今日の一言(2016年分)

  職員朝礼での社長訓話集     一つ戻る  最新版へ戻る  


12月30日 熊谷ベジタブルマラソン撃沈(泣)

 12月30日は毎年恒例、熊谷スポーツ公園で行われるハーフマラソンです。結果から言っちゃうと、この大会4回中最悪タイム(泣)。原因はいろいろ考えられるので、いつもの口癖、「失敗から学ぼう!」と高らかに叫びます(笑)。ベジタブルマラソンという名前の通り、本日の参加賞は、写真右の「じゃがいも、タマネギ各2個、にんじん、さつまいも各1本」です。
 

【1km毎のラップ】
5'04 5'12 5'22 5'26 5'22 5'40 5'31 5'52 6'00 5'48
5'38 5'42 5'49 5'58 5'44 5'45 5'48 6'34 6'55 6'27 6'28 (3'22)
Total 2゜05'26"(NET)  GPS誤差:+370m

 まず、今年からコースが大幅に変更されました。去年までスタジアム発着で、オリンピック選手気分だったんだけど、スタジアムは閉鎖されてて、なんと外の競技場発着。今日は気温が低めで風も強かったので、吹きさらしの場所で準備はなかなか辛かったな。そして、ジョギングしながら、足の微妙な異変に気づいた・・・。太ももが張ってる!あ、昨日の大掃除の時、変な体勢で植木鉢を移動した、あれが原因だ。ううう、青梅マラソンの時はママチャリ漕いだのが災いして、同じ症状に見舞われたが、今日も大苦戦が予想されます。
 本日のレースプラン・・・とにかく1キロ5分35秒のイーブンペースに徹する!この1点を守れば、山中湖の時のように難なく2時間切れるはず。スタート1分前に、ゲストランナーの松本翔さんも、「最初の5kmと最後の5kmを同じペースで行けるように」と、全体にアドバイスしていました。そうだそうだ!その通りだ!さあスタート!

 わお!去年まではいきなり競技場から出て行ったけど、今回はトラックを周回して、外で折り返して、もう1回トラックを回る・・・って事は、最初の1kmは、ず〜っと先頭集団の動きが見えるわけだ。先頭速い速い。なんとゲストの松本翔さんが引っぱっているではないか。招待選手じゃなくて「ゲスト」という場合、適当なペースで走りながら、トップからビリの方までまんべんなく愛想振りまくのが普通なんだけど、今日は完全にガチンコ勝負に出てる(笑)。その松本さんにピッタリ10人くらいが付いて、ガチバトル先頭集団を形成しました。こういうのを見せつけられたら、こっちも火がついちゃうんだよな(笑)。
 最初の1kmが予定より30秒早い、完全な暴走パターン。ペースを落とそうと思うけど、こういうテンションの時って、意外と落ちにくい・・・。というわけで、最初の5kmだけはハーフの自己バストを大幅に更新するペース。当然、その影響はあっという間に現れることに・・・。8km以降、一気にペースダウンしたのは、落としたんじゃなくて落ちちゃった(泣)。その後、何とか粘るも、18kmから先でお約束の第撃沈。終わってみれば、最悪のレース展開。これほど失敗から学ばないオバカさんも、珍しいだろうな(泣笑)。

 お正月に箱根駅伝を観戦して、イメージトレーニングから出直したいと思いますが、学生ランナーの走りを見ちゃったら、また暴走を繰り返しそうな気もする(笑)。次の大会までしばらく空きますので、2月11日の森林公園ハーフで会いましょう。では皆さん、良いお年を!

12月29日 見えない「鬼十則」

 新入社員の過労自殺で問題になった「電通」が、何人か書類送検されて、社長も引責辞任する騒ぎに発展しました。電通には長時間労働を美徳とするような、「鬼十則」という社訓があったとか・・・。もちろん、これが電通に限った話でなく、日本の多くの企業が抱える共通の問題だから、今更ながらに「恐い国に生まれちゃったもんだ」という思いを強くしています。とか嘆いても、「お前は呑気な公務員で、しかも残り5年だろ?」って言われちゃいそうですが、過重労働に突き進んじゃう体質は、官民問わず、日本全体に共通なような気がしています。
 私たち学校の先生の場合はどうかというと、確かに、突然残業を命じられて帰れなくなるとか、金曜の夜に電話がかかってきて、「明日、休日出勤だ!」なんて事は無いです。しかしですねぇ、やんわりとですけど、それに近い状況はあると思うんだよな。例えば、休日出勤のイベントがあると、「出る人を募集します」っていう形で始まる・・・。おぅ、それなら良いじゃん。デートの約束がある若い人は、無理して出なくていいから、私のような、子育て終了世代のヒマなおじさんがやりゃぁいいんだよ、って思うでしょ。ところが、ヒマな私は、その日に日帰り温泉でまったりしたいので、手を上げませ〜ん(笑)。さあどうする!再び募集・・・「誰か出ませんかぁ〜」 なかなか出ないので、ついに「若い先生方は、経験のためになるべく出ておいた方がいいよ〜」ってなる。こう言われて、それでも「いや、私は先約がありますので」って勇敢に断れる20代なんて、いないっしょ。
結局、これって20代をターゲットにした、暗黙の強制だよな。

 また、こんな事もあります。日曜日に、部活で多くの先生たちが出勤してる様子を見て、地域の住民が「この学校はどうなってんだ!休日くらいしっかり休め!」とは絶対に言いません。実際はまったく逆で、「熱心な先生が多い、いい学校だねぇ」と喜んでくださいます。そう言われて悪い気がする校長先生はいないよな。むしろ超誇らしげだろう。いつの間にか、休日出勤が多い&早朝から夜遅くまで学校にいる=いい先生、土日を普通に休む&勤務時間内でキッチリ仕事を終える=やる気の無い先生、みたいな図式に陥り、もっと長時間働け〜というプレッシャーが発生してきます。組織のトップに座る人が、完全に意識を変えないと、この空気から脱出するのは無理ですから、電通の社長辞任は当然でしょう。

 いや〜、でも電通の「鬼十則」は、明文化されてる分、まだマシだとも言える。学校の鬼十則は不文律で、目に見えないから始末が悪いんだよな。これから先、若い先生たちが苦労しないように、私たちの世代が短時間労働の見本を見せる必要があるので、今年度は絶対に「有給休暇の完全消化」を達成してくれようぞ!

12月21日 芸術鑑賞教室「能

 ある先生が「能はキツいよ〜」って繰り返してた言葉が頭から離れなくて、そのキツい演目を一度は観てみたいと、ず〜っと思っていましたが、ようやく念願が叶いました(笑)。キツいというのは、生徒たちにとっては難解な演目のため、ほとんどが寝ちゃうとか、騒ぎ出すとかして、せっかくの鑑賞教室が崩壊するリスクがあるという事です。

 25年前、私は赤坂の国立劇場に出張しました。仕事の中味は、翌年に控えた歌舞伎教室の下見です。そう、学校の先生の中で、芸術鑑賞、略して「ゲーカン」の担当になると、出張扱いで歌舞伎を観に行けたりします。もちろん、呑気に歌舞伎を鑑賞するだけではなく、他校の生徒の様子なども観察して、自分の学校の生徒にふさわしい演目かどうかを、最終ジャッジするのが目的です。
 その日私が観た演目は、かなりキツい感じでした。役者さんの動きが少ない、つまり変化に乏しいから、都内の私立高校が観に来ていましたが、多くの生徒が爆睡してました。一人一人にイヤホンが配布されていて、解説を聞きながら鑑賞できるようになっていましたが、イヤホンを外しちゃって寝てる子が多かったです。私は学校に戻った時、この事実をありのままに伝え、「歌舞伎は危険すぎる」と進言しました。しかし、そもそも歌舞伎が候補に上がって来た時点で、歌舞伎大好きな先生が強力にプッシュしたのでしょうから、私ごときの反対意見で覆るはずもなく、翌年、全校生徒を引率して国立劇場に行くことになりました。
結果は予想通り、惨憺たる有り様でしたが、その時にある先生が「歌舞伎はまだいいよ。能はキツいよ〜」とおっしゃったのでした。その先生は、以前に別の学校にいた時、「能と狂言」で苦い経験をされたそうです。
 長年「ゲーカン」を引率すると、何となく「キツい」のランキングが有ることがわかってきます。中国雑技団の曲芸とかは、興味もって観るようです。音楽は打楽器をたくさん使う演目はいいけど、室内楽みたいな静かなのは危険。じゃあ合唱は危険かというと、藤原歌劇団は毎回凄く楽しませてくれるから、ひとくくりにはできないな。演劇も中味による。そして、確実に危険なのが、悲しいかな日本の伝統芸能である歌舞伎や能なのだ。これはやっぱり、言葉がわかりにくいせいなんだろうな。

 一昨日の「ゲーカン」は2部構成で、前半の能についてのレクチャーは面白かったけど、後半の実際の能鑑賞は、ううう、やっぱりキツかったかも。いや〜これが能か・・・。多くの生徒が退屈そうにしてたら、その演目を選んだ担当者は、後で何言われるかわかったもんじゃないから、今年「能」を見せようって決断した先生は、さぞ勇気が要ったと思います。でも、今回の私のように、こういう伝統芸能があるんだってことを知るには良い機会だったから、これがキッカケで「よし、今度は自分で能を観に行くぞ〜」ってならなくたって、ゲーカンとしての目的は達成できたのでしょう。

12月 5日 古いカーナビ

 GPSを利用したカーナビが登場して、どのくらい経ったでしょうか。新しい物好きな私は、出始めの頃すぐに取り付けましたが、あの時の感動は忘れられんな(笑)。その日は、現在位置を表示してくれるのが嬉しくて、意味もなく走り回ったものです。ついでにETCもすぐに取り付けて、その日のうちに、家族に「ETCの威力を試してくる」と宣言して関越道を群馬県まで、いろんなインターで乗り降りしながら走ってきました。今考えると、もったいないことをしたものです(泣笑)。
 カーナビは、私の車に同乗した人々が一様に感動しました。当然、私はカーナビがいかに優れ物で、どれほど便利かを丁寧に説明してあげたので、皆さん一様に「オレも取り付けるぞ!」と決意しました。私、カーナビのセールスマンになれるかも・・・って思いました。ただ、20万円くらいした当時の最新機も、現在のものに較べたら機能はダメダメでした。現在位置がわかります・・・程度で、目的地までの案内機能は、なんと驚くべきことに、前もって自分でルートを打ち込んでおかねばなりませんでした。あと、ジャイロ機能も無かったので、衛星が隠れちゃう場所、例えば高架下とか山の中に入ると、現在位置すら不明になる(泣)。まあ、こんな機械で鍛えられたお陰で、カーナビに過度に頼らずに運転するクセはついたかも。
 車を買い換えた時に、カーナビも新しいのを付けました。・・・といっても、そっちも既に20年選手なんだけどな。目的地を入れるだけで、勝手にあっち行けこっち行けって案内し始めるから、凄いな〜と思ったけど、しばらくすると、機械的に最短距離を案内しているらしい事に気づきました。やたら細い道や険しい道にも誘導されるので、「この先300m、左方向です!」というアナウンスに対して、「そこは走りにくいよ!」ってナビちゃんに教えてあげることが多くなりました。でも何度拒否しても、同じ場所を通るときには、また同じ道を奨めて来るので、人工知能とは程遠い、学習能力皆無の機械だな〜と思います。
 20年選手ともなると、けっこう故障します。最近よくあるのが、全然違う現在位置を示すという症状。これが起き始めると、「あ〜あ、しょうがねえな〜。今走ってるの、そこじゃないよ〜!」と独り言を言って、タッチパネルで地図をスクロールさせます。カーナビが自分自身を見失った場所から、どっち方向にどのくらい走ったか、だいたいわかるので、またしばらく行ったらスクロール・・・って、何じゃこりゃぁぁっ!僕が現在位置を把握してどうすんの!これ君の仕事でしょ!しかもこの症状、遠出するときに限って起きるんだよな。家の周辺のわかりきった道では起きない(泣)。・・・というわけで、うちのカーナビには戦力外通告しつつ、結局私は、ナビ無しでどこにでも行ける人だということを、あらためて実感しています。


11月23日 ミスプリ

 我々教員が授業用に作るプリントやテスト問題は、ミスプリ展覧会みたいなものです(泣笑)。皆さんも、学生時代の定期テストで、集中して問題を解いてる時に、トントンとドアがノックされ、その科目の先生が突入して来るなり、いきなり「え〜、回答欄が1つ足りないので追加してください」とか・・・。ほとんど毎時間、1つや2つ訂正個所が黒板に書かれた記憶があるのではないでしょうか。ノーミスの先生の方がむしろ少なかったりします。
 これが出版物となれば、今流行りの校閲ガールみたいな人たちのチェックを受けるので、誤字脱字みたいな基本的なミスプリが放置されることはないでしょう。ところが、楽譜となると話は違ってきます。売り物の楽譜は、仮にも広く世間に向けて出版されているんだから、ミスプリなんて無いはずだと思ったら大間違い。1曲に1つくらいは、必ずあると思った方がいいです。この割合は、ほぼ高校のテスト問題並みだな。今日も、ある吹奏楽の譜面について、膨大な訂正を行いました(泣)。このまま合奏練習に突入したら、大混乱だっただろうな。
 楽譜のミスプリでよくあるパターンをいくつか紹介しますと、
(1)休符が足りなくて、1小節の拍数が合わない。→他のパートを参考にして休符を追加すれば解決。
(2)タイの脱落。→対策は同上
 ここから徐々に症状が重くなって行く。
(3)ダルセーニョやコーダマークの脱落 →ヤバい。
(4)練習番号が脱落してたり、あるパートだけが違う場所についてる →これもヤバい。
(5)あるパートだけ小節の数が合ってない →手書きが主流の時代にはよくあったけど、最近は見かけないな。
(6)1カッコ2カッコの脱落 →こんなの初めて見た。ソフトで書いた譜面らしいのに、逆にどうしたらこうなるのか不思議。
 まあ、ここまでは、合奏が一時的に混乱しても、とにかく合奏さえやれば気づく範囲です。一番困るのがこの先。
(7)音やハーモニーの間違い
 これは、パート譜に変換する時に起きたミスではなく、作曲者自身の勘違いによるスコアそのものの間違いだから、演奏者が「ここの和音、違和感あるから、たぶん#の付け忘れだな」みたいに判断しなければなりません。スリリングな響きのときは、間違いなのかワザとそう書いたのか、判断つきかねる場合も多々あるので、ピアノの前でスコアと格闘することになります。結局、楽譜の校閲をしてくれる人がいないから、大量のミスプリが出回ることになるんだよな。オケでも吹奏楽でも、よく演奏されるメジャーな曲だけでいいから、みんなでミスプリ情報を寄せ合って共有したらどうだろう。

11月14日 若い頃に戻りた・・・くもない(笑)

 3年生の理系進学組の授業は、2コマ続きのうち、2コマ目の最初の10分くらいを脱線タイムにします。2コマ連続でガッツリ高度な中味をやるから、ちょっと息抜きも必要だな。授業と直接関係ない話をするんだけど、基本的には理系の大学ってどんなとこなの?っていう内容。講義や試験、研究室の1日、アルバイト、サークル活動から合コンに至るまで、私自身の大学生時代の生活ぶりを、詳細に話してあげます。話しながら、私の目はうっとりしてきて、時折「自分の人生で、どこかのポイントに戻れるなら、絶対に大学生だ」と言います。実際、ある年に物理学科に進学した生徒が、合格体験談の中で「直井先生が授業中に話してくれたのを聞いて、自分も絶対に大学生になりたいと思った」なんて書いてくれたので、私の雑談は最強の進路指導と言える(笑)。

 でも、ここで真相を暴露しよう。私の大学時代は確かに楽しく、戻れるなら絶対18才だって思っていました。4〜5年前までは・・・。ところが、ここ最近は、ちょっと考え方が変わってきたんだよな。自分の本心はどうなのかというと・・・。戻りたいポイントが18才じゃなくなってる事に気づいたのだ。じゃあ、もっと楽しかった時代は・・・というと、それはズバリ「今でしょ」なんだよな。
 う〜む、何というか、最近ようやく自分がやれる事が増えてきて、これまでの努力が実を結んできてるな〜という実感があります。何が?って聞かれると、そのほとんどは音楽関連のことで、肝心の本業の方は進歩無いんだけど(泣笑)。こうした自分の感覚とシンクロするかのように、周囲からの私に対する評価も、「す、凄いお方だ!」と、まるで化け物でも見たような言い方をされたり(笑)。

 さあ気になるのは、5年後10年後の、更に進化した私は、一体どんな化け物になっちゃっうのか、ってことだな。バイオリンも習い始めて2年以上経つから、数年後は間違いなく、オケか弦楽アンサンブルに進出しているはずだ。スコアから曲のイメージを読みとる力も、やればやるほど進歩するから、指揮者のオーラ値ももっと上がるでしょう。我ながら末恐ろしいな(笑)。
 というわけで、「年を重ねると、いろんな事がどんどん出来なくなる」と思っていた私の考えは、ほぼ180度変わっちゃって、今は「年を重ねてきて本当に良かった」と思います。早く60代になって、更なる超人ナオイをお披露目したいもんだな(笑)。でも授業では、受験生のモチベーションを上げるために、相変わらず目をうっとりさせながら、大学時代に戻りた〜い!を連発します。

11月 8日 「仮面同窓会」(ネタバレ無し)

雫井脩介・作「仮面同窓会」(幻冬舎)を読み終えました。
忙しい忙しいと愚痴ってるくせに、よく推理小説読むヒマあるな、とか言われるけど、実はすごくヒマになるかもしれなかったので、一応その日のために買っておいたのだ。その「ヒマな日」とは、なんと東京ディズニーシー遠足!

なんたって我が家から舞浜まではさて片道2時間半かかるからね。往復5時間の車中&電車やバスの待ち時間で、1冊くらいは読めちゃうのだ。もちろん園内でも、私は絶叫系の乗り物にはまったく興味がなくて、進んで本部要員を志願するから、そんな時にも推理小説があると嬉しいです。でもこの本は厚くて、さすがに1日じゃ読み切れなかったな。
では、なぜ「仮面同窓会」というチョイスなのか。帯に記載されている宣伝文句を引用してみよう。

『誰一人逃れられない復讐劇に息をのむ。必ず二度読みたくなる究極のミステリー』
『殺されたのは、最低の体罰教師。人を操る悪魔は、すぐそばにいる。疑わしいのは、再会した同級生。』

いや〜、これ絶対読みたくなるっしょ。だから読んじゃったんだけど、二度読みたく・・・はならなかったな(笑)。あらすじを紹介しよう。これも帯から引用です。

『高校の同窓会で久しぶりに再会した旧友4人。かつて生徒を囚人扱いしていた教師・樫村の変わらぬ姿を見た彼らは、恨みを晴らそうと仕返しを計画。予定通り、暴行して置き去りにするも、翌日なぜか樫村は暴行現場から2km離れた溜め池で溺死体となって発見された。いったいなぜ?4人のうち誰が彼を殺害したのか?』

ううう、面白すぎる!状況からみて、この4人以外の人間が犯行を行うのは不可能。怪しい人間を消去法で除いていくと、完全に誰も残らない。密室のトリックみたいな感じ。そして・・・最後の最後に大どんでん返し!真犯人が高笑いしながら名乗りをあげ、ラスト数行の結末を読み終えた瞬間、私は叫ぶしかなかった。「なんじゃ、こりゃぁぁっ!」 ちょっと違った意味で、意外すぎる結末。これ以上は申し上げませんので、興味のある方はぜひ読んでください(笑)

ついでに、私の小説も読んでね(笑)。このホームページでは、過去に書き溜めた小説をリニューアルしながら、少しずつアップしてゆく予定です。

10月25日 アクティブ・ラーニング

 もはや、現代教育界のキーワードとなったアクティブラーニング。もちろん私も大いに実践中です。っていうか、私は約25年以上に渡って、今のやり方を続けているから、これがアクティブラーニングなら、私は正に先駆者と言える(高笑)。
 先生1人が喋り続けて、生徒全員がそれを聞くだけの一方通行型は、当然のことですが、授業の進行が自分の理解ペースと一致しない場合が多いです。先生が速すぎればついていけなくて、ついつい眠くなったりするし、逆に遅すぎると退屈して、やっぱり眠くなります。だから、生徒1人1人のペースに応じて進行できれば、全員が生き生きと取り組めます。そのためには、早く理解できた子が、まだ理解できていない子に教えたり、早い子どうしで難しい問題にチャレンジしたり、遅い子どうしで基本問題に戻ったり・・・。一つの教室内に、違う目的を持ったグループが混在して、ワイワイガヤガヤ・・・という風景になるわけだ。理科や数学のように、問題演習を伴う教科では、昔から各自のペースで演習に取り組んだり、教え合ったりというのはありましたが、他の教科でもどんどんやろうぜ!っていうのが最近の流行です。
 でも、言うのは簡単ですが、生徒が勝手にアクティブに学び始めるとは限らん。そこで、自称アクティブ先駆者の私の経験から、上手くアクティブにさせるコツをいくつか紹介しようではないか。
(1)ご褒美その1
 頑張ったのに、何の報いも無いんじゃ、モチベーション上がらんな。そこで、1問につき1個、ハンコを押す!最初の1〜2問は、本当に誰でも解ける易しい問題を配置し、ハンコをゲットする喜びを全員に体験させよう。
(2)「竜王が解かれました!」
 問題は、だんだん難しくなるように配置し、最後の1問だけ、急激な難易度アップにする。これは早く終わっちゃう子たちを退屈させないためで、問題番号が1,2,3・・・と付いているのに、最後の1問だけ番号ではなく(竜王)にする。なぜ「竜王」なのかと、よく聞かれるけど、25年間の経験上、竜王が一番良い響き(笑)。クラスの中で最初に竜王を解いた者が現れた瞬間、「竜王が解かれました!」とアナウンスする。「竜王正解!」「竜王クリア!」或いは、単に「竜王!」とか、このセリフには紆余曲折があったが、いずれも、第一正解者の栄誉を讃えるには短すぎた。現在の決めゼリフがベストだと感じている。
(3)ご褒美その2
 竜王まで解き終わった者には、それ以上を要求しない。つまり、追加で問題を渡したり、遅れている子に教えることを強制せず、基本的に自由時間にしてしまうので、漫画を読むのも寝るのも自由だ。これこそ竜王に与えられた特権である。どんな社会でもそうだが、せっかく仕事を早く片づけたのに、そのせいで他の仕事を振られたら、たまったもんじゃない。ただ、竜王の称号を得た者は、多くの平民たちから崇められるので、実際にはよく教えて回ってくれる場合が殆どだ。

 こうしたノウハウを確立しないまま、表面上だけアクティブを追い求めるのは危険です。竜王を駆使する私でさえ、ワイワイガヤガヤしてるだけで、余り勉強してない状況に陥いることはあります。最後に、私が造った標語をご紹介しよう。
 「アクティブと サファリパークは 紙一重」 以上だ!

10月15日 連続記録が途絶える時

 今日は天気がいいから、箱根駅伝の予選を見に、昭和記念公園に行こうか迷ったけど、どう考えてもテレビ観戦の方が特等席だと判断。早起きした分、時間が余ったので、軽くジョギングしてきました。最近は「軽く」と言っても7〜8kmを、6分/kmペースくらい。冬のシーズンに向けて着々と準備してます。
 さて、テレビ見ながら思わず「うぎゃ〜」と叫んでしまったのは、もちろん結果発表の時でした。何となく予想はしていたけど、中大の連続出場が87年で本当に途切れるとは・・・。それにしても87年て凄すぎる。私の7年連続銅賞なんて可愛いもんだな(笑)。いや、別にどんな連続記録だって、いつか途切れる時は来るんだけど、よりによって今年は監督が交代したばかり。中大のファンじゃ無いけど、藤原監督かわいそう過ぎて、せめて途切れるなら数年前か数年後にしてほしかった、と思っちゃいました。
 
 ここ最近、連続記録途切れラッシュみたいな感じです。今年では、バスケットの能代工業が、40何年かぶりにインターハイ行きを逃したのが記憶に新しいです。箱根駅伝に限っても、ここ数年で連続出場が途切れたのは、大東文化、順天堂、東京農業・・・。猛烈な途切れラッシュの波に、ついに中大も飲み込まれた・・・って感じ。まあ、それだけチーム力の差が詰まって来た証拠だけど・・・。
 記録を途切れさせた当事者たちはたまらないだろうな。OBから何言われるかわかったもんじゃないし。藤原監督は、なんとキャプテンと副キャプテンに、1年生を大抜擢して話題になったけど、結局「勝てば官軍」だから、こういう奇策もきっと全否定されるんだろうな。ううう、気の毒だ。でも、一つ言えることは、これで中大は本当に強くなって帰って来るでしょう。その根拠は極めて簡単で、今年の創価大とか国士舘大とか、前回悔しい経験をしたチームが、リベンジを果たすどころか、余計に強くなって帰って来てることです。ちょっと中大応援したくなってきた。

 吹奏楽で、連続記録が途切れる瞬間に居合わせたことがあります。吹奏楽コンクールの中学の部には、その昔、豊島十中という伝説的な強豪校がいました。たぶん、全国大会に20回くらいは連続出場してたような気がします。それが、やっぱり顧問の先生が交代したばかりの年だったか、予選でダメ金・・・つまり予選敗退したのです。その翌年も、たまたま中学のA組の会場に居合わせて、表彰式で「豊島区立第十中学校、銀賞」 場内から「ええ〜っ」という異様などよめき。当事者たちだけでなく、会場全体からの何ともいえない溜め息だったな。一つの時代が終わったという感じでした。「これ絶対、新顧問の先生が責められるんだろうな」と心配になりました。私自身は、連続○○記録なんて持ってるチームの、指導スタッフに就任するのだけは避けたいもんだな。

10月10日 本番でのハプニング

 演奏会終了〜!遠くから来てくださった皆様、本当にありがとうございました。回収したアンケートに、1〜2行で「楽しかった。次回も必ず来ます」なんて書いてあると、とても嬉しくなります。逆に裏面にまで続く長文で、ビッシリ批判してくる人は、こちらとしては有り難い存在だし、ご意見を真摯に受け止めようとは思うけど、この人の目的は何なんだだろう?せっかくの休日をわざわざ不愉快な思いをするために費やすくらいなら、他のもっと上手な団体の演奏会に行けばいいのに、と思うけどな。不思議と毎年来てくださるようなので、もしかすると「我々の演奏は好きだけど、人を誉めるのは苦手」という、昭和の男みたいな人なのかも。まあいいや。

 当日は予想通り、たくさんのハプニングに見舞われました(泣笑)。毎度のことなんですけど、朝のリハーサル段階が、既にハプニングの宝庫(笑)。だからこそ本番では気持ちが引き締まって上手く行く、っていうのも毎年経験済みだから、別に心配して無くて、むしろリハで上手く行った部分の方がノーマークだから、いろんな事が起こりやすいです。で、今回はどうだったかというと、まさかまさかの想定外ハプニングを5つ紹介しよう。これから演奏会を開く皆さん、教訓にしてください。

@事件現場は「ロッキーのテーマ」
 出だしのカウント「1,2,1234」て、いつも通り2小節分出したら、1小節の所で飛び出された!これは実はよくあることで、昨年のジャズフェスでの「セプテンバー」でも起きた。要するに私のカウントの仕方が曖昧なのが原因なんだけど、今回はなんとリハでこの件をちゃんと注意しておいたのに起きちゃった(泣)。40人もいるんだから、聞いてない人や聞いてても忘れちゃったり、緊張してつい・・・なんて人は必ず出てきますよ〜。

A事件現場は「キャラバンの到着」3〜4小節目
 ゲンタさんのトリッキーなドラムソロに幻惑されて、次の管の出をうまく合図出来ずに崩壊(泣)。過去に本番で演奏したことのある曲は安心・・・という先入観が油断を招きました。この曲は大きなステージで2度やっていたし、崩壊するとしてももっと先の方のはずだった。「絶対安全」が一番危険。

B事件現場は第一部
 私は今回2曲目から登場して、第一部の残り2,3,4曲目までを振ったのですが、颯爽と登場しておじぎし終えて、バンドの方を振り向いたら、わお!指揮者用譜面台の上にスコア無し。普通こういう時は、最前列の奏者の誰かに、次の曲のスコア用意を頼んでおくものだけど、うちのバンドではそんな習慣そのものが無かったから、スコアは下の段にまとめて重ねられたまま。おじぎも終えてさあやるぞって雰囲気の時なのに、今更ガサゴソ探す動作もみっともないな・・・というわけで、今日は崩壊時に備えてスコア置く予定だったけど、無いままやっちゃった。

C事件現場は「波の見える風景」
 大振りしてたら、メガネに腕が一瞬触れて、メガネが外れそうになって、あわてて押さえた。ちょっと緩めで、自然に落ちたりはしないレベルだけど、大きい動きは危険。その後、なんとなく指揮の動きがぎこちなくならざるをえない。以前、大振りしたときに、ズボンが下がってきて、左手で頻繁にずり上げなくてはならなくなったことがある。演奏と関係ない「身につける物」への注意を怠らないこと。

D事件現場は「Tシャツ」
 第二部は「お色直し」で、色とりどりのTシャツに着替えたのだが、私は深く考えずに水色のポロシャツを持って行った。楽屋で着替えが始まると、皆さん派手な原色系。指揮者の私だけ寝ぼけたような水色じゃ、かっこつかないな〜と思っていたら、ゲンタが「お父さん、オレンジ持ってるから貸してあげようか?」 お言葉に甘えて急きょ息子のオレンジシャツでステージへ。ただ、サイズが小さめだった上、背中には「ショボーン」の文字が・・・。評判は最悪だった(泣笑)。

 これらの反省を、来年の演奏会に生かします!

10月 4日 続・指揮者の暗譜

 いよいよ5日後に迫った演奏会。1泊2日の強化合宿も終え、万全の状態・・・と言いたいところだけど、社会人バンドの宿命で、全員が揃うのは当日のみ、ということになります。練習回数が少ない人は、たいていデモテープなどを聞き込んでるから、曲を知っているという点では心配無い人も多いですが、本番はデモに合わせて吹くわけではないから、やっぱりお互いに不安。
 岩城宏之さんが、「春の祭典」のラスト近くで振り間違えて曲を止めちゃった時、オケの中に「春祭」を初めて吹いたり弾いたりするエキストラプレーヤーが、12人も混じっていたそうです。この時は、エキストラのせいで止まったのでは無いけど、エキストラが飛び出したり落ちたりするんじゃないか・・・という不安に、絶えず怯えながらの指揮だったことが、大崩壊の要因の一つだったことは間違いありません。
 私が経験した本番崩壊劇は2回あって、1回目は日野市民文化祭での「G線上のアリア」。超ゆっくりな曲なので、8分音符を1拍として振っていましたが、当日ブッツケで参加したメンバーのうち、よりによってチューバ奏者が、まんまと1拍に2つ入れて来ました。振りながら「あ〜、速い、違う、倍、いや、半分、わぁぁぁ〜」とか、声にならない声で伝えようとするけど、肝心のご本人は譜面にかじりついたままだから、私の異変に気づく気配もなく・・・。ちーん、終了。唯一の救いは、彼だけが半分の時間で演奏を終えてくれたので、残り半分は正しい演奏が復活した(笑)。
 もう1回は、どこかの大人のバンドの定演だったけど、やっぱりブッツケ本番のエキストラオーボエ奏者が、「ダッタン人の踊り」の美味しいソロでやっちゃいました。私は拍子通りに4つで正しく振ったのに、ソリストはそれを2つ振りと解釈して、倍のスピードで吹き始めた(泣)。この瞬間の自分の冷静さは、我ながら偉いと思うんだけど、1秒以内の間に、ソロをそのまま吹かせることを決断。「倍テンポ!ソロに合わせて!次が56番です」とか、みんなに向かって指示。もちろん客席にも聞こえただろうな(汗)。せめて、当日のリハーサルだけでも参加してくれれば、ここまで派手な崩壊は起きないと思うけど、昼間に法事を済ませて夜の本番には間に合う、なんてメンバーもいるので、仕方ないことです。
 前回も述べたように、崩壊時にスコアは必需品です。ほんと不思議だけど、小節番号って覚えてない。今ハッキリ思い出せるっていったら、宝島と、スパニッシュフィーバーの「77」と、アルメニアンダンス・パート1の「157」くらいのだもんな。宝島は前奏がA、テーマB、アルトの1回目のソロC、サビD・・・とか、展開がわかりやすくて、30年くらい連続で日常的に練習してるから覚えられた。スパニッシュは、一番美味しいドラムソロの所が、ラッキーナンバー77なので、何となく覚えた。アルメニアンの一番難しい8分の5が始まる場所が157。昭島ウインドの常任指揮者である岡田先生が、この曲の合奏中に「157からもう一度。・・・オー157みたいで恐いですね」と、ボソっと言ったのが忘れられない。
 というわけで、9日の本番は、多くの曲でスコアを常備することにします。さあ、どっからでも崩壊しやがれ!やっぱ、やめて〜。

9月28日 指揮者の暗譜

 久しぶりに岩城宏之さんの「楽譜の風景」(岩波新書)を読み返してます。その中から引用・・・「巨匠ブルーノ・ワルターは、『若い指揮者への提言』という著書の中で、スコア無しで指揮することを勧めている。第一に左手でページをめくるわずらわしさがなく、両方の手を自由に使うことができる。第二に、暗譜の場合は、完璧に勉強、つまり覚えていなければ指揮できないから、ともすれば楽譜にかじりつきながら、1、2,3,4とだけ手を動かして仕事を済ませればよい、という安易さを避けることができる」

 私は指揮する時、なるべく暗譜でやるようにしてますが、理由はブルーノ・ワルターと共通するのと、そうでないのがあります。第一の理由はまったく同感。スコアをめくるって意外と大変で、親指が乾燥しててなかなかめくれなかったり、逆に湿ってて2〜3枚同時にめくっちゃったり・・・。これが無いということは、かなりのストレスから解放されると思います。
 第二の理由はだいぶ違ってて、そもそも、スコアを見ないと指揮できないんだとしたら、とんでもない恐怖と背中合わせのステージになるんじゃなかろうか。それこそ、上手くめくれなくて次のページで拍子が変わってたりしたら、曲が止まってしまうし、スコアを家に忘れて来たなんつったら、完全にアウトでしょ。私は、これらの恐怖から解放されるためにも、スコア無しでやれるようにしています。
 まあ私は暗譜は得意な方だし、指揮する曲はピアノで暗譜で弾けるくらいにはなってて、弾いてる音が、スコア上でどのパートのものかも把握してるから、暗譜しようと思ってなくても覚えちゃってるけどな。

 さて、そんな私も、必ずしも全ての曲を暗譜でやるわけではありません。1月にあったスチューデント・ジャズフェスティバルでは、「キャラバンの到着」「スペイン」の2曲を、しっかりスコアをめくりながら振りました。今日はどうして暗譜じゃないの?と聞かれちゃっいました。というのも、この2曲はフェルマータ、リタルダンド、テンポや拍子の変更が一切ありません。ドラムがカウントして始まっちゃえば、指揮しなくたって自動的に最後まで行きます。たぶん、スコア無しで振ろうと思ったら、一番簡単な部類です。そんな曲を、なぜスコア見て振るかというと・・・。
 「キャラバン」の途中に、多くの奏者が間違えやすい掛け合いがあって、実際、本番直前になっても大勢が間違え易い状況が残ってしまいました。たまたま全員が間違えると綺麗に聞こえるんだけど(笑)、正解と間違いが混在すると、それをきっかけにして、曲が崩壊する危険があったのです。崩壊の危機が訪れた時は、もはやなりふりかまわず「次、105の2小節前!」とか叫んで、迷子になった奏者たちに現在位置を知らせます。暗譜とは言っても、小節番号までは覚えていないんだよな。だから、崩壊時には、絶対に手元にスコアが必要なのだ。もうすぐ大きな本番があって、そこでも「キャラバンの到着」をやりますが、スコア有りで指揮する予定です。さあ、どっからでも間違いやがれってんだ!いや、やっぱりやめて〜!(笑)

9月23日 ラジオ体操の謎

 夏休みになると、ある日を境に突然早起きを命じられ、近所の公園でラジオ体操させられる・・・。6年生が前で模範演技して、最後は下級生が行列を作って、首からぶらさげたカードに「出」というハンコを押してあげる。「出」を押される側から押す側に出世した瞬間は、なんだか嬉しかったな。私は6年生の時に一度、公園に迷い込んで来た犬に追いかけられて、滑り台のてっぺんに避難し、そのまま降りて来れず、体操の模範演技任務を遂行できなかったことがあります。近所のオバチャンから怒られたけど、一番悪いのは犬を放し飼いにした人じゃないだろか。ゲンタたちも6年生の時に、厳しいオバチャンから檄を飛ばされ、「ラジオ体操いやだ〜」と嘆いてました。こうした風景は今も昔も変わらなくて、っていうか、これほど長続きしているイベントも少ないな。きっと百年後も同じ音楽に乗って、日本人の大部分はラジオ体操を経験するでしょう。
 さて、私が初めてラジオ体操をやったのは、たぶん小学校1年の時でしょうから、今思えば、ずいぶん高度な疑問を抱いたものです。音楽が流れ始め、「手足の運動〜」というセリフ。するとみんな一斉に足をちょこっと曲げながら、両手を前でクロスさせて開いて・・・。え、ええ〜っ、何でこうなるの?私が聞いた言葉は「手足の運動」だけであって、それ以上の具体的な指示はありませんでした。なのに、どうして全員が同じ動きになるんだろう?手足の運動・・・つまり手と足を動かせってことだから、無限のバリエーションがあるはずだ。次の「胸の運動」に至っては、もっとわからん。そもそも胸だけ動かす運動って何だ???
 こんな疑問を誰も抱かないのは、前で6年生が模範演技してるから、とりあえずその通りやればいいと思ってるからで、その6年生たちも、昔は上級生の振りを見て学んできた。ってことは、ラジオ体操は伝統芸能みたいに代々受け継がれてるんだな。まてよ、だとしたら、日野市多摩平の第4団地で行われているラジオ体操と、隣の第2団地のでは、振りが違うこともあり得るだろう。でも、その後学校でやった時は、全校生徒が同じ振りでやってたから、流派があるわけでもない。
 謎が解けたのは、ラジオ体操をテレビでやってるのを知った時でした。なぁんだ、みんなこれを模範として学んでるから、「手足の運動」っていう、究極の曖昧な指示で、一糸乱れぬ同じ動きを実現してるってことか。いや、待てよ、テレビ放送が始まる以前から、ラジオ体操は存在したんじゃなかったっけ。ってことは、あの号令かけてるオジサンと模範演技集団は、日本全国を回りながら、それこそ口伝えで演技を広めて行ったのかな。だとしたら、これぞ正に伝統芸能の世界だ。
 要するに、まだ謎は解けていません。ラジオ体操の歴史に詳しい方がいたら、是非教えてください。

9月13日 続々・ドラマ「仰げば尊し」を斬る

 ついに最終回まで観ちゃいました(笑)。吹奏楽関係者の皆さんのご意見を聞いてみたいもんだな、と思って、いろいろ検索してみると、「突っ込みどころ多すぎ(笑)」しか書いてなくて、細かいところをいちいち突っ込んでるの、私くらいのもんだな(汗)。というわけで、突っ込むのはもうやめといて、最終回の感想くらいにしておこう。
 感動のラストは、カリスマ先生が赴任して僅か2年目で、全国大会行きを決めたわけですが、これはまあいいだろう。凄いのは、1年目の最初の数ヶ月間にA編成の部員数が集まり、なんと県大会ダメ金(全国大会一歩手前)まで行ったという設定。ううう、これはちょっと無理があるし、ストーリーとしても物足りないから、私ならこうする!

 「神奈川県立美崎高等学校・・・銅賞」 部員たち「何ぃぃぃっ!」 血気盛んな青島君たち5人衆が審査員室を襲撃。悪口雑言の限りを付くし、大会本部から厳重注意を受け、翌年の出場停止を通告される。例によって菊間先生親子が事態の収拾に向けて奔走するが、今まで吹奏楽部を目の敵にしていた教頭先生までもが、今回は味方になって尽力する。そして決め手は、全国行きを決めたライバル校の嫌味な顧問(たぶん関東大会の理事か何かを務めているから、発言力がある)が、「美崎高校の演奏は技術的にはまだまだだが、心に来るものがあった。来年も是非、美崎サウンドと代表争いがしてみたい。私からも是非お願いします」と進言してくれて、何とか翌年の出場が認められる・・・。こんなシナリオ、ダメですか?(笑)

 以前、箱根駅伝を題材にした映画「風が強く吹いている」を観た時のことです。10人ちょうどしかいない弱小陸上部が、箱根に初出場を果たす感動のストーリーで、とても面白く観たのです。最後の20秒くらいまでは・・・。レース展開は、弱小の寛政大学が下馬評に反して、優勝候補の六道大学を苦しめる大健闘。ところがところが、10区のアンカーを務めたキャプテン清瀬が、ここまでの無理がたたって疲労骨折!途中から足をひきずっての大ブレーキ。監督がレースを止めさせようと絶叫するが、清瀬は聞き入れず走りきってしまう。・・・で、結果は当然最下位になるはずが、そうならなくてシード権獲得!って何じゃ、そりゃぁぁっ!

 私だったら、疲労骨折→途中棄権→翌年後輩たちが再び箱根路に登場→12番目くらいでゴール・・・くらいにしておくけどな。ハッピーエンドにすりゃいいってもんじゃないっしょ。この映画を作った人々は、箱根でシード権を獲ることの難しさが解っているんだろうか、と思わずにはいられませんでした。まったく同様に、「仰げば尊し」のスタッフも、県大会ダメ金まで行くのがどれほど難しいことなのか、わかんないまま作ったとしか思えん。ううう、これって銅賞請負人のひがみだろうか(泣笑)。
 吹奏楽ドラマがたくさん出てくること自体は、部員増加につながるので大歓迎です。第8話で終わっちゃったのは寂しいから、次作を期待します。どうせまた斬るけど・・・(笑)

9月 3日 続々・「脱・銅賞への道」

 万年銅賞と言われるバンドを、銅賞請負人が指揮するのだから、その風景は皆様のご想像以上にゆる〜いモノになります。「ゆる〜い」の定義は、チームの規律が崩壊して練習にならん・・・ていうのとは違います。きちんと合奏は進行して、演奏内容を高めるための指示もバンバン飛ばすんだけど、部員に逃げ道が用意されてるってことだと思います。
 ある目標を指示して、部員がそれに到達できなかった時、勝負優先バンドでは思いっきり罵声が浴びせられたり、メンバーから外されることもあるでしょう。ゆるゆるバンドでは、到達はできなかったけど、ここまでよく頑張った・・・で済ませちゃいます。難しいのは、部員たちが、できないメンバーに不満を抱くことがあるので、指揮者の的確なジャッジが求められます。頑張ったのに到達できなかったのか、サッパリ努力しなかったから到達できなかったのか・・・によって、たまには注意することもある。長年この「ゆる〜い」スタイルでバンドを指揮してきて、多くのメンバーがより音楽を好きになってくれたと自負しているもんだから、もはや私は、銅賞請負人でいいやっていう悟りの境地に達してるな(笑)。

 そんな悟りが揺らぎかけることもあります。昔、規模の大きなジョイントコンサートに携わった時のこと、強豪校のリハーサルを舞台袖で眺めながら、「うわ〜、こんな音が出せたら嬉しいだろうな〜。自分ももっとビシビシやんなきゃダメだな」なんて思っていたら、「直井さん、こういうのどう思いますか!」と横から声をけてきたのは、実力派アマチュアバンドのコンマスMさん。「彼らは、これを演奏して楽しいんですか!」 全国金賞を取ってきたばかりのその高校が演奏していたのは、いわゆる現代曲で、まあ正直よくわからない曲でした。返答に困っている私に、Mさんは一方的に続けます。「僕は間違ってると思いますよ。こんな勝つためだけの曲なんて。高校生にはもっとやらせたい曲があるでしょう。どうですか!」 Mさんとはそれまでじっくりお話ししたことがなく、てっきりコンクール大好き派の人だとばかり思っていたから、ちょっとビックリしました。私はMさんの言葉を確かめてやろうと思って、リハの直後に強豪校のラッパの子をつかまえて、Mさんの疑問をぶつけてみました。「さっきの曲だけどさ。吹いてて楽しいの?」 答は即答でした。「いや、この曲を吹いて楽しいと思ったことは一度も無いです」。ううう、やっぱり勝つために仕方なく吹いてるってことか・・・。というわけで、勝負師に傾きかけた私は、すぐに引き戻されてしまいました(笑)。
 この出来事が、私の銅賞請負人としての方向を決定づけたと言ってもいいかも。彼のセリフは今も耳に残っています。「この曲を吹いて楽しいと思ったことは一度も無いです」 私は、これを絶対に言わせないような指導を、今後も目指していこうと思うのです。

8月23日 続・「脱・銅賞への道」

 私は銅賞請負人のくせに、脱銅賞のために有効な方法を一つ知っています。誰かから教わったわけではなく、何度もコンクールに関わるうちにふと気づいたことなんですけど、これは間違いなく必殺だ。キーワードは「足し算よりも引き算」

 「吹奏楽コンクールは、演奏人数が多いほど有利」・・・こう思っている人が凄く多いです。もちろん、30人編成用の譜面を10人で演奏しようとしてたら、「もっと部員がいたらな〜」ってなるのは当然です。じゃあ、30人用の譜面を30人で演奏するのと60人で演奏するのと、どっちが有利でしょうか。野外だったら60人かもしれないけど、話をコンクールに限っておきます。実はこれ、とっても微妙な問題。

 楽器を始めて1ヶ月とか2ヶ月の生徒だと、普通なかなか良い音色で吹けないし、音程も怪しくなりがちです。そういう子たちが合奏に混じれば、酷なことを言いますが、やっぱりサウンドは濁ります。東京都の高校で、35人編成のBT組に出る場合、そういう初心者っぽい音を出す子を5人含む35人で演奏するよりも、その5人を削って30人で演奏した方が、コンクールの得点は絶対に有利。そう、1人でも多く出演させる足し算の論理ではなく、邪魔な音を出す者を少なくする、引き算の論理です。

 引き算の方法や時期は、部によって様々です。例えば、オーディションを実施している部では、先生やコーチの前で1人ずつテストされますから、一定レベルに達していないプレイヤーを排除できます。部員数よりも少ない定員の組に出場すれば、そういう排除のしくみに加えて、部内に競争意識も芽生えるから、一石二鳥だな。勝つことを目標とするなら、これは当然のことで、多くの学校がこういう方式を採用しています。

 私がこの方式を採用していないのは、コンクールメンバーから外れた、いわゆる控え選手たちが、レギュラーメンバーに比べて、どうしてもモチベーションが上がらず、進歩が遅くなると思うからです。なので、出たいメンバーは全員出す・・・を一貫して実行しています。これが野球なら、グランドに立てるのは9人で、ベンチ入りは何人って決まっているけれど、東京の吹奏楽コンクールは、ABC全組にエントリーできて、その最大人数は110名。だから111名以上部員がいる学校以外は、全員が公式戦のレギュラーメンバーとして試合を経験できるわけだ。この機会を利用しない手は無いと思うのです。

 私が指導した学校の子は、だんだん私に洗脳されて、1人1人が上達することの方が、勝つことより優先だと思うようになります。勝つことを重要だと指導する先生のもとでは、生徒はそう考えるようになるので、オーディションで落とされても、それは「自分の努力が足りなかった。この悔しさをバネに、来年に向けて頑張る!」って思えるようになります。どっちがいいかはわかりません。でも指導者の信念が、生徒の気持ちに反映するのは間違いないですから、ぶれずに方針を話した方がいいです。
 今年はいい所まで行って負けちゃったけど、明徳義塾高校の野球部を指導する馬淵監督は、やっぱり凄い人だな。高知県代表として、一つでも多く勝つことを最優先した結果が、かつでの松井秀喜への5打席連続敬遠だったわけだ。私はしょっちゅう、この事件に関する動画をあさって観るんだけど、明徳の選手たちが監督の意図を完全に理解してるもんな。私には絶対できん。松井と真っ向勝負して打たれたところで、誰も責めない。それどころか「よくぞ逃げずに勝負した」って大絶賛だったろうな。明徳の部員だって、松井と勝負したことが一生の財産になるはずだ・・・って、私だったら考えちゃうもんな。
 だから私は銅賞請負人なので〜す。

8月15日 銅賞請負人が語る「脱・銅賞への道」

 昨日、うちの吹奏楽部のコンクール本番が終わりました。私が顧問を務める部の連続銅賞記録を「7」まで伸ばし、銅賞請負人としてのキャリアに更なる磨きがかかってしまいましたが、生徒は本当によく頑張りました。今日は、コンクールの是非とか功罪とか、私自身が感じている問題点は抜きにして、単純に勝敗だけの観点から、銅賞から抜け出せない原因と対策を考えます。

 「脱銅賞」「万年銅賞」などで検索すると、温かいアドバイスを載せてくれているブログ等が多数見つかります。例えばこんなサイト。
http://8ppy-otori.net/cts/02_concours/25

 このサイト全文を読んでいただけると、「多くの吹奏楽関係者に万年銅賞から脱却してほしい」という願いを込めて書かれていることがわかるのですが、あえて悪意に満ちた引用の仕方をしてみると、

 『人に聞いてもらう以上「楽しけりゃいい」は許されないな、と思います。吹奏楽は幼稚園児のお遊戯じゃないですからね。それに、なんといってもしっかりとした技術がある方が音楽を楽しめるんです。
 銅賞の演奏というのはやはり早く終わってほしい12分間であることが多いです。もちろんそうじゃないのもありますが、一言で言うと下手です。下手な演奏には残念な気持ちにさせられることが本当に多いです。 「練習不足だな」とか「指導者が悪いのかな」とか「どうしてこの演奏で今日を迎えてしまったんだろう」とかいろいろ思います。  銅賞の演奏っていうのは舞台に立つ12分間でお客さんに退屈させる、もしかすると苦しくもさせるかもしれません。
  下位大会で銅賞を受賞できるっていうのは本当に演奏がひどいことの証明です。 お客さんは退屈しますし、奏者は結果に落ち込みます。いいことなしです。 』

 ・・・とまあ散々ですが、確かにそうだなと思える部分はあります。(そりゃ違うぜ!っていう部分もある) では一足飛びに脱銅賞の方法へと参りましょう。ズバリ!熱意っていうよりも、勝つことへの執着心です。私は一応、熱意のある指導者だと自負していますが、勝利へのこだわりが欠けているのが、連続銅賞記録になってしまう一番の原因です。

 他の競技で考えてみましょう。いま真っ盛りのリオ五輪では、メダルが期待されていた女子マラソンのが福士加代子選手が14位に終わり、日本陸連もろともコテンパンに叩かれています。高橋尚子や野口みずきが金メダルを取った頃に比べて、日本の女子マラソンが弱くなった理由は何でしょうか?これは極めて簡単なことで、福士加代子は頑張った→これ正しい。でも他の国の選手はもっと頑張った→これも正しい。←これを別の言い方にすると、「福士の頑張りは、他国の頑張りに比べたら足りなかった」・・・こうなるわけだ。結局、勝者と敗者がいる相対評価の競技では、相手を上回る努力をしなければ勝てなくて、逆に相手を上回りさえすれば勝てるってことです。要はそれがどんなにキツくてもやり切れるかってところが、勝利への執着心だな。
 金賞校が7時から朝練やってる?じゃあうちは6時半からやるぞ!ってなるか、いや〜そこまでしなきゃいけないなら、別に勝たなくてもいいや・・・ってなるかの違い。生徒は大勢いるから当然温度差があります。だから、指導者がどっちにカジを切るかで決まる・・・そう、指導者しだいなのです。

 「うちの部費は月5百円だから、月5千円集めて各パートにコーチを付けてるような学校には勝てない」・・・こう言い訳するのは簡単ですが、でもよく考えてみると、月5千円の学校の保護者は、自主的に5千円出すようになったのでしょうか?絶対そんなわけ無いでしょ。顧問がいろいろ頑張って、親に「この部にだったら月5千円払ってやろう」って納得させたのです。とんでもなく高価な楽器を揃えている学校・・・高価な楽器は降って湧いてきません。顧問の働きかけで後援会なり同窓会を動かしたのでしょう。元々楽器が上手な生徒がたくさん入学して来る・・・強豪校になっちゃった後ならそうだろうけど、そうなるまでは体験入部なんかでせっせとスカウト活動したことでしょう。こういう活動まで全部含めて、強豪校の顧問というのは、勝つためにやれることはすべてやろうとするし、ライバル校を研究し勉強して、まだどこもやっていないような新しいことも試みます。あらゆる労を惜しまないから勝てるのです。

 以上のように、脱銅賞の方法を私は知っています。でも苦手です。どうしても、もっと他に大切な事があるように思えて、勝つことが2の次、3の次になってしまいます。昔、何人かの部員が「直井じゃ勝てない」って話してるのが聞こえちゃったことがありますけど、それまったくもって正しい(笑)。
 最後に、引用部分に戻って、「銅賞の演奏は退屈である」←ここが「そりゃ違うぜ」な点。逆に「金賞だけど退屈な演奏もいっぱいあるよ」と言わせてもらう。

8月10日 続・ドラマ「仰げば尊し」を斬る

 どうせフィクションなんだから、わかったような顔していちいち批判する方がおかしい・・・って思われるでしょうが、ちょっと待ってね。どうせフィクション・・・てみんなが理解してくれてさえいれば、別に何の問題も無いんですけど、中途半端に実話に基づいてるから厄介なのだ。このドラマを見て、「うちの顧問もこのくらい頑張ってくれたらなあ・・・。」なんて言い出す吹奏楽部員が大量発生しそうで心配なのです。

 第4話は、吹奏楽部の強化合宿を提案するところから始まります。顧問の先生が校長に「今週末に合宿をやりたいのですが・・・」
 良い子の皆さん、いいですか。間違っても自分の学校で「来週合宿やらせてよ」なんておねだりしないでね。合宿をやるためには、原則その前の年から計画しなきゃいけないんですよ。4月に着任したばかりの先生が夏合宿を発案して、実現するということは、たまにありますが、これはたまたま他から予算を回してくることができたとかの、極くラッキーなケースで、普通は無理です。
 更に、生徒がお泊まりする行事はすべて、教育委員会に届け出が必要で、その締め切りはだいたい3週間前。ってことは、それよりずっと前から計画して行かないと、3週間前に書類が提出できません。だから「今週末に合宿を」という申し出は、残念ながらあり得ないのです。感動している皆様には本当に申し訳ありませんが、顧問に熱意さえあれば何だってできる・・・というのは誤解です。

 さて、合宿先は強豪校と同宿で、既にホール練習が始まっていました。主人公を始めとする御一行様は、なんと突然そのホールに突入して行ったではありませんか!ビックリしてる強豪校の先生に、「練習を見学させてもらえませんか」・・・って、これ熱意とかじゃなくて、単なる失礼だろ。当然の対応として断った強豪校の先生が、まるで悪者みたいな描写だけど、良い子の皆さん、いいですか。こんなの絶対に真似しないでね。強豪校は、意外と快く練習を見学させてくれるものですが、ノーアポで突入なんて言語道断です。

 4話まで見ていくうちに、制作側はもはや開き直ってるな、と感じています。私みたいなクレーマーからいろいろ突っ込まれるの解りきってるから、この際、思いっきり過激に、あり得ない設定を連発しちゃえってことなのかも。まあ、それならそれでいいんだけど、だったら早めに「このドラマは、野庭高校とは関係ありません」て宣言しないと、やっぱり罪作りだと思います。

7月30日 合宿難民生活(笑)

 夏休みに入るとすぐにやってくるのが部活合宿。今年は7月22(金)〜25(月)が自分の学校、翌26(火)〜28(木)で隣の学校の合宿に参加したので、ひと晩だけ帰宅したけど、1週間続けて音楽三昧の生活を送ったことになるな。そう、特に後半の3日間は、自分の楽器や譜面作成用のPC等も持ち込んで、コーチしてる時間も自由時間も、すべてを音楽活動につぎ込める生活になります。職場や自宅ではこうは行かないからな。また、この苗場の宿には20年来通っていて、泊まる部屋も毎年ほぼ同じ。まったく不便を感じたことがありません。問題は前半4日間の方でした。

 うちの学校は、今年合宿所を変えました。これはある意味博打です。凄〜くいいかもしれないし、凄〜く不便かもしれない。今回は100人近い合同合宿が全員一緒に泊まれて、更に他校や一般客も泊まってる大きな温泉旅館です。いちおう吹奏楽部の合奏練習、パート練習共に可能だというお返事はいただいていたし、こういうタイプのホテルには宴会場みたいな部屋がたくさんあるから、まあどうにかなるだろうと楽観していましたが、どうにかならなかったぁぁっ!(泣笑) まずは写真を見ていただこう。



 我々が到着した直後、トラックから下ろした楽器を搬入する部屋として指示されたのがここ。画像には、この部屋のほぼ半分のエリアが収まっています。名目上は約30畳ある大広間ですが、中央に大きな柱が出っ張っていて、柱に分断されるような形で、管とリズムセクションを向かい合わせに配置せざるをえませんでした。また、カラオケセットや金屏風が置いてあるエリアが使えないので、たった10人で飽和状態。そして、椅子に注目していただきたい。畳を傷めないように特別な形の足が付いた、この部屋専用の椅子・・・それはいいんだけど、高さが30cmほどしかない(泣泣)。ううう、過酷だ・・・。
 私はすぐさまフロントに掛け合い、食堂で合奏OKを取り付けました。しか〜し!当然、朝晩は大勢の宿泊客が食事する場所だから、合奏が終わったらその都度撤収作業。それもまた辛いものがある。次に私は宿舎内の探検を開始!広い部屋の一つや二つあるだろ?出し渋ってるだけなんじゃないの?なんて思いながら食堂の奥を調べると、ほ〜らあるじゃんか!その名は第1宴会場。ステージもあるし、うちの視聴覚室以上の広さ。これですよ、こういう場所を私は求めていたのです。しかぁぁし!土日を挟んだ日程が災いしました。全国から集結したおじいちゃんおばあちゃんたちの団体が、毎夜毎夜カラオケ大会を開催するため、ここも使う場合は毎回撤収が条件(泣)。というわけで、本拠地はやっぱり最初の小部屋に決定。まあ、うちみたいな超小編成バンドだから逆に助かったけど、知らずに30人のバンドが、ティンパニ4個とバスドラか持ってきてたら、もはや終わってましたな。
 最終日、さあ最後の合奏をしようと練習場に入ったら、布団が2組敷いてありました。わお!宿の従業員が過酷な合奏で誰か倒れると予想して、あらかじめ準備してくれたのかな。「おーい、みんな、倒れるなら先着2名までだぞ」・・・そんなわけないな。恐る恐る聞きに行くと、「発熱した生徒さんが2名いらしゃるので、あの部屋で休ませます」 「な、な、なにぃぃっ!?」 「他に空いている部屋が一つも無いんですよ」って言われてもねぇ・・・。普通の人だったらブチ切れだろうけど、私は何があっても冷静に、粘りの交渉術で何とか練習続行を勝ち取りました。いや〜、すごくいい場所でしたけど、初めて使う施設では、こうした想定外のトラブルが多発します。これから吹奏楽の合宿を企画される皆さんは、練習環境にくれぐれもご注意ください。
(※宿舎名はここでは伏せますが、今回の問題点を修正すれば、来年も使いたい宿だと思ってますよ〜)

7月19日 ドラマ「仰げば尊し」を斬る(ネタバレあり)

 一昨日の日曜夜、テレビドラマに久しぶりの吹奏楽ものが登場。しかもモデルが神奈川県立野庭(のば)高校と中澤忠雄先生ということで、期待が大きかった分、ガッカリ度は果てしなかったな(泣)。原作本の「ブラバンキッズラプソディ」を読んだ私としては、高知のはりまや橋を渡った時に匹敵する落胆ぶりを味わうことになりました。

 このドラマ、設定が完全に「スクール・ウォーズ」か「ルーキーズ」だ。結局、この2つがヒットしたから、手堅く視聴率を取るには、これらと同じ設定を選ばざるをえないんだろうな。でもねぇ・・・、ちょっと無理があり過ぎるんだよな。ヤンキーの生徒さんたちは、吹奏楽部にはお入りにならないのです。あと、舞台設定で最も気に食わない点は、校長→いい人、教頭→出世欲のカタマリ、教員集団→やる気無しの事なかれ主義、主人公の先生→たった1人で学校を立て直すヒーロー・・・これ、まさしく「金八先生」の世界。フィクションの世界だからって割り切ればいいんだろうけど、多くの皆様に誤解を与えるのも事実で、実際に困るのは僕ら現職の吹奏楽部顧問です。なので、余りにも突っ込みどころが多いですけど、頑張って一つ一つ斬ってゆくことにしよう。

 校内をバイクが走り回る荒れた高校で、校長先生が嘆く。「本校の生徒は、半数もの生徒が部活をやらない」。うひょ〜っ!逆に言えば、部活加入率50%ってことか。これは素晴らしい数字で、ちっとも荒れた学校じゃないぞ。ちなみに、私が実際に経験した最低のケースでは、有る学年の女子で、ついに運動部員がゼロになってしまい、卒業時の体育優良生徒が選べなかった事があります。部活加入率は全校でも1割に満たなかったはず。
 それに、吹奏楽部員が20人くらいいましたよね。編成にも偏りがなくて、生徒の指揮でマーチが通せちゃうって、素晴らしい学校だな。本当に荒廃した吹奏楽部というのはですねぇ、いつ音楽室を訪ねても部員がいないか、いても漫画読んだりお菓子食べながら談笑しております(笑)。当然、練習時間が極端に少ないし、練習の方法も教わっていない、スコア読んでリズムを教えてあげたりできる生徒なんかいない・・・って事は、どんなに易しい曲の合奏だって不可能なのだ。ううう、そういうシーンから入って欲しかったな。

 第2話からは見ないつもりでいたけど、間違いを指摘する責任を感じてきたので、次回も仕方なく見ます(笑)。「ルーキーズ」的な感動だけを味わいたい人には、ごめんなさ〜い。

7月14日 投票

 参議院選挙の次は都知事選ですね。18歳選挙権をみんな行使したんだろうか?今日、3年生の授業の時に聞いてみたら、実は選挙権を持ってる生徒がそんなにいなかったな。そりゃそうだ。まだ17歳の子の方が圧倒的に多い時期だったもんな。ところで、初めての選挙は、みんなどうしたらいいのか困ったんじゃないかな。投票の行動そのものは、投票所に行きさえすれば、ほとんどベルトコンベアに乗せられてるような感覚だから、初めてパチンコ屋に行くとき程の緊張は無いでしょう。困るのは、誰に投票するか、です。私たちの2つ上くらいまでの世代は、学生時代にも熱く政治を語る人が多かったけど、僕らから下は完全に「ノンポリ」が主流の世代。ふだん友達どうしの会話に、政治の話題なんて出てこないのだ。平成生まれの方々も、似たり寄ったりであろう。

 選挙の直前くらいになると、新聞と一緒に選挙公報が入ってくるけど、誰のを読んでもみんないいことしか書いてなくて、これを材料に誰がいいか決めるのは不可能だ。政見放送なんかも見るんだけど、いわゆる有力候補は無難な発言ばかり。たまに面白い人が出てきたと思ったら、明らかに当選しそうもない「泡沫候補」だし。あ、急に思い出した。たしか私が高校生の時の都知事選だったな。「東京は広すぎるから、高校野球も東東京と西東京に分かれている。だから、警察は北と南に分けて、北町奉行と南町奉行にする」という公約を掲げたのは、秋山ゆうとく太子、とかいう人でした。もちろん落選(笑)。
 政策が大差ないなら、せめてクリーンな人に・・・って思うけど、これには持論があって、権力を握ったら最後、人間はクリーンではいられなくなるのだ。共産党は労働者の味方だからクリーンだっていうかもしれないけど、お隣の国に行ったら、共産党の汚職、腐敗ぶりはとんでもないレベルらしいぞ。与野党を問わず、政治家にクリーンさは期待しません。

 結論を言おう。私の1票ごときでは何も変わらないかもしれないけど、でも私は20歳になって以降、投票をサボったのは、たった1回だけ。予期せぬ急用で、不在者投票もできないまま、遠方に出かけて帰れなかったその1回を除いて、投票には必ず行きます。しかもここ10年くらいは朝7時の一番乗り!←1票の重みが変わるわけではないです・・・

 私なりに考えているのは、政治のバランスだな。2大政党という形で、政権交代が頻繁に起きるのが理想だと思うのです。失敗すれば即政権交代劇が待っているし、次に政権を奪還したときはこんなことをやってやろう、みたいな意欲も沸いてくるだろう。一党の政権が長くなると、安住して腐敗が進行するんだろうな。だから私は、基本的に「圧勝しそうな側の逆」に投票することが多いです。政権与党が暴走気味の時や、一時期のブームに乗っただけの政党が旋風を巻き起こしそうな時に、警告のメッセージを届けたいのだ。
 というわけで、誰に投票したらいいか困っている人でも、自分の思想を行動に移すチャンスではあるので、選挙をキッカケにして、今の政治に関心を持ってみましょうよ!と今日の授業で言っておいた。物理と関係ないけど・・・。

6月30日 撤退の難しさ

 困難に立ち向かって突き進むのは、意外と簡単です。周囲の応援者たちの歓声に乗って、押されて行くだけのことですからな。逆に物事を中止することは何倍も難しいです。いけいけどんどんの歓声に逆らって進まねばならないからです。僕ら教員は、集団でタバコを吸った生徒たちに「なぜ、誰か1人でも『やめようぜ』って言えなかったんだ?」とか説教するけど、それはとんでもなく難しい要求です。「やめようぜ」って言うためには、その場の空気が凍り付いて、ヘタすると二度と一緒に遊んでもらえなくなるかもしれません。逆に、「じゃあ、オレも吸おう」って言えば、みんな心から喜んでくれることでしょう。

 私が、撤退する難しさを初めて実感したのは中学2年の時で、サイクリングにハマり始めた頃でした。だんだん行動範囲も拡がり、夏休みのある日、神奈川県藤沢市の親戚宅まで行く計画を立てました。少し年下の従兄弟に宣言したところ、「お兄ちゃん凄いんだね〜」と大尊敬してくれました。実際に到着したその時こそ、私は神に昇格するだろうと思いました。しかぁし!その当日は朝から雨模様。とは言ってもどしゃ降りではなかったので、とりあえず強行出発したものの、10kmほど走って神奈川県に入ったあたりで雨足が強まる(泣)屋根のある所で30分近く考えました。自分一人での多数決は、僅差で慎重派が勝利。1対0で引き返すことに決定。その後も雨は1日中降り続き、結果として私の判断は正しかった上、親戚の家族もこの決断を誉めてくれたので、気持ちはスッキリでした。

 そして2016年、私が撤退を決断したのは、吹奏楽の超難曲「Awayday」。曲をご存じない方は、一体何のことやらって感じですが、要するに、かなりの期間に渡ってみんなで練習してきた曲を、指揮者である私の一言で、演奏会のプログラムから外したのです。こういう事は過去にも何度かありますが、みんなの残念そうな顔を見て、申し訳ない気持ちで一杯になります。たま〜に、その曲が到底吹けそうもないと諦めていた人が、安堵の表情を浮かべることもあり、その時だけは人助けした気分だけどな。

 中2の時のサイクリング撤退と違うのは、大勢のチームでやっている事なので、全員に相談したら、きっと強行派と撤退派に分かれちゃって収拾がつかないし、たぶん強行派の発言に流されて突き進んだ挙げ句、全員遭難という事態に突き進む可能性が高いです。だから、撤退はあくまで現場責任者が1人で判断する必要があって、更に、同じ撤退するにしても、時期が遅すぎると、そこから波及する影響が拡大してしまうので、傷口が浅い段階で決めなければなりません。そもそも撤退しなきゃならない状況を作っちゃったこと自体、工程の見通しの甘さに原因があるので、指揮者に責任があることは明白。うえ〜ん、今回は「ごめんなさ〜い」だけど、残りの曲をしっかり仕上げます!

6月18日 緊急特番:右手の痺れ

 来たぁぁっ!緊急特番シリーズ! これは基本的に、私の身に起きた良くない出来事をご報告しながら、皆様の身に同じ災難が起きないように、注意を促すことを目的としています。今回は病気編だよ〜ん・・・って、明るく振る舞ってる場合かぁぁっ!

 僕らおじさんおばさんたちを対象とした健康診断の問診票には、「動悸が激しい」「目がかすむ」「ろれつが回らなくなる」・・・なんてのがズラリ並んでいて、該当するものを囲むようになってます。幸いなことに、55才の今まで、一つもマルをつけたことがないし、こんなのにマルをつけるようになったらオシマイだな・・・なんて余裕ぶっこいてました。「ろれつが回らない」ってのだけは、ちょっぴり該当するけど、若い頃からだから気にしない。さて、問診票にはもう一つ、「手が痺れる」が必ずありました。だから今回、私の右手が急に原因不明の痺れに見舞われた時は驚きました。職場の同僚にも伝えたんだけど、一様に大心配。「すぐに診て貰った方がいい」「脳梗塞かも。右半身麻痺になっちゃうよ」 ううう、そんな脅しに屈してなるものか・・・いや、屈することにしよう。
 とは言うものの、どんな病院に行けばいいんだろう?脳梗塞だったら脳外科だけど、単に腕だけの問題かもしれないから、とりあえずは町の整骨院とかだろうな。ということで、今朝、福生の整形外科に行ってきたのだ。

 午前9時、診察開始。
「右腕に痛みと痺れですね?」
「はい・・・」
「お仕事は何をなさってますか?」
「教員です」
「毎日授業をされてる?」
「はい」
「黒板にチョークで書いてますか?」
「はい」
「うん、それだ!はい、じゃあレントゲン撮りま〜す」
診察終わり・・・って、何じゃこりゃぁぁっ!

レントゲン待ちながら、先生との会話をもう一度よ〜く考え直してみました。この痺れがチョークと黒板による教員の職業病だっていうのなら、世の中の教員全員、手が痺れてるはずだよな。ううう、さっぱりわからん。

 レントゲン写真が出来上がって、再び診察室へ。診断結果→「外側上顆炎」(がいそくじょうかえん) 通称、テニス肘とかゴルフ肘と呼ばれる・・・って、またまた何じゃこりゃぁぁっ!テニスもゴルフも20年以上やってないんですけど・・・。その後は電器治療を受けながら、理学療法の先生からいろいろ説明を受けました。
 とにかく、右の肘が炎症を起こしていて、そこから中指につながる神経に症状が出ている。原因は様々だが、ベテランの教員は長年のチョーク&黒板によるダメージが蓄積するため、非常になりやすい。最近目立つのは、パソコンのマウスクリックが原因と思われるケース。特に、悪い姿勢でパソコンに向かう人が危険。←ううう、これ該当する(泣) あとは、スポーツや楽器の練習などで、慣れない動きを急激に繰り返すことも危険。←すべて該当。バイオリンの発表会が近づいてるから、だいぶ集中練習したもんな(泣)。今後の生活上の注意・・・バイオリンやパソコンを辞める必要はなくて、作業途中に正しいストレッチを入れることが重要。患部を強く揉んだりグリグリ回すのは逆効果。
 というわけで、脳が原因じゃなくて良かったです。皆さま、どんな作業でも、正しい姿勢でほどほどに頑張るようにしましょう。

6月10日 小学生サバイバー

 北海道で置き去り後行方不明になっていた小学生が、7日ぶりに生還して、日本中を驚かせました。この事件については、いまだ謎めいた部分も残されていて、置き去り直後、彼は暗闇の中どうやってあの施設にたどり着けたのか?とか、7日間、実は誰かに保護されていたのではないか、とか・・・。まあいろいろですが、私はこの事件、男の子を持つどのご家庭でも起こりうるものとして、注意喚起しておこうと思うのです。

 大和くんは、1度目の置き去りでは車に追いついて、2度目の置き去りで行方不明になりました。私は大和くんの気持ちがよくわかります。2度目も車を追いかけさえすれば、必ず追いついたはずです。しかし、追いつくというのは、置き去りの刑を拒否する行動に他なりません。これが「はい、よく走って追いつきましたね。一緒に帰りましょう」なんて展開になるはずもなく、次に待っているのは3度目の置き去りに決まってます。大和くんは、そうした諦めの気持ちっていうか、ちゃんと刑に服そうという決意から、逆方向に進んだものと想像します。家に帰れない期間は、親の方から探しに来て「許す宣言」するまでの無期懲役だと思っているから、何日経過しようが、誰かに助けを求める行動には出られないのだ。これ、だいたい当たってると思いますよ。

 私が子供の頃、悪さをして閉め出された時は、すぐ近くの公園に籠城できました。自分から「ごめんなさ〜い、開けて〜」と泣きわめいても、「だったら何故あんなことしたの!」とか余計に怒られて、刑期短縮につながらないことは、経験上よく知っていたので、籠城しちゃった方がいいのだ(笑)。数時間粘れば、親が探しに来て「いつまでそうしてんの!一晩中そこにいるつもり?」と尋ねられますが、ここは完全黙秘して、朝まで籠城する覚悟を示します。間もなく親は根負けして、閉め出し解除となるわけだ。

 うちの息子も閉め出されるエキスパートですが、500メートルくらいの近所におじいちゃんの家があるので、逃げ場所には困らないようでした。でもある時、おじいちゃん家にも行ってないことがわかり、慌てて近所を探し回ったことがあります。でも見つからん(汗)。でも自分の子供時代と照らし合わせると、意外とすぐ近くに潜伏していて、こちらが眠くなった頃合いを見計らって家に突入する持久作戦と予想しました。仕方ない、その戦法に乗ってあげよう。玄関のカギを開けたまま、家の中を暗くして待つことにしました。案の定、なんか家の周囲でガサゴソ音がしてる(笑)。息子が考えることくらい、お見通しなんだよ(高笑)。では安心して寝るとしよう。
 翌朝6時、なんと息子はまだ帰っていませんでした。外に出てみると玄関の外にポツンと息子が!「ええ〜っ!どこにいたんだ?」「裏庭。お母さんに出て行きなさいって言われたから、帰れないなと思って、キャンプした」 裏を見に行くと、アウトドア用のテントが張られていました。「ここで寝たのか?」「寝ようとしたけど、虫が入って来てあんまり寝られなかった」
 
 私が小学2年の時、やはりクラスの友達が、親から「出て行きなさい」と言われて出て行って、かなりの騒ぎになった挙げ句、国分寺だか小金井付近で保護されたことがあります。自転車で杉並区のおばあちゃん宅を目指したようでした。これらの事例から解るように、男の子を置き去りにしたり閉め出すと、単独でサバイバル生活に入ることを選択する可能性が極めて高いことを、皆さん知っておいていただきたいと思う次第です。

5月29日 山中湖ロードレース完走

  

 今年もやって参りました、山中湖ロードレース。2枚の写真からおわかりのように、雲一つ無い青空です。ってことは、昨年、一昨年に続いて暑さとの戦いになりましたが、結果はいかに・・・。

 本日は4時起床。バナナゼリー1個食べたらすぐ出発。5時20分に現地の駐車場入りできました。さすがにこの時刻だとまだガラガラで、狙い通りの良い場所が取れたな。まずは7時まで仮眠。いや〜毛布持って行って正解だった。標高1000mの朝は冷え込む。
 7時に車中での朝食はおにぎり2個。それから受付を済ませて、いつもの早朝営業ドライブインで、かけうどん1杯。更にウィダー1個食べてからアップ開始。アップ中にアクエリアス500mLを飲み干す。このへんは決まった流れだ。まるで速い人みたい(笑)

 スタート20分前にスタンバリます。去年2時間切れたので、今年は出世してDブロックからのスタート。瀬古さんの顔がよく見える位置です。瀬古さんからの本日のアドバイス・・・「気温が高くて湿度が低いコンディションでは、汗の蒸発が早いから、汗をかいていないような錯覚を起こしやすい。けど、水分はしっかり失われていることを忘れずに!前半のペースは突っ込まないこと。4分ラップの人なら、今日は4分10とかで入った方がいい。」 う〜む、なるほどな。瀬古さんのまともなアドバイスを聞いたの初めてかもしれない(笑)。このアドバイスに従って、今日は目標ペースを5分30秒、トータル1時間59分としました。まあこの大会に限っては、頑張りすぎたり撃沈して、景色を楽しむ余裕が無くなっちゃったら、単純にもったいないです。

【1km毎のラップ】
6'06 5'25 5'24 5'24 5'38 5'29 5'36 5'38 5'30 5'27
5'34 5'51 5'38 5'31 5'43 5'34 5'38 5'29 5'21 5'42 5'26 (1'50?)
Total  1゜58'52"(NET)  誤差+210m。

給水所で立ち止まった影響を除けば、ほぼイーブンペース。元気が余ってそうな場面でも自重してペース維持を心がけたところ、去年より全然楽に走り終えて、なんとタイムは去年よりも良い。マラソンで大爆走がいかに無意味な行為か痛感いたします。

 去年は山中湖エリアからの脱出渋滞に巻き込まれたので、今回はゴール後、一目散に山中湖を後にしました。昼食は一昨年と同じパターンを採用。谷村PAの肉うどん&アンパン&缶コーヒー。マラソン走り終えた後、なぜか肉うどんが食べたくなります。更には、甘い物が食べたくなる。ソフトクリームは腹が冷えるので、クレープとかが好き。そしてコーヒーですけど、普段は無糖派なのに、マラソン後だけ砂糖入りの缶コーヒーを飲む。なぜだろう?と思っていたら、先日テレビで言ってました。「激しい運動をした直後に、タンパク質(アミノ酸)を、糖分と同時に摂取すると、筋肉の再生が速まる」だそうだ。
 人間て凄いな。その時食べたい物=身体が必要としてる物なんだよな。ビール野みたい=ビールが身体に必要な状態・・・なんだから、遠慮することはない(笑) 今シーズンのマラソンは、良い締めくくりができました。また10月の再開に向けて筋トレします。

5月24日 続・大蔵洋菓子店の謎

 「デンワキンユーシン ヨーガシオークラ」の看板は、別の角度から見えるようにもう1枚あって、そちらは「ヨーガシシチヤオークラ」となっていました。シチヤ→質屋、要するに、担保になる品物を持ち込んでお金を借りる場所でした。うわ〜、そうだったのか。変なところで改行してるから、「ヨーガシ」は100%洋菓子以外にあり得ない、という呪縛から逃れられなかったけど、質屋だとわかっていたら、「キンユー」は金融で、シンとヨ−ガシをつなげて「信用貸し」だな。
 実は「電話金融信用貸し大蔵」という正解にたどりついても、私はまだ意味がわかってませんでした。電話金融って何だ?電話1本で申し込めますよってことかな?信用貸しは、信用できる人には無担保で貸しますよってことかな?まあ無理もないです。
 私が初めて自分の電話(もちろん携帯じゃなくて固定電話です)を持ったのは、独り暮らしを開始した26歳の時で、NTTで7万2千円請求されて目が飛び出そうになったのを良く覚えています。当時、電話を引くには、「電話加入権」というものを買う必要があって、それがこんなに高かったわけだ。じゃあ、独り暮らしをやめて実家に帰ることになって、電話を返したら・・・この権利金は戻ってくるはずです。だから、電話にはそれだけの担保価値があるわけで、電話を担保にお金を借りられるのです。これが「電話金融」だな。「信用貸し」の方はよくわからん(笑) 19歳の大学1年生だった私は、電話加入権のことなんか、まあ知る由もない。
 
 こうして私は、1980年4月〜9月頃の長い格闘を終えたわけですが、21世紀の現代だったらどうでしょう?「デンワキンユーシン ヨーガシオークラ」って打ち込んでGoogle検索すれば一発だろうな。恥をしのんで誰かに聞くなんて必要が無いのが、今の世の中だ。でも、試しに検索やってみてください。トップに出てくるのが、たぶんこのブログで(笑)、次は「ヨーガ教室」とかが出てきます(笑笑)
 もしかすると、あの看板を作った人は、意図的に変な位置で改行することによって、「何だろう?」って思わせて印象づけることに成功したのかもな。わざわざ全部カタカナで、しかも「キンユウ」じゃなくて「キンユー」、「シンヨウ」じゃなくて「シンヨー」にしたのも、何となくそんな狙いが見えます。
 ところで、電話加入権の話で思い出した・・・。うち光電話にしたとき、固定電話の加入権を放棄したんだけど、お金戻ってきた覚えがないです。あれってうやむやになっちゃったのかな?

5月20日 中央線沿線にあった謎の看板

 GWから中間テスト期間・・・普段まったく乗らない電車に、比較的乗る機会が多かった5月でした。車窓の風景もガラリと変わった所が多いな・・・。ま、それもそのはず、私が毎日中央線に乗っていたのは大学生の頃だから、昭和50年代です。立川〜三鷹間も高架でなく地面だったしな。逆にその頃から高架だった三鷹から先の方が、昔のまんまだな。でも、一つだけ重要な変化に気づきました。吉祥寺付近の高架から北川に見えた看板・・・あれが無い、っていうか消えた。つぶれちゃったのかな?その看板には、
 デンワキンユーシン
 ヨーガシオークラ

って、全部カタカナで書かれていました。一言・・・何じゃこりゃぁぁっ!

 電車通学を始めて間もなく、私はこの看板の存在に気づいて、これは一体何の呪文なんだろう?と思いました。漢字を当てはめてゆくならば、デンワ→電話 これ以外にはあり得ない。キンユーシン・・・これが第1の関門だ。筋雄進?金有信?禁友真?わからんので、とりあえず下の行を見ることにしよう。ヨーガシ→これは洋菓子で間違いないだろう。オークラ→大蔵or大倉だな。つまり、この看板は大蔵洋菓子店のものであり、1行目は客を呼び込むための、何らかのメッセージと考えられる。でも、それだったら普通は「年中無休」とか「美味しいよ」とか「電話は○○番」とかだよな。デンワキンユーシン→電話禁友信・・・おっ、ひらめいた!これだこれだ。「電話してください。友達を信じてはいけません」 他人の口コミを信じるよりも、まずは電話して来てね」っていう意味になるぞ。しかし・・・いくら何でも無理がありすぎるし、そもそも意味不明だ。ううう、大蔵洋菓子店は、何が言いたいんだ?私はこの謎解きタイムの日々に、半分は苦しめられ、半分は楽しんでいました。

 これ、誰かに聞いたら、きっとすぐに正解がわかったと思います。でも何だか悔しいので、半年以上も1人で考え続けて、考えてるという事そのものも、誰にも打ち明けずにいました。まあそうだよな。「実はオレ悩んでるんだ」「ほう、直井らしくないな。どうした?話してみろよ」「うん、デンワキンユーシンの意味がわからない」「・・・」っていう展開は、かなり謎だし・・・。
 いよいよこの謎解きに別れを告げる日が来ました。半年って、一つの区切りをつけるのにふさわしい時間なのかも。私は途中下車して、大蔵洋菓子店を訪ねてみることにしました。住所はわからないけど、電車から見えた風景だけを頼りに、住宅街のど真ん中を探索すると、例の看板が見えてきて、目指すお店を発見しました。うわ!ケーキ屋さんじゃなかったぁぁっ!(続く)

5月15日 秩父ミューズの森10km完走

 久しぶりにやって参りました秩父ミューズパーク。思えば、この大会も私にとって大きな分岐点でした。青梅マラソンには地元民として毎年出ることにしましたが、ふと何気なく、青梅以外の大会ってどんな雰囲気なんだろう?という興味で、初めて青梅以外にエントリーしたのがここ秩父。ここから先はあれよあれよという間に増えていって現在に至る。
 過去の記録は、2012年が62’08”、2013年が57’07”です。14年、15年は日程が合わなくてエントリーしなかったので、今回は3年ぶり3度目の出場。初参加の12年は、高低差140mの壁に阻まれ、まさかの1時間超え。余りの悔しさにリベンジを誓って、を秩父対策に重点を置いたトレーニングコースに変更。翌年、一気に5分短縮を達成したのでした。さあ、3年間の成長ぶりを見せつけることができたのだろうか・・・。記録を見よ!ジャーン!
 

 55分28秒!全部同じ条件の公式記録だから、1分40秒の短縮ということで、大満足の結果です。でも逆に考えると、この超過酷コースで55分なのに、なんで青梅で50分切れなかったのか悔やまれる。では詳細レポに移ります。

 今日は朝のうちは曇っていて、気温もヒンヤリでした。写真1枚目は「武甲山」っていうの?ちょっとぼやけてます。手前の救急車が不吉な雰囲気を醸し出してる(笑)お世話にならないように気を付けないとな・・・。
 駐車場に着いたのは8時より前だったので、受付済ませて再び1時間仮眠して、9時の開会式に参列。ここの大会では、最高齢者賞の表彰があるので、開会式の最中に自分一人でこっそり「最高齢者当てクイズ」に挑みます。3年前に大ハズレしたから、今度こそ的中させるぞ!この参列者の中の、しかも前の方にいるのは間違いない。おっ、背中が曲がったおじいちゃん発見!ううう、大丈夫か?立ってるのもやっと・・・みたいだけど。というわけで、こりゃ確定でしょ。でも結果はまたまた大外しでした(泣笑)。紹介された81歳の方は、シャキっとしていて、どうみても60代でした。あと、元大東大監督の青葉さんが来賓で見えていて、ご挨拶されましたが「秩父の青葉を満喫してください」(場内笑)。瀬古さんの毒があちこちに回り始めているようだ。いよいよ10時半にスタート!

【1km毎のラップ】
4'17 4'38 4'58 6'22 7'54
5'42 5'56 5'42 5'31 4'18(?)
Total  55'20"(NET)  誤差 -130m

 スタート直後はかっ飛ばしました。最初の1kmはダラダラと20m下って、次の区間が連続して50mずつ下ります。だから、重力のお世話になりながら休めるかな、と思ったらそういうもんでもなかった(泣)。むしろ急な下りはブレーキかけながら走る感じで、最初の1kmより全然遅くなっちゃった(泣)。この無理がたたって、4〜5kmの140m登りは大撃沈。最後の方は歩いちゃいました。っていうか、もはや歩きの方が速い(笑)。後半5kmはずーっと、微妙な上りですが、ここで立て直せるところが3年間の成長を物語ってるな。最後の1kmは正しい距離に換算すると5分ちょうどくらいだろう。ハーフばっかり走るようになったので、10kmだと力が残せるようになったな。というわけでメデタシ。

 今日は秩父市街にすごく人や車が多くて、昼食をとろうにも、あちこちのお店の前に行列ができていました。うえ〜ん、走った後の食事や温泉も、マラソンの重要な要素なんだがな。残念ながら秩父を後にしました。ほとんど信号が無いような道ばかり通って、あっという間に青梅に到着。昼食はマルフジのお弁当(泣笑)

5月13日 パーヴォ・ヤルビー先生の指揮レッスン

 たまたまEテレのクラシック音楽番組を見ていたら、その日のN響を指揮したパーヴォヤルビーさんの、「指揮の極意」というコーナーがありました。てっきりインタビューに答えたり、お話しされるだけなのかと思ったら、何と何と、音大指揮科の学生さんを、直接レッスンするではありませんか!余りにも面白かったので、感想を書きま〜す。

 登場した音大生は、東京音大、桐朋音大、芸大・・・という日本のトップクラスの音大で指揮を専攻する学生さん。よく知らないけど、指揮科って定員少なくて、各学年2人くらいしか入学しないんじゃなかったっけ?課題曲はモーツアルトの交響曲41番。学生さんたち頑張ってました(笑)。←頑張ってました(笑)っていう言い方で、ニュアンス伝わるかな・・・。満員のお客さんがいて、しかもそのお客さんは一般人じゃなくて、おそらくアマでもプロでも指揮をやってる人々でしょう。それで、至近距離からは巨匠に見られてるんだから、力むなっていうのが無理な話。指揮者は最も偉い地位だからこそ、一番優位な環境でないと仕事はやりにくいと思います。お客さんが全員一般人で、どこかの市民オケ相手の指揮だったら、彼らはもっと伸び伸びと、オーラを発しながら振れたんじゃないかな。

 さて、パーヴォ先生のレッスンですが、目からウロコ・・・っていうことは全然無くて、すべてが「おお、やっぱりそうだよな。僕もあの場にいたらそれを言いいたい」っていうのの連続でした。ただ、指摘は正しくても、受け取る側のキャパが不足してる感じ。今の凄く失礼な言い方だから、誤解無いように補足すると、音大生たちは、ダメだっていうんじゃなくて人生経験が浅いんだろうな。パーヴォ先生の動作や表情だけ真似ようとしても、なんか取って付けたような違和感がありました。人生経験もそうだけど、指揮の経験ももしかしたら少ないっていうことも考えられるよな。

 そもそも音大の指揮科に入学する学生って、どんな経歴なんだろう?中学や高校の吹奏楽部で学生指揮者をやって、じゃあ音大で本格的に指揮を学ぶか・・・っていう流れは、あまり考えられないな。物凄く狭き門のはずだから、やっぱり幼少期から楽器を習ったり、英才教育を受けてきた可能性が高くて、どちらかと言えば独奏経験が長い人だと思います。音大に入学した後は、いつ指揮をしているんだろう?そういつもいつもオーケストラを独占できるとは思えない・・・。
 って〜事は、もしかするともしかして、普通の大学のオケや吹奏楽や合唱団の学生指揮者の方が、指揮の経験値としては格段に高いんじゃないかと思うのです。実際、私が学生の頃、大学合唱団の学生指揮者の中には、凄いオーラを放ちながらメンバーの気持ちを掌握できる人がいました。ご本人の許諾無しに実名を上げさせてもらうと、私の2つ上の先輩で、都立大グリークラブの左右田さん、中大グリークラブの今井さん。今思い出すと、この2人の先輩は、音楽的な素養ももちろんありましたが、やっぱり経験に裏打ちされた自信を武器に、光り輝いていたと思います。私も指揮というものを始めてから35年経ちますが、誰に聞いても、私のオーラだけは増加傾向にあるみたいなので、改めて「指揮とは経験値が重要」って言えると思います。
 いや〜、それにしても面白い番組だったな。またやらないかな・・・。

5月 4日 春日部大凧マラソン:ズタボロ完走

 朝は暴風雨で、先日の相模原の再現かと心配しましたが、天気は急速に回復。ただ、風は強いままで気温がぐんぐん上昇し、厳しい戦いとなりました。結果を見よう。

【1km毎のラップ】
6'04 5'25 5'28 5'25 6'13 5'50 5'52 5'56 5'50 5'31
6'03 5'39 6'22 6'27 6'59 6'14 6'32 7'47 7'22 7'08 6'45 (0'30)
Total  2゜11'23"(NET)  誤差ほとんど無し。

 かなり早めに家を出たのですが、強風の影響で中央線が大幅遅れ。立川駅構内で30分足止めされてしまい、現地に着いてから少々慌ただしかったな。この辺から既に敗色濃厚な雰囲気だった(泣)。完走証に記載された気象データは、「午前9時現在で、気温21度、湿度92%」 天気予報では、30度超えの真夏日になるかもって言ってました。実際、青梅では超えたらしい(汗)。

 さて、スタートは10時04分。最初はまあまあの滑り出しだったんだよな。しか〜し、1回目の給水所で信じられない光景が!なんと水を貰おうとする人々で大混雑していたのです。いつもだったら、走りながら受け取って走りながら飲んだりもできるのが、今日は完全に立ち止まって、しかも順番を守って並ばないともらえない状況。とにかく暑いので、いつもだったらスルーしてもいいところ、今日は全員が貰おうとする・・・。いきなり50秒近くロスしたことで、今日は2時間切りは無理そうだから、完走狙いに変更!と、気持ちが萎えたことで、ここから先のペースが大幅ダウン。だが、本当の悲劇が待っていたのはこの先だったぁぁっ!

 土手に上がる直前の給水所だったっけ?ランナーに向けてホースで霧状に散水してくれて、これがえらく気持ちよく、一時的にペースが復活したのだ。よく箱根駅伝のランナーたちも頭からぶっかけてるけど、そうか、こういう効果があったのか。ヨシ!次から自分も実行するぞ!
 後半戦のの給水所では、さらなる修羅場となっていました。あるおじいちゃんランナーが、1杯では足りず、おかわりを貰おうと企てた。マラソンの給水所では、でっかいバケツから柄杓でついでゆくのですが、そのおじいちゃん、なんと空になった自分の紙コップをデカバケツに突っ込んだ!当然のことながら、おじいちゃんの手首くらいまでが水没。あ〜あ、見なかったことにしよう。あんなデカいバケツにおじいちゃんの1人や2人ダシを取ったところで、気づくわけないしな。
 そんな衝撃のシーンに気を取られながら、私は頭から水をかけ・・・うわ!気づくの一瞬遅かった!スポーツドリンクかけちゃった!(泣) 慌てて水の方をもらって、頭から洗い流すようにしてかぶる・・・けど、洗うどころか、スポーツドリンクが衣服全体にまんべんなく拡がったに過ぎない。それにしても全身がグチョグチョになって気持ち悪いし、手を振るのも足を動かすのにも、何か抵抗を感じる。そんな余計な力を使ったせいか、ついに残り4kmで大撃沈。久しぶりに7分超えのラップが並び、もはや歩いてるのと変わらん。どうにか完走だけは果たしたものの、タイムは歴代2位(悪い方から)

 さらに追い討ちがかかります。大宮の湯煙横丁に行こうとして、去年のあいまいな記憶を頼りに路線バスに乗って、三橋2丁目で降りたんだけど、あれ?無いぞ。17号バイパスを1kmくらい南下しても全然無い。いよいよおかしいと思って携帯で調べたら、なんと三橋5丁目ではありませんか。少し周辺を歩くと、三橋4丁目という住居表示を発見。もう目と鼻の先だな。しかし・・・見つからん。なぜだ?5丁目って4丁目の隣のはず・・・という先入観が、詰めを甘くさせてしまったのです。実は5丁目は2丁目より1km以上北側で、私が迷い込んだ4丁目エリアから、2kmくらい北上しなければなりませんでした。あ〜あ、21km走った後に、もう4km歩いちゃった。
 今度こそ本当に至近距離にいるはずなのに、なかなか温泉の建物が見えて来ない。原因は、おじさんの大きな顔が邪魔してるせいでした。(写真) 探してるの、お前じゃ無いよ!と全力で叫びたかったな。湯けむり横丁は、この看板の裏手。いい湯でした。
 

4月17日 雨ニモマケタ、風ニモマケタ

 相模原の米軍施設で開催された、東日本親善マラソンに参加してきました。まずは記録を見よう!

【1km毎のラップ】
5'25 5'25 5'14 以上(泣笑)

 ハーフマラソンなのに、なんと序盤の3km地点でリタイア。いや〜、何のために相模原まで出かけたんだって言われたら、返す言葉は無いんだけどねえ。でも、今日の天気は余りにも過酷だったので、途中リタイアに悔いはありません。

 今日は比較的近い相模原で、スタート時刻が11時45分。群馬県で9時半スタートだったり、山梨県で8時スタートなんてのも経験してるから、そういうのに比べたら、桁違いに余裕のあるスケジュールです。朝は家でガッツリ食べて、9時頃に相模原駅でうどんを1杯。さあ会場入り!と張りきっても、まだ2時間以上あるんだよな。ストレッチに時間をかけるとするか・・・なんて呑気な事を考えていたが、この時点で雨が降ったり止んだり。そして、風が急速に強まってきたぁぁっ!ウォーミングアップどころじゃなくて、雨宿りの場所確保に大忙し。テントの下は既に避難所状態で足の踏み場も無いから、とりあえず大きな木の下あたりに行って、雨が弱まった瞬間を狙ってジョギングを開始。でもすぐに雨足が強まってきて再び待避・・・の繰り返し。
 この時点で、もう今日は参加賞だけ貰って帰ろうかな、と思ったけど、天気が回復する可能性もあるので、いちおうスタートラインには立つことに。・・・とその時、信じられない光景が!よく工事現場なんかで見かける簡易トイレ・・・マラソン大会では、定番アイテムなんだけど、それが2つほど風で吹っ飛ばされてんの!まさか人は入っていなかっただろうな(汗)。そんな状況下、スタートの待ち時間で、頭からつま先までビショ濡れ。そして、スタートした後も暴風雨は更に強まり、雨が目に入ってくるので前がよく見えず、水たまりだらけなので靴もグショグショ。何より、水を吸った衣類が重く張り付いてきて、身体が全然温まらん。もはや八甲田山状態で、走るとかいう以前に、暴風雨の中に2時間さらされるだけの大我慢大会じゃんか。というわけで、今日は止め!走るのは、もっとコンディションの良い日に、あらためて頑張りましょう。
 相模原でちょこっと買い物して、ひと駅隣の橋本で軽くランチタイム。午後3時くらいに帰宅した時には、完全に青空が復活していました。21km走るはずの日に3kmしか走ってないんだから、よっしゃ、ちょこっと行って来るか・・・ということで、あらためて自宅周辺を10km走りました。次回は5月4日の春日部だけど、この大会だけまだ2時間切れてないので、今日の分も併せて爆走してきます。

4月 8日 夜の「賭けB」

 プロ野球選手が、プロ野球の勝敗に賭ける「野球賭博」・・・これ絶対アウト。だって普通に考えたって、自分が勝敗を左右できる立場にいるわけだから、インサイダー取引きそのものだな。バドミントン選手が違法賭博・・・バドミントン選手に限らず、誰がやったってアウトなんだから、やっぱりアウト。プロ野球選手が、仲間うちでプレーの内容に賭けて現金をやり取り・・・このくらいは、どうって事ないんじゃないの?
 以上が私の、っていうより世間一般の感覚だと思いますが、いかがでしょう。お金を賭けることは、たいていイケナイ事に分類されますが、賭けるとプレーに真剣みが増して、よりスリリングで楽しいものになるのは疑いない事実。もう時効ですが、私も若い頃、賭けスポーツに熱中していた時期があります。その競技は「賭けバスケ」(笑)
 中学校の教員時代、午後6時を回って、生徒がいなくなった体育館では、20代の教員たちがバスケットボールに興じておりました。本格的に試合形式でやると疲れるから、もっぱらフリースロー大会や、スリーポイントシュート大会をやっていました。いい汗かいた後には、美味しいビールが待っています。待っています・・・は逆かもな。一番負けた人がみんなの分を買いに行くんだから、みんなの方が、ビールの到着を待っています(笑)。今のご時世じゃ考えられない事だけど、もちろん校内で飲んでました。買いに行かされるだけでも十分に罰ゲームだけど、勝者のメリットが薄いので、新ルールが設立されました。「最下位の人は、優勝者に1本おごる」・・・これで、俄然モチベーションが上がります。賭けバスケはその後、「賭けB」という隠語で呼ばれるようになりました。
 間もなく、更なるルール改正が行われる。例えば6人で競技するとき、優勝争いと最下位争いは熾烈ですが、2位〜5位の中間順位の人々のモチベーションが上がりません。そこで考案された新ルール・・・「最下位は優勝者に2本、ブービー賞が準優勝者に1本おごる」という、いわゆる大貧民方式。賭けのレートは、バスケ部顧問が発表します。同じ6人参加でも、「本日のレートは2本1本!」。もっと過激な日もあります。最下位→優勝者に3本、5位→2位に2本、4位→3位に1本。これ、全員がおごる側かおごられる側になるから、「3本2本1本!」とコールされた日は、いつもにも増して真剣勝負。
 ただ、こういうレートって、どうしてもエスカレートする性質があります。人間て、同じレベルの刺激が物足りなくなってくるんでしょうね。「5本3本1本」とか「2席1席」がコールされた事があります。2席って、飲み会をまるまる2回おごるって事だから、もちろん実際に決済されたことはないけど、積もり積もった負け分が「30席」くらいになった人はいました(笑)。うやむやにしたけど・・・。
 中学校の教員が集団で賭け事とはけしからん、て批判されても仕方ないけど、驚異的に親睦が深まって、日々のきつい仕事を乗り越える活力になってたのは事実です。だから、可愛いレベルの金銭のやり取りまで、目くじら立てないであげてほしいです。

4月 3日 自己ベスト阻まれる(謎)

 行田鉄剣マラソン、ハーフの部、完走してきました。先週、好記録を出したばかりなので、今日も・・・ってわけには、なかなか行かないんだよな。この大会は、高低差は無いに等しいんですが、後半15kmあたりから公園内の石畳、砂利道、急カーブの連続・・・という難コースです。これを攻略するには、身も心も行田市民に成りきる必要があり、そのためには名物「ゼリーフライ」を食べるのが唯一の道である(笑)。そもそも「ゼリーフライ」って何なんだ?
 
 ゼリーフライ売場の看板にも「これってなあに???」とか書いてやんの。種明かししちゃうと、野菜コロッケを想像してもらうのがいいな。ただ、コロッケよりもしっとり感が強くて、パサパサしてないし、衣も薄くパリっと揚げてあります。形が小判に似ているから銭フライ・・・なまってゼリーフライなんだとさ。謎めいたネーミングにして、「何だろう?」で客寄せする戦略だな。魚津市の蜃気楼ソフトクリームと同じだ。

 開会式で審判長が、「今回はコース変更しました」と発言。昨年、我ながら素晴らしい記録が出たのですが、実はコースが600mも短かったのが原因でした。ネットの口コミでも、多くのランナーがそのことを指摘していたので、大会本部も修正せざるを得なかったんだろうな。審判長、言い終わった後に、ニヤリと微笑んだような・・・。気のせいかな。9時半、いよいよスタートです。

【1km毎のラップ】
5'17 5'22 5'18 5'24 5'21 5'16 5'10 5'26 5'19 5'27
5'28 5'32 5'31 5'32 5'38 5'36 5'39 5'31 5'24 5'27 5'31 (2'17)?
Total 1゜56'24"(NET)  GPS誤差:+290m

 計画としては先週と同じく、5分20秒の集団走で10kmまで行ってから、その時の調子によって考えることに・・・。距離表示もほぼ正確になってるな。前半はその計画通り進みましたが、徐々に気温が上がってきて、じわじわと落ちてきた(泣)。このくらいの暑さでやられるようじゃ、2020年の東京五輪はとてもじゃないが戦えない・・・と心配になります。
 そして古墳公園に差し掛かると、やっぱりキツ〜い(泣)。ゼリーフライの威力発揮されず(泣)。まあそれでも、公園を抜けて残り3kmからは少しペースアップして、自己ベストは無理にしても、1時間55分以内で行けそうな気がしてました。ところがぁぁっ!20km地点で私の時計はチロリンって鳴った・・・つまり誤差なく20kmを通過したはず。なのに、時計が21.1kmを過ぎてもゴールが無い(泣)。それもまだずいぶん先。うぎゃ〜、ここで完全に心が折れたわ。オマケの290mで一気にペースダウンして、ヨレヨレのゴールでした。
 ううう、審判長、あの後こう付け加えたかったに違いない。「昨年は距離が短くて、ご迷惑をおかけ致しました。物足りない想いをされた皆さんに、今年は去年の分まで走っていただきますので、存分にいい汗を流してください」。ご配慮はありがたいけど、距離はやっぱりピッタリがいいです。
 
 というわけで、単純計算で21.0975kmのタイムを算出すると、1時間55分ちょうどくらいの出来でした。1人慰労会は、名栗川の「さわらびの湯」で、桜を見ながらの露天風呂。帰宅すると、お寿司とビールとケーキとコーヒーが待ってて、充実のお誕生日となりました。そう、お誕生日で〜す。次は2週間後に相模原でハーフマラソンです。

3月27日 出るべくして出た自己ベスト

 ほ〜っほっほっほ!埼玉県上里町で行われた、乾武マラソン大会で、ハーフマラソン自己ベスト更新しましたよ〜だ。

【1km毎のラップ】
5'18 5'18 5'13 5'10 5'10 5'17 5'15 5'21 5'04 5'11
5'18 5'12 5'11 5'18 5'30 5'32 5'23 5'32 5'13 5'17 5'09 (0'30)
Total 1゜51'23"(NET)  GPS誤差:ほぼ無し
※昨年の同大会で出した自己ベスト1゜53’09”(NET) を1分46秒更新

 昨年自己ベストを出した相性のいい大会で、今回も昨年同様、近くに宿を取って前泊。そして今朝のコンディションは、気温13度、曇り、無風。今回初めて、走り出す前からワクワクでした。もはや自己ベスト更新できない気がしないという気分だったな。しか〜し!すべてが順調だったわけではありません。

 宿は昨年と同じルートイン本庄駅南。早めに就寝して、朝は6時から大浴場。朝食バイキングも6時45分の一番乗り。二度目だから慣れたもんだ。昨年は、何時にチェックアウトとか、いろいろ考えながらの朝食でしたが、今回は何の心配もなくバイキング満喫。あ〜食った食った。え?待った、もうすぐハーフマラソンだよな。うわ!いつもの演奏旅行の時の感覚で、全種類制覇しちまった。明らかに食い過ぎ(汗)うわ〜、どうしよう?って、もはや全てを走りのエネルギーに変換するしか無い。でも、揚げ物系をたくさん食べたから、絶対に消化が悪いよな。そんな状態で会場に移動して、ウインナーや唐揚げの香り漂うゲップに悩まされながらのウォーミングアップ。そして9時20分、号砲は鳴ったのでした。

 この大会は、ハーフの部の参加者が800人弱なので、スタート直後から自分のペースで動き出せるので、とっても走りやすいです。昨年は5分20秒ペースの集団について行って自己ベストだったので、今回もとりあえず10キロまではその方針で、後半勝負かなと思ってスタートしました。ところが、気象条件が良いせいか、予定よりだいぶ速い。後半に入っても、給水や土手に登るところ以外では、まったく落ちず。むしろラスト3キロからペースを上げて行って、予想通り更新!順位も50代の部で、真ん中よりちょい上まで来ました。いや〜、ここ最近は終盤の崩れもほぼ無いし、いよいよ1時間40分台が見えてきたな。
 今日のコースは、走っていてとっても気分がいいです。田舎の住宅地らしく、一軒一軒がデカくて風情があるし、土手から見る菜の花畑と遠くの山々は、もはや別世界だな。ついでに自己ベストまで出せたので、今日はたいへん有意義な休日となりました。来週は行田です。走り終わった後に、名物「ゼリーフライ」を満喫してくる。

3月17日 スモールワールド

 今朝の79.5(FMナックファイブ)の入山ゼミ(経済評論家の入山先生が解説するコーナー)で、スモールワールドの話が出ました。とっても興味深かったので、早速「スモールワールド」で検索したら、ディズニーランドのイッツ・ア・スモールワールドの説明が出てきました。そっちじゃねぇんだよ!と心の中で絶叫。
 スモールワールドは、日本風に言うと、「世間は狭いねぇ〜」みたいな事です。フェイスブックなんかやってれば、しょっちゅうある事ですが、私の音楽仲間Aさんと、私の大学時代の同級生B君が、実は友達同士で、私の知らない領域で繋がってたことにビックリ。AさんB君は、お互いに「え〜っ!直井と知り合いなの」とビックリ。3人で声を揃えて、せぇのぉ「世間て狭いわねぇぇっ!」って事になるわけだ。
 さて、ここからが核心部分。もしAさんとB君が全く知らない者同士なら、Aさんから見たB君は、私を介した「友達の友達」ということになる。この時、AさんB君は、1人を介して繋がっている。では、世界中の人々の中から、全く無作為に2人を選んだら、何人を仲介すれば繋がるでしょう?例えば私から見た、ブラジル在住のロビーニョさんは、友達の友達の友達の友達の・・・・を何回繰り返せば行き着くの?って事です。番組パーソナリティの大野さんは「200人くらい?」って予想しましたが、私は瞬間的に「え?10人以下じゃない?」って思いました。正解は、平均6人だって。フェイスブック使用者に限定すると、平均4人ちょっとだそうだ。世界中のほぼ全員は、私の友達の友達の友達の友達の友達って事になります。営業戦略を考える時に、頭に置いておくべき数字ってことだろうな。

 私が10人以下を予想したのには理由があります。小学校4年生の時のこと。朝の会で、同じクラスのM子が、「ジャネット・リンと友達になった」と爆弾発言。一同「ええぇぇっ!」 ジャネット・リンは、札幌オリンピックで大活躍したフィギュアスケートの大スター。世界のアイドルです。M子は、こう説明してくれました。「私(M子)のお父さんが勤めている会社の、社長さんの娘さんがアメリカに留学していて、その子がジャネット・リンと同級生なの!」 むむっ、って〜ことは、オレたちはM子のクラスメートだから、
オレたちもジャネット・リンの友達だ!わ〜い!って大喜びしたものです。あらためて、私とジャネット・リンの繋がり確認しよう。私→M子→M子の父→父の勤務先の社長→社長の娘→ジャネット・リン・・・わお、たったの4人を介しただけで繋がった!この調子なら、ほとんどの芸能人やアイドルが友達になるな(笑)。
 ジャネット・リンとは話したことも無いので、友達というのは大ウソですが、人の繋がりを大切にすれば、どんどん友達の輪が広がるのは確かだと思います。

3月15日 親子が同じ学校にいると

 それは正に、うぎゃ〜!の連続でありましたが、息子の卒業により、ようやくその生活にピリオドを打つことができて、ホっとしております(笑)。親子が同じ学校で先生と生徒って、実はそんなに珍しくなく、私も過去に何組か見たことがあります。ただ、こういう組み合わせが発生するのは、子供が自ら志願して、親が勤めているのを承知の上で受験する場合が殆どです。先に子供の方が在籍している学校に、親が転勤してくるという事は有りえません。家族の在籍情報は前もって申告してあるので、異動作業の担当者が避けるわけだ。じゃあ我が家の場合は、というと、非常に微妙なケースでした。

 @まず息子が先に合格を決めた。Aその1ヶ月後に私は、同じ高校に転勤だと伝えられた。Bあの〜、その学校に息子が入学するんですけど、と言ってみた。Cちょっとした騒ぎになったみたい(笑) D知り合いの校長さんに聞いたら、あ〜それ多分他の学校にチェンジされるよって言った。Eでもチェンジされなかった(笑) F別の校長さんに聞いたら、特別な事情ってことで、すぐ次の年に転勤できるよって言われた。G半年くらいやってみて、別にいいやと思ったので、そのまま転勤せずに今日に至る(笑)


 基本的には、お互いやりにくいんですが、メリットも無いわけではない。
 @部活も同じで、息子は一時期部長も務めたので、部活の連絡は家でやれた(笑)。A息子は小学生の頃からジャズフェスティバルに出ることを夢見ていたが、私の学校にいたがために簡単に実現した。B三者面談がいつでもできる(笑)。C印鑑が必要な書類なんて、ちょっと職員室に来れば一瞬で完成(笑)。

 着任したときに、周囲から一番心配していただいた点は、息子の方が他の生徒から特別な目で見られることでした。例えば、私から赤点をつけられた生徒が、息子に向かって「お前のクソオヤジのせいでよぉ」なんて逆恨みとか・・・。私の知っている限り、そういう事件は聞いたことがありませんが、それを心配して、三年間ついに親子であることを隠し通した方もいらっしゃいます。我が家の場合は、そういったトラブルは、感じたことすらありませんでした。基本的に温かみのある生徒たちばかりだからな。

 何と言っても一番問題なのは、息子がダメダメな場合です。クラスの生徒が赤点取ったりずる休みしたような場合、我々は保護者に電話して、「親がしっかり監督しないと困る!」みたいに言うのですが、若い先生たちが、そのセリフを同僚である私に向かって言わねばならんわけだ。私は普段は若い先生たちに、「保護者にはこういう言い方をすると効果があるよ」みたいにレクチャーしてるから、もう何が何だかわからん。
 
 最後に卒業式当日のこと。ある人から訊かれたのは、「今日は教員と保護者の、どちらの気持ちが強いですか?」という質問。私も凄く不思議でしたが、気持ち的に「教員100%、保護者0%」でした。息子の卒業よりも、クラスの子たちの掌握や、吹奏楽部の演奏のことが頭の中を占めていました。校内でおめでとうと言われてもピンと来ないんだよな(笑)。まあ、そんな三年間でした。
 結論を言おう。やはり親子同じ学校は、避けるに越したことはないと思います(泣笑)。

3月 6日 立川ハーフマラソン完走

 うぎゃ〜っ!という叫び声から、本日は入ります。まずはタイムを見よう。

【1km毎のラップ】
6’23 6’18 5’47 5’46 5’39 5’38 5’44 5’49 5’47 5’51
5’41 5’35 5’17 5’37 5’40 5’07 5’25 5’37 5’21 5’36 5’12 (1’13)?
Total  2°00’01 (NET) GPS誤差+160m
 2時間切りの目標に1秒届かず!もう一度叫ぼう。うぎゃぎゃぎゃ〜っ!でもこれ、自分の練習不足のせいじゃないんだよな。言い訳じゃなくてホントに。
 今回のコースは、昭和記念公園の隣にある立川駐屯地の滑走路からスタートして、公園をぐるっと回って、北側から入ります。箱根駅伝予選会をご存知の方ならイメージしやすいな。問題はそのスタート区分なのだ。今までに参加したどの大会でも、スタートの並び方はタイム順でした。どう考えたってそれが一番合理的だよな。ところがところが、今日はなんと「年齢順」!私はスタート時刻の30分前にスタンバイしたんだけど、50代はすごく後ろの方に固められてました。
 もしかして、ここは一時的な集合場所で、スタート時刻が迫ってきたら、前の方に誘導されるのかな?と思ったけど、3分前位になって駆け込んできた3040代の人々が、僕らよりはるか前方に行き、プラカードを持ったお姉さんが退場すると、僕ら50代はそのまま前進して40代の後ろに・・・。ええ〜っ?まさかでしょ?だって、50代の超速い人の前に40代の激遅たちがブロックしてるって事じゃんか。そんな事を考えてるうちに、アナウンスも無い中でいきなり号砲。まさかは本当だった(泣)。
 いくら滑走路が広いったって、だんだん先細りになって行くので、本当に抜けません。なす術ないまま6分超のペースで運ばれてゆく。その後、少しずつペースアップを試みるも、とにかくコースが狭いので、相変わらず抜くのは大変。5kmを過ぎた頃、信じられない声が・・・。「関門閉鎖まであと5分!」ええ〜っ!僕のせいじゃなくても収容車行きって、そんなの有りですか?(泣)。その後12kmを過ぎたところで、広い道に出たから一気に追い越しを敢行。まだまだ余裕がありました。
 しか〜し、この先、公園に入ってからは微妙なアップダウンにやられて、思ったほどタイムが縮まらず。ラストスパートで駆け込んだけど、僅かに2時間超えでした。まあでも、ネットで確認したら、ラスト1.0975km545秒だから、失速どころか最後まで力が残っていたということで、ヨシとしよう。
 最後まで文句ばっかりですが、最初から5分半の人々と一緒にスタートできたら、2時間切りは楽勝だったはずだ。50代である限り限界があると思うんだけど、今日50代で表彰台に乗った3名は1時間16分台なんだよな。強い人はどんな条件でも強いってことでしょう。或いは空を飛んだか(笑)。

3月 5日 昭和っ子

 平成世代と昭和世代は、単に育った環境だけが違うのか、それとも気質が違うのか?最近、生徒だけでなく同僚にまで、大量の平成生まれが登場して、周囲を平成生まれに囲まれるような状況になっているので、色々考えさせられます。
 次の写真、何だか解りますか?1枚目は商品カタログだけど、これ、昭和40年代の男子小学生が乗り回してた自転車で〜す。地味な自転車しか見たこと無い平成世代の皆さんは、さぞぶったまげるであろう(笑)。ヘッドライトは左右2眼で、その下はウインカー。そして後ろが凄い!ウインカーに挟まれる形で、6連のフラッシャー。右折時はこれらの赤色灯が左から右に順に点灯します。下の丸いのはもちろんブレーキランプ。このブリジストンが出していたヤングウエイは、かなりの売れ筋だったと記憶しています。
 装備はこれだけにとどまらない!写真2枚目はスピードメーターと、5段変則ギヤのシフトレバーだ。更には、ラジオが聞けるものまで登場。私は、カワムラというメーカーが出していた、カワムラダイバーという機種が欲しかったな。ヘッドライトと別にオレンジ色のフォグランプが装備。夕暮れ時や、ちょっと霧がかかって視界が悪い時は、ヘッドライトではなくて、さりげなくフォグランプ・・・って、ううう、カッコ良すぎる(笑)。ただ、バカデカい単1電池を6本だか8本だか積まなくちゃならんから、やたら重かった覚えがある(笑)。
 
 

 大流行したのは確かですが、これらは1台5万円以上もしたから、当時みんながみんな買えたわけではありません。実際、私もママチャリで我慢した1人・・・っていうか、私の場合は嗜好が人と違ってたから、我慢ていう程じゃなかったけどな。

 さあ、お解りでしょうか。こういうド派手なチャリは、明らかにクルマ、それもスポーツカーを意識しています。昭和40年代の男子小学生は、クルマが大好きだったのだ。だから、クルマを運転する気分を味わえる自転車が爆発的に売れたのだと思います。私もクルマ大好きでしたが、実はスポーツカーには全く興味が無くて、20トン級の大型トラックや観光バスが好きだった(笑)。なので、我が家にあった、巨大な前カゴ付きで荷台も超広い、ガッシリとしたママチャリが、密かに気に入ってました(笑)。

 そんなド派手チャリブームが去ったということは、最近の男の子たちはクルマに興味が無いんだろか?私が小学生の時は、誰かのクルマに乗ったら、運転方法を真剣に観察したし、いろいろ質問もしました。だから、教習所に入る前に、マニュアル車のシフトチェンジ、クラッチペダルの使い方等は、ひと通り知ってたな。けど、うちの息子やその友達を観察してきた限りでは、明らかにクルマへの興味は薄いです。ただ乗ってるだけ〜みたいなんだよな。もしかすると、ゲームの世界で十分にスポーツカーの運転を体験できるから、満足なのかな。その辺は、文化人類学的に研究してみたい部分だ。昭和世代=肉食系、平成世代=草食系とか言われたりもするんですけど、私は完全な草食系だから、これは人それぞれである。

2月24日 組体操問題

 運動会の種目から組体操を無くす動きが活発になっています。ううう、やっとこういう時代が来たかって感じ。こんなに危険なものが今まで何十年も廃止されなかったのは、組体操から多くを学んだから、我が子にも経験させたいと願う人々が大勢を占めているのでしょうか?謎だ・・・。

 私は、高層ビルの最上階レストランが好きで、旅行先ではやたら展望台に登りたがるし、飛行機も怖がらないから、皆さんまさかと思われるのですが、実は高所恐怖症です。窓や手すりがあって、落ちないような対策が施されている場所は平気なんだけど、自分がバランスを崩したら落ちる、という場所が恐いです。だから、普通に言われる高所恐怖症とはちょっと違うのかもな。
 組体操で高層ものをやる時は、身体が大きかったので、たいてい一番下でした。今思い出しても、上から落っこちて来られる恐怖は、そんなに無かったな。落ちて来たとしても、色んな方向に落ちる可能性があり、直撃される確率は6分の1とかだ。本当に恐いのは自分が上になった時です。一度だけ、誰か休んだか何かの煽りで、タワーの中断にされたことがありました。立ってる人の肩の上に乗って、自分も立つわけだから、目の位置は地表から3mくらいになるけど、これでも私には十分過ぎる恐怖。驚くべきは、さらにこの上に立つ生徒がいるわけで、私が最上段を命じられたら、どんなにバランス良くても、恐怖から来る目眩で、確実に落ちたと思います。もちろん、そんな事態を招くまでもなく、足がすくんで立ち上がれないでしょうけど。

 私のような高所恐怖症は、確かにマイノリティでした。小学校に「登り棒」とか「登り綱」があって、みんなてっぺんまで登って隣の棒から降りてきたりしたけど、私はいつも途中までしか登らない。単純に恐くなるからです。腕の力に余裕があっても、わざと苦悶の表情を浮かべ、体力の限界のフリして落ちてました。高校1年の時の鉄棒テストで、足かけ上がりをやりました。ハッキリ言って楽勝だったんだけど、いわゆる高鉄棒(飛びつかなきゃならない高さ)でやらされて、上がったはいいけど恐すぎた。私はここでも、上がる一歩手前で力尽きたフリして降りました。2クラス合同だから40人ちょっといた男子の中で、高所恐怖症がもう1人だけいました。小柳くん(実名)は、更に悲惨な事に、足かけ上がりを見事成功させてしまい、恐怖の余り降りられなくなった(笑)。
 小柳くんは期せずしてカミングアウトしたけど、私は結局隠し通せちゃいました。恐いとか言うと、意気地なしの烙印を押されるから、なかなか言い出せないのだ。恐いのは高いところだけとは限りません。私が組体操以上に恐くて嫌だったのは、騎馬戦と棒倒しでした。何でこんな危ない競技があるんだろうと、不思議でなりません。観てる人々は、自分は痛くないから、プロレスの場外乱闘や闘犬でも観てる感覚だろうな。こうした恐怖を圧してでも頑張らせることで育つものとは・・・?

 騎馬戦では、私は常に一番危険が少ない右か左のサイドを担当。敵が迫って来たら、攻撃される前にやられたフリして自主崩壊(笑)。棒倒しでは、責任感が強いフリして棒を支える役。実はここが一番痛くない(笑)。これでお解りのように、ケガのリスクと引き替えに、育ったスキルは、「ズル賢さ」でありました(泣)。
 幸い、私は組体操の最中に事故に遭わなかったし、事故を目撃したこともありません。それどころか、中学生になってからというもの、吹奏楽部の打楽器奏者というだけで、組体操を免除でした。ドラムロール担当・・・これだけは、ズル賢さではなく、努力で勝ち取った地位だな。とにかく、普通にやっててもケガするような危ない事は、子供たちにやらせない・・・って当然過ぎると思います。

2月21日 青梅マラソン10km・完走

 ううう、惨敗(泣)。まずはタイムを見よう。

【1km毎のラップ】
5'13 5'01 4'53 5'11 4'50
5'04 5'05 4'51 4'57 4'50 (0'20)
Total  50'17"(NET)  GPS誤差 −70m

 最低限の目標である50分切りを、3大会ぶりに逃しました(泣)。全体的にはイーブンペースで、そんなに悪い感じがしないんだけど、昨年は7km以降にスピードアップしたのが、今年は出来なかったという差だな。敗因は何とママチャリ!
 実は、今日は応援演奏の準備でいったん多摩高に寄ってから、スタート地点に移動しました。スタート地点までは3kmあるので、アップを兼ねてジョギングで行くつもりでしたが、帰りの事を考えて、急きょ学校の自転車を使うことに・・・。いわゆるママチャリで、サドルが低い&変速機ナシ。3km漕いだだけで、両足の太モモが張ってくるのが判りました。まあ、ランニングで使う筋肉とは違うから大丈夫・・・じゃあ無かったぁぁっ!(泣)。初っぱなからいきなり足に来てる感じ。結局最後まで我慢と粘りの10kmになってしまいました。来年は絶対にジョギングで行く・・・っていうか、一番たくさん応援してもらえる大会で撃沈したのが悔しすぎたから、次回は何が何でも驚異的自己ベストでリベンジしたるわ!

 さて、青梅マラソン10kmのコース上には、もはや名物となった応援スポットがいくつかあります。お馴染み1km地点の、青梅総合高校和太鼓部。住之江町ではギターデュオが歌っていて、マイナー堂の「帰って来いよ〜」。帰りの宮ノ平ではQちゃんハイタッチ。実際こういうポイントの前を通ると元気になれるんだよな。それから、沿道からの応援は、スタートから東青梅駅あたりまではギッシリ。青梅駅付近も、ほぼ箱根駅伝状態。あとは日向和田の折返し地点にもギッシリ人がいます。そんな中、応援過疎地と言ってもいいのが、裏宿町の多摩高校付近でした。そこで今回、多摩高吹奏楽部による応援演奏を決行!(下の写真)
 

 昨年も青梅マラソンで演奏しましたが、場所は10kmゴール地点の市役所特設ステージでした。一番たくさんの人が集まる場所ではありましたが、聞かせる相手がすべてゴール後のランナーたち。「負けないで」を演奏しても、聞かせてる相手は既に負けちゃった人々だから、手遅れでしょってことで、今回は走行中のランナー全員に強制的に聞かせることに!曲のラインナップが凄い。ディープパープルメドレー、スパニッシュフィーバー、恋のカーニバル・・・。これでもかって位、うるさいのばっかり(笑)。その効果は・・・。

 いや〜、とっても喜んでもらえました。大会役員の方々からも感謝されて、来年もやってよって言われたし、ランナーだけじゃなく、付近の住民の皆さんがたくさん聴きに来られて、午前だけで終わりですと言ったら、たいへん残念がっておられました。うるさいからやめろって言われないか心配だったけど、絶賛されて良かったな。でも、そうなんです。午前で終了。つまり、10kmの部では往復聞けるけど、30kmの部は行きだけしか応援しない。むしろ帰りの方に手厚い応援が必要なのは解るのですが、演奏者が体力的にもたないのだ。帰りの先頭が多摩高前を通るのが12時50分頃で、最後のランナーが通るのは15時過ぎ。2時間以上に渡って、切れ目無く管楽器を吹き続けることは不可能です。来年は2バンド用意しておいて、交代制でやるかな。

 実は青梅総合高校の吹奏楽部も、今年初めて、学校前で応援演奏をやりました。私が初めてランナーとして出場した6年前、吹奏楽部の生徒たちは青梅マラソンの存在すら知らず、もちろん誰も応援に来たりはしませんでした。多摩高前なんて「梅園」のおじさんしかいなかった(笑)。この6年で、ずいぶん応援が活発になったと思います。っていうか、このイベントは50年間、こうやって地元に育てられて来たんだよな。本当に数ある市民マラソンの中で、別格だと感じます。ではまた来年、梅園前で会いましょう!

2月13日 ブラック学校

 昨年11月の記事「教員採用試験の倍率低下」の続きです。この記事のラストで、いま教員になるのはお得か?答は次回・・・みたいな事を言っておきながら、マラソンシーズンが始まり、車が当て逃げされたりで、すっかり忘れてました(笑)。今日こそズバリお答えしよう。答は「否」。教職を夢見て頑張ってる若者には申し訳ないけど、今はやめといた方がいいな。自分の職業をお薦めできないって、すごく悲しい事だけど、今の学校のブラック企業ぶりはハンパ無いです。子供たちに勉強を教えるのが好きな人は、塾や予備校に勤めるか、或いはフリーのプロ家庭教師でもいいかも。腕が良ければ評判が口コミで広がり、十分生活してゆけるだけ稼げます。(そうならないリスクも高いけど・・・)。あと10年くらいすれば、ブラック学校は改善の方向に動くと私は予想しています。塾で経験を積んで、学校の先生になるのは、その後でも遅くはない。

 おもに30代前半くらいの先生たちが、部活顧問の強制に反対する署名活動を開始しました。世間の反応は、きっとこんな感じ?「若いくせに甘ったれてんじゃねえよ。子供が好きで教師になったんだろ?部活くらいやれよ。40代以上のオジサンオバサン先生たちの方が、熱心に部活やってくれてるじゃんか。あ〜あ、今の若いヤツらはダメだ」 あまり部活をやりたがらない先生に対する、保護者からの風当たりは、実際にこうなので、まあ当たっているでしょう。そこで今日は、部活ドップリの私が、この若い先生たちを徹底的に擁護いたします。

 まず、50代の我々が若手だった頃と今とは、勤務環境がまるっきり違います。昭和60年の中学校でも、夜遅くまで仕事してる人はいましたし、私もその1人でしたが、ぶっちゃけ自分で自分を忙しくしていただけ(笑)。勤務時間はなんと16時まで。給食の時間も休憩じゃまくて仕事と見なしてもらえたから、普通のお役所より1時間早上がりできたわけだ。(今はだぶん無理) 本当に16時に帰っちゃう先生は大勢いました。つまり16時までに全仕事を終える事が可能だったってこと。逆に毎晩8時過ぎまで残業して、学級便りを日刊で発行する先生がいたけど、これも「日刊で書ける時間的余裕があった」ことの証拠っていう見方ができます。

 私自身は、夜遅くまで残って何してたかっていうと、学級便りもたくさん書いたけど、理科室にこもっていろんな実験を次々にリハーサルしてたな。別にやらなくてもいい事なんだけど、早く一人前になるために自主的にやってました。ううう、素晴らしい心がけだ。まあ今の若手には無理だろうな。研修や業績評価に追いまくられてるし、普通に授業をやったり授業の準備をすることの他に、新たに降りかかってくる仕事が、極めて多岐にわたります。一体オレたち、何屋さんなんだ?って思うこともしばしば。これで悲鳴をあげない方がおかしいよな。公務員だし給料も悪くないけど、身体や精神をぶっ壊しちゃったら元も子も無いから、ほんと今は薦めたくない。

 署名活動頑張ろう!私も署名する。また、自分のブログを通じて、外から見えない学校という世界が、今向かっている危険な状況をお知らせしてゆきます。こうしてみんなで力を合わせれば、10年後にはだいぶマシになってるかも・・・という期待をこめて、最後にもう一度。夢を壊してごめんなさい。教員になるのは、あと10年待ってからの方がいい。

2月 8日 神奈川マラソン(ハーフ)完走

 昨夜のアクセスカウンターが80件。誰も読んでいないと思っていたマラソン編でしたが、メインであるはずの音楽編より読者数が多いことが判明(泣笑)。思うに、私の音楽編は自慢話ばっかりで鼻につくけど、マラソンの方は激弱だから、読んでいて和むのだろう。ではあらためて、皆様のご期待に応えて、神奈川マラソン激遅乾燥機じゃない完走記です。
 
 磯子駅前をスタートして工場地帯を駆け抜けるこの大会は、起伏がほとんど無いので、記録狙いのチャンスです。過去2回は2時間0分台と2時間2分台。今回こそは2時間切りという覚悟で、新兵器アームウォーマーを装着(写真)。これは腕を温めて低体温症を防ぐだけでなく、腕を振る際の「お肉ぷるぷる」を抑えてスムースな動きを作るのだ。時計はもちろんGPS付きのGARMIN。これだけ見れば、もはや速い人っぽいな(笑)。そして、Tシャツは一昨年の神奈川マラソンのやつを着ることで、いかにも常連らしさを醸しだす。ううん、完璧だ。演出だけは・・・(笑)。さあ、結果は。

【1km毎のラップ】
5'22 5'24 5'27 5'46 5'25 5'23 5'34 5'30 5'26 5'26
5'25 5'31 5'33 5'33 5'34 5'23 5'41 5'35 5'52 5'50 5'57 (1'48)
Total 1゜58'24"(NET)  GPS誤差 −180m

今回はスタート位置がA〜Fのうち、Dブロックの前の方だったので、初っぱなから美しいラップタイムを刻むことができました。多分、2時間切りくらいを目標にしてる人々が集結してる辺りで、ほとんど集団走。こういう時は、誰かが運転してくれる乗り物に乗るイメージでいると疲れない。しか〜し!11km過ぎから微妙にラップが落ちる。集団が丸ごと疲れてきたって感じ。自分はまだまだ余裕があると思ったので、15km過ぎに前に出る!フルマラソンは30km過ぎからが勝負って言うじゃんか。ハーフなら15kmからなんだよ。どうだどうだ、ついて来れまい。集団に見切りをつけてやったぜ。いや〜、1人抜け出すって気分いいな〜。しか〜し、これが裏目に出たぁぁっ!余計な力を使ったおかげで、足が重くなってきて、さっき置いてきぼりにしたはずの集団から抜き返されて、しかも置いてかれた(泣)。結局、19kmからお約束の失速。だた、大崩れしないで済んだから、なんとか2時間以内で入れました。

 今回、優勝したのは青山学院大学の一色君で、1時間03分ちょうどくらい。本気で走ったら1時間00分台くらいの力を持ってるはずだから、インタビューで「今日はジョギングでした」とか言ってるのも、大ボラでは無さそうだ。先頭集団とは2回すれ違ったけど、青山学院の緑だらけ、っていうか、もはや緑一色(←ある競技ではリューイーソーと読む)。他大学も意地を見せて欲しいな。

 さあ、これでハーフ2時間切っていないのは春日部のみとなった。今後の予定を告知しよう。10K→青梅、秩父。ハーフ→立川、上里、行田、東日本親善(相模原)、春日部、山中湖。甘楽町と軽井沢が、バンド練習の都合で今年はパス。どこかでご一緒する予定の方は、是非声かけてください。

2月 1日 メモリー不足

 いや〜皆さん、お久しぶりです。生きてますか〜等のメールまでいただいてしまう始末・・・。倒れたりはしていませんのでご安心ください。倒れてはいないけれど、脳のメモリーがオーバーフローを起こして、思考停止状態に陥ったのは何日間かあったけどな(泣)

 新学期が始まって、1月14日から3泊4日の修学旅行。帰ってきた直後の土曜にジャズフェスがあって、その翌週つまり昨日が青梅のブラスフェスティバル。私は2年生の学年主任であり、吹奏楽部のメイン顧問であり、社会人バンドの常任指揮者であるので、自分にとっての巨大イベントが3週連続したことになります。冷静に考えたら、これ普通は倒れるだろうな(笑)。何とか倒れずに済んだ要因としては、修学旅行の段取りを若手に丸投げしたことと、吹奏楽部に旧顧問たち(我々は終身名誉顧問と呼ぶ・・・笑)が駆けつけて、指導にあたってくれたことです。吹奏楽部顧問て、指揮者兼マネージャー兼楽器運搬車のドライバーだったりするから、どこか手伝ってもらうだけで凄く心強いんだよな。私もそういう終身顧問を目指したいと思います。

 2年前に学年主任になってビックリしたことは、何でもかんでも私の意向を尋ねて来られることでした。自分のチームメイトからじゃなくて、外の部署からです。中には凄く細かいことまであって、私の本音としては「そんなの、どっちでもええわ。勝手に決めてくれ!」って言いたいようなことも多々ありましたが、先方としても、「勝手に決められた」という不満を招かないために、どんな細かいことでも「学年のご意向は?」ってならざるを得ず、そのターゲットはというと、チーム内でも飛び抜けた年長者である私になるわけだ。いや〜、脳の容量にはある程度自信があって、いくつかのプロジェクトを同時進行させたりも得意だったけど、正直こりゃ持たないなという危険を察知しました。そこで私が採った対策は至って簡単。若手に仕事を振っちゃうのだ(笑)。うちの若手軍団は極めて優秀なので、メデタシメデタシ(笑)。

 ところが、これが仕事でなく趣味のサークル活動となると、仕事を振ることが、より難しくなります。乱暴な言い方をしちゃえば、賃金が出ないんだから、面倒な仕事を一切やらないのが一番お得なわけで、○○委員なんて引き受けてくれる人は、ハッキリ言って神のような存在。だから余計に、その委員さんたちの負担を軽くしてあげたいという気持ちも働いて、自分の抱え込み傾向が強まり、挙げ句キャパオーバーを起こして当日ドタバタになる・・・っていう悪いパターンなんだよな。・・・というわけで、ひたすら頭が疲れた1月だったので、3月の定演には気持ちの余裕をもって臨みたいところ。さて次回はお待ちかね。中高年必見、私がこの2年間で会得した「若手に仕事を丸投げするコツ」を述べますので、お楽しみに(笑)。

1月 5日 箱根駅伝の余韻編
  
 箱根駅伝から一夜明けた昨日、発作的に「箱根駅伝ミュージアム」に行くことにしました(笑)。圏央道開通で、我が西多摩地方から湘南方面へのアクセスは非常に改善され、小田原までほぼ自動車専用道で行けます。さあ無計画にスタート!でも、実は私のカーナビには圏央道無い(泣)。海老名JCTで東名に入れることだけは知ってるけど、確かいつも混んでるんだよな。やめたやめた、圏央厚木とかいう所で降りて、あとは129〜246で小田原まで行くとしよう。これなら何度か走ったことあるコースだ。しか〜し!次の瞬間、私の計画に大きな修正が加わるぅぅっ!
 国道246を西に進行中、愛甲石田駅近くのコインパーキングが目にとまる。最大料金1100円か・・・武蔵増戸の500円にはかなわないけど、まあまあだな。しかもパーク&ライド割引き付き!(直前の電車利用履歴が残ってるsuicaで払うと割引きを受けられる)。よっしゃ!ここで車を放棄して、小田急線で小田原に向かうことにする。その先は、国道1号を路線バスで箱根まで登る。5区のコースは、車で何度か走ったことはあるんだけど、やっぱり自分で運転してると、よくわからないんだよな。だから、今日は他人の運転でバーチャル「山の神」体験だ。ううう、何という名案であろうか。

 バスは意外とガラ空きで、私は最前部の特等席をGET!よく見覚えのある鈴広かまぼこの前を通過して、箱根湯本駅に到着すると、ドっと乗り込んで来てほぼ満席。そうかそうか、みんな考えることは同じだな。昨日の興奮冷めやらぬ中、駅伝聖地巡礼・・・なわけないか(笑)。しか〜し!函嶺洞門(かんれいどうもん)を左に見ながらバイパスを進むとき、満員の乗客が一斉に「ほら、あれ、かんれいどうもんだ」「ほんとだ、あれだあれだ」とザワつき始めた。お前ら、やっぱり聖地巡礼者だろがぁぁっ!
 この函嶺洞門を過ぎた直後から、きつい上り坂が始まります。テレビ中継だとよくわからないんだけど、これ相当に急。うちの近所の、二つ塚峠とか、五日市駅から大久野中学校に向かう道に、まったく引けを取らない急坂です。急なのが続いた後に、少しだけ傾斜が緩くなるけど、またすぐに急になる・・・の繰り返し。
 中でも大平台ヘアピンカーブの先は、特にきつそうだな・・・なんて思って見てたら、わお!走ってる人がいる!箱根ランナーたちが、いきなり来年に向けて5区の練習を開始してるわけないから、普通の市民ランナーなんだけど、やっぱり昨日の余韻で、山の神体験したくなったのかな。わお!両手にストック持って歩いてる集団もいる!この人たちも「5区を歩いてみよう」なんてイベントに参加してるのかな・・・とか勝手に想像しました。どうなんでしょ、国道1号を半日通行止めにして、「山の神に挑戦!5区マラソン大会」とか開いたら、日本全国から応募者殺到な気がするけど(笑)。
 バスは宮ノ下を左折、例の「名前コール」してくれるポイントです。ここでたっぷり元気を貰った・・・としても、ここからがまた地獄の上り。次に元気を貰えるのが小湧園なんだけど、小湧園から先はもはや、容赦ないっていうか完膚無きまでに叩きのめされるような上り。いや〜、これをキロ4分切りで登るなんて、凄いとかいうレベルじゃなく、ただただ超人的だ。私がここを山の神と一緒に走ったら、百メートルも持たないし、ゆっくりでも完走は無理だ。下りの6区なら2時間くらいで完走できそうだから、6区の大会だったら出たい(笑)。

 というわけで、バーチャル山の神を終えた終点には、箱根駅伝ミュージアム。実は初めて訪れたんだけど、そうねぇ、展示内容がけっこう新しめなので、昔のタスキ、ユニフォーム、伴走用のジープとか、そういうの見たかったな。ミュージアムのすぐ横が往路ゴール地点。皆さんも、ここに来るなら是非、路線バスのバーチャル5区がお勧めですよ〜。
 関所跡とか寄せ木細工とか見ながらブラブラして、箱根町のバス停に戻って来たら、運転手さんが「箱根神社までの渋滞が酷いから、ここから乗ると1時間くらい余計にかかる」と教えてくれました。私「わお!そりゃ困ったな。どうしたらいいですか?」 ジャージ姿で運動靴の私に向かって、運転手さん「そうねぇ、お見受けしたところ、ランナーですよね?小田原まで走って下っちゃいなよ」なんて言うわけない。1キロちょい離れた元箱根まで歩いた方が得策とのことで、微動だにしない車列を徒歩で追い抜き、湯本行きのバスに乗りました。このままバーチャル6区でも良かったんだけど、小湧谷を通る時、運転手さんが「国道の渋滞が激しいので、湯本までお急ぎの方は、こちらで降りて電車の方がいいですよ」とアナウンス。いや〜、箱根のバスはどこまで親切なんでしょう。
 
 期せずして、箱根登山電車に初乗車。途中3回もスイッチバックしながら下るんだよな。時々、観光客向けのアナウンスも入ったりして、凄〜い旅行気分。最後は箱根湯本駅周辺でつまみ食い→小田急線で爆睡→愛甲石田で車をピックアップ→下道で帰宅。仕事始めは仕事せず、すっかり遊んじゃいました。
 最後に提言。「山の神に挑戦ロードレース大会」は絶対にヒットすると思うけど、「山の神バス」も運行したらいいな。車内アナウンスを完全に箱根駅伝仕様にして、「次は宮の下。小田原中継所からの標高差は☆メートル。柏原選手が○人抜いて△位まで浮上したポイントでございます」とか。聖地巡礼者は少なからずいるはずなので、それらをターゲットにした戦略はいろいろ考えられると思います。

1月 3日 完全優勝

 私が小学生の時、野球のルールに関してある誤解をしていました。オールスター戦で、たしか江夏投手だったと思いますが、9人連続三振という凄いことをやってのけました。私は、それが「完全試合」だと思っていました。後で知ったところでは、1人のランナーも出さないのが完全試合で、何も全員を三振に仕留める必要は無かったのですが、実は今でも、私の気持ちとしては「27人連続三振こそ真の完全試合」という想いはあります。
 何が言いたいかというと、完全て、どこまでを完全と捉えるかが難しいので、安易に「完全」の2文字を使うことには反対なのだ。今回の青山学院は全区間を1位で通過したので「完全優勝」と言われますが、私は敢えて提言したい。駅伝における完全優勝とは、全区間で区間賞を取ること。青学は10区間中6区間で区間賞を取りましたが、4つは取りこぼしたので、まだ完全ではありませんな。まあいいや、表彰に移ります。

【最優秀賞】秋山(日体大6区)、関東学生連合チーム
【優秀賞】鶴見のスタート係員、日テレ、サッポロビール
【ダメダメ】五郎丸って言ったアナウンサーを批判する人々、メタボな白バイ隊員

 6区では下りのスペシャリストが相次いで降板する中で、怪記録が生まれました。日体大の秋山は「区間記録更新」宣言した上での有言実行で文句ナシのMVP。最近の傾向として、ビッグマウスの有言不実行が多いんだよな。青学の選手のほとんどが「区間記録更新が目標だったけど、コンディションが悪かったので残念。区間賞は取れたから、まあヨシとしよう」みたいな事を言ってます。有言がカッコいいんじゃなくて、有言実行がカッコいいんですよ〜だ。それにしても、村井君(青学)vs三浦君(早稲田)の下り対決は見たかったな〜(泣)
 復路って、往路以上にどんどん差が広がる傾向があります。みんな一生懸命やってはいるんだけど、どうしても上位争いやシード権争いの蚊帳の外に置かれたチームは、区間2桁後半の順位がズラ〜みたいになりがち。そんな中、そもそも順位がつかない学連選抜のメンバーは大健闘しました。ほぼ全員が真ん中へんの順位で走り終えてるんじゃないだろか。来年の予餞会では、再び2〜3校の入れ替えがあるだろうな、という確信を持ちました。
 9区→10区の繰り上げスタートって、ムゴすぎるぜ。あと2〜3秒で無情のスタート。あのピストルを撃った係の人は、仕事とはいえ、辛かったろうな。私には無理だ。私だったら絶対にあそこで、ちょこっとだけ待ってあげちゃう(笑)。
 聖域なき改革断行の日テレは、やはり優秀賞。本日も見事に瀬古さんの動きを封じて(笑)、わかりやすい解説を全面に出せました。瀬古さんはインタビュー時に乱入したものの、目立った失言やスベリも無く、入賞を免れることとなりました(笑)。
 サッポロビールのCMのクオリティの高さには脱帽します。今年の「大人エレベーター」は黒田投手でしたが、いい話ばかりでした。あと、箱根駅伝を応援する人々の中に、さりげなく今井さんや佐藤悠基さんや渡辺監督がいたりするやつも、よく作ったな〜って感じ。

 昨日、東洋大5区の五郎谷選手を、五郎丸って言い間違えたアナウンサーを、誰が批判できますか?これ、間違えるでしょ?だって番組の中で流れてるフジカラーのCMに、五郎丸さん出演してんのよ。私だってね、昨日のブログ書きながら、いったん五郎丸って打っちゃってから、谷に直しましたよ。こういうのを捕まえて、鬼の首を取ったようにツイートする連中はろくなもんじゃないな。せいぜい頑張って、ノーミス・パーフェクトな人生を送ってくれるんでしょうな。
 一つ気になることを言わせてもらいます。先導の白バイ隊員は、一様に太りすぎていないだろうか。ヘルメットがピッタリ過ぎて、ほっぺのお肉がハミ出しているだけなのか、駅伝選手が痩せすぎているために、相対的に太って見えるだけなのか・・・?いや、どうみても太いと思う。笑い物にするつもりではなく、単に心配なだけですよ。

 というわけで、今年も駅伝漬けの3日間が終わりました。自分のモチベーションも上がったところで、今日は新年初ジョギング。お餅をエネルギーに換えてきました(笑)。本年も健康に気を付けて、頑張りましょ〜う!

2016年1月2日 勝ちに行く

 明けましておめでとうございます。タイムを競う競技では、もちろん自己ベスト更新に価値はありますが、駅伝もマラソンも結局は、相手より1秒でも早くゴールすることが最優先。タイムは悪くても、勝てばいいのです。何か相反するような不思議な話だけど、駆け引きでそういうことが可能になるのが、長距離ものの面白いところ。今日は、そんな観点で殊勲選手を選んでみよう。では新年恒例、箱根駅伝評です。

【最優秀賞】潰滝(中央学院1区)、宮上(東海5区)
【優秀賞】神野(青学5区)、大八木監督(駒澤)、日テレ
【ダメダメ】沿道の危険な人々、明日の瀬古さん

 まずは1区。前日のニューイヤー駅伝では、1区がダンゴ状態のまま最後まで進んじゃいました。区間賞の若松選手はなんと、残り3kmで自分の勝利を確信したそうです。誰かの得意パターンにハマっちゃえば、その誰か以外が勝つチャンスを失う。だから、思いっきりかき回して、チャンスが回ってくるように仕向けた方が面白い。というわけで、今日の1区をハイペースに誘導した、中央学院の潰滝くんは文句無し。
 5区では豪快なゴボウ抜きが見られました。初めから区間賞宣言していたダニエルは、まあ別として、東海大の宮上は爽快でしたな。でも不思議なことに、宮上のタイムは区間6位なんだよな。1人も抜かずに、順位を維持した五郎谷(東洋)や大塚(駒澤)の方が上なのだ。たぶん最後の最後に失速したんだろうけど、重要なのは順位を上げたってことだな。宮上が自分のタイムをまとめるためにペースを抑えていたら、抜かれたはずの相手もそのまま元気に進んだかも。抜くことで戦意を喪失させてるのだ。
 そういう意味では、青学の神野は難しかっただろうな。1時間20分を切ってくるようなランナーは、いてもせいぜい1人か2人だろうから、1時間19分台でまとめれば、総合優勝のためには大成功。ヘタに16分台とか狙って大ブレーキのリスクを負うよりは、「無理するな。去年より3分くらい悪くていいんだぞ」ってわけだ。去年4打席連続ホームランだったけど、今年はくさい球には手を出さずにフォアボール選べって言われてるようなもんだ。でも終わってみれば、完璧に期待された通りの働きを遂行とはさすがだ。

 ゲストの村山君(駒澤OB)が、アナウンサーの質問「駒澤の○○君はどうでしょうか?」に対して、「後ろに大八木さんがいるから大丈夫ですよ」と真面目に答えた(笑)。大八木罵声の威力が証明された瞬間である。
 さて今回は、スタジオ解説が碓井さんで、1号車が渡辺康幸さん。瀬古さんを見事に幽閉して、ゲスト2人の喋りもまあまあ。ここ十何年かの中継で、最もストレスの無い放送だったと思います(笑)。日テレの聖域なき改革にエールを送りたいところだが、明日は瀬古さんスタジオに登場するようだな(笑)。早くも明日のダメダメ賞は確定(笑)。

 最後に、見ていてハラハラするのは、沿道から乗り出して旗を振る人々だな。ニューイヤー駅伝では、ランナーが犬につまづいたし。僕らが青梅マラソンで呑気にハイタッチしながら走るのとは違うんだよな。スピード僕らの2倍ですから。ぜひ、安全なレース運営にご協力いただきたいものです。ではまた明日・・・。