今日の一言(2001年 4月分)

  職員朝礼での社長訓話集     一つ戻る  最新版へ戻る  

さらう・・・        (4・30)
めんらー        (4・26)
低音楽器        (4・20)
オバQ線        (4・16)
慰問演奏       (4・14)
再びBGM論     (4・ 7)
40才の抱負     (4・ 3)

4月30日  さらう・・・

 何の楽器をやっていても、一度や二度では指が回らない、難しいフレーズに出くわすものです。もちろんその人のレベルによって、同じ曲でも、難所の数は違いますが、よほど易しい曲で無い限り、初見でパーフェクトクリアはめったにないでしょう。難所に出会ったとき、それに猛然と立ち向かう人と、即あきらめてしまう人がいます。がんばれる人は、やはりそれ以前に多くの難関攻略の経験を持っている場合が多いでしょう。こういう自信は、音楽以外にも応用が利くので、幼少から楽器を習わせるのは、度を越した英才教育に陥らなければ、良いことだといえます。
 小学生時代にピアノを習っていた私は天才的だったので、バイエルの範囲で難所らしい難所はありませんでしたが、初めて難しいと感じたのがソナチネの14番でした。「ドーーーミーソーシーードレドーー」ってやつです。楽譜を前にしながら、「これは永久に弾けないかも」とさえ感じましたし、1日練習してもそれだけの進歩が目に見えないという経験は初めてでした。しばらくして弾けるようになったとき、凄いなあなんて自分に感心してしまったほどです。この曲を発表会で弾いて、それを最後に引退したというのも皮肉な話です。
 エレクトーンを習い始めてからも、ボサノバや8、16ビートばかり弾いてるうちは破竹の勢いでしたが、「枯葉」の速い4ビート版の譜面を貰ってから、悪戦苦闘が3週間以上続きました。左足のベースが四分音符で動き回り、左手のバッキングもまったく不規則で、わざわざ弾きにくいように配慮したような譜面です。これを攻略して、もうエレクトーンに関しては恐いものナシになりましたね。
 25歳過ぎてから、再びクラシックピアノ弾きたくなって、ショパンの「別れの曲」に挑みました。最初の方は簡単で、「なんでえ、こんなもんか」と思いましたが、真ん中へんは正に地獄絵図!だてに難易度Fじゃないなあ、なんて呑気に思ってる場合じゃありません。その頃の私は、生徒にもオオボラ吹くクセがありましたから、「別れの曲を完成させる」とクラス全員を前に宣言していたのでした。最難関部分への挑戦が何日も続きました。日曜日に朝から音楽室にこもって、たった1小節に4時間かけた日もあり、ホントに「もうやめよっか」と何度思ったことか・・・。でも私はついにがんばり抜いたのです。この自信は、今までの中で一番大きいですね。現在の私が、どんな楽器のどんなフレーズを前にしても「できない気がしない」と豪語できる秘密は、そのへんにあります。演奏会を目前に控えた皆さん、どうか諦めず、妥協せず、譜面をさらいましょう。それが次への自信につながり、生き方にもいい影響を及ぼすでしょう。
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4月26日  めんらー

 ニューサウンドのライブ終了直後、トランペッターのこういちさんが、「めんらー行こうよ」と誘っています。これを瞬時にラーメンのことと理解できれば、あなたもミュージシャンの仲間入りですな。ニューサンドというジャズバンドに入って、早12年目となりましたが、この間この手の「逆さ言葉」にたくさん遭遇しました。トロンボーンのことを「ボントロ」というのは、けっこう誰でも使いますが、スタンドプレーのことを「チーター」というのは、少し慣れてからでないと戸惑います。その証拠に、うちの団の練習中に「そっからチーターね」というリーダーの指示に「はあ?」と首をかしげてしまった人が、「チーター!スタンドプレー!立って吹くってことだよ。もういやんなっちゃうなあ」と怒られるシーンを目撃したことがあります。全曲演奏し終わった後に、「マーテー」という指示が出されたこともあります。「テーマ」という意味でした。
 なぜわざわざ逆にして言うのでしょうか。私なりの憶測ですが、舞台で仕事をする人々は、舞台裏をお客さんに見られるわけにはいきません。お客さんの目の前で、何らかの緊急の打ち合わせが必要になった場合、メンバーだけに通じてお客さんには理解不能な暗号があるとたいへん便利でしょう。といっても、本当の意味での暗号を用意するのは、それを使いこなせるようになるのに膨大な手間がかかります。そこで手軽な逆さ言葉が使われるのだと思います。暗号としての機能は非常に悪いですが、そのものズバリの言葉をお客さんに聞かせないためのサービス精神、気配りという面もあるでしょう。逆さ言葉ではない、舞台関係者特有の用語はたくさんあります。しょっちゅうあちこちのステージに立つ人は、そういう言葉を知っておいた方がいいでしょう。
 こないだのニューサウンドの練習では、久しぶりにドラム叩いて、片付けに手間取っているうちに、菓子パンの空き袋などを散らかしたまま出てきてしまいました。それに気づいたベースのM君が、「先生、みーごー」と指摘してくれました。今日は「ろーふー」入って早く寝ようと思います。
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4月20日  低音楽器

 やや専門的な話になりますが(いつものこと?)、先週の慰問演奏ではディズニーの6曲で、クラリネットとバスクラリネットがすべてオクターブユニゾンという、珍しいアレンジでした。オクターブユニゾンとは、ピアノの鍵盤でいうと、常に手のひらを最大に広げて親指と小指のオクターブを弾きつづけるサウンドになります。ブラバン関係者が見たら、手抜き編曲の最たるものと見られてしまうかもしれませんが、手抜きをするならバスクラとバリサクをかぶせる方が楽です。実は一度でいいから、クラとバスクラのオールユニゾンをやってみたかったのです。
 メロディーをオクターブで鳴らせて、その隙間にハーモニーを詰め込むという編曲方法で、最も有名なのはグレンミラーでしょう。ムーンライトセレナーデの独特なサウンドの秘密はそこにあるわけです。ギターでもオクターブ奏法をやる人が多いですが、これはハッキリ言って超難しい! ピアノやハモンドオルガンの場合、右手でメロディー入りの3和音か4和音をとりながら、左手でもメロディーを弾くと、グレンミラーアレンジと同じ響きになります。これは慣れればけっこうどんな曲でもすぐにやれるようになります。こういう響きが私は好きなので、吹奏楽のオリジナル曲でも、トランペットのオクターブ下にユーフォがいたり、ユーフォとチューバが同時にメロディーっていうのが、大のお気に入りですね。
 低音楽器は滅多にメロディーをもらえない運命にありますが、それは仕方のないことなんでしょうか。バスクラ、バリサク、チューバについて理解が足りない、というかこれらの低音楽器に愛着の薄い人が、「ええい、面倒くさい。みんなまとめて、ぶーぱっぶーぱっ、でいいや」みたいに安易な編曲をして、そういう譜面が他のメロディー楽器の人々からは評判良くて、けっこう売れたりしてる・・・ってことがあるような気がしてならないのです。バスクラ、バリサク、チューバ奏者の皆さん、我々だけが不当につまらない譜面を吹かされていないかチェックして、いつか団結して立ち上がろうではありませんか。ファゴット奏者もいっしょに戦おうぜ。
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4月16日  オバQ線

 おととい横浜方面まで車で行く途中、黒川、栗平、柿生、鶴川といった小田急沿線を通って、久しぶりに青いラインの入った電車を見て感慨にふけりました。小田急線には懐かしい思い出があります。私が小田急沿線に住んでいたわけではないのですが、叔父の家が祖師谷大蔵にありました。父はよく「小田急線」という言葉を口にしていましたが、恐ろしい悲劇が私を待っていました。「オバQ線」て聞こえたのです。本当に物心ついたばかりの私の中で、オバケのQ太郎の顔をした電車のイメージが、どんどんふくらんでいきました。P子やO次郎の顔をした車両も、次々とやってくるに違いない、それは夢のような世界でした。私は乗ってみたくて仕方がありませんでした。ついに叔父の家を訪ねる日がやってきました。父とともに登戸駅で、期待に胸膨らませる4歳の私の前に入って来たのは、当然オバQではなく、ごく普通の顔をした電車であったわけですが、この瞬間の私の気持ちって理解していただけるでしょうか。そうです。夢は無残に打ち砕かれ、現実の厳しさを学んだのでした。ウルトラマンは助けに来ないし、サンタさんもいない、トッポジージョが自力で動けるのもCM画面の中だけなのです。小田急線は、私を確実に一歩大人に近づけました。うちの弦太も、「いい子にしないとオバケが来るぞぉぉぉ」という脅しがいつまで通用するのでしょう。「へへ〜ん。そんなもんいねえよ」と言い返される日も近いでしょうか。
 ちょっと話は違いますが、いつだったか小田急線に乗ろうとしたとき、一緒にプラットホームにいた子供が、入ってきた電車を見るなり「違う!これ小田急線じゃない!」と母親に向かって怒りだしました。どうやらその子は電車図鑑かなんかで、小田急線の電車はすべてロマンスカーだと思い込んでいたようです。母親は「何わけのわからないこと言ってるの!小田急線に決まってるでしょ。置いてくわよ!」と、ムリヤリ子供を乗っけてしまいましたが、ロマンスカーはけっこう頻繁に走っているので、時間にゆとりがあれば一本通過するのをホームで見せてやってもいいところでしたが、急いでいたのかもしれません。おとといはあの青いラインを見ながら、「小田急線は罪な電車だなあ」と、しみじみ思いました。
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4月14日  慰問演奏

 このページをまるまる1週間も放っぽっといたのは久しぶりでございます。新学期で何かと忙しかった上、今日の慰問演奏に並々ならぬ気合いを入れて臨んだためでした。小さい子供たちや、いろいろな障害を持って生きている方々を相手に演奏することは、今の私にとって最も重要な仕事になっています。普通のコンサートですと、本当に感動して下さる方も多いでしょうが、中には義理で拍手してくれる場合もあるでしょう。私自身、心の中では「ヘタだなあ」と思いながら、ニコニコ満足げな表情で拍手を贈ることがあります。しかし、慰問演奏先で彼らが嬉しそうな顔をする時は、100%本心であってオモテウラが入る余地がありません。当然ヘタだったら純粋にイヤそうな表情をするでしょうから、非常に恐いお客さんです。商店街の客寄せ演奏で手を抜くことはあっても、慰問演奏では常に全力で臨むのです。自分の力が至らなければそれなりの反応しか返ってこない、「真剣勝負」の世界なのです。
 今日のコンサートに出たきっかけは、ディズニーもの6曲のアレンジについて、先週相談されたのが始まりです。普通ならもとになるリコーダー四重奏の譜面を各楽器に移調するだけで事足りるところですが、今回はアレンジャーとしての自分のプライドがどうしても許さず、自らバリトンサックスで参加を志願し、中音域を1パート書き足しました。さらに各楽器の効果的な音域を使うための調性変更したり、伴奏の形を変化させたり、最終的にはかなり凝ったものになりました。今朝は気合いの現れとして5時に自然起床、6時過ぎにはうちを出て8時には横浜のリハーサル会場に到着。幸い、腕のたつプレイヤー揃いで、演奏内容、お客さんの反応、どれをとっても満足の行くものになったのです。それでおまけに感謝されたりすると、本当に音楽をやってて良かったなあと思います。これからも慰問演奏を続けながら、さらに自分の腕に磨きをかけようと思っております。ところで、さすがに眠い・・・。
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4月 7日  再び、BGM論

 日常のあらゆる場面にBGMがあって、静寂を求める方が難しい世の中ですが、ちょっと気になるというか、気に触るといった方がいいようなBGMがあります。青梅地区を中心に多くのチェーン店を持つ「スーパーオザム」に、是非一度入ってみて下さい。流れているBGMは、ボリューム的にもやや大きめですが、それ以上に、耳に突き刺さるような音色です。家族で買い物に行くと、どうしても店内にいる時間が長くなるので、何曲も続けて聴くことになり、ヒット曲が次々と流れてくるわけですが、問題はそのアレンジです。すべての曲が、リズムセクションと単音メロディだけにアレンジされており、その単音が必ずピアニカ風の音なのです。ピアニカ風というのはもちろん、ホンモノのピアニカとは違うという意味です。ホンモノのピアニカだったら管楽器ですから、吹く人の息づかいによって、けっこう細かい表現が可能なはずですが、ここで流れているメロディは強弱変化というものがまるで無い、信じられないほど「ぶっきらぼう」というか「のっぺらぼう」な演奏です。おそらくシンセサイザで、全パートを一人で打ち込んで作ったものでしょう。一人で打ち込むことに関しては、経費節減のために仕方のないことでしょうが、なぜああいう音色を選ぶのかがわかりません。さらに、オザムでは10分に1回くらい、突然賑やかな曲調のやつが割り込みます。これも非常に好きくない!イメージ的には、オバQが犬に追いかけられて逃げ惑うシーンを想像させる曲です。これらのBGMについて、他のお客さんや店員さんたちはどう感じているのでしょう?同じ系列のスーパー「バリュー」は、全然違ったBGMを流していて、そちらはまあまあです。私自身も、ある洋服屋さんの閉店の音楽を録音したことがあります。たった1曲ですが、何時間もかけてレコーディングしました。多くのお客さんの耳に、ほとんど毎日触れる音楽を作るのだから、いくら労力をかけてもかけすぎということは無いと思うのです。ただ、その曲は今でも使われているかどうか知りませんけど。
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4月 3日  40才の抱負

 ついになりました・・・40代。30才の誕生日は、「もうトシだなあ」というショックよりは、どちらかというと、これでやっと一人前の社会人として扱ってもらえるかな?という喜びの方が大きかったですね。あらゆる場面でガキ扱いされる20代というものが、恨めしくさえありましたからねえ。しかし40代っていうのはどういうものなんでしょ?ぐっと落ち着いた気持になればいいのかもしれないですが、気持が落ち着いた節目は、何といっても弦太が誕生した時でした。結論としては、40才になったからといって、別にどうというものでもないですね。
 まあ、我ながら感心するのは、40になる今まで「向上心」だけはよく持続したもんだなあ、ということです。と言っても、物理学でノーベル賞取るのは、とっくのとうに諦めていますから、音楽のことに限った向上心ではありますが、それにしても立派ですねえ。ジャズピアノとか、アドリブというものにトライし始めたのが、ちょうど30才の時だったし、トランペットやってみようかなと思って始めた時は、もう36才でした。大真面目な話、40代のうちにバイオリン始めて、50になる頃には絶対どこかのアマチュアオーケストラの、コンサートマスターの隣りくらいには座ってやろうと思ってますよ。ほ〜っほっほっほっ・・・。
 そういう、各楽器の技術的な進歩とは別に、不思議に思うのは指揮のことです。棒を振る練習とか、特別、指揮法に関する研究を重ねているわけではないのですが、私が指揮台に立ったときに発するオーラの強さは、確実に年齢に比例していると感じています。80才くらいのヨボヨボのおじいさんが、現役バリバリのすごい大指揮者だったりすることが多いですが、指揮者として力量を高める唯一の道は、人生経験を積むことなのかもしれません。そう考えると、年をとるということも、そんなにイヤなこととは思えなくなります。私が定年退職する頃の定期演奏会は、きっと最高の出来になるでしょうから・・・。そうなることを目指して、これからも20代の若者に負けないくらいの(負けてるなんて思ったことないけどね。ほ〜っほっほっほっ・・・)向上心を持ちつづけていきたいと思うのであります。

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