今日の一言(2002年 3,4月分)

  職員朝礼での社長訓話集     一つ戻る  最新版へ戻る  

続・自腹        (4・30)
自腹          (4・28)
続・16時間      (4・24)
3教材16時間    (4・18)
うぃうぃうぃ〜ん   (4・ 7)
ノーギャラ主義    (3・30)
ええい、面倒だ!  (3・25)
遠距離通勤     (3・21)
近距離通勤     (3・12)
続・もちこたえる   (3・ 5)
もちこたえる     (3・ 2)

4月30日  続・自腹

 先生方の中でも、膨大な額の自腹を切りまくっている、最たるものはブラバン顧問ではないか、と感じています。こう言うと、私自身がそうなのかと思われるでしょうが、私は大したことありません。参考までに額を公開すると、過去17年で30万円くらいです。もちろん、自分で使用している楽器や教則本の購入費は含んでいません。何に自腹を切るのかというと、実は最初から自腹にする予定ではないんですけどねぇ・・・。とりあえず立て替えておいて、後で部費や寄付金が貯まったら返してもらおう、なんて思っているうちに、立替額の方だけがどんどん膨らんで、回収不能に陥ってしまうのです。部の財政が赤字に転落した段階で、無い袖は振れませんとキッパリ言い切り、立替えなんてしなければいいだけのことですが、なかなかそうは行きません。楽譜などは、欲しい時が必要な時で、来年の予算が降りるまで我慢してたら、熱も冷めてしまう可能性があります。また、演奏会をやる時は、お金をケチったためにいい演奏会にならなかった、なんてことは絶対に避けたいので、ついつい大盤振舞いになりがちです。私の場合、ばんばん振舞おうと思っても、振舞うものが無かったのが幸いして、この程度の自腹で済んでいますが、ヘタに手持ち資金がある先生は、1ケタ違う自腹になる例も珍しくありません。バスクラリネットを自分で買っちゃった、という先生を何人か知っています。念のためお断りしますが、クラがご専門の先生ではありません。あくまで生徒に使わせるための楽器です。自分の作りたいサウンドに、どうしてもバスクラの音が欲しいとなると、妥協できなくて、自腹を切ってでもバスクラを手に入れる・・・という気持は、ブラバンにのめり込んだことのある先生でしたら、ある程度理解できる世界ではないでしょうか。ちなみに、バスクラは1本50〜60万円します。普通の学校では、全クラブの備品予算合計が100万円以下でしょうから、「バスクラ1本買って!」というお願いは、「今年の備品は、6割以上をブラバンで独占させて」ということを意味します。こんなの絶対に通るわけがないし、特別予算枠も何年かに一度チャンスは回って来ますが、ゲットできる保証も無く、どうしても欲しいとなったら、どこかから借りるか、自腹しかないのでしょう。同じような存在が、オーボエ、チューバ、バリトンサックスなどです。こういう大型楽器、特殊楽器類を自腹で揃えてしまうタイプと、私のように手形乱発のあげく不良債権の山を築いてしまうタイプ、いずれの場合でも、自腹数百万という先生が実際にいらっしゃいますね。私のようなハンパ者の言うことではありませんが、お金というのは、使う本人が満足する使い方をすればいいので、私も30万損したなんて意識は毛頭ございません。数百万の先生方も、きっと同じ気持だと思います。新車のベンツやゴルフの会員権より、バスクラ、バリサク、チューバをいつでも自由に使える権利の方が、嬉しいものなのです。

4月28日  自腹

 先週の土曜でしたか、家族で買い物に行った時に、100円ショップで洗濯糊6本を買いました。レジのお姉さん、ずいぶんたくさんのYシャツを持ってる人なんだなあ、とか思ったかもしれません。でももしかしたら、この人理科の先生だな、と見抜いていたかもしれないです。スライム作りの実験は、けっこうあちこちの学校でやられているし、そのために何人もの先生が洗濯糊の買占めをやってるでしょうからねえ。この洗濯糊は、立派な教材ですから、学校に請求すれば当然、公費で支出される性格のものです。しかし、これがむちゃくちゃ面倒くさい・・・。公費で買うものは、どんなに小さな金額のものでも、正しい手続きを経ていなくてはなりません。昨年度のうちに請求をしておかなくてはならず、メーカー、型番、個数、単価、必要な時期を明記して、認められねばなりません。そして、予算が執行される時は、事務室の担当者が複数の業者に見積もりを取って、ようやく発注となるわけです。洗濯糊は、最近では市民権を得てきて、教材カタログに載るようになりましたから、まだ購入しやすい部類です。理科の実験には、何でこんなもん必要なの?と、事務室の方が首をかしげてしまうようなものが少なくありません。そういうのは、一生懸命説明しなければなりませんし、自分の欲しかったのと、微妙に違うものが入荷してしまうことが、少なからずあります。理想的には、100円ショップやDIY店や東急ハンズをブラブラ歩いて、これ使えそうだなと感じたものを買い込んで、後で清算してくれたらいいのですが、そんな予算の使い方は許されるわけがありません。そこで、多くの理科の先生は、ちょっとしたものだったら、「ええい、面倒だ」で自腹を切っちゃうのです。1回だけだと数百円ですが、年間でいくらくらいになるのでしょう?いろんな先生に聞いてみましたが、年間数万円なんて人もいました。ガンコおやじみたいなもので、実験内容へのこだわりがありますから、多少自腹を切ってでも、という気持は私も理解できます。理科教員生活が長くなると、同じ自腹を切るのでも、やり方が能率的になります。総合的に見て100円ショップがお得ですね。洗濯糊も、ふつうのスーパーや薬局では150円前後します。100円ショップのは、品質的に落ちるのかもしれませんが、スライムを作る上では、何ら問題はありません。熱気球実験用の特大ビニール袋は、普通に売っている厚さ0.03mmのゴミ袋だと、重すぎて上がりません。厚さ0.015mmのやつがいいのですが、西友の無印良品と100円ショップでしか手に入らないようです。在庫の量も重要です。洗濯糊なんて、どの店の商品棚を見ても、何十本も置いてあるようなものではないですから、ヘタすると品切れの憂き目に遭います。聖蹟桜ヶ丘OPAの100円ショップには、常時30本以上の洗濯糊があるので、教材の仕入れはたいていここを利用します。ストロー、割り箸、紙コップは、三種の神器ともいうべき実験材料ですが、なんと学校のすぐそばに、パッケージプラザという店がオープンして、大助かりです。さあ、連休明けは熱気球だ!

4月24日  続・16時間

 持ち時16時間とは言っても、その分母がいくつかによって、状況は大きく異なります。例えば現在のうちの高校では、月〜金すべて6時間授業ですから週30コマあるわけで、そのうちの16コマだから、まあざっと半分ちょい埋まっていて、空き時間は14コマあるわけです。12年前、秋留台に着任した時は17時間で、今よりも1時間多いですが、月水5時間土曜4時間、他が6時間、分母は計33コマあったので、空き時間は16コマ。なんと今よりも2コマ多いのです。ところで、空き時間て何やってんの?とお思いの方も多くいらっしゃるでしょう。お茶を飲んだり新聞を読んでる先生が目に付くし、実際、授業の合間に喉を休める休憩時間的要素もあります。しかし、ここで休憩しちゃうと、その分放課後にツケが回ってくるので、授業の準備や採点、クラスの生徒のいろんな事務仕事などを、勤務時間中に終えるためには、有効に活用すべき時間です。だから、持ち時数よりも、空き時間が何コマあるかによって、忙しさの感覚が全然違うのです。さらに遡ること17年前、三沢中の着任時は、今思えばスーパーマンのような生活でした。持ち時は19時間ですが、分母はというと、当時は毎日5時間授業で、土曜が3時間。計28コマのうちの19が埋まっていて、空き時間は9時間だけです。朝集めた「班ノート」というのに返事を書くために、毎日1時間費やすから、もう残りは3時間だけ。だから他の仕事や授業の準備なんて、完全に放課後回しになるわけで、それも部活が終わった6時過ぎから、ようやく始められます。高幡不動から日野駅行きの終バス21時18分に乗らなきゃなんないので、9時ギリギリまで頑張って、終わらなきゃ翌朝7時出勤・・・挙句の果てが日曜出勤。よくあんな生活を5年も続けられたと思います。まあ若かったし、仲の悪かった友達が近所で学習塾をやっていて、なかなか評判がいいので、「負けられるか!お前の塾つぶしたるわ」という根性があったからできたのでしょう。でも、今だったらハッキリ言って無理ですね。そういう勤務条件に追い込まれたら、当然のことながら授業内容で手を抜くでしょう。
 ここ1〜2年で、教員の勤務条件は極度に厳しくされています。都民のニーズに応えるためだそうですが、表面上たくさん働くように見えても、実はより多くの手抜きを招くことにならないか、それが心配です。

4月18日  3教材16時間

 て、何のことだかわかります? 16時間とは、私が1週間に受け持つ授業のコマ数を表します。小学校の先生は、基本的にすべての時間が自分のクラスの授業ですから、みんな同じコマ数になるでしょう。しかし中学校以上だと、3時間ずつ5クラス教える先生は、週の持ち時数が15時間で、それ以外は空き時間という具合になります。当然のことながら、空き時間が多い方が、他の仕事を片付けやすく、授業の準備に充てられる時間が増えるので、歓迎すべきことです。私の持ち時数歴を振り返ると、教育実習の時が最もハードで、23時間。これは、指導教官の先生の親心で、わざとめいっぱいハードにして下さったと、後になって伺いました。おかげで、新採で三沢中に入った年が19時間だったのですが、すごく楽に感じました。高校の場合、中学よりも持ち時数は少なめです。秋留台に移った年は17時間で、やっぱり高校は楽みたいだなあ、なんて思っていたら、この年の最高が17時間で、他は全員16以下でした。ちょっとハメられたっぽいです。
 さて同じ16時間でも、その中身が何種類かによって、労力は大きく異なります。例えば、週2時間の8クラスなんて場合、その週に準備する内容は2時間分で、8回繰り返すだけ(これもまた違った大変さはある)ですが、週4時間の4クラスだと、準備は4時間分必要になります。受け持ちが複数の学年にまたがってたりすると、これがグンと増えてきます。昨年の私の例ですと、1年生の化学3時間×2クラス、2年生の物理3時間×2クラス、3年生の物理2時間×1講座で、持ち時数的には計14時間に過ぎませんが、3種類あるため、週あたり準備すべき教材は、8時間分にもなるんですね。これが3教材14時間という言い方で表されます。高校理科の場合、私の経験上では、1教材16時間と、2教材14時間くらいが同等と見なされ、どっちを誰が持つかという相談になります。3教材というのは、余りにも過酷なので、普通はそうならないように組みます。ところが私は、昨年に引き続き今年もまた3教材で、今度は16時間だよ。しかも、全部専門外の化学で、3年の化学Uまでやることになった!今年の私が、いかに凄いことに挑んでいるか、ご理解いただけたでしょうか。書き終えて思うこと・・・今日はただのグチですな。

4月 7日  うぃうぃうぃ〜ん

 歯医者さんで、歯を削られる時の音って、恐怖心を煽られるイヤな音の最たるものですよね。しかし、その恐怖心を一時置いといて、よく耳を傾けてみると、音の組み立てに、その歯医者さんの個性が現れていることに気が付きます。けっこう単調に「うぃ〜ん」てやる人と、「うぃうぃうぃうぃ・・・」と非常に小刻みに来てから、「うぃ〜〜〜ん」という具合に、緩急をつけて攻める人がいます。虫歯の核心部分というか、仕上げのところは、誰がやっても小刻みな動きにならざるを得ないでしょう。大ざっぱに削ればいい部分に、個性が出るわけです。塗り絵のど真ん中へんを塗る時と似ています。どう塗ったっていい場所を、シャカシャカシャカシャカ・・・と塗るか、シャカシャカシャ〜〜〜〜〜カと塗るかですね。スキーでも、パラレルターンという技(簡単に言えば、単なる蛇行)をやるときに、スイスイスイ・・・と均等な軌跡だけを目指す人と、スイスイス〜〜〜〜イと緩急型がいます。このように、いろいろなジャンルに2つのタイプが存在するという前提で、じゃあ私自身がどっちタイプなのかを考えてみると、明らかに緩急型です。スキーなんか、ウエーデルンといって、規則正しい軌跡を残すことをヨシとする技があるのですが、あんなの練習する気にもならん。自由に滑れるゲレンデを、なぜ型にハマッた滑り方をせにゃならんの?って、思ってましたが、狭い急斜面では必要不可欠なことが身に沁みてわかりました。思うに、緩急型の人は、単調な作業に自ら変化をつけて、ストーリーを構成してゆきます。だから「うぃうぃうぃ〜〜ん」型の歯医者さんの出す音は、待合室の聴衆にとっては、よりインパクトの強いものになるでしょう。こういう歯医者さんは、歯を削りながら一つの公演活動をしているわけで、けっこう楽しんでいるような気もします。
 高速道路の運転というのは、ややもすると単調になりがちで、それが眠気の原因になります。変化をつけりゃいいだろうと言っても、パラレルターンやウエーデルンはできないので(やってる車もたまに見かける)、私の場合は、速度に緩急をつけています。ある車群にくっついて90km/hで走り、一定時間経過したらその群から一気に脱出して、一つ前の群について走る、というのを繰り返すわけです。同じ高速走行でも、90km/hと120km/hではずいぶん雰囲気が違うし、群が変わるとその駆け引きの様子も違いますから、なかなか飽きずに走れます。で、悪いクセですが、「○○インターから××SAまで一緒だったハイエースが・・・」とか、主要な登場人物を覚えちゃってたりする・・・。皆さんも、単純作業に緩急をつけてみてはいかがでしょうか。

3月30日  ノーギャラ主義

 3月末は、高校のブラバンの定期演奏会が、毎日どこかで行われています。積極外交政策の私は、賛助出演や客演指揮の他にも、仕上げ練習のご意見番など、毎日あちこちの学校を回る生活をします。こういう時、ずばりコーチ料とか謝礼とは言わないにしても、交通費とかの名目で、お金が動くのが一般的ですが、私の場合は、いつからかノーギャラを貫くようになりました。ずう〜っと以前は貰っていた時期もあります。ブラバンの父母会とかOB会が強力だと、こういう時のための財源が確保されているのか、なかなか太っ腹な学校もあります。午前中だけ練習を見て、二言三言アドバイスもどきのことをしゃべったら、1ま○円入りの封筒を差し出されて、ビックリしたことがありました。私がノーギャラ主義に転じたきっかけは、8年前に客演指揮をやった時からです。その学校の先生は、気心知れた間柄で、「この先何か世話したりされたりする度に、お互いギャラの払いっこするのも面倒だ。僕らの間だけはすべてノーギャラノー交通費にしましょう」というふうに決めたのでした。ところが、僕らの間だけのはずが、他の学校の先生たちとも、次々と同じ取り決めをしてしまい、今では「すべて」になってしまったのです。
 ノーギャラ主義になったのには、合理的な理由があると思います。一言で言えば、気が楽なのです。これはある意味ずるいことなのかもしれません。お金を貰ったら、それなりの働きを要求されますが、貰っていなければ、最悪でも邪魔さえしなければよいわけです。例えば、ギャラを貰って賛助出演でプレイしてて、音をはずしでもしたら、ごめんなさいじゃ済まんでしょう。合奏を指導してても、目に見えてサウンドが変わるとか、目からうろこが落ちる並みに、メンバーが納得するようなことを言えなければ、「このコーチ呼んで損した」なんて陰口たたかれるのは避けられませんな。ノーギャラの場合は、しっかり逃げ道が用意されていて、「今日はちょっと遊びに来ただけ。楽しませてもらってありがとう」なんて言って、お茶を濁せるわけです。こうして今では、私の学校が助っ人を頼む場合も、一切お金を出さない主義になりました。「そんなんで、助っ人引き受けてくれる人なんているの?」とよく聞かれます。でも私と似たような感覚の持ち主は少なくないようで、「ノーギャラ?じゃあや〜めた」という人には会ったことがありません。よくよく考えてみると、アマチュアどうしで助け合うのに、お金が動くことの方が不自然なのです。ガバチョと払ってる皆さん、貰ってる皆さん、ちょっと考え直してみては・・・?

3月25日  ええい、面倒だ!

 って言える人は、ストレスを溜めないですむ体質を、備えていると思います。今日は職員室内の机移動をやったのですが、ある先生の机の引出しが、抜いたら入らなくなるという事態が発生しました。パズル好きの私も挑戦しましたが、押しても引いても、上に浮かせても全然だめ。そこへやって来たある先生が、ええい面倒だっ、ズコーン!プラスチックのストッパーみたいな部品が、砕け散るほどの荒療治でしたが、引出しはスイスイ動くようになり、その先生は平然と「直ったよ」。ううん、かなわない・・・と言いたいところですが、実は私もこういう面を持っています。
 昨日は演奏会で、朝9時から夜7時半までの長丁場でした。終了後にまさか箱根をドライブしに行くとは、私自身も予想だにせぬ展開。そのいきさつはですねえ・・・。うちのバンドのメンバーに、本番終了後、大学の合宿所に直行するというツワ者がいたのです。私の車で近くの駅まで送ってあげることになりました。とは言っても、合宿所は箱根のウラ側なので、終電までに三島駅にたどりつく必要がありました。もう8時・・・あまりグズグズしてられないのは明白です。最寄りの永山駅よりは、小田急の本線上にある、柿生か鶴川を目指した方がよいだろう、ということで、とりあえず南下を開始。しかし私の頭の中では、猛烈な勢いで計算が進行。柿生も鶴川も急行が停まらないので、JR横浜線を利用するなら、国道246号で直接JR長津田駅を狙うが有利だ。よし!柿生を素通りして246へ。しかし・・・まずい、246だと東名横浜入口が渋滞したら一巻の終わりだ・・・。時間は刻一刻と過ぎています。最も確実なのは、横浜青葉から東名に乗っちゃって、厚木で小田急線の急行をつかまえることか・・・。方針変更!私は東名高速を西に走り出しました。次は何時に厚木ICを降りて、そこから本厚木駅まで何分かかるかが焦点です。私のカーナビは、高速に入ると自動的に高速モードに切り替わるので、どのインターに何時何分に着くかは即座に予想できますが、ふと画面を見ると、なんと沼津まで1時間以内ではありませんか。この瞬間、私は「ええい、面倒だ!」と叫んで、すべての計算を中止し、沼津まで高速で突っ走ることに決めたのです。送ってもらう本人が一番ビックリして、さかんに恐縮していましたが、この決断によって、この先に予想されるあらゆる難問はいっぺんに解消し、遅くとも10時には三島到着が約束されたのです。体力的負担増はありますが、それにかわる神経的負担減の方が、私にとっては、はるかに重要なことです。皆さんも、あれこれ悩む場面に遭遇したら、ええい面倒だと一声叫んでから、一撃必殺の手段に出てみてはいかがでしょうか。もちろん、そうしてはいけない場面も多いでしょうから、面倒と言ってよいかどうか、面倒がらずに慎重に判断すべきですが(?)

3月21日  遠距離通勤

 私が最も長い距離を通ったのは、大学生の時です。豊田から新宿、渋谷と経由して、さらに東横線で5つ。たっぷり1時間半はかかりまいた。高校卒業までついに電車通学というものを、経験してこなかったので、この遠距離通学は不安でもあり、楽しみでもありました。楽しみにだった理由は、けっこう電車マニアだったので、毎日電車に乗る理由が発生したことが、何となく嬉しかったわけです。大きな声じゃ言えませんが、一人でこっそり、定期券を見せる練習もしました。自動改札は存在しなかったので、ポケットから出して、さりげなく駅員さんに見せる動作を、ギコチなくならないように、何度も素振りしていたわけです。こんなことやってる人、他にはいないだろうと思っていたら、なんかの飲み会の時、「ああ、それ、おれもやったよ」という人がいて、安心しました。
 前回にも触れましたが、遠距離を通うと、考え事をする時間が豊富にありました。また、せっかく満員電車に揺られて来たので、1時間目の授業で、寝たりサボったりするのがもったいないと感じ、がんばっちゃうことができました。実際、大学の近所に下宿してる者の方が、堕落するのは早く、遠距離組はけっこう真面目なのが多かったです。(私は、時期がちょっと遅かっただけで、結局は堕落した)
 酒を飲む場合、遠距離だと絶対にきついです。終電で寝ちゃって乗り過ごすと、高尾から家まで11kmあり、しかも蛇行するので、これはなかなかのハイキングです。酔いは完全に覚め、筋肉痛が残ります。長野行きという電車で乗り過ごして、岡谷という駅で目が覚めた時は、あたり一面雪景色で、一瞬何が起こったのかと思いました。幸い、東京方面に戻る電車がすぐに来て、乗ることができ、10時頃新宿に着いて、2時間目に間に合いました。タダで1泊したい時は、この手が使えるなあ、と思いましたが、今は長野行きはありません。
 4月は就職、入学、転勤の季節。どこへ飛ばされるか、辞令を待ってる人も多いでしょう。私はあと数年は徒歩圏を通勤し、その後も5km圏をキープする予定ですので、遠距離通勤も今となっては、懐かしい思い出でございます。

3月12日  近距離通勤

 以前、秋留台でご一緒したY先生が、比較的近所の学校に水平異動(業界用語。わかる人にしかわからない)され、片道1時間かかっていた通勤時間が45分になって、ちょっと嬉しいはずなのに、「調子狂っちゃうよ」なんて言ってました。Y先生にとって、通勤の1時間は、仕事に必要なテンションを高めるために、必要な時間だったのだそうです。私自身は、三沢中の時に片道5分、秋留台で片道1時間、現在が片道5分(車なら1分)と、遠近両方を経験していますが、どっちがどうだとか、余り深く考えたこともありませんでした。でも、確かに言われてみると、近すぎるのは考え物という気もしてきます。昨日は、ある事情(夕刊参照)により、いったん福生の公園に寄ってからの出勤でした。いつもは自転車で5分の学校が、はじめて片道30分になった状態を、期せずして経験したわけです。ううむ・・・。気合が入ってゆくのがわかる・・・。職場が徐々に近づくにつれ、その日のプランみたいなものが、だんだんまとまって行きます。やっぱりこのくらいの通勤時間は、あった方がいいなあと思いましたね。いつもは、電車の時刻や渋滞を気にする必要が無いので、朝家を出る時間も決まってません。ほんとに「ふらっ」と出勤してる感じです。近距離通勤だからこそ可能な、ハナレワザの具体例を挙げてみましょう。その@昼のお弁当を頼み忘れた時は、45分の昼休み時間内に家で食べてこれる。5時間目が空いていることがバレた時は、洗い物をさせられた。一番凄いのは、帰宅したら冷蔵庫に何もない時があって、スーパーに買い物に行かされて、さらに作らされた。そのA学校に着いてから、ふと「授業も空いてるし、あと2時間寝とくか」なんて気分になって、2時間休暇の届を出して帰った。溌剌とした表情で「おはようございまーす!」と入ってくる先生方と、すれ違うようにして「眠いから帰りまーす」というのは、不思議に映ったと言うより、ズバリ迷惑だったでしょうねえ。これにはもっと凄いバージョンがあるが、ここには書けない。まあ問題なのは、家にいる時と職場にいる時の気分に、境目が無くなってしまうことだと思います。最近は、そういうダラけた気分で出勤しそうな日は、晴れてても自転車を使わず、少し遠回りして歩くように心がけており、これでもダメな時は、わざわざ電車ひと駅乗ってみようか、とも思っています。あらゆる人々から羨望の的である「近距離通勤」にも、苦労はあるのよ〜。ということで、今夜はひとまずおやすみなさい。おっと、目覚ましはちゃんと8時にセットしたっけな? ほ〜っほっほっほっほ・・・。

3月 5日  続・もちこたえる

 40年モノの鉛筆削りを愛用する私ですが、オヤジの方も負けてません、というよりオヤジが本家本元です。父は、今でも乾電池の残り具合をチェックする時に、私が実家に残していったオモチャ箱を取り出して、その中にある赤い豆電球を使います。この豆電球の歴史も素晴らしい。それは私が小学校2年生の時に、ボール紙とカマボコ板で、特急あずさ号の模型を作って、そのヘッドライトにするために買ったものです。オモチャ箱には、マブチモーターやプロペラ、電池ボックスなど、私がその後理科系の専門職に就くことを暗示するような品々が詰まっていて、ほとんど当時のままの状態です。父は、私がノーベル賞を取ったときに、記者団に見せようと思って保管していたわけではなく、ただただ使っているのであります。それにしても、30年間に渡って輝きを失っていない豆電球というのは凄いですね。「物持ちがいい」というのは、カッコいいことではなくて、どちらかと言えばダサいと思われがちです。しかし、長持ちさせるコツをつかんでいる人は、何でも長持ちさせちゃうので、本当に長持ちさせるべきものを、確実に長持ちさせます。例えば自分の生命とか・・・。
 うちの家系は、ハッキリ言って長生きです。じいちゃんも父も、共通しているのは、無茶苦茶な不摂生がたたって、けっこう早いうちにボロボロの身体になってしまうのですが、そこからが本領発揮!40代のうちに、糖尿や高血圧など、歩く成人病標本と化し、医者から「いつ何で逝っちゃっても不思議ではない」なんて宣告され、「酒は命取り。1滴たりとも飲むな」と命令されますが、まったく無視して1日1升以上飲み続け、じいちゃんは80過ぎまでもちこたえました。父も現在72才。医者の命令無視し続けること20余年、今なお続行中。それに較べたら、私なんか多少不摂生ではありますが、ずいぶん健康的な生活をしていると思いますよ。
 長持ちするかどうかのカギは、ズタボロになったその後に、どれだけ耐えられるかだと思います。それも耐えようと思って耐えるのではなく、「古くなってきたなあ」という感覚が麻痺していて、買い換えの発想そのものが出てこない人が最強です。こういう人々はきっと大らかで、細かいことをあまり気にせず、ストレスを溜めない体質を備えているに違いありません。私はそういう血を引き継いでいる気がします。ですから、物持ちを良くするコツなんて、たぶん無いのでしょうけど、一つ言えるのは、あまり流行にとらわれないことです。自分が一番使い易いものを使い、使えるうちは使う・・・。これを実行すれば、ストレスから解放されるし、きっといいことありますよ。

3月 2日  もちこたえる

 私の「物持ちの良さ」は、群を抜いていると思います。私が前の車を17万キロ乗ったことを知ってる人が、「直井さん物持ちがいいね」と言うことがありますが、私にしてみれば、こんなお話にならないレベルのことで、物持ちがいいなんて言われるのは心外であります。現在私が使っている品物の中には、30年選手がざらに存在します。中でも横綱格は「鉛筆削り」で、小学校の入学祝に父から貰ったものですから、35年モノですね。驚くのは早い!この鉛筆削りにはさらに長い歴史があります。超ドケチで私以上に物持ちの良い父は、職場で廃棄処分になった事務用品の中から、この鉛筆削りを発見し、「ちょうどいい。息子が小学校に上がるから、使わせよう」と思って、拾って来たのだそうです。私が小学校4年の頃、シャープペンというものが登場し、鉛筆削りを使うことはめっきり少なくなりました。しかし、手書きの楽譜を書くときは鉛筆が便利なので、私は再び使い出し、その後二度の引越しにも耐えて、未だに現役バリバリの活躍をしています。おやじから貰った思い出の品だから、とかそういうノリじゃ無くて、普通に使いつづけて35年経っちゃっただけなのです。
 物持ちが良い人には2通りいます。「いかに新品に近い状態を維持するか」に全力を尽くし、極端なのは、使わずに手入れだけするというタイプ・・・。もう一方が、「普通に使って普通に老朽化させてしまうが、なぜかそこからが長い」タイプ。私は100%後者に属します。うちの郁恵さんも、なかなか物持ちのいい人ですが、衣服に関してだけはやや批判的です。結婚してすぐの頃、私が高校生の頃の写真を見せたら、しばらくぼう然としていました。顔が変わってないことに驚いてるのかと思ったら、そうではありませんでした。私服姿のやつが何枚かあったのですが、そこに写っている服が、今うちのタンスにずらり存在することに呆れていたのです。「まさか、下着とかも年代モノ?」「ええっと・・・わからん。少なくとも一人暮らししてる10年間には、衣類を買った覚えはないなあ」「・・・」「汚いことはないよ。洗濯はちゃんとやってたから」 最近、私の持ち物は、強制的に次々更新されてしまうので、年代モノは少なくなりました。新しくされるのは結構なことで、別に「勝手に捨てるな」なんて怒る気持はありません。自分で更新するのが面倒で、古いものを使いつづけるのが平気なだけなのです。携帯電話も買い換えへの強い指導が入っていますが、着信音単音、ディスプレイ白黒文字オンリーでも、何ら不自由無いので、あと10年は使うでしょう。物持ちを良くする秘訣を次回はお話します。