職員朝礼での社長訓話集 一つ戻る 最新版へ戻る
親子合奏 (3・30)
カラオケ (3・27)
先生の転勤 (3・24)
運動部に学べ (3・20)
演奏会の進行 (3・17)
スコアのすすめ (3・15)
続・絶対音感 (3・12)
絶対音感 (3・ 9)
続・不規則生活 (3・ 7)
夜型 (3・ 5)
見栄春 (3・ 2)
3月30日 親子合奏
いよいよ明後日に迫った、久留米清瀬の演奏会・・・。これの練習に来ている打楽器奏者である清瀬高校のK君は、なかなかのギターの名手でもあります。聞いたら、主なインストラクターはお父さんとのこと。家ではよく、2人で一緒にギターを弾いているそうです。こういう「音楽一家」が、私のまわりにはたくさんいます。私の通っているニューサウンドの高橋一家も、お父さんが団長で、息子2人がそれぞれトランペットとトロンボーンにいて、今では2人ともプロミュージシャンだし、同じ多摩市の多摩テュッティ弦楽合奏団でも、お母さんが団長で、お父さんがチェロ、娘さんがコンサートマスターで、確か息子さんも何かやっています。演奏会の日に、1台の車に一家全員とその楽器を乗せて会場入りする姿は印象的でした。
こういう例が多いために、我が家も「必ずそうなる」というか、「そうなる以外の道は考えられない」みたいに思っている人が多いようです。私自身は、別にそれを目指してプレッシャーと感じているわけではなく、逆に音楽をやらせまいという意図もありません。親が子供に何かを強制したり、進む道を決めようとすれば、子供は絶対にそれに反発することは、私自身の経験からも明らかです。自然が一番です。しかし今のところ、我が家はすでに親子合奏真っ盛り。春休みに入ってからは、学校の音楽室で弦太さんと二人っきりで練習もしました。絵本を読んでやったり、積み木で一緒に遊んでやるのは完全に子供へのサービスで、なかなか辛いものです。でも自分が楽器の練習をしてる横で、子供が勝手にタイコ叩いて喜んでるというのは、こんな楽な子守りは他に無いので、何時間だろうが毎日だろうがへーちゃらです。こうして子守りに疲れた音楽好きの親が、自分の趣味に逃避していき、その副作用として音楽一家が形成されるのではないだろうか、なんてふと思いました。
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3月27日 カラオケ
うちの郁恵&弦太はカラオケ大好きで、家族でカラオケボックスに行くことも少なくありません。私がカラオケを歌いまくっていたのは、、カラオケボックスというものが登場する以前のことで、いわゆるカラオケスナックで、大勢の知らない人たちを前に歌う場ででした。ノドに多少の自信が無くもなかった(なんて回りくどい言い方はやめて、ズバリ上手かったので)、カラオケボックスで友達相手に歌って何が面白いんだろう、と不思議でなりません。とは言っても、カラオケスナックで歌う場合も、ィエイィエイ!と叫んでいるのは歌っている当人の友達だけで、他すべての人々は「早く終わらねえかなぁ」と思っているケースが殆どなので、ボックスの方が合理的なのは確かです。しかし、スナックで歌う醍醐味はですねえ・・・。大多数の「まだ自分の番じゃねえのか・・・。こいつ早く終わらねえかなぁ」という場の空気に、自分のパフォーマンスで切り込むことにあるのです。自分が歌いだすと、店内の雑談が一時中断し、ステージに注目が集まって来る・・・これは最高の気分です。席に戻る途中に「お兄さん、歌手かい?」なんて言われたり、他の上手い人と意気投合したりして、そこはもはや気晴らしの場ではなく、立派な他流試合の場と化すのです。
カラオケボックスには、そういう真剣勝負の雰囲気がないので、行く気がしなかったのですが、メリットが無いわけでもありません。今や通信カラオケは凄まじい曲数から選べるようになりました。観光バスのカラオケみたいに、かばん1個に詰まったカセットテープから選ぶ時代ではありません。いろんな人と行くと、自分の知らない曲が山ほど登場するし、いいなあと思う曲もたくさんあります。自分の音楽世界を広げるには最適です。おかげで、ずいぶん歌のレパートリーが広がりました。すべての行動に何らかの意味付けを与えようとするのが、私の悪いクセですが、音楽の基本はとにかく歌です。いろんな歌を歌えるようになって、いろんな歌い方を身につけることは、器楽の人にとっても大きなプラスになるに決まっているのです。皆さんもがんばってカラオケ通いしましょう!
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3月24日 先生の転勤
昨日は、終業式と同時に離任式というのがありました。秋留台では、先生の転勤が生徒に知らされるのは、4月になってからだったので、誰にも知られず静かに去ってゆくような感じでした。終業式で発表される本校では、名残を惜しむ生徒たちが、職員室にたくさん
詰めかけたりして、なかなか感動的なシーンが見られました。
実は先生方の転勤は、1ヶ月以上も前からわかっています。小中学校も早いことは早いですが、ここまで早くは無いですから、たぶん都立高校の先生は、あらゆる職業の中で最速の転勤内示を貰う人種です。それからさらに特徴的なことは、異動先について、ある程度の希望を言えるという点です。大ざっぱに、第○学区という指定をするので、青梅に住んでて青梅線沿線の第8学区を希望する私が、突然東京の反対の端である江戸川区に飛ばされたりはしません。希望が言えるということは、希望にそぐわなかった場合に文句を言えるということでもあり、ムリヤリ希望通りに変更させてしまうというケースも毎年あるようです。教員でない方々にここまでお話すると、たいていの人が素朴な疑問に気づいてくれます。「先生たちの希望が集中する学校とか、逆に不人気の学校って無いの?もしあったら、誰が貧乏くじ引くの?」っていうことです。これはですねえ、まさにその通りで、人気校と不人気校はハッキリあるわけで、大きな要因としてあげられるのは交通の便です。3分おきに走ってる山手線の駅のまん前みたいな学校と、青梅線のどん詰まりから2つ手前で降りて、そこから徒歩25分の本校の、どっちに通勤したい人が多いか考えるまでもありません。不便な学校から便利な学校に移りたい先生は大勢いますが、逆はいませんから、一度不便な学校に回されてしまうと脱出するのはなかなか困難です。しかし、この傾向を逆手に取っておいしい思いをした私のような人もいます。希望の少ない学校に希望を出せば、それは大歓迎されるに決まっているわけで、プロ野球ドラフトの逆指名みたいな立場ですね。不便な田舎に住んでるのが幸いして、私はあと20年、自分の第1希望の学校だけを渡り歩いてゆける可能性が極めて高いのです。青梅線バンザイ! でもこういう異動制度を、根本的に見直そうという動きもあるみたいですね。やめてくれ〜ですね。青梅から出たくない・・・。
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3月20日 運動部に学べ
実は私は、高校時代に一時期バドミントン部に所属していました。たまにレクリエーションでバドミントンをやると、「直井さん、うまいねえ」と驚かれますが、部活でやっていたなんて言えません。言ったら最後、「それにしては×××・・・」っていうのが返ってくるに決まっています。要するにそれほど上手くないわけですが、今考えても運動部は貴重な経験になっています。
バドミントン部の1日の練習は、準備体操〜ランニング〜フットワーク〜素振りと続き、それからようやくシャトル(羽根)の打ち合いになるわけですが、最初はハイクリアといって、ひたすら高い打球だけを打ちます。次がドロップ、ネットすれすれに落とすやつ。それからお待ちかねのスマッシュ、バドミントンやってて良かったと思える瞬間です。そしてドロップターン、スマッシュターンという、打ち終わった後の処理の練習があって、ようやく試合形式になります。チームによって練習メニューの組み方はいろいろですが、共通して言えることは、それぞれ部分練習の目的が明確で、基本から応用へという一連の流れがあることです。これはバドミントンに限らず、あらゆる技術向上を目的とした集団にとって、当たり前のことのように思えますが、ブラバンでそういうシステム化された練習メニューを実行しているところは、案外多くありません。個人練習の段階では、ロングトーンから始めてスケールやリップスラーへ、という理にかなった練習をしている人が多いのに、合奏が始まってからの流れがどうも支離滅裂というバンドが目立ちます。どうしていいかわからない学生指揮者の方が、思いつきで指示を出していたり、誰かから聞いた練習メニューをただ繋ぎ合わせているケースが多いと思います。運動部でもブラバンでも大切なことは、今やっている練習が何のための練習で、基本から応用に向かう過程のどこらへんに位置するものなのか、を意識することですね。それが無いと、けっこう無駄な時間が増えてしまうものです。これは曲の合奏にも言えることで、譜読み段階を脱していないのに表情の指示をしたり、表情をつけ終わった頃、またアーティキュレーションの不揃いを直したり、というような「行ったり来たり」は、するべきでないと思います。ブラバン一筋の皆さん、機会があったら運動部に1日体験入部してみるといいし、先生だったら、運動部の顧問の先生と仲良くして、メニュー作りの極意を学ぶといいかもしれません。
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3月17日 演奏会の進行
昨日、仲良くしていただいている高校の演奏会を聴きにいってきました。司会を生徒がやっているのはもちろんですが、その台本も生徒がアイデアを出し合って作ったものでしょう。こういう司会進行に出会うたびに、微笑ましい光景だなあと思うのは確かですが、演奏会の進行としては、もう少し何とかならないものかなあ、と思ってしまいます。まあ、私は司会に関しては特に厳しい批評をするので、ご勘弁ください。
だいたいどこのバンドでも、司会まで入れて通しリハーサルをやるのは1回キリでしょう。ヘタすれば、省略される場合すらあります。もちろん私のバンドなどでは、いちいちそんなリハはやりません。それは、私が司会者として十分に場数を踏んでいるから可能なことであって、司会慣れしていない人がやるのであれば、十分にリハーサルすべきだと思うのです。特に、そのバンドのメンバーが司会をするのなら、ホールに行く前に自分の学校で、いくらでもリハが可能でしょう。1曲ごとに通すのと同時に、1つの演奏会を通す練習をやると、どこでどんな話が必要で、どのくらいの間(ま)が最適かが見えてくるはずです。
高校生のブラバンの演奏会は、まず間が多すぎる場合が殆どです。ソリスト紹介などは、曲が終わってから間髪入れずやるのが良く、ワンテンポ遅れると、お客さんの興奮が収まってから再燃させなければなりません。また、曲の紹介があってから指揮者が登場し、礼をして演奏者の方を振り向き、そこからまた数秒の間・・・という流れも、遅すぎると思います。プロのオケでは、拍手が終わるか終わらないかのうちに振り向いて、振り向きざまにもう棒を上げている指揮者もいます。私のバンドでも、司会が曲名を言う時にはもうカウントが始まり、曲名を言い終わって1秒後くらいにドカーンと曲の頭が出るのが標準のタイミングです。お客さんの興奮と緊張を持続させるには、このくらいのテンポでちょうどよいと思います。高校生の皆さんは、よく司会を練習して、大阪漫才に負けないくらいテンポのいい進行を目指してほしいものです。
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3月15日 スコアのすすめ
スコアというのは総譜のことで、合奏に参加している全パートの譜面一覧、というより作編曲者がまず書くのがスコアなわけです。個々の演奏者がそれを見ながら演奏すると、めくるのが大変だし、自分のパートだけが見れれば、とりあえず演奏自体に支障は無いので、スコアから各パート分を抜き出した「パート譜」があるわけです。私は指揮というものをやるまでは、スコアなんて見たこともありませんでしたし、指揮者を経験した後でも、自分が演奏者の曲では、自分のパートかせいぜい同じパート内の人の譜面しか見ませんでした。大編成のブラバンやオーケストラでは、たいていがそうだろうと思うし、全体を把握する指揮者という存在が的確な指示を出せば、まあ何とかなるからいいだろうと、私も思っていました。しかし、これはよくよく考えて見ると不思議な事です。演劇で自分のセリフだけを抜き書きしたものを渡されて、ハイやってみようと言われても困るでしょう。1回通してみれば、自分のセリフがどういう流れの中に位置しているのか、解るといえば解りますが、やはり全員の動きが把握できる資料を持っていた方がいいでしょう。
合唱は多くて4パートですから、ほとんどすべての曲の譜面はスコア型です。つまり、自分がソプラノでも、常にバスまでの動きを把握しながら歌えるのですが、合唱団員にとってこのことは、便利というより必要不可欠に近いことです。ハーモニーを作る時に、自分の受け持つ音がコード内の第何音かを知ることは、ハモらせる上で極めて有利だからです。だとしたら、器楽合奏でもスコアを持っていた方がいいに違いありません。実際、プロのオケのメンバーでは、指揮者でなくてもスコアを読んで研究する人が多いようです。高校の吹奏楽部でも、コンクールの課題曲自由曲についてだけですが、全員にスコアを持たせている所もあります。私自身は、指揮しながらメンバーに曲想の指示をするときに、みんなの手元にスコアがあれば・・・と思うことがよくあります。全曲全員分のスコアをコピーして用意するのは物理的に不可能なので、そういうことをしてはいませんが、休憩時間に指揮台のところにやってきて、気になる部分のスコアを見ていくような人が増えるといいと思います。パート譜だけを見たら、何が何だかわからないような曲というのが、最近では増えていますので、是非多くの人がスコアに親しんでほしいですねぇ。
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3月12日 続・絶対音感
絶対音感を持っていると、演奏上どの程度有利になるのでしょうか。フレットとかポジションというものが無い楽器、例えばバイオリンやトロンボーンなんかだと、絶対音感が無ければ演奏不可能だ、と思っている方もいるようですが、そんなことはありません。印がなくても、だいたいこのへんで何の音が出る、ということはつかめます。絶対音感よりも大切なのは、周りの音程に対する感覚、つまり相対音感の方です。プロの音楽家の中に、確かに絶対音感を持った人は多いに違いありませんが、無い人もたくさんいます。ズバリ、普通に楽器を演奏する上で、絶対音感のあるなしは、全く問題にならない、と私は断言します。
私のように音を譜面に直すような作業をする場合、絶対音感の恩恵は多少感じることがあります。普通のフレーズならば、最初に聞こえた音を基準に相対音感で突き止めてゆけますが、前衛的というかトンデモないフレーズだと、何が何だかわからなくなるので、そういう時は、音の流れに頼ることを放棄して、個々の音が何なのかを聞き分けて行きます。まあこれも、一緒にピアノで弾いてみて調べて行く、いわゆる「逆探知」という方法があるので、絶対音感ナシでもコピーは可能なのですが、絶対音感のある人の方が、たぶん作業は早いでしょう。絶対音感があるおかげで、余計な苦労をする場合もあります。私がアルトサックスを吹き始めた時、譜面のドを吹いたら、聞こえる音がE♭であるということに苦労しました。1曲吹き終わる頃には、何とか慣れてくるのですが、記譜と実音がずれている「移調楽器」には違和感を感じてしまうのです。トランペットもB♭管の移調楽器で、運指じたいは動くようになりましたけれど、実は未だに譜面をいったん頭の中で2度ずらして実音に変換しながら吹いています。こうしないと音を感じながら吹くことができないのです。
絶対音感も相対音感も、訓練次第でどんどん精密になるようです。私もジャズバンドに入ってから、♭9とか♯11の入った和音くらいなら間違いなく聞き分けられるようになりましたし、前田憲男大先生など、めちゃくちゃに弾いたピアノの音をすべて聞き分けたりします。また、こんな人も見たことがあります。ピアノを少し弾いてから、「何でこんな高いんだ?443位あるぞ」とか言うので、チューナーで調べてみたら本当に443だった・・・とか。「3才からでないと手遅れ」なんて言葉に乗せられる必要は無いのです。
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3月 9日 絶対音感
3才の弦太に、様々なダイレクトメールが届きます。中でも英語の塾と、音楽教室は特に多く、決り文句は「3才からでないと間に合わない!」 何が間に合わないのかと、よくよく読んで見ると、音楽教室のチラシには「絶対音感」という四字熟語がチラホラと目につきます。こういう言葉に誘惑されて申し込むお母さんお父さんは、けっこう多いかもしれませんが、そもそも絶対音感とは何なのかを知らずに、この言葉の勢いというかオーラに無条件降伏している例も少なくないようです。
絶対音感とは、ピアノの鍵盤をポーンと叩いたのを聞いて、それが何の音であるか当てられる能力ですが、これってそんなにスゴイ特殊技能でしょうか。私の母親もそうでしたが、自分の子供があらゆる音を言い当てる姿を見ると、「この子は100年に1人の天才だ」くらいに思い込むようで、それはそれは気分がいいことのようですが、ハッキリ言ってただそれだけです。そして、これは天才でも何でもなくて、訓練さえすれば誰でもできることです。その証拠に、ブラスバンドに所属している生徒は、間違いなくB♭を聞き分けられます。毎日毎日延々とB♭でチューニングするので、「B♭かそれ以外の音か」だけは区別できるようになるのです。12の音を判別できるようになるのも、単にこの延長上のことなので、それなりの音楽環境にあればたいていできるようになるのです。ただ、幼児期の方が修得が早いのは確かなので、看板の文句にあるように、3才位から訓練すると、絶対音感が身についた「まるで神童」を作れる可能性が高くなります。さて、訓練で身についた絶対音感は、逆に訓練を怠ると退化する性質があります。20歳過ぎた頃から弱くなって、半音の違いをよく間違えるようになった、という音楽家を何人か知っています。私自身もちょうど20歳頃から、FとF♯の区別が利かなくなってきて、「ついにオレも年かなあ・・・」なんて思ったりしましたが、30歳過ぎて再びコピー業が忙しくなってから、復活してきました。最近はちょっとやらないとすぐ鈍り、仕事するとすぐ復活するという繰り返しです。維持するのにも訓練が必要です。絶対音感があると無いとで、その後の音楽人生にどういう違いが出るか、という重要な点については次回に述べましょう。
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3月 7日 続・不規則生活
私が教育実習のオリエンテーションに行った日、校長先生が全員に「身体は丈夫ですか?」と尋ねられました。「移動教室や修学旅行を引率すれば、年配の先生だろうが女性だろうが、早朝から深夜まで休む間もありません。労働基準法なんか関係ない世界なんですよ」と言われました。ふだんはまあ規則正しい生活が保証され、早寝早起きの業界と思われがちですが、宿泊を伴う行事に限れば、かなり過酷です。修学旅行中の教員の睡眠時間は、生徒がお行儀よくても荒れてても、そんなに変わりません。私はかれこれ15回くらいは修学旅行や移動教室の引率に加わっていますが、だいたい1日の睡眠時間は2〜3時間です。全員がそうというわけではなく、早く寝ていただく先生方もいますが、私たち体力自慢の教員は、深夜見回りのラストをかってでたりするし、生徒が早く寝たら寝たで、安心して飲み会に専念するので、ついつい3時4時まで起きています。で、翌朝は生徒より早く起きなければならないので、まあ2時間くらいしか寝られなくなってしまうんですね。まあ、移動中のバスの中や、自由行動中に本部の椅子とかでウツラウツラしたりするので、実際にはもう少し睡眠を稼いでいるはずですが・・・。秋留台での8年前の修学旅行はハードでした。長崎まで夜行寝台車で行ったので、実質4泊5日。合計睡眠時間は2×4=8時間プラスαてな感じ。最終日の帰路が新幹線で博多から6時間半、殆どの生徒が寝てしまうので、ここでプラスαがだいぶ稼げるはずでしたが、実はこの日は土曜で、ちょうど多摩市合奏祭のリハーサル日でした。ひかり号に備え付けの電話から、何度か現場と連絡を取って進行状況を確認。東京駅に着くと、先生方のご苦労さん会にも出ずに、多摩市の公民館へ直行。リハは夜10時まで続き、なぜかバンドのメンバーとファミレスに行って、帰宅は午前2時。翌日曜日は朝10時から合同リハーサルです。実行委員長という立場なので、午後から延々7時間に及ぶジョイントコンサートの最中も、だいたい舞台袖にいたりして、あまり座ることもありませんでした。(座ったら最後、寝てしまいそうだった・・・) 終了後、打ち上げはもちろんやりました。
こんな武勇伝を披露しても、「なあんだ、その程度か」と鼻で笑われてしまいそうな方々を、私はたくさん知っています。ちゃんと職業を持っていて、そっちはそっちで重要な役職にいて多忙なくせに、趣味の方の会合でも夜中まであちこち飛び回っている人々です。丈夫だからできるのか、好きだから平気になるのかは、私にもよくわかりませんが、24時間という限られた時間をめいっぱい使えてるという点では、得したような気分です。布団の中に長時間いられることが最大の幸福とは思えないのです。
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3月 5日 夜型
土曜から日曜にかけて、久しぶりに徹夜でした。ピアノ演奏を、テープから譜面にする作業で、直井音楽事務所の本業中の本業である「コピー」というやつをやっていたのですが、特に締め切りが迫っていたわけでもありません。まとまった時間と集中力を要する仕事は、夜から明け方にかけてやることに決めているのです。人を昼型人間と夜型人間に大きく大別すれば、私は夜型中の夜型です。物心ついた時から夜型で、小学校高学年の頃にはラジオでオールナイトニッポンを聞いていました。私の偏見かもしれませんが、夜型人間は夜しか活動できないということではなくて、昼も夜も活動できる「24時間戦える」体力の持ち主で、いざという時に無理がきく人が多く、逆に昼型は身体が弱い人が多いような気がします。
大学4年の時に所属した実験物理の研究室は、まさしく体力勝負の世界でした。午後から登校し、夜食と翌朝用のパンの買出しに行き、日が暮れる頃から実験やレポート書きや論文書きを開始します。途中コーヒーブレイクやうだうだする時間も多いですが、朝7時頃に朝食を終えると、各自用意してある寝袋で仮眠し、昼頃起きて下校・・・という2日で1サイクルの生活を延々と続けました。もちろんこの生活パターンは強制されているわけではなく、毎日朝来て夕方帰るという規則正しい生活を、頑なに守っている人もいました。でも、そういう昼型族はシンデレラみたいなもので、○○時までに終えなければ終電に間に合わない、などの制約を受けるし、大掛かりな実験で、本当に深夜にずれ込んでしまった場合、真っ先に使い物にならなくなります。不規則生活の経験豊富な者は、いざとなったら寝なければいいだけのこと、という具合に、睡眠不足に対する恐怖感のようなものも、殆どありません。
夜型生活のせいで学校に遅刻したり、午前中の大事な授業やテストで、頭が働かないとかだと困りますが、結果さえだせば文句を言われる筋合いのものではないので、私は昼型人間になろうと思ったこともありません。ナポレオンの睡眠時間が少なかったという伝説が残っていますが、不規則な生活というものは、やっているうちにできるようになります。誰に聞いたって規則正しい生活を勧めるに決まっていますが、私は敢えて、若くて身体の無理がきくうちに、どこまでハチャメチャな生活に耐えられるか、試しておく必要を、機会あるごとに説いているのです。
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3月 2日 見栄春
みえはるという名のタレントがいます。私の名前が富士春で、しかもかなりの見栄っぱりということで、よく「お前、見栄春の方が合ってたんじゃないか」と言われることがありますが、もし本当にそうだったら、正に「名は体を表す」ことになっていたでしょう。自分でもわかります。見栄っ張り、大ボラ吹き、ナルシストです。ただ、こういう性格で損をしたという記憶は、あまりありません。こういう人々に共通するのは、とりあえずホラを吹いといて、それに向かって努力するということです。つまり、自分の努力目標を公表してしまうことによって、自分自身を追い詰めているのですね。スポーツ選手なども、昔は皆、謙遜ばかりしていたものですが、最近は「ビッグマウス(文字通り、大口たたく人)」が多いですね。いいことだと思います。
見栄春が目標を達成できなかった時、なかなか辛い状況が待ち受けています。もう10年くらい前ですが、私は「モテル男」を自負していました。実際ある程度モテてはいたのですが、「クリスマス・イブは一人2時間ずつ、6件の女性の家を回る」とかほざいておりました。こんなの別に努力目標でもなくて、単なるホラなのですが、中には「へ〜、直井さん、そんな凄いんだぁ」とか、本当に尊敬してくれちゃう人もいるので、期待に応えなければならなくなります。その年私は、イブを目前にして本命の彼女に振られて、孤独の身になったのですが、どうしたかというと・・・。とにかく24日の夕方以降、家にいるわけにはいきません。電話が鳴っても出なきゃいいだけの話なのですが、近所を一人で歩いてる所を見られてもマズイ。都心とかで、カップルの行きそうな場所も、こういう日は誰と会うかわかったものではありません。私は誰とも会いそうもない場所へ身を隠すことにし、お得意の中央道下り線爆走を開始しました。都留インターで降りてラーメン食って、喫茶店で読書するのはすべて計画どおり。河口湖まで行ってしまうと、富士急ハイランド近辺で誰かに会う危険があります。まさかイブの夜に、都留を目指して東京方面からやってくる人間はいないでしょう。やるからには完璧を目指さなくてはなりません。ただビックリしたのは、職場の同僚の中に、「おれ彼女いないから、昨日一人で関越ドライブしてきた」なんて言ってる人がいたことです。似たようなこと考える人は、やはりいるものですねぇ。関越に行かなくて良かったと、ホッとしました。
音楽をやる上では、見栄春は絶対に有利です。これからも大ボラ吹きまくって、それを現実のものにしてゆくつもりです。
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