今日の一言(2000年12月分)

  職員朝礼での社長訓話集     一つ戻る  最新版へ戻る  

ビートとビット    (12・31)
我慢と苦労     (12・24)
トラブルへの対処 (12・19)

本番での失敗   (12・18)
演奏者とお客さん (12・13)
続・風変わりな指揮(12・11)
風変わりな指揮  (12・ 7)
短期決戦     (12・ 6)

12月31日  ビートとビット

 あと2時間ほどで20世紀が終わりますが、過去を振り返るよりは、未来のことを想像しながらウキウキするのが好きです。私の興味関心は、何と言っても音楽とハイテク技術の未来です。これについては以前にも論じたことがありましたが、世紀末にあたって改めて考えてみます。20世紀終盤のコンピューターの発達ぶりについては、今さら言うまでもありません。これは加速度的な進歩で、1ヶ月ぶりくらいに電気屋さんへ行くと、もうパソコンコーナーの最新機種はガラリと入れ替わっています。だいたい、私が最初に買ったパソコンは8ビットマシンで、16ビットという言葉が夢のような響きを持っていました。正直なところ、21世紀になる頃には、誰もが普通に16ビット機を使っているのかなあ、なんて想像していましたが、実際はもう32ビットの時代です。
 ところで、その頃私は、リズムのビートの細分化についてもある予想を立てていました。ご存知のように、4ビートから8ビート、16ビートという具合に、ポップスのビートというものは、より細かいものが出現してきました。このまま行けば、いつか32ビートというリズムが普通に演奏されて、若い子たちは32分音符単位のノリで踊ったりできる時代が来るのでは、なんて考えたものです。さて、パソコンが32ビットになった今、32ビートのリズムの方はどうでしょうか。20年近く前でしたか、TOTOというグループの何とかという曲が、1小節32個のハイハットを刻む曲で、「おっ、ついに出たか」と思いましたが、主流になったとは言えませんでした。しかし、ここ最近32ビートは確実に広がりつつあります。SMAPの「らいおんハート」の伴奏には、32分音符主体の細かいフレーズがたくさん出てきますが、こういうタイプのものが他にも多く見られるようになりました。21世紀にはけっこう当たり前になるのではないかと思います。やがて64ビットのパソコンと、64ビートの音楽も登場するかもしれません。ただ、パソコンでは今時8ビットマシンを好んで使う人はいませんが、音楽では8ビートが劣っているということではないので、8ビートは8ビートでずうっと演奏され続けるという所だけが違いますが。というわけで、そろそろお蕎麦の準備も整ったようですので、皆様よい21世紀をお迎え下さいませ。

12月topへ
         

12月24日  我慢と苦労

 ファーストフード店や牛丼屋では、注文してから品物が出てくるまでが非常に速く、それがセールスポイントでもありますが、私としてはこれが逆に不満です。ラーメン屋さんでは、麺をゆでるためにどうしてもある程度の時間を必要としますが、待たされている時間に期待感が高まり、ピークに達した頃ラーメンが登場し、おいしくいただけるわけです。欲しいものが即座に手に入る状況は、逆に大切なものを失わせるようにも思えます。
 私が天文に興味を持ったのは、中学1年になってすぐでしたが、ちょうどそれが梅雨入りの頃でした。星を見たくても曇ってて見えない日が何日も続き、星を見たい欲求が加速度的に増大しました。もしも興味をもった時期が冬場だったら、あんなにお星様に熱中しなかったでしょう。さらに、初夏の夜空はそれほど賑やかではありません。私が見たかった「オリオン座のガス星雲」や「すばる」といった、きらびやかな面々は、明け方近くにならないと顔を見せません。何日も徹夜したり、4時頃起きだしたり、苦労をものともせず、がんばったものです。
 昔、市民吹奏楽団の団長をやっている時に、活動への援助強化を求めて、市長さんに陳情に行ったことがありますが、選挙前だったせいか、とても気前の良いお返事をいただくことができたのですが、選挙後は「自分たちの好きなことは自分たちで苦労する方が良い」とおっしゃいました。当時は「やっぱりな・・・。このタヌキオヤジめ」と思いましたが、もしかすると親心だったのかもしれません。苦労して手に入れたものは、価値が大きいのです。そこへいくと、うちの弦太さんなど、3歳にしてすでに本物のドラムセットで練習できたりして、ちょっと甘やかしすぎかなと思います。私も幼少の頃から打楽器、特にドラムセットに興味をもっていましたが、バケツをひっくり返して箸で叩いたり、小学校では保健室に通って、脱脂綿なんかを捨てるためのペダルが付いたゴミ箱で、ハイハットを踏む練習をしたものでした。(あれって、踏むと開くから、今考えると逆の練習だったかも・・・) みなさん、苦労をバネにがんばりましょう。
12月topへ

12月19日  トラブルへの対処

 本番で発生するトラブルの種類は、非常に多岐にわたります。周到に準備ができる定期演奏会よりも、ステージリハーサルさえできず、秒刻みのタイムテーブルで動くコンクールの方が、トラブル発生の危険度は大きいのではないでしょうか。本番中に譜面台が倒れたとか、ミュートがはずれて落っこちたなんてのはかわいい方です。緊張の余り、出演者が本番直前に貧血で倒れるとか、出演者全員の乗ったバスが渋滞に巻き込まれて、到着したのが本番数分前だったとか、いろいろあります。かつて高校の全国大会で、楽器運搬車が着かず、全員が他校の楽器を借りて、暗譜で演奏したということもありました。トラブル発生時の心構えとしては、前回お話したように、別に他人のせいにしなくてよいですから、気持をすぐに切り替えて、残りにベストを尽くすことしかありません。それができないと、よけいに傷口を広げてしまいます。これも経験を積むことによって、すぐに次善の策を立てられるようになるものなのでしょうか。
 貧血で倒れる例に戻りますが、座って演奏することが多いブラバンと違って、長時間じっと立ったままの合唱では、けっこう倒れる人は多いです。長いミサ曲なんかで、歌ってる最中にバッタリいっちゃうシーンを、私も何度か見たことがあります。一度、最前列の人が、ほぼあお向け状態で倒れてしまったことがあり、お客の私たちは心配で固唾を飲んで見守っていました。両隣りの団員が、一瞬指揮者の方に「歌うことを中断して介抱すべきか?」という視線を送り、指揮の先生は、倒れた団員を運び出しなさいと、サッと手で合図を送りました。数名が抜けた状態の合唱団は、まるで何事も無かったように演奏を続行しました。倒れた人も、すぐに元気になったらしく、組曲の曲間で復帰してきて、場内から大きな拍手が沸きました。その当時、自分がもしあの指揮者の立場だったら、たぶん動転してしまい、指揮どころではなかったろうなあ・・・と思ったものです。でも、全体の演奏を中断したからといって、倒れた人がより早く回復わけでもありません。指揮者には感情が激しそうに見えても、意外に冷静な人が多いです。オーチャードホールでマーラーの1番を聴いている時に、震度3の地震が来ました。この時の指揮者も演奏を中断しませんでした。中断したら客席がパニックになっていたかもしれません。この指揮者はそういう判断で続行したのか、ただ地震に気づかなかっただけなのかは判りません。

12月topへ

12月18日  本番での失敗

 お陰さまで、Unisonの第2回定演が無事終了しました・・・と言いたいところですが、厳密には無事ではありません。どんな演奏会でも、一人につき一つ位は「あちゃ〜」という失敗をしているものです。誰にもバレないで済むくらいの軽いミスから、大部分のお客さんにバレるような重大なものまでいろいろありますが、要するに程度の差だけであって、失敗なんてゴロゴロ存在しています。おとといは第1部でティンパニを担当したのですが、「オリエント急行」という難曲のことで頭がいっぱいで、「海の歌」で油断が出ました。この曲最大のクライマックスにあたる、フォルテ3つのアクセントを、2小節早く爆発させてしまいました。まあ気づかなかった人も多いでしょうが、もしもゲーセンに「ティンパニ・マニア」というゲームがあったとしたら、この1打でゲームオーバーになってもいい位のミスです。
 ただ、自分でもえらいなあと思ったのは、ミスに気づいた瞬間「あちゃ!やってもうた!」と思うのですが、そこですぐに気持を切り替えて、2小節後のティンパニソロはきちんとやれたことです。当然、ミスったような顔は見せません。中学生の頃から「本番でミスしても絶対知らん顔しろ」と叩き込まれていましたし、音楽の世界ではこれは常識のようです。ミスや反則したらすぐ名乗り出る球技の世界とは、だいぶ違います。私のドラムの師匠であるY先生は、レコーデイング中にマイクをひっぱたいてしまったことがあるそうです。当然、「ガシャ」とか何とか、すごい音が一緒に録音されてしまったはずですが、近くのプレイヤーが目で「黙ってろ。とぼけてろ」と合図するので、そのまま最後まで演奏し、何と、リプレイしても誰も気づかなかったので、そのままOKになってしまったとか・・・。たまたま強烈なフォルテの音と一緒にぶっ叩いたかなんかで、上手い具合に気づかれなかったのでしょう。演奏のミスは「バレなきゃいい」のです。
 人によっては、「ミスったら隣りのプレイヤーを睨みつけろ」という教えを説いています。他人のせいにしちまえということです。これをやられたら、ハッキリ言ってたまらないので、そういう人がミスった時は即座にそっちを見ることにしています。先制攻撃しないと罪をなすりつけられるので、やむをえません。もっとも困るのは、指揮者が拍子を間違えて振ったために何人かが飛び出したような時ですね。睨み付けたりしなくても、お客さん側からは、プレイヤーが一方的に間違えたように見えてしまいます。私も時々楽屋で謝ったりしたものですが、謝ったところでお客さんの誤解が解けるわけでもなく、プレイヤーの怒りも収まらず、指揮者ってつくづく有利な立場だなあと思ったものです。次回は、私が実際に経験した重大ミスを題材にお話を続けましょう。
12月topへ

12月13日  演奏者とお客さん

 土曜日のひよどり山音楽祭に、ゲストとしてアフリカの音楽家が招かれていました。彼はこういうことを言いました。「アフリカの音楽には、お客さんというものは存在しない。なぜなら、常にその場にいる全員が演奏に参加するからだ」・・・。そう言えば、うちの学校の芸術鑑賞教室で演奏した、アフリカン・エキスプレスというグループも同様のことを言い、客席全員に立って踊ることを要求し続けていました。そういうのが当たり前の音楽家にとって、黙って注目されて聴かれることには非常な違和感を覚えることでしょう。ジャズも似たようなところがあって、掛け声の一つもかからない演奏会は大変やりにくいものです。
 多くのクラシック音楽会では、演奏者とお客さんの間に厳然とした壁を感じます。演奏者は舞台袖から出てきて舞台袖へ引っ込むだけで、客席のお客さんとやりとりすることはめったにないでしょう。こういう違いは、ジャンルが違うんだから別に仕方がないし、いいじゃん、と言ってしまえばそれまでですが、私個人としては、会場にいるみんなで楽しさを分かち合うというアフリカの音楽文化は素晴らしく、音楽の本来の姿かなあ、なんて思います。日曜日の所沢での演奏は、実は某所の忘年会に招かれての演奏だったのですが、もう誰も彼もみんな仲間という感じで、歌って騒いでそれは楽しい雰囲気でした。これからもいろいろな演奏会をやる中で、お客さんとの垣根をいかに取り払うかということを、重点課題として考えてゆきたいと思います。

12月topへ

12月11日  続・風変わりな指揮

 非常に個性的な指揮者として、私の印象に残っているのは、指揮者兼評論家の菅野浩和先生です。私が男声合唱団に入って間もなく、東京コールユニオンの演奏会で中央大学グリークラブとご一緒したとき、初めてこの指揮を拝見しました。それはどこが1拍目だか絶対にわからないような指揮でした。2拍とか4拍を一つにまとめて振っているというのでもなく、むしろ両手は非常な忙しさで動かされており、1音符ごとに何らかの指示をしているようにも見えました。一度、中大のメンバーに「よく歌えますねえ」と言ったことがあるのですが、「それが、実は歌いやすいんですよ」という返事でした。それを確かめられたのは大学3年のコールユニオンで、私自身、菅野先生の指揮で歌えるチャンスが巡ってきたわけです。それは圧倒されるような指揮でした。先生は指揮台というものを置かず、右端から左端までを縦横無尽に歩き回り、時には走り回り、フォルティシモでは両手をカマキリのように振り上げたまま痙攣されるのでした。次の瞬間には、私たちは菅野先生を見失い、キョロキョロ探したあげくにようやく、ピアニシモを表現するために小さくしゃがみこんでいる先生を発見しました。 おそらく斎藤秀雄流の基本的な指揮法を度外視した、指揮者としてはアウトローな存在だろうと思うのですが、根強いファンが多いのも事実です。
 風変わりといえば、ダニエルバレンボイムが振った「ボレロ」も強烈です。彼の珍しい振り方は、「振らない」というものでした。目を閉じて、ただ演奏を聴いているだけで、最後の最後に眼をカッと見開いて、演奏を終了させる合図だけを出しました。晩年のカールベームがよくこういうことをやったようですが、それはウイーンフィルのメンバーが、ベームの顔色を見るだけで要求されている音楽を読み取れるという背景があったからでしょう。たまに来た指揮者が「振らない」では、単なるストライキになりかねないので、私は必ず手だけは動かします。何の世界にも主流と異端が存在しますが、私は何となく異端の方が好きで、性に合っているような気がするので、これからも、より風変わりな指揮を目指したいと思います。
12月topへ

12月 7日  風変わりな指揮

 あちこちで指揮をして、よくされる質問は、「あの独特な指揮は誰の影響なんですか?」というものです。独特ならまだいいのですが、ずばり「変な指揮」と言われることも多く、よほど見慣れないタイプの指揮なのでしょう。しかし、ジャズの分野では、スマイリー小原さんや宮間利之さんなどのように、踊りに等しい指揮をする方は多く、私もそれらを真似たに過ぎません。ただ、それだけの影響かというと、そうとばかりも言えないのです。私が初めて「指揮とはこうあるべき」という講釈を受けたのは、まだ10代だった頃、近所の中学校に講師としてお見えになっていた故・大槻先生からですが、「練習中に説明が多い指揮者はダメだ。指揮棒で喋るようにしなくては」という教えが強烈に印象に残りました。それからしばらくの間は、テンポキープは2の次で、曲想だけを表現するような指揮を心がけたものです。当然のことながらアンサンブルは頻繁に崩壊し、団員からはヒンシュクの嵐になりましたが・・・。
 まじめな話、一番好きな指揮者はと聞かれたら、私の場合はカルロス・クライバーさんですね。好きというのにはいろいろあると思いますが、自分が演奏者の立場として、誰の指揮で演奏したいかと言われたら、間違いなく私にとってNo1です。クライバーさんの振り方自体、かなり個性的な方だと思いますが、まさしく棒で喋っている感じです。「ここはどう吹けばいいの?」なんて訊く余地がありません。体全体から音楽が出てくるようなのです。まあ、そういう指揮ですから、オーケストラが出す音だって、主張がハッキリした感動的なものになるのは当然のことです。
 いよいよ来週はUnisonの定期演奏会です。クライバーさんのような指揮をしたいところですが、私はポップスステージだけ振るので、またしても「いえぃ!」と叫びながら、宮間利之さんのように踊りまくります。お楽しみに・・・。
12月topへ

12月 6日  短期決戦

 2日(土)に学校説明会というのがあって、中学生対象の「模擬授業」というのを担当しました。うちの学校でどんな授業をやっているのか、体験していただこうというわけです。当日はいろいろ段取りに不備があって、お客さんが超少ない状況になってしまったのが残念でしたが、またの機会に思う存分「直井ぶし」を披露したいと思います。
 実は私、こういう「模擬授業」とか「公開授業」のマニアで、機会あるごとに自ら志願して、担当しているのです。さかのぼれば、日野市の新採研でも研究授業をやり、三沢中の校内研修会では毎年のように志願して、「あまり同じ人ばかりはよくない!」と批判されたくらいでした。あきる野市では、小学生対象の「子供科学教室」や、昨年の模擬授業などなど、いろいろやって参りました。なぜこんな面倒なことを志願するかというと、初対面のお客さん相手に喋る緊張がたまらんのです。自分の学校の、いつも授業で接している生徒たちは、もうお互いよく知っているので、何を話すにもリラックスムードですが、模擬授業のような1発勝負ものは、その1時間で結果を出さねばなりません。相手も緊張しながらこっちの一挙手一投足に注目しているので、序盤の2〜3分がこっちのペースに持ち込むチャンスです。こういう刺激は、例えるならば野球の日本シリーズみたいなものでしょう。自分のワザや持ち味を、短期決戦の中ですべて出し尽くすという経験は、当然のことながら普段のペナントレースにも活きてくるのではないでしょうか。
 道で通行人相手に演奏する「ストリートコンサート」も、そういう意味でいい経験になると思います。また、非常に厳しいお客さんの前で腕試しすることにも、積極的に挑むべきでしょう。漫才だったら、大阪のお客さんを笑わせてこそ一人前ですよね。教員というのは、喋りのプロであり、エンターテイナーだと私は思っていますから、これからもより刺激的な場を求めて、芸に磨きをかけるつもりです。
12月topへ