合唱団にいるときも、腹筋は運動部以上に鍛えさせられました。一例をあげると、仰向けに寝た状態で、足のかかとを10センチ位上げて発声練習したりします。意地悪な上級生が、かかとの真下に画鋲を並べたりするので、決死の練習でした。当然のことながら、自分らが上級生になれば、同じことを1年生にやってあげます。合宿の時に、生け花で使う剣山をわざわざ持参した者もいました。これほどまでに腹筋を鍛えることに執念を燃やしていたわけですが、果たしてその効果はどんなもんでしょう。私はこれに疑問を持たざるをえないような経験をしました。
私が大学2年の冬に、酒の飲み過ぎがたたって、病院で胃の検査を受けるハメになった時のことです。診察室で寝かされて、おなかの部分を出すと、お医者さんが「おっ、おたく歌手か何かかね?」と言うのです。「いえ、歌手じゃないですけど、歌はやってます。」と答えましたが、何でおなかを一目見てそんなことが判るのでしょう。私の体型は、スポーツマンとは対照的です。合唱団で腹筋をやらされているとはいっても、ボディビルの人みたいに、6つの固まりが浮かび上がったりはしていません。お医者さんは「いやあ、斜腹筋がすごく発達しているから、そう思ったんだ」と種明かしをしてくれました。さらに伺ったところ、スポーツで使うのと歌で使うのでは、同じ腹筋とは言っても、根本的に違う筋肉なのだそうです。ま、待てよ! だとすると、今までのあの辛い辛い腹筋練習は一体何だったのよ! 歌では使わない部分を必死に鍛えていたということになりはしませんか? どうやらそれが真相のようです。ただ、じゃあ腹筋運動は全く無意味かというと、そうとばかりも言えません。私は今でもブラバンの生徒に腹筋をやらせています。楽器を吹くときに腹筋が重要な役割を果たす、ということを常に意識させ続けるためです。さて、次はランニングを論じましょうか・・・。
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3月 1日 音楽とスポーツ
更新情報のページに、私の運動神経について誤解を招くような記述がありましたので、反論しようと思います。たしかに幼少の頃の私は、運動音痴と思われた時期がありました。小学校時代、楽しいはずの休み時間は、けっこう苦痛なことが多かったです。流行の遊びは、小3まではドッジボール、それがある時期を境に突如「六虫」に取って代わられます。「六虫」とは、相手チームの猛攻をかいくぐりながら、あるエリアをケンケンで6往復すればよいゲームです。共通するのは、でっかいボールを使った球技であります。私は図体はでかかったけれど、その分動きが鈍く、どちらかというと足手まといになりがちでした。その遊びに参加しない自由を行使して、室内で将棋をやってたりすると、今度は担任の先生から「外で遊びなさい」と攻撃されます。外で遊ばないイコール悪い子という偏向教育がまかり通っていた時代です。当時の価値観で言ったら、ファミコンみたいなのばっかりやってる今の子は、全員補導されてもいいくらいのものです。私は運動でのコンプレックスを、将棋の強さや鉄道の知識ではね返していましたが、いくらがんばっても女の子に好かれる材料にはならないことを悟り、ついに流れに屈して野球を始めたのです。やってみると結構できるようになり、面白くて、ついにはピアノ教室を破門になるほどの大ハマリでした。その後もいろいろな競技をやってみた結果、私の運動神経は、決して鈍い方では無いことを確信しています。ただ、突き指すると困るので、もう10年以上球技は避けておりますが、基本的には好きです。
考えてみると、楽器をやるということは、身体を動かしていることですから、私ほど楽器がうまい人が運動神経が鈍いなんてあり得ないわけです。ほーっほっほっほっ・・・。楽器を演奏するとき動かすのは、例えば手とか口とか、身体の一部だけであると思うのは大きな誤解で、ほとんどの楽器は全身運動です。指先で単音ひとつ弾く場合でも、全身で行かないと、カッチリしたリズムにはめるのは難しいです。そんなわけなので、一つ重要な結論を述べますと、運動の得意な人は楽器も上手くなる可能性が極めて高いでしょう。高校の吹奏楽部では、中学時代は運動部だったという子も多いのですが、実際そういう子は上達が速いですよ。ピアノで英才教育を受けているお子様方も、ピアノの練習はほどほどにして、外で思いっきり飛んだり跳ねたりする経験を積んでおくことも、おろそかにしない方が良いと思いますが・・・。
次回は、ランニングと腹筋運動の効果について考えてみましょう。
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