書き下ろし小節  
これを読めば面接は恐くない!

教員採用試験物語

 前書き
この物語は昭和59年秋、私が教員採用試験2次の面接を終えた後、
同じ大学から教員を目指す後輩たちに役に立てて欲しい、
と願って執筆したものです。
当時これを読んで、集団面接の余りの壮絶さを知って、
自信喪失してしまう学生も多かったようです。
ほぼ実話に基づいていますが、一部私が脚色して、
ややオーバーな表現になっている面もあることを、
あらかじめ御承知の上で、御一読下さい。
(2003年2月)

前編を飛ばして後編から読む

面接バトル・前編(東京都2次試験)

一.戦闘前
59年9月30日、都立鷺宮高校に呼び出されていた私は、
午前9時30分に、戦う相手を知らされた。
一室に集められたのは、男性が私を含め6名、女性は1名だけ。
この計7名で、1時間後に集団面接のゴングは鳴る。
1次の筆記試験の倍率は2.6倍で、
それを突破した者だけが、ここ鷺宮に来ている。
それにしては、「こやつ、できるな」という雰囲気を漂わせている者がいない。
しかし油断はできない。
集団面接は1対1の勝負とは違う。
駆け引きというものを忘れた独走は、たちまち潰されてしまう。
私はそのことを、いやという程、思い知らされることになる。

9時50分、我々7人は面接会場の近くの部屋に移動した。
そこは1つのテーブルを囲むように座れる部屋であった。
こういう場面にありがちな、重苦しい沈黙が到来する心配は無用であった。
7人のうち3人が同じ東京学芸大学出身らしく、
部屋の中は3人の会話で盛り上がっていた。
話の内容からすると、2人が4年生で、
もう一人は就職浪人中だから、1つ先輩ということになるが、
元々顔見知りであったようである。
学芸大は教員養成のための大学であるから、
この会場にも非常に多くの人間を送り込んでいた。
一般の学生の緊張した姿とはうらはらに、異様にリラックスして、
にこやかに談笑しているグループが、学大軍団である。
我々の部屋では、3人の中でもひときわやかましく、
声の甲高いC助が、対照的な低音の同級生A太に向かって、
「今日の面接は、おれ多分突っ走るから、うまく押さえてくれよ」などと、
冗談とも本気とも取れるようなことを言っていた。
他の受験生に対する、何気ないけん制である。
この余裕がどこから来るのか推測するのは、いたって簡単なことだ。
大学側が徹底的に受験指導しているはずだし、
大半の学生が教員採用試験を受けるのだから、情報量は極めて豊富だろう。

10時10分、いよいよ会場横で待機である。
C助とA太の余裕の原因はハッキリしているから、
この2人はまあ恐るるに足りない。どんな大技小技を使おうと、
私の中学校吹奏楽部指導歴5年間という実績は崩せまい。
問題はもう一人の学大生D男である。
試験2度目のベテランの強みは、絶対に警戒する必要がある。
E太郎は東京理科大の4年生で、地球物理を専門にやってきたという。
小太りでスポーツ刈り、緊張しっ放しの硬い表情・・・まず問題外だ。
B郎は試験全体を通じて、まるで印象に残らなかった。
唯一の女性G子は、図々しさのかけらも持ち合わせぬ、優しそうなタイプであったが、
そんなセールスポイントがこの会場では何の役にも立たないのは言うまでも無い。

10時20分、3枚の評価表という用紙が配られ、氏名を書き込むように指示される。
この時、我々7名にはそれぞれA〜Gという固有のアルファベットが割り当てられた。
私の「F」は偶然にも名前の頭文字であり、親しみやすく、幸先いいなと思った。
他の6名の記号は前述の通りである。
この集団面接について、私自身まったく無知であったわけではない。
面接官3人がすべて、現職校長であること。
質問は教科指導以外に重点が置かれ、採点基準はもちろん、
自分の学校に欲しいと思う人材かどうか、
などは教育実習先の校長先生が実に丁寧に教えて下さった。
そして、別ルートからは、集団面接独特のルールについての情報を得ていた。
これは学芸大軍団の戦法を見るに至って明らかになる。

10時30分、あちこちの教室から、一礼して出てくるグループが見られ始めた。
1巡目の終了時刻である。
この時点で、私の読みは一つの形を作り上げていた。
学芸大のC助が常にリードし、同級生A太がピッタリ追随しながら、
飛び出すチャンスを伺う展開だろう。
そこに学芸大先輩D男が、どうからんでくるか。
それが今日のレースの焦点になるはずだ。
私F春としては、最初から飛び出せば有利に見えるが、
学芸軍団を丸ごと敵に回して、連携による反撃を食ってしまっては損である。
ムリはせず慎重に行こうと決めた。
前の組が退室して来た。
いよいよゴングは鳴らされた。


ニ.スタートライン
我々は順に入室し、AからGまでの記号がついた机の前に並んだ。
7つの机は緩い弧を描いて、3人の面接官と相対していた。
戦いはすでに1時間前から始まっていたと言えるが、
それはお互いの平地で走る力を推測して、けん制し合っていたに過ぎない。
実戦は3人の面接官たちが設定する、起伏やカーブの多いコースで行われるのだから、
意外な展開が起きる可能性があるわけだ。
着席すると、私たちから向かって、一番左側の面接官が、
番号と氏名を言うように指示した。
発問は終始この面接官からであった。

 「まず簡単な質問です」という前置きに続いて、
「中学校時代に入っていたクラブを教えて下さい」というのが第1問である。
引き続き第2問は「高校時代の部活は」というもの。
身構える私たちをリラックスさせようという質問らしいが、
これで本当にリラックスさせられているようでは、
ここから先の修羅場を生き抜くことは不可能だ。
面接官は、本日の主題がクラブ活動であることを宣言しており、
我々の答えは、いわばスタートラインの位置決めである。
A太から順に私まで答え終わって、最後のG子の時、
面接官が「えっ!」と聞き返した。
G子の声は、あまりに自信なさげでか細く、面接官まで到達していなかった。
「クラブには入っていませんでしたので」・・・。
G子が繰り返すと、面接官も「入っていなかった・・・のですか」と、再度確認した。
驚きのニュアンスが明確なその言葉に、
G子の返事は先ほどにも増して弱弱しいものになった。
男6名は、つとめて表情を変えなかったが、スタートライン時点で、
早くも一人が大幅な遅れを取ってしまったことを感じていた。


三.戦闘開始!
第3問「今度は少々難しい問題です。学習指導要領において、
クラブ活動はどのように位置付けられていますか」。
面接官は、この問いを2度繰り返した後、
「30秒くらい考える時間をさしあげますから、
わかった人から手を挙げて答えて下さい」と指示した。
A太が精かんな表情になり、C助は身を乗り出して構えた。
小太りのE太郎は、一瞬ビクっとした後、
宙の一点を見据えて神経を集中させ始めた。
ついに戦闘開始だ。
この問いは、一瞬どう答えたらよいか迷うところである。
指導要領の文言を暗唱するだけなら、この場にいる全員がクリアできるはずだ。
だから、その文言の裏側にある考え方を述べる必要もあるだろう。
とにかく事実上の第1問であるこの問いは、
相手の出方を確認するのに絶好の問であることは間違いない。

まずC助は30秒待てないはずだ。
A太も発言したくてうずうずしている。
この2人は当面泳がせることとして、先輩のD男だけは僅かの動揺も見せなかった。
やはり問題はこの男だと思った。
私は心の中で密かに数を勘定し始めた。
だいたいの勘で秒数をカウントしたのだ。
それが20になるかならないかの時、中央付近で手を挙げたのは、
やはりC助であった。
C助は、記憶があやふやだと断りつつも、よく通る声でハッキリと、
「クラブは特別活動の中の生徒活動に分類されており、
特徴として学年の枠を超え、志向の同じ者で組織する」という、
正確な内容を答えてのけた。
 これだけ言われてしまうと、二番手から後は非常に苦しくなるはず、
とC助自身は思っただろう。
その証拠に、間髪を入れずにA太の手が挙げられた時、
C助は驚きの表情を隠せなかった。
だが、この早さから見て、A太の発言がC助の飛び出しを脅かすものではありえない。
それよりも、A太の発言後に登場するD男が
どういう出方をするかの方が、重要な意味を持つ。
予想通り、A太の発言は、C助を全面的に肯定するだけに終わり、
C助にピタリと付けた形である。
そしてD男の手が挙がった・・・。


四.学大戦法現る!
D男の話し方は落ち着きを感じさせた。
「Cの方とAの方に付け加えまして」と切り出す。
出たな、これが前述のルールだ。
つまりこうである。
集団面接において2番手以降に発言する時、
前の意見をふまえること。
新しい意見は付け加えという形を取ること。
前の意見に反論してはならないこと。
これを破ると戦線離脱模様になりがちなのだそうだ。
たしかにこの場で誰かに反論を試みるのは得策ではない。
学大軍団は決して仲間どうしではなく、むしろ最強の敵を意識し合っている。
まずは学大だけの先頭集団を形成することを第1段階の目標と考えているだろうから、
何としてもそこに食い込んでおく必要があるのだ。

D男は、クラブ活動の目標の中に
「豊かな人間性を育てる」というのがあったはずだと指摘した。
室内に新たな緊張が走り抜けた。
三人の校長が、一斉に鉛筆を走らせる。
「豊かな人間性」という文字を、D男の発言とわかる注釈とともに書き留めたのだろう。
これは面白くなってきた。
D男の戦術が今、明らかになったのだ。
C助をペースメーカーとして泳がせながら、隙あらばいつでもトップに出ようというのだ。
こうなると残りの人間は、C助かD男を追って2番手3番手を維持するしかなくなる。
B衛門の手が挙がった。
B衛門はD男の肯定以外ありえない。
C助の2番手を選んだA太は、たった今D男の逆襲に憂き目を見たばかりであるからだ。

私は初めからアウトコースで並走することを考えていた。
残る私とE太郎が、それぞれC助、D男の3番手についてしまうと、
次からの浮上が難しくなる。
次の第4問に1番手で答えても、焦りからの挙手という印象が残るからである。
B衛門はやはりD男の2番手に付いた。
私はさらに待った。
気の弱いE太郎の発言は、C助、D男の両方をまとめるような意図だったが、
切れ味の悪さをさらけ出して一歩後退。
男で発言していないのは私だけになった。
おもむろに挙手した私は、
クラスが無作為集団であり、授業だけでは年齢の異なる人間関係を
育てる場が無いことを強調し、クラブの必要性を逆説的に論じた。
D男がチラリとこっちを見た。

私の発言は、何も新しいことを述べてはいないが、
指導要領の文章をわざと使わず、具体的に話している。
面接官が現職校長であることを考えた時、この戦術の意義は明白だ。
抽象的な教育論より、学校現場の匂いがする表現が好まれる。
私の言葉は、特に書き留められることは無かったが、
トップを狙えるいいポジションは取れた。
D男も、この具体化戦術が有効なことくらい百も承知でいながら、
今回は様子を見るにとどめていたはずで、
先ほどのC助への逆襲などは、ほんの挨拶代わりであったに違いない。
D男は私を未知数と読んでいただろう。
少なくとも、私がD男を評価していたほど、D男は私を評価はしていなかった。
しかし、もうこの時には。誰もが他人の手の内を知り、自分の方針を決定したのだ。
A太は今度は飛び出してくるだろう。
C助もトップを譲るわけには行かない。
非常に楽しみな第4問である。


五.D男恐るべし
「あなたがクラブ活動を通じて、得たものは何ですか」。
この第4問は、私や学大軍団よりはむしろ、
出遅れたB衛門やE太郎にとって、重要なポイントになるだろう。
自分のことを話せばよい易しい質問であるから、
ここをクリアできなければ、それは即、先頭集団からの脱落を意味する。
質問が終わるやいなや、A太が飛び出した。
続いてC助とD男が同時に挙手
。第3問とは打って変わった激しい展開である。
A太は「物事をやり抜く力」、C助はおもに「礼儀」、
D男は「達成した時の喜び」について、それはすばらしいスピーチであった。

D男の次が私だったが、ここでは特に
誰がどれを先に言ったから有利、ということは無かっただろう。
そういう意味で、B衛門やE太郎にもチャンスは十二分にあったのだが、
これだけの名スピーチをいっぺんに見せ付けられて、完全に自分のペースを失っていた。
4問目にして、ハッキリとした先頭集団が形成された。
だが、私には一つ気になることがあった。
D男の戦いぶりである。
この第4問を見る限り、学大軍団は洗練された面接技術で、
他の一般学生を圧倒した。
しかしD男ほどの実力であれば、B衛門やE太郎を引き離すのに、
C助らチンピラどもと共同戦線を張るまでもないだろう。
最初から独走態勢をとったとしても、十分逃げ切れるはずである。
D男は単に手堅い性格なのか、いやもしかしたら、案外臆病者なのかもしれない。
私はつい自分に都合の良い推測をし始めていた。

全員が答え、次の第5問に向けて新たな気持を作ろうと、
大きく息を吸った時、面接官が突然こう言った。
「他に付け加えや、言い忘れたことはありませんか」 
我々は一瞬呆然となった。
これはまったく予期しないことであった。
思考の空白から立ち直り、もしやD男はこれを待っていたのでは、
と気付いて、自分の視線を左方向に移動するまでに2秒はかかった。
そこにはすでにD男の手が高々と挙がっている。
そうだったのか・・・。
D男はこれを待っていたのだ。
A太らはまだ何が何だかわからないという顔をしている。
それはそうだろう。
なぜ第4問に限って「付け加え」が要求されることを、D男が予知できたのか、
いくら考えたって解るはずがない。
当然ながら、D男が予知していたということなどありえないからだ。

なぜD男は即座に対応できたのか。
それは、いつ要求されても対応できるように備えていた、としか考えられない。
もし付け加え要求が来なければ先頭集団維持、
来ればスパートをかけよう、という狙いだろう。
そう考えれば、何番手で答えても大差ない問で、
なぜC助と争ってまで2番手を取ろうとしたか、も説明がつく。
付け加えである以上、第1答との間が離れているほど、
他の意見を参考にしたことになるから、都合がよいわけだ。
この先の問でも、D男は2番手以内を狙い、
僅かな隙を突いてトップに踊り出てくるだろう。
「皆さんのご意見に関連して、先輩として尊敬されるためには、どう振舞わねばならないか・・・」
D男の話術は冴え渡り、ベテランならではの底力を、まざまざと見せつけた。


六.チャンス到来
第5問「クラブを指導するにあたっての留意点」。
一転して抽象的な問いである。
この問いに際して、面接官が不思議な指示をした。
「Dの方から、E、F、という順に答えて下さい」 
私としては、正に降って湧いたようなチャンスとなった。
順番に発言させるならAから、又は逆順でGからであるが、
A太のでしゃばりに面接官もうんざりしてきた頃だし、
G子が最初では場の緊張感が崩れかねない。
そんなこともあって、中央のD男が指名されたのだ。
これは今日最高の山場と言ってよいだろう。
抽象的な問いに対して、D男は具体化戦術をとりたくてうずうずしていたはずだ。
この問で最も具体的な答え、それは「安全」である。
逆に、私とG子以外は、みな運動部の出身であるから、
「安全指導」をはずすわけにはゆかない。
D男が「安全指導」を押さえ、次のE太郎は全面肯定に終わるだろう。
ここまでは必然の流れだが、注目すべきはA太とC助である。
スタートダッシュ型の2人が、いやおうなしに後手番に回されたから、
どう出てくるのかが見物だ。
とにかくここは攻め時である。
学大軍団にとって、ただでも勝手の違う勝負であるところへ、
さらなる奇襲をかければ、何らかの変調をきたすに違いない。

D男が、この一手とも言うべき「安全指導」を述べ、E太郎が肯定した。
私は「D,Eに加えて」と早口で断った後、
「教育の一環として、成果だけを追い求めない指導」を述べた。
「吹奏楽コンクールで金賞取れなくても、一生音楽を好きで、
仲間を大切にできる人を育てたい」など、ここぞとばかりに持ちネタを放出したのだ。
A太が明らかにとまどっている様子だ。
G子が例によってもたついているのが、A太には救いだっただろう。
「安全指導」を肯定して3番手につくのは、余りにもつまらない。
かと言って、私の肯定に回るのは危険が伴う。
私の発言は、学大軍団の洗練された話術とは違って、どちらかと言えば朴とつな部類であった。
A太もC助も揃って、D男と私の両方を加味した中途半端な発言に甘んじた。
ただし、相変わらず繰り出される用語はすばらしかった。
この2人、私を泳がせておいて、後から叩く方針に切り替えたようである。


七.落とし穴
私の強攻は、軍団の目からは無謀に見えたであろう。
やがてボロが出て自滅するのがオチだと思ったに違いない。
しかし、後から叩いていく作戦は、確かに自分が打撃を被ることは少ないが、
その代わり勝つこともできないのである。
守勢に回った軍団など、恐るるに足らぬ。
次の第6問で、軍団の先行は無い。
ましてや先手で損したばかりのD男は、先頭集団の動きをじっくり見極めにくるはずだ。
まず私が飛び出し、すかさずC助、そしてA太が追ってきた時、D男が何か仕掛けて来る。
その仕掛けこそ、C助、A太らも一気に追い落とす破壊兵器であろう。
乱戦になってしまえば、D男はもはや、軍団と足並みを揃える必要がなくなるからだ。
そして第7問でいよいよ私と決着をつけに来るのだ。

第6問「対外試合などに生徒を引率する時の注意」 
私が先頭を切った。
ここはもう、相手を八方塞がりにしてしまう手が効果的である。
第5問とよく似ているが、校外引率時限定だから、それこそ「安全」と「マナー」くらいしかない。
この2つを押さえてしまって、私の気持にもかなり余裕ができた。
頭の中は次の第7問目の展開を追っていた。
それほど今回の作戦には自信を持っていたのであるが、
軍団を軽視し始めていたとも言える。
敵を侮る気持こそが最大の敵である、ということは、理屈では解っていたのだが。

突然D男が挙手した。
完全に虚をつかれた私は、「なぜだ!」と叫びそうになっていた。
D男は「他校との接触の中から、良い部分を吸収させ、」などと述べ始めた。
次に挙手したC助もA太も
「勝敗の結果による、生徒たちの微妙な心の動きに注意、」など、D男のサポートに回ったため、
引率という操作上の注意点を述べた私の意見は、どこかに押しやられてしまった。
何ということであろう、大失敗である。
今回私が先行することは、軍団も予想していた。
その次にD男がどう出るかで、私はとんだ読み違いをしたのだ。
D男は他の二人を追い落とすどころか、二人を利用して私に痛打を与えに来たのだった。
私一人を勢い良く飛び出させてから、論点をひょいと別の所に移す。
出遅れた軍団の2人は、D男が新たに設定した論点に便乗して復活を狙ってくる。
終わってみれば、私一人がトンチンカンな場にいるというわけだ。
これは完全に一杯食わされた。

軍団にとって乱戦は不利という読みは甘かった。
所詮、軽く捻ってやろうというような相手ではなかったのだ。
私もこの勇み足で、敗勢に追い込まれたという程ではなかったが、
乱戦でも奇襲でも受けて立つという、軍団からの宣告文を
突きつけられたのは確かであった。


八.反撃!
第6問で読みを誤った私だが、冷静さは失っていなかった。
ピンチの中にチャンスあり。
敵に攻め込まれた時こそが、最も効果的な反撃のチャンスであることが多い。
私の勇み足も、これが敗着なのか、勝利への伏線なのかは、
レースが終わって初めて決まること。
私は、すでに反撃のシナリオを描いていた。
あとは軍団がどう応じてくるかである。

第7問「保護者会で、クラブ活動の意義をどう伝えますか」
私は再び先行した。
「自分が中学時代、部活動のおかげでどう変わったかを話します。
(中略) 今の私があるのは、部活動のおかげと言っても過言ではありません・・・」 
力のこもった私の発言中、余裕の笑みを浮かべていたのが、A太とC助だった。
第6問と同じ罠に、私自ら飛び込んで行ったのだから、こんなに愉快なことは無いだろう。
だが二人は大きな見落としをしている。
D男だけがそれに気付いており、硬い表情を崩さなかった。

突然、空白の時間が発生した。
それは、ものの数秒間であるが、
常にトップの発言順を争ってきた二人の手が、止まったのだ。
A太よ、C助よ、君たちがここで挙手できようはずがない。
なぜなら君たちは第6問で、D男の軍門に下り、
私を蹴落とすために協力を惜しまないことを宣言したばかりだ。
ところが、予定していた親分の手が挙がらないのだから、驚くのも無理はない。
二人よ、酷なことを言うようだが、D男親分は君たちを見捨てた。
あとは自分の力で戦うことだ。

たまりかねたようにC助が挙手した。
自信に満ち溢れた表情であった。
それはそうだろう。
後からA太とD男の、心強い援護射撃が待っていて、
再び私の発言を孤立化させてしまうことが可能なのだ。
C助「好きなことに精一杯打ち込んでいる、子供の姿を見守って下さい・・・」 
私のに較べると、中身が薄かった。
A太も似たり寄ったりで、所詮反復練習で会得した、面接用の答えの域を脱していない。
そしてD男が挙手した・・・。


九.軍団分裂!
「Fの方と同様に・・・」 
D男は「Aの方に付け加えて」も「Cの方に関連して」も言わなかった。
私と同じ持っていき方で、自分自身の部活体験を中心にまとめた。
凍りついているA太とC助よ、まだわからないかね。
私が何の策も無いまま、同じ罠に二度かかると思っていたんじゃあるまいね。
ここから先の問いで、すべて孤立させられ続けることを、私は敢えて選択したのだよ。
私対軍団という対決構図を鮮明にすることによって、
孤軍奮闘の私が面接官に与える印象は強くなる。
もちろん最初はD男も、軍団としてリードを広げることを考えた。
しかし、私がそう簡単に落ちない相手だと解り、逆に君たちが重荷になったのだよ。

第8問「理想的なクラブ顧問とは」 
ここはあえて待った。
戦いはすでに終盤戦であった。
D男と1対1の決戦になった今、小細工の必要も無い。
D男がこちらを見てからトップで挙手した。
その目はハッキリと「じゃあ今度はお先に」と言っていた。
「上手に評価してやれる人だと思います。表面的な技量だけでなく、
その子がどれだけ努力したかを見逃さない・・・」 
私が追う。
「Dの方に関連して・・・僅かな進歩でも誉めてあげられる人です。
ドレミしか吹けなかった子が、ファを吹けるようになった時、すかさず誉められるよう・・・」 
D男の発言は、正に敵ながらあっぱれであった。
むこうも同じように感じていただろう。


十.勝利のゴール
第8問以降、レースの雰囲気は変わった。
最大の敵どうしは、最も尊敬し合える間柄になっていたのである。
問題は第12問まで、とにかく部活指導オンリーで続けられたが、
D男の言葉に学びながら、よりよい自分の発言を引き出すことが出来た。
良いライバルに恵まれると、好記録が出るものである。
私と軍団3人は、相変わらずコロコロと発言順の入れ替わる、
激しいデッドヒートを繰り広げてはいたが、不思議なことにC助とA太まで、
最初の頃のギラギラした答え方が影を潜め、落ち着いて自身の体験を
具体的に織り交ぜながら話すようになってきた。
すばらしい戦いであった。

我々4人がすべての答えを終えた後、B衛門、E太郎、G子が発言している。
G子は前半ですでに、挙手することさえできなくなり、
後半は常に「Gの方は何かありませんか」と指名される状態にあった。
セコンドがいたら3ラウンドくらいでタオルを投げ込まれたはずだ。
B衛門もE太郎も、まるで何日間もこの部屋に閉じ込められていたような顔をしていた。
思えば彼らにもこの勝負は酷であった。
というより、まったく勝負になっていなかった。
通り一遍の面接練習でやったことを話して、無難に乗り切ろうという考えで、
どうして狭き門を突破できよう。

私は同じ年の11月17日、決勝進出者のための説明会に呼ばれた。
大勢集まっていたが、すぐにD男を発見した。
A太、C助の姿もあった。
あの時の先頭集団が、そのまま勝利のゴールテープを切ったということになる。
しかし、これで終わったわけではない。
年明けには、いよいよ市教委面接という決勝戦が待っている。
トーナメントは、性質上、勝ち抜くほど相手が手ごわくなってくる。
次に対決する相手は、軍団か、最低でも軍団に匹敵する実力を持った、
つわものどもに違いないのである。
その日に備えて、自分の面接力を鍛える日々であるが、
どんな戦いになるのか、今から非常に楽しみである。
(第1部 終)

面接バトル・後編
(日野市教委面接)

一.軍団女登場
昭和60年1月17日、よく晴れた朝だった。
午前9時50分に日野市役所5階、教育委員会指導室で面談、
とだけ書かれた通知を受け取っていた私は、
これが何を意味するものかはよく理解していたので、
気合い十分で早めに会場入りした。
日野市は私が生まれ育った街。
この市役所の建物も何十回来たかわからないくらい慣れ親しんでいる。
市の職員として働いている友人も多いので、
各階を回って少し油を売ったりした後、集合場所に向かった。
待合室には、一人の女性がいた。
間違いなく、私と同じ立場にいる採用候補者である。
軽く挨拶をかわした後、
「同じ境遇とはいっても、結局は敵どうし。
でも男のマナーとしては、こちらから話しかけて、
緊張を和らげてさしあげるべきかな」
などと思う間もなく、彼女は話しかけて来た。
なんて気の強そうな女だ、と圧倒されつつも、
考えてみれば彼女も2次面接突破者なのである。
そしてさらに、彼女の手にしている紙袋には、
「東京学芸大学」の6文字がくっきりと刻まれていた。
彼女を「軍団女」と名付ける。


ニ.空手マン登場
私と軍団女の会話も、しばらくすると途切れてしまったが、
その静寂を破った3人目の客は、ややふけ顔の男であった。
入ってくるなり、落ち着き無く喋りまくっており、
前回のC助を思わせる雰囲気であった。
会話の中から、彼は軍団ではないことがわかったが、
この調子では軍団もさぞ苦戦を強いられたことだろう。
この男が、空手三段の腕前で、
空手の普及指導員として海外生活の経験もあるということを、
我々は面接が始まってから知ることとなった。
この男を「空手マン」と名付ける。
この3人が、3人とも理科であることがわかり、
今日の面接は理科だけかと思われた。
しかし、4人目に入って来た者が英語であったため、
今日の設定がやや解りにくいものになった。
時計の針が、集合時刻の9時50分を回ったので、
集められたのはこの4人だけということになる。


三.現職女登場
最後の一人、英語の女性は、採用試験2度目であり、
前回軍団の中でもひときわ高い実力を見せつけた、D男と同じ経歴である。
これも後で解ったことだが、彼女は就職浪人の1年間、
私立高校の講師として、実際に教壇に立っている。
この現場での経験が有利に働かないはずがない。
彼女を「現職女」と名付ける。
ややおとなしそうな感じの人、という第一印象を持ったが、それはいかにも甘い。
なんと言っても、2次試験の通過者である。
面接が始まったとたんに炸裂した彼女の雄弁に、
一同ふいを突かれつつも、「やはりな」と思うのであった。
9時55分、係の人が説明に現れた。
「本日の面談は、市内の中学校長8名と、教育次長がお揃いの中で、1時間程度行います。
ただ今打ち合わせ中なので、もうしばらくお待ちください」 
係員が退室すると、空手マンが笑いながら言う。
「そんなシビアなの?面談ていうから、気軽なもんだとばかり思ってたよ」
軍団女もうなづいた。
彼らは意外と無防備らしかった。
日野市内に中学校は8つしかない。
8人の校長ということは、要するに全員であり、
実際に採用する人間を、直接指名するための集まりである。
当然、前回をはるかに上回るシビアな面接になるだろう。
しかし、空手マンの異常な呑気ぶりは、間違っても彼の思慮不足ではない。
実力が生む余裕と見るべきだろう。
決勝戦にふさわしい役者が、今出揃った。


四.4枚のエース
総勢9名の面接官を前に4人だけで座っている状況は、
これだけでもなかなかの圧迫感である。
最初に一番左の校長が一言断った。
「皆さんは、すでに採用試験をAで通過されていますから、
今日の結果で落ちるという心配はありません。気軽に答えて下さい」 
この言葉を真に受けるようでは、先が思いやられる。
確かに落ちはしないが、逆指名した日野市から1位指名されるか、
敗者復活戦に回されるかは、天地の差である。
これはどこからどう見ても、決勝戦以外の何物でも無い。
第1問「教員志望の動機」
第2問「どんな教師でありたいか」
第3問「あなたにとって印象に残る教師」 
特別変わった出題ではない。
しかし、空手マンの長い演説につられるようにして、
皆が答えの中に自己PRを織り交ぜながら話す展開となったため、
のっけから力勝負である。
さすが決勝戦ともなると、誰もが他人にない特技や変わった経歴を持っており、
言ってみれば切り札のエースを1枚ずつ分け合ってのスタートだ。
ここまでの自己PRを見る限り、4人とも切り札に相当の自信があると見られ、
私は慎重に戦う必要を感じた。


五.エース隠し
第3問「印象に残る教師」の答えに、
私は小学校時代の理科の先生を挙げた。
すかさず、ある校長が「中学の部活顧問の先生は?」と聞いてきた。
一瞬ヒヤリとさせられる場面だったが、うまくかわして事なきを得た。
私が市内の中学出身で、その後もずっと日野市民吹奏楽団のメンバーとして、
市内の中学校を巡回指導していることは、かなり有名であったため、
こんな突っ込まれ方をしたのである。
切り札を持ち合っている展開では、使い時一つが明暗を分けるし、
そもそも切り札は、使うのと使わされるのでは、大違いである。
他の3人も、自分の得意分野に話を振られ、切り札を出す瞬間を待っているところであるから、
私一人が先に放出させられては面白くない。
ここはどうしても温存しておきたい所だ。
「部活指導」一本槍で突っ走るのは、決勝で通用する作戦ではない。


六.横一線
第4問「生徒のことをわかってやれる教師とは」
第5問「教師の怒り方」 
2次面接であれだけ部活部活でやられたのに、
今回はどうしたことか、非常にオーソドックスな質問ばかりが続いた。
こういう形は、面接練習の成果も出しやすいので、
4人の集団から頭一つ抜け出すキッカケがつかみにくく、
慎重になり過ぎると、差がつかぬままレースが終わってしまうことにもなりかねない。
第6問「学力の低い子に、教師としてどのような配慮をすべきか」
答えにくいように見えるが、これも何のことはない、定番である。
教師をやったことの無い者が、元々こんな難問に答えられるわけがないので、
この手の問いには、対応の定石がある。
「わからない」と言い切ってしまい、「今後努力する」という意気込みを見せればよいのだ。
唯一人チャンスなのは「現職女」であるが、
他の3人はヘタに知ったかぶりをすると、カウンターパンチを食って自滅するから、
ここでのスパートはあり得ない。
横一線の我慢較べはどこまで続くのか、などと思っていたこの直後、
レースは思わぬ形で動き出したのである。
まさか今日、こんな恐ろしい面接に遭遇しようとは、誰が想像したであろうか。


七.不吉な予感
面接官に向かって、右から軍団女、空手マン、私、そして現職女と並び、
ここまで常に右端から順番に答えさせられた。
2次試験で先を争って挙手していたのに較べて、実に淡々とした進行という印象であり、
第6問でもそれは変わらない。
ということは、定石通りに答えるであろう3人の後に順番が来る現職女は、
いよいよスパートのチャンス到来で、我々としてはそれを防ぎようがない。
だが、こういう時こそ慌ててはいけない場面だ。
苦手な体制から技を仕掛けても、決まるわけがない。
自分にもチャンスが巡ってくることを信じて待つしかないのだ。
軍団女が答え始めた。
「期間巡視をこまめに行うなど、教育実習で教えていただきましたが、
何分経験が無いものですから、これから精一杯勉強させていただきます」 
うまい。
模範解答そのものと言ってよかった。
空手マンも、ここは冷静な対処を選択し、飛び出すことはしなかった。
私もあっさりと定石に逃げたが、実はこの時、私には一つ不可解なことがあった。
これまでの4人の答え方を見る限り、ありきたりの問いに対して、
不用意な答え方で撃沈されるはずがないことは明白だった。
かりにも決勝戦である。
第6問への対応にも抜かりがないことは、校長たちだって解っていたはずである。
だとすれば、この問いには、何か別の狙いがあるのではないか・・・。
もしもチャンス到来時に有頂天になり、出すぎた答えをすれば、かえって危険かもしれない。
そして、恐るべき私の予感は的中した。
しかもまったく意外な形で・・・。


八.狙い撃ち
現職女が答えようとしたその時である。
面接官である一人の校長が付け加えた!
「あなたは、現在すでに教員をなさっていますから、今、心がけていることを話して下さい」 
彼女にとって、これは明らかにペースを狂わされる指示であった。
切り札を出す用意ができていたのだ。
我々と同じような答え方をしておき、そこに「自分の僅かばかりの教職経験から・・・」
と持っていければ、もはや独走態勢である。
切り札を出せと、逆に要求を突きつけられた彼女は、
大きな動揺を隠せず、ついには「朝や放課後に補習をしてあげます」などと、
およそ自分の経験外のことまで喋り出してしまった。
さらば現職女よ。
今回一番の強敵だと思っていた君と、こんなに早く別れが来ようとは。
校長の突っ込みは怒涛のように続いた。
そして「ただでも勉強嫌いの子を、どうやって朝の補習に来させるんですか」
と聞かれた時、現職女はついに黙った。
完全に尻尾をつかまれた彼女は、体を小刻みに震わせ、
涙だけは必死にこらえていたが、もう戦う力は無かった。
一人だけが斬られるという、この予想外な展開は、残りの3人にとっても脅威であった。
切り札を持っていたが故に狙われてしまったのだから、
次に誰が標的になってもおかしくないのである。
そして、面接官が次に発した言葉こそ、
我々を震え上がらせ、修羅場面接の幕開けを通告するものであった。


九.切り札狩り
「○○さん、あなたは空手3段だそうですが、
生徒があなたに襲い掛かって来た時には空手を使いますか」 
第6問まで右端からに固定されていた回答順が、
ここでいきなり変えられ、空手マン一人に絞ってきたのである! 
内容的には、最近の荒れた中学校の状況からしても、
あって不思議はない質問で、誰もが想定していたものだが、
空手マンならどう答えるのかは見ものであった。

「はい、もちろん使いません」
校長は大きく一回うなづくと、「では殴られっぱなしでいるのですね」と続けた。
空手マンは少し困ったように
「自分の身の危険を感じるほどであれば、使うかもしれませんけど・・・」と曖昧につけ加えるが、
「では使うということですね」と念を押された。
「い、いや、そういうわけじゃないんですけど・・・」 
空手マンが何か言えば、すぐに校長が鋭い突っ込みで返し、
それを繰り返す毎に、内容が難しくなっていった。
体罰と正当防衛、体罰に依らずにどう校内の秩序を保つか等、
やはり現場経験の無い者では、考えたこともないような問題に発展するが、
土俵に乗せられてしまった以上、答え続けるしかなく、今さら逃げようがない。
空手マンの声は小さくなり、言おうとしていることも、よくわからなくなっていた。
さらば空手マンよ。
体全体から元気が溢れているような君を、僕は忘れないだろう。
今はそれも懐かしい思い出に過ぎないがね。
空手マンがマットに沈んだところで、はっきりわかったのは、
校長たちが我々の切り札を、1枚ずつ剥がしにかかっているということであった。
一体何のために・・・。


十.軍団女の攻防
第8問「理科というのは、好き嫌いがハッキリする科目ですが、
どうしたら全員に興味を持たせられると思いますか」 
校長は、回答者として軍団女一人を指定した。
私も軍団女も、初めの二人が撃沈される過程を目の当たりにしながら、
ある程度の心の準備をする時間的余裕があった。
校長がまんべんなく切り札狩りを続けるとすると、
私の場合には「部活指導」に絡めて、何らかの罠を仕掛けて来るはずだ。
しかし、軍団女はどうだろう。
彼女の強さは「軍団所属」ということだけであって、
4人の中では唯一、特別な経歴が見あたらない。
ということは、何を狙われるのか、まるで予想できなかったであろう。
固唾を飲んでいた彼女は、いよいよ自分に対する質問が発せられた時、
むしろ安心したようにも見えた。
攻撃内容が、軍団にとっては最も得意分野であるはずの
「教科指導」であったことも、安堵の要素である。
「はい。身近な題材を中心に生徒実験を多く取り入れ・・・」
安定した受け答えであった。
何回かのやり取りがあった後、校長は言った。
「では最後に、理科を通じて学び取ってほしいと思うことは?」 
この1問を無難にかわすことさえできれば、1人だけ撃沈を免れる・・・。
校長は確かに「最後に」と言った。
「はい。命の大切さです」
軍団女のフィニッシュは、見事に決まったと誰もが思ったその時、
校長の質問は、まだ残っていた!


十一.包囲網
「ほう・・・。理科を勉強すると、なぜ命の大切さがわかるのかね」 
軍団女が凍りついた。
指導要領に明記されていることを言ったのだから、正解に決まっているが、
あらためて「なぜ」と聞かれると、たしかに困るだろう。
彼女は、前の二人と全く同じ状況に陥った。
頭の中がまるで整理できていないところで、何か喋らねばならない、
という気持だけが先走るから、もうボロボロである。
さらば軍団女よ。
思えば私がここまで来れたのも、君たちという最強軍団と巡り合えたからこそだ。
心から有難う、そしてさようならを言おう。
まごついているところに、さらなる追い討ちがかかる。
「理科の実験では、解剖とか平気でやりますよねえ。
命の大切さと逆のことを教えていることになりませんか」 
めった打ちを浴びる軍団女を横目で見ながら、私は覚悟を決めた。
これは逃げられそうもない。
というより、逃げようとすればするほど、カウンターパンチを呼び込んでしまっている。
私は、どう前進するかよりも、被害をどう最小限に食い止めるか、
への作戦転換を考えた。
吹奏楽のことを聞かれたとき、
自分のやってきたこと、裏付けが伴っていることだけを話そう、と心に決めた。
校長が、最後の一人である私の方に向きを変えた。
「さて直井さん・・・」 
よし、どこからでも来い! 
こっちには実績というものがある。
校長たちの波状攻撃に、絶対に耐えてみせる。
そう思っていた時、信じられないような質問が降りかかって来たのだ!


十ニ.切り札封じ
その校長はこう言った。
「私は理科のことがよくわからないので、教えていただきたいのですが、
どのような分野に分かれているのですか?」
校長は年齢的には50代であろう。
科学技術の進歩に取り残されて、本当に理科のことに疎いのか・・・。
まさか、そんなはずはない。
校長ともあろう者が、いくら専門外だからといって、
中学の1分野と2分野の区別も知らないはずがない。
だとすれば、これは何らかの罠か・・・。
一つの正解を答えるだけだから、考えても仕方の無い場面だ。
私「はい。物理・化学が1分野で、生物・地学が2分野です」 
校長「ほう、いろいろあるんですなあ。あなたの専門は何ですか?」
「物理です」 
本当に理科のことを知らないのか・・・。
これが芝居なら、相当な狸オヤジだ。
それにしても、部活以外の話題で切り込んで来たのはなぜだ? 
やはり実績が知れ渡ってしまったから、あえて避けられたのか? 
こちらが待ちかまえていると、たいていはずされ、来てほしくない所が狙われる。
勝負事にはよくあることだ。
しかし、他の3人と違って、私だけは切り札を出す機会すら与えられぬ、というのは痛い。
質問が続く。
「物理がご専門のあなたは、他の分野を教えられますか?」
私「はい。教えられます」
校長「ほう、教えられますか。それでは・・・」 
さっきまでの、すっとぼけたような言い方が、ガラリと変わった。
まずい! 
右ストレートが飛んでくる・・・。
直感的にそう思った。
考えてみれば、これは余りにも単純なミスだ!


十三.絶体絶命
「生物分野を教えるために、現在どのような勉強をなさっていますか?」
やっぱりそう来るだろう。
なぜ引っかかってしまったのか。
悔やんでも悔やみきれない。
あ!そうだったのか。
最初に理科のことに疎いようなことを言った、あれはやはり演技だったのだ。
あれで私の油断を誘い、一転して
「教えられるのか」という、プライドを傷つけるような質問に切り替える・・・。
しかも、部活で来るという確信の、完全にウラを書いている。
これは極めて巧妙に仕組まれた罠だ。
しかし、どう防戦する? 
とりあえず真実だけを話すしかなかろう。
何も勉強していないわけではない。
大学でも生物分野の専門科目はあったわけだし、
採用試験1次の筆記には、当然生物の内容も含まれていたから、
それに向けての勉強もしてきたのだ。
私はそういうことを喋った。
そうするしか無かった。
続いて左ストレート!
「中学生に解るように教えるんですよ。それができる位の豊富な知識を得るために、
日常どのような勉強をなさっているのか、お尋ねしたのです」 
やってない・・・。
だから今後がんばる、と言っておけばよかったのだ。
おそらくこの場面、いくら考えても脱出の見込みはないだろう。
しかし一言「参りました」では諦めがよすぎる。
負けるにも、負け方というものが重要だ。
でもそこまで気にすることもないか・・・。
これで再び全員がスタートに戻っただけのことではないか。
それにしても、全員を一通りぎゃふんと言わせた意図は何なのだ? 
そんなことを考えているうちに、何秒かの沈黙を作ってしまった。
ワンツーパンチを浴びてダウンし、レフェリーのカウントもすでに8か9まで進んだ状態である。
まさに絶体絶命のその時、信じられないことが起こる!


十四.謎の援軍
「ははは・・・」
それは確かに笑い声だった。
一人の校長が、独り言とも、私に話し掛けているとも受け取れる、
微妙なトーンで口を開いたのだった。
「社会科の連中が、歴史から地理から教えてるんだから、理科だってできるよな」 
この発言が、あとコンマ数秒でも遅ければ、
発問者は「では次の問いです」と宣言し、私はノックアウトされていた。
しかしこの発言によって、私に対する攻撃のムードが、一瞬だがゆるんだのだ。
今だ! 
私は一発逆転を確信した。
「はい。確かに現在、生物の授業を行う目的としての勉強は、正直申し上げてしておりません。
ですが、私は体力は負けませんので、授業に必要な準備は徹夜してでも完成させる自信がある、
という意味で、できると申し上げました」
「体力ですか・・・。何かスポーツでも?」 
ふふふ、引っかかったな、校長よ。
吹奏楽部出身ならば、運動なんかやったこと無くて体力が無いだろうからな。
当然そう突っ込みたくなるでしょうよ。
「私の所属しております研究室では、いったん実験が始まれば何日も泊り込んで、徹夜は当たり前です。
眠気や多少の発熱くらいでは休まない気力を、身につけさせていただきました」 
もう大丈夫だ。これ以上突っ込んで来たとしても、
謎の援軍が出現したことで、攻撃そのものがシラケている。
軍団女よ、空手マンよ、現職女よ。
遠い所ご苦労だったな。
今日は地元出身の私が一人勝ちさせてもらう。
でも残りの質問には、練習のつもりでしっかり答えておきたまえ。
私はここで採用が決まるが、君たちには次があるからね・・・。
なぜ私だけがKOを免れたのか、他3人は首をかしげるばかりだったはずだ。
だが実は、援軍の正体を、私だけは初めから知っていた。


十五.強攻策
絶妙のタイミングで救いの手を差し伸べたその人は、私の教育実習先のH校長であった。
私のことを高く買ってくれて、採用試験対策を熱心に指導してくれたばかりか、
「第1希望地域に日野市と書け。うちに空きが出る可能性もあるからな」
とまで言って下さった方である。
しかし今日ばかりは立場上、敵になるか味方になるか、さっぱり判らなかったが、
ここへ来て強力な味方であることが明らかになったのだ。
もう恐いものは何もない。

激しい面接が続いた。
一度撃沈された者も再び狙われ、質問の難度も増す一方で、
まったく攻撃の手が緩むことがない。
「有機と無機の違いを説明せよ」
「植生という言葉の意味を説明せよ」
もちろん、中学生に解るように、という但し書きがついている。
狙い撃ちされた軍団女も、空手マンも、まったくなす術無く散った。
ここまで専門的な質問で攻めまくられるとは、誰も予想していなかっただろう。
攻撃される番が私に回ってきた。
「先ほどの方と同じことを伺いますが、直井さんは理科を通じて何を教えたいですか?」
命の大切さと答えた軍団女が、撃沈されたことは記憶に新しいが、
私は躊躇することもなく「美しさです」と答える。
質問した校長が、二の句が継げず「は?」という顔をしている。
それはそうだろう、校長さんよ。
こんな答えは、指導要領のどこをどうひっくり返したって書いちゃいない。
奇襲戦法成功だ! 
度はこっちから攻めさせていただく番だ。
校長が突っ込めずにいる一瞬のスキに、私は次の言葉続けた。
「私は理科を、音楽や美術と同じ芸術科目である、と考えています。・・・」
もうメチャクチャな論法で、無理な攻めの典型であった。
しかし、あまりにも奇抜な答えに、質問者がとまどっていると、
H校長が「いやあ、哲学的ですな。すばらしい」などとフォローした。
あらゆる無理が通る状況、これはもはや勝負とは言えなかった。


十六.勝負の鉄則
市庁舎の外に出ると、風は強いが陽射しは暖かく感じた。
バス停で立ち止まった私の横を、軍団女、空手マン、現職女の3人が、軽く挨拶して通りすぎた。
彼らは地元ではないので、駅へ向かうわけだが、後ろ姿がやや寂しげであった。
どう見ても私の独走のまま終わった決勝戦。
その勝因を知る人ぞ知るという状況では、彼らはまったくスッキリしないまま、帰路につかねばならない。
3人よ。
ツキが無かったなどと考えてはいけない。
君たちは、実力が足りなかった故に、私に負けたのだ。
H校長が私の味方となって働いたことは、私の予期することでは無かったし、
それを意図して戦ったわけでもない。
ではH校長は、その時のふとした気まぐれで、私の味方をしたのだろうか。
そんなことはありえない。
これは、何年間にも及ぶ私の活動によって、必然的に引き起こされた事なのだ。
勝負に偶然は無い、と私は断言する。
勝つべくして勝ち、負けるべくして負ける。
試験のヤマが当たるのは、たくさん勉強したから、的中率が上がっただけの話だ。
湯島天神のお守りの威力を信じるのは勝手だが、
失敗した時にも神様のせいにするなら、お守りは持つべきではない。
勝ちたいのなら、勝ちたいという熱意を、行動に移すしかないのである。
皆さんの健闘を祈っている。 
第2部・完(昭和60年3月)


あとがき
市教委面接を終えた直後に、すでに圧倒的な勝利を確信していた私を、
たいした自信家だとお思いになられることでしょう。
ですが圧勝は事実でした。
昭和60年3月中旬に私は、H校長のいる母校ではありませんでしたが、
日野市立三沢中学校から採用通知をいただきました。
4月1日発令のはずですが、当時はずいぶんのんびりした時代で、
3日が市役所で辞令伝達式と研修、5日が初出勤、
それ以外の日は大学生並みに春休みを満喫していました。
驚いたのは、初出勤の5日は「前日出勤」で、
自己紹介するや否やすぐに学年会が始まり、
「あなたは2年3組の担任だから、明日の始業式に向けてこれから準備だ」
と言われたことです。
ここから先の数ヶ月は、人生の中で最もパニックだった日々ですが、
しばらく経ったある日、ふと先輩の先生から、
「今度来る理科の新人は採用試験の成績が優秀も優秀。
とにかく優秀で即戦力だって校長から聞いてたぞ。」と言われました。
採用試験1次、2次、決勝の中で、1次の筆記は全然良くなかったはずなので、
私の面接での高得点が、この先輩教師の言葉から実証されたことになります。
ですから、これから試験を受ける皆さん、どうぞ参考になさって下さい。(
平成15年3月)

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