職員朝礼での社長訓話集 一つ戻る 最新版へ戻る
続・旅行の効能 (2・27)
旅行の効能 (2・23)
続・中学から高校へ (2・19)
中学から高校へ (2・16)
ガンコオヤジ (2・14)
部活手当て (2・10)
見通し暗い (2・ 8)
続・勘違い (2・ 5)
勘違い (2・ 2)
2月27日 続・旅行の効能
社員旅行とか職場旅行というのが最近、参加者の減少等の理由で、廃止されている例が多いようです。秋留台でも何年か前に、20人足らずで出かけたのを最後に、やっていないはずです。若い人を中心に、休日まで同僚と顔を合わせることないじゃん、という気持が強いためだと思いますが、私は案外古風なタチなのか、こういう傾向に一抹の寂しさを感じます。
三沢中の職員旅行は、毎年7月20日に出発していました。当時まだ「海の日」は制定されていなかったので、これは1学期の終業式にあたります。通知表を配って、「9月には元気に会いましょう!」とか何とか言い終わるやいなや、待たせてある観光バスに乗り込みます。全員揃ってバスが出発する時の、私達の気持というか雰囲気をご想像下さい。1学期は新しいクラス作りの時であり、家庭訪問、移動教室、修学旅行など、大きな行事や緊張の場面が目白押しです。それが終わって、40日もの休みに突入する・・・。その瞬間に、バスは動き出し、学校や日常の生活圏からみるみる離れていくわけです。この時の開放感というのは、まず他の業界にいては味わうことができないでしょう。車内は異様な興奮状態に包まれ、酒は飲み放題。伊豆のホテルに着く頃には、自分で立てない者も出てきます。かくいう私も、幹事の立場にありながら行きのバスで意識不明になり、気が付いたらホテルの部屋で寝かされてたことがあります。夜は改めて大宴会。酒癖の悪い者がセクハラ行為を開始しようとして、やはり酔っ払った正義の味方に成敗されるシーンもお決まりです。要注意なのは、酔って真剣に教育論議をやりだす人々で、かなりの高確率で掴み合い取っ組み合い殴りあいに発展するので、幹事はヒヤヒヤもの。教員の職場旅行は要警戒というのが、温泉旅館関係者の間では常識だそうですが、まあわかります。秋留台の職場旅行も、似たような盛り上がりはありましたが、やはり中学の職場旅行よりは紳士的でした。
旅行がない職場では、その鬱憤はどこで処理されているのでしょう? エネルギーが蓄積されて、関東大震災みたいにいっぺんに噴出する日が来るような恐怖を感じざるをえません。他人に迷惑をかけるほどに酔っ払うのは考え物ですが、適度に発散するための職場旅行は、是非必要ではないかと私は思うのです。
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2月23日 旅行の効能
Unisonのメンバーの多くは20代前半ですが、皆さんよく旅行をされているようです。とか言いつつ、私も旅行は大好きで、だいたい年4回の遠出は欠かしません。しかし、年齢や社会的な立場が違うと、旅行の目的や効能も違うのではないか、と最近思っています。学生さんの旅行は、殆ど好奇心を満たすために行われますが、社会人の場合、聞こえは悪いですが「逃走目的」という要素があります。
私は中学校教員時代に、偶然ある法則を発見しました。「荒れている中学校ほど、海外旅行に行く先生が多い」ということです。ちゃんと統計を取ったわけではないので、正しいかどうかわかりませんが、気持的には十分理解できることです。ストレスを解消するためには、自分の精神を一時退避させなければなりませんが、旅行は自分の物理的位置を、日常の生活圏から退避させる行動に他なりませんから、最も強力な退避行動ということになります。もちろん、旅行は何日かしたら帰って来なくてはならないので、ストレス解消になるのか疑問に感じる方もいるでしょう。でもそれは酒もパチンコも一緒です。旅行というと遠い所で何泊もしてこなくてはならないと思われてしまいますが、仕事場から少しでも離れることが重要なので、大げさに考える必要はありません。また、何かの目的を持って出かけるよりは、フラリとしょうもない目的で出かける方がいいみたいです。
私が教員になってからよくやっていたのは、部活指導も終えた6時過ぎ、車を一路東へ爆走させ、目白駅のすぐそばのケーキのおいしい喫茶店で、ケーキセットを堪能するというものです。目的はそれだけ。代官山のおいしいパン屋さんも何度も行きました。西へ走ることもあります。大月や河口湖あたりのラーメン屋さんでラーメン一杯食べて帰ってきます。こういう「意味なしドライブ」は、肉体的には疲れが増すにきまっているのですが、夜中に帰って来ても、不思議と翌朝はすっきり起きられるもので、大気汚染と地球温暖化には拍車をかけてしまいますが、ストレスは間違いなく解消しています。ところで、上には上がいるものです。三沢時代の同僚W先生は、きしめん一杯食べに名古屋まで走って、帰ってきたのは明け方だったと言っていました。ストレスを抱えて解消法にお困りの方は、意味も無く出かけるという方法を、是非試してみて下さい。
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2月19日 続・中学から高校へ
中学から高校へ移ってみて、いろんな面で実際どうなのかと言うとですねえ・・・。はっきり言って、仕事の絶対量は、中学の方が倍以上です。もちろん、高校でも忙しい時や精神的にきつい時というのはあるわけですが、そんな時、中学校にいた5年間のことを思い出すだけで、耐えられるものなのです。これで同じ給料というのは、中学の先生方に余りにも申し訳ないということになってしまいそうですが、やはり世の中に2ついいことは無いんですね。きつい分、やりがいという面では、中学の方が上だと思います。生徒と関わっている時間の長さ、与える影響力が断然違います。だから、一つの行事や学期や年度が終了したり、卒業生を送り出したりした時の達成感、開放感というものは、高校しか経験していない方には理解不能なほど大きいものがあります。
人間というのは、いろんな意味で順応できる動物です。中学から高校へ移ったばかりの年は、授業コマ数が週17時間で、高校にしてはやや多めにもかかわらず、私は「こんなに楽で本当にいいんだろうか?」という感覚を持っていました。でも、何年かたつと、「うわっ! 17時間か・・・。きついなぁぁ」なんて言うようになります。ただ心の奥底の部分では、17時間とか言ったって1日に2コマくらいの空き時間はあるわけですから、まあ楽なもんだという気持はあります。
結局私は中学と高校のどちらを気に入ってるかというと、これはけっこう微妙です。「高校は楽ちんだから、移ってきてよかった」というのは正直なところですが、最近妙に中学の仕事に懐かしさも感じます。仮に中学へ戻らないか?という話を持ちかけられたら、うんと言うかもしれません。まあ両方経験できたというのは良かったと思いますし、学校と一口に言っても、まだまだいろいろあるわけなので、多様なタイプを経験してみたいとも思いますね。
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2月16日 中学から高校へ
三沢時代の教え子や保護者の方とバッタリお会いして、「今、高校に勤めているんです」と言ったとき、又、今の学校の関係の方に、「以前、中学校に勤めてたんです」と言ったとき、必ずと言っていいほど、「中学から高校に転勤て、ふつうにできるんですか」と訊かれます。ここから先の説明を、私は何十回やったかわからないですが、ここでもう一度やってみましょう。これは普通の異動と違って、採用試験を受け直す必要があります。教員採用試験はたいへんな高倍率で、普通に考えたら現役大学生に勝てるわけないのですが、現職教員は別ワクなので、問題や受験会場は確かに同じですが、倍率としてはう〜んと有利なはずです。また、落っこちても中学校の職を失うわけではないので、完全に受け得です。この受験は、業界用語で「マル選」とか言われているのですが、何の略だか未だに知りません。
私自身、こんな異動があるなんて、まったく知らなかったのですが、受験している人はけっこう多く、三沢の同僚にも数人いて、その人たちから誘われて知ったのでした。中学一筋でやって行こうと思っていた私でしたが、非常に甘い言葉で誘われるうちに、その気になったというわけです。と言っても、やはり受験の決め手になるようなできごとはあります。その頃の三沢中では、担任の連携が密で、私のようなズボラな人間でも、緻密な人たちと歩調を合わせる必要がありました。一例をあげると、遠足や移動教室といった行事が近づくと、HR1時間を「バス座席決め」に費やすのです。どう考えても、黒板にでっかく座席表を書いて、自分たちの希望を書かせれば10分以内で決まるでしょう。しかし学年の方針は、あくまで「じっくり討論させよう」です。ついでに言えば、「好きなもの同士派」が勝って「班ごとに座る派」が負けるようなクラスは、担任の学級経営がヘタで、まとまりの無い悪いクラスみたいに言われます。私はこういうのがr耐えられなくて「余り者が出ないように、自分たちで決めろ」なんてやってしまったりしたものです。まあ今考えれば、こういう掟破りというか、学年の足並みを乱す金八先生気取りの行動は、本当に困り者なんですが・・・。これを知った別の担任の一人が、こう言ってきました。「好きなものどうしなんて認めてるようじゃ、何にも育たないよ。直井さんは、高校の先生の方が合ってるんじゃないか?」 まじめな話、当時のその言葉によって、私は高校への異動の最終決断を下したのでした。(つづく)
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2月14日 ガンコオヤジ
郁恵さんが、勤務先のファミレスから、社員教育用のビデオを借りてきたので、そのワザトらしい演技に爆笑しながら、最後まで見てしまいました。客商売の基本は、笑顔でお客さんに接し、常にサービス精神を忘れないことだというのを、改めて思い知らされるビデオでした。しかし世の中には、客を客とも思わないような態度で、気に入らない客には「けえってくれ」「二度と来んな」なんて平気で言うようなガンコオヤジのいる店が、不思議と繁盛している例も少なくありません。私は残念ながら、飲食店でそういうオヤジに出会った経験が無いのですが、神田の古本屋や、秋葉原の小さいパーツショップあたりには、そんな雰囲気を漂わせているオヤジがいました。初歩的な質問なんかしたら即「けえってくれ!」と言われそうで、恐くて買い物できません。これはもしかすると、私の単なる思い込みかもしれませんが、玄人好みの店のご主人て、たいてい愛想が悪いです。
立川にも超恐ろしい店があります。○○電子というパーツ屋さんで、実験の材料を仕入れるために、何度か訪れたことがありますが、ここのご主人が笑う顔を想像することさえ不可能です。私は、秋葉原で感じたのと同じオーラを、このオヤジから感じていたので、相当警戒しながら買い物をしていたのですが、ある日、小学生らしき二人の男の子がこの店に迷い込んで来ました。夏休みの自由研究で、太陽電池で動くオモチャを造るための部品を買いに来ていることが、会話の中から判明しました。「太陽電池下さ〜い」・・・。この後の展開は、私の予想通りの修羅場でした。「何ワットのをいくつ?」とぶっきらぼうに訊き返すオヤジ。「ソーラーカーを造りたいんですけど」「だから何ワットのが欲しいの?」 子供たちが少し相談して、一番大きいものを指差すと、「4500円。一つでいいの?」 子供たちはそんなにお金を持っていないようで、再び小さな声で相談し始めましたが、常に詰問調のオヤジを前に、今にも泣きそうな状況です。ついに見かねた私は、子供たちを呼んで、造りたいソーラーカーのイメージと予算を聞きだしてから、最適な部品を選んであげたのでした。電気工作なんか二度とするもんか!と思ったかもしれない子供たちを、寸前のところで救済したわけで、立派な人助けだったと思うのですが、なんで私が店員の代わりをしなきゃならないのか、よく解りませんでした。
ガンコオヤジにはきっとスゴイ実力があって、熱烈なファンがいるからそれでやっていけてるのでしょう。でも、誰でも初めは初心者なのであって、将来ファンになってくれるかもしれない層を締め出すような態度は損だと思うのです。客商売や芸術家は、プライドを持つのはいいことだし、客に媚びる必要はありませんが、すべてのお客さんに優しく接するのが、大物の余裕ってもんじゃないでしょうか。
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2月10日 部活手当て
教員以外の方から、よくされる質問の一つが、「休日の部活指導手当ては、いくら位?」というものです。私はこれを訊かれたら、必ず逆にクイズ形式で答えを当てさせますが、まずピタリ賞が出ることは有り得ないでしょう。それどころか、ニアピン賞でも一桁違うことが多いです。1200円という正解を発表しても、「ほう、なかなか悪くないねえ」なんて言われます。この金額を聞いて、時給だと思われてしまうのは当然で、日給だと言ってもすぐには信用してもらえません。昼食代で消えてしまいそうな1200円でも、貰えるならまだいい方ですが、これが夏休み中とかになると、正規の勤務時間内になるため、手当てはありません。40日まるまる休んでしまうことも可能な夏休みに、毎日のように部活指導に出てくる先生は、本当に熱心な人なのです。
私のように、部活が自分の趣味と完全に重なっているような幸福人は、こんなことはまったく気にしないものです。むしろ、6時間目が終わって、勤務時間中の3時頃から音楽室に入り浸って、ばったり会った校長先生から「いやあ、ご苦労様」とか言われて、こんなおいしい仕事は他に無い・・・くらいに思っています。しかし、どの学校にも自分のやりたい部活が揃っているとは限らないですから、やりたくもない部活の顧問を押し付けられてしまう場合も発生するでしょう。そうなると日給1200円は余りにも酷でございます。
だいたい部活に限らず、学校という世界は、勤務時間というものが非常にアバウトです。今時、タイムカードも押さず、毎朝出勤簿という用紙にハンコ押すだけなんで職場が、他にあるでしょうか。今でこそだいぶ厳しくなっていますが、以前は1週間分とか、大物になると2ヶ月分くらいをまとめ押ししてる先生も、珍しい存在ではありませんでした。まとめ押しがばれないように、わざわざ何種類かの朱肉を用意して、押す力を微妙に変えたりして「どうだい。今全部押したとは思えんだろ!」なんて自慢する先生もいました。ゆとりがあるのはいいことですけれど、必要最低限の仕事以外やらねえよ、という先生もみ〜んな「はいオヤツ」というのは、いかがなもんでしょうか。私個人としては、現行の教職調整手当て(すべての先生方が一定量の残業をすると想定した、教員全員に付く手当て)を廃止して、タイムカードと残業手当を導入した方がいいような気がしていますが、いかがでしょう?
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2月 8日 見通し暗い・・・
「試験休み」という言葉をご存知でしょうか。大学生の方ですと、「ああ、前後期のテスト後しばらくの間、授業が休みになるアレだな」と思うでしょうが、高校生以下だと何のことやらサッパリぴんと来ないでしょう。東京の、それも都立高校の関係者以外の方は意外とご存知無いのですが、実は都立高校にはそれがあります。表向きは「自宅学習期間」という名目ですが、生徒にとっては実質、夏休みや冬休みの前倒しです。もちろん教員の方は、会議があったり個別面談をやったり、いろいろと仕事があるのですが、授業が無いということは、かなりフレキシブルに予定をいじくれます。ふだんなかなか休暇なんて取れない我々も、こういう時には1〜2日まとまった休み(ちっともまとまってない)を取ることが可能です。これが今度の4月から無くなる、つまり期末試験後も全校生徒が毎日登校してくることに決まったようで、大半の生徒も教員も嘆いている、というよりパニックになっているこの頃です。私も大いに嘆いている一人ですが、その理由はやはり部活のことです。ふだん、せいぜい2時間くらいしか練習できないのが、テスト後いきなり平日丸1日の練習が可能になる、しかも小中学校は当然営業中だから、家族でお出かけされちゃう心配も無く、出席率もいいというのは、本当に有利なことでした。半日練習だとどうしても、個人の基礎練習、基礎合奏、パート練習、合奏のどれかを削らなくてはならなくなります。「生徒を部活漬けから解放すべし」という方にとっては喜ばしいことでしょうが、私は大打撃と感じています。
2002年度から、全土曜日が休みになることも、あまり明るい材料とは思えません。そんなに好きなら、土曜も朝から晩までやれるようになるからいいじゃん、と言われそうですが、実際は違います。部活は全員がやる気マンマンで、3度のメシよりも楽器が好きというものでもなく、何もしないでブラブラしてるよりはマシだから、と部活に入ってる生徒もいるわけです。学校のある土曜日ならば、そのへんの層も、授業に来たついでに部活をやっていけるので、それほど抵抗がないのですが、休日となってしまうと、生徒本人も各家庭もそれなりの予定を組むようになり、演奏会直前とか余ほどの重要な練習以外は、出てくるのを億劫がるようになるものです。
休日が増えて嬉しい反面、毎週土曜日にちょこっと授業を終えて、「さあ部活だ」とハリキッてた時代が懐かしくもあります。いろんな面で「昔は良かったね」が合言葉になってる都立高校でございます。
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2月 5日 続・勘違い
日野四中打楽器パートが、TamTamの間違いに気づかなかった一因として、ドラムセットを保有していた数少ない学校だったことが挙げられます。当時このことで、私たちは得意になっていました。タムタムを使う課題曲は、それを全都にアピールする絶好のチャンスであったわけです。勘違いというのは、えてしてこういう得意になった状況が引き金になるようです。
私は、「山車」と書いて「ダシ」と読むことを知っていました。大学生の頃だったでしょうか、たぶん友達どうしで話している時に、私だけが読めたかなんかで、「えっへん!」という状態になったのでしょう。私は再び「山車」という2文字に遭遇することを待ちわびていました。その時に誰もいなくたって、心の中で「これダシって読むんだぜ」とつぶやくだけでも優越感があります。すべての日本人を、山車が読める人と読めない人に分類すれば、私は確実に読めるほうの階級なのです。しかし、「山車」は街を歩いていても、そう滅多にお目にかかる文字ではありません。私の潜在意識の中に、「山車」を見たら過剰な反応をせざるを得ないほどのエネルギーが蓄えられていったのです。
ある日、どっかの建物の地下駐車場の出口で、「出車注意」という表示を見た時のことです。私の脳は完全にショートしました。「ダシ注意」と読んで、「こんな所をダシが通るのかなあ」なんて不思議に思って、それだけならその場の勘違いで済むのですが、この日を境に私は「出車」をダシと読むようになってしまったのです。川が氾濫して、新しくできた流れが本流になってしまうことがありますが、私の脳神経回路はそんな状態だったのでしょう。駐車場を通るたびに、「よくお祭りやってる場所だなあ」なんて思いながら、この状態は何年間か継続しました。このことを人に話さなかったのが唯一の救いであり、また悲劇でもあったわけですが、ついに間違いが正される日は来ました。たまたまブラバンの生徒を何人か乗せて、桜ヶ丘の駐車場を通過した時、「君たち、これ読めるか?」とやってしまったのです。国語の得意な子が「えっ?シュッシャですか」と言うので、「ハハハ、覚えておきなさい。これでダシって読むんだよ」と答えました。「先生、ダシはヤマグルマって書くんじゃないですか?」「・・・・ヤマ・・・グルマ」 催眠術から覚めていくような感覚が私を襲い、脇の下からジトーっと汗が吹き出しました。その時の子たちは卒業まで黙っていてくれたらしく、先生の威厳を失うことはありませんでしたが、人間というのは、まさかと思うようなことも、信じ込んでしまうと修正不可能になってしまうことがあるんだなあ、とつくづく思いました。
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2月 2日 勘違い
後で思い出すたびに赤面してしまうような勘違いというのが、誰にでもあると思います。岩城宏之さんは、あちこちのオーケストラ相手に、譜面上の練習番号のことを、ドイツ語で「グスターベ」と読んでいて、ずうっと後で正しくは「ブッフシュターベ」ということを知ったということを著書の中で書いています。これとは性質が異なりますが、私にも恥ずかしい経験があります。
昭和49年の吹奏楽コンクールに、私は日野四中の1年生として参加しました。課題曲は「吹奏楽のためのシンフォニア」というもので、打楽器の譜面に「TamTam」と記された音符が数ヶ所ありました。私も先輩も、迷わずこれはドラムセットの中のタムタムであると確信し、一番低い音のフロアタムを木琴のばちで叩いていました。どうも変だぞということは、誰もがうすうす感じてはいたのです。というのも、TamTamが登場するのは、ここ一番のクライマックスみたいな箇所だけで、シンバルを思いっきりジャーンと鳴らすなら解るのですが、タムタムの「ドン」という音はどうしようもないくらい違和感があるのです。この曲を練習中、「ドン」とやるたびに部員の中から笑いが漏れてきます。そんな状態になっても、打楽器パートはもちろん、誰一人譜面に疑いを差し挟む者はいませんでした。ついに本番の日、B組の1番だった日野四中は自信をもって「ドン」とやりましたが、他の学校はサスペンダーシンバルをジャーンと叩いたり、比較的上手そうな学校は、中国のカンフー映画かなんかに出てきそうな大きな楽器を叩いて、「ぐぅうををぁあああぁぁーん」とかやってるではありませんか。「TamTam」はドラのことで、ドラムセットのタムタムは「TomTom」なのです。そんなこと知らなかった私たちは、他校の演奏を聴いても、まだその間違いに気づかず、「ずるいぞ。勝手に違う楽器使いやがって・・・。でも、この方がなんだか曲に合ってるなあ」とか思っていたのでした。正しい知識を得た時は、正直言って顔から血の気が引きましたが、不幸中の幸いだったのは、他にもいくつかタムタムを「ドン」とやってた学校が存在していたことでした。
楽譜にミスプリがあって、明らかにおかしい音になっていたり、昔の私たちのように、読み間違えていたり、ということは有り得るでしょう。そんな時、おかしいぞと感じた自分の耳を、もっと信用すれば良いのではないでしょうか。
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