職員朝礼での社長訓話集 一つ戻る 最新版へ戻る
続・お客様あってこそ(9・27)
お客様あってこそ (9・25)
続・再演 (9・19)
再演 (9・16)
続・やりたかった仕事(9・13)
やりたかった仕事 (9・10)
スクロール (9・ 6)
真剣さ (9・ 4)
お客さんに喜んでもらうために、プログラムや演出を工夫するということを、誤解している音楽家も多いように思います。「レベルの低い客にウケるような曲もやるべぇ」なんていうのがその最たるもので、こういうことを言う音楽家は、傲慢さ故に真のメジャーにはなれないでしょう。ファンサービスとは、レベルを落とすということではなくて、難しい曲を解り易く伝えることでしょう。
クラシックの名曲コンサートとか、ファミリーコンサートなんていう名目で、すごい寄せ集めのプログラムを見かけることがあります。「運命」の第1楽章と「未完成」の第1楽章と「新世界」の2楽章と・・・みたいに、よく知られた曲だけをツマミ食いするコンサートのことです。まあ、こういうプログラムの載ったチラシを見て、「じゃあ聴きに行こうか」っていう人が多いからこそ、このコンサートは成立しているわけで、需要と供給のバランスが取れているところに文句をつけるつもりもありません。でも、こういう聴き方では、他の楽章がかわいそうっていうのももちろんだし、クラシックの面白さが伝わるんでしょうかねえ?「タイタニック」の沈没するシーンと、「風と共に去りぬ」の大炎上シーンと・・・っていう具合に見せられてるのと同じじゃないのって感じです。じゃあ、原則どおりに演奏したら退屈で寝ちゃうお客さんが続出するじゃないのって反論されるかもしれませんが、寝られるってことは、何だかんだ言って退屈な演奏なんでしょう。それでも、そこはいくらでもやり方があるはずです。例えば、クラシックのコンサートには何故司会者がいないんでしょう?プログラムが配られるだけで、たいていは演奏者が出てきていきなりお辞儀していきなり演奏して、そのまま去っていきますよね。私の経験上、司会が上手いかどうかは。演奏会の雰囲気を決めるし、特にお客さんの「演奏に対する集中力」を左右します。クラシックでもMCが登場して、演奏者にインタビューしながら、なごやかに進めたらいいと思うのですが。
理科の授業も、教える内容のレベルごと下げてしまうと、逆に面白さも半減します。あくまで高度な内容を解り易く教えないと、面白い授業にはなりません。そんなことができるのかって思われるかもしれませんが、できなきゃプロじゃありませんよ。ほーっほっほっ・・・。
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青梅東の文化祭が無事終了し、ブラスバンドの2回の公演も、ちょっと違った意味でスリル満点の演奏でしたが、幸い多くの方々から高い評価をいただくことができました。現実を厳しく直視すれば、音程合わない縦の線そろわない強弱ない、ないないづくしの拙い演奏です。(アマチュアの演奏なんて、程度の差こそあれ似たようなものかもしれませんが) しかし、聴きに来ていただいたお客さんを、退屈させないという点では、ある程度の成功を収めたのは事実だと思います。これは非常に重要なことで、極端な言い方をすれば、上手に演奏することよりも、面白く演奏することの方が優先されるべきだと思うのです。
何年か前に私たちニューサウンドが、多摩センター駅付近で野外演奏したときのことなんですが、我々の次に演奏したのは○が谷△ニオンブラスという団体でした。そのバンドはポップスばかりを荒っぽく演奏するのが特徴で、音程なんかけっこう悪いんですが(ごめんなさい)、聴いてて「これは侮れない」と感じるものがありました。事実、その時のお客さんの大半が、ニューサウンドよりも○が谷の方に大きな拍手を贈っており、「最後の○が谷△ニオンが良かった」という評価ばかりが聞こえました。こういう時、我々がいくら「あっちは大衆受けを狙ってるだけだ」とか何とか、自分を慰めてみたところで、犬の遠吠えにしか聞こえません。自分たちに欠けてるものは何なのか、謙虚に考えさせられるキッカケとなりました。また、こういうこともありました。95年のブラスフェスタ多摩で、永山高校吹奏楽部がショスタコの5番他何曲かを演奏した時のことです。永山高校の最盛期といっていい頃で、それは見事な演奏だと思いましたが、終了後多くのお客さん(主に中学生)の感想を聞いてみると、口を揃えて「アンコールでやったマンボNo5が良かった」って言うんですね。永山のメンバーがこれを聞いたらガッカリしたと思います。結局、どういうお客さんが多いのかによって選曲や演出を考えていかなければ、せっかくの良い演奏も印象の薄いものになってしまうという好例です。こういう時、場合によっては「ひとりよがりのバンドだ」なんて批判さえ受けてしまうこともあるのです。
どんなに立派な授業をやったつもりでも、受ける生徒に退屈だと思われたらこっちの負けでしょう。何を言ってみたって、やっぱり犬の遠吠えですよ。音楽家も教員も、お客さんの立場を第一に考えていかなければならないと思います。
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9月19日 続・再演
いろんなオーケストラが、年末に第九を演奏しますが、だいたい4日連続公演が多いみたいです。N響の時ソリストだった、ソプラノの佐藤しのぶさんが、「初日は緊張しててボロボロ。2日目が一番気分よくできる。テレビの収録はいつも初日だから辛いなあ」なんて話していました。あれほどのトッププロでもそうなのかぁ、と思ってしまいましたが、何となくわかるような気がしました。というのも、私も現在4クラスの授業を教えていますが、1クラス目が一番緊張するし失敗も多く、2クラス目からはリラックスしてやれるからです。指導案(授業のシナリオ)を作って最初に使う時というのは、相手の反応もわからないし、時間が足りなくなるか逆に余るかも予想がつかないので、いろいろなハプニングが起こり、2クラス目はそれらを修正して臨めるわけです。こう言っちゃうと、1クラス目はまるで試し撃ちのイケニエみたいに聞こえてしまいますが、そういう面は確かにあります。教育実習生の最後の研究授業なども、多くの場合、どっかのクラスで1回リハーサルさせて、2クラス目を公開するという配慮をします。
じゃあ3クラス目以降はどうなのかというと、正直言ってだんだん下降線をたどります。緊張が失われマンネリ化が進行するわけですね。(ホントはそれじゃいけないこと位、百も承知ですが) 私が三沢中に勤務した5年間は、8クラスに同じ内容を教えておりました。ハッキリ言ってこれは凄まじいことです。回を重ねるごとに、やってる側がどんどんつまらなくなっていき、7クラス目くらいが最悪。8クラス目は、「これで千秋楽かあ」という感慨がこみ上げて、意外と良かったりします。まあこれも、すべてがそうとばかりも言えません。心地良い緊張感の中で1クラス目が最高に良かった、っていうことも少なくないし、6〜7クラス目を惰性で流してたら、予期せぬ質問が飛び出してハラハラドキドキの展開になったり、ヨッシャ!と自信満々気合バリバリで臨んだ2クラス目が雨の日のプールの直後で全員無反応とか、まあいろいろです。そういう意味では、「授業は生き物」ですね。人間相手ですから、当然と言えば当然ですけど・・・。まあ何の公演にしても、4日連続公演というのがあったら、初日を避けて2日目を観にいった方が無難、というのは確かでしょう。
最後に、超越したプロの話を聞いたのでご紹介しましょう。杉良太郎さんの歌謡ショーは、20日連続公演とかあるらしいのですが、杉様のトークは20回全部内容が違うんだそうです。バンドの方々が驚いていらっしゃいました。すべての回を初演のように緊張を持ってやるんですね。今の私にはとても無理ですが、がんばって見習おうと思います。
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9月16日 再演
10日に結婚式の司会を終えてきましたが、我ながらなかなか良い雰囲気に持っていけたという満足感があります。これもひとえに皆様のお陰ですといいたいところですが、正直なところ最大のヒーローは新郎でした。台本どおりの進行を許さない、予測不可能な行動を随所に交えてくださったお陰で、披露宴の流れの中に「次は何が飛び出すか・・・」という緊張感が生まれ、司会の私も無理なく突っ込みを入れることができたのです。型どおりに流れてしまうと、こちらもつい慣れてるもんだから、マンネリ型の司会に陥りがちになります。それにしても、そういう新郎の行動が、決してわざとらしかったりイヤミに感じられないのは、やはり人徳というべきでしょうか。
会場の○○グラン□ホテ△は、松竹梅で評価するなら「竹」でしょうか。これは設備等ハード面ではなく、従業員の対応に限った評価で、事前の打ち合わせ、当日の打ち合わせ、本番中の各係の仕事ぶりを、私の独断で総合評価しました。1日に何組もの結婚式をサポートし、それが連日続くとなれば、マンネリになるなという方が無理な話です。しかし仮にもプロであるならば、結婚する方にとっては一生に一度の大イベントであることを忘れてはならないのです。僅かでも緩慢な動きや「そんなわかりきったことを訊くなよ」みたいな顔を見せたら失格です。その点、5月に司会をやった平安閣は文句なしに「松」でした。式場関係者の皆さん、司会者はけっこう舞台裏まで見てしまうものだし、アマチュアといっても場数を踏んでて、あちこちの式場を厳しく較べて見ている人間もいるということを覚えておきましょうね、ほーっほっほっほっ・・・。次は10月28日、所沢です。式場の皆さん、覚悟はいいかな?
私たち教員も、同じ内容の授業を4クラスでやって、一つの学校に10年勤務すれば、40回の再演をすることになりますが、生徒にとってはすべてが1回こっきり、最初で最後なのだということを、忘れてはいけないのです。
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9月13日 続・やりたかった仕事
職業人の大半は、やりたかったことが1割で、残り9割はガマンの仕事みたいに書きましたが、世の中には極僅かながら、趣味と実益を兼ねているような幸福人が存在するのも事実です。また、もともとやりたかったこととは多少違うにしても、やってるうちに、これは自分にしかできない重要な仕事だ、という使命感が芽生えると、大きなやりがいを持って臨むことができるようになるものです。
秋留台に赴任してブラバン顧問になったとき、40人から50人の部員を確保して、盛大にやるぞ!とか意気込んでましたが、すぐにそんな甘い考えが通用しないことを悟りました。部活どころか、学校に来させるだけでもたいへんな生徒が多い中で、逆に部活だけが頼みの綱で、かろうじて学校を続けていた生徒もいます。今いる部員をどう面倒見てつなぎ止めていくか・・・。増やすよりも、減らさない(減るのを最小限に食い止める)ので精一杯というのが正直なところでした。その当時、青梅東高校でブラバン顧問だった岡田先生がある時「決して手を抜いてきたつもりはないんですけどねえ。増えませんねえ」とおっしゃったのを聞いて、私も覚悟を決めたのです。その後、少人数ながら、なかなか評判のいい演奏を披露できるようになって、私は自惚れたわけじゃないですが(十分自惚れてますけど)むしろ少人数ブラスの指導こそ、自分に与えられた使命と思うまでになりました。理科の授業についても、私が勤務してきた学校は、中学も含めて、どちらかと言えば理科1分野(物理・化学)を苦手とする生徒の割合が多かったわけですが、そういう生徒に「理科って面白かったんだねえ」と言わせることこそ、自分の力の発揮どころだって感じてますね。だから、今の仕事はもともとやりたいこととは、多分違ってたんでしょうけど、今はそれなりにやりがいを感じてイキイキ頑張ってます。でも、そういう境地に達するには、ある程度時間がかかりますから、自分の仕事がつまらなくて辞めたいと思っている人は、もうしばらく頑張ってみた方がいいと思います。そのうち、私のように貴重な戦力と言われるようになれば、仕事が楽しくなりますよ。ほーっほっほっほっほっほっほっほっほっ・・・・・・・・。
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9月10日 やりたかった仕事
ドラムのゲームに関する話題が続き、このゲームをやったことの無い方には、ピンと来ない部分も多いかもしれません。だから、もうやめようなんて気はサラサラ無く、できたら一度、これを体験していただくことをオススメします。何事も食わず嫌いは良くありません。勇気を持って、未体験ゾーンに足を踏み入れましょう。ほーっほっほっほっ・・・。
「ドラムマニア」で流れてくる音楽は、従来のゲーム音楽の常識のワクを、間違いなく超えたレベルのものです。ようするに「いい曲」ばかりズラリ並んでいるのです。コナミという会社の、音楽製作スタッフの皆さんの、並々ならぬ気合と同時に、この仕事への喜びが伝わってくると感じているのは私だけでしょうか。
私たちは皆、夢と希望を持って職業を選択しますが、多くの場合、現実との間に大きなギャップがあることを思い知らされます。ジャズをやりたくてミュージシャンになっても、仕事の9割は歌謡曲の伴奏だったりするし、相対性理論の面白さを知って「ようし。教員になって、この神秘的な世界を多くの子供たちに伝えよう」なんて思っても、荒れた中学校なんかに赴任すれば、授業以前の仕事がほとんどです。だから逆に、ミュージシャンは残りの1割くらいの、ジャズのライブとかの時は、どんなにギャラが安くても活き活きと仕事をするでしょうし、理科の教員は「科学クラブ」かなんかで、本来の自分の理想としていた仕事をするのです。
あくまで私の想像ですが、ゲーム音楽作りに携わっているスタッフの多くは、実はゲーム音楽ごとき(って言ったら失礼かな)を作るために、音楽の勉強をしてきたのでは無かったと思うのです。もっとメジャーなヒットソングを作るに十分な力を持った人たちで、それが今回、音楽を題材にしたゲームを作ることになって、腕にヨリをかけて頑張ってくれたのではないでしょうか。
「ドラムマニア」について言及するのは、このくらいにしておきますが、一つ私が確信するのは、このゲームは革命的な存在です。単なるゲーム好きに、質の高い音楽を提供することにより、音楽好き人口を増やすことに貢献するでしょう。「ドラマニV」がそろそろ出るようですが、さらに良いオリジナル曲の登場を期待しています。
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9月 6日 スクロール
今日も学校から帰るなり、「ドラムマニア」を練習しながら、ふと考えました。いくら真剣に練習するとはいえ、普段楽器に触れているわけでもない人間が、こんなに難しいフレーズをマスターしてしまう秘密は何なのだろう・・・と。「ドラムマニア」の画面に現れる楽譜は、チップというものが落下してきて、「ここを叩け!」「次はあっちだ!」という指示が、絶え間なく発せられていることになります。しかし、これは通常使用される楽譜と、そんなに違うものではありません。特にドラムの楽譜は、音符の長さとかの知識が無くても、線の並び方を感覚的に眺めていても、ある程度叩けるものです。楽譜とゲーム画面の決定的な差は、スクロールでしょう。今叩くべき場所が、リアルタイムで指示されるので、ふつうの楽譜でよく発生する「迷子」がありえません。吹奏楽部でも、初心者用にスクロール機能付きの教則本を売り出したら、大ヒットするかもしれないなあ、と思います。指揮者の手の動きに連動して、全パートの譜面上を、現在位置を示す矢印が移動してゆくという装置です。日本のハイテク技術をもってすれば、たやすいものだと思いますがいかがでしょう。
ギターのゲームは前からありますが、最近はキーボードのゲームも見かけますね。ゲームではないですが、今の電子ピアノには鍵盤の下にLEDが付いていて、弾くべき鍵のところが次々光って、誘導灯の役割をしています。あれを追っかけながら弾くのって超難しいですよ。楽譜を見ながら弾く方がうんと易しいに決まってると思うのですが、「いやあ、私は楽譜というものが読めなくてねぇ」なんていうオジサンが、恐ろしいスピードであのランプを追いながらスイスイ弾いたりしています。音楽を伝達する手段はただ楽譜だけ、と思い込んでいた私などは、考えが狭かったのかもしれません。
今日は2時間練習して、私も弦太も共通して一番好きな「WAZA]というフージョン系のカッコイイ曲が、かなり叩けるようになりました。早くゲーセンに殴りこみをかけたいと思います。
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9月 4日 真剣さ
プレステ2の「ドラムマニア」にはまりまくる私ですが、何と今やトッププレイヤーの間では1億点以上が当たり前なんですね。やっと1千万点を超えた私は、ガックリと打ちひしがれると同時に、そこまで上達する秘訣は何なのか、考えてみました。凄腕プレイヤーたちが作っているHP覗いてみると、「給料の大部分をこのゲームに費やした・・・」なんて書き込みが見られます。驚くべきことに、私のように自宅に自分のマシンを置いて練習するのではなく、ゲーセンで1回200円払うことのみを繰り返して、トッププレイヤーにのし上がった方が、少なからず存在するようです。でも、何となく納得してしまいました。
私も多くのゲームで、狭い町の中くらいだったら、トッププレイヤーと言われるようになった経験があります。家庭用ファミコンなんか無い時代ですから、ゲームをやるにはゲーセンに足を運ぶ以外無いわけです。10秒そこそこしかやらないで1面爆死しても、延々1時間プレイして30面くらいまで持ちこたえても、1回100円という金額は同じ。再挑戦するからには、さっきと同じ所で逝ってしまっては、100円がまったくの無駄になってしまいます。思えば真剣にプレイしたものです。家庭用ゲーム機で、スタートボタン1つで、いくらでも再挑戦できる環境では、100円取られる場合に比べて集中力が低くなるのは避けられません。
実用化できるかわかりませんが、吹奏楽曲のクラリネットかなんかの、めちゃくちゃ早いパッセージをつっかえないで吹くというゲームを作ったらいいのではないでしょうか。1回100円入れて貰うようにすれば、どんな難曲だってメキメキ上達すること請け合いですね。リストのピアノ曲とかにも応用するといいと思います。100円取るかわりに、つっかえたら先生から怒鳴られるという罰ゲーム付き、という練習方法は、多くのバンドがとっくの昔から採用していますが、萎縮して伸び伸びした演奏に支障をきたさなければいいですが・・・。たかがゲーム1つから、あれこれ考えてしまう新学期でございます。
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