職員朝礼での社長訓話集 一つ戻る 最新版へ戻る
他人と反対 (12・27)
金銭感覚 (12・21)
すごい採点 (12・15)
まるつけ (12・10)
縁起をかつぐ (12・ 5)
上達 (12・ 2)
12月27日 他人と反対
先日、ふとしたことから「株の鉄人」なる人物と話し込む機会がありました。極く普通の生活を続けていらっしゃるので、億単位の大勝負師には到底見えませんが、この道50年の経験と勘と、何より毎朝3時に起床して最新データをチェックする生活を、365日続ける気力体力が、鉄人の原動力でしょう。鉄人が面白いことをおっしゃっていました。「だいたい、他人が殺到するところに一緒に行くと、ろくなことが無い。他人と反対の行動をとりつづける方がいい」そうです。まあ、言われてみればバブルの頃、みんなが土地を買うから我も我もと追随して痛い目にあった人が多いですよね。他人が見向きもしないような場所にこそ、チャンスは隠れているものなのかもしれません。私も「他人と反対の行動」が昔から好きだということは、このコーナーでも述べて参りましたが、たしかに得することが多いような気がします。大学2年の頃でしたか、中央線の中野付近で、電車が前に止まっている別の電車に追突するという大事故がありました。死傷者のほとんどは追突した側の先頭車両にいた人たちで、一番前の運転席のすぐ横の窓から前を見るのが好きだった私は、ちょっと冷や汗が出たものです。電車は、事故の翌日にはもう復旧していて、私もいつものようにラッシュアワーの電車を待っていたのですが、予想通り先頭車両だけがガラ空きで、2両目以降がそのしわ寄せも食ってギュウ詰めです。昨日あんな事故があったばかりですから、先頭車両に乗るの気がしない、というのは普通の感覚です。さあどうする? 私はもちろん、迷わず先頭車両へと乗り込みました。ゆうゆう座れて1日快適な思いをしました。アマノジャクというよりは、ちゃんとした根拠があっての行動です。というのは、事故があったばかりですから、運転士だっていくらなんでも気をつけているでしょう。事故の直後は、事故の発生確率が最も低いに違いないのです。「でも、それにしちゃあ、飛行機の墜落事故って、たて続けに起きる傾向があるよな」って友達から言われて、またちょっと冷や汗が出ました。昨日は、朝からずっと東村山西高校というところにいました。新青梅街道のこのあたりは、ファミレス銀座なので、昼をどこで食べようか迷ったのですが、最近お客さんが少ない某焼肉レストランに入りました。サービスも良くなっているので、このところよくステーキ屋にも入るし、家庭でも、安くなった牛の焼肉やしゃぶしゃぶを堪能しています。こちらの方は、狂牛病にならないという根拠は別にありません。でも、鉄人の言葉を信じて、牛肉食べつづけます。
12月21日 金銭感覚
うちの職場にはパチンコをする方が多く、「3万負けて5万取り返した」なんて豪快な話をしています。そんな人が、電車で飲み会に行く時に、「知ってた?小作から乗ると80円安いんだ」なんて言いながら、遠い方の駅まで頑張って歩いてたりすると、ちょっと不思議な気がします。でも、人間誰でも豪快に使う時と、ケチケチになる時の二重人格的な面を持っていると思います。楽器をやる人は、特にこの金銭感覚の落差が激しいような気がします。少なくとも、私はこの落差が非常に大きい方だと思います。
最近、昔の教え子やバンドの若いメンバーに、「直井先生は大金持ちだ」とウワサされていることを知り、ビックリしてしまいました。楽器を衝動買いすることや、車みたいに大きい買い物の時でも、あまり深く検討しないで「これ下さい」って決めちゃうことが多いので、大金持ちっぽく見えるんでしょうかねえ。それに較べると、ケチな一面の方は、あまり他人の目に触れることは無いので、わからないんですね。私がどれほど凄いケチかを示すエピソードは、いくらでもあります。私の親と兄弟だけがその本質を知っていて、弟が私のことを「握り屋」と呼んでいたことさえあります。最近私が、節約のために心がけていることをいくつか紹介しますと・・・。@朝、職場に着いてからう○こをする。これで自分の家の紙代と水代が少し浮いたことになります。最近はそうでもありませんが、一人暮らしの頃は継続的に実行していました。これやってた人、私以外にも多いような気がしますが・・・。Aゴミはパンパンに詰める。青梅市では有料のゴミ袋を買って、それに詰めて出す制度なので、一枚のゴミ袋にできるだけ大量に詰めた方が得です。詰めれば結構詰まるものですねえ。よその家が週2回出す分を、1回に収めることに成功しています。やり過ぎて、袋を破裂させてしまった時は、涙が出そうになりました。Bケチケチ運転(オートマ車のくせに、交差点が近づくたびにシフトダウンする)。これをやるたびに、フットブレーキのゴムが減るのを防げたという満足感でいっぱいになります。だったら初めからマニュアル車を買えばよかったのに、とよく言われますけど・・・。
1円2円をケチる日々のエネルギーの蓄積が、30万の楽器を衝動買いする時に、一気に放出されるのです。みなさんもケチケチ生活を頑張って、いい楽器を買いましょう。付け加えますと、現在の私は、楽器を衝動買いなんて許される立場ではありませんので、単なるドケチおやじでございます。
12月15日 すごい採点
テストの採点は、単純作業なのでいやですけど、実はまだ楽です。レポートとかノートの採点の方が、はるかに多くの労力を要するのではないでしょうか。三沢中時代の5年間は、定期試験の点数だけでスパッと5段階評価をしていましたが、高校に移ってから、私は「ノートチェック」というもの始めました。普段の努力の様子を成績に反映させてやろうと思ったのですが、これがけっこう難しい。ABCの3段階でつけたところ、けっこう微妙なのがあったり、初めと終わりで評価基準が違ってきたり、主観に頼る方法はダメだなと感じました。そこで次にやったのは、問題を1問解くごとにハンコを1個押してやり、そのハンコの数をそのまま点数にしようというものです。これはなかなか合理的でしたが、学期末に、全員のノートの全部のページをめくってハンコの数を数えあげるのは、とんでもなく大変でした。レポートの評価も、数ページあるやつを一応隅から隅まで目を通し、特に結論や感想などは熟読しなければならず、しょっちゅう夜中までやっていたものです。こんな苦労を全くせずに、何百人もの学生のレポートを一瞬で採点してしまう人々がいるそうです。マンモス私立大学の先生方ですな・・・。
どこまで本当か確かめていませんが、ある学生の証言によると、某大学の某教授は、レポートを台所で使う台秤に乗せて、その重量のみで成績をつけたそうです。これと同じ原理ですが、扇風機で飛ばしたり、階段の2階からばらまいて、遠くまで飛ぶ軽いやつはダメというのもあるようです。私の友人は、2〜3枚だけ書いて、その下は全部白紙という、見かけだけ厚いレポートを出したら、本当に5を貰いましたから、扇風機を使っているかは別にしても、とりあえず中を見ずに評価したことは確かです。私自身は、大学1年の時のある一般教養の授業で、似た経験をしています。「産業革命について」という遠大なタイトルにも関わらず、たったの2行で終わるレポートを出し、しかも2行目の後半は、「3行は書くめえ」で締めくくりましたが、成績は5でした。この先生は、「簡潔なレポートほど良い。レポート用紙1枚に収まらなかった者は、読むのが面倒だから1にする」と宣言していらっしゃいました。まじめに勉強する気が失せるような話ですが、実際にはこの先生の「技術史」の講義は結構面白くて、評価を度外視しても聞きたい授業でした。
最近私は、毎時間ごとにノートチェックして、学期末の集中的に負担になるのを避けています。毎時間見ると、そのつど誉めてやったり、はっぱをかけてやったり、中には交換日記みたいに相談事を書いてくるのもあったり、なかなか密度の高い教育ができますな。大変ですけど、続けようと思います。
12月10日 まるつけ
今日、うちの学校では期末テストが終了しました。テストの採点は、教員にとって最高に楽しい作業だと思っている人は、大きな誤解をしております。「あっ、こいつ引っかかってやんの」なんてつぶやきながら、ニヤニヤ笑みを浮かべて採点する先生がいると、こういう誤解をもたれてしまいますが、実際は最も面倒でイヤな作業の一つです。興味深く取り組めたのは、教員になって初めて作ったテストを採点する時くらいのものです。今年は物理と化学が2クラスずつの計4クラスで、だいたい1クラス30人ちょいですから、120枚やればよく、まあ楽な方でしたが、三沢中の最初の2年間は、43名の8クラスを教えたので、採点する枚数は340枚ほどになりました。これだけの数を採点すると、どういうことが起きるか・・・。やってみて初めて気づいたことをいくつかお話しましょう。まず、初めの2クラスくらいは、自分で作った模範解答を見ながらやりますが、だんだん覚えてしまうので、後半は採点のスピードが恐ろしいほどに上がります。スピードが上がるだけでなく、生徒の解答パターンもだいたい見えてきます。というのは、みんなが解ける易しい問題と、ほとんど誰もできない難問があるので、最初の方の易しい問題ができないと、だいたい後半は全滅みたいになります。だから、初めの何問か丸つけしただけで、その生徒の得点が30点か、70点か、満点に近いかだいたいわかってしまい、たま〜に、易しい問題を間違えまくってるくせに、難問だけ見事正解している答案に出くわすと、それは非常に違和感のある、印象深いものになります。そういうのが出てきた場合、とりあえず出席番号の近い生徒や、席が隣りの生徒の答案と見比べます。カンニングが無かったかどうか、一応確認しておくわけです。実際に、こうしてカンニングの答案を発見したことも何回もあります。たったの1問でもカンニングした答案というのは、そういう不自然さが残っていますから、何十枚も採点していく中では、「あれっ?」と手を止めさせる存在なのです。
採点の余りの面倒くささに耐えかねて、自動得点計算機を発明した先生がいました。ペン先の接地時間をセンサーが検知して、○か×を識別し、自動的に合計点まで計算してくれるものですが、採点ミスが多くて、実用化には至っていないと聞いています。そんなハイテク機器を開発するまでもなく、「アイウから選べ」みたいな、記号選択式問題を増やせば、採点は絶対に早く終わります。2学期の期末だけ、やたら記号式が多くなる先生は、たいていスキーが上手で、年間通して記号式ばっかりの先生はゴルフ狂とか、いろいろありますから、テスト問題を使って先生の性格診断とか、できるかもしれません。
12月 5日 縁起をかつぐ
うちの職場の宝くじ連盟で共同購入するうちの30枚分を、有楽町で買ってくるという任務を請負い、昨日たまたまそっちへ出かける用があったので、行って参りました。当選番号が決まるのは大晦日ですから、どこで買っても同じ当選確率のはずですが、多くの人はやはり、1等が出た実績のある売り場で買いたい、という希望を持つようです。目指す売り場は、1等実績ダン突日本一の、「西銀座チャンスセンター」・・・。行列に並ぶことも予想して、1時間くらいの余裕を持って到着しました。さて有楽町駅を出ると、まず物凄い行列に遭遇!まさかと思いつつも、その行列に沿って進むと、案の定それは宝くじ売り場へと続いています。300mを超えると思われる行列は、警備員さんたちによって、きれいに4列にされていましたから、てっきり窓口が4つあるのかと思ったら、なんとその4列は最後は1列に収束していて、1番窓口だけに並んでいる人々だとわかりました。窓口は他にもたくさんあって、「お急ぎの方は、他の窓口へどうぞ」なんてアナウンスされています。実際、他はせいぜい20〜30人程度しか並んでいません。また有楽町駅付近には、宝くじを売っている場所がやたらと多く、100mも離れていない別の売り場では誰も並んでいなくて、窓口のおばさんが本を読んでたりします。私が受けた指令は、「1番窓口で買え」というものでしたけど、この行列は私が今まで経験した、スペースマウンテンや苗場のリフトなんかの、どれを持ってきてもかなわないレベルなので、さっさと他の売り場に行ってしまいました。これではずれた時は、きっと「がんばって並んでたら、当たってたかも」なんて言われるのは仕方ありません。でも、私はこの「縁起をかつぐ」ということに関しては、元々冷ややかな眼で見ています。小林豊正さんの著書「パチンコの極意」には、「ジンクスには根拠がある」という一節があります。「井の頭公園でデートしたカップルが別れるというのは、今どき公園くらいにしか連れて行ってやれない男は振られて当然なので、ジンクスでも何でもない」などですが、まったく同感です。「大安吉日に西銀座の1番窓口から1等が出る」のも、簡単に説明できる現象です。あれだけの人間が殺到して、1人で何百枚も買う人も少なくありませんから、大安吉日1番窓口から売られるクジの絶対数が、そもそもケタ違いなのです。1000万枚売れば、その中に1等はもれなく1本入っています。あの行列の様子からして、期間中に1000万枚くらい軽く売れているでしょうから、そりゃ1等が出るわけですよ。そんなことをいくら力説しても、納得してくれないだろうなあ。職場では、すでに買った宝くじをどこに保管するか、の検討が始まっています。南向きに置くと当たりやすい、とか。もう付いて行けん・・・。
12月 2日 上達
最近、とっても上達したことがあります。それは「職員室のドア閉め」です。青梅東高校に勤務するようになってもうすぐ2年ですが、初めの頃は苦労しました。この職員室のドアは、ガラガラと横に開け閉めするタイプですが、なかなか滑りが良くて、しかもゴムパッキン(ていうの?)も弾力があります。誰かがあわててバーンと閉めて出て行った後は、それが跳ね返って半開き状態になっている光景が、頻繁に見受けられます。そうなるのを恐れて手加減すると、今度は途中で止まってしまって、やっぱり半開きになっています。当然のことながら、横着しないでちゃんと最後までそおっと手で閉めれば、全然問題ないのです。しかし! 職員室から出る・・・閉めようとするドアに一瞬だけ力を加えて、そのドアの方には振り返りもせず、どんどん歩き出す・・・ドアは計算され尽くしたように減速し、最後ピッタリ閉まる・・・その瞬間の軽い音だけが後方でかすかに聞こえる・・・。こんな技を百発百中でやれるようになりたい!それが、どの程度の時間節約につながるかは、はっきり言ってどうでもいいんです。とにかくやってみたい! 別に、誰もいない夜の学校で、ドア閉めの練習を繰り返したりとか、そこまでの情熱はありません。職員室に出入りする機会すべてを利用すればいいのです。初めのうちは殆ど失敗で、もう1回ドアの所まで戻ってばかりでした。でも毎日のほんのちょっとずつの積み重ねって、すごいですね。だんだん、ドアの気持がわかるというと、ちょっと大げさですが、ドアを放した瞬間に、ドアから返って来る反応みたいなのを感じるようになりました。結果を見ないでも、今のが強すぎか弱すぎかわかるのです。私の感覚はさらに研ぎ澄まされ、ドアの重みが、身体の一部のように感じられるほどになってきました。この学校にはあと5年位いられるはずですから、絶対に会得できる自信があります。他に自信がある職人芸は、以前にも紹介した「縮小コピーの倍率決め」とか、同じくコピー機がらみですが、「高速コピー」という技があります。1枚コピーし終わった時に、ふたみたいなのを素早く上げ、その風圧で原稿を浮かせて右手で掴み、左手に持っている次の原稿と、瞬間的に入れ替える・・・というやつ。200ヤードのホールの第1打を、ピンそばに付けるプロゴルファーなんかも、少しずつ少しずつ手の感覚を鍛えていったのでしょう。
どんなしょうもないことでも、練習して上達するのは楽しいことです。ネクタイを結ぶ、布団をたたむ、など、毎日何気なくやっている動作の中に、自分で目標を設定して、職人芸を編み出してみましょう。生活に潤いが増すこと請け合いです。
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