今日の一言(2004年1〜6月分)

  職員朝礼での社長訓話集     一つ戻る  最新版へ戻る  

6月25日 デインジャーゾーン

 人間、誰しも虫の居所の悪い日というのはあります。その相手が、ある意味怒るのが商売である「先生」の場合、同じ事をやっても笑って許して貰える日と、ひどく怒られる日があるので、生徒側としてはいち早く警報を発令し、余計な爆発を避けるのが賢明です。要するに前回の話の続きなわけですが、危険度MAXの日はもはやなす術無く、撃たれ続けるしか無い、という悲しいお話をしましょう。
 小学校も4年生くらいになると、ある程度そういう洞察力が備わって来て、その日は朝から何か起きる予感というか、確信めいたものがありました。私の予感通り、事件は社会科の時間に起きたのです。問題「日本の鉄道において、SL(蒸気機関車)に代わって、電車が主流になった理由は?」。よくできる子もできない子も、いろいろな答を言いましたが、すべて「違います」と一蹴。私の答は「電車は煙が出なくて快適だから」でしたが、もちろん×。比較的よくできる女の子が、「発車がスムースだから」と答えると、先生は「惜しいですが、それでは50点です」。惜しいです、と言われると、みんな俄然ヤル気を出します。前にも増していろんな答を言いますが、「違います」のオンパレード。で、「違います」はだんだんと「違う!」に変化し、「何べん同じ事を言わせるの!」といきなりヒートアップ。あ〜あ、もう誰も止められません。「違う!」の声は絶叫に近くなり、収めるにはとにかく誰かが正解するしかありません。ふだんできる子たちに、祈るような視線が集まり、彼らはクラス全員の期待を背負って、回答を続けますが、いっこうにヒットしません。ノーヒットノーランやられる寸前の野球チームのベンチって、こんな雰囲気でしょうか。もはや諦めムードが漂う中、一人の女子がポツリ「発車と停車がスムースだから」と答える・・・と、先生があきれたように、「たったこれだけの答を出すのに、30分かかりました・・・」 それが正解なのでした。「あなたたちは、50円でまだ半分足りないと言われたら、どうするの!あと50円持って来るでしょう。」 激しいお説教が延々と続き、一同うなだれるのみ。なるほど、発車に言及して50点だから、停車のことにも触れれば満点だったということか。この時の私は、まったくもって納得行かず。電車のブレーキは今でこそ電磁式が主流ですが、この当時は自転車と同じで、ただタイヤをぎゅ〜っ挟んで摩擦力で止めていたはずです。だったら、発車時でこそ差がついても、停車時はそんなに関係無いはず。むしろ環境問題に関連した私の答や、「石炭の生産量が減ってるから」なんていう優等生ちゃんの答の方が、よほど的を得ているような気がしますが、この日の先生に何を言ってもむだって感じでしたな。先生の名誉のために付け加えると、普段は生徒の意見を十分引き出しながら、授業の中で楽しく討論させたりするのが上手な先生でした。ただ、デインジャーの日に点火されてしまうと、いきなり制御棒ナシの核分裂反応みたいになるのでした。
 「巨人が負けた翌日の授業で、あからさまに不機嫌」という先生は、野球の結果さえ調べておけば警報が出せるので、まあ対策は取りやすいです。タチが悪いのは、予告無しに突然爆発するタイプですね。何らかの条件が揃うと自然発火するのでしょうが、その法則を解明するまでに、多くの月日と犠牲者を必要とします。私自身は、若い頃そういう不規則な爆発がありましが、今はコントロールが可能で、気持ちのムラは一切無く、生徒の悪行に応じた量の火薬を計画的に投下できます。(体罰は一切やりません。念のため) さて、月曜日はうちのクラスの男子5人に、中型のミサイルを撃つ予定。ほ〜っほっほっほ・・・。

6月21日 台風6号と先生の雷(謎)

 うちの弦太は毎晩夕食時に、小学校での出来事を詳細に報告します。郁恵さん、ほとんど相づちを打つこともなく、黙々と食べる・・・。ん?子供のことに興味が無いのかと思いきや、実はすでに昼間さんざん聞かされていて、晩は私のために再放送してくれているらしい。その報告の中のほんの一節・・・担任の先生が、「今来ている台風は何号ですかぁ」と質問しました。みんな一斉に「6号!」と答えたのですが、弦太だけ間違えて「10号!」と叫んだそうです。大人でも、今日の台風が何号かいちいち覚えてない人くらいいそうなもの。ただ大人の場合、知らなければ黙っているというワザを知っています。弦太の場合、あてずっぽうに叫んだ時の態度が悪かったのか、投げやりに見えたのか、わざと違う答を言ってウケを狙ったと思われたのか・・・先生いきなりブチ切れて、「今10号って言った人誰ですか!手をあげなさい!」という展開になったんですと。弦太にも言い分があろうとは思いますが、一つ世渡りの術を学んだということで、納得させています。今日はクラスのお友達で「廊下に立ってなさい第1号」も出たというから、もともとデインジャーゾーンの日ですね。そういうのを察知する能力も磨かなければなりません。
 私は妙なところで記憶力がいいせいか、自分が弦太くらいの頃、何が原因でどういう怒られ方をしたのか、克明に覚えていて、弦太の報告を聞く度に、自分も要領が悪くて損していたことを思いだします。例えばですねぇ、国語の教科書に「いちろうカカシ」という物語があって、(よく覚えてるでしょ)、カカシのセリフに「ちぇっ」と3回言う場面があったんですよ。私は読みには自信があって、他の子みたいにつっかえないどころか、声優さんみたいに演技力を織り交ぜる余裕がありました。私は「ちぇっ」を鋭く短めに切り、1回目と2回目の間に少し間を確保し、2,3回目は続けて読みました。「ちぇっ・・・・・ちぇっ、ちぇっ」となるわけで、今でもこれが読み方としてはベストと確信しています。ところが先生は、あろうことかこの「ちぇ」の部分が雑だと、難癖をつけて来たではありませぬか!「短く切らず、一つ一つを丁寧に読みなさい」と言われても、はっきり言ってどーしたらいいんでしょう。困ったところに先生が見本・・・「ちぇーちぇー、ちぇっ!」おい!そんな「ちぇ」言うヤツいるか?で、なんで3回目だけが短いんだ?あり得ねぇ、断じてあり得ねぇ。教室は騒然となり、みんな私の味方で、「ちぇ」の言い方を巡って、先生VS男子全員という対決構図となったのです。勇気を貰った私は一歩も譲らず、ついに読み直さないまま時間切れドロー。それにしても、不思議なのはクラスの女子・・・なんでシラーっとしているだけで応援してくれなかったんだ?男子の数人が休み時間に女子に詰め寄りますが、冷ややかな返答・・・「先生の読み方おかしいと思ったけど、言われた通りにしてればいいじゃない」 「うわぁ〜きたねえんダヨ」・・・以下、いつもの戦争状態。女子数人が泣いたところで終戦。ううむ、今冷静に振り返ると、女子は賢かった・・・。36年前の事件を蒸し返すなんて、相当粘着質だな。しかし今日の弦太の「台風10号」は、信念に基づく発言じゃなく、ほんとタダの当てずっぽうだから、糾弾されるのは致し方ありませんな。

6月14日 匿名電話

 職員室の内線電話が鳴り、通常は「○○先生にお電話です」というところ、「生活指導部の先生にお電話です」というふうに、名前でなく部署名で来ることがあります。こういう時は、もはや電話のそばに居合わせた自分の、運の無さを嘆くのみ。十中八九、通報か苦情です。通報は、「お宅の生徒が○○公園で、集団でタバコ吸ってるぞ」とか、「万引きを捕まえたから引き取りに来い」というもので、悪いのはうちの生徒で、現在進行形だから仕方ありません。特徴的なのは、電話の主が「○丁目の△△です」とか「コンビニの店長だが・・・」という具合に名乗ってくれることです。ただ最近は万引きは殆ど無いですね。学校を飛び越して、いきなりおまわりさんに引き渡すという、強攻策を取るお店が増えたせいだと思います。さて苦情の方ですが、こちらは多岐に渡りますけど、大きく2つのタイプに分かれます。名乗るのと名乗らないの、ですね。私が生活指導部にいた何年間かの経験で言いますと、名乗られる場合は、さきほどの通報と同レベルの対応が必要です。毎日のように迷惑を被って、たまりかねて電話してきたわけですから、現在進行形なのです。ところが、「失礼ですがどちら様・・・」と尋ねても、匿名で通してしまう人の場合はというと。ハッキリ言って、聞くだけ時間のムダでございます。私の場合、こっちから切ったりせず、一応は丁寧な言葉で対応しますが、頭の中のスイッチを切り替えてしまい、「はい」「申し訳ございません」「おおせの通りです」「指導はしているんですが、行き届かなくて」などを、適当に回しながら使って、別の事を考えてたりします。なぜムダなのかというと、誰からの苦情だかわからないものですから、いつどこでどんな生徒に何をされた、という情報をもらっても、確かめようが無いのです。それらしい生徒に「お前こんなことしたのか?」と訊いても、「しらねえよ。誰がそんなこと言ってんの」と言われたら、「先生にもわからん」とも答えられませんから、結局何もできません。それに、電車内のマナーの苦情を言われても、うちの学校の生徒かどうかも解りませんし、「どこの生徒だかわからん。けどおたくだって高校だろ。だから電話した」なんて人もいて、要は誰かに話を聞いて欲しいだけなのです。ひどいのになると、「歩道を自転車で走ってて、おたくの生徒とぶつかって転んでしまった。どーしてくれる」なんてぇのもありました。てっきり、うちの生徒が自転車で人をはねたのかと思ったら、実は生徒が歩行者でした。自転車で追い越そうとしてぶつかって来たのは、自転車のオバサンの方だったのです。ひと通り話を伺ってから、「それは貴方にも非がありますよ」という風に説明を始めたら、いきなり切られてしまいました。
 長崎県の学校や教育委員会に、「お前ら殺人犯を育成してんのか」みたいな、見当違いの中傷電話が連日かかってくるそうですが、大半が匿名だそうで、かけてる人間のレベルもおおよそ想像がつきますな。名乗った相手ならば無責任な言動はせず、有益な議論をしてくれるはずですから、ナンバーディスプレイみたいなシステムで、匿名をふるい落とすか何かできんかな・・・。

6月 6日 遠足嫌いでした

 先月28日に2年生を連れて、横浜遠足に行ってきましたが、実施前から「行きたくない」「行かねぇよ」という声がチラホラ聞こえていたので、今回は「欠席者は御獄山で補習」と宣言してありました。人混みよりも大自然が好き、という生徒は2名だけで、他は全員横浜に参加し、補習の方も昨日無事終了。
 遠足嫌いな人の気持ちは良く解ります。なにをかくそう私がそうでした。何がイヤってわけでも無いのですが、まあ面倒なのです。特に移動教室とか修学旅行という類の、宿泊型がイヤでイヤで仕方ありませんでした。これも理由はよく解りませんが、旅行に殆ど連れていってもらってない家庭だったせいで、自分の家以外の場所で寝ることに、免疫が少なかったのは確かです。まあ終わってしまえば、楽しかった思い出も多いんですけど、他の子たちのように「また行きた〜い」という気持ちには到底なれず、「やれやれ、ほっとした・・・」というのが正直な所。さて、学年が上がると泊数も増えて、大学に入って最初にやってきた合唱団の合宿は、なんと6泊7日。それが、ちょうどその期間に「夏期集中授業」がぶつかり、私だけ3日目で帰れて、まさに「神に感謝」。しかし、冬になって4泊5日の「スキー教室」。これは逃げることができませんでした。修得見込みの単位が殆ど無い状況に追い込まれていた(自分が悪いだけ・・・)ので、体育実技は頼みの綱。でもこの4泊は、今までのとは別格な嫌さでした。最高に憂鬱だった理由は、全然知らない人と一緒にされることです。同じ学科の者もたくさん参加していたのですが、スキーの腕前によって班が分けられ、部屋も分けられてしまいます。私の部屋は13人部屋で、知り合い皆無。夜通し走ったバスで朝7時に宿に着くと、いきなりその部屋に入れられて朝食タイム。知らない者どうし13人ですから、当然お葬式状態。一人が口火を切って「自己紹介タイム」になりましたが、ちょこっと自己紹介したくらいでうち解けるわけもなく、重苦しい雰囲気が漂い続けます。ここって収容所だ・・・懲役ってこんな感じなのかなぁ、悪いことはしない方がいいなぁ・・・なんて事を、ぼ〜っと思ってました。結局、5日間が終わってみて、13人が仲良くなれたかどうかとは関係無く、私はある意味フッキレたことを感じました。こんな境遇でも自分は5日間過ごせるじゃん、という驚きというか発見です。ショック療法みたいなものですな。人間は変わることができるし、苦手なことを克服できるものです。私は本当にこの時を境にして、宿泊行事や知らない人たちと一緒に何かやらされるのも平気になりました。最近の子供たちは、部屋にこもってゲームをやることが多くなって、尚更人間嫌いが増えていると思います。学校行事で、山ほどの人間だらけの中で、たくさんもみくちゃにされておいた方がいいと思います。

5月30日 時代の流れ

 ポケットベルがついに製造中止・・・ということは、ポケベルを作っていた会社は、他のモノを作らざるをえず、ポケベル製造専用の生産ラインは廃棄でしょうし、ポケベル一本に命を賭けていた会社は倒産ということになります。女子高生の間で飛ぶように売れてた頃、まさかこんなにあっさりと携帯電話に駆逐されるとは、まあ予想しにくかったと思います。ベエゴマ、レコード針等も、作っている会社は非常に少なくなったらしいですな。一部マニアのために生産を続けてくれているようですが、当然、主力商品とはなり得ないでしょう。「時代の流れ」という一言で片づけられるのは淋しい話ですが、商品の場合はお客のニーズがすべてですから、仕方ありません。教育業界でも、実は似たような事態が起こっています。高校の図書館には司書の先生が常駐していますが、2〜3年前から、これをリストラしようという動きが出てきました。専属の司書は廃止して、先生たちにかわりばんこでも何でもいいから、図書館の仕事をやらせちまえば、人件費が浮くということでしょう。この政策を打ち出した部署では、最近の子供たちは本を読まなくなったから、図書館の存在そのものすら無駄と考えていらっしゃるかもしれません。困るのは司書の先生方で、やむにやまれず、教員免許を取り直して「授業もやれる司書」になろうと必死です。さて理科の教員である私にも、リストラは他人事ではありません。理科の授業といえば、私より上の世代の皆さんは「物化生地」をまんべんなく習った記憶がおありだと思います。ところが、いつの頃からか「地学」が軽んじられ始め、今では地学を全員必修にしている学校はあるんじゃろか。どこの学校でも、岩石標本は物置の奥に押し込まれ、地学室という部屋では書道の授業が行われています。地学の先生たちって、今は何を教えているのだろう? で、地学の次は間違い無く物理の番。多くの学校で、物理は必修からはずされ始めています。「理科総合」なんて科目が登場したのでわかる通り、全員に難しいことやらせる必要なんかねぇんだ、ってことですから、物理だけしか教えませんっていう先生は、だんだん行き場がなくなるのです。これらは文句言っててもしかたがありません。ベエゴマしか作らないと言うなら、それは勝手ですが、食っていけません。時代の方に自分を適応させるしかないのです。
 でもやっぱり文句も言う。本離れの今だからこそ、司書の先生を軸に充実した読書指導を組織すべき時です。司書のリストラとはまさしく時代に逆行。理科離れについても然り。地学って、理科の中でも一番面白い科目です。(物理も負けてないけどね) 生徒が嫌がるから次々やめちゃえ、経費削減バンザイが今後も続くようなら、日本の教育は終了ですな。ゆとり教育も同じ。私は大反対!

5月23日 リピーター

 昨日はニューサウンドの本番でした。ライブハウスは満員で、うちのバンドとしては記録更新だったようです。二度三度と足を運んで下さる方、いわゆるリピーターの皆さんが増えているというのは、なんとも有り難いことです。何の経営でも、結局のところいかにしてリピーターを増やすかに尽きると思います。全国チェーンのファミレスが次々と出店するのは、経営が順調に見えて、実は全然逆だというのを聞いたことがあります。開店当初だけは大入り満員でも、年々必ず客数が減るので、それを新規出店でカバーしているのですね。最初少ないのに、だんだんお客さんが増えて行く・・・そんなお店が、本当に良いお店です。
 行きつけの床屋さんで、「床屋さんのお客って、100%固定客なんでしょ」と聞いたら、興味深い答が返って来ました。比較的新しいお店なので、当然のようにデータベースで顧客管理を行っていますが、固定客は9割だそうです。残り1割は新規客・・・つまり、近所に引っ越して来たばかりの人が、「試しにここで切ってみるか・・・」と思ったか、たまたま通りがかりの人が「髪でも切るか」と思ったかですね。客10人のうち1人が、そういう御新規様というのは、けっこう多いなと思いましたが、ご主人曰く、逆に固定客だと思いこんでいた10人のうち1人は、来なくなってしまうということの裏返しなのです。客が離れる要因の大部分は転居で、他はたぶん、何らかの不満を覚えて、他店に流れてしまうのでしょうが、引っ越すときに普通、床屋さんにまで挨拶に行かないでしょう。「来月転居しますので、もう来ませんよ」なんて言ってくれないわけです。だから床屋さんとしては、いつ何人の固定客が離れるかわからず、ただ統計的に1割が離れるので、新規客を開拓するための努力は常に行わないと、あっという間に経営破綻なのだそうです。
 私自身、いろんなお店のリピーターですが、リピーターを辞める時というのは、確かに瞬間的です。誰でもそうだと思うのですが、毎月必ず行ってたレストラン、毎年必ず旅行に行ってたホテルでも、従業員のちょっとした態度にムカついたら、もう二度と行かないですよね。レストランもホテルも、他にいくらでもあるのですから。クルマ屋さんなど、そのへん非常に敏感なようです。トヨタクラウンに乗ってた人が、いきなりそれを売って日産スカイラインに買い換えるのは、巨人ファンから阪神ファン、くらいの変化ですから、やはり大部分は固定客でしょう。私はホンダ車に乗っています。ある時ホンダのお店に、演奏会のための寄付をお願いに行ったら、そんなのうちはやってないよ、というお返事でした。試しに、「次はオデッセイやめて、グランディスにする」と言ってみたら、結論が変わりました。これは脅迫というやつですな。演奏会ができるのは、お客さんあってこそです。これからも、リピーターの方々、御新規の方々ともにご来場いただけるように、がんばりたいと思います。

5月 7日 続・自由演奏会

 大学生の頃、よく雀荘に行きました。どうせ仲間内どうしで行くのだから、誰かの家で卓を囲めばタダで済むわけですが、なんとなく麻雀に没頭できる雰囲気があるし、お茶等のサービスも嬉しいので、しょっちゅう行ってたわけです。1つ上の先輩で、授業にはほとんど出席せず、朝から晩まで麻雀をうち続けて留年した人がいました。(私も留年したが、麻雀が原因ではない・・・) 先輩は、仲間内の麻雀ではつまらなくなったらしく、大学近辺には寄りつかなくなり、新宿の「お一人様でも打てます」という看板の、いわゆる「バラ打ちの店」にばかり行くようになりました。彼はその後、プロの雀士になったというウワサを聞きましたが、大学を卒業したというウワサは聞きません。
 麻雀、囲碁、将棋・・・すべて、仲間内で楽しむのを主流としながらも、見ず知らずの人とお手合わせできる場が存在します。音楽でも、実は昔からそういう場はあって、ジャズのライブハウスではたいてい、月1回くらい「ジャムセッション大会」が行われます。コンボ(6、7人くらいまでの小編成だと思ってよい)は、もともとメロディー1コーラス分にコードが書いてあるだけの、簡単な譜面さえあれば、どうにでも演奏可能ですから、いきなり「初めまして。では本番スタート」も可能です。ある程度、腕に覚えのあるプレーヤーたちは、楽器1本持って、見知らぬ人たちの中に飛び込み、刺激し合ったり、交流の輪を広げられます。で、これを吹奏楽版でやっちゃったのが、自由演奏会でした。吹奏楽の世界に、そういう「バラ打ちの店」があればいいなあ、とは誰もが思っていたでしょうが、前回ご紹介したように、吹奏楽でそれをやるには様々な困難があるはずです。しかし、自由演奏会のシステムは、そういった困難が実に巧みにクリアされています。まず、ただの練習ではなく、コンサート形式になっている点・・・合奏していると、どうしても「あいつ間違えやがって・・・」とか、「こいつの歌い方、あわせにくい・・・」とか、他人に対する不満は、どうしても発生するものですが、コンサートの本番中に起きたことに限っては、不思議と寛容になれるものです。だから、演奏がどんなにズタボロでも、「いい演奏だった。楽しかった。」という印象だけを確実に引き出せます。選曲は、「必ずやる曲」「中学生くらいの時、必ず吹いているであろう曲」「マニアでもそこそこ楽しめる曲」「新作」「歌モノ」等幅広く、曲数も負担に感じません。現在このイベントは、杉山先生が日本全国の都市を巡回する形で行っていますが、数年後には指揮者の数も増えて、杉山先生の野望通り、たくさんの都市で同時開催、あるいは同じ会場で年4回とか月1回なんて具合に、発展すると私は予想します。杉山先生のアイデアと行動力の賜物であり、いち早く全面的バックアップを開始したYAMAHAの、先見の明を感じます。学校の授業も、なんかこういう斬新なアイデアで面白くできないかなぁ・・・と思うのは、「物理わっかんな〜い」という苦情の渦に毎日さらされ続ける私でした。

5月 3日 自由演奏会って?

 昨日、うちの学校を会場にして、こういう名前のイベントが行われました。これ一体何だと思いますか? って訊いても、絶対にピンと来る人なんていませんから、いきなり答を発表。朝9:30に楽器を持った参加者が集合して、午前中いっぱいリハーサル、午後2時から本番という演奏会で、普通の演奏会と決定的に違うのは、「誰が参加するのか、何の曲をやるのか」を知ってる人が、当日朝9;30まで誰もいない、という点です。極端な話、誰も来ないかもしれないし、500人くらい来るかもしれないし・・・ということ。そういうことが果たして本当に成り立つものなのか、私自身半信半疑でした。これが合唱だったらまだわかります。パートはたいてい3部か4部しかありませんから、100人来て「今日はテノールが多めだなあ」くらいのことはあるでしょうが、まあ何とかなるでしょう。しかし吹奏楽ではそうはいきません。パートが細分化されていますから、初対面の人たちどうしでジョイントコンサートをやる場合、どうしても事前に参加者を把握し、不足部分を再募集したり、ラッパの1st〜4thを曲ごとにどう割り振るか、という打ち合わせも必要です。しかし今回の場合、7曲分の譜面はパート別に10セットくらい山積みしてあって、勝手に好きなパートを持っていって、いきなり合奏というシステム。私の所属するバンド「Unison」も相当アバウトですが、これはまさに究極のアバウトさです。ところがどうでしょう。いざ蓋を開けてみると、50人くらい集まって、パートのバランスもまあまあ。合奏が始ると、これが結構どころか、相当に上手い・・・。悔しいですけど、毎週練習している、そこいらへんの市民バンドよりも絶対に上手かったのです。その秘密についての私の見解は、指揮者の杉山淳先生のカリスマ性でしょうか。先生を追っかけるようにして、凄腕のプレーヤーたちが集まっていたということはあります。他の会場ではどんな様子なのか、とても興味が湧いたので、今日は電車を乗り継いで、湘南の海から100mも離れていない、茅ヶ崎市立東海岸小学校体育館という所まで行ってきました。演奏者は昨日よりも爆発的に多く、200人くらい。曲は昨日の第1組曲(ホルスト)が無い代わりに、アルバマーと春の猟犬が入っていて、たしかに難曲は崩壊寸前の箇所がありましたが、それでもバンド全体の求心力というか、音楽としてのまとまりを感じる演奏なのが驚きでした。
 究極のアバウトさを持つ自由演奏会に対して、音程やタテ線に関する批評は意味がありません。そもそもイベントの発想、土台となっているものが違います。私は日常指揮しながら、だんだん神経質になってゆくことがあります。もちろんすべての箇所の音をきちんとハモらせて、気持ちのいい音で合奏したいと思いますから、神経質にならざるを得ないのです。しかし、そういう時に忘れてしまいやすいもの・・・それを、自由演奏会は鮮烈に呼び覚ましてくれます。これを読んだバンド関係者の皆さんは、是非一度だまされたと思って参加なさってみて下さい。詳細はこちらです→http://www.music-eclub.com/jiyuuensoukai/infoall.html

4月16日 クラスナンバー

 今年は2年1組を受け持っていて、昨年は1年1組だから連続1組で、1組の担任は通算4回目です。クラス分けそのものは均等分けで、最後はクジを引いたりするわけですが、じゃあ誰先生のクラスを何組にするか、というクラスナンバー決めは、まったく別の観点で行われます。1組は何をするのも一番最初ですから、悪い見本を見せてしまうと、後続のクラスがすべてだらける危険があります。入学式なんかその最たるもので、1組の子たちが返事の声が小さいと、もう学年全部が蚊の鳴くような声になります。整列してから動き出すのも最初、遠足のバスも1号車・・・次に何をさせるのか完全に把握していなければならない、というプレッシャーに打ち勝つ必要があるわけです。観光バスが数台連なって走るとき、一番偉い運転手さんが1号車に乗る、という話を聞いたことがあります。まあ、それは当然でしょう。先頭車が迷ったら大変ですからね。1組の担任も、共通する部分があると思います。教員になって少し経てば、そういった「1組の特殊性」が解ってくるので、私が新採3年目で初めて1組担任になった時、同期の若い先生たちが「すげ〜じゃん。出世頭だ」なんて賞賛してくれたもので、私自身も、1組を持たせてもらえたことで、「一人前と認められたんだな」と思いました。でも今年1組を持った理由は、修学旅行の担当をやってるので、やっぱり1号車に乗った方が都合がいいからという、それだけ。最近は別に何組でも、そんな違いがあるとは思えないです。どこの学校でも、行事担当者が1組、っていうことが多いのではないでしょうか。そういうことを一切度外視して、「オレは職員室から近い教室がいい」とか言って決める人も少なくありませんが・・・。
 クラスナンバーではなく、学校ナンバーにも、実は意味があるみたいです。私の小学校時代の恩師が校長先生になって、最初○○小学校という、比較的新しいところにいたのが、3年くらいで第1小学校に転勤されたのですが、校長という身分が変わってないのに、いろんな人が「ご栄転」という言葉を口にしていました。どうやらその市では、歴史の長い学校ほど格が上らしく、第1小学校が一番威張ってて、次が第2、その次が第3・・・。地名が付いてるだけでナンバーの無い、○○小学校みたいなのは、カス扱いのようなのです。ある市の中学校でも似たような話を聞きました。30校くらいある中学で、ナンバースクールと言われる第1〜第7中だけが、なんだか特別視されている雰囲気で、異動の内示がナンバースクールだった先生が意気揚々、その他だった先生が落ち込んでる、といった光景がありました。これは未だによく解りません。何はともあれ、1組担任業、がんばっていきます。

4月 5日 続・クラス分け

 明日は始業式。朝一番で、新クラス発表という楽しい仕事があります。うちの学校では、旧クラスに集合させておいて、旧担任が「1番○○君は、(ちょっと間を置いたりして)・・・△組!」なんて、一人ずつ発表します。渦巻く歓声と悲鳴・・・ああ楽しみだ。さて、前回はクラス編成の基本的な方法についてご紹介しました。今回は核心に迫ってみましょう。私自身は、どの先生がどの生徒を受け持ってもOK、が本筋と考えています。自分の趣味のサークル等を編成しているわけではなく、あくまで仕事としてやっているわけですから、「私はこの生徒だけはダメ」と言ってしまった時点で、本来はプロ失格なのです。・・・とは言っても、学年内で突出した大番長を、新人の先生に受け持たせて、他のベテランたちが小者を受け持つのも変ですから、ある程度の配慮はあってしかるべきです。皆さんも学生時代、大番長が毎年毎年おっかない先生のクラスに入れられてるのを、ご覧になってきたはずです。当然、意図的に取ったということですな。また、1年生の時におとなしい先生のクラスで大暴れした悪ガキが、2年になってもまたその先生のクラス、というケースもよく見受けられます。これは十中八九、その先生が引き続き面倒を見たい、と立候補したものでしょう。生徒たちの目からも、舞台裏が容易に推察できるパターンなので、後者の場合など、「先生偉いね、がんばって!」なんて具合で、たちまちヒーローになったりします。以上に共通するのは、先生が問題児を指名して取る、ということでしたが、その逆はあるのでしょうか。つまり「この子イヤだから、誰か他の先生持って下さい」ってやつ。まあ、ある程度は仕方無いと思いますが、度が過ぎると、クラス分け作業そのものが暗礁に乗り上げてしまいます。私が知っている強烈な例は・・・均等に分けたクラスをクジで引いた後で、苦手な子がいるので替えてほしい、と言い出す。まあしょうがない、じゃあどこがいいですかと尋ねると、どのクラスにも苦手ちゃんがいて選べない。結局どうしたいのかといえば、最初に自分の取ったクラスの中から、苦手ちゃんだけを抜いてほしいという。それも一人だけじゃなくて次から次・・・。替わりにどの子が欲しい?そりゃもちろん、真面目な良い子ば〜っかり。じゃあ最初に苦労して均等分けしたのは何だったのよ!と言いたくなるのは当然です。こんな先生が一人いると、1時間で終わるクラス分けが軽く3日かかり、しかもその3日間の大半は、その先生を説得するのに費やされるのです。あと多いのは、「○○ちゃんと△△ちゃんを同じクラスにすると、一緒に騒ぐのでは・・・」なんて占いが始まる展開も、「そんなの始まってみないとわからんよ。これでやってみよう」と打ち切る人がいなくて、みんなで「う〜ん」と下を向いてると、意味も無く長引きます。
 私の独断ですが、クラス分け作業が何時間何分で終わるかは、その学年担任団の力量を表します。短時間で終えられるということは、すべての先生が「よっしゃ、誰でも来い」で、不安を抱えていない証拠なのです。ほ〜っほっほっほ。今回、非常に短時間で終わったんですけど、始業式早々にサファリパーク状態になったりして・・・。

4月 1日 「定期」演奏会

 今シーズンも、たくさんの演奏会に出演させていただき、また聴きにいかせていただきました。ヒマ人と言われればそれまでですが、アマチュアの、しかも学生たちがやるイベントというのは、上手いヘタを超えた何かを感じられるものです。中でも「定期」が付く演奏会には、演奏者の気合い、思い入れ、そして当日を迎えるまでの様々なトラブル、葛藤が凝縮されています。中学や高校が定期演奏会を開催するには、先生にも部員にも猛烈なエネルギーが必要です。1つの演奏会を計画したら最後、寝る間も無いような日々を覚悟しなければなりません。顧問の先生は指揮者を務める場合が多いですが、極端な話、指揮棒を振ってる時間が、唯一気分が休まるひととき、と言ってもいいくらい、他の仕事が多いです。昔の永山高校など、てきぱき動く生徒たちが、役割分担も非常に上手くなされていて、演奏会準備の過程としては理想的だなぁなどと思っていました。それでも仕事量は超人的です。永山の定演は、ほぼ全曲を客演指揮者が振っていましたが、顧問はウラ方で手一杯なので振れない、というのがその理由なのでした。そんな大仕事を「定期」と名付けてしまったら、もう毎年そういう生活をします宣言に等しく、足を洗うことはできない・・・暗黒街のオキテのような話ですな。
 秋留台では第1回定演を実行するまでに、ずいぶん足踏みしました。規模の大きな演奏会もやったのですが、「定期」ではなく「特別演奏会」という名前にしました。部のエネルギーが不足と判断したら、中止と決めていたからです。時期が来たから開催するだけ、というような演奏会はやりたくなかったのです。実際、定演は第2回をやった後、私が在任中にもかかわらず2年のブランクを生じさせています。こういう方針で、「定期」と銘打っていながら、やらない年があったりする団体も、けっこうあります。しかし全く逆の方針もあります。数年前の久留米高校では、部員がどんどん減り、定演1ヶ月前頃になっても改善の兆しは無く、結局なんとたった2〜3人の現役部員と30名以上の賛助出演者で、定演をやってしまったのです。現役濃度が10%未満で、久留米高校の定演と呼べるか疑問だし、このイベントに意味があるんだろうか、と思った人も多かったでしょう。ただ、その数少ない部員は、本当に感動していたし、卒業後もずっと楽器を続けてくれています。この頃から、私の考え方は「たとえ一人でも、達成感と喜びを味わって卒業してゆくのなら、無条件実施」に傾いてゆきました。部員にやる気が感じられようがなかろうが、お構いなし。「初めに定演ありき」なのです。今年はまだ無理かな、と思ってる皆さん!来年はもう無理かな、と思ってる皆さん!まずはホール押さえちゃいましょ。何とかなりますよ。

3月26日 クラス分け

 担任をやっていると、3月後半以降やたら質問されるのが、「クラス分けって、どうやって決めるの?」というやつです。2年生に進級する生徒たちにとって、「来年は理科を誰に教わるのか」とか、「担任は誰か」なんてのは、寂しい話ですが2の次3の次です。何と言っても「誰々ちゃんと同じクラスになれるか」もしくは「嫌いな子と離れられるか」が重要ですから、クラス替えはこの時期の一大関心事になります。私も20年間にたくさんクラス分け作業をやりました。学校によって、或いは学年担任団の個性によって多少の違いはありますが、まず大前提になるのは成績順です。新しい学年が5クラスであれば、成績学年トップの子から順に、仮の1組、2組・・・5組にばらまいてゆき、6位〜10位の子を今度は逆順で5組から入れてゆきます。そうすると、仮1組には1位、10位、11位、20位・・・、仮2組には2位、9位、12位、19位・・・の子が入るので、最終的にクラス全体の成績が平均化されるわけです。こうやって基本を作っておいてから、他の要素によって一緒にした方がよい子たち、一緒にしない方がよい子たちをトレードしてゆきます。クラス対抗球技大会が盛んな学校なら、サッカー部員がばらけるように、合唱コンクールが盛んな学校なら、ピアノ伴奏の上手な子をばらけさせます。また、元々同じクラスだった子が大勢だったり、たった一人というのも不都合ですし、あるクラスに佐藤君が3人というのも煩雑なので、トレードの要因は多岐に渡ります。仮クラスになっているのは、この時点ではまだ、どの先生がどのクラスを持つか決まっていないことを意味し、誰がどこを持っても差し支えないように、均等化させるのが主眼です。現在はパソコンの普及のおかげで、最初の成績順に振り分ける所までは一瞬で終わるようになりましたが、そこから先の調整作業は、何時間・・・時には何日もかけて、全員で知恵を絞ってやります。そして調整が完了すると、いよいよ誰がどのクラスを受け持つか。教員にとって運命の瞬間・・・かと言うと、実はそうでも無い。生徒は大勢いるので、相性の良い子も悪い子も両方混ざっているに決まってます。どのクラスを持つかによって、その後1年間の仕事が、やり甲斐と喜びに満ちあふれるか、ノイローゼになりそうなほど苦痛の毎日になるか、なんて差は生じるわけ無いのだ。三沢中時代の5年間は、一般の方々はビックリされますが、5回ともクジ引き一発勝負で決めました。
 クラス分けについては、公務員の守秘義務違反にならない範囲で、ウラ話を紹介してゆきたいと思いますが、今日の訓話から得られる教訓は、「どうしても同じクラスになりたい2人は、成績学年1位2位を独占すべきではない」ということくらいですな。

3月17日 緊急特番・・・追悼・島元君

 私の学校の吹奏楽部員、フルート奏者で2年生の、島元恭介君が、「筋ジストフィー症候群」という難病と、約9ヶ月に及ぶ闘病生活の末、17才の誕生日を目前に、昨日帰らぬ人となりました。学校では今朝、臨時の全校集会が行われ、このことが伝えられました。いつもなら並ばせて静かにさせるのに一苦労する生徒たちも、今日ばかりは大多数が内容を知らされていないにも関わらず、ただならぬ雰囲気を感じ取ったようです。該当クラスだけが遅れて入場するまでの数分間、誰一人口を開く者も無く、じっと開会を待つのでした。吹奏楽部でも昼過ぎにミーティングを行い、部員に対して、月並みではありますが「しっかり学校生活を送り、楽器も上達して立派な演奏をすることが、何よりの供養である」という趣旨を、そして「命とはいかなるものか」を述べました。私自身、人の死に遭遇するたびに、「命とは・・・人生とは・・・」という問題で頭がいっぱいになりますが、最近たどりついた結論はこうです。

 人間はいつか死に、それが早いか遅いかの違いだけです。やりたいことすべてやりきってから死ねる人はいません。みんなやり残しを抱えたまま時間切れになります。だから、一人の人間の人生は駅伝の一区間のようなもので、残りは次の人に託すしかありません。普通の駅伝は、走り終えた人が車でゴール地点に先回りしたりしますが、「人類の歴史」という駅伝コースは、余りにも長すぎて、ゴール付近を見届けることさえも、誰にもできません。ただ次のランナーを信じて、「あとはよろしく頼む」とお願いするだけです。ランナーによって、長い距離を走ったり、ちょっぴり走ってすぐにバトンタッチしたり、距離も様々です。豪快なごぼう抜きで周囲の注目を浴びる人もいれば、淡々と一歩一歩進むだけの人もいるでしょう。でも走っていることに変わりありません。
 人生の駅伝には、もう一つ変わった点があります。タスキを何本も同時に背負って手、渡す相手も一人じゃないのです。具体的に私の例でいうと、当然自分の子供、それから教え子たち。私が20年間で教えた生徒の中には、私と出会ったがために音楽家になった人、私と出会ったがために教員になった人、私と出会ったがために理科系に進学した人・・・等々、可哀想な人々(?)がたくさんいます。自分のこれまでの走りを振り返ると、実に多くの人に影響を与え、もうすでに多くのタスキをばらまいています。これは教員という職業柄、影響が目に見えやすいだけで、皆さんもちょっと考えてみると、自分が周りに与える様々な影響に気づかれるでしょう。人間は一人で生きてませんから当然です。その影響は、次のまたその次ランナーにも影響を及ぼすはずですから、たとえ短い区間の小さな記録であっても、それは永久に消えることがありません。

 私が死ぬ時は、私の影響を受けた人々に、「じゃあ、後はがんばってね」と言うでしょう。自分の渡したタスキがさらにデカいタスキに成長したり、本数が増えたりするであろう楽しみと、何十億年という長いレースに確かな記録を残せた満足感を抱いているはずです。じじくさい言い方をしましたが、すでに満足しているわけではなく、やりたいことが多すぎて困ってるわけでもないのです。走れるうちはずっと走りたい・・・自分に与えられた能力でできる範囲で、少しでも良いタスキリレーをしたい。それだけです。「お前もう走らなくていいよ。次にバトンタッチの時間だ」というのは、運命の神様だけが決めることでしょう。

 島元君は17年という、余りに短い区間しか担当することを許されませんでした。しかし、驚くべき練習熱心さ、初心者で始めたフルートの上達ぶり、そして何と言っても、クラスの子たちに車椅子を押されながら、いつ治るという見込みも立たない、そんな時でさえも、周囲を明るく笑いの渦に巻き込む彼の性格・・・。それらが私たちに与えた影響は計り知れないものがあります。私はナイスランと誉めてあげたい。今コース真っ直中を爆走中のランナーである私たちは、ひとつ島元君からもらったタスキを背負って、全力で走り続けようではありませんか。そんな気持ちで、私は今後も仕事と音楽活動に励みたいと思っています。

3月11日 いわゆる○○って〜やつだな、こりゃ

 というセリフを言えるようになると、その道のエキスパートか、或いはオタク認定です。私はパズルものが好きで、学校でもよく「倉庫番」を解いたりします。(もちろん、勤務時間の合間の「休息時間中」にですぞ・・・) 何といっても醍醐味は、回答者の盲点を突いた「妙手」で、自力で解けた時の快感はひとしお。さて妙手と言えば、詰め将棋に勝るものは無いでしょう。私が高校生くらいの時でしょうか、毎月将棋雑誌の詰め将棋を解いていましたが、「香先香歩」という妙手を自力でクリアした感動は忘れられません。マニアックな内容ですので簡単に説明すると、千円札と1万円札を持っていて、千円で用が足りる場面で、1万円から先に使わないと絶対にゴールできないしくみの問題。こんな説明じゃ解るわけないか・・・。その問題の正解と解説が、翌月号に載っていたわけですが、解説者の先生も、もちろんこの問題を絶賛して、「これは新手なのだろうか」と書いてました。ところが、殆ど時期を同じくして、別の雑誌にも同様のタイプの問題があって、そちらの解説者は二上達也九段でしたが、特別感動している様子もなく、「これはいわゆる香先香歩というやつ」とだけ、サラリと一言触れてあったのです。いろいろ調べて見たら、やはりこれは昔からよく作られたタイプの問題なのでした。最初の解説者は、不勉強をさらけ出してしまったわけですが、逆に二上九段は、「別に大したことじゃねぇよ」と言わんばかりに、貫禄を見せつけました。
 私自身は、音楽でそういう体験があります。ピアノで遊んでて、たまたま「左手をハ長調で伴奏しながら、右手のメロディーを1音上のニ長調で弾くと、一見むちゃくちゃ変だけど、なかなか面白い響きが頻繁に出現する」ことに気づき、得意になりました。ジャズバンドに入れてもらったばかりの頃なので、早速仲間に「ちょっと聴いて聴いて」とやってみせると、「#11ってやつね。刺激的だけど、リディアンばっかりで弾くとしつこくなるよ」と言われました。ええっ、オレが発見したサウンドじゃ無いのか・・・。なんと和音もスケールも、ジャズのプレーヤーなら誰でも、極く当たり前に使う動きなのでした。赤面ものでしたが、そういう事がすでに理論体系としてまとめられていることを知り、天才作曲家気取りを中止して、理論の勉強に励むようになりました。今では、「こんな和音聴いたことないけど、直井さん、これ何のコードだと思いますか?」なんて聞かれると、「あ〜、これー9と+9が一度に入ってる、いわゆるダブルテンションって〜やつだ」とか、「このアドリブもよくありがちな、いわゆる増4ずらしって〜やつだ」なんて、やたらエキスパートっぽく、「いわゆる」の後に自分で作った造語を並べて話しています。

3月 1日 一貫教育

 中高一貫の学校が流行って来てるようで、都立高校でも近々そうなる所があります。いつもだと、都の教育行政のやることなすことに疑問を差し挟みがちな私ですが、これだけは実は賛成。前々から6・3・3制は、いかがなものか・・・という考えを持っておりました。私は最初中学の教員でしたが、入学してきたばかりの中1は、動物に見えちゃったものです。甲高い声を発し、ちょっと油断すると教室内は本当にサファリパーク状態。それが3年経って卒業の頃には、人間の言葉がちゃんと通じる大人になるから、「僕らの教育の成果だなぁ。こんなに立派に成長して・・・」と眼を潤ませます。ところが、高校の教員になってみると、今度は高1が動物に見えて来るんですな。サファリパークに立ちつくしながら、こいつら中学で何教わって来たんだ?と思うのですが、3年生くらいになるとやはり「うん、大人になったな。僕らの教育の成果だ」と感慨に耽ります。どうしてこういう錯覚というか、感覚の狂いが生じるのか考えてみたのですが、3学年しかいないから、最高学年の3年生は実はどんなに未熟者でも、立派に見えてしまうのではないでしょうか。中学の先生から見れば殆どお猿さんに等しいほど幼稚な小6だって、小学校の先生から見たら最高学年だから立派です。これが中高一貫だと、中1の生徒とそれを指導する先生が、日常的に高3と接する機会がありますから、目標とするレベルが高く設定できるでしょう。そんなことあるかよ、意味ねぇよ、というご意見も多かろうと予想されますが、部活のことに限れば、これは間違いなく有利です。下級生は何よりも上級生を目標にします。楽器の音色など、上手い上級生さえいれば、それだけで下級生は上手くなるのですから、目標とする先輩が中3しかいないよりは、高3までいた方が良いでしょう。中学と高校で先生が変わると、今まで白だったことを黒と言われて、混乱するケースが少なくありません。ブラバン顧問の中にも、「中学からの経験者は、ヘンなクセがついてて教えづらい。かえって初心者の方が伸びる」と言う方もいます。だから、中高一貫と言わず、小中高一貫でもいいくらいで、小学生から大人まで在籍しているようなサークル活動はまさに理想的です。私の所のブラバンでは、たくさんのOB・社会人の賛助出演者を交えてコンサートをやることがあります。部員が少ないからやむを得ずというよりも、そこから学べることの多さを考えると、最近はむしろ積極的にそういう形を取るようになりました。学校卒業と同時に楽器も卒業、というパターンが減るなら、長期一貫教育は大賛成ですな。

2月20日 占有面積

 って言葉は、不動産の広告なんかでよく見かけます。最近はみんな贅沢になってるのか、多摩地区の新築3LDKだと、70平米以下のものはほとんど見かけなくなりました。私たちが子供の頃といったら、40平米に満たない団地に、子供3人&おじいちゃんおばあちゃんまで、ギッシリ満員なんて家庭はザラでしたな。私も20才過ぎるまで、4畳半を弟と2人で分け合ってました。私はタタミ一畳分のスペースがあれば、悠々生きてゆけますぞ。(今、私のテリトリーは座椅子1個分・・・泣) もともと日本人は、狭いところは得意なようで、パチンコ屋みたいに超コンパクトに納まった状態で悠々とプレイできるのは、日本人だけだという話を聞いたことがあります。
 さて、楽器を使って演奏する場合、一人あたりの専有面積はどのくらい必要でしょうか。これも「極限状態」のような経験が何度かあります。つい先日の、バンドメンバーの結婚式2次会・・・。幹事の私がいち早くお店に到着し、普通の教室くらいの広さに、すでにセッティングされた、お客さん60人分の席を見ながら、「生演奏の企画があるんですけど、どこでやったらいいですか」と尋ねる。「ああ、ここでいいですよ」と指さされた場所はタタミ2畳分ほど。通常だとドラムセット1台組んだら一杯になるほどの広さです。私は顔から血の気が失せていくのがわかりました。この日の編成はドラム以外に、ベースギターもあります。そして何と管楽器が!上からFL1、CL3、Saxがアルトテナーバリ各1本、Tp2本、Tb2本、Hr4本、Eup2本、Tuba2本!ええい、どうにかなるさ。やっちまえ!ってことでセッティング開始。結局、人間1人がやっと通れるくらいの通路にも、ずら〜っと演奏者が並んで、やってみればできるもんですな。一番驚いてたのは店員さんたちですが、イヤな顔一つせずに、なんとか演奏が可能なように全力でサポートして下さいました。池袋の東京芸術劇場向かいB1F「パサロ」です。とっても親切なお店でした。以前、日野市の七生公会堂というホールのステージで、市民吹奏楽団と2つの中学校の吹奏楽部全員がステージに乗って、合同演奏したことがあります。このホールは、最近うちのバンドがよく本番で使っていますが、30人でもかなりキツキツの印象なので、もっと大人数の場合は、椅子を使わず全員立って吹いたり、あるいは客席に入り込んで吹いたり、という策が必要です。しかしその時は間違いなくステージ上で座って吹きました。70人いたはずです。うちのバンドでこの話をしても、誰も信じてくれません。ずっと昔、超満員の通勤電車内で、突然一人の男が懐から刃物を取り出す、という事件が報道されました。乗客がよけて、その男の周囲に径1mほどの空間が生じたそうです。詰めれば詰まるものなんです。

2月11日 インフルエンザ

 一人暮らし時代というのは、本当に自由気ままで、楽しいことも多かったですが、非常に困ったのは、一度だけやられたインフルエンザです。10年間でただ一度だけでしたが、これはもう極めて危険。インフルエンザって、症状が風邪と似ているので、最初はわからないことが多く、いよいよ熱が40度近くになって、何日も苦しんでから、ようやく「もしかして、これってインフルエンザ?」と思うのです。
 その日は朝から熱があったのですが、たいてい授業やってる間に治ることが多かったので、普通に出勤しました。しかしますます寒気がひどくなる・・・。昼には熱が38.5度まで上がり、「まだ大丈夫・・・。部活やれば治る」なんて思ってると、同僚から「顔色悪いぞ。もう帰れ」と言われ、たまたま午後授業が無かったので、珍しく休暇取って帰りました。風邪は1日寝れば治るはずだったから、とりあえず寝る。しかし・・・熱が下がらん。うわぁぁぁ39.5度。翌朝は、必殺の対症療法薬を使用。その名はパブロンSゴールド顆粒! こいつは市販の風邪薬の中では最強の威力。薬が効いている間は、寒気等がウソのように収まるので、授業3コマやり遂げる。だが再び高熱の予感。3コマ目は、目の前にヴェールがかぶさったような、もわ〜っとした感じで、何しゃべってるかもよくわからなくなってきたので、やっぱり早めに退勤。この翌日は、当時まるまる1日休めた「研修日」なので、ここでしっかり回復させようと思ったが、高熱時に特有の変な夢を見てはすぐに目を覚まし、食欲も無い。でも何か食べなければ余計に衰弱するなぁ。ところが、夜になって冷蔵庫に何も無いことに気づく。もしかして、かなり危険な状況?熱のせいか、気持ちも弱気に傾いてきました。最悪の体調のまま、車で近くのコンビニへ走り、果物やヨーグルトを買い、帰宅して再び倒れ込む。結局食べられず。「明日の朝、死体で発見されたらイヤだなぁ」なんて、本気で思いましたな。こういう時は、誰かにSOS頼めばいいのでしょうが、移しちゃうのも悪いと思うから、皆さんどうしてらっしゃるんでしょうね。結局その翌日になっても熱はまったく下がらず、再び必殺パブロンで授業やってから、ようやく病院に行き、「インフルエンザだ。熱はいつからだ?・・・ええ?なんでもっと早く来ないんだ?辛かったろ?」と言われました。
 インフルエンザに対する薬は、ずいぶん優秀なのができてるらしいので、皆さんも「あれ?熱が異様に高いな」と感じたら、すぐに病院行くことをお奨めします。生徒がたくさん休むこの季節を迎えるたびに、あの辛い辛い数日間を思い出します。

2月 5日 いやなの後回し

 誰だって好きなこと優先、いやな仕事は催促されても耐えまくり、いよいよ限界点が近づいたらやる・・・。そういうもんでしょ。最近の私の態度はまさにそれです。先日、音楽の先生から、卒業式で使う「校歌」の譜面をきれいに打ち直したい、というご相談。ハ〜イ待ってました、そんなことならお任せ下さい。職員室のパソコンで、横で待ってていただく間に終了。ものの30分足らず・・・恐るべき集中力!本日も、別の曲の譜面についてご相談あり。「ヒマな時でいいから見おいて下さいな。そんなに急ぎませんから」と言われて数十分後くらいには完成。吹奏楽関係の皆さんから依頼を受けた仕事も、だいたい早いので驚かれます。直井さんは、頼んだ仕事はすぐやってくれる、と思って下さっているに違いありません。しかし、まったく逆のことを感じておられる方も多いはずです。その代表はズバリ教頭先生。おっと、このHPの愛読者でいらっしゃるから、マズイな・・・。私の大嫌いな仕事は、「週案」と「自己申告書」を書くことで、常に期限ギリギリまで粘ります。自分としては徳俵に両足かかるくらい粘ってるつもりなんですが、お伺いしたところワースト5位だそうで、まだ上に4人もいたのかと、ちょっとビックリ。
 学校の先生という仕事そのものは、全然イヤじゃありません。以前はイヤだったこともありますが、四十にして惑わず。自分の仕事は社会貢献している、という確かな実感があるし、今自分が退職したら、今後18年間で日本の理科嫌いは数千人増える計算だ、などという不遜な気持ちさえあります。授業は公演活動だと思ってるから楽しいですし、実験の準備なんかも全く苦にはならないのです。しかし、あの意味不明な書類書きだけは、1文字書く毎くらいに「何でこんなの書かなきゃならんのよ!」と思ってしまいます。週毎の授業計画なんて、新採以来20年間ず〜っと自分独自の書式で作ってるよ。まさしく2度手間ってやつ。自己申告書が導入された年に、「今年の目標」を本気で真面目に書いて提出したら、その時の校長先生から、「すごくいいけどね、数値目標を入れろって言われるんよ」とのアドバイス。そこでこんな風に書き直す・・・「各学期にノート点検7回以上」。で、「8回点検できた。目標達成!」とか書くわけだ。意味不明だろうが心にも無いことだろうが、書きゃいいんだろ、と割り切ればきっとすぐ終わるんでしょうけど、いやだ無駄だいやだ無駄だ・・・と思うから、10分やったら30分休憩、というペース配分になりがちです。宿題を後回しにする良い子の皆さん、「あなた方の気持ちが良く解る」と言いたいところですが、宿題は君たちのためになる、意味のあることですから、喜んでやるように。


1月31日 理科の準備室

 うちの高校では、閉校に向けた物品の整理がスタートしました。事務室の皆さんと共に、備品台帳に載ってるやつを片っ端から調べて、よその学校に譲って使えるかどうかを判定してゆきます。だいたい理科の準備室というのは、得体の知れない怪しげなものばかりあります。理科の先生は個性豊かな人が多いですから(簡単に言うと変人揃い)、人によって使いたがる物品の種類が大きく異なります。昭和51年開校当時からの物品は膨大な数にのぼり、中にはここ10年以上全く使われた形跡の無いものとかあります。あと、理科教員である私が見ても、何のための装置だかわからない・・・という備品も。事務職員の方は、照合しながらおそらくイライラされたはずですが、歴代の先生の誰かが買って授業で大活躍した物であっても、人が交代すると無用の長物になってしまうのは、よくあることなのです。整理作業の中で難関は、「あるはずの物が無い」ではなく、「無いはずの物がある」時です。多い例としては、ぶっ壊れたテレビやラジカセ。たぶん粗大ゴミ置き場あたりから拾って来て、教材用に解体したものでしょう。あとは不思議なことに、スキー板とかタイヤチェーンなんてものが、よく発見されます。スキーが曲がれる理由とか、雪道で摩擦係数を上げる工夫を、力学的に説明しようとしたのか、単に自宅の物置が狭かっただけなのかは、今となっては不明です。
 転勤したばかりの理科の先生は、よく古巣に物を借りに行きます。他の実技教科でもそうでしょうが、いきなり新しい学校で、そこに備え付けの備品に合わせた授業をやれ、というのは無理があります。自分の授業スタイルに合わせて、前任校で長年かけて揃えた備品を借りれば好都合なわけで、新しい学校でも何年かかけて、同じような備品を揃えてゆくでしょう。ところが前任校の方では、その先生がいなくなったとたん、全く使われなくなった備品が発生するので、考えてみればもったいない話。そこで提案・・・。転勤時に、人間と一緒に備品も異動できるようにしたら如何?もちろん残った先生が「そんなもん、お前以外に誰も使わねぇよ」と言った品に限る。部活でもそういうことが可能だったらいいなあ、と思うことがあります。やっぱり、異動サイクルをあんまり早めるのは考え物ですな。

1月23日 緊急特番「尿管結石」!

 本日は訓話の内容をすべて変更して、(と言っても、もともと計画があるわけではないが、)「尿管結石の恐怖」について、特集いたしましょう。若いからといって、暴飲暴食を繰り返してる皆さん、ツケは必ず払わされますぞ。

 1月20日夜、突然の脇腹痛はかなりひどく、吐き気も併発。食当たり?メンチカツ揚げながら、郁恵さん「お肉、火が通ってる?」と聞いたが、私はいつも見もしないで「大丈夫」と答えて食べるクセがある。今日はついにやられたか?いやそれはあり得ない。だって、同じ物を食べた他2人がぴんぴんしてるのだから。少し吐いて正露丸を飲んだら収まる。

 1月21日午後3時頃、学校内にて脇腹痛再発。昨日よりひどそうなので、職員会議をパスさせてもらい、即帰宅。かかりつけの内科医へ。症状から結石を疑われるが、尿検査の結果がシロ。つまり血尿が出てないため、腸の炎症の可能性が強いと診断。これは十分に納得する理由があった。ここんとこ学校の方が大変で、ストレス度は多分校内No.1だったはず。ただし、お医者さんのアドバイス・・・「痛みが3時間続いて、増加傾向にある場合は、救急車を呼べ」 頭の片隅にしまっておこうと思った言葉だが、翌日に実行することになろうとは。

 1月22日午前6時少し前。激痛で飛び起きる。前の2回は1時間程で収まったから、7時までの辛抱だ、などと思っているが、そんな場合ではなくなってきた。ひどくなる一方で、どう考えてもアカン。自分で歩けるうち、意識があるうちに何とかしよう。まず学校に電話。それから、ふだんだったら救急車に乗るのは抵抗があるはず。こんな晴れた朝にマンションの前に救急車が来たら、注目の的になってしまう。でも、そんなこと考えてる余裕が無いくらい痛いから、もう無意識的に119番押していた。パジャマの上にコートだけ羽織って、サンダル履き。財布と保険証と電話だけは、最後の力を振り絞って持参。

 救急車は、生徒の付き添いで何度か乗ったことがある。こういう言い方は不謹慎だが、あんな快適な乗り物は無いと思う。他のすべての車を止めて、ノンストップで走れるからだ。昨日の朝も、その快適さを満喫するために外を見たくて、「大丈夫、座ってられます」と言ってはみたが、すぐに痛くて倒れ込み、脂汗ダラダラでうんうん唸っていた。救急車は、実はなかなか発車しない。救急隊員さんたちが、ある程度症状を見て、それから行き先を決める。血圧なども測られて「高木病院を訊いてみますが、よろしいですか?」と質問された。こんな時、銘柄にこだわる人なんているんだろか?でも、あそこだけはヤメテ!みたいな有名ヤブ医者とかあるだろうから、一応は訊くんだな、などと思いながら、「は・・・い・・・」とうめく。ようやく発車し、近代的設備の高木病院に搬入された。この病院は、急患に慣れているっつ〜か、力を入れているのだろう。スタッフがものすごくテキパキ動いて、無駄の無い感じだった。ドラマ「救命病棟24時」をそのままナマで見るような印象。

 痛みは増す一方で、ピーク時には本当に唸ってました。陣痛というものを経験できない我々男性にとって、これくらい痛いのって他にあるだろうか?痛み止め入りの点滴くらいじゃ効果ナシ。じゃあってんで、注射が登場。最初からこっちを出してよって感じですな。これも少し和らいだ程度ってゆ〜か、意識がもうろうとなってきた。移動式ベッドでうとうとしたままX線とかCTスキャン、エコーなどの検査会場を回っていて、「息を吸って〜止めて〜」なんて指示も半分夢の中。

 いつ痛みが再発するかわからないので、この日はとりあえず入院しながら1昼夜、尿の流れを良くする点滴を打たれる。腎臓から来ている尿管を弛緩させる薬を併用して、引っかかってた石を流し出すというわけだ。大きいやつだと、そう簡単には出てこないので、外科的な方法が採られるらしい。郁恵&弦太が家まで言ったり来たり、荷物を持ってきてくれたり、手続きをしてくれてる間、薬が回ってるのかずうっとウトウトしていた。院内にインフルエンザが流行ってるせいで、家族は早々に帰され、食事も禁止されてお茶だけ飲まされてる私は本当にやることが無いから、仕方なく昼寝。気が付いたらもう夜で、今度は本格寝、で、気が付いたらもう朝。他の患者さんが朝食中もぐっすり寝た。午前の診察で退院許可が出て、会計伝票が午後3時過ぎにできるというから、それまでの間も熟睡。数年分の睡眠不足を一挙に取り返した。

 仕事を休むということについて、自分自身に非常に抵抗がある。昔の同僚の中に、ズル休み常習犯がいた。表向き病欠だが、ある日こっそり真実を話してくれたことがある。翌日の授業のプリントができてない時に、自動的に病気になるのだそうだ。年間20日は権利だから、罪悪感は無いという。こういうのが、どうも私は理解できない。今回、この2日間でかけた迷惑は計り知れない。にもかかわらず、職場の皆さんバンドの皆さん、本当に優しくて涙が出る思いだし、健康管理がいい加減だった自分を深く反省している。

 最後に、尿管結石予備軍と思われる皆さんにアドバイス。次のような人は、かなりの高確率で私と同じ経験をします。@ビール大好きAラーメン大好きB夜寝る前に何か食うの大好き 結石は夜間の尿が濃縮されて形成されるから、石の元になる物質の濃度が、特に夜間に上がるのが禁物。夏場のビールは、激しく水分不足になるので最も危険。予防策はとにかく水分補給。目標1日おしっこ2リットル。私のような経験者は、再発の可能性が高いため、さらに注意を要するそうです。でも、あんな痛い思いするのは、二度と御免なので、ビール制限も甘んじて受け入れます。(いつまで続くかな・・・)

1月13日 何でだろ〜

 今頃駅伝の話題というのも、すでに賞味期限切れみたいですが、我が家では本日七草粥をいただいたくらいですから、別に良いではありませんか。余談ですが、車につけた正月飾りを、いつまで着けたまま走れるかというゲームをやったことがあり、2月3日の節分まで耐えて優勝したのも私です。
 テツ&トモの「何でだろう」が大ブレイクする中、駅伝にも「何でだろう」と思うことが、いくつかあります。まず中継所でのシーン。大半のランナーが精魂尽き果てて倒れ込みますが、最後の力を振り絞って必ず実行すること・・・それは「腕時計のスイッチを押す」です。伴走車が禁止になって以来、ランナーは自分でタイムを管理しながら走らなければならないので、1キロ毎とかのラップを取るために時計をいじるのはわかります。しかしゴールした時に、なぜタイムを測る必要があるのだろうか? 後の反省材料として大いに役立つでしょうけど、誰かが測っててくれそうなものです。これはまさしく何でだろう〜。誰か専門的な知識をお持ちの方に、お伺いしてみたいものです。ところで、箱根のスターたちの進路は、たいてい実業団駅伝なので、翌年の元日に、あらためてテレビでお目にかかることができます。これってもう限りなくプロスポーツに近いですよね。で、日本人が大の駅伝好きとなれば、元日だけでなく、しょっちゅう試合をやってテレビ中継すれば、プロ野球には及ばなくとも、Jリーグより高視聴率が出せるんじゃないかしら。少なくともVリーグには必ず勝てるでしょう。プロ駅伝リーグ・・・名付けてEリーグ! いかがですかねぇ。んんん、JRのE電みたいな安っぽい響きだな。そういえば昔、教員採用試験で学芸大生があんまり面接が上手いので、「プロ面接集団」てのがあったら面白いだろうな・・・名付けてMリーグ、なんて考えたことがありましたが、いえ別に、それだけです。やっぱり陸上は調整が大変だから、試合が毎週とかあったら無理なのかしら?
何でもかんでも「何でだろ〜」と思うのは、理科教師の本能かもしれません。生徒たちにも、どんどん「何でだろ〜」と思ってほしいと願っております。

2004年1月4日 5金3金3出に物申す

 新年あけましておめでとうございます。毎年のことですが、2日、3日はスタート時刻の8時より前に起きて、5時間以上テレビに釘付け・・・もちろん箱根駅伝です。同じCMが何十回も登場するので、ビールのジョッキでリズム取るお行儀の悪い人々や、38才のグランディスという意味不明のコピーが脳裏に焼き付いてしまいました。まあそれはいいとして、結果は駒沢の3連覇に終わりました。私は元来弱い者を応援するタチなので、「連覇」するチームを敵として設定し、連覇を阻む側を応援します。だから今年は非常に悔しかったのですが、逆に来年はさらに応援に熱が入るでしょう。阪神ファンが「巨人が強い方が燃える」と言うのと似ています。強いチームが、憎らしいくらい強いから、それをやっつけようとするチームとの間に、ドラマが生まれるのでしょう。巨人軍のV9とか、大鵬のV6とか、いや〜憎たらしかったですねぇ。だから来年は、絶対に駒沢をやっつけてほしいけど、心のどこかには駒沢がV4を達成して、さらに憎たらしい存在になることを期待する部分もあるのです。ううむ、複雑な心理状態だ。さてこんな時、大会を主催する側が、「駒沢は強すぎるから、来年は1回お休みさせて、他の大学に優勝のチャンスを与えよう」なんてやったらどーなるでしょう。見てる側がつまらないのはもちろんですが、やってる側も、お情けで優勝させてもらって嬉しいでしょうか。吹奏楽のコンクールでは、これに等しいことが平然と行われています。以前は全国大会で5年連続金賞取ったら、翌年は1回休み、いわゆる5金の制度だったのが、いつしか3金になり、今では3年連続出場したら1回休み、つまり3出になっています。野球だったら甲子園に3年連続出場すると、翌年は地方大会にもエントリーできないということになりますから、PL学園なんてしょっちゅう休まされるだろうし、打倒PLをスローガンにがんばってたチームは拍子抜けしてしまいます。音楽だってコンクールと銘打った以上は、純然たる勝負事ですから、何十連覇するチームがあったっていいじゃあ〜りませんか。巨人軍みたいに財力に物を言わせて全国から名選手をかき集めたり、勝つためには手段を選ばない、みたいなチームが何連覇かしてる方が、やっつけようとする側には気合いが入るというものです。勝負事を中途半端に小細工してつまらなくするのなら、いっそのことコンクールという方式そのものを考え直すべきではないでしょうかねぇ。駒沢V3を見ながら、そんなことを思いました。