社員旅行記 バックナンバー  最新版へ戻る

 2007.夏の総集編
 さすがに、これだけ遠征が多くなると、個別の報告は不可能だ・・・。不本意ながら、総集編とします。

 8月7(火)〜8(水) 社員旅行 in 那須

 じいちゃんも一緒に、那須高原の「ホテルエピナール那須」へ。風呂、プール、食事、ゲーセン・・・すべてに満足の行くホテルである。たしか以前に行った時は、GW頃だったのに非常に寒かった記憶がある。だから涼みに行くはずが、今年はどうしたことか、日本中どこへ行っても同じ様な猛暑。着いて早々のパターゴルフは、暑さとの戦いと化す。ここで脱水症状となった私は、バイキングで飲み放題コースを選択し、生ビールをおかわりしまくり、部屋へ戻るなり爆睡。郁恵&弦太はプールやゲーセンを満喫。この旅行は何じゃぁ〜っ!遅れを取り戻すため、朝風呂だけはがんばった。
 翌日は日光方面へ。こっちは涼しかったな。華厳の滝は、毎秒3トンの水が落下しているそうだ。位置エネルギーは、気が遠くなるような数字になる。その後、戦場ヶ原近くで昼食をとり、金精峠越えで沼田へ。
(写真左:パターゴルフ 中央:飲み放題付きバイキング 右:戦場ヶ原付近)

8月11(土)〜13(月) 演奏旅行 in 能登
 
私&弦太+バンドメンバー3人を乗せて、8時前に青梅ICを入ったが、お盆の土曜ということで渋滞。さらに長岡〜上越は震災復旧工事中で50キロ規制。多くのタイムロスが生じたが、何とか明るいうちに能登中島町の温泉に到着。宇出津のお寿司やさんにも寄ってから、夜の合同練習へ。宿舎である「恋路屋」に着いたのは21時半頃。翌日も午前中から練習だ。今回私が振る3曲は、すべて私のアレンジで、弦太にとっても知り尽くした曲・・・というわけで、現地の打楽器リーダーである和田さんのご配慮により、弦太が大抜擢された。17時からの本番会場は、柳田村植物園(写真左) 屋根付きの小屋のようなものが見えているが、これは100人乗っても余裕の野外ステージ。広大な芝生は1万人以上は座れるだろう。はるか遠くには水平線も見える。何とも気分の良い会場。
 さて演奏会の方だが、私の指揮もテンション的にはずいぶん高い方だと思っていたが、宇出津吹研の前では、あっさり返り討ちに遭ったと言えよう。アマチュアの演奏会は、こうでなくてはいかん。貴重な勉強をさせていただいた2日間であった。そのままのテンションで打ち上げ(写真右)に突入。
 

13(月)は東京組全員、能登島にて昼食会。ランチメニュー(左)は、おにぎりと地元の新鮮野菜に「能登特産の塩」をかけていただく。途中寄ったジェラート屋さん(右)も素晴らしい。いやあ、もう能登やめられません。現地解散した後、我々だけは例によって苗場の合宿に合流し、22時まで練習。能登も苗場も、みな暑かった。
 

8月18(土)〜20(月) 指揮(?)旅行 in 香川・愛媛
 
またしても私&弦太。今回弦太が同行する理由はただ一つ。「新幹線に乗りたい」であった。まあいいだろう。練習は高松で19(日)午後なので、前日は松山に泊まることにした。単に全県制覇したいだけなので、来年高知に行けば四国は完了。「松山に行く」と言ったら、国語の先生たちから、夏目漱石や正岡子規の史跡巡りを、強く命じられた。一応その気になっていて、巡る気満々ではあったが、松山駅に降り立った瞬間、ただひたすら「暑い!」・・・ 「弦太、どうする?」「早くお部屋に行きたい。僕さあ、ホテルに着いて、お部屋に案内される時が好きなんだよね」 「ふふふ・・・そうかそうか、決まったな。宿へ直行する」「わーいわーい!」 こういう時は、「お父さん実は漱石も子規もよく知らないから、さっさと温泉つかってビール飲みたいんだ」と言ってしまわず、あくまで子供に責任転嫁するのが、父親の威厳を保つコツだ。でも、漱石の「坊ちゃん」を読んだのは小6の時だぞ。

目的地は「鷹の子温泉」 超メジャーな道後温泉とはやや離れている。松山駅から松山市駅まで市電(写真)で10分。この路面電車も私の大のお気に入りの一つ。松山市駅からさらに伊予鉄で鷹の子駅へ。「ん?何じゃここは?」 草津とか鬼怒川みたいな温泉地を予想していたが、どうみてもただの住宅地。その真っ直中に、「鷹の子温泉ホテル」を発見した。こんな場所に秘湯名湯があるとは、松山の懐の深さというか層の厚さというか・・・(謎)。とにかく存分に温泉を堪能した。
翌朝もタクシーなどは使わず、普通に松山市民のような気持ちになって、歩きで駅へ向かった。名所巡りだけが旅じゃないぞ。我々は十分に松山を味わったと自負している。

 9時13分発の特急で、一路高松へ向かう。順調に行けば12時前には高松駅について、ゆっくりうどんでも食べて・・・のはずが、何と踏切り事故で宇多津から先が不通。東京では私鉄に振り替えとかやってくれるが、ここでは振り替えようにも他に線が無い。やむを得ずタクシーで高松へ。料金メーターが面白いように上がって行く。そのたびに弦太の悲鳴。正しい金銭感覚を持って育っているようだな。高松まで6300円也。本当は昨日貸切りタクシーで史跡巡りするはずだったから、その分がこっち来たと思えばいいか・・・。とりあえず、うどんも食えて練習にも何とか滑り込めた。
 
サックスオーケストラの練習は、私の譜面3曲を優先的にやらせていただき、指揮台にまで立たせていただいた。(上写真・・・某HPより無断転載!?) メンバーの非常に意欲的な音の出し方が、つい1週間前の能登の記憶を蘇えらせる。こういう練習は、非常に効率よく進むし、なによりもやってて楽しい。弦太は初めの約2時間を見学した後、勝手にプラネタリウムの券を買って観に行ったり、図書館に行ったり・・・。メンバーが、「お子さんはどちらへ?」と心配して下さった。今年は本番に立ち会えないのが、何とも残念である。練習終了後は、昨年と同様、骨付き鶏の店「一鶴」、さらに喫茶店でデザートタイム。夜行列車出発間際まで、皆さんと共に過ごさせていただいた。私だけでなく、弦太も「僕も曲を書いて毎年来るから」と宣言した。
 帰りはいつもの・・・と言っても弦太には初めての夜行寝台特急。弦太は乗るとき大はしゃぎだった割に、あっという間に爆睡。朝も横浜くらいで悠然と起きてきて、すかっとした顔してやがる。将来、出張族になっても大丈夫そうだな。

今シーズンの遠征はこれで終了。私の学校の軽井沢合宿、弦太のサッカー合宿も合わせると、ずいぶん家を空けましたが、おかげさまで、楽しく充実した夏休みでした。来年は3度目の旭川、7度目の高松、8度目の能登遠征を予定しています。


2006.10. 14〜16 高松本番編
 【行程】14(土) 新宿駅新南口→高松駅(高速夜行バス)
     15(日) 午前リハ・午後本番(サンポート高松)・夜打ち上げ(高松泊)
     16(月) 高松〜(快速)〜岡山〜(のぞみ8号)〜新横浜〜学校(午後練習)

ついに同じステージ上に
 
SAXだけのコンサートなんて、珍しいことをやる人たちがいるもんだなあ、とか思いながら、依頼されたアンサンブルの譜面を呑気に書いていたのが4年前。それが、あれよあれよという間に、一緒にステージで演奏するような関係になってしまいました。昨年の今頃初対面だった人たちですが、もう10年来の付き合いみたいな雰囲気の中、大いに盛り上がって参りました。
 画面左端の黒服が私。アルトだけで11人!

直角椅子で寝るコツ
 
寝台列車なら、まあ寝やすいのはわかりますが、30度とか45度といったリクライニングシートは、寝るにはちょうど中途半端な角度なんだよな。100円ショップで売ってる空気枕なんかを使って、みんな器用に寝ていますが、私はどうもムリ。人より頭がデカい(長い)せいだと思います。そこで私の流儀は、リクライニングを一切使わない! 椅子は直角に近いまま、片方のヒジかけに腕を乗せて、ほぼ全体重をかけてしまいます。(首は前に垂れぎみ) 経験上、これが一番熟睡できる姿勢。帰りの新幹線も、シート角度をいじらずに乗ってきました。おかげで移動中に休息十分。旅慣れた人だったら、いろんなテクニックをご存じだと思うので、聞いてみたいもんだな。


業務縮小方針撤回しよっかな
 
新幹線のぞみ号の車窓を、時速270キロで後ろに流れる風景を見ながら、ふと思う。日本はまだまだ広い・・・。突然何言ってんの?って感じですが、こういうことです。香川県高松市(その周辺も若干含む)という限られたエリアに、これだけ多くの音楽愛好家がいて、私自身の音楽世界を大きく広げてくれたわけです。ってことは、日本全国には、まだまだ無数の楽しい団体が、出会いの扉が開かれるのを待っているに違いないのです。我が社のHPは、その扉を開く「魔法のカギ」らしいけど、カギを濫用して忙しくなり過ぎる危険を感じたので、封印を決意したばかりですが、今再び迷い中。でもいつかは「全都道府県に音楽仲間を作って訪問」を達成したいですな。
来年のSAXコンサートは10月21日(日)に決定。

2006.8. 19〜20 高松練習編

 【行程】19(土) 新宿駅新南口→高松駅(高速夜行バス)
      20(日) 午前・ダッパーサクセーバーズ練習 / 午後・ラージアンサンブル練習
           高松→東京(夜行寝台特急)

なんと両夜行の強攻スケジュール
 
19日に弦太の試合が入り、21日には部活の練習再開のため、車中2泊という日程になりました。どこでも寝られる体質自慢とはいえ、さすがに帰宅後は、動かない場所で寝られる有り難さを感じましたな。行きのバスは2階建て。満席の乗客は、夜行バス慣れしてるのか、乗ったとたんに爆睡開始の人が多かったです。
 ドリーム高松1号

 朝7時半に高松駅に着くと、シャワーでも浴びようと、駅前のビジネスホテルに向かうが、何かの全国大会をやってるようで、どこも日本中から集まって来た中学生で満室。結局この2日間、着替え1回のみ、入浴ナシ!私に近づいた皆さん、さらに運悪く触れてしまった皆さん、ご愁傷さまでした。

どうしても出しゃばってしまう・・・
 
午前9時から、ダッパーサクセーバーズの練習が始まり、「ピンクパンサー」「サウンドオブミュージック」「パッヘルベルのカノン」「世界に一つだけの花」・・・の順で、時間配分もきちんと決められて、合理的な練習が進行。1曲目の「ピンクパンサー」が、いきなり4ビート系だったため、もう私の口だし魔は誰も止められない。このチームは、私よりもサックスの上手い人たちで構成されているのに、どうしてこうまで生意気に振る舞えるのか、自分でもよく解りません。職業病なんだろうな。最後の「くるみ割り人形」だけは、私が作った譜面だから、もっと偉そうにしてもよかったのに、なぜか「参りました」と妙に素直。
 午後になると、さらに私の暴走はとどまる所を知らず。場所を文化センターに移して、今度は20人以上の大編成です。私の曲も「シングシングシング」「ムーンライトセレナーデ」「美女と野獣」の3つあるので、一緒に吹きながらも指図しまくり。いや〜でも、あの難しい譜面を、初見でほぼ攻略してしまう力量には驚きでした。書いた自分が一番ついて行けてなかったな(爆汗)
  
左:サックスだけのオーケストラ練習風景  右:ソプラニーノを持つジローさん。フルートの音域までカバーする。

 それにしても、西日本の人たちは、練習中の会話も漫才風ですな。って〜か、思ったことをハッキリ言ってくれるので、練習が常に活気に満ちています。これは関東人が見習うべき点だと思います。私「ロナウジーニョのドリブルのように行きましょう」(変幻自在な曲想作りを指示したつもり)に対して、ロナウジーニョを知ってる人はなるほどと頷き、知らない人は、知ってるふりして頷くか無反応・・・東京ではたぶんそうですが、高松の練習では「ロナウジーニョて、知らんわ。それサッカー用語やちゅうとこまで、わかりよるけどな」という声が一斉に上がる。これに対して、もっと面白いことを言い返して笑いを取れないと、西日本での指揮は務まりません。とにかく、やりとりだけ聞いてても楽しめるのが、ここの練習でした。

家庭訪問(?)
 
練習後、「直井さん、うどんにもそろそろ飽きたでしょう」と、皆さんが案内して下さったのは、屋島の「一鶴」という骨付鶏のお店。全国チェーン化するみたいですが、香川県が発祥の地です。骨付き鶏のお味は、今風に言うと「ヤバい」の一言。秋にも本番で高松に来ますが、来る動機付けが、鶏→うどん→演奏、みたいになりつつあるな。いかんいかん。
 皆さんと別れた後は、ともみさん宅を訪問です。ともみさんは私の譜面を最初に吹いた香川県民ですが、母親業が忙しくて、最近はなかなか楽器に触るヒマも無いようです。でも私と香川の橋渡し的存在であることに変わりはなく、いつも暖かく出迎えて下さいます。実はまだ一緒に楽器吹いたことが無いんだな。共演できる日を楽しみに・・・。
 初対面のゆうた君。昨秋はまだお腹の中。今すでに10kg(驚)


2006.8. 7〜9 伊豆編
 【行程】7(月) 自宅→伊東・ハトヤホテル(泊)
      8(火) 妖しい少年少女博物館→オルゴール館→熱川・カターラ福島屋(泊)
      9(水) 修善寺・サイクルスポーツセンター →(沼津経由)→自宅

 
左:オルゴール作りに挑戦  右:外は雨なので、ひたすら室内プール。水面下に映っているのは、霊ではないと思うが・・・。

電話は4126(ヨイフロ)
 「伊東へ行くならハトヤ、電話はヨイフロ」のCMは、「3時のオヤツは文明堂」と並んで、徹底的に脳に刷り込まれています。伊豆に行こうと思うけど、さてどこに泊まるかな・・・と迷う人は、とりあえずヨイフロなら間違いないだろうと、安易に決めてしまうでしょう。我が社もそうでした。実際に泊まってみて、ヨイフロを合い言葉にするほどの風呂ではないし、室内プールは狭くて滑り台も無いし、凄〜くいいホテルとは言えないけれど、バイキングのメニューは良かったです。それより何より、物心ついた時から知ってる天下のハトヤに、ようやく泊まれた感動が大きいな。CMの威力は凄いです。

雨天時メニューに突入
 伊豆に来て台風に直撃されるとは、よほど普段の行いが悪いのでしょうな。朝からドシャブリで、多くの宿泊客はサンハトヤのプールに流れていたようなので、我が社は得意のミュージアム巡りに突入。伊東から南下する間に、室内体験型施設が点在することは熟知しております。さあどこへ行こうかなと、道路沿いの看板に注意していると、何じゃこりゃー!「妖しい少年少女博物館」
 参った!ネーミングの勝利ですな。何なのか確かめたくて、寄ってしまいました。
  
左:入り口付近  右:フランケンシュタインと共に

 結局のところ、レトロ博物館&お化け屋敷ってとこでしょうか。レトロコレクションは、私くらいの世代に、ちょうどいい懐かしさ。お化けの方は、震え上がるほど恐くはありません。でも、わら人形を売っていて、本当の恨み言を書いて打ち付けられるようになっているのが、一番不気味でした。私に恨みを持つ人が伊豆に旅行に来ることは、十分に考えられることです。そういう方は、是非ここには寄らないでいただきたい。続いて寄ったのは、伊豆オルゴール館。自作オルゴールにチャレンジしました。てっきりメロディもオリジナルで作れるのかと思ったら、さすがにそれは無理。できあがった曲のシリンダーと、櫛型の鍵盤を組み付けて微調整するのがメインでした。それでも結構細かい作業で、コンマ数ミリの精度が要求されるので、なかなか疲れました。(トップの写真) その後は、片瀬白田駅前の食堂で軽く蕎麦でも食べようと何気なく入ったら、テレビでも紹介された有名な店だったらしい。魚を頼まずに蕎麦なんか食べてる我々は、いつ「けえってくれ!」と怒鳴られるか心配でしたが、優しいご主人さんでした。
http://www.izukyu.jp/area_higashi/higashi_gourmet/higashi_gourmet_12.html

サイクルスポーツセンターに行こう!
 カターラ福島屋には2時頃に着いちゃったので、延々とプールです。卓球もやったな。カターラの露天風呂は、非常に気に入ってます。特に朝日の時刻がいいですな。3日目は台風が接近しているはずなのに、意外にも雨は小康状態。これなら念願のパターゴルフ行けるかな。ただし、ここからさらに南下すると、崖崩れで通行止めとか、帰りの大渋滞に遭遇するリスクが増すので、さっさと伊東を通過して、修善寺の遊園地を目指すことに。お馴染み、日本サイクルスポーツセンターです。雨はほとんど止んで、たくさんの乗り物を満喫することができました。しかし、すいてるな・・・。展望大レストランなんて、我が社の貸し切り状態。遊園地が次々閉鎖に追い込まれているけど、ここは頑張ってほしいです。
 
UFO型の自転車。高所恐怖症の弦太は、何とか耐えてゴール目前。

 伊豆によく行かれる方は熟知されていると思いますが、半島を南北に結ぶ道は1本なので、しばしば記録的な大渋滞が発生します。私も、伊東を朝9時に出たのに真鶴に午後5時という経験があります。(職場旅行だったので、非常に親睦が深まった・・・) そこで、伊豆から東京方面への帰り道は、サイクルスポーツセンターに寄って、西へ抜けて沼津から帰るのが一石二鳥なのだ。大仁町から沼津方面へは伊豆中央道もできて、非常にスムースです。
 まあそんなわけで、天気が悪かったことを逆手にとって、むしろマッタリさせてもらってきました。ここからは合宿の連チャン開始。


2005.10.16〜.17朝 高松コンサート編
 【行程】往路:(新幹線のぞみ5号)→岡山→(快速マリンライナー)→高松
      復路:(サンライズ瀬戸)→東京

初対面の旅
 ダッパーサクセーバーズの皆さんと。

 昔ペンフレンド、今メル友・・・実際に会ったことがなく、文字だけでやりとりしている人々が、いよいよ初対面の日を迎える楽しさは、きっと今も昔も変わらないと思います。ネットの普及で、そういうケースは今の方が多いかもしれんな・・・。
 一昨年、高松で和さんに初めてお会いした時、ダッパーサクセーバーズというアンサンブルチームの評判を伺いました。昨年、期せずしてそのダッパー様から大がかりな編曲の依頼が舞い込み、「ウワサの」ダッパーさんとの交流が始まる!編曲の初稿を送ってから1ヶ月余にわたり、ほぼ毎日のようにメール上での打ち合わせが続き、コンサート終了後に実況録音CDをいただいた時は、その場に居合わせることができなかったのが、非常に残念に思えました。というわけで、今回は日曜午後のコンサートに行って、打ち上げにも参加した上、翌日月曜3時間目までに職場復帰するという強行軍を敢行したのであります。

うどん屋をハシゴする
 川福本店  やまだ屋

 東京発7時13分。岡山で新幹線から快速に乗り継ぐと、なんと12時前にはもう高松に着きます。コンサートは14時スタートですが、何でそんな早く現地入りするかというと、うどん屋に行くため。ただし地元の人が勧める穴場は、たいてい駅から車で30分程度離れているし、おまけに日曜休業らしい。そこで私が目指したのは、葉加瀬太郎さんが立ち寄ったという「川福本店」 本当に美味しいか知らないけど、葉加瀬さんを信じました。私が注文したのは「天ぷら釜あげうどん」。バケツみたいな器から、熱い麺をつゆに移すのが難しく、見かねた店員さんが正しい作法を指導してくれました。すごいプレッシャー・・・。次に何か間違えたら、絶対「けぇってくれ!」とか怒鳴られそうだな、とか思いながら、地元の人々の食べ方を観察しながら切り抜けました。
 右の写真は、コンサート終了後に連れて行っていただいた、もう1件のうどん屋。こちらは街から少し離れた所にあって、雰囲気抜群なのに、値段はやたら安いです。写真左のTOMOMIさんは、高松を初めて案内して下さった方。その後ご結婚されて、右がダンナ様。

音楽ひっさげ世界を歩け

 演奏の音と、うわさだけ聞いたことあって、メールでは旧知の仲・・・そんな人々が、打ち上げの席ではズラリ私を囲むように座って、まるで10年来の仲みたいな雰囲気で盛り上がるって、なんか不思議な感覚です。向こうは向こうで「あの直井さんと、お会いできるなんて!」みたいに、勝手に伝説の巨人みたいなイメージを膨らませちゃってる人がいたりして、まるで地方遊説に来た小泉首相並みの歓迎を受けました。それも何もかも、インターネットのおかげと言うよりは、音楽活動を続けていればこそです。とことんのめり込んだ趣味を持つ人は、世界のどこへ行ってもすぐに友達ができるでしょう。逆に持たない人は、何千万円積んだってこんな贅沢を味わうことはできません。打ち上げの席では20人くらいの方々とお話でき、今までメールのやりとりが無かった人たちとも、さっそく交流が始まりました。自分はつくづく幸せ者だと思います。

再会を誓い・・・って〜か、もう決定
 寝台特急「サンライズ瀬戸」 動き出したと同時くらいに爆睡。目が覚めたら横浜だった。

 来年は練習1回、本番1回、計2回の高松行きを決めました。皆すごく熱心で演奏レベルが高く、お客さんも年々増え、SAXだけのコンサートにも関わらず、ホールは満席です。こんな素晴らしい場に自分の譜面が使ってもらえるのが嬉しいし、自分も参加しながらもっと勉強して、SAXの潜在能力を最大に引き出せる譜面を提供して、お客さんにもっと喜んでもらいたい。そんなマニフェストを掲げつつ、高松を後にするのでした。


2005.8.12〜8.14 能登6回目編)
 【行程】8月12日(金) 八王子IC〜(中央・上信越・北陸道)〜金沢兼六園・能都町
     8月13日(土) 輪島市〜千枚田〜珠洲市〜見附島〜柳田植物園(野外演奏会)
     8月14日(日) 能登空港〜(北陸道)〜越後湯沢駅〜苗場


  

 だいたい、旅行というのは、いい景色を見て美味しい物を食べ温泉に浸かり・・・そういう非日常の中でリフレッシュするわけだ!って、何を急に力んでいるのだろう・・・。とにかく、能登は私のそういう目的をかなえてくれる場所なので、毎年必ず訪れるのです。でもそんなこと言ったら、北海道も南房総も四国も、みんなそうなりつつあるな・・・。上の写真をご覧下さいな。能登名物のそばとブルーベリーアイス・・・。いやあ、思い出しただけでもウットリいたしますな。
 ところで私はなにげに紹介マニアで、自分が行って良かった場所を案内することに快感を覚える性質です。本やCDを、「これ読んでみ!」「これ聴いてみ!」ってのと同じ感覚ね。今回は、初能登のお二人をご案内することになり、気合い入りまくりです。

親不知子不知・日本海逃避行

 
 12日午前5時半出発。バンドのメンバーなおみさん、まりさんと合流。八王子ICから爆走開始。トンネルの多い北陸道では、初能登のお二人、「親不知トンネル」という名前に興味津々。さっそくご案内です(写真左・親不知子不知の像)。時刻はまだ11時前でしたが、朝が早かったため、昼食動議が賛成多数で採択。富山と言えばタラ汁定食ですな。我が家が能登に行く時、この区間だけは必ず高速から降りて、景色とタラ汁を満喫するのが常です。「この辺りは、ドラマ高校教師で、最後に2人が逃避行して来た場所のロケ地なのだ。僕も東京で問題起こして逃げてくるなら、北陸にしようと決めてるね」と言ったら、2人は妙に納得。
 昼過ぎに金沢東ICを降りて、向かうは兼六園(写真右)。雨模様でしたが、弦太がいると不思議といつも雨が上がります。兼六園は、よく高松の栗林公園と比較されます。両方見ましたが、お互いライバル意識も持っているようなので、あえてどっちが好きとは言いません。でも、周辺の町並みまでトータルで考えると、金沢の方が風情があるかな。金沢に住んだことのある私の知人たちの中で、金沢を悪く言う人は一人も知りません。何となくの〜んびりして、午後3時半頃兼六園を出発。

友人の運転する列車を捕らえよ!
    
 本当は能登島水族館に寄る予定でしたが、能登島付近にさしかかった午後5時は、能登島のすべての施設が閉館時刻であることが判明。残念ながら予定変更。中島町にオープンした「いやしの湯」に向かいます。のと鉄道の線路に沿って車を走らせます。この日は我らの友人、山さんも乗務しているので、「通りかかるかもしれないね」などと話していたら、本当に横を併走する電車の運転席に見慣れた顔が・・・! 驚いたけど、1時間に1本くらいの本数だから、遭遇する確率の方がむしろ高いんだわな。で、彼の運転する電車が終点の穴水駅まで走って、それから七尾に戻って、もう1回僕らのそばを通るまでの時間は、簡単に計算できます。そこで、我々の新たな計画は、山さん運転の電車に乗る!温泉にゆっくり浸かり、時刻を見計らって西岸駅へ。暗くて何がなんだかさっぱりですが、西岸駅前(写真左) 完全な無人駅です。と、そこへ穴水行きの電車がやってきた!(写真中) 弦太と2人が乗車し、私は車で穴水駅に先回り。写真右は、穴水到着直後です。この1本で勤務終了の山さんも一緒に、この後いつものお寿司屋さんへ。って言ったって、この終着駅から山さん宅へは、まだ30kmあんのよね。

能登右半周

 2日目は山さん宅でゆ〜っくり起きて、朝食だか昼食だかわかんない状態で、冒頭写真の「能登そば」を満喫。このお店、能登空港から近い所にあるのですが、雑誌か何かで紹介されたんでしょうね。日本全国のナンバーをつけた車が次々やって来てました。ここから我々は輪島を通り、千枚田へ向かいます。能登最北端の国道の中でも、一番高台になる場所で、もちろん景色が最高。って〜か、この辺り、普通のコンビニの駐車場でも記念写真撮りたくなる感じ。で、いよいよ国道を離れ、半島の本当の先っぽを回って、珠洲市へと入ります。のと鉄道本来の終着駅(去年まで)の蛸島駅(跡)に寄りました。使われなくなった古い車両が置いてあって、駅長さんの帽子を貸してくれ、立派な観光名所となっていました。(写真) のと鉄道開通祝の時の写真が飾られていましたが、この当時、誰が廃線を予想したでしょう。うちの高校も今年で廃校なので、何か共通するものを感じて胸が痛みます。
 この後、見附島と、恋路海岸の温泉に寄ってるうちにもう夕方。柳田植物園ではとっくに野外演奏会が始まっていて、僕らは最後の1曲とアンコールしか聴けず。バーベキュー大会だけ合流。植物園と言っても、神代植物園とはスケールが違って、花はどっかにあるんでしょうけど、見渡す限りの広場。満点の星空を邪魔する灯りも無し。いい夜でした。

 最終日の14日は、山さんも一緒に能登空港まで同行してくれて、お土産を買いました。私は買い物が早いので、展望デッキに出ていましたが、飛行機はいませんでした。1日1便のみなので、大部分の時間帯は無駄なスペースですな。山さんと別れて、一路東京方面へ爆走。午後4時半、越後湯沢駅でなおみさん、まりさんと別れて、能登6回目編は終了ですが、私と弦太はここから国道17号を南下し、午後5時、苗場のふじやホテル到着。武蔵丘高校3泊4日の合宿に合流したのでした。

 来年の能登7回目編に続く・・・。


2005.7.29〜8.2 北海道(旭川・留寿都・函館編)
 【行程】7月29日(金) 自宅〜新潟港〜(新日本海フェリー・船中泊)
     7月30日(土) 小樽港〜留萌〜北竜町ひまわりの里〜旭山動物園〜
               旭川らーめん村〜スナック「ぴあの」にてライブ・旭川泊
     7月31日(日)  〜札幌・羊が丘展望台〜ルスツリゾート・タワー館泊
     8月 1日(月) パークゴルフ勝負〜函館(定期観光バスにて函館山へ)湯の川温泉泊
     8月 2日(火) 函館朝市〜函館港〜(東日本フェリー)〜青森港〜(東北道)〜自宅 

       
左:旭山動物園のペンギン 右:謎の小学生 

1日目 フェリーで優雅に・・・
 
昨年、飛行機&レンタカーがお高くついたことを反省し、超人気路線の「新潟〜小樽航路」を採用。ウワサには聞いていましたが、素晴らしいの一言。今後北海道へ行くなら、常にコレ!と決心した程です。1等船室は4人部屋なので、3人で貸し切り利用すると損なので、急遽げんたのおじいちゃん登場。今回は4人旅となりました。
 早朝3時起床で4時出発。群馬県に入ったあたりで御来光。関越道はガラすきではありましたが、六日町〜長岡間では中越地震の復旧作業中。未だに殆どが片側通行で、通れる側もデコボコだったり、標識がねじ曲がったりしていて、あらためて震災の激しさが伝わってきます。とりあえず早く出発して正解。船は午前10時半に新潟港を出発しましたが、とにかくデカい船なので、トランプやってたら出発したのに気づかなかった・・・。船特有の上下動なんか全然無く、震度1くらいのかすかな振動がず〜っと続くのみ。動く海の見える大浴場、レストラン、ゲームセンター・・・まったく退屈しませんでしたな。唯一困るのは小樽の到着時刻午前4時10分という設定。当然3時半頃に船内放送でたたき起こされるので、寝覚めは最悪です。ただこの時間に小樽に着けば、昼前には道内のたいていの場所にアクセスできるという点が便利なのでしょう。実際我々も、留萌の黄金岬でゆっくりしたり、北竜町のひまわり畑を貸自転車で回ったりしながら、午前中に旭山動物園に到着しています。
 どんよりとした日本海。5日間、予報は常に雨だったが、ついに我々は一度も降られることがなかった。

2日目 旭川
 
上野動物園を抜いて、入場者数日本一になった動物園てどんな所なのか、一度見てみて納得。要は「視点切り替え」です。通常の動物園と、別角度から見た動物たちに、お客さんたちも思わず「おお〜っ!」と歓声。ペンギンが泳ぐのや、ヒョウが昼寝してるのを、真下から見たことないですから、確かに驚きの連続。オランウータンの綱渡りに見とれているうちに、思わず他のメンバーとはぐれてしまいました。でも、この展示方法を上野動物園が真似してきたら、あっさり首位奪還されてしまうのだろうか。

 旭川らーめん村は、10件ほどの店が1カ所に固まっていて、規模としては札幌のらーめん横丁くらいです。すべての店に行列ができてるのは、観光バスで乗り付けてくる団体などがあるためです。せっかく来たんだからと、根性入れて食ってきました
 さて夜は昨年と同じく、すなっく「ぴあの」にて弦太のショー。昨年は初登場でインパクトが大きかったですが、今回は普通のプレーヤーっぽく登場してました。私も負けじと今回はマッピ(マウスピース)を用意していき、積極的に登場。曲目・・・準備体操代わりのAブルース、トゥルース、イパネマの娘、ビタースイートサンバ、アイリメンバークリフォード、枯葉、他多数。弦太(drum)、文ちゃん(bass)、お父さん(piano、bass、Sax、Tp) そのうち続々とミュージシャンたちが来店し、女性ヴォーカルだけでも3人くらいいて、みんな上手い。旭川恐るべしだな・・・。

3日目 札幌〜ルスツ
 
旭川〜札幌は一般道を爆走。去年高速を走ったのと、それほど変わらん・・・。札幌はちょこっと羊が丘に寄るだけで素通りのはずが、雪祭り資料館を見たり、羊の相手したり、デジカメで撮った写真から名札作るのとかやってるうちに、ついつい長居しました。修学旅行の下見で寄った時は、記念写真の場所確認程度で5分くらい。生徒引率して来た時の約30分も、気が休まるはずもなく・・・。だから、仕事で行った場所を、今度こそプライベートでゆっくり、という形になりがちです。ルスツも函館も、すべて去年の修学旅行コース。

     左:羊が丘 右:スイートルーム

 さて、中山峠を越えてたどり着いたルスツリゾートタワー館。部屋に入った瞬間の家族のリアクションは予想通り「うわ!すっげ〜」 ははは・・・何をそんなに驚く。部屋の中に階段やカウンターキッチンがあるのが、そんなに珍しいか。ざま〜みろ、驚いてないのはお父さんだけだ・・・と言いつつ、私も初めてこの部屋を見せられた時は「うわ!」と言いました。ホテルの方に伺ったところでは、連泊でゆっくり過ごす人が多いとか。まあ、ゆっくりしたくもなりますな。翌朝は、このタワー館の真ん前でパークゴルフという不思議なスポーツをやりました。いかにもゴルフやりまくってます、という風貌のオジサンより、オバアサンの方が上手かったりする。それもそのはず、どうみてもゲートボールの玉とクラブなのです。これには私も大苦戦で、優勝は予想通りおじいちゃんでした。

4日目 函館
 
ルスツから函館もなかなかの距離ですが、や〜っぱ北海道ですな。本当は先に函館山を登るつもりが、全然明るいうちに到着したのでいったんホテルに寄りました。そこで恐ろしい事実を知る。なんと8月1日、港祭りの交通規制で市内は大渋滞。おまけに函館山はマイカー規制で、ロープウエイの駐車場も最低1時間待ち。知らずに直行していたら、涙涙になるところでした。結局、夕食後に夜景鑑賞用の定期観光バスに乗ろうということに・・・。で、これが大ヒット。ホテルに迎えに来てくれて、そのまま山頂まで連れていってくれて、おまけに超話上手なガイドさんの解説つき。
で、肝心の夜景の方はですねぇ。写真見ておわかりになります? この日に限りまして、世界3大夜景の一つ&花火のついた超豪華セットでございます。もう、行きのバスの中は2合目くらいから大興奮状態でしたな。

宿に戻ったのは10時くらい。ここからが温泉満喫タイムです。平成館には、「赤湯」という不思議な浴槽があって、赤というより茶色なんですが、400年の歴史を持つ秘湯名湯と言われているらしい。この臭いが、まあ温泉だから硫黄臭かったりっていうのはよくありますが、微妙に動物園みたいな臭い。この臭いは何だろう?400年間にわたって、いろんな人々から取れた出汁(ダシ)ですかね?と言ったら、じいちゃんも「そうかもしんねぇな。じゃあ、もういっちょ、出汁を取ってもらって来っかな」と言って、出かけて行きました。

5日目 函館朝市〜帰路
 
函館朝市の呼び込みって、新宿の歌舞伎町みたいな、何というか迫力を感じます。「どっから来たの?」と声をかけられ、うっかり東京と答えようもんなら、骨の髄までしゃぶり取られそうな。別にそういった被害の報告があるわけじゃなんだけど、私が勝手にそんな恐怖感を持っているだけ。お土産を買っている11時頃、やっと予報が当たり始めて雨が降って来たので、とりあえず港へ向かっちゃおうということに。フェリーは14時50分を予約してあったので、ゆっくり昼飯食べて・・・なんて思ってたら、目の前にいる12時10分発に空きがあるから、乗りませんか?と言われる。先も長いし、早く帰れた方がいいから、乗ることに。この船は、行きのフェリーとはだいぶ雰囲気が違い、レストランのメニューも少ないので、遅めの昼食を青森で食べようと計画。
 15時50分青森に着くと、なんと市内渋滞中。青森に渋滞なんてあんのかよ?と半信半疑で駅方面に向かうと、駐車場はどこも満車で、警備員みたいな人が大勢いて、歩道には場所取りする人がたくさん・・・。明らかにこれから何かが始まる雰囲気。なんと「ねぶた祭り」の初日なのでした。結局あきらめて高速に入り、最初の津軽SAで、5時だからもう殆ど夕食。あとは東北自動車道700km大爆走で、午前1時半帰着。

 弦太が「これ、ちびまるこちゃんに出てきた人」と言うが、本当か?

 というわけで、今年は冬と春の小旅行を中止して臨んだ夏旅行ですが、経費的にはなんと昨年の3人旅より格段に安上がり。やはりフェリーはおすすめです。来年もフェリーを使って、「道東編」に続く・・・。



2004.8.19〜22 北海道(富良野・旭川編)
 【行程】8月19日(木) 羽田〜旭川空港(JAL1105便)〜美瑛町〜新富良野プリンスホテル(泊)
     8月20日(金) ソーセージ作り&クラフト作り (中富良野町 コロポックルにて)
     8月21日(土) 〜ファーム冨田〜美瑛町(哲学の木・他)〜旭川市スナック「ぴあの」にてライブ
               旭川パレスホテル泊
     8月22日(日) 〜北竜町ひまわりの里〜札幌市(大倉山ジャンプ台・ラーメン横町・ドラム教室)
               〜新千歳空港〜羽田(ANA82便)

    

左:哲学の木・・・地平線まで続く畑にポツンと1本の木は、な〜んか不思議。北海道ならではの風景だ。
中:コスモス畑・・・ファーム冨田にて。旭川〜富良野にはたくさんの花畑。どこも規模がでかい。
右:北竜町のヒマワリ・・・残念ながら時期が遅かったが、最盛期には、ほんとに視界の限りヒマワリのようだ。

災い転じて・・・
 
お盆の時期を微妙に過ぎたとはいえ、一番のオンシーズンに変わりなし。旅行代理店の担当の方は、「予定の飛行機に乗り遅れたら最後、後続便の空席も絶望的」という、恐ろしい宣告をしてきました。ところが、頼んでおいた民間駐車場の予約が入っていないことが、出発2日前になって判明!あわててあちこち電話してみるけど、どこも満車で受け付けてくれず。げぇ〜、電車で行くか・・・。でも大荷物とゲンタ連れて、朝の通勤時間帯の電車で2時間なんて、郁恵さんには口が裂けても言えんな。くそ〜何とかしろよ○TB!ということで泣きついたら、取ってくれたにはくれたが、これが川崎市の浮島で、地図で見た感じ空港からずいぶん離れてる。しかも混んでる時期だから、遅くとも9時には来てくれという。まったく初めての場所に、首都高速が渋滞した場合にも間に合うためには・・・結論!4時半起床の5時半出発。郁恵さんは例の如く寝ずに待機し、4時半に私とゲンタを起こす。朝弱いけど、がんばって起きました。駐車場は湾岸線で空港を通り過ぎて、浮島で出たらすぐの場所なので全然迷わず、ナント7時到着!くそ〜早すぎる。もっと寝てられた〜。電車だったら今頃出たって悠々じゃねぇか。と、その時カーラジオで朝のニュース。中央線が人身事故で止まってるらしい。うわ、アブねえアブねえ、やっぱ電車やめといて正解。「サンパーキング羽田浮島店」は、空港から遠いと思ってたら、送迎バスが高速を走ってくれるので、10分足らず。これはびっくり、しかも安い。富良野でも台風の影響で、インドアものの体験コーナーに申し込んだら、これが超楽しかった。だいたい、災いは転じて福と成すものなのだ。空港であらためて朝ごはん。それでもまだ1時間半くらいあるから、出発ロビーで少し寝る。あとの2人は車で爆睡してるから元気いっぱい。今回の旅行は、旭川在住の私の実弟(ぶんちゃん)を訪問し、彼が入り浸っている生演奏スナックで、げんたとぶんちゃんバンドの競演を実現させるのがメインである。

競演!
  

 
旭川の街は、札幌と同様に道路の直交座標で表示されているので、スナック「ぴあの」の場所x=4、y=6は、旭川のほぼ中心に近いです。7時にぶんちゃんと待ち合わせて、店に案内されると、Saxのストラップをつけたまま働いてる店員さんがいます。ご主人はプロのジャズピアニスト。ライブハウスというより、もっと気楽な感じで、演奏したい人が勝手にステージに上がって常に何でもアリ。旭川の音楽好きが集まる場所なのです。さて、続々と集まって来るお客さんたち、みんな決まって「やあ、なおいちゃんのお兄さんですか!なおいちゃんには本当にいつもお世話になってるんです!」 弟は、この店に来るのは月3回くらいかな、なんて言ってますが、どう見てもかなりの常連さん。しかもなかなか人徳があるみたいだ。お友達の証言によれば、「店に来ない日が月3回くらい」だそうだが、どっちが本当なんだ? 私も学校では「なおいちゃん」なので、ちょっとへんな感じでした。「なおいちゃん」て言いやすいのかな? 
 さて、ゲンタにとっては待ちに待ったステージの始まり。ゲンタのドラムを初めて見る人は、やはり少なからず驚くようです。演奏者自身のリクエストにより、次々と筋書きの無いプログラムが進行。ゲンタ参加曲はおよそ次の通り。トルゥース、オーメンズオブラブ、バケイション、スタンドバイミー、ハイウエイスター、スモークオンザウォーター、枯葉、等。お父さん参加曲は、イパネマの娘、ルート66(以上ドラム)、オーメンズオブラブ(ピアノ)、枯葉(ベース)。録音も採ってありま〜す。

写真左:ハイウエイスターを演奏する、ぶんちゃんバンドwithゲンタ。ヴォーカルの工藤ちゃんは、なんと歌詞を知らないのに、構わず歌い始めた! 即興の日本語詞に場内爆笑。白シャツがぶんちゃん。
写真右:私もドラムで参加。お互い高校時代からバンド活動していながら、兄弟対決は今日が初めて!

オリエンテーリング
 
ってスポーツやったことありますか?決められたポストを探し当てて、早くゴールした人が勝ちというゲームです。易しいコースなら、道沿いや、よく目立つ目標物のそばにポストがあるから、地図を読む力さえあればOKですが、難しいコースでは、道の無い所を進むため、方位磁石と歩幅による距離計測が頼りです。冒頭の写真にあります「哲学の木」を探している時は、まさにオリエンテーリングの気分でした。宿で貰った地図によると、美馬牛(びばうし)駅から10km程度南東方向に見えますが、他の目印が何一つ書いてありません。「ダムと湖の中間あたりだな・・・」なんて心細い手がかりだけで、とにかく車を走らせました。レンタカーはカーナビ付きなので、まあ何とかなるだろうとタカをくくっていたが、もう全然ダメ。案内板もナシ。・・・と、バス停らしきものを発見! 迷ったときはバス停に書いてある停留所名や、運賃表などが強力な手がかりになることがあります。近寄って読んでみると、「川田宅前」って何だこりゃ?
郁恵さんの実家近くの「病院前」っていうバス停にもビックリしたが、ここでは飛び飛びに存在する民家以外に施設も無いので、個人宅の前にそれぞれバス停が設けられているのです。どうせ運転手さんも顔見知りだろうから、直井さんは直井家前で降ろせばいいのか。こりゃ解りやすくていいや・・・なんて呑気に感心してる場合では無い。完全に迷子になって、あらためて地図を見ると、5km位行き過ぎてることが判明。でも、戻ったって絶対無理っぽい。だって、見渡す限り畑か山しか無いんだから、緯度経度で教わらない限りわからんもん・・・「お父さんギブ〜!」でも郁恵さん許さず。仕方がない、5km戻ります。しかしその5kmの近いこと。信号機はたまにあったとしても、1日じゅう青のまんまみたいなやつです。結局、民宿みたいなところを発見したので、郁恵さんが駆け込んで尋ねる。「哲学の木?ああ、それは、田中さんちと佐藤さんち真ん中から300m佐藤さんち寄りだよ」とか言われてんじゃないの? あまり期待もせずに待つ。すると、何と親切なことに、普通の地図に載ってないような砂利道まで書いてある、地元秘伝の地図コピーを下さり、何とかたどりつけました。
 実は、前述の体験学習の会場である「コロポックル」も、うっかりすると探せなくなりそうな場所でした。「国道を北に走って黄色い看板を右に曲がると・・・」ハイハイ、「2つ目の一時停止の少し先を左」 ○つ目の信号を・・・ではなく、一時停止ということは、けっこう近いんだな、と思いこみます。ところが、走れども走れども一時停止が無い。よ〜ぅやく止まれの赤い標識・・・「これで1つ」、またず〜っと走ってやっと2つ目。ここまで実に4km走ったのです。もちろん信号は一つもありません。だから、道1本間違えたら最後、知床半島まで行っちゃいそうなわけで、実際、ソーセージ作りでは参加者の一組が迷って、何度か電話をかけて来ていました。「今、どこらへんにいらっしゃいますか?えっ?わからない?何が見えますか?えっ?何にも無い?右に山?どんな山ですか?モッコリしてる?どんなモッコリ具合ですか?」・・・説明する側も大変そうでした。

ソーセージ&クラフト
 
さあて、我が社の旅行といえば「体験学習」。今回ももちろんやってきましたぞ。修学旅行では、もはや主流となった感がありますが、一般のツアーでも、最近増えているそうです。バスで忙しく名所を回って見てくるだけ、よりも絶対に楽しいですから、当然でしょうな。さて今回は、同じ「コロポックル」という施設の中で、午前中ソーセージ作り、午後クラフト作りでした。さすがにダブルヘッダーは我が社だけでしたな。
 完成したソーセージ&ミートローフ

ソーセージは、挽肉を腸に詰めたものですが、これがなかなか奥が深い・・・。詰め方が即、歯ごたえに影響します。ソーセージの食感は、パリっとしてた方がいいからってんで、あんまりパンパンに詰めると破けてしまいます。最後にひねった時にちょうどパンパンになるのがベスト。結果はというと、意外な結末が待ち受けていました。一番器用だと思われていた郁恵さんのが破裂。ゲンタのが大成功。いやあ、世の中わからんもんですな。ただし、破裂しても特に問題はありません。薫製にせず、直接ボイルするだけのことで、これはこれでまた美味しい・・・。自作ソーセージにと、余った挽肉をオーブンで焼いたミートローフ、インストラクターからのサービスで薫製チーズ、さらにカレーライスと飲み物が付いた豪華な昼食でした。午後もがんばろう!

   左:作業に集中する郁恵さん。右:未完でも完成宣言するゲンタ

クラフトにもいろいろありますが、今回のは木板に、ハンダゴテのようなもので、焦げ跡をつけていくものです。コテ先の温度と、接触させる時間、コテを動かす速さの3要素を微妙に使い分けることによって、実に豊かな表現が可能です。さすがに、ゲンタにとっては難しかったようで、とにかく作品の内容よりも、火傷しないでくれただけでホッとしています。
下がその完成品。塗料で書いたものと違って、色落ちはありえませんから、表札などに最適ですが、直射日光があたるとよくないそうなので、我が社では玄関を入ってすぐの壁に、3人の作品を設置しました。一番大きいのが郁恵さんの力作。当音楽事務所の看板です。ゲンタと私は、丸い木の幹をそのまま使いました。写真では小さくてよく見えないですが、ドラムをデザインしてあります。郁恵さん、けっこうハマったらしく、あちこちのホームセンターに、専用のコテを探し求めている・・・。

 どんな板にでも、簡単に焼き付けられる。


2004.7.30〜8.2 能登5回目編
 【行程】7月30日(金) 青梅〜湯沢(圏央・関越)〜小千谷〜柏崎〜小杉〜能都町
     7月31日(土) 合同リハ・本番・花火見物
     8月 1日(日) 能登空港(お土産探し)・内浦町(海水浴)・恋路海岸(温泉)
     8月 2日(月) 能都町〜金沢市〜帰路      ※写真はありません

ヒッチハイカー
 
5回目の能登遠征は私と弦太の2人旅です。5回中、郁恵さんが参加したのは2回目と3回目だけで、弦太の方が皆勤。6才で5回ということは、1.2年に1回という、凄い高能登率ですな。今回はお祭りの野外演奏会に参加することがメインで、リハが31日朝からなので、とりあえず金曜のうちに着けばいいから、ノンビリ行くことに決めてました。田舎の方は国道を走っても、高速とそんなに違わないので、湯沢で降りてしまう。よく来るガーラ湯沢のドライブインで最初の休憩の時、いろんなドライバーに声をかけてるお兄ちゃん発見。群馬県高崎市から長岡を目指すヒッチハイカーでした。ゲンタも退屈してきた頃だし、ちょうどいいや。「お兄ちゃん乗ってくかい?そのかわり、子供の相手してもらうけど」「うちにもこのくらいの弟がいるから、大丈夫ですよ」「よっしゃ!」 せっかく乗ってもらったら、ゲンタが爆睡してしまったので、しばしお兄ちゃんと話しながら走りました。高崎市に住む県立高校生で、おととい(7月28日のこと!)終業式が終わって、ようやく夏休みに入ったから旅に出たそうです。え?ちょっと待てよ、寒い地方では短い夏休みは聞くけど、高崎って日本で一番か二番に暑い場所だろ? 彼の話では、どうやらその学校の方針で、たくさん勉強させるだけの目的でした。「教室ににエアコン着いてるの?」「いいえ」「暑いだろ」「はい」「まさか午後まで授業ってこと無いよな」「いいえ、最後まで6時間授業です」「もちろん1コマ40分くらいの短縮だよな」「いいえ、50分です」・・・「ご愁傷様。いやぁ、オレ東京で良かった〜、ははは」 彼を小千谷駅で降ろした後は、柏崎への近道を通り、海岸国道に出ます。上越市内や魚津から先の混むところは高速で通過し、他はなるべく国道で行きました。高速代の節約ってことだと2000円ちょっとしか浮いてないんですけど、景色は10倍くらい楽しめます。
 ずっと車に乗ってると、運転手も同乗者もケツが痛くなってくるし、血の巡りが悪くなるので、富山県は新湊市に近い大島町の運動公園で、30分くらいサッカーをする・・・。ここは去年発見したグランドで、とってもきれいです。

縄文火祭り
 
31日は朝9時から、北辰高校の体育館でリハーサルです。能登中学校、能登北辰高校、宇出津吹研に我々2人が加わった混成チームで総勢55名。吹研の皆さんとはすでに馴染みですが、中高生は初対面です。私はラッパのリーダーらしき高校3年生の子と少し打ち合わせをして、すぐに合奏開始。一緒に楽器を吹いちゃえば、初対面だって1分後には旧知の仲です。人見知りか、なかなか中に入れない弦太も、ちょっとドラム叩かせたら、すぐにみんなが寄ってきて、あっという間に溶け込みました。港の広場の野外ステージでは、昼過ぎから8時間に渡って、いろいろな出し物が繰り広げられました。私たちの出番はトップで1時半本番。炎天下で連続8曲!ラストのスパニッシュフィーバー吹く頃は、目の前に幻覚が見えそうだった・・・。
 このお祭りのラストを飾るのが、港から打ち上げられる花火大会です。聖蹟桜ヶ丘の花火大会では、よく見えるスポットには明るいうちからゴザが敷いてあって、後から見に行っても、人の頭の隙間からしか見えませんでしたが、能登では港が一望できる丘の上という最高のポイントでも、ゆったりと見物できました。ところが、この花火で不思議なことが・・・。まったくの無風状態で煙がどいてくれないのです。煙自体は温度が高いはずだから、無風でも上昇気流が生じて少しは逃げそうなもの・・・というのは私の勝手な推測ですが、この日は全くと言っていいくらい、煙が残ったままでした。するとどうなるか・・・。比較的低空で爆発する、いわゆるショボい花火は良く見えるのですが、10号玉とか大スターマインは、上空に登ると完全に姿を消し、雲の中で発生する稲光みたいになるのです。要するに全然見えない・・・。花火には全部それらしいタイトルが付いていて、ラストを飾る大スターマインは「能登半島よ永遠に」とかでしたが、これももちろんボヤ〜っとした稲光と音だけ。こんな悲しい花火大会があるでしょうか。「能登鉄道は廃止して、ただのお土産物屋と化している能登空港なんか作っといて、永遠にもあったもんじゃねぇだろ」と、花火たちが主張してるんですな、きっと。

能登よ永遠に政策
 
5回も行くと、ちょっとした旅先っていう感じでは無くなってきます。老後はこっちに住みたいな、までは行かずとも、お友達も増えて来たし、毎年行きたいと思ってます。そこで、花火のタイトル通り、能登半島を永遠に活気づかせる政策を提案しよう。それはただ一つ!能登鉄道に巨額の予算を投じるのです。輪島線を復活し、珠洲から輪島まで路線を新設。どっち周りでも輪島に行けるようにするわけです。金沢から直通の急行「能登路」を復活するにとどまらず、便数を10倍に増やしてL特急に格上げ。さらに最新型の車両を投入。全面窓の、座席がすべて海側を向いたタイプですな。ここまでやれば、伊豆半島にひけを取りません。不便だから乗らない・・・乗らないから廃止・・・もっと不便になる・・・の悪循環を一気に断ち切るわけです。私も5回全部マイカーで行ってる分際ではありますが、踊り子号並の電車が走るなら、ビール片手に電車で行きたいですぞ。石川県民の皆様、どうですかな。むちゃくちゃだと思われるでしょうが、能登空港よりはマシな投資だと思えてなりません。
 能登に限らず、あちこちで過疎化が進んでおり、逆に都心回帰とか言って、大都市には人が集まりだしてます。大都市の狭い家では、子だくさんってわけにもいかないのが、少子化に一層の拍車をかけてるように思えますな。10年、20年後にも能登を訪れるつもりですから、その時に、能登中学校はついに生徒ゼロで廃校、とかならないことを心から願っているのです。

2003.12.26〜27 南伊豆編
 【行程】12月26日(金) 青梅〜厚木(小田原厚木道路)〜城ヶ崎海岸(吊り橋)〜熱川カターラ福島屋泊
    12月27日(土) バナナワニ園〜伊豆バイオパーク〜ガラス体験工房〜修善寺・沼津(東名)〜帰路
   ※写真は後日UP
 城ヶ崎の名物「吊り橋」

熱川のカターラとは
 
なぜか人気のある宿です。熱川といえば、浴衣にサンダルのおじさんおばさんが歩き回る、典型的な温泉旅館群。そんな中で、異国ムードを醸し出す「カターラ」というネーミングからして、すでに相当のミスマッチですな。前々から気になっていて、一度泊まってみようと思っていた場所です。予想通りロビーは洋風、部屋は純和風、食事は和洋混合・・・。ううむ、素晴らしい。こういう「ねじれの世界」を味わいたい人には超おすすめです。ただし従業員の皆さんは非常に気配りがあって、今まで泊まったどこの旅館よりもいいです。

知人と遭遇!
 
旅先で知人と遭遇・・・そんな経験はおありでしょうか? 私の場合は、これが結構少なくありません。学校は25日が終業式ですから、早い人は25日夜から、多くは26日からどっと出かけます。他の業界が仕事納めになって、混雑を迎える前に旅行に行こうというわけです。だから26日に札幌行きの飛行機に乗ったりすると、あちこちから「○○先生」なんて呼び合う声がします。北海道では毎年必ず誰かと出くわしてました。会ってはならないカップルと会ってしまって、その後黙っているのに苦労したことも・・・。
 今回、ホテルの温水プールで泳いでいる時に「直井さん!」と声をかけてきたのは、秋留台時代の同僚、こうちゃんでした。郁恵さんもお世話になった先生です。お子さんもちょうどゲンタと同じくらいなもんだから、すぐに仲良しになって、ず〜っと一緒に遊んでました。ホテルの従業員さんたちが、こちらへ来て知り合ったにしては、ずいぶん仲がいいなあ、と思っていたそうです。翌日もワニ園まで行動を共にしながら、近況を語り合っていました。こういうことがありますから、世の先生方、秘密の旅行にはご注意下さい。
 こうちゃんちのご長男かんじ君と共に・・・(ワニ園にて)

げんたパターゴルフデビュー!
 
ワニ園の後は、国道を稲取まで南下。天気が良く、このへんは伊豆七島がいっぺんに見えて最高の景色です。郁恵さん感動しっぱなし。げんたは「それがどーした」って感じ。伊豆バイオパーク・・・動物園は大好きですが、何よりもパターゴルフをやりたくて、ここに
寄ることに決めました。郁恵さんとは何度か対決していて、1回も負けたことが無い。げんたは初めてなので、未知数だからむしろ要警戒、でもなかったな。一番易しい「ファミリーコース」はオール人工芝で、長さや曲がり具合が殆ど変わらないのに、パー3やパー5があるという、不思議なコースです。しかもグリーン周りにレンガが敷き詰めてあって、どんなに強打してもOBにならん・・・。私はホールインワン1回も含めて49(23アンダー)という、タイガーウッズもビックリのスコアで優勝。郁恵さん今回も9ストローク及ばず。げんたは120だから、お父さんの本コースのスコアよりちょっぴりいい。
 びびりながら、ニンジンを差し出す・・・(バイオパークにて)

ソフトクリーム作りは職人芸か・・・。
 
バイオパークを出る時に、名物「みかんソフト」を食べることにしたが、この写真を見ていただきたい。高尾山に登ると、山上の少し手前に、樹齢千年くらいで、根元がぐにゃぐにゃしてて、まるでタコの足みたいになってることから、「タコ杉」と名付けられた重要文化財の木があります。まさにあれを連想させる見事な巻き具合。郁恵さんのも同様ですが、一つとして同じソフトクリームにはしない、その時々のインスピレーションを、うねりで表現する職人のこだわりを感じさせますな。以前に、どっかのサービスエリアで若いお姉ちゃんの店員さんが、不格好なソフトを作ってくれた時は、泣きそうな顔で「失敗しちゃいました。ごめんなさい」なんて言ってましたが、みかんソフトを作っているオバアちゃんは、謝るどころか「どうだ!会心の作じゃ」という出し方でした。でも作ってる時、手が震えてたな。郁恵さん笑いすぎてしばらく食べられず。

 高尾山のタコ杉!?

ガラス工房
 
伊豆のガラスも名物のようで、ホテルの部屋に体験工房のチラシがありました。これはやるっきゃありません。我が社のガラス体験は小樽、能登島に続いて3度目。案内図に従って道を進んでゆくが、それらしきものが見あたらない・・・。行き着いた所はどうみても普通の民家。ピンポ〜ンを押して尋ねたら、まさしくここがその場所。我々3人、普通のお宅の普通のリビングに通されました。リビングといっても、我が家全体を軽く上回る広さで、大きな窓から海が一望です。そこに色とりどりのガラス材料と工具があって、奥様の親切なご指導のもと、ゆったりした気分で製作してまいりました。作品は年が明けてから郵送されてきます。壁掛け、ストラップ、ペンダント、何でも美しく簡単にできるから、これは超オススメ。白田747番地、上田工芸さん(TEL0557−23−4832)です。


  
3人の作品。こうやって並べてみると、パチンコ必勝祈願の社長作品が、一番見劣りがする・・・(泣)

 ガラス工房を15時半に出発。考えてみたら、昼飯食べてない・・・。郁恵さんに21時出勤命令下ったため、最後は熱川のコンビニであんまんカレーまん買い込んで車中食。伊東、熱海付近の渋滞が始まっているので、沼津へ回って東名で帰る。もちろんノンストップで19時半自宅到着。爆睡の2名を起こして今回の旅行は無事終了。いろいろ楽しい内容でした。3月四国1周編に続く・・・。


2003年夏・総集編
 旅行の回数や、同じ地域を繰り返し訪問の頻度も増え、この夏は一挙に報告です。

長野県白馬〜富山県朝日〜石川県能登町(7/31〜8/3・社長&弦太)
 
早朝6時出発。最終目的地は能登でしたが、本日は急ぐ旅でもないので、あちこち寄りながらのドライブ。白馬村では、清瀬高校吹奏楽部が合宿練習中。ゆっくり一緒に練習してきてもよかったのですが、コンクール直前だと余計な口出しはせず、軽く激励・・・と思ってたら、やっぱりドラム叩いてきてしまった。白馬〜糸魚川の国道は、半トンネルっていうの?不思議な道です。北陸の寂しげな海岸に建つ、ごく普通の民宿に泊まってみたいという計画で、この日の宿は朝日のヒスイ海岸に面した「岬」という民宿です。曇っててドンヨリした雰囲気が、更に日本海っぽくて、いいぞいいぞ〜。料理は超美味い。タラ汁(お替り自由)は、是非お試しあれ。
 娯楽施設が無いので、弦太のペースに合わせて8時半就寝!朝6時に起きて、海岸散歩&体操。8時半には出発。高速を使わず、高岡方面に走る。ここから北上、七尾を抜けて穴水へ。4回目ともなると、安くて近い道がだんだんわかってくる。午後2時すぎ、宇出津のヤマさん邸に到着。この家に来た客には、「食う寝るテレビ見る」という生活が保障される。さっそく満喫。翌日は天気が良く、久しぶりに夏らしいので、急遽ビーチサンダルと水着を購入して海水浴へ。絶好のコンディションなのに、3家族くらいしか来ていない・・・???。しかし地元の人は、「今日は賑わってる」と感じてるようだ。さてさて、夜はいよいよ吹奏楽団の練習だ。弦太は3日もドラムから離れて、だいぶ禁断症状が出ていた。この日、打楽器奏者が弦太しかいないので、全曲ドラムで参加させる。練習後は、お決まりの反省会。毎回、ここ(きょうちゃん)の中華料理が楽しみです。能登へ行くたび、ま〜ったりリフレッシュできます。ヤマさん夫妻も、もう東京には住めないかも・・・なんて言ってますが、解るような気がする。

新潟県三俣(8/4〜7・社長)
 これは観光旅行では無く、合宿引率という立派なお仕事。もちろん出張扱い。でも、気分的には、お仕事〜っていう雰囲気ではなく、どちらかというと旅行気分。部活指導の中でも、最も楽しみなイベントですな。

新潟県苗場(8/11〜13・社長&弦太)
 武蔵丘高校吹奏楽部の合宿に、コーチという名目で乱入。だいたい、他校のコーチほど楽しい仕事はありません。部活って技術指導と、その他(個々の部員の気持的な問題、人間関係の問題、等)を較べたら、技術指導の方が氷山の一角で、その他の方が圧倒的に大変です。他校をコーチする場合、純粋に技術指導だけでいいのです。いやいや本当に楽しい3日間でした。弦太にとっても、朝から晩まで練習できる夢のような3日間だったようで、帰る日は半ベソ状態。

山梨県河口湖町(8/19・社長&弦太&東高生)
 木管アンサンブルの追っかけ隊。弦太とうちの高校生をいっぱい乗た車は、完全なお祭り騒ぎ。渋滞を予想して早めに出たら、ずいぶん余裕があったので、湖畔で遊んだりしていました。演奏会場は、大型ショッピングセンター「BELL」。うちの家族にとっては、こっちで合宿があるたびに寄ってるから、河辺の西友並みに勝手知ったる建物です。演奏は「グレイト!」

香川県高松市(8/23〜24・社長)
 10:10の全日空機で出発。やや遅れたものの、12時前には高松空港へ。前回も高松を案内して下さったTOMOMIさんが、空港まで車で迎えに来て下さいました。接待の嵐・・・私はいつからこんな偉い身分になったのだろう、とふと不思議に思う。翌日はKAZUさんがホテルまで、やはり車でお迎えに。瀬戸大橋方面まで案内して下さったり、穴場のうどん屋へ連れて行って下さいました。KAZUさんとは初対面ですが、そもそも彼からの1通の編曲依頼メールが無ければ、親戚も友人もいなかった四国に、私は一生来る機会は無かったはずです。それがあれよあれよという間にSAX吹きのお友達が増えて、こんなに親切にしていただけるようになろうとは。
 一人旅って、考えてみると本当に久しぶりです。KAZUさんと別れてからは、単独でしかあり得ないマニアックな行動へ。琴平電鉄という電車に乗る。それも「乗るために乗る」 単に乗ったことのない電車に乗るのが好きなのです。終点まで行ったが、コンピラ山は前回登ってるので、もういい。今度はJRに乗って高松までトンボ帰り。ううん素晴らしい。次はバスで栗林公園へ。最後は、これもお決まりの行動で、旅先でパチンコ屋に入る。勝って景品を貰って、「ところで、どこで交換してくれるの?」って訊く時が好きです。「自分はよそ者〜」「旅に来てる〜」って実感できる瞬間です。おかげさまで、勝たせていただきました。さて復路はサンライズ瀬戸っていう人気の寝台特急。かつての夜行寝台のイメージとかけ離れた、豪華な雰囲気です。電車好きの私が、これに乗ったらどうなるか、ご想像つくでしょう。狂喜乱舞の余り、ほとんどずっと起きてました(爆) 横になりながら、少しはうとうとしてたんだろうけど、停車駅は全部起きてたし、あさかぜ号を追い越す瞬間も注目してたし、朝5時以降は完全起床だった。一度乗ってみる価値あり!


徳島・高松編 2003.3.28〜31
【行程】3月28日(金) 青梅〜中央・名神・山陽・明石海峡大橋・大鳴門橋〜徳島東急イン泊
    3月29日(土) 鳴門観潮船・鳴門公園〜高松市・四国村(屋島)〜高松センチュリーホテル泊
    3月30日(日) さぬき麺業(株)うどん道場〜金毘羅山〜サックスアンサンブル練習
    3月31日(月) 高松〜青梅直行帰り

未体験ゾーン四国へ!
 
我が社の編曲部門のお得意様が、高松に多数いらっしゃいます。何度も作品を納めさせていただいてるのに、インターネットで知り合った関係で、お会いしたことがありません。是非とも一度お目にかかってご挨拶を、というのが四国行きのきっかけになりました。徳島には郁恵さんのお友達、こちらも元々はインターネットだったはず。いやあ、あらためてネットの威力って凄いですな。
 四国村にて。案内役のTOMOMIさん(右端)とは、我々全員初対面でした。

四国は遠くない
 
本州と四国を結ぶ道路網が急速に整備され、四国が非常に近くなりました。ちょうど訪問中の30日には、松山までが1本の高速道路で結ばれたというニュースを、大々的に報じていたところです。今回は全行程を自家用車で回ったのですが、参考までにタイムを紹介しますと・・・。往路:青梅の自宅出発AM6:10〜大津12:30(給油・昼食)〜鳴門インター16:00。途中2箇所渋滞して、さらに淡路島の洲本付近の海岸に寄っても、明るいうちに四国入りです。帰る日は、ナント郁恵さんが出勤日のため、どこにも寄らずひたすら走っただけで、高松のホテル(駅前)出発AM8:15〜恵那峡13:00(給油・昼食)〜談合坂16:00(おやつ)で、17:30には自宅に到着しています。過去に何度か訪れた、能登半島や岩手県の奥の方と、ほとんど変わらない印象でした。

気になる食べ物
 
大学生の時、大阪府立大学の仲間が、都立大の学生食堂のメニューをあまりにも酷評するので、翌年こっちが大阪に行ったら、コテンパンに言ってやるんだ、と決心していたのですが、府立大で90円のかけそばを食べた瞬間、つい「おいしい」と口がすべってしまいました。それ以来、
西日本と食べ物対決したら、勝てるわけがないと思っています。今回は、まず徳島でお好み焼き屋さんへ。徳島駅近くの「ニュー白馬」というお店でしたが、やはり当たりでしたな。安くておいしくて親切で、大満足。さていよいよ問題の「讃岐うどん」ですが、こればかりは地元の人に聞くのが一番手っ取り早いということで、今回現地での案内役を引き受けて下さいました、ともみさんに「わら屋」というお店に連れて行ってもらいました。ともみさんはSAXの名手で、高松の吹奏楽団に所属している時には、全国大会のステージも経験されています。「わら屋」で「釜あげうどん」というのを注文したら、うどんと一緒に巨大なとっくりが出現。重さもさることながら、中に熱い熱い液体があるらしく、触ることができん・・・。どうすればいいんだ?と困ってたら、なんと地元のともみさんですら解らん!香川には数百件のうどん屋さんがありますが、未確認の店も含めると、実はまだまだあるそうです。一見、普通の民家にしか見えないのに、知るひとぞ知る「秘密のうどん屋」とか、あるんですってよ。だから食べ方にしても、地元のある程度年配の方しか知らない奥儀があっても、不思議ではないのです。先ほどのとっくりの首には、ヒモがついていて、他のテーブルをこっそり観察したら、トックリの底は机につけたまま、そのヒモをつまんで、器用にダシ汁をついでおりました。なるほど・・・奥が深い。

うどん作りに挑戦!
 
 
さぬき麺業(株)による、うどん作り教室に入門。所要時間は、試食会も含めて1時間半程度。料金は1人1050円でした。日曜日ということもあって、観光バスで乗り付けて来た団体さんなども一緒に、賑やかな教室となりました。左の写真は、たしかに力仕事ですが、実はこのあたりはすでに終盤で、誰がやってもそんなに差はつきません。うどんの味を決める最も大切な
工程は、粉に水を混ぜた瞬間から1分間。ここをどれだけ勢いよく混ぜられるかなのだそうな。中央の写真は、まさにその「運命の1分間」を前に緊張しているところです。とりあえず、修了証書をいただいて参りました。(右写真)


鳴門の渦潮
 
私が小さい頃、ラーメンに入ってる鳴門巻きが大好きで、近所のラーメン屋のおじさんから「鳴門巻きの坊や」と呼ばれてたことがあります。
それから30数年の歳月を隔てて、ようやくホンモノの鳴門のうずまきを見ることができました。
  
 左の写真は、観潮船というやつ。白く見える海面は、船が作った波紋も混じっているものの、立派な渦潮です。渦のまっただなかを通過する時は、たしかに船が大きく揺れる!右の写真はなんとなんと、渦潮を真上45m地点から見る弦太です。鳴門海峡にかかる「大鳴門橋」は、高速道路の下に遊歩道が作ってあり、ごらんのように床の一部がガラス張りなのです。

こんぴら山
 
四国旅行で、こんぴら山をはずせんだろうと思って、うどん教室の後、行ってきました。ひたすら石段です。(写真左:お母さんを約10段遅れで追う弦太) カゴ屋さんがいて、途中まで乗っけてくれるのですが、利用している人は極く少数。で、しかも注目された挙句、写メールで撮られたりしているので、全員自力登頂しました。うどん作りで腕が、そしてここで足も・・・。全身筋肉痛です。

   

サックスアンサンブル
 
こんぴら山の後、この日は日曜日で、アマトゥール・サクソフォン・アンサンブルの練習日でした。こちらも、何曲か納めさせていただいた方々で、感動の初対面(写真右)。 ご挨拶だけと言いつつ、あわよくばお手合わせ願おうと思って、アルトを持って行ってたので、まんまと一緒に吹かせていただきました。私への歓迎という意味では無いでしょうが、私が書いた譜面をいくつかやって下さいました。んんん・・・、レベルが高いぞ・・・。次の仕事もいただいて参りましたので、また一緒に吹くことになるでしょう。こうして全国に音楽仲間が増えるって、ほんと楽しいですねぇ。

次は5月末、またまたまたまた木更津、そしてディズニーシー編へと続く。千葉はもう報告すること無いから省略するかも・・・。


木更津編 2002.12.26〜27
【行程】12月26日(木) 青梅〜中央・首都高・アクアライン〜木更津金田・ホテル三日月龍宮場
    12月27日(金) 木更津〜千葉・湾岸線〜東京ディズニーランド
 温水プールで大ハシャギ

またまたまた千葉!
 
本当は2泊3日でシャトー塩沢スキー場の民宿を予約していたのです。シャトー塩沢は、昔スキー教室の引率で行ったので、勝手がわかっているし、上級者は絶対に来ません。今年は東京が、12月中に2度も雪で苦しめられたというのに、スキー場に雪が無いという皮肉なめぐり合わせで、出発3日前に予定を変更しました。旅行会社に電話して、「温水プールをメインに、近場で遊べるところ」と言って探してもらったら、これがまたしても千葉だったというわけです。
 年末のためどこも大渋滞。出かける前にネットで調べると、甲州街道も新青梅も真っ赤っ赤。仕方ないから、高井戸から全詰まりの首都高で我慢して行くと、11時に出発したのに木更津に着いたのは15時30分。これ金沢までと同タイムですな(泣)。

大食いの本領発揮
 
温水プールで2時間遊んで、思いっきりエネルギー消費したためか、夕食バイキングは絶好調。寿司、刺身、ステーキ、天婦羅、中華、デザートに至るまで、完全制覇ですな。郁恵&弦太は、このまま寝たら体全体がむくんでしまう危険を感じ、再度プールへ。私は動けなくなって部屋で転がる。

豪華風呂はどこまで進化するか。
 
7月にオープンしたばかりの、ここの大浴場はケタ違いです。今までお風呂自慢のホテルをいくつか見ましたけど、これだけの規模のは他に無いでしょう。湯船の種類と数が、数え切れないくらいありますから、どんなに大勢の客が押しかけても、ガラガラという印象です。しかしここまで広いと、逆にちょっと落ち着かない・・・。何事にも適正規模というものがあるんじゃないだろうか、という気がします。私のような貧乏性には、もうちょい庶民的なスーパー銭湯くらいがちょうどよいですな。


ディズニーランドへ
 
木更津のホテルをチェックアウトする頃、次の行き先を検討開始。あいかわらず行き当たりばったりです。他の候補はマザー牧場でしたが、非常に寒い朝だったので、室内モノもある方がいいと思いました。ディズニーシーでも良かったんですが、うわさによると弦太くらいの子供はあまり楽しめないそうなので、結局ランドの方です。弦太は実は3回目。過去2回は身長制限&年齢制限で、乗り物がほとんど乗れずじまいだったので、今回が実質のデビュー戦。これがなかなか厳しいものとなりました。


涙の絶叫マシン
 
弦太は昔から乗り物好きで、スピードが速いほど喜んでいました。飛行機も平気です。
だから、よもや恐がるとは思ってなかったのですが、手始めの「スターツアーズ」でビビリまくり。おそらく、前方画面がシュミレーターだと思わずに、本当に高速飛行中のロケットに乗っていると思ったのでしょう。だとすれば、これは相当に恐いですよね。「ミクロアドベンチャー」も、本当に巨大ネコやヘビに襲われると思い込んで悲鳴の連続。じゃあホンモノのジェットコースターなら案外平気だろうと、郁恵ママと一緒にトゥーンタウン内の、小さいジェットコースターに行きました。乗車前にすでに緊張の表情。降りて来るところでは号泣状態。かわいそうなことをしました。お口直しに、私がイッツアスモールワールドへ連れて行くと、これには大喜び。父親似で絶叫系はダメみたいです。生バンドもたくさん見れてご機嫌だったし、とりあえず弦太にとって、ディズニーランドは恐い場所、というイメージは払拭できたようです。

 いやあ、2日間で豪快にカネを使いました。でも新聞によれば、この年末年始を海外で過ごす人は、昨年より3割増しだとか。そういう人々に較べたら、うちの社員旅行は質素な方ですが、数撃てばそうでもなくなるなぁ。では、3月の四国編、8月の北海道編へと続く。


能登半島編(V) 2002.8.21〜23
【行程】8月21日(水) 青梅〜関越・北陸道・能登有料〜宇出津〜柳田村
    8月22日(木) 柳田〜能登島水族館・能登島ガラス工房〜和倉温泉・ホテル金波荘
    8月23日(金) 和倉〜金沢城・加賀百万石展〜帰路

 能登島水族館入口にて

1年で3度目ともなると・・・
 
山形から帰って、中1日おいての出発は、なかなかのハードスケジュール。初めて能登半島を訪れたのが、昨年の8月最終週ですから、なんと1年間のうちに3回も能登に旅行したことになります。どうしてこんなに能登能登能登なのか、自分でも不思議ですが、まあ偶然が重なったということです。前回登場のヤマさんが6月にご結婚されたので、お祝いのために新居訪問というのが今回の主目的。3度目ともなると慣れた道のりになるためか、今回が一番近く感じましたね。朝7時出発、昼食休憩はもう柳田村に入っていました。宇出津のヤマさん宅到着は午後2時。ひたすらマッタリと話し込んで、ヤマさんご夫妻も一緒に柳田温泉へ。

能登島
 
能登島は正真正銘の島なのですが、道路で続いてるので何となく半島のようなイメージです。半島のまた半島って何て言うんでしょうね。宇出津から海岸に沿って南下。波がちょっとでも高いと、車の屋根からかぶってしまいそうな所を走って、いよいよ能登島入り。ここに来るのは初めてですが、観光客を楽しませてくれる施設がいろいろとあります。水族館では、水槽の底というか中から魚が見える場所があって、こりゃなかなかの迫力。八景島の水族館にもこれのミニチュア版みたいのがあって、エスカレーターで水槽の内側をちょこっとくぐるんですけど、あれを売り物に2400円はボッタクリですな。能登島水族館は、超おすすめです。
 コップに模様をつける郁恵さん。

 ガラス博物館を見学してから、体験工房に移動。私はお皿、郁恵さんはコップに挑戦。なかなかの出来栄えです。うちにいらっしゃれば、ご覧いただくことができます。和倉温泉では、やっぱりひたすらマッタリ。海のそばで、雰囲気が輪島とそっくり。

加賀百万石展
 
NHK歴史ドラマ「利家とまつ」展と言った方が的を得ています。我が社ではこのドラマを見ていなかったのですが、もしドラマを見た後で来てたら、感動は百倍くらいだったでしょう。でも歴史オンチの私でさえ興味持てたから、行った価値は十分ありました。
 能登旅行3回とも、金沢の街に寄っていますが、新宿みたいな(ちょっとムリがあるか・・・。立川くらいにしとこう)大都会と、歴史を感じさせる町の二面性があって、何となく気にいっちゃってます。

親不知リベンジ
 
前回見逃した「親不知子不知の像」に寄るため、今回は朝日インターで国道に下りる。次の親不知インターまでの、ほんの1区間ですが、やっぱり高速道路からではまったくわからない北陸の雰囲気が伝わってきますね。特にこの像のある近辺は、見事な断崖絶壁。北陸を旅行される方は、時間に余裕がある限り、一般国道やドン行列車をおすすめします。


山形編 2002.8.17〜19
【行程】8月17日(土) 青梅〜小平〜外環大泉IC〜東北道〜山形北IC〜天童市〜寒河江市〜叔母さん宅
    8月18日(日) チェリーランド〜叔父さん宅
    8月19日(月) 寒河江IC〜東北道〜帰路

 郁恵さん、おばあちゃんと対面。(弦太にとっては曾おばあちゃん)

ルーツを探る旅
 
私も郁恵さんも、東京生まれの東京育ち、ということは、盆や正月に帰省するという経験は皆無なわけですが、今回ようやく、そんな雰囲気を味わうことができました。郁恵さんのお母さんはもう10年以上前に亡くなっていますが、おばあちゃんが90歳過ぎて健在。ところが郁恵さん、このおばあちゃんに会ったことがなく、お母さんの故郷も見たことがなかったのです。このことが、私は結婚以来ずうっと引っかかっていて、早く山形へ連れて行かねば・・・という、焦りにも似た気持がありました。
 私が大学の合唱団にいたとき、指導して下さった金川先生は、練習中に歌詞の解釈をされながら、それがよく人生論に発展しました。その中の一つに、「人間はみんな、自分が何なのか知りたいのだ」というのがありました。「歌うのも勉強するのも、結局は自分がどこからやってきた何者なのかを探る営みかもしれん」とおっしゃるのです。私も最近そう思うようになりました。ご先祖様とか宇宙の起源とか、すごく興味あります。今回の家族旅行は、最も身近なルーツ探しなのです。ナビゲーター役として、小平にお住まいの叔母さんが同行して下さり、お母さんの生家(おばあちゃん宅)と、お母さんの兄弟宅2件を訪問させていただきました。

山形とは・・・
 
山形からイメージするもの・・・私は「サクランボ」と「最高気温の日本記録」、この2つしか思い浮かびませんでしたが、ちょっと解説しましょう。最高気温を記録したのはマグレ当たりみたいなもので、決して暑い場所ではありません。冬は正真正銘の雪国です。サクランボは将棋ゴマと並んで、山形を代表する名産品。ただ、山形県内といっても範囲が広いので、サクランボの味もいろいろです。私たちが訪ねた寒河江市で獲れるサクランボが、最も甘くて人気があるそうです。寒河江市にチェリーランドという、巨大なお土産屋さんがあります。サクランボではシーズンオフですが、桃や梨もこれまた美味しいので、日曜日ということもあって、大混雑でした。
 交通網は近年急速に整備され、山形新幹線ならあっという間。車でも、東北道から分岐した山形道が、酒田まで伸びています。今回私たちは、6時半頃小平を出発しましたが、午前のうちに天童市に入っています。余談ですが、どうも山形には巨人ファンが多い雰囲気でした。寒河江の叔父さんは、私たちが帰京する2日後に、車で東京へ行く予定だとおっしゃってました。東京ドームの巨人戦を観るそうです。予定通り実行されたなら、サヨナラ勝ちした夜だったはずですから、ご機嫌な旅だったでしょう。


帰省とは・・・食うことなり
 
お盆や正月に故郷に帰った人たちは、ところで何をしているのでしょう?もし今回の私たちの3日間の行動が、帰省の典型であるならば、答は「食う」「飲む」「寝る」であります。大勢の親戚が入れ替わり立ち代りいらっしゃるので、自己紹介は忙しいですが、それでもこんなにマッタリできたのは何十年ぶりじゃろか。ただ、常に座って飲み食いしてるのは、おもにお年よりと男たち。女の人たちは、台所と行ったり来たりで、こちらはむしろ普段の日常よりたいへんなんじゃなかろうか。でも気さくな方々ばかりだったので、そんな女性陣の皆様からも、「田舎は嫁姑の関係がキッツイわよ〜」なんて話を聞いちゃったり、いろいろ楽しかったです。単なる観光客として通過するより、う〜んと山形のことが解った気分でした。


またまた・房総編 2002.5.29〜30
【行程】5月29日(水) 青梅〜首都高・アクアライン〜勝浦「ホテル三日月」 温水プール・バイキング
    5月30日(木) 鴨川シーワールド〜岩井海岸〜金谷港「The Fish」
〜東京湾フェリー〜久里浜・帰路


   写真2:宿でボウリング大会。弦太のフォームは独特!
写真1:往路 海ほたるP・Aにて

なんでまたまた千葉なのよ、と言われても・・・
 
好きなんだからしょうがないでしょ、と答える以外ありませんな。特にシーワールドなんて、一昨年行ったばかりだけど、郁恵さんとも意見一致。ここは何回来ても楽しいです。それにしても、よく旅行するねえ、というご指摘に対しては、中間テストや期末テストの最中に、休暇が取り易いから家族旅行というのが、弦太が小学校へ行くようになると不可能なので、「ええぃ、今のうちだ」という焦りにも似た感覚がございます。まあそんなことはいいとして、今回も好天に恵まれ、なかなか楽しい2日間でした。

バイキングに照準を合わせる。
 
勝浦の「三日月」を選んだ理由はただ一つ。夕食バイキングの内容が良いのです。したがって、これをどれだけ美味しくたくさんいただけるか、がすべてに優先されなければなりません。そこで、昨年同様に我が家がとった行動は、食事前1時間、温水プールで泳ぎまくる! ふだん水泳はおろか、身体を動かすことなんて何一つやっていないから、こいつは効果抜群! 絶好のコンディションで臨めました。当然ご飯やパンは取らず、高級食材のおかずばっかり取ります。私は全おかずを制覇の後、さらにお寿司を10個とデザート全品いっちゃって、動けなくなった。

弦太に宝くじを買わせる。
 
鴨川シーワールドは、新しい施設が追加されたり、アシカショーの台本がリニューアルされ、何回も来たくなる要素がありますが、もちろん2年前と全然変わらずに営業する部分も多いです。その一つがスピードくじ。
1回千円と高めですが、5等のシャチのぬいぐるみだけは貰えるから、それを買うと思えば腹は立ちません。4等以上になるとシャチのサイズが変わり、千円分より得な大きさになります。実は一昨年、弦太がここで4等を引いていて、我が家にはすでに大きなシャチが1匹いるのですが、お友達を作ってあげるとか何とかで、またチャレンジすることになりました。そしたらなんと今度は3等!弦太がようやく両手でかかえられる限界の大きさ、推定価格7千円です。ギャラリーもビックリ。この強運にあやかって、弦太に宝くじを買わせることを思いついた私は、その後さっそく鴨川駅前で、実行に移しましたが、結果は無残・・・。
写真3: 3等賞品シャチのぬいぐるみ(この写真は、弦太が撮影)

年とった証拠・・・思い出の場所めぐり
 
鴨川を後にした私たちは、内房方面へ車を走らせました。今回はまだ、恒例の砂浜遊びをやっていなかったので、私が大学生時代に、合唱団の合宿でさんざんお世話になった岩井海岸へ向かったのです。合宿所は「清涼館」という民宿で、国道沿いの高崎ドライブインという所のそばでした。行ったらそのドライブインの看板は無く、清涼館という名前も見当たらないではありませんか。砂浜でちょっと遊んだ後、その近辺を歩いてみることにしました。あれから20年の月日が流れ、清涼館の建物は昔のまま存在しましたが、民宿を営業している感じは無く、廃墟みたいになっていました。線路を越えて山に登るお散歩コースは昔のままでした。こうして昔を懐かしむ旅行なんかするようでは、ジジイになった証拠ですな。でも超懐かしかったです。

   写真5:帰路 フェリーの甲板にて
写真4:岩井海岸でダンゴ作り。お父さんが学生時代、ランニングさせられた場所

おしゃれになった金谷港
 
アクアライン&海ほたるに押されっぱなしのカーフェリー、と思いきや、金谷港に新しくできた「The Fish」という建物は、起死回生の一打になるような気がします。今回はここの鮮魚レストランに入りましたが、味と値段ヨシ、展望、雰囲気ヨシ!これは、デートコースとしてもGOODでしょう。房総ドライブして、ここで食事して、フェリーに乗って、仕上げに横須賀か横浜へ寄れば、多くのカップルにご満足いただけると思います。ところで私は、ここでも調子に乗って、刺身定食と海鮮ちらし寿司を食べたら、動けなくなり船の中でしばし睡眠。しかし、その睡眠は弦太によって徹底的に妨害される・・・。


続・能登半島編 2002.4.2〜4
【行程】4月 2日(火) 青梅〜関越・上信越・北陸道〜金沢〜羽咋市〜輪島「ホテル八汐」
    4月 3日(水) 輪島〜千枚田〜奥能登塩田村〜見附島〜九十九湾〜宇出津・吹奏楽団練習・お誕生会
    4月 4日(木) 宇出津〜金沢兼六園〜親不知ピアパーク〜帰路
写真1:現在位置を解説する弦太。能登半島に少し入った高松SAで昼食休憩だ。

半島一周行き当たりばったり旅行
 
前回行けなかった輪島まで足を伸ばし、3日は私の生誕41周年記念パーティを、宇出津で行う、ということ以外、何も決めず。とりあえず、ガイドブック1冊を頼りに、どっか寄りながら行こうということで、2日の朝7時に青梅を出発。いつものことながら、郁恵さんも弦太さんも、後ろで爆睡開始。せっかく免許取ったのに、今回も私の単独ドライバーは変わらず。
 前回、長岡回りで金沢まで4時間半でしたが、30km近道のはずの上信越回りは、1車線部分でノロノロ運転を余儀なくされ、しかも給油のため有磯海で1回停車。終わってみれば余計にかかっていました。ああ、念のため付け加えますが、ノンストップで400km以上走るなんて、良い子の皆さんは真似しないで下さいね。私は独自に編み出したペース配分走法を用いていますから。海がとてもきれいに見える、能登有料道の高松SAで昼食。さて、ここからガイドブックの出番。

行くならアナ場だ!吉崎・次場弥生公園
 郁恵さんが提案した次の行き先は、弥生時代の住居を再現したこの公園。行ってみると、畑の真ん中みたいな場所に発見。そんなに広くない。もちろん入場無料。駐車場には10台分ほどのスペースがあるが、いるのは我が家の1台だけ。公園全体にいる人間も、我が家の3人と、樹木の消毒をしている職員2名だけであった。では、そんなに人が集まらないような、つまらない場所なのかというと、とんでもない。弥生時代の再現住居は見事なもので、中にも入れるし、説明パネルも充実していて、歴史のロマンに興味持てること請け合い。第一、天気がいい日はとても気分がいい場所だから、東京にこんな公園があったら、お弁当を持った家族連れや、バドミントンなんかをするカップルでごったがえすに決まっている。この辺の住民は、自分ちの庭が公園くらいの広さだから、ここへ来る必要が無いのかなあ、なんて思ったりした。

輪島とは・・・
 輪島塗りでその名をとどろかせる観光名所の輪島市も、昨年3月に鉄道が廃止となって、地元民はさぞ不安だろう。輪島に向かう道路に並行するように、今は使っていない、錆びた線路が残っていて、何だか物悲しい。だが、「輪島駅前」は健在で、なかなかどうして賑わっている。考えてみれば、昔からバスでしかアクセスできない観光名所なんて、いくらでもあるわけだし、元々鉄道が無かったんだと思って割り切っちゃえばいいのかもしれない。現在、町並みを大改造中だ。この町からは、不思議と元気を感じることができた。
 さてホテル八汐だが、町の中心部から離れているかわりに、海岸が目の前なので、社員全員で、1時間余り砂山作りに興じる。輪島名物の朝市は、見てみたい気持はやまやまだったが、全員起きられず。

行くならやっぱりシーズンオフ!
写真2:貸しきり運行の水中観光船にて。


 我が社はなにげに向学心旺盛で、○○博物館とか、××資料館なんて大好きだから、今回も半分修学旅行みたいなノリだ。九十九湾でも、「のと海洋ふれあいセンター」に寄る。ここからがビックリの連続。3D映像マリンシアターの、次の放映まで1時間くらいあるから、諦めようかと思っていたら、職員の方が歩み寄って来て、「見ますか?サービスで今からやりますよ」・・・なんという親切。ところがこれでは終わらない。九十九湾の水中遊覧船。これは前回あんまり魚が見えなかったので、リベンジのために寄ったが、人影がない。「げげっ!運休だな。一応見てくるか」と思って乗船口に行くと、高校野球を見ていた係のおばさんが、「営業中ですよ」と一言。30分ごとの運行とあるので、次は何時何分か尋ねると、「今から出しますから、乗って下さい」。夏は確か定員いっぱい乗せてたのに、今回は僕ら3人のための貸切り運行である。運転のおじさんが、途中景色のいい所で家族写真を撮ってくれたり、いたれり尽くせりの大サービス。しかも魚群が鮮やかに見えて大感激!他人が行かない場所、時期を狙うっていいですよぉ。

宇出津の人々との再会
 宇出津駅前の旅館に、やまさんがケーキ持参で訪ねてきてくれる。そう、4月3日は私社長の誕生日。41歳となったわけだ。ケーキ完食後、温泉に行って、それから宇出津吹奏楽研究会の練習場へ。前回はいなかった高校生の新顔が大勢。なんでも、宇出津には大学も専門学校も無いため、ここら辺の高校生は、卒業するとみんな金沢に出てしまうらしい。バンドのメンバーも、地元で職業を持った人以外は、入れ替わりが激しくなってしまうようだ。この日は初見大会で、なかなかクセものもあったが、相変わらず初見の強さには脱帽だ。弦太は「スパニッシュ・フィーバー」のドラムでリベンジマッチ。終了後は、宇出津の皆さんと共に、例の安くて美味しい中華料理の店「きょうちゃん」へ。

帰りも行き当たりバッタリ
 金沢城では今、「加賀百万石展」というのをやっていて、さらにはドラマのロケがあるらしく、なかなかの混雑でした。せっかくだし、お土産物屋さんも多いので、ちょっと寄りました。おだんごや焼きたて煎餅が美味しいです。帰りの有磯海SAで昼食。ここ魚津市は、蜃気楼が見えることで有名らしいです。展望台に上って、蜃気楼が見えるという方向を観察してみましたが、全然わからん。SAのレストラン入り口に、「本日の蜃気楼出現率0%」って表示がありました。残念・・・。北陸道には、親不知と子不知という地名があります。合唱コンクールなんかで良く歌われる歌の由来となった場所です。「何かありそうだね」と郁恵さん。早速、親不知インターで降りて探索に。1kmほど走ると、道の駅「親不知ピアパーク」というのがあったので、入ってみましたが、実は「親不知子知らずの像」という名所は、反対側の富山寄りだったようです。それにしても、ここから見る海のきれいなこと・・・。海の反対側には、立山とかの雪山がそびえたち、この辺の人々は、日常的に絵葉書の世界に生活してるんだなあ、と羨ましくなりました。旅行記、次回は夏の「山形編」に続く・・・。
 写真3:この3日間、常に美しかった日本海。能登半島最北端の「窓岩」にて。


能登半島編 2001.8.24〜27

吹奏楽交流旅行
 
今回の旅行の特徴は、何といっても遠く離れた地の市民吹奏楽団と、合同練習をやって交流することをメインとした点です。そもそもウインドオーケストラUnison初代団長のヤマさんが能登に就職して、「宇出津吹奏楽研究会」に入団したことからスタートした企画でした。車2台に着替えや楽器を満載して、600キロ以上離れている宇出津に向けて、我々は出発しました。

甘く見るな!能登の広さ・・・
 
1日目、8時半に青梅ICに入った私の車は、12時半には金沢市内に到着。以前、岩手まで走った時に較べて「な〜んだ、近いじゃん」などと思って、兼六園やお城を見物後、3時過ぎに能登有料道路に入りましたが、カーナビは目的地まで100Km以上と表示しています。そうなのです。能登に行ったことがないと、つい「能登半島は金沢のおまけ」くらいに思いがちですが、小田原と伊豆半島のような関係で、ここからまだまだ先は長いのでした。でも海や山の景色がいいので、宇出津まで退屈せずに運転できました。夕方6時に、宇出津駅前「のと旅館」に到着。素泊まり1泊3500円は激安。

まだ甘く見ていた!能登の広さ・・・
 
2日目は海に出かけようということで、宇出津のさらに先に足を伸ばすことに・・・。九十九湾には、海の中が見える潜水艦みたいな遊覧船があります。まずはこれに乗って湾めぐり。この先、恋路海岸、見附島と回って、能登半島先端方向に移動して行ったわけですが、珠洲や輪島はまだまだ先・・・。1周するには、相当の根性がいるようです。結局、見附島から恐ろしい山道を通って、柳田村に入り、そこの温泉を満喫してきました。


甘く見るな!能登のバンド・・・
 
25日の夕方から、いよいよ第1回目の合同練習です。というか、宇出津吹研は、いつも土曜の夜に練習していますから、通常の練習日に我々がお邪魔しただけなのですが、双方ともいつになく出足が早く、気合いが入りまくりました。音楽に関して、都会のバンドは上手くて、田舎のバンドはレベルが低いと思っている人がいます。都会の方がCD屋さんもコンサートホールも多く、いいものに触れられるチャンスが多いのは確かですが、アマチュアバンドのレベルは、まったく差が無いどころか、地方の方が上のような気さえします。一つの市に5つも6つもバンドがある都会では、力が分散してしまうからかもしれない、なんて思うこともあります。
 宇出津吹奏楽研究会のメンバーは、在団年数の長い人が多く、音楽を愛する気持では負けない、っていう雰囲気がヒシヒシと伝わってきました。こういう人たちと巡り合えただけでも、遠路はるばる来た甲斐があったというものです。前半は、宇出津の主導で「アメリカングラフィティ」と、新しいめのオリジナル曲(名前忘れた・・・)。休憩を挟んで後半は、いよいよ私の出番で「フラッシングウインズ」と「リバーフェスト」を振らせていただきました。ううう、すごい!このバンドは実に多様な職業の方々の集まりです。スーパーの店長さん、タクシーの運転手さん、駅前の食堂のお姉ちゃんらが、ひとたび楽器を手にすると恐るべき集中力で、初見の曲でもガンガン歌い込みながら、こっちの指揮にも敏感に反応してくれます。楽しすぎるひと時・・・。その後、地元の焼肉屋さんで遅くまで交流会を行いました。

あんたらも、好きやのう・・・
 
一夜明けた26日(日曜)は、宇出津吹研の練習日では無いのですが、同じ練習会場を1日押さえてあるから、自由に使って下さいという有り難いご配慮をいただきました。「じゃあ10時から3時くらいまでやりましょう」という私の言葉は、ちょっとした驚きを与えたようです。東京からわざわざ来て、最後の1日に観光もせずに楽器を吹くとは・・・。「あんたらも好きやのう」と言われましたが、そもそもバンド仲間のヤマさんを訪ねて来たんだし、一緒に演奏することが何よりの表敬訪問ではないか、とも思うのです。いざふたを開けてみると、夕べと同じ宇出津のメンバーもずいぶん来ているではありませんか。「あはは、お互い好きやのう」と言い合いました。
 前日は夜だったので、気が付かなかったのですが、練習場は海辺の崖の上に立っていて、窓から海が一望でした。あんまり気分がいいので、海に向かってロングトーンしようと思いましたが、錆びるので我慢・・・。昼食は「茂平食堂」という所に連れて行ってもらって、午後は練習の続き。

食べ物、生活・・・
 
日曜の夜は、私の強い希望でお寿司屋さんへ出かけました。味のほうは、当然のことながら美味しいに決まってて、しかもずいぶん安い・・・。最初の日に食べに行った中華料理屋さん(きょうちゃんという店)も、こんな美味しい料理が、何でこんな安いの?という驚きでした。宇出津の住人となったヤマさんも、「ここはもしかすると日野市より住みやすいですよ」なんて言ってるほどです。彼の住む寮は駅の真裏で、駅前にはスーパーあり、24時間のコンビニあり、外食は一通りある・・・。無いのはいわゆるファミレスとかファーストフード店だけですね。たまに金沢の街に繰り出すときは、飢えた獣のようにマクドナルドへ直行するそうです。


再会の誓い・・・
 吹研の皆さんと別れる時には、私はスーパーハイな気分になっていて、「3月の定期演奏会、見に来ます」と約束してきました。
こんないい場所、いい人たちとの出会いを、たった1回で終わりにしたくありません。そして、こんないい経験ができたのも、楽器をやっていたからこそだし、音楽やってて良かったなあと、心から思った今回の能登旅行でした。皆さん、また3月に、そしてまた来年の夏にお会いしましょう!我々のために、能登空港も本当に開港するらしいぞ。


外房勝浦編 2001.7. 3〜4

【行程】7月 3日(火) 首都高湾岸線〜市原〜大多喜〜勝浦「ホテル三日月」 温水プール、温泉三昧
    7月 4日(水) 勝浦海中公園〜行川アイランド〜金谷〜木更津南IC〜帰路

続・とにかく食う

 我が社の社員旅行で特徴的なことは、ホテルの選択基準で、食事がバイキング方式であることの優先順位が非常に高いのです。今回の「ホテル三日月」のバイキングには、焼きたてステーキ、揚げたて天婦羅、等々、非常にポイントの高い品が含まれておりました。池の平リゾート(長野)、エピナール那須(栃木)を抜いて、当社ランキング1位に指定させていただきます。
 4日は勝浦から鴨川を通って内房の金谷方面に回って、回転寿司の店に入りました。やはり海の近くは、回転寿司でもいいネタ使ってますねえ。第1目的の「食う」ことに関しては、とりあえず満足でございます。

海中公園とは
 なんと海底に植え付けてあって、頭だけを水面の上に出している塔です。その塔に吊り橋みたいなので渡っていって、塔の中をらせん階段で底まで降りていくと、窓から海中のようすが見えるというものです。たくさんの魚が見えて、なかなかきれいでしたが、一つ驚いたのは、塔全体が揺れていることです。波に押されて10センチくらいは動いていたでしょうか。きっと、塔は上からワイヤーで吊ってあるだけの構造なのかな、なんて思いながら魚見物を終えて上がってきました。上の部屋には、この塔の製作工程や図面とともに説明が書かれていたので、興味深く読んでいくと、不思議な一文がありました。「塔はクレーンで下ろされた後、ボルトで海底に固定され、さらにコンクリートで固められた」・・・。「じゃあなんで揺れてたの?」と郁恵さん。まことにもっともな疑問であります。「古くなったから、ボルトがゆるんだんだろうな・・・」 そう考える以外ありませんよねえ。もう行きたくありません。

行川アイランドとは
 きっと昔はすごく賑わっていた所なんでしょうね。私も小さい頃から、ここの名前はよく聞いたものです。でもねえ・・・。いくら平日でも、ちょっと寂しすぎますねえ。数年前に、油壷マリンパークに行った時も、そんな印象でした。今、不景気で、東京ディズニーランドを除くあらゆる遊園地やテーマパークが赤字経営らしいです。でも、油壷も行川も、そんなつまらない所ですかねえ? 私はいろんな動物見るの好きですけど・・・。最近のガキどもが、鳥や魚の実物見ても面白いと思えず、3D映像の中を高速で突っ走らないと満足しないような感性を植え付けられてしまった・・・ってことじゃないでしょうか。イヤですねえ、そういうの。皆さん、がんばって動物園行きましょう!

札幌・小樽グルメツアー編 2000.12.26〜28

【行程】12月26日(火) 羽田〜新千歳〜札幌〜定山渓ビューホテル(温水プールすべり台100本勝負・雪見露天風呂)
       27日(水) 石屋製菓チョコレート博物館〜カニのフルコース〜ホワイトイルミネーション見物〜京王プラザホテル
       28日(木) 札幌〜小樽(ガラス工房・石工房・寿司屋通りでウニイクラ攻め)〜新千歳〜羽田

とにかく食う
 今回、北海道へ行った主目的は「食うこと」であります。我が社は全員、見かけによらず大食いでありまして、バイキング方式だと、他のお客さんや店員さんが注目してしまうほど、空のお皿を積み上げてゆきます。もちろん、上手いものを食うためなら、日本じゅうどこへでも行くぞという心意気でして、「寿司・カニ・ラーメン」の3本柱を満喫しに行ったというわけでした。ラーメンに手が回らなかったのが残念でしたが、まあ次回のお楽しみにとっておきます。

温泉とプール
 定山渓ビューホテルの大浴場は、内部を探検して回らなければならないほどの広さと、バラエティに富んだ内容です。郁恵&弦太は1回しか入っていないはずですが、私は家族が寝ているすきに余計に満喫してきました。洞爺湖に行った時も大きな風呂を売り物にしているホテルでした。あちこちに「日本一の大浴場」があるようで、どれが本当の日本一かわかりませんが、「世界一」とかも見かけるし、洞爺湖のは「宇宙一」でしたから、当然これがNo1のはずです。
 温水プールも、様々なすべり台や、津波みたいなのを起こす装置なんかがあって、何時間遊んでも飽きない感じでした。すべり台は、過去に熱海でビテイ骨を打ったときの記憶が蘇るので、ビビリながらやりましたが、郁恵さん弦太さんは恐いもの知らずなので果敢な滑りを見せていました。外はマイナス10度以下の猛吹雪で、遊ぶところもありません。このくらい楽しいプールが必要なのもわかるような気がします。

寿司とカニ
 小樽に寿司屋通りという道があります。実際歩いてみると、横浜の中華街、神田の本屋街、秋葉原の電気街などに匹敵する規模で、お寿司屋さんがズラリ並びます。同業者が密集している競争社会で生き残る店であれば、まちがいなく美味しく、サービスも良く、値段も良心的であろうというのが私の考えでして、実際我々の行った「小樽寿司屋通り日本橋本店」という店は、期待通りでありました。郁恵さん「小樽の人にとっては、これが普通の寿司なんだよね。幸せな人たちだねえ・・・」 確かに。でも、物心ついたときから小樽の寿司だけ食べてたら、そういう実感は無いかもしれません。時間があれば寿司屋通り全店を制覇してみたいものです。というより、小樽という街の雰囲気そのものがとっても良いので、是非また行きたい場所の一つです。
 カニについても同じことが言えて、どの店でも北海道でとれたばかりのカニを使ってるに決まっていますから、あとはそのカニをどう料理するかのアイデア勝負になります。料理の鉄人たちが、カニをテーマに勝負しているような、面白い料理が次々登場してきて、なんとも言えず楽しかったです。

絶叫マシン
 ディズニーランドのビッグサンダーや、富士急ハイランドの「フジヤマ」でもまだ物足りないという人にオススメなのが、北海道のタクシーです。定山渓から札幌の市街までは、かなりの距離がありますが、直行や急行といったバスがありません。走っているのは吊革つきの正真正銘の路線バスで、しかも乗降客が多くてほとんど各駅停車に近いのです。27日の朝はすごい吹雪で、子供連れでバス停まで歩くのも、そこでバスを待つのも、停留所ごとにドアが開くのも、すべて勘弁してほしい状況だったので、ホテルからタクシーに乗ってしまいました。道は下り坂で急カーブの連続。大雪で、路肩やセンターラインの境目もわからないほどです。こういうとき、免許を持っていない郁恵さんなんかは、まったく平気で乗っていられるようなのですが、雪道を運転して二、三度滑ってヒヤリとした経験を持つ私など、思わず全身に力が入ってしまいます。圧巻は対向車線を使ってトラックを追い越すところ。「うぉぉぉぉ」って叫ぼうと思ったけど、声が出ん!「滑らないんですか」って訊いてしまいましたが、運転手さんは「このくらいの圧雪の感じが、一番ブレーキが利くんですよ。これがちょっと気温が上下したりして凍ると危ないんです」と説明してくれました。確かに、微妙に色が変わってたり段差になっているような個所は素早くみつけて徐行しています。長年のカンというやつなんですね。この3日間で4回タクシーを利用しましたが、どの運転手さんもとても親切にして下さって感激でした。

体験工房
 小樽に多かったのがガラス細工等の体験工房です。以前、修学旅行で生徒にやらせたガラス体験は、なんだか子供だましみたいだったのですが、こちらはけっこう本格的で、オレンジ色に熔けたガラスを息でふくらませるの(フイゴっていうの?)とか、大勢の人がチャレンジしていました。郁恵さんは石細工に挑戦。誕生石をメインにした、オリジナル携帯ストラップを完成させました。これの写真は、出来上がり次第ご紹介いたしますが、郁恵さんと会った際には、是非実物を見てやって下さいな。

羽田の駐車場
 今回は自分の車を空港近くの駐車場に停めて、そこから送迎バスで空港ロビー前まで送ってもらうという方法を採りました。これはハッキリ言ってオススメです。特に帰りはお土産とか荷物が増えていて、疲れが溜まっている家族を連れてモノレールや青梅線を乗り継ぐと思うと、いっそ空港から自宅までタクシーでも乗ってしまいたい気分になります。駐車料金も、家族3人で自宅と空港を往復する電車賃と、そんなに変わりません。まあ、ドライバーの私だけがちょっと大変ですが、家族は後ろで寝かしといてマイペースで走ればいいので気は楽です。
 
 てなわけで、2000年は社員旅行4回敢行という大暴挙に出ましたが、今後しばらくは質素な生活に戻る所存です。と申しますのも、弦太さんも3才なので、何もわからず着いて歩いた今までと違って、これからますます自分の好きなことがハッキリしてきます。家族全員が楽しめて、あまりお金をかけないで済むものを目指して行こうと思います。とりあえず、もうすぐイチゴ狩りの季節・・・。


鴨川シーワールド編 2000.7.6〜7

1泊2日で、新婚旅行以来3年ぶりとなる、千葉の鴨川シーワールドへ行ってきた。あいにく台風3号が接近中で、暴風雨だけはなんとか免れたものの、パッとしない天気で、プールデビューはおあずけとなった。

 さて、ホテルのまん前は外房の海なので、はだしで砂浜へでてみようと駆け出した時のこと。すでに弦太の表情に不安が表れているのがおわかりいただけるであろう。この直後、波が我々の足元を洗う。足がちょっとぬれた程度だが、弦太はこれにビビりまくり、中央の写真へと移る。
波の来ないところまで自主的に避難し、大泣き。水が嫌いになってしまったかと心配したが、その夜の大浴場では大はしゃぎだったので、一安心であった。写真右はどういう状況かおわかりいただけるであろうか。再び海で遊ぼうと誘う郁恵ママに、しがみついて離れないというところまでは解るが、よくよく見ると足が浮いている。弦太は押し寄せる波から身を守るために、ナント腕の力だけでぶら下がっているのである。火事場のバカぢからとはこういうものなのだ。
 さて、この旅行中、ホテルのボウリング場で勝負した。郁恵さんは生まれて初めてのボウリングということで、スコアは40点台であった。私はいつものように200点近く出して、コテンパンにやっつけようと思ったが、相手がヘタだとつられるもので、100点行かなかった。
 2日目にゆっくりシーワールドを回り、今回は外房を勝浦、御宿、九十九里有料道路と駆け抜けて、松尾村のシーフードレストラン「ととや」へ。ここは昨年来た時に、いっぺんでお気に入りとなった店だ。刺身盛り合わせ定食1350円が一押しである。
 以上。このコーナーもだんだん支離滅裂になりつつあるが、秋編に続く・・・。

いちご狩り編 2000.4.5
 
 
 いちご狩りこそ、雨でも平気で楽しめる子連れ旅行の極意と信じておる。九州の興奮もさめやらぬ4月5日・・・。しかし新学期は待ってはくれぬ。ここで行かねば、次のお出かけチャンスは夏休みかもしれぬ・・・。我々はお出かけへの執念で、伊豆行きを計画したのであった。この日は朝からドシャ降りに近い雨模様。だが行かねばならぬ。食わねばならぬ。

 朝8時半に出発。お寝坊さんの郁恵部長は、なんと前夜から寝ずに出発時刻を待っていた。弦太さんも眠ったままほとんど一つの荷物として、静岡まで輸送された。いちご狩りに備えて、朝食はもちろん抜き!着いたのは伊豆韮山町のいちご狩センター。車に乗ったままビニールハウスのまん前まで誘導されるので、外の天気は関係ナシ。たくさんの家族連れが来ている。晴れている日のいちご狩りも経験があるが、直射日光が当たったいちごは生ぬるくなるので、むしろ雨の日の方が条件はいいかもしれない。料金は大人一人1300円で、3歳未満は無料。しかし来年からは、弦太のせいで2歳児も有料になるだろう。彼は特大20個、スーパーの末端小売価格にして、1000円分ほどをクリア。「元を取る」という目標に大きく貢献した。いちごだけというのは、そんなに食えるもんではない。郁恵さんは50個という目標を設定したが、ミルクが底をついたと同時にギブアップ。だが、2600円分の元は取れているはずだ。
 
 韮山町から10分も走ると、伊豆長岡温泉だ。日帰り温泉がたくさん立ち並ぶ。我々が立ち寄ったのは「華の湯」である。しかしアクシデント発生。郁恵さん腹痛に見舞われる。徹夜明けの朝食抜きでいちごの連続一気食いをやれば、やはり普通の体調ではいられなかったか・・・。郁恵さんを車に残し、私と弦太さんだけで温泉を満喫。

 しばらく食べ物のことは考えたくなかったが、いちごは消化が良いため、風呂から上がるともう昼食のことが気になりだした。山を越えて伊豆半島の反対側に出て、さらに少し南下。向かうは川奈の「海女の小屋」。2時半頃着いたので、もうかなりすいている。海の上に浮かぶように建っている店で、ここのジャンボ味噌汁は一度食べたら病みつきだ。最近、寿司も始めていて、これがまた絶品だ。いやあ、大満足・・・。いちご狩り、温泉、海の幸グルメと続く、伊豆の雨天行楽メニュー、いかかがな。


九州編 2000.3.28〜4.1

 
 ←長崎ハウステンボスにて

3月28日(火)
 10時半の青梅特快でいざ出発。飛行機は午後3時20分なので、ずいぶん余裕でしたが、弦太がぐずって途中下車という事態も想定して、早めに出ました。しかし、郁恵と弦太は立川まで行かないうちに入眠。以下終点東京まで爆睡。山手線、モノレールも難なく乗り継いで、羽田でゆっくり昼食をとることができました。
 熊本行きの飛行機は、離陸直後から着陸まで、ほぼベルトサインが消えることがなく、延々と揺れ続けました。他にも小さい子供連れで乗っている方が多かったのですが、みな酔って泣いて可哀想でした。弦太はやっぱり爆睡。まったく手がかかりません。どうも彼の場合、揺れが大きいほど眠る傾向にあります。その証拠に帰りは寝ませんでした。
 熊本駅近くのニュースカイホテルに、親戚の叔母さん2人と従兄弟1人が来て下さり、夕食を御馳走になりました。今回の旅行の大きな目的の一つが親戚巡りで、特に弦太のお披露目でした。弦太はまったく人見知りすることなく、ハイテンションで喋りまくるのでした。 

3月29日(水)
 朝10時にニュースカイホテルの前にレンタカーが配車されました。オートマで運転しやすい三菱のディンゴ。それは良かったのですが、九州の人たちは、大阪ほどでは無いですが運転が荒いような気がします。熊本城を見物に行ったら、気温約10度で強風。ちょっと見てすぐに退散してしまいました。国道3号線を約1時間ほど北上し、山鹿市に入ります。南島という農村地帯に私の父方の叔母さんがいます。30年前に訪れた時とまったく変わっていませんでした。あの時と同じ場所に犬がいます。(まさか同じ犬では無い) この犬の前を通過しなければ玄関に入れないので、私は2時間以上も庭でウロウロしたことを覚えています。すごい御馳走攻めにあって、郁恵さんはウトウト気味。弦太はナント犬と遊んでおりました。こいつホントにオレの子か?
 さらに北上し、山鹿大橋を渡ると、山鹿の市街地になります。ここの中心部にある「写真の第一梅田」が、母方の叔父さんの家です。やはり30年前と同じたたずまいをしていました。私は中学を卒業したら、この家に修行に出されて、写真屋さんになるという進路を強く勧められていたのですが、今でも時々生徒が言うことを聞かないときなど、「そうしておけばよかったかな」と思うことはあります。弦太を中心に家族写真をいっぱい撮ってもらいました。この日は、山鹿ニューグランドホテルという温泉旅館に泊まりました。卓球台はありませんでした。

3月30日(木)

 朝10時、レンタカーで山鹿を出発。10kmほど走って菊水インターから高速に入ると、長崎まではあっという間です。午後1時前には平和祈念像の前におりました。原爆資料館などを見学。このあたりは、私が修学旅行の下見や引率で何回も来ている所なので、バッチリ案内できます。郁恵さんの方は、たまたま修学旅行が沖縄だったので、長崎は初めてでした。この日は非常に天気が良く、グラバー園あたりも気持ちよく回ることができました。夕方、長崎駅前でレンタカーを返却し、タクシーで山の上の「ホテル長崎」へ。フットワークを考えると、駅前のホテルの方が有利なのですが、このホテルの窓から見える夜景は捨てがたいものがあります。郁恵さんが窓にへばりつくこと3時間・・・。まだまだ見飽きない様子でした。

3月31日(金)

 ハウステンボスへ向かう前に、路面電車というものを体験しておこうと、わざとタクシーを浜町アーケード街に着けて、電車で駅へ向かいました。「これ、バスと同じだね」と郁恵さん。あまり感動が無かったようです。JRの快速列車でも、ハウステンボスまでは1時間余り。ここでは弦太が延々と歌を歌い続けました。降りる寸前くらいになって爆睡するので、タイミングの悪いヤツだと思いました。
 この日は曇りで寒く、ハウステンボス内を散策するには根性が要りましたが、日欄交流400周年ということで特別イベントも多く、特設ステージでの生演奏を発見すると、3人ともダッシュで近寄り、寒いのも忘れて熱心に聴き入りました。予想されたことですが、弦太がステージ上のドラムの方へ行こうとして、私達が制止すると大泣きしました。もう3日間もドラムの練習から遠ざかっていたのですから、気持ちは解るんですけど・・・。弦太はこの後、水の迷路というアトラクションで、水槽の壁を突破しようとして衝突。2度目の大泣きに見舞われ、さんざんでした。
 この日に泊まったのは、日航ハウステンボスというホテルです。豪華で別世界みたいな感じでした。

4月 1日(土)
 天気は回復し、ハウステンボスのチューリップがひときわ鮮やかでした。前日に目星を付けて置いたアトラクションを制覇し、お土産あさりをして、たくさん写真を撮りました。3才未満の子供が利用できるアトラクションは限られているので、すべてを制覇するのは無理でしたが、有効に時間を使って、まあまあハウステンボスを楽しめたと思います。食べ物の中では「アニーおばさんのチーズケーキ」というのが特にお勧めです。

 ハウステンボスには午後2時までいて、それでも夜7時には羽田空港に着いているわけですから、飛行機の偉大さが実感できます。今回は新幹線で行くことも考えたし、自分の車で行くことも選択肢の中にありましたが、現地での時間のゆとりを考えると、やっぱり飛行機で正解だったと思います。弦太が自分で歩いてくれて、ミルクや魔法瓶や離乳食を持ち歩く必要もなくなって、社員旅行もだいぶ楽になったとはいえ、大人だけで行くのに較べたら、4泊5日の九州はまだまだ大変です。でも考えてみると、ふだんこれだけ長時間、いっしょに何かやってることってなかなか無いんですよね。愛社精神を高揚させ、社の求心力を強める効果は大きいと思いました。これからも資金の許す限り、こういう行事を企画してゆこうと思っています。      (以上)