職員朝礼での社長訓話集 一つ戻る 最新版へ戻る
6月28日 世代のギャップ
40代の私が熱中したテレビ番組が、10代や20代の皆さんと違うのは、いたし方ありませぬ。しかし、ここんところ、ショックなことが頻発しており、明らかにジジイになったな、と実感しておりまする。その一。夕食時に、うちの郁恵さんと弦太が、「なんじゃこりゃあ〜!」とか言ってフザけてるので、「あれ?松田優作知ってるの?」と聞いたら、逆に「何それ?」と言われた。これは、ジーパン刑事殉職シーンの有名なセリフなんだ、と詳しく説明してあげる。郁恵さんビックリ。「へぇ〜。それがホンモノだったんだぁ」 最近テレビで「なんじゃこりゃあ〜」をやる芸人がいるらしいが、モノマネだとは知らず、その芸人のオリジナルだと思い込んでいた、というわけ。付け加えると、「なんじゃこりゃあ〜」のモノマネやる人がいたなんて、テレビを殆ど見ない私は、逆に初耳でした。そのニ。弦太に言うことを聞かせるために、「強〜い人に来てもらうからな。ぴころぴころぴ〜」と笛を吹く真似をして見せた。一緒にその場にいた大学生、何のことか解らず。「マグマ大使を呼ぶやつだよ」「何ですか、それ?」 以上。
さて、先日の青梅市民会館でのこと。ファミリーコンサートのラスト「みんなで歌いましょう」のコーナー。プログラムに載せられた歌詞は「鉄腕アトム」だった。50年経っても色あせない永遠のヒーローの主題歌だから、私は当然歌える。というより、歌えない人がいるはずがない。もちろん場内には大合唱がこだまする。しかし!まったく歌えず、ポカーンと口を開けてる人々がいた。それは、この日の主役であるはずの子供たちだった。コンサートの主催者はご存知だったのだろうか。現在の鉄腕アトムの主題歌が、まるっきりリニューアルされてしまっていることを。ちょっと前に弦太が「お父さん、鉄腕アトム歌える?」と聞くから、「空を超えて〜」って歌ったら、「それ違う!」って言われたので、私はこの恐ろしい事実を、事前に知っていたのだ。新しい「鉄腕アトム」の歌は、いわゆる今風の歌で、聞いた私は、「こんなもん鉄腕アトムじゃなか!お父さんは絶対に認めんからな」と一喝。つまらんことで弦太と喧嘩したのだが、ファミリーコンサートが終わってから、弦太がポツリと言った。「やっぱりお父さんが歌ってた方が、本当のアトムの歌だったんだね」 「うん、これでわかっただろ」そうだったのか。主催者は、アトムの主題歌リニューアルに断固抗議し、正しいアトムの歌を子供たちに伝えようとしてくれたのだ。いいぞいいぞ、がんばれオジサンたち。でも、やっぱり新アトムの歌の存在を知らなかったオジサンという疑いは強いな・・・。
6月20日 事件は会議室で起こってるんじゃない!
っていう織田ゆうじのセリフ・・・これ好きです。文部科学省や教育委員会のお役人さんの中には、教育実習さえやってなくて、教壇の経験が皆無のまま、偉くなっていく人も多いと聞きます。恐ろしい話ですねぇ。石油会社に就職した先輩は、幹部候補生として採用されたはずですが、ガソリンスタンドにも勤務し、タンクローリーの助手席にも乗ってました。現場を知らない人がトップに立った企業は、たいていダメになりますよね。我々の業界でも、そのへんを考えた方がいいんじゃないかいな?
読売新聞に恐ろしい記事が発表されました。先生方の同一校勤務年数を、3〜6年に短縮!ようするに、どんどん転勤させようという案ですね。これ本当にやるんですかね?現場をちょこっとでも知ってたら、とてもじゃないけど、出てくるはずのないアイデアですね。この案を私なりに分析してみましょう。まず、先生方自身は、別にどうってことないです。同じ学校に10年以上勤務した方が、楽は楽ですけど、3年ごとに飛ばされたって、特別たいへんってことはないでしょう。私なんか、着任1週間目には「お前、10年前からいるような顔してるな」なんて言われるくらい、順応性もあるから、全然平気なんですけど、実害を被るのは100%生徒さんたちです。どういうことかって言うと、入学から卒業まで、3年間持ち上がる先生が激減しますよね。2年から3年になる時の担任大幅入れ替えは、中学校では間違いなく荒れる原因の一つになります。部活動なんてどうなっちゃうんでしょう?こればっかりは、転勤すると、軌道に乗るまでに3年かかっちゃいますから、もはや活発な活動は全く期待できなくなります。今回の案は、私から言わせれば、部活はやめちゃえと言ってるに
等しいですね。これも都民のニーズなのかな?新聞によれば、この案が出てきた最大の理由は、「古株教員が多いと、校長のリーダーシップが発揮しづらいから」だそうです。笑いを通り越して、涙がちょちょ切れますな。校長さんたちもハッキリ言っちゃえばいいんですよね。「支店長としてリーダーシップが発揮しづらいのは、ヒト、モノ、カネの裁量権を全部本社に握られてるからだよ。もっと自由にやらせてくれたら、古株教員なんか束になってかかって来ても、へっちゃらだよ」とか。民間人校長を登用するのもいいですけど、本社にもカルロス・ゴーンさんあたりを呼んだ方がいいですね。ううむ、愚痴りすぎて、私としては珍しく支離滅裂になっている・・・。
6月14日 手づくり
弦太が「プレゼント」とか言って持ってきたのは、私の似顔絵が入った写真立てでした。そう言えば、父の日っていう時期です。写真立ては幼稚園の工作の時間に作ったもので、なんと割り箸に色を塗ったものを何本か、器用に組み合わせてあります。まさに手作りの逸品。弦太の通う幼稚園では、こういうオール手作り工作がやたらと多く、今度は一人1本ペットボトルを持参、という指令が下りました。いったい何が完成するのでしょう。親の私としては、今どき珍しい「いい教育」してるなあ、なんて喜んでます。私も幼い頃から、割り箸、輪ゴム、厚紙等を駆使して、たいていのものは自作していました。野球盤、サッカーゲーム、ピンボ−ルなど、今思い出しても、売り物に負けないくらい熱中できる作品でした。こんな工作マニアになったのも、単にホンモノを買ってもらえなかったからに過ぎませんが、おかげで今の私があります。手作り作品の良さは、壊れたり調子が悪い時に、メーカーに修理に出す必要がないことです。設計段階からすべて自分でやってるわけだから、どんな風に改良するのも思いのまま。すべての機能が、使う本人のために用意されています。
編曲の場合も、オーダーメイドがベストです。いるメンバーの人数、技量、個性に合わせて書くから、それはいいに決まっているわけですが、外注した場合、既製品より高くつくし、メンバーが一人入れ替わったなんて場合、またまた大騒ぎ。そんな時、自分で書いたものならば、すぐに対処できます。一昨日の昼、生徒が職員室にやってきて、本番が迫ってきた木管5重奏曲で、フルートを1本に減らしてアルトサックスを入れたい、と申し出てきました。5時間目の授業が空きだったので、ちょっくらパソコンに向かい、2番フルートのパートを1番クラに。2番クラを丸ごとE♭に移調してアルトサックスに。ここまでの作業時間、パソコン起動から5分。続いてサックスの音域チェック。絶対に出ない音を、オクターブ移動。MIDI再生して、響きに問題のある箇所を微調整。最後はパート譜印刷。30分以内ですべて完了。元版が自作なのでこれだけで済みますが、既製品を直す場合はこう簡単には行きません。私が所属する、「ユニゾン」「ニューサウンド」ともに、団内に譜面を書ける人が複数いて、とても便利です。皆さんのバンドでも、どんどん養成しましょう。
6月 3日 続・暗号
食券売り場のようすを、ほんの2〜3分観察しているだけで、重要なことがわかりました。「よんにい」と言った人は、420円を支払っています。「さんいち」の人は310円。な〜んだ・・・悩んだ自分がばかみたいでした。おそらく、その日のセットメニューが何パターンか用意されていて、420円の定食セットを食べたい人が、「よんにい」と呟やくように注文していただけなのです。ただ、それにしては「Aセット 420円 ライス 味噌汁 焼き魚&・・・」みたいな表示が見当たらないのが不思議でしたが、とにかく謎は解けました。「僕もやってみようっと。よんにい!」 おばちゃんは、すぐにプラスチックの札をくれました。「よし、今日からオレも、ここの仲間だ」 喜び勇んで食券売り場から10mくらい歩き、厨房のカウンターに札を差し出すと、無愛想なおじさんが黙ってこっちを見ています。あれ・・・? この後、信じられないような展開が私を待っていました。おじさんが言いました。「何食べんの?」 えっ? 今、食券出したばかりじゃんか。「あの〜、420円のを・・・」 おじさん「だ〜から、何食べるの?」 何が何だかわからなくなってしまった私の後ろには、再び渋滞の列が・・・。ついにしびれを切らした後ろの学生が、教えてくれました。「よんにいなんだろ?おかずを2つ選ぶんだよ」 えっ?「はぁ、すいません。じゃあ選んできます」 赤面しながら食券売り場に戻り、ショーケースの中から2つ決めて、さっきのおじさんに告げに行きました。やっとの思いで昼飯を食べながら、ようやくここの真のシステムが理解できました。ご飯と味噌汁と、その日のおかず2品で、420円になるのです。組み合わせによって、何通りかの金額が出現しますが、食券売り場ではその合計金額だけを告げ、領収書の意味しか持たない食券を受け取ります。で、実際に何を食べるかは、厨房のおじさんに告げる、というしくみなのでした。う〜む、奥が深い。ってゆ〜か、こんなシステムの食堂、日本のどこ探しても無いんじゃないですかね。さて、ここの常連になった私は、いつの間にか「よんにい」すら言わず、いきなり420円払って札を貰う、という「常連中の常連」的行動をとるようになっていました。人間て、自分が初心者だった時のことなんかケロリと忘れて、優越感に浸りたいんですね。最近はそんな自分を戒め、初心者にも解る易しい言葉を選んで、授業をやるように心がけています。(こんなオチにつながるとは予想しなかったであろう?)
5月29日 暗号
我が社では、いつも駅前の西友で買い物をします。夕方行くことが多く、地下の食料品売り場では、どのレジも行列です。私がレジを打ってもらって、清算する時のこと。お姉さんがこちらに向かって何か言おうとする瞬間、私が人差し指を1本立てる・・・。お姉さんはそれですべてを理解し、納得したかのように、先の作業を進めます。私の後ろに並んだ人が、西友の常連さんならば、このやりとりに何ら疑問はないはずですが、知らない人にとってはさぞ不思議でしょう。不思議そうに思った人は、きっと今夜考え込んで眠れないかもな・・・なんて、思っただけでウキウキしてしまいます。このやりとり、実はセゾンカードで買い物する時の決まりごとで、お姉さんは必ず「お支払い方法は?」と尋ねてきます。いちいち「1回」って答えるのがだんだん面倒くさくなって、お姉さんに聞かれる前に指1本立てるのです。タイミングが一瞬遅れると、お姉さんのセリフが入ってしまうので、面白くありません。お姉さんは、1本指の意味をすぐに理解し、軽く「はい」と答える・・・。このしきたりを知らない者は、せいぜい悩め〜という、イジワルな気持が芽生えるわけですが、私も昔はよく、こういう暗号に悩まされました。極めつけは大学の食堂でした。
目黒の本キャンパスの学食は、利用者が圧倒的に多いから、システムは極めてわかりやすく整備されてましたが、問題は理工キャンパスの方です。初めてその食堂に行った日、食券を買う列に並んだ私は、恐ろしい暗号に遭遇したのです。前の方の人が「よんにい」と呟きました。オバチャンが「はい」と言って、色とりどりのプラスチックの札の中から、2枚を渡します。次の人が「さんいち」と言ったら、オバチャンは別の色のを渡しました。その次の人は「よんいち」でした。うわ!何だこれは!? ショーケースの中に、その日のメニューが陳列してありますが、番号なんか付いてない・・・。「よんにい」って42番?それとも4番と2番のこと? 後ろの人が「早くしろ〜」という顔してるし、これは自分がついていける世界ではないと思い、列を離れて逃げ帰ってしまいました。その後いくら考えても、あの数字の組み合わせの意味がわかりません。とりあえず、「よんじゅうに」とは言わなかったのだから、4と2の組み合わせと考えるのが妥当です。でも、どのメニューが何番なのか、という表示は間違いなく存在しなかった・・・。オバチャンにシステムを訊けばよいだけの話ですが、なぜか私は、自分で法則を見破ろうと決意したのです。皆さんも一緒にお考え下さい。(続く)
5月18日 田舎に住む悲しさ
どこに住んでいようと、自分が住みやすくて、その地域に愛着を持ってるなら、それでいいんです。でも、品川ナンバーの車に乗ってるやつが誇らしげな顔してて、洗濯物も干せない中央区の1億円マンションが即日完売、なんていう現実は、少しでも都心寄りに住むのがカッコイイという世間の認識を示しています。JRの改札は、今でこそsuicaが主流ですが、切符の時代には、原宿で遊んだ若い女の子は、み〜んな150円くらいの切符を買って、下車駅で清算してたそうですな。埼玉から遊びに来てることが、大勢の人にバレたくないわけです。私が高校生の時、全校生徒の8割以上が八王子市民でしたが、八王子と言っても広〜ござんす。明神町とか子安町という、八王子駅近辺に住んでる者が、やっぱりエラそうな顔して、川口とか恩方の者をばかにするのですな。どんなに狭い範囲にも、きっと都会と田舎があって、その僅かな差で一喜一憂するのです。
今日は弦太連れて、都心に行って来ました。山手線で新橋付近を通っているとき、横を並んで走る電車を見た弦太が突然、「あっ、青梅線だ!」と叫んだ・・・。「あれは東海道線だろ?」「でも、東京行きだもん」 そうか。青梅線にもしょっちゅう東京行きが来るから、東京って文字は全部青梅線に見えるわけだ・・・。我々親子が青梅線沿線在住であることが、不特定多数の乗客にバレてしまい、「お前らには、立川くらいが似合ってんだよ」と言いたげな、刺すような視線を感じました。続いて「ゆりかもめ」。青海(あおみ)という駅があります。弦太が「お父さん!おうめだよ!」と絶叫。良く見ろ、木へんかよ、違うだろ、と私は心の中で絶叫。しかし・・・「すごいね。ゆりかもめでおうちに帰れるよ」 もういい、やめろ、やめてくれ〜! 沿線だけでなく、ついに青梅というピンポイントで居住地を特定されてしまったのです。何で恥ずかしいのか、自分でもよくわかりませんでした。でも、こういう思いをするくらいなら、徹底的に大衆を欺いてやろうと思いました。今度から「げんた君、おうちはどこ?」って聞かれたら、「六本木ヒルズ」とでも答える練習させます。
5月17日 5月病
新入社員の離職は、あいかわらず5月が多いそうですな。朝日新聞にも5月病の話題が取り上げられていました。学校の先生にとっても、5月は最もきつい時期です。4月いっぱいネコかぶってた新入生が、ようやく正体を現し、連日事件が起こるようになります。職員室でも、「少し休暇取って、ゆっくりしたいなあ」なんてつぶやきが多く聞かれます。私が「1日休暇くらいじゃ根本的な解決にはならんですよ」 なんてクチバシ突っ込むと、若い先生が「えっ、じゃあ何日くらい休めばスッキリするもんなんですか」と真剣に尋ねてくるので、私「失踪するのが一番です。何ヶ月か経ってから、北陸あたりで発見されるとか」・・・。本当に疲れてて、冗談言う余裕がない人だったら怒るでしょう。けどうちはいい職場だから、「なんで北陸なの?」「そう言えば失踪先って、何となく北陸か四国だよな」 と会話が発展します。
話が大きくそれましたが、5月病を克服する決め手は何なのかと考えると、私の場合には「毒食らわば皿まで」の精神です。来たくない場所に、徹底的に来続けるのです。クラスには大変な生徒が揃っちゃって、授業も崩壊状態・・・そんな年の5月は、朝から食欲も無く、学校の近くまで来ると吐き気を感じたり、というのを私も経験したことあります。1日休暇取って、どっか遠くに遊びにいったとしても、次の日は絶対に行かなくちゃならないことが、頭の片隅にあるもんだから、全然気分転換にならず。むしろその翌日は、余計に辛くなってしまいます。私はそういう時期に、日曜日も朝から晩まで学校に詰めて、悪ガキたちでも乗ってきそうな実験ネタを次々試したり、前の週に問題を起こした生徒の家に電話したり、ってやってたら、かえって楽になってることに気がつきました。イヤなことから逃げると、よけいイヤになっちゃうものです。イヤなことに立ち向かってゆくことが大切で、僅かでも状況が改善されれば、自信というか喜びがあるし、そうでなくても、感覚が麻痺するせいか、それほどイヤでもなくなってくる(謎) 新採の年は9月病にも悩んだけど、部活で8月全出勤するようになったら、平気になりました。5月はみ〜んなきついです。皿まで食った毒を、もう一杯おかわりするくらいの気持で、皆さんがんばりましょ〜!
5月 9日 効果音
射撃ゲームの効果音だったら、昔は限りなくホンモノに近い、「バキュ〜ン!」でしたが、いつ頃からか、電気的に音声を合成する技術が発達して、自然界にはおよそあり得ないような音が、巷に溢れかえるようになりました。ところが、そんな電子音が当たり前の世界になってしまうと、今度は自然の音が新鮮に感じるようになるのでしょう。携帯電話の着信音に、昔のダイヤル式黒電話の音があったりします。いずれにしても効果音は、臨場感、緊張感、場のムードを高めるための、非常に重要な要素であり、時代によって効果的な音というものも変わってくるのです。
私は授業中に、よく効果音を用います。今教えているのは、「気体の分子運動」というところです。無風状態の時でも、空気の分子は実は超音速で飛び回っていて、においが拡がっていくのがその証拠ですが、そう説明しただけでは実感がわきません。そこで私は小さな球を取り出して、「これが空気の分子だとすると・・・」と言い、スローモーションで自分の顔に向かって来るようすをやってみせます。「あっ!こっちへ来る!しゅるしゅるしゅる・・・バーン!(頬に当たる) 痛!・・・っていうことが、今起きています」なんてやるわけです。15年くらい前だと、しゅるしゅるバーンでよかったのですが、どうも最近の生徒は、こういうありきたりの効果音ではインパクトが薄いのです。最近使っているのは、「ひゅぃぅ、ひゅぃぅ、ひゅぃぅ・・・どっぐぶわぅぁぁぁん!」ていうの。本来ひらがなで表現するのが不可能な音ですが、パチンコ好きの方でしたら、CR海物語のリーチ音を思い出していただければよいです。その他のセリフにはエコーをかけると、さらに臨場感が高まり、生徒も集中するようになります。まとめると次のようになります。「あっ!こっちへ来る!来る!来る!ひゅぃぅ、ひゅぃぅ、ひゅぃぅ・・・どっぐぶわぅぁぁぁん!(頬に当たる) 痛!痛!痛!・・・っていうことが、今起きています」
数年後の生徒はこういう音にも飽きてきて、普通の効果音の方が印象に残るかもしれませんな。
5月 1日 続・プロ根性
宿題提出しました。と言っても、中身はほぼ白紙。その代わり、「普段これだけのことをやってんだから、あとは放っといてくれ!」という気持をこめて、膨大な資料を添付しました。ズバリ言っちゃいますが、宿題が増やされるのは、自ら蒔いた種、という要素は否定できませぬ。だって、自分できちんと勉強する子たちには、宿題は出さなくて済むでしょ?文句も言いますけど、公立学校の先生方に、プロ根性がちょっとばかし足りない、ということも反省してみる必要はあると思います。
新採で三沢中に入って、最初の保護者会でのこと、私はいきなり爆弾発言してしました。中学2年生のほとんどが塾通いしている、という事実にショックを受け、「僕らの頃はもっとのびのびやってた。塾はほどほどにしたら」みたいなことを、ちらっと言ってしまったのです。親にしてみたら、24歳の若造から、家庭の教育方針にいちゃもん付けられたわけですから、この発言が一斉に攻撃されたのは当然です。「学校の授業がわかりにくいから、塾に行かざるをえないんですよ。親だって好きで高い金払ってるわけじゃない」 ゲームセット。参った! 私はお詫びの気持をこめて、絶対に塾よりも解りやすい理科の授業をすることを誓いました。ところがですねえ、こういう「塾批判」は他の先生方もけっこう平気で喋っていて、ベテランになるほど過激なことが判明しました。私に降りかかったような攻撃に対して、反撃してしまうのです。「塾で中途半端に予習するから、学校の勉強がおろそかになるんです!」とか・・・。私はこの水掛け論を聞いていて、先生の方が分が悪いな、と感じたものです。どう見たって逃げとしか聞こえませんからねえ。親たちも、そういう先生には必要以上に突っ込まず、謙虚に受け止めそうな、若手の私たちにビシビシ言うようになりました。今考えるとありがたい事です。おかげで、塾に対して、猛然と対抗意識を持つようになり、ワザを磨けたのだと思います。最近、「予備校の授業を見学して、修行してきなさい」なんてお達しが来ることがあります。情けなくて涙が出てきますな。自主的に予備校に潜りこんで、ワザを盗むとかいうなら、まだカッコイイですけどね。予備校の先生の方が、我々のワザを盗みに来る、っていうのが本当でしょ。そうなりたいものですな。
4月24日 プロ根性
先生方も宿題に追われておりまする(泣)。「自己申告書」というやつですな。今年の目標を書いて、校長先生に提出するのでございます。これだけなら一昨年からありましたけど、今年から宿題の内容が少しだけヘビーになりました。「キャリアプラン」というのも、書かなくてはなりませぬ。これは、10年後の目標を立てて、それを実現するために、2年後にはこんなお勉強、5年後にはあんなお勉強をするぞ!という計画書です。昨日うちで書こうと思って持って帰って、いざ書き始めようとしたら、あんまり馬鹿馬鹿しくてついに諦めました。私たち教員が相手にしている生徒たちって、私が立派な教員になるまで、10年も待ってくれるんですかね? 授業を受ける側は、大ベテランに当たっても新採に当たっても、同じように解りやすい授業を期待するはずです。そして、先生を選ぶことができないのですから、こちらとしては、新人だからという言い訳は通用しません。大ベテランに負けない内容を、というと語弊がありますから、ようするに受け持っている生徒が、最もイキイキと参加できる授業の組立てですね。それを明日の授業に間に合うように、今日中に作っておかなくてはならないのです。少なくとも私自身は、毎日それを考えてますよ、ホント! 毎時間全員にノートを提出させ、その日の授業の感想や疑問点を書いてもらい、一人一人に返事を書きながら、次の時間の作戦を練るのです。内容を実験に切り替えるなら、すぐに準備室にこもって仕込みしたり、夜の誰もいない図書館で調べものしたり、10年後のことなんか考えてるヒマがあったら、まず明日の授業で最善を尽くすべきだ、っていうの間違ってます? 私の行動を支える原動力は、プロとしての意地ですな。授業がつまらんと言われ、後ろの席の方から、「ねぇ、あと何分?」「あと10分・・・」「え〜、まだ10分もあんの?」という内緒話が聞こえても、平気でいられる神経は理解できませぬ。そんな私に、都のお役人は「慌てる必要は無いよ。10年後に少しはマシな教員になってればいいんだから」と言ってるに等しいわけで、さあ何て答えて差し上げようか、と考え中。
4月20日 問題親!
今朝の朝日新聞には、ギクっとする記事がありました。仕事に自信を失って、定年前に退職してしまう先生方が5%近くにものぼり、予備軍(やめたくてうずうず状態)も大量にいて、多くが40代以上のベテランだとか。原因は問題児よりも、特に「問題親」! 他人事ではありませんな。この問題について、私の見解はですねえ・・・問題親は、率こそ増加したものの、昔から存在しています。だから、皆さんがんばって耐えてほしいと願っています。さて、問題親とは、どんな感じの親なのか、一般の方々にはピンと来ないでしょう。本日はこれを紹介してみますので、子供をお持ちでこれを読まれる方は、自分にあてはまらないことを、ひたすら祈って下さい。ほ〜っほっほっほ・・・。私が経験した中でも、比較的強烈だった例は、高校3年男子生徒の父親でした。私が中学校に勤務し始めの頃ですから、その生徒は在校生でなく卒業生です。ある日、その父親が学校に乗り込んで来て、苦情を言いました。「うちの息子が酒くさい。どうも時々飲んで帰ってくるようだ。学校は何を指導しとるんだ!」 皆さん、「???」と思われるはずですから、そう言われた私も当時「???」だったのは当然です。「あの〜。それって、お父さんから注意したらいいと思うんですけど」と言ったら、ナント怒られた!「あなた教師でしょう。仮にも教育のプロじゃないですか。それが、高3にもなる男の子が、父親の言うことなんか聞かないことくらい、理解できないんですか!」 私 「でも彼はもうここの生徒ではありませんし、高校の先生には相談されないんですか?」 父 「高校の先生は、厳しく指導とか処分とか言ってますが、口だけですよ。盛り場の見回りなんか、やってた試しがない。となれば、やはり中学時代の先生の出番でしょう?」 このお父さん、実は立派な職業の方で、弁もたつので、なんだか本当に自分の方が間違ってるような錯覚さえ持ってしまいそうでした。当時20代で新人類とか言われてた私が「この親おかしい」と思ったのですから、今考えると尚更おかしいです。子供が悪さすると、親としての責任は置いといて、誰か(おもに学校)のせいにするというのは、程度の差こそありますが、問題親の最もスタンダードなタイプです。こんな怒鳴り込まれ方をして、教員として悩む必要なんてあるわけないですな。私はこの父親の話を、笑い話として、あちこちの合コンで披露させていただきました。かくいう私も、今や1児の父・・・。過去に遭遇した、膨大な数の問題親を反面教師として、がんばって父親業やってます。
4月10日 オリエンテーション
いやあ、久しぶりの1年生担任で、気疲れしまくりでございます。8日入学式、9日全体のオリエンテーション&HR1コマ、今日10日はHRが2コマもあって、明日からようやく授業スタートです。高校1年生というのは、同じ中学出身とか、元々知り合いだった者が、偶然同じクラスになる可能性は低く、ほとんどが初対面の子どうしです。ということは当然、最初の雰囲気はスゴイわけで、全員が黙〜って前を向いて座っているのですな。そこへ担任は一人で乗り込んで行って、自己紹介させて、クラスの委員を決めたりしなければならん。ところが生徒たちも、私をどういう人間か、まだ知らないわけですから、ちょっと冗談を言っても、相手が「笑っていいものかどうか」警戒してしまったり、お互いのやり取りが非常にギコチなくなります。それでもつい笑わせちゃうことができれば、本当のプロなのかもしれませんが、まあこの仕事をやっている中で、最も苦手な数日間であります。ところが、そんな新しいクラスで、たったの1時間でも授業をやると、生徒たちはあっという間にこちらの性格を見抜いて、廊下で会っても気軽に声をかけてくれるようになるものです。さらに、私は授業2回目になるクラスに、ガスバーナーで食塩を融かす実験をやらせていますが、これが終わると生徒どうしもかなり打ち解けます。大人どうしでもそうですが、てっとり早く仲良くさせるには、とにかく一つの目標に向かって、共同作業をするのが一番です。学校によっては、入学式翌日にはもう授業、という所もあります。実際、三沢中でもそんな感じでしたけど、私にとってはその方がやりやすかったですな。だいたい、オリエンテーションよりも、実際の生活の中でわかっていく事の方が多いものです。そう考えると、長すぎるオリエンテーションというのも考えものですな。
私が新採教員の時は、行ったその日に2年の担任だと言われ、夜遅くまで出席簿に名前記入、ゲタ箱のラベル貼り、クラス分け発表の張り紙書きなどをやりました。翌日が始業式、2日後入学式、3日後授業スタート・・・。もうこの辺で、印刷機も使い方も、職員室の冷蔵庫の使い方に関する厳しい掟も、近所の美味い店も、み〜んな解るようになっていました。最近は新採研がやたら親切だそうで、ますますグレードアップするようですが、いかがなものでしょうか・・・。
3月15日 音楽とお勉強
学年末の成績が出るこの時期、ブラバンの生徒がどんな成績を取っているのか、気にならないと言えばウソになります。どこの学校でも、たいてい部活を一生懸命やる子は成績も優秀で、中でもブラバンの部員は、上位を占めている場合が多いようです。だいたい、楽器の練習という、地道な日々の基礎練習に耐えられるくらいの根性があるわけだから、勉強だってできるようになって当たり前です。実際、秋留台ではこんなことがありました。クラス対抗の合唱コンクールがあるというのに、クラスにピアノを弾ける子が皆無、というケース。美術と書道の選択者しかいないクラスだったら、当然起こりえるわけで、毎年のように急造ピアニスト養成が行われました。うちの郁恵さんもその一人ですが、担任の先生が「誰がいいかなあ」と相談に来た時、私は「小さい頃習ったことがあるかどうかは無視して、評定平均の一番高い子を選んで下さい」とアドバイスしたものです。生まれてこのかた触ったこともないピアノで、夏休み1ヶ月で大地賛頌やら青葉の歌を弾けるようになれっていうんだから、勉強に耐えられないような生徒では、投げ出してしまうのは目に見えてます。
急造ピアニスト養成プロジェクトに関しては、私の人選がはずれたことはまずありませんでしたが、ブラバンの部員となると、なかなか例外的な存在がいました。ある学校で、理科系の1科目がどうしても合格せず、ついに留年しちゃった生徒。高1の頃、コードもスケールも、何も知らないくせに、アドリブすいすい吹きこなしてました。現在プロとして活躍中。別の打楽器奏者の子ですが、数学も物理も常に赤点。小学校程度の分数もチンプンカンプンなのに、8分の5や8分の7が入れ替わり立ち代り登場する曲を、なぜ初見で叩けるのか、いまだに謎。逆の例もあります。これも打楽器奏者ですが、バスドラムでたった2小節、2分音符2つと4分音符3つ「ド〜ン、ド〜ン、ドンドンドン。」これを何度教えても、まったく叩けないまま、ついに退部してしまいました。この子は中学1年生でしたが、成績はオール4くらいで、スポーツもそこそこできましたが、リズム感を司る神経細胞だけが、全く機能していなかったとしか思えません。よく楽器の上達と数学的な能力が、相関関係があるなんていう人もいますが、あくまで「ある程度は」でしょう。新入生の顔を見渡した時、どの子がどれくらい伸びるのかは、まったく未知数だと思うようになりました。だから余計に面白いのかもしれません。
3月 6日 続々・経営感覚
私が訪ねた大先輩は、OB名簿の一番最初の方で、卒業年度が私の生まれた年くらいですから、当時で40代後半くらいの方々です。皆さん、名の通った会社の部長さん課長さんで、こっちは面識も何も無いから、アポ取りの電話も、実際の訪問もなかなか緊張しました。しかし、さすがOB!どの方も非常に温かく迎えて下さって、私のプランをお話しすると、まるで待ってましたと言わんばかりの反応。こんなに順調でいいのかしら、と思いたくなるくらいに、OB会活動再開計画はトントン拍子で進みました。とにかく、一度どこかで集まろうということになり、都立大学駅近くの喫茶店に、大先輩、中先輩、年の近い小先輩、10名ほどが集結。その年のうちに、100名ほどのOBを集めた、OB総会&立食パーティーが実現したのでした。当然、私が目論んでいた寄付金の額も、前年度比3倍増の60万円を突破。破たん寸前の財政を何とか救うことができたのです。OB会はその後も順調に活動を続け、家族ぐるみで大温泉旅行を企画したり、現役部員へのサポート活動も活発になりました。この時の自分の行動力は、今考えてもカルロス・ゴーン並みですね。ある大先輩から、「お前、うちの課長クラスより使えるぞ。考えてみないか」と、お声がかかったくらいです。
プロのミュージシャンの方々が、面白いことを言ってます。プロとして成功するには「とにかく人とのつながりを大切にすること」なのだそうです。上手いことは、もちろん仕事を獲得する条件に違いありませんが、多くの人に名前を知ってもらって、「こいつ使ってみようかな」という気にさせる努力は、絶対に必要なのです。というわけで音楽活動は、芸術でありながら、経営であり、政治である、ということが言いたかったのです。私はその後もたくさんのバンドで、外交を軸にした経営戦略を用いて発展させてきました。でも経営破たんから倒産に追い込んだバンドも少なくはないな・・・。
3月 1日 続・経営感覚
サークルの運営には、お金がかかります。団員から集めたお金の範囲内で、すべてを切り盛りするのが原則ではありますが、やはり経営手腕によっては、大きなプラスアルファを得る余地があります。ブラバン顧問の先生方の中にも、けっこう凄い方がいらして、市長に直談判を繰り返して、何百万という予算を引っ張り出したとか、定期演奏会を市の主催行事扱いにさせ、何十万もかかるはずのホール使用料を、タダにさせちゃったとか、いろいろです。こういうことだけをクローズアップすると、単にずるいとか腹黒いって映りがちですが、活動への自信と熱意が行政を動かしたのは事実です。
都立大グリークラブの定演は、なかなかの事業でした。都心の立派なホール、印刷屋さんできれいに製本されたプログラム、スタッフの人件費、講師の先生、伴奏者への謝礼など含めると、百万円を突破します。チケットのるま一人2万円×部員数約40名。あと入って来るのは広告収入くらい。残りの不足分は、OBからの寄付に頼っていました。さてさて、私が部長に就任した年は、最大多数の学年が卒業し、新入生の数が伸び悩むというダブルパンチで、部員数が激減。前年並みの演奏会予算が確保できないのは、火を見るより明らか、という状況の中で政権スタートとなりました。「簡単なこと。チケット一人3万円に値上げだ」「ムリだ。払えない」「定価で全部売れば、懐は痛まないだろ」「そりゃ建前論。現実には割り引いたり、タダで配ったりが大部分だ」「自信持って定価を取れるような、いい演奏しようや」「それも理想論だ」・・・なんて議論が延々と続く中、私はダメ元で動き出すことにしました。当時OBからの寄付金は、全部で20万程。集め方は、東京近郊にいるOBに片っ端に電話して、1口3千円でお願いするだけでした。電話された側のOBも、集金に来た現役部員に食事をおごりながら近況を聞いたりして、決して悪い気持はしてなかったと思います。私はもっと多くのOBから、しかも遠隔地にいるOBまで含めて一挙に集める方法を考えていました。プラン@10年くらい中断していたOB総会の再開&定例化。その場に部長が乗り込んでいって、寄付のお願いをする。A寄付の見返りとして、現役側から年2回程度、活動だよりの発行。演奏会に来られなかった先輩に、プログラムを送付。これを聞いた大先輩方から、どんな反応が返って来るかは予測不能。でも当たって砕けろだ。OB名簿の一番古い方から5人ほど選んでアポイントを取り、一人で乗り込んでいったのでした。(つづく)
2月17日 経営感覚
最近は、公立学校にも「経営感覚」が要求されるということで、民間企業出身の校長先生が降って来ることがあります。私自身「教育現場に経営とは何じゃい」と思いつつも、部活の運営には経営感覚が要求される場合が多い、と考えています。
私の独断によれば、学生のサークル活動や、アマチュアバンドに在籍する人々は、「芸術家型」と「経営者型」の2種類に大別されます。極端な場合、芸術家型は「演奏がすべて。その他のことは興味ない」みたいになるし、経営者型は自分の練習そっちのけで、他団体の演奏会場を駆け回り、名刺交換に精を出したりするので、両者は往々にして対立します。これほど極端で無いにしても、だいたい指揮者やパートリーダーなど、技術系と呼ばれる人は芸術家型に近く、団長や渉外など、いわゆる運営系は経営者型の人がなるようです。さて、私自身はどっちだろうと考えると、やっぱり経営者型ですな。元々そうだったってわけじゃないんですが、大学の合唱団で、経営感覚を徹底的に鍛えられたのです。
私は2年の時に渉外、3年で部長を務めました。この2年間、驚異的な数の演奏会場を回り、レセプションに出席して、見ず知らずの大学の代表者と名刺交換、女子大には合コンの申し込みを繰り返しました。飛び込みセールスが上手く行くかどうかは、こっちの人柄や第一印象にかかっていますから、けっこう緊張します。何のためにこういう事をするかというと、代表者どうし面識ができて、会えば挨拶する間柄になれば10枚。合コンまで持ち込めれば20枚は堅い・・・。これはチケット交換の枚数。つまりお互いの演奏会を聴き合うという契約ができるわけで、10枚交換の相手を30校増やせば、観客動員300人増が約束されるのです。さあ、ここからが大変。契約した以上は、履行しなければなりません。部員の重いケツを叩いて、とにかく演奏会場に頭数を揃える必要があります。もし20人来てくれた相手に、こっちが10人しか送らなければ、たちまちブラックリストに載るし、交流のある大学全部に悪い評判が広まるので、大打撃を被ります。こんな形でお客さんを増やすことを、「本末転倒だ」とか言って冷ややかに受け止める芸術家タイプの部員には、「どんないい演奏したって、聴いてくれる人がいなきゃ独り言なんだよ」とか言い返して、飲み会のたびにケンカになっていました。部活顧問をしている今も、外交政策重視の考え方は抜けないし、これで得することはあっても損した記憶はありません。もっともっと交友団体を増やして、大イベントをやりたいものですな。
2月12日 編曲業・・・今昔
コピーや編曲を依頼されると、まず最初に机の上を片付け、きれいに拭きます。散らかったままでも作業が可能は可能なのですが、大切な作品に飲み物のシミなど付いてはいけません。次に五線紙、鉛筆、鉛筆削り、消しゴムを揃えます。シャープペンシルだと線が薄くて、音符を塗りつぶすのに手間取るし、自分が読みにくいので、譜面書きはもっぱら2B鉛筆。集中力を要する作業ですから、いちいち席を立たないで済むように、必要な文房具は必ず最初に全部用意します。コピーの場合、デッキを手近な所に設置し、夜間ならばヘッドホンが必要。とにかく書き始めるまでの準備が大変。さて譜面が書きあがって、そっからがさらに大変。コンビニへ直行して、全部コピーをとります。第1稿を送った後、依頼主からの要求があれば、それに従って加筆修正しなければならないので、元原稿を手元に置いて、コピーの方を送るわけです。譜面を入れた封筒は、たいてい定形外というか、ポストに入らない大きさなので、郵便局の窓口に出さねばなりません。昼間は仕事があるので、そうそう局へは行けず、ほとんどは時間外受付窓口に出します。幸い、うちは車で5分ほどの所に、そういう大きい郵便局があります。修正が度重なれば、何度も郵便局へ走るわけで、「編曲業とは、郵便局へ通うことなり」という気分になることもしばしば。さあ、ここまでが昔の話。これが最近はどう様変わりしたかというと・・・。
つい最近手がけたいくつかの仕事の例です。まずはパソコンの前にどかっと座り、依頼主からのメールを開封。依頼内容はコピーのようで、参考音源はMP3形式の分割ファイルで、メールに添付されています。それらをダウンロードして復元すると、PCのメディアプレーヤーで即再生。「さて、それでは書き始めるか」と、同じPC上でフィナーレ2003を起動。メディアプレーヤーとフィナーレの2つのウインドウを交互に操作しながら譜面完成。できた譜面は添付ファイルにして、依頼主にメールで送って一丁アガリ。あとは相手方がそのファイルを自宅PCで開いてプリントアウトするだけです。受注から納品まで、ついに私はPC前を一歩も動かず。いやあ、凄い時代になりましたねえ。新幹線の中で、ノートパソコンで仕事してる人とか多いですけど、私も売れっ子になったら、東京から大阪への移動車内で、受注から納品までやってのけられそうです。でも、コンビニや郵便局へ行かなくなったせいか、最近太りましたな。(泣)
2月 7日 続・風邪
1月以降、2回も風邪を引きました。2回とも完治まで半日。職場のみんなに「気力で治した」と言ったら、ホラ吹き直井が定着してるようで、誰も信じてくれませんが、これは事実です。この1ヶ月間は、演奏会が近いために、どうしても寝込んでられない状況でした。熱が40℃あろうと行かなければならない、という気持ちが、自然と治りを早くするのです。ただし、生身の人間ですから、イベントが終わった直後に、いきなり寝込むというパターンが多いのはもちろんです。気力で持ちこたえた最初の経験は、大学3年の時でした。志賀高原スキーツアの幹事だった私は、方々の女子大の合唱団に声をかけまくり、大型バス1台分の人数を集めましたが、よりによって出発に日に発熱してしまったのです。これから始まるばら色の3泊4日を棒に振って、家で寝てるなんて、ありえない選択でした。朝から38℃以上あったのですが、幸い集合は夜10時東京駅。午後には37℃台まで下がってきました。出発時37℃5分。ようし、もう大丈夫だ。まだノドがガンガン痛かったですが、スキーツアー決行です。現地でも微熱が続いてる感じでしたが、しっかり滑って夜は大宴会。スキー場は空気が良くて、湿度もあるためか、一瞬治ったかと思うくらい快適でした。やっぱり来て良かった・・・。しかし最終日、帰りのバスの中から、ひどい寒気がしてきて、うちに着く頃には意識モウロウ。そのまま倒れこんで、3日間起きられず。自分の体ながら、すごいなあと思いました。こんなにヒドい風邪なのに、3日間くらいなら気力で押さえ込めるんだあ・・・。
直井さん丈夫だねえ、といろんな人から言われますが、健康の秘訣は「倒れてられないスケジュールの中に身を置くこと」なのかもしれません。明日は約1ヶ月ぶりに朝寝坊できる日なのですが、けっこう危険かも。再来週以降は、また3月終わりまで無休になるので、たぶん元気いっぱいの予定です。
1月26日 続・こだわり
ずいぶん前にも、こだわりについて論じたことがあるので、こんな題名です。今、演奏会の直前なのですが、直前というのは、演奏面や運営面に各自持っているこだわりを、一番譲りたくない時期です。こだわれるということは、それだけ力を入れてきた証拠でもありますから、それらを尊重しながら調整するという、非常に難しいワザを要求される時期でもあります。
わたしが初めて自分のこだわりを守り通したのは、忘れもしない6才の秋・・・。幼稚園で運動会が終わり、展覧会か何かに向けて、楽しかった運動会の思い出を、絵で表現しよう、という時間のことでした。お絵かきにはハッキリ言って自信満々。私が選んだ題材は「玉入れ」。長考の末に決定した構図は、カゴをやや斜め上方から捉え、その回りに大量の人間を配置するというもの。運動会の「賑やかさ」を主題としたわけです。大量といっても、その数は幼稚園の全校生徒数を決して超えることなく、極めて妥当な数に設定されていて、当時の私にしてみれば、すべて計算され尽くした、完璧な自信作でありました。それなのに、いつも誉めてくれる先生が、この日に限って眉をしかめるとは、一体誰が予想できたでしょう・・・。先生は、人間の書き方が雑であると指摘しました。確かに私の描いた人間は、胴も手足もすべて1本の線で、頭も○ひとつで、表情がありません。画用紙の限られた面積に何十人という登場人物を配置するためには、やむをえない措置なのですが、先生は、そんなに大勢登場させる必要はないので、一人を丁寧に描くよう指示されました。おそらく主人公の一人か二人をクローズアップして、周りにテキトーな脇役を配置する方がいい、と考えられたのでしょう。しかしこの時の私は、超ガンコに構図の変更を拒絶。二度目、三度目も同じ構図のまま見せに行くと、先生の方もエキサイトしてきて、「何べん同じこと言ったらわかるの!」と絶叫。お弁当の時間になっても、私は食べずに描き続け、先生も絶対に「もうそれでいいや」とか許さないので、最後まで徹底抗戦し、ついに時間切れに持ち込みました。たかが幼稚園児のお絵かきだから、好きに描かせりゃいいのに、と思うでしょうが、展覧会が近いから、雑さが目立つ絵を出したくない、という先生のこだわりがあったと思います。こっちもちょっと1人2人に肉付けして描いとけば「いつも上手ねえ」で終わるのに、と思うでしょう。でも、一人一人の表情が確認できないほどに大勢が参加している様子、それこそが絵の主題なのですから、指導に従うということは絵の精神そのものが崩れ去り、芸術家としての魂を売ることを意味しました。今でも私は、こだわり続けて戦った6歳の時の自分を誇りに思います。この時負けていたら、今の私は「普通の人」で終わっているでしょう。ほ〜っほっほっほ。いろんな場面でこだわりの逸品を作って行きたいと思うこの頃です。
1月14日 続・実況中継
ラジオの実況中継は、テレビに較べて何倍も難しいはずです。起きている事実を、視覚抜きで鮮明に伝えなければならないから、当然のことです。だいたい、わからない言葉が出てきてしまったら、もうお手上げです。私が初めて大相撲のラジオ中継を聞いた時は、決まり手の名前さえあやふやでしたから、「ガップリ四つ」だとか「前みつ取りました」なんかに至っては、さっぱり「???」。なんてつまらない放送だろう、と思いました。これが野球中継だと、ラジオでもけっこう満足だったのです。ラジオの中継は、聞く側のある程度の予備知識を前提として話してるから、詳しくない競技の中継が面白くないのは当然です。それにしても、私が経験した最もつまらないラジオのスポーツ実況は、なんといってもオリンピックの鉄棒です。「前から1回・・・、2回・・・、そしてトカチェフからギンガー・・・んっ、なかなか高さがあります。」 これ聞いて様子が目に浮かぶ人って、本当にいるんですかね?それとも単に誰が優勝しそうなのか知りたいだけ? 未だによくわかりません。そんな難しいラジオ実況でも、伝説的な名実況があります。TBSの渡辺けんたろうアナは、野球ファンに絶大な人気のある名アナでしたが、ある巨人戦で、9回ウラ末次の逆転サヨナラ満塁ホームランが出た瞬間(話題が古い)、奇抜な実況を行っています。その試合を私も実際に聞いていたのですが、後楽園の興奮があれほど鮮明に伝わってきた中継は、他に知りません。渡辺アナは「打った〜」と叫んだ直後、10秒以上にわたって、黙ってしまったのです。ラジオからは、いつ止むとも知れない「うお〜」っという大歓声だけが鳴りつづけるのでした。後日、その心憎い演出を賞賛する記事が、週刊誌に載ったりしていました。どの世界でも、高度に複雑化したものの上を行くのは「単純さ」なのかもしれません。無を主題とする前衛芸術みたいです。
さて、音楽の演奏は、音だけですべてを表現し、伝えるのが原則です。それはラジオ中継のように、本来的に難しいことです。もしここに視覚的要素を加味してよいなら、それはずいぶんと楽になることでしょう。演奏会では、お客さんがせっかく演奏者の方を向いて、目も開けて(とは限らんか・・・)聞いてくれます。演奏者が微動だにせず、音だけで勝負するのは損ではないか、と思うのです。自然な動きでも、楽しそうな表情でもいいから、何かお客さんの視覚に訴えるとよいのではないでしょうか。私も「邪道」という批判にめげず、視覚に訴える指揮法を、さらにエスカレートさせようと思います。
1月 9日 実況中継
箱根駅伝が、なぜあそこまで注目されるようになったのか・・・。5区の800m登山という、他のレースに類を見ない過酷さが、注目を集めるという要素はあるでしょうが、なんと言っても完全生中継が主たる原因でしょう。沿道まで出かけて、生でレースを見たことのある方でしたら、お分かりいただけるでしょうが、駅伝は実に静かな競技です。最もギャラリーが多いと言われる横浜駅前など、たしかに4重5重の人垣が、選手の通過を今か今かと待ち構えています。しかし、いざ通過する時というのは、そんな大迫力ってわけでもありません。1位争いで競り合ってる時でさえ、選手はポーカーフェイスで淡々と走るだけだし、テレビ画面で見るよりもう〜んとノンビリに見えます。何十万人の観客と言っても、沿道100km分を合計したらの話なので、東京ドームに5万人集結している試合のような、うお〜っていう歓声にはなりません。格闘技や球技や、他のスポーツに較べると、悪い言い方をすれば、見てる方にとって退屈な部類だと思うのです。それがなぜ、テレビで観戦すると一時も目が離せない、手に汗握る競技になってしまうのでしょうか。
古館伊知郎というアナウンサーが、よくふざけて、日常の何でもない動作をプロレス風に実況してみせてました。あれほどではないにしても、駅伝のアナウンサーたちは、よくまああれだけ大げさな表現を連発できるものだと、感心してしまいます。忘れられないのは、山梨学院のオツオリ選手が、衝撃の2区ゴボウ抜きを見せた時です。アナウンサーは大興奮、まるで古舘アナみたいに「おおっと!」を連発。「オツオリ、前を走る○○に、今、猛然と襲いかかる!」・・・全然襲いかかってません。ただ横を追い抜いただけです。「さらにひたひたと忍び寄る〜、そして牙をむくぅぅぅ!」・・・忍び寄るっていうか、普通に後ろを走ってました。噛み付こうとはしてません。その翌年だったか、オツオリが、今度は順天堂の本川選手に抜かれたのですが、この時の実況も、札幌オリンピック70m級ジャンプの時の北出アナウンサーに迫る勢いでした。「あああっ! なんと、なんということだぁぁぁ!」・・・ほとんど悲鳴に近い絶叫。
どんな競技でも実況しだいで面白くできる、なんて言い方すると、駅伝をばかにしたみたいに聞こえますが、駅伝はそれ自体大好きです。(誤解をうけないよう、念のため) 演奏会にも実況中継あったら、もっとお客さん喜んでくれるかな?ムリか・・・。
2003年 1月 4日 新年・駅伝漬け
皆様、あけましておめでとうございます。正月恒例の駅伝ですが、皆様はどの程度どっぷり漬かりましたか。私は1日ニューイヤー駅伝、2〜3日箱根駅伝の放送全部見たのはいつも通りですが、2日の夜に日テレで放送された、福山雅はる主演の駅伝ドラマ(2時間強)も見ちゃいましたし、箱根関連の速報記事を、インターネットで閲覧する時間も結構ばかにならず、かなりの漬かりようでしたな。
さて、なぜこんなに駅伝マニアになってしまったのか、自分でもよくわからないでいたのですが、2日のドラマはその疑問に答えていたように思います。政治部からスポーツ部に左遷された記者を演じる福山・・・これって、真田ひろゆきと鈴木ほなみの映画「ヒーローインタビュー」のパクリか・・・が、「駅伝のどこが面しれぇんだ?」なんて言いながら、取材してゆくうちに、「タスキの重み」というものを理解し、自らの生き方まで変えてゆくというストーリー。ドラマとしては、出来の悪い箇所もあったけど、でも私なんか感動してうるうるしながら見てました。結局、「タスキをつなぐ」ためには、互いを信頼して託し合わなければならない・・・。それって駅伝に限らず、チームプレー全般、そして人生全般に必要なことだ、っていうのがこのドラマの主題だったと思うのです。私の趣味である音楽でも、合奏は一人ではできないものだし、信頼関係の薄いところではいい合奏はできない、と解っちゃいてもついつ忘れがちです。駅伝は全員の日常の平均タイムが速ければ、基本的には強いに決まっていますが、勝敗はそれだけで決まらないところに面白みがあります。人間だから、誰か失敗したり調子が悪かったりすることは必ずあります。それをどうカバーし合えるか。また、次の走者が少しでも楽できるように、どれだけ気遣ってやれるか。その辺が勝敗を大きく左右します。合奏でも1曲通す間に、見えないタスキリレーが何百回となく行われているような気がするのです。それは指揮者と奏者、メロディーと伴奏、メロディーのリレー、1stTp奏者どうしで片方がバテて「後は頼む〜」っていうリレーだったり、色々です。そんな「タスキの重み」を感じながら、合奏に参加してゆこうと決意した、2003年のお正月でした。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。