職員朝礼での社長訓話集 一つ戻る 最新版へ戻る
12月25日 サンタは誰だ!?
昨年に引き続き、この話題で2006年を締めくくろう。
数日前・・・
弦太「サンタさんは、実はお父さん・・・てことはない?」
私 (ついにこの日が来たか!)
「何言ってんだ。お父さんだって毎年プレゼント貰ってる。自分で自分にプレゼント贈ってど〜すんだ?」
弦太「サンタさんがいるように僕に思い込ませるために・・・とか」
私 「そんな面倒くさいことするか。欲しい物は自分で普通に買うよ」
弦太「友達がみんな、サンタさんはお父さんだって言ってる」
私 (クソ! 余計なこと吹き込みやがって・・・)
「ははは・・・。サンタさんが来てくれなかった家では、仕方なくお父さんが買ってるんだな」
弦太「でも、僕の欲しい物をよく知ってるみたいだし」
私 (まずいな。このままでは本当にバレる。むむむ・・・バレてたまるか。見てろよ)
「実はな、お父さんも、前々から怪しいと思っていた人物がいる」
弦太「え!誰?」
私 「お母さんだよ。夜中に帰ってくることが多いから、僕らの欲しいプレゼントを熟知し、なおかつ気づかれずに置くことが可能な唯一の人物だと思わないか」
弦太「なるほど。そうだね」
夕食時
私 「お母さん、ちょっと確かめたいことがあるんだが・・・」
郁恵「何?」
私 「サンタさんの正体は、ズバリお母さん!弦太と二人で推理したんだ。どうだ、図星だろう!」
郁恵「お母さん、自分にプレゼント買ってるの?で、それをどこに隠しておくのよ」
弦太「クローゼットとか、床下とか、屋根裏とか・・・」
郁恵「あ〜んた、去年のクリスマスはどこに住んでたのよ?この家まだ無かったでしょ。」
弦太「あ、そうか。前のおうちじゃ、隠すところ無いな。お母さんでも無いってことか・・・」
私 「しかし不思議だ。身内で無いなら、カギのかかった部屋にプレゼントを置けるはずがない」
弦太「ってことは、やっぱり本物か・・・」
私 「そう考えざるを得ないな。」
(う〜ん、素晴らしい。この時の私の、うつむき加減で行き詰まった表情を、見せてあげたい)
25日朝
6時起床した弦太絶叫!「お父さん!全員に来てる!」 2階の廊下には、各人に宛てたプレゼントの箱が・・・。そしてさらに、弦太が意外な物を発見する。「サンタさんの落とし物だ!」 階段の途中の手すりに、なんとサンタ帽が引っかかっているではないか!
私 「まて、見てみろ弦太。ここ!ロックが解除されたままだ」
弦太「この窓から出ていったのか」
私 「帽子まで忘れて・・・。よほど慌てていたんだな。」
弦太「どうするの。この帽子」
私 「来年渡せばいいんじゃないか?すぐ使うっていうなら、フィンランドに宅急便で送るけど。いちおうメールで訊いてみる」
プレゼント・・・私:高級ひげ剃り(肌荒れ気味で、安いひげ剃りだと傷だらけになるので、ハサミでちょん切ってたのを、郁恵さんが見かねて) 郁恵さん:ニンテンドーDS(前々からねだられておりました) 弦太:ブラジル代表のユニフォーム、ジダンのDVD、手の込んだ特製絵本(主役名が弦太、脇役名が仲の良い友達になっている。
というわけで、バレない自信を一層深めた2006年のクリスマスでしたが、早速ユニフォームに袖を通した弦太が、「これ、第一スポーツの臭いだ」と指摘。すごい嗅覚・・・って〜か、スポーツショップの店内は、みんな同じような臭いだと思うんだが。しかし、買った店を特定されてしまったのは事実。意外なところから足が着くかもしれないな。来年のX’masもがんばります。
12月18日 人生を左右するイベント
を行ってきました。なんじゃそりゃ?って思われるでしょうが、実は16日に小学校で訪問演奏してきたのです。あの場にいた小学生のうち、かなりの割合で、この日を境に人生が変わった子がいるはずです。そんな大げさな、と思われるかもしれませんが、私は自信を持って予言します。これは真実!
私がたしか日野六小の5年生の時でしたが、日野二中吹奏楽部が訪問演奏に来てくれました。マーチ「碇を上げて」から始まって何曲か。ポップスも演奏しましたが、ドラムセットは使っておらず、8ビートのリズムは、3人の打楽器奏者が分業していました。日野二中は、当時としては東京の中学で5本の指に入るバンドでしたが、今のレベルからすれば、それはしょぼい演奏に決まってます。しかし、小学生の私にとっては大衝撃。管楽器といえば、ハーモニカとたて笛しか知らなかったのですから、吹奏楽の音の圧力というものに圧倒され、さらに太鼓のロール打ちというものに目が点状態。中学に進むとこんな世界が待っているのか・・・。はい決定!絶対入部する。というわけで、ピアノ教室を脱走して、いったんは音楽と縁を切った状態になっていた私を、再び音楽世界に呼び戻したのは、この演奏会だったのです。実際に進んだのは二中ではなく日野四中でしたが、予定通り吹奏楽部に入部した後は、これまた予定通り、迷わず打楽器を希望し、勉強そっちのけで練習の鬼と化す。ついにはそれを職業にしたんだから、人生を左右したイベントと言えますな。(プロ音楽家で無いにしろ、部活が動機で教員になっちゃったという点で、まあ職業みたいなもんです)
35年前の二中に較べたら、格段に音が良く演出もカッコイイ、青梅総合高の演奏を聴いてしまった小学生は、一体どうなってしまうのか・・・。もはや音楽から抜け出すことが不可能でしょう。我が家で言えば、郁恵さんみたいに音楽も勉強も一生懸命やる子か、私や弦太みたいに音楽は熱心で宿題は後回しって子か、どちらかに育つと思われますが、とりあえず何かに熱中する子になるので、心配はいらないでしょう。これからも多くの子供達に、衝撃的なステージを見せ、人生を左右していこうと思います。
12月10日 デコハウス
一昨日付け西多摩新聞の一面と最終面、ご覧になりましたか? って購読していない方には、まさしく意味の無い質問であるばかりか、東京最西端の住民以外は、西多摩新聞の存在そのものと縁がありませんな。ようするに、非常に狭いエリアの地元新聞ですが、今週の特集記事が、なんと「デコハウス」。12月になると、これ見よがしに大量の電球を飾り付ける個人宅が増えています。昔からあったのかもしれませんが、私が気づき始めたのはちょうど10年前くらい。近所の3階建ての家が、ビカビカに飾り付けてて、現在から較べると可愛いレベルでしたが、わざわざ見に行ったりしたものです。市内に長く住んでいる吹奏楽団のメンバーに聞くと、みんなああ、あの家ね。」という具合にご存じで、やはり名物なのでした。その家は、翌年になると電球数が増えていて、サンタやドラエモンといったキャラクターも登場。注目されていることを意識して、明らかに悪ノリ気味。やがて他の家も似たようなことをやりだして、その家は「One of them」に過ぎなくなりました。最近、あきる野市内の五日市街道を走っていたら、遠くにビカビカのネオンが見えてきました。パチンコ屋にしては小さいし、こんな場所に風俗店はないだろ・・・なんて思っていたら、一緒に乗ってた郁恵さん絶叫。「これ、個人の家だよ!」「え?まさか・・・」 超過激デコハウス発見。ところが驚くのはまだ早かった。さらに西に進むと、またもや超デコハウス。あと少しで五日市というあたりに極めつけの1軒。いくらなんでも凄すぎ! なんでこんな田舎でデコハウス競争やるのか、と最初は思いましたが、実際に見ると納得します。まわりに余計な灯りが少ない方が見栄えがするので、23区内よりも都合がいいのでしょう。西多摩新聞に紹介されていた家々は、台車に乗せればそのまま、ディズニーランドの夜のパレードを走れるな。う〜む、素晴らしい。うちもいっちょやってみるか、という気にさせられるが、でもやめておく。実は私はこういうのが元々好きで、始めたら最後、エスカレートしやすい性質です。私が以前に乗っていたシビックを、後ろからご覧になった方ならお解りでしょう。後ろ窓に、ルパン次元五右衛門の人形を吸盤でぶら下げたのが始まり。あれよあれよという間に増え始め、駐車場に置いておけば子供たちが集まり、ガソリンスタンドでは、後ろ窓を拭こうとしたお姉ちゃんが仲間の従業員を呼び集め、そのうち新しい人形を寄付してくれる人まで現れる始末。こうなるとさらなる期待に答えないわけに行かず、後方が全く見えない状態に陥るのに、さほど時間はかかりませんでした。こんな私がデコハウスに乗り出したら、家の壁面を完全に覆い尽くすまでやるだろうな。
この季節、都心もいいでしょうが、西多摩のイルミネーションも是非ごらんになって下さい。ただし、デコハウスをあんまりもてはやすと、あの人達は全財産を電球代につぎ込むんじゃないかと心配です。
11月29日 出張
学校の先生が「出張」って、いったい何の用事で何処へ行くんだろう?って思われます。遠足の下見や、ちょっと隣の学校に楽器を借りに行くのも、要するに自分の学校を仕事で離れるなら、すべて出張になります。先生によっては、やたら出張が多い人(しょっちゅう自習になるから、生徒は喜ぶ)と、滅多に出張しない人(ある意味迷惑)がいます。やたら多い人の出張理由は、研究会等でしょう。他校の先生方と協力して、教材を開発したり、新しい授業スタイルを研究したりするのです。そういう最先端の仕事は、きっと優秀な人材として校長先生から推薦されたか何かですから、極く大雑把な言い方をすれば、出張が多い=優秀な先生ってことになります。じゃあ私はどうかと言うと、出張極めて少ない!原因は簡単。優秀じゃないせいか、「行け」と言われることが無いだけ。「行ってみませんか?」みたいな言い方なら、されたことはありますが、それだったら「いやだ」の一言で済みます。まさしく遠足の下見か楽器を借りに行くくらいのものでしたが、先週久しぶりに、他校の授業を見学するという出張を命じられました。私が突然優秀になったわけではなく、金曜午後の授業が少ないという理由で狙われたらしい・・・。行き先は浦和高校です。通称「うらこう」という響きに初めて遭遇したのは、大学入学直後の、何かの自己紹介の時。私の隣に座ってたやつが、「オレは浦高の落ちこぼれ」みたいなことを言ったのを覚えてます。当時は、東大に100人くらい入る学校だったはずだから、「東大以外に進む=落ちこぼれ」ってわけか。そんな浦高に、楽器を借りに行くわけではもちろん無く、進学実績を上げる浦高流のやり方を、聞こえは悪いけど「偵察」するのが、私に与えられた任務でした。「別に忍び込むわけじゃないのに、ちょっとワクワクもんだなこりゃ。最初億劫だったけど、たまにはこういう出張もいいか・・・。」なんて思いながら到着すると、うわ!やっぱこりゃいかん。他の学校から派遣されて来てる先生たち、みんな進路主任とかで、こういう出張に慣れまくってて、いかにも優秀ですって感じ。部活の顧問会では肩で風切って生意気三昧の私も、この日ばかりは場違いな所に来ちゃったと感じ、小さくなっておりました。浦高の見学そのものは、とってもタメになったし興味深かったので、貴重な経験をさせてもらいました。でもこういう出張に頻繁に行くようなのはムリだな。やっぱり自分の学校で部活やってる方がいいので、今後もできる限り出張は避けようと思います。だから私の授業が自習になることは、まず期待しない方がよい。
11月20日 のだめカンタービレ
ふだんテレビをほとんど見ない私が、毎週欠かさず見るようになった番組としては、「女王の教室」以来ですな。単行本を全部読んでいたので、ドラマ化された時には、既に見る気満々でスタンバっておりました。配役も、まるで漫画の世界からそのまま飛び出して来たかのように、原作のイメージを良く再現しています。(シュトレーゼマンだけが例外・・・泣) 生身の人間が岩に激突させられて怪我一つしなかったり、デカいハリセンでひっぱたかれたり、問題あるシーンも多いですが、それを差し引いても得る物が多いドラマだと思うので、部活のミーティングでも公然と推奨、って〜か、もはや義務づけています。
このドラマ化によって期待される第一の効果は、クラシック音楽が身近になることです。ベートーベンの7番は、ベートーベンの中でもまあマイナーな部類。運命や第9の4楽章は聴いたことあっても、7番は知らないっていう人が多かったと思うのですが、うちの弦太でさえ、最近7番のCDを毎日聴きながら、ピアノでポロポロ弾いたりするようになりました。何でも、学校で弾いてみせると、女の子たちが寄って来るんだとか。私が楽器の練習始めた動機と一緒だな・・・。吹奏楽部員という子供たちは、さぞやクラシック音楽に慣れ親しんでいると思いきや、実はそうではありません。吹奏楽では、吹奏楽用に書かれた専用曲(吹奏楽オリジナルと呼ばれる)や、ポップスをやることは多くても、金管楽器があまり活躍しないクラシック曲を演奏する機会は非常に少なく、モーツアルトなんてまずやらないまま卒業でしょう。ですから、吹奏楽のCDは聴いてもオケは全然聴きたがらない、という子が多いのが実状です。せっかく楽器というものに日々触れながら、興味の幅を広げられずにいるわけです。「のだめ」がその突破口になることは、大いに期待できます。
そして、作品が発している重要なメッセージ・・・それは、「のだめ」やSオケのプレイスタイルに凝縮されています。「メチャクチャな演奏。でも何だか面白い」 音楽はもっと自由かつ楽しくあるべきで、技術的な物差しを超えた所に、聴衆を魅了する何かがある・・・という作者の主張が伺えます。また、シュトレーゼマンの指揮は、奏者一人一人に気を配り、個性を尊重しながら、オケの能力を120%引き出すカラヤン流のやり方。(原作の方がよくわかる) これは指揮者のみならず、人々をまとめる立場にある者にとって、おおいに参考にすべきリーダー学と言えるでしょう。というわけで、うちの部活の目標はSオケ。必ず楽しんでいただくので、来て下さい。
11月11日 おいどんの部屋、裸電球ですたい!
って、九州弁としてはヘンかもしれませんが、このフレーズがなぜか、私が合奏練習中に発した「直井語録」の中に収められています。指揮者は、演奏者に対して音楽表現を要求するとき、指揮棒だけでそれを伝えられればもちろんベストですが、足りない部分は当然、言葉で補強します。「菜の花畑を舞う蝶のような感じで」とかは普通。「校庭じゅう探して、コンタクトの片方を見つけた瞬間て感じ」なんて言えば、同じ喜び表現を要求するにも一風変わってて、練習場の雰囲気がくつろいだりします。演奏をけなす言葉も、「う〜ん、行進というよりも土俵入りでしたね。もうちょいダイエットしましょっか」なんて言います。表題の九州弁は、何の曲だったか忘れましたが、「ここはゴージャスな雰囲気で。ねえ、見て!私のお部屋のシャンデリア・・・って感じ。今のじゃ、おいどんの部屋、裸電球ですたい!みたいだな」という使い方だったと思います。悪い表現例で使っているので、九州男児の名誉を傷つけて申し訳なく思う・・・。せっかく語録に収録されたので、記念に他のバンドの練習でも使いました。でもこういう言葉は、反射的に出てきた時だけが的を射た表現になっている時であり、あらかじめ予定して使ってはダメです。
以前、どうしても曲のビートが重めになってしまった時に、「県立黒磯高校柔道部の早朝砂浜ランニングじゃないんだから・・・」という言葉が反射的に出てきました。練習後にメンバーから、「黒磯高校の柔道部って有名なんですか?」と訊かれました。考えてみると、黒磯高校に柔道部があるのか不明。それどころか黒磯高校が実在するのかどうかさえ私は知らない・・・。我ながら、なぜこんな具体名をしゃべったのか不思議なので、分析を試みました。演奏の重さからまずイメージしたのは、柔道部の砂浜ランニングだったはず。で、東京よりは地方の県立高校の方が、男子校が多くて質実剛健て感じだから、「県立」と口走った・・・。砂浜ランニングだから、海の近くだろうということで、「磯」が付く黒磯になったのではないか・・・。黒磯は東北本線の駅として、元々頭にインプットされていた地名でした。「磯」がつくということなら、神奈川県の「大磯」でもいいはずだが、「黒磯」という名前の方が強そう。黒磯は栃木県だから、冷静に考えれば海の近くではありません。指揮者というのはこんな風に、演奏から受ける印象を、ろくすぽ考えもせずに言葉にするのです。
最後になりますが、栃木県立黒磯高校は実在し、柔道部もあります。バリバリの進学校らしいです。神奈川県立大磯高校も、立派な学校ですね。いろんな学校の固有名を、私が練習中に口走ることは、今後もあるかと思いますが、ご迷惑をおかけする可能性は無いので、心配ご無用です。
11月 2日 履修漏れ
学校関係者の皆さんも、そうでない人も、もうこの話題にはウンザリしてきた頃でしょう。私も、新聞記事等で目につけば、隅々まで読んでおりますが、やっぱりいろんな考えの人がいるものですな。とか言いつつ、我が社も6年間に渡ってこんなコーナーを続けている以上、本件について社長見解を述べないままでは、読者の皆さんも納得されないでしょう・・・と思っているのが私だけだとしても、構わず訓話Go!
まず大前提・・・被害者である現役高校3年生には、1%の落ち度も無い。生徒がこっそり世界史バックレて、数学の教室に潜り込んでいたっていうなら、「正直者がバカを見るのはけしからん。今からでも補習受けるの当然」とか理解できますが、知らないうちに世界史を学ぶ機会を奪われた挙げ句に、今さらずるいとか言われてもねぇ。50時間の補習は、文部科学省のメンツを保つために行う、見せしめの刑でしかありません。だいたい、これから世界史50時間て、授業やる側も受ける側も、モチベーション最悪ですよね。教育的効果があるんじゃろか?発覚したのが春先とかだったら、まあそういう選択肢もあるでしょうが、よりによってこの時期で、しかも既にそのまま卒業しちゃった人も多いという状況から判断すれば、私の結論は以下のようになります。@今回は生徒に補習義務づけナシで、自分は世界史を履修したかったのに・・・という生徒に対してのみ、70時間分の補習を受ける権利を与える A履修逃れを発案した、或いは黙認したと思われる関係者を、徹底的に調査した上で厳重処分。以上です。とにかく、一番悪いのが誰かはハッキリしています。勝つためには手段を選ばないという体質の進学校。また、学校の評価を進学の数字でしか見ない連中が、進学校の校長や教務部を、ルール度外視に追い込んだことも忘れてはならんでしょう。関係者一同、教育の本来の目的に立ち返るべきですな。ところで、履修漏れがあった学校に対して「ずるい」とか、ひがみ根性丸出し意見をお持ちの生徒さんには、喝を入れておかねばならんな。1単位や2単位多く授業受けたくらいで、受験の結果が左右されると思うこと自体、他力本願の現れ。勉強できる生徒というのは、自学自習のコツを会得した生徒であり、授業はほんのサポート程度です。実際に多くの高校は、ちゃんと全科目履修しながら実績を残しているし、仮に今回摘発された学校が履修逃れしていなかったとしても、受験の結果はそんなに変わらないと、私は思わずにはいられません。
最後に、該当校の生徒さんたちへ。補習受けろってことに、なっちまったもんは仕方なく、ボヤいてても始まらない。やるのとやらされるのは大違い。ここはいっちょ気持ちを切り替えて、興味津々で世界史の補習に臨んでみようじゃないか。新たな発見や楽しさが味わえれば、世界史やんないまま卒業した先輩たちが、可哀想に思えてくるかもしれないぞ。
10月27日 ストレスチェック
テスト期間の午後は、やっと一息つける時間と思いきや、今年は必ずと言っていいほど、職場の研修会が入ります。今回は、産業医さんをお招きしての「ストレス講話」。こういう研修会をやらなければならない程、今の学校にはストレスの種が多く、実際に病気休職に追い込まれる先生が増えているということです。しかし、私にはまるで必要ない話!(そう思っている人ほど危ないんですよ、とよく言われる・・・) 初めは面倒だったのですが、行ってみると、「うつ病」「パニック障害」のお話も聞けたりして、なかなか勉強になりました。研修会の中では、全員にチェックシートが配られ、4択問題20個に答えさせられました。よくあるやつ・・・。以前にも同じようなのをやったことがあります。その時は20問どころじゃなくて100問くらいあったと思います。しかもコンピュータ診断だったから、結果を楽しみにしていたら、「お前は自信過剰だから気を付けろ」みたいな事しか書かれてなくて、気分を害した覚えがあります。自分が自信過剰なことくらい、とっくに知ってる・・・。だからたった20問じゃ、どうせ大した事は解りっこないですが、一応まじめに回答しました。結果は点数で出されます。4択に1〜4点が割り振られて20問の合計だから、最低が20点、最高が80点ですね。さあ診断結果発表!40点以下は正常。40〜50点は軽度のうつ状態、50点以上は要診察なんだってよ。少ない程いいってことです。自己採点を終えた先生たちの間から、歓声や悲鳴が上がり、見せっこして大はしゃぎのグループもチラホラ。私の診断結果は22点でしたので、おそらくあの場にいた受検者の中では、一番低かったと思われます。私のストレスが少ないという結果は、初めから予想されたことなので、パーフェクトを逃した「あと2点」の方が非常に気になる・・・。原因はたった1問でした。他19問がすべて1点なのに、「朝は気分爽快ですか」という問で私が選んだ「ときどきYES」が、3点食らっちゃったのです。げえ〜っ、じゃあ夜型人間ていうのは、常にストレス抱えてるってことなの?こんな私でも、ちゃんとストレス解消すれば、毎朝シャキっと目が覚めて、すがすがしい気分になるってか?ないないないない・・・絶対ない。朝は常に眠いし、早く起きるの大嫌いです。ストレスと朝の気分は関係ナシ!よって、この検査はおかしい、と勝手に決めつけてしまいました。でも同僚から「直井さん、いつも出勤するの一番か二番くらいに早いよね」と指摘されて、「朝練で楽器の練習したいから、仕方無くですよ」と答えると、「練習が楽しみで、朝練行くぞ〜って気合い入るから起きられるんだろ?それってすでに気分爽快なんだよ」。言われてみればそうだな。ってことは、その問も実は1点で、私はパーフェクト達成だな。ん〜納得・・・。皆さんのお役に立ててほしいストレス解消法については、このコーナーでも再三取り上げて来ましたが、次回からあらためてお話してゆきます。
10月12日 生徒総会
今日はうちの学校の後期生徒総会でしたが、皆さんは自分の学生時代、生徒総会でどんなこと話し合ったか覚えていますか?学校によっていろいろ違うでしょうが、私が在学した中学、高校、ついでに大学の学生大会・・・すべて「シャンシャン総会」でした。質問も意見も出ないまま、議長だけが淡々としゃべっていて、拍手で承認をって言うから拍手して・・・何だか解らないうちに閉会宣言。当然のように、議案書を丸めて前に座ってる人の頭を叩くやつが現れ、議長は「静粛に!」を繰り返す。時には「総会屋」みたいな子が出現し、一人で延々と発言しまくり、その子の過激な話し方だけが印象に残ったり・・・。要するに、主催者側(生徒会執行部や議長)でさえ、何が争点なのか解らず、先生が手伝ってくれた台本を読んでるだけだから、白熱した議論で盛り上がれって〜のが、そもそもムリな話です。就職してから、教職員組合の総会に初めて出た時、議論が白熱どころか赤熱してるのにビックリでした。今にも殴り合いになるんじゃないかと心配しましたが、争点はやっぱり理解不能。私には、「あいつの言うことにはすべて反対」と言ってるようにしか聞こえません。
生徒総会について、あえて言うと、準備を教員が手伝っている時点で、もうその総会は平穏無事に進むことが約束されたようなものです。他の先生方が眉をひそめそうな危険な議題を、あらかじめ避けることができるからです。ただ、これを続けて行くと、生徒にはだんだん不満が溜まって行き、ある日突然爆発する可能性があります。生徒会を教員のコントロール下に置こうという空気が強い、比較的新しい学校で、こうした一揆は起こりがち。(私の高校時代にも、修学旅行の夜に突然一揆が起きて、夜2時まで先生対生徒の話し合いが続いた・・・) 逆に古い学校では、教員の介入拒否を伝統とする生徒会が多いので、総会もさぞ盛り上がることでしょう。先生方も「うちの生徒は自主性に富んでいる」なんて喜んでいて、余計に放任するケースが見られますが、一歩間違えば暴走します。某高校に赴任したばかりの校長先生が、自転車をきちんと並べて置くように注意したら、いきなり生徒会新聞で叩かれたと大笑いしていました。「新校長による、自由な校風への弾圧始まる」という見出しだったとか。掃除もしないから学校中がゴミだらけ・・・そんな状態を、「自由な校風」と誇らしげに言う感覚を、軌道修正するのは難しいでしょう。放任のツケと言わざるをえませんな。というわけで、従順にさせ過ぎず、暴走させず、日々生徒のリーダーたちと向き合う生徒会顧問という仕事は、非常に難しいのです。うちの総会は、見事なシャンシャン総会でした(泣)。一揆は近いんじゃないだろか・・・(汗)。
10月 7日 開校式
今回私は、閉校式に出演した半年後に開校式に出演し、御来賓の皆様も相当数が同じ顔ぶれ、という珍しい体験をさせていただきました。ちょっと説明が必要ですな。昨年まで勤務していた青梅東高校が3月に閉校になって、私は統合先にそのまま移ってきた、という事情です。しかも昨年は、最後の3年生の担任で、最終クラスの3組だったから、一番大きな拍手を頂きながらの退場でしたし、当然のようにアトラクションでも演奏しました。そして今回は、担任ではありませんが、生徒会担当ということで何かと前をウロつくし、やはり当然のように演奏にも加わるので、両方ご覧になった来賓の皆様は、私のことをさぞ出しゃばりだと思われたことでしょう。(それは当たっているかも・・・) ついでに、なんと10年前の秋留台の20周年式典も合わせて、合計3回私の演奏を聴いた方もいらっしゃるので、その方には皆勤賞を差し上げたいところだな。さて、私を3回見た人は「またアイツか!」くらいにしか思わないでしょうか、当の私からすると、開校式、周年行事、閉校式は、全然違います。乱暴を承知で言えば、一番わからないのが周年行事。成長を続ける組織や生き物だったら、お誕生祝いは意味があるかもしれませんが、公立学校の場合は・・・? 卒業生の数は増えて行くけど、これは自動的。あと変化といったら、校舎がボロくなっていくくらいのもので、正直な所、何を祝いたいのかよくわからないのです。閉校式は、これは感慨深いですが、もうやりたくない・・・。閉校が近づくと、自分の仕事が、組織の未来につながって行かない実感がヒシヒシと伝わってきます。もちろん学校だから、個々の生徒の未来を応援する作業は、何ら変わりません。しかし、行事や部活のような特別活動に限っては、あと10手くらいで負けると判っている将棋の、最後の形を整えているような感覚なのです。じゃあ、開校式はと言うと、もう明白。これが一番。すべてがこれから始まり、さあどうしてくれようかと算段するウキウキ感は、22年目にして初の経験ですが、ちょっと病みつきになりそうですな。
私が高校生の頃は新設校ラッシュで、閉校は考えられませんでした。それが最近の少子化によって閉校ラッシュ。ところが2つ閉校して1つを開校する・・・みたいな感じなもんだから、現在の状況は、開校、閉校、周年のどれでも経験する可能性があります。これから多くの学校を歴任するであろう若い先生の、いくつかの人生設計を考えてみるかな。@最高パターン:いきなり新設校に赴任→行く先々が全部新設校 A次善パターン:行く先々が新設校か、11年目とか21年目の学校ばかり。B最悪パターン:閉校間近か、9年目19年目の学校ばっかり回って、行く先々で記念誌の編集委員を押しつけられる・・・。というわけで、若い先生方、是非、新設校を希望しましょう。
9月28日 斬られ役
文化祭が終わり、代休の昨日は久しぶりにず〜っと家にいました。別荘地と変わらないような場所なので、1階の和室で庭を眺めながらゴロゴロするという目標を立てていたのが、転居後3ヶ月にしてようやく実現したわけだ。しかしやり始めてみると、庭を眺めるのは5分程で飽きてきて、弦太が買った「サッカー抜きワザ60」というDVDを見始める。ドリブルして行って、相手をかわしながら進んで行くワザを、スローとかマルチアングルをまじえて解説していました。60種類のうちの最初の1つか2つで大興奮。サッカーにまったく興味が無い人が見ても、思わず「おおっ」と歓声上げていただけること請け合いです。約20種類見たところで、面白さの秘密が見えてきました。インストラクターの国枝修一さんは、当然「抜き役」です。もともとが好青年的な風貌で、オレンジ色の明るいユニフォームを身にまとい、軽やかにボールを操ります。そして「抜かれ役」は・・・黒のユニフォームを着て、小太りで人相が悪く、あごヒゲをたくわえ、警視庁主催のセーフティー教室か何かで、凶悪犯か不審者の役で登場しそうな人です。国枝さんの動きに機敏に反応する感じからして、サッカーが相当上手い人に違いないのですが、最後はいつも「意表を突かれた!」って雰囲気の中で抜かれて「The End」。この役は、さぞ難しいだろうと想像できます。撮影の時に、国枝さんがかけてくるワザをあらかじめ知っていながら、わざとやられる・・・。しかも、余りにあっけなくやられるんじゃ教室として成り立たないから、ギリギリの線でやられる・・・。60回もやるんだから、毎回同じリアクションてわけにもいかず、ある時は足がもつれて腰砕け、またある時は「あれ?」って顔して、ボールの行方を探す・・・。黒服抜かれ役こそ、このDVDのアカデミー助演男優賞だなあ、などと思いながら、ジャケットや解説書を見回すが、なんと抜かれ役の名前はどこにも出ていないのでした。よく時代劇には、専門の斬られ役がいて、斬られ役が上手いからこそ、吉宗将軍や助さん角さんの大立ち回りが引き立つと言われます。「抜きワザ60」の良さは、抜かれ役の功績無しには語れません。
合奏においても、場面によって主役と脇役が存在するので、私もこういう名脇役ができるようになりたいと思うのはヤマヤマですが、もともと主役の方が好きなので、これからも常に目立ちたがることでしょう。文化祭では、ベースギターという渋いパートを担当していたにもかかわらず、「一番目立ってましたよ」という非難が寄せられていました。でも顔だけは斬られ役の方に近い。
9月13日 教室へ避難する
上下関係の厳しい、民間企業や役所に勤務する友人たちを見ていると、本当に大変そうです。彼らは、仕事の中味で疲れるのではなく、上司や同僚との接し方に気を遣うことで、9割方のエネルギーを消費しているように思えます。学校の先生になって、上司があまり威張ってない・・・どころか、逆にヒラの方が威張ってるような図式に、最初ビックリでしたが、最近はおっかない上司が増えたかもな。でもまだまだって感じ。学生時代にアルバイトで通っていた会社では、部長さんは温厚なのに、課長さんが常時大爆発型で、朝から晩まで怒鳴り声。怒鳴られた側も負けてなくて、一人強〜い女性の方が、いつも課長に言い返して、火に油を注いでいました。学校もそのうちこんな風になるかもな。同僚との接し方は、民間と大差ないと思いますが、でも教員の方が我が強い人が多い分、大変かも。ってことは、総合的に考えると、今後、対人関係のストレスは、学校の方が上を行く時代になりそうですが、実はそうはならないのです。
オフィス勤務の皆さんは、対人関係でいたたまれないような状況の時、逃げ場は更衣室かトイレくらいのものです。しかし、我々の場合は、教室というとっておきの逃げ場があります。子供たちの真っ直中は、それはそれで大変な面もありますが、大人の真っ直中とは本質的に違うので、職員室がいたたまれない場になった時の、避難場所として成立しているのです。担任は教室にいる時間が長くなるので、避難のチャンスに恵まれており、部活動はさらに上質の逃げ場所。担任や部活顧問は、それらをやっていない人に較べて、どう考えても仕事量が多いはずですが、我々の業界では進んで志願する人が多いのは、そういう作用もあるのではないでしょうか。最近の私は、朝学校に着くとそのまま朝練に直行し、30分間楽器の練習をしてから職員室へ向かっています。朝から避難とは、もはや末期的なんだろうか。秋留台や青梅東には、教室以外にもさらに素晴らしい避難場所があったりして、最高に居心地の良い職場でした。そんな、学校という過ごしやすい世界にも、ストレスの波にさらされる人々がいます。校長先生は校長室を避難場所にできるけど、副校長先生(教頭先生)と、事務職員の皆さんは、さぞ大変だろうと思います。せっかくの学校なんだから、そういう人々にも、何かしら定期的に教室に出向く用事を作ったらいいのでは、なんて思います。文化祭直前で、最高に忙しい時期ではありますが、朝練がある限り私は元気。そして土日の部活を励みに、木金の2日間を乗り切る!
8月28日 合宿の今昔
今と昔を比較して、あ〜だこ〜だ言うのは、年寄りの特徴だと解っちゃいるけど、実際に年とったんだから、言わせてください。今日も3泊4日の合宿から帰ってきました。うちの生徒たちも、予想通り楽しんで来たようで、最終日の今日は、まだ帰りたくなさそうな顔をしてる子もチラホラ。コーチに行ってる他の学校でも、合宿大好きっ子は多く、何日も前から「楽しみで眠れない」なんて言ってます。いったいいつから合宿は、そんな楽しいイベントに変わったのだろう? え?って〜ことは、昔の合宿は楽しくなかったって意味?はい!まさにその通り。これは私に限った事ではなく、日本国中そうだったと確信しています。私が最初に部活合宿に関するイメージを獲得したのは、小学校低学年の時に読んだ漫画「ハリスの旋風」でした。ハリス学園の剣道部が合宿に向かう車中では、部員は誰一人口を開かず、沈痛な面もちで、合宿中の練習はまさに地獄絵図。私は、高校生になったらこんなイヤな行事があるのか・・・と憂鬱になったものです。で、実際に高校生、大学生になってみたら、その時のイメージ通り! 4泊5日だったら、1日目は「あと4日で終わる」、2日目は「あと3日の辛抱」、3日目は「もう半分終わった」・・・なんて具合に、自分を叱咤激励しながら耐える。そんな根性ナシは私だけかというとそうでもなく、みんな辛いのです。じゃあみんなで相談して、楽しい合宿にしちゃえばいいのに、と思えますがそうもゆかん。なぜなら、「己を鍛える」が善しとされ、水分補給さえ御法度の時代です。合唱団なのに、朝食前に4キロランニング&死ぬほど腹筋、練習は立ったまま1日8時間とか、どう考えてもただの我慢大会。上級生は、自分の代で甘くするとOBから何言われるかわからないので、ゆるめる事ができん。別の大学で吹奏楽に進んだ友人も、根性を叩き直すとかで正座で吹かされたとか、1年生は血ヘド吐くまでロングトーンとか、貧血で倒れるまでチューバ立奏とか、いろいろ楽しい話を聞かせてくれました。また、上級生への忠誠心を確認するための儀式的イベントも多かったと思います。1人ずつ呼ばれて、無抵抗のうちに布団蒸しにされて、下半身にマジックで落書き(眼を2つ描いてウナギにされたり・・・)なんてのは可愛い方で、もっと過激なのもあったようです。うちの部でも、行きの電車の中で儀式の内容を聞かされた1年生が、隙を見て上り電車に乗り換え、東京に逃げ帰ってしまった事件がありました。
現代は根性より科学優先の時代。部内の厳しい上下関係も消滅し、「合宿=楽しい」に変貌しました。今の高校生を羨やみ、な〜んか自分たちは損した気分ではありつつも、彼らが楽しみで眠れなくなるほどの行事で、実際の指導をさせて貰えるのは嬉しい事。私自身も合宿大好き先生だな。早く来年の夏にならないかな・・・。
8月12日 やっぱり7番アイアンで勝つなんて・・・
ついでに私は麻雀も激弱です。強い人というのは、平和(ピンフ)のみとか、中(チュン)のみで上がったり、誰かが大きいの狙ってると判明したら、即座に降りる、つまり安全策に切り替えられるタイプだと思います。私はそれが苦手。そうまでして勝ちたいか?一体我々はここに何しに来てんだ?麻雀だろ?だったら、常に役満狙ってわくわくドキドキしなけりゃ意味ない!というわけで、私は自動振込機と異名を取るほど負けまくりました。でも、半荘1回の間に、役満2回あがったこともあります。これぞ麻雀の醍醐味。
ドライバー振り回したり、役満狙って振り込みマシンも、個人競技だから誰も迷惑しないし、許されるのですが、これがチームプレーだったらそうは行きません。チーム全体で勝利したり、スコアを上げるのが最重要目的なわけだから、「オレはすかっと豪快に決めて、ヒーローになりたいんだ。でもそのせいで負けたらゴメンね」とお願いして、納得してくれるチームメイトは滅多にいないと思います。チームを組んでの対戦の場合、7番アイアンで最も良いスコアが期待できるなら、絶対に7番を使うべきでしょう。
さて、非常に高度なチームプレーである合奏や合唱をやっている時、私はこの7番アイアン問題で悩むのです。中学生高校生たちの中には、常にアイアンで刻むことを善しと教えられて来たかのような子がいます。そういう子には、楽器を鳴らすことの喜びを味わって欲しいし、そのためには、とりあえず音量大きめ、強弱差超大きめという指示をします。つまり、まずはドライバーで飛距離が出せることを、第一ステップにしたい。ところがですねぇ・・・。これが市民バンドのような大人の集団となると、一転してドライバーぶん回しタイプの人が増えるのです。理由は簡単、たまの貴重な休日に楽器を吹きに来ているのですから、スカっとしなきゃ帰れませんわな。音量一つとってみても、必要以上に大きめに吹く人が多く、指揮者として「抑えろ」という指示を出さざるをえない時は、やや決死の覚悟。しかし、大音量で吹く側は、ハナっから確信犯的にやってるわけだから、指揮者の言うことなんて聞き入れるはずもなく、「抑えろ」は嫌われるだけの効果しかありません。親切心で、バランスやハーモニーの練習なんてやってあげた日には、「オレたちゃ楽しくやりてえんだよ!」って言われるのがオチだな。私も「コースへ出ればドライバー族」の一員だから、そういう気持ちには共感してしまいます。じゃあこういうバンドは、結局どうすればいいのかというと、これも極めて簡単。ドライバーで打ってもOB出さず、フェアウエイの真ん中を捕らるように、要はちゃんと練習すりゃいいのです。結論!スコア崩すのを恐れて全部7番で打てという指導は、子供大人、初心者中級者を問わず、やっぱり間違ってます。ゴルフには、長距離砲でドカンと打つべき場面と、手堅くまとめるべき場面の両方があって、両方合わせてゴルフです。中学生の手堅さ、大人の豪快さは、それぞれの持ち味として尊重し、足りない部分を練習させる・・・って言うのは簡単だけど、
難しいんだよな。まずは自分が麻雀で勝てるようになってからかもな・・・。
8月 5日 7番アイアンで勝つなんて・・・
突然ゴルフの話題。私が昔住んでいた多摩市和田のアパートの、すぐ近所にゴルフ練習場がありました。狭い練習場だったせいか、料金も安く、土日でさえ2階席はガラガラ。夏休み中の平日昼間なんて、まず貸切り状態でしたから、ヘタな私にとって、人目を気にせず打てる、嬉しい練習場でした。ところがある日、いつものように2F貸切りで打っていると、一人の人が寄ってきて、私の打ち方を見て、なにやら文句を言い始めました。ここの専属インストラクターって感じでしたが、きっと余りにヒマなので、頼んでもいない私へのレッスンを開始したのでしょう。ある意味迷惑なのですが、私も公園で楽器を吹いてる若者に、「シゴキ通り魔」をやっちゃうことがあるので、人のことを言えません。その日は、とりあえず先生の言うとおり、頑張ってみることにしました。私は表面上は素直に見られることが多く、先生もそんな私を真剣に教えようと決意したようで、「よし!7番アイアンだけ残して、他は全部しまえ。今日は7番だ」とか言いだし、何回も素振りをやらされました。先生の声がヒートアップ。「背中がふにゃふにゃだ。鋼鉄の芯が入ってるようなイメージだ」「どこ見てる!どっちへ飛んだかなんて誰かが見ててくれるんだ。これから打つ球だけ見ろ」 私・・・すべて「はい!」 今まで自己流だったフォームを細かく直され、いよいよ球を打った時、我ながら半信半疑の感触が・・・。いつものような「ガシっ!」という抵抗感が無く、まるで空振りしたような感覚の中、ボールはネット上段に向かう弾丸ライナーとなりました。「よし、ナイスショットだ。今のを忘れるな!」 誉められたのでさらにガンバル・・・。最後に先生より、「今ので最高170ヤードは出てる。今度コースに出る時は、ティーから全部7番だけ使ってみろ。100なんて軽く切れるぞ」 へえ〜そういうもんか・・・と、さっそくコースで試してみました。たしかに、ドライバーでOB打ちまくってる仲間を、7番で安全に刻む私の方がリードし、リードするというのが初めての事だったから、みんなが「おっ、直井さん、今日は珍しく手堅いね」なんて言ってくれたのですが、私は余り嬉しくない・・・。OBにもめげず、「今度こそ300ヤードショットだ!」なんて、宝くじに当たるより可能性の低いスーパーショットを目指す仲間たちが、楽しそうで羨ましく思えたのです。私のリードは最初の2ホールで終焉でした。「や〜めたやめた」 3番ホールでは私もドライバーを握り、イメージだけは300ヤードですが、内野ゴロか左右広角打法でスコアを崩しました。「どーした? いつもの直井さんに戻っちゃって」 私「勝負に勝っても、ゴルフに負けるような気がしてね」 「相変わらず、ドラマの台詞みたいな言い方するねえ。でも、それでこそ直井さんだよ」 誉めてんだか何だかよくわからんが、私のOB連発は、みんな喜んでくれました。無料個人レッスンしてくれた先生には悪いと思いましたが、私はやっぱり、スコアを良くするということに価値を見いだせなかったのです。ミドルホール以上の第1打は、ダメ元でドライバーをぶん回す。これがゴルフの醍醐味であり、これをしなければ、休日にゴルフをやりに来た意味が無いのです。これだから私は勝負事が強くなれません。(続く)
7月24日 中田引退の理由
今回ほど真剣にワールドカップを見たのは初めてでしたが、中田英寿選手の電撃引退という、寂しいニュースもありました。次のワールドカップも、まだまだイケるだろうと、素人考えながらも思えるし、実際やれるでしょう。じゃあなぜ引退なの?と、首をひねるばかりですが、理由はきっと簡単。「もうイイヤ」と思った・・・ただそれだけではないでしょうか。世界中のファンの期待を裏切る、とか言われたら、返す言葉もないでしょうが、ヤル気がなくなった状態で続ける事の方が、もっと大きな裏切り行為であることも、これまた真実。今回の引退劇はある意味、中田選手の正直さ、誠実さの証とも思えてなりません。私がこんな事を言うのは、実は私も「引退」という言葉を使ったことがあるからなのです。それはナント22才の時で、封筒の表にハッキリ「引退届」と書いて提出しました。何を引退したのかと言うと、ヤマハエレクトーン教室・・・。要するに、単に教室を辞めるってことだから、正しくは「退会届」で、窓口のお姉さんにも、「退会なさるってことですよね」と聞き返されました。でも私の気持ちは、あくまで引退!。この時はちょうど、先生が海外演奏旅行に出ていて、3週間くらいレッスンが休みになった最中だったので、直接先生にではなく、窓口に提出しました。一番ビックリしたのは、帰国した先生です。私は大学4年・・・といっても2度目の3年生だから、まだ就職活動ってわけでもない・・・。グレード5級を一発で受かり、コンクールもいきなり地区代表。まだまだ伸びると期待された矢先の引退宣言に、先生からは「いちおう理由を聞かせてもらえないか?」と呼び出されました。その時の先生とのやりとりは、まさに今回の中田選手と同じで、たぶん誰が聞いても納得はしてくれなかったでしょうが、結局のところ「もうイイヤ」なのです。自分の経験から申し上げると、引退を決意するまでにかかる時間は、ほんの「一瞬」です。それまで、寝食を忘れて向上心の固まりとなっていた頭が、ウソのようにプッツンすると、もう元には戻らず、後は惰性でいくら続けても、自分自身が納得できないだろう、ということが見えてしまうのです。だから、引退に年齢は関係ありません。意欲を失った時・・・と言うと聞こえが悪いので、例えば「恋から冷めた時」のような感覚になった瞬間が、引退すべき時です。高齢になっても引退せず、長く続けている人は、失礼を承知で申し上げると、いい意味でダラダラと付き合って行ける人・・・。熟年夫婦のような、適度な距離感を持って、その競技と接していける人なのではないかな。中田選手は、余りにもサッカーに対して、恋の炎を燃え上がらせ過ぎたのかもしれません。
私が次にまた何か引退するのではないか、と心配して下さる皆さん!(いてくれたら嬉しいが・・・) 私は引退はしないでしょう。この年になると、のめり込み過ぎることの危険を本能的に察知するせいか、何事にも自動制御がかかるような自覚があります。ある意味寂しいことかもしれませんが、とりあえずダラダラと音楽活動を続けることでしょう。
7月13日 夏休みの今昔(もちろん先生編)
先生たちの夏休みが、またまた大変なことになってます。この夏から、自宅研修の制度が限りなくゼロに近づくらしく、古き良き時代を知っている世代の先生は戦々恐々としております。私は「古き良き夏休み」を、たった1年だけ経験しています。新採で何も知らない1年目、生徒は休みでも、さすがに先生まで休みってことは無いだろう・・・と覚悟していたら、なんと先生も休みだった! 当時の三沢中は大規模校で、先生の数が多かったので、夏休み中に回ってくる日直の仕事はたった1日でした。では残りの39日間は・・・。来なくてよい!のです。7月半ばくらいに1枚の紙が回ってきて、そこに「研・自宅」という文字を1行書いて、その下から「〃」をズラーっと並べて教頭先生に出せばオシマイ。じゃあ実際どんな研修したかなんて報告する義務ナシ。この事実を知った時は、喜びとかいう以前に「凄い世界があったもんだな」と驚いたものです。私の場合、部活で来る日も多かったので、「研」だらけではありませんでしたが、多くの先生が全「研」でした。ついでに暴露すると、あんまりうちでゴロゴロしてるのも良くないので、2週間位はプール指導に来てましたが、本来は市が雇う部分を、たまたま教員が務めてる形なもんだから、市から1日4千円位の手当が貰えちゃうのです。8月分の給料&手当は、どう見ても二重取りですな。この手当がその後廃止されたのも当然でしょう。
都立高校に移ると、40日間は事実上50日間であることが判って、もう一度ビックリ。採点休みってやつですが、さすがにこの期間は「研」が通用せず、通常の出勤日なのですが、学校に行かなくても何ら問題は無く、久しぶりに出勤した時に、出勤印をまとめ押しすればいいのでした。しかし、この一見ばら色の世界が妬まれ始めたのか、採点休みは勝手に休めなくなってきたのが今から7年前。ある高校に抜き打ち検査が入って、20人以上の先生が無断欠勤で御用となりました。この翌年くらいから、暗雲が立ちこめてきます。私は毎日部活で出勤していましたが、相変わらず、部活のスタートに合わせて9時出勤してたら、教頭先生から「勤務時間は8時25分からですよ」と注意されるようになり、こっから先は坂道を転がり落ちる如く、あれよあれよという間に夏休みが消滅していったのです。
私自身に関して言えば、教員2年目以降、夏はほとんど部活漬けなので、実はあまり影響を感じていないのですが、周囲を見渡すと、明らかに疲れていて、テンション上がらない人が増えてるように思えます。犠牲者は生徒ですな。うちの弦太が通う学校だけでも、先生達が十分なリフレッシュの機会を得て、活き活きと子供たちに接して欲しいもんだな、というのが、親の勝手な願いです。まあでも、こういう状況になっちゃったものは仕方ないから、8年以上前に先生になった人は、ばら色の過去をきっぱり忘れましょうや。
6月27日 ガクブ
って、どうみても大学の「学部」で、「何学部のこと?」と思ったら、なななんと「楽部」で、それは吹奏楽部の略なのでした。昔、「すいぶ」とか「すいそー」ってのを聞いたことがありましたが、結局どう略してもヘン。だったら、「ブラス」とか「ブラバン」の方がいいような気がしますが、最近「ガクブ」は頻繁に聞きます。陸上部を「リクブ」っていう人がいますが、サッカー部を「カーブ」、野球部を「キューブ」というのは聞きません。そんなにしてまで略すことないのに、というのが正直な感想。ただ、新たに名前を付けるチャンスに恵まれた場合は、略されること前提で考えておくべきだと思います。
コンビニの略称で、ファミリーマート→「ファミマ」はなかなか良いと思っています。しかし、同じ○○マートの他店は、そういう略し方をあまり聞きません。北海道で最大チェーンのセイコマートは、「セコマ」とは呼ばれたくないでしょう。青梅の長渕にブルマートというお店がありますが、さすがに「ブルマ」は言えない・・・。コンビニ最大手のセブンイレブン→セブレとはならず、みんな「イレブン」と言います。「セブン・アンド・アイ」になったのに、略称でセブン部分が葬り去られたかっこうで、これは失敗でしょう。ミニストップ→「ミニスト」・・・「っぷ」だけ略すくらいなら、全部言っても変わらない→失敗。ローソン→略しようがない→失敗。エーエムピーエム、サークルK、セーブオン、サンエブリ、サンクス・・・み〜んな失敗。最初から上手く略されることを見通してのネーミングに、ファミマの先見の明を感じます。次だ次!ファミレス編!最優秀はデニーズ、次点がジョナサンでしょうか。「デニろうぜ」「やっぱ、ジョナろう」ですべてが通じ合います。スカイラークに入りたい時、「オレはスカりたいんだが・・・」とは言えません。ガスト→「ガスる」・・・危険な響きです。夢庵→「ユメる」・・・ロマンチックですが、通じません。バーミヤン→「バミる」・・・舞台用語です。以上を見ると、スカイラーク系列はすべて不合格ですな。ローヤルホスト→「ローヤる」・・・そのまんまです。ドトールコーヒー→「ドトーる」・・・そのまんまです。安楽亭→「安楽る」・・・恐いです。スターバックス→「スタバ」は定着していますが、「スタバる」が、何か準備しなくてはならない気持ちにさせられます。サイゼリヤ→「サイゼる」・・・活用形の「サイゼろうぜ」の響きが良くない。和食部門は、とんでん→「トンデる」、さと→「サトる」・・・いずれも他の意味に取られてしまうでしょう。名前を決めるのは、難しいものです。うちの高校の文化祭は、「青総祭」(あおそーさい)になりました。もはや後戻りはできません。あおそー言いまくって、さっさと定着させようと思います。
6月20日 あおそー
青梅東高校を、誰が最初に「トンコー」と呼んだのか解りませんが、星の数ほどある○○東高校の中にあって、「トンコー」は紛れもなく青梅東のことを指す呼び名として定着していました。新設校では、どんな略称が定着するのかが気になるところですが、青梅総合高校は、どうやら「あおそー」に傾きつつある情勢です。私はこの4月以来、親しい人たちに話すときは、単に「そーごー」と言ってきましたが、青梅近辺ではそれで通じても、○○総合高校は他にもあるし、どんどん増えつつあります。やはり、「おめそー」と言うべきかな・・・でも何か変だな、なんて悩んでいるところで、ある日の全校集会。「君たちは、あおそー生としての自覚と誇りを・・・」 おお!やっぱり「あおそー」で決まりか。まあ、仕方のない所だな。今はまだ違和感がありますが、慣れればこれももカッコイイ響きになるのかも。
高校名の略し方は、実にいろいろです。「すなこー」(砂川高校)、「きよこー」(清瀬高校)、「たちこー」(立川高校)等は、選択の余地がありませんが、紛らわしい校名の場合は微妙です。新設当時の八王子東高校を、地元民は単に「ひがし」と呼んでいましたが、やがて他の○○東高と区別するため、意図的に「はっとー」と呼び始めたことがあります。文化祭の名称を決める時にも、「はっとーさい」(八東祭)を提案し、かなりの得票を得たのですが、残念ながら自然消滅しました。そのうち、「はちひが」とか「はちひがし」なんて呼ぶ人が現れ始め、こんなんだったら「はっとー」が良かったなあ、と悔やんだりしたものです。その後、やたら長い名前の高校が続々と開校します。東村山西高校→むらにし。武蔵村山東高校→むさむらひがし(略しても尚この長さ!)。東大和南高校→やまとみなみ(もはや東を取るだけが精一杯)。しかし、ほんのちょっとでも略せるだけ、まだ救いでしょう。北多摩高校って、どうしてるんだ?「きたこー」「たまこー」どちらにしても、明らかに他のどっかとかぶると思われるので、「きたたま!」としか言いようが無いでしょう。可哀想・・・(?)。
目を他県に向けてみます。熊本高校・・・「くまこー」だと思うでしょう。ところがドッコイ、「くまこー」は熊本工業高校のことで、普通科の熊本高校は、地元では「くまたか」と呼ばれています。このことを知っているのは、熊本県に縁のある人だけだと思います。大学の時、新入生歓迎会で、「熊本高校出身の○○です」と言った1年生に、「ほぉ、くまたかかぁ」と返したら、彼は突然「直井先輩も熊本ですかぁぁぁっ!」と叫びながら突進してきて、目を潤ませながら抱きついて来そうな勢いでした。
「あおそー」以外に何かいいのあったら教えて下さい。まだ間に合います・・・。
6月13日 白が黒
になっちゃうことって、ありますよね。今まで良しとして奨励されていたことが、何かの研究結果を受けて、突然禁止になること。例えば、スポーツに於ける水分補給。1990年に、私が臨時でテニス部の合宿を引率した時の驚きは、まさに天地が逆さまになったような感覚でした。テニスコートのすぐ脇に、ジュースの自販機があったのですが、最初の休憩時間に多くの生徒が、それを買って飲み始めたのです。「ええ〜っ!いいんですか、これ?」と絶叫する私に、もう1人の顧問の先生が、すべてを見透かしたように、「ははは。今はいいんだよ」と静かに語りました。私が高校生の時の運動部では、練習中の水分補給は根性がたるんでる証拠。実際、合宿中にこっそり缶ジュースを買って飲んだ部員が、帰京を命じられたことがあります。だから私にとって缶ジュースは、飲酒喫煙並みの悪いこと、という風にインプットされてたわけで、これが1978年頃のこと。この12年のうちの、いつを境に天と地がひっくり返ったか知りませんが、うちの母の「いきなり天皇は神じゃなくて人間だと言われてとまどった」という気持ちが、ちょっぴり理解できました。
掲示板に登場している「歯磨き体操」では、いかに歯を広く強く摩擦するか、の訓練に近かった気がします。ところがある時、そういう磨き方は間違いだと言われました。「正しい磨き方は、歯ブラシを歯と歯茎の境目に押しつけ、小刻みに動かす。激しくブラッシングするのは、歯を削って減らしてるのと一緒だ」とかいってんの。さらに、歯磨き粉はほんの少しつけるか、つけないのが望ましいんだってさ。結局、私たちは、水分補給も歯磨きも手遅れ世代ではありますが、我々の犠牲の上に真相が究明できたことを喜ぶべきでしょう。小学校から歯磨き体操が姿を消したのは、そういう事情であったことも判りましたが、あの面白すぎる体操を、今の小学生たちが体験できないのは、ちょっぴり可哀想な気もします。あと何年かしたら、「授業中ガムを噛みながら勉強する方が、脳が活発に働く」なんて研究結果が出るかもな。時代の変化について行けるか、不安になったりします。
6月10日 いざ授業参観・・・どぅりゃぁ〜っ!
今日は、授業参観&中学生向け授業体験&部活体験という、盛りだくさんな一日でした。昔中学で教えていた頃は、参観授業が1〜2コマに絞られていたせいもあって、ギャラリー数は生徒数並みで、教室の後ろは授業の初めから終わりまで、ギッシリ満員でした。高校となると、親の関心も薄れてきてギャラリーが減ります。それに輪をかけて、最近はまる1日とか1週間通しで公開するのが多く、ギャラリーは分散。だからこの10年間位、私の授業にはギャラリーなんていた試しがありません。生徒たち、家で「直井先生の理科面白いから、一度見に来てよ」って言わないのかなあ、なんて思ってましたが、実は多くの生徒がそれは言ってくれてるようです。だからこそ安心して見に来ないわけで、多くのギャラリーを集めるのは、親にとって心配な授業ってことかもしれませんな。
ギャラリーが分散するということは、数だけでなく、参観方法にも変化を起こしています。昔はまる1時間フルに参観する人が大半でしたが、最近はやたら出入りのが気になります。さすがにドタバタ足音を立てて出入りする人はいないので、自分の気が散るとか、生徒が集中しにくいとか、そんな風に思ったことはありませんが、やはり通しで参観するのがベストだと思います。授業には流れというものがあるので、長い伏線から一気にクライマックスを迎え、スト〜ンとクールダウンする・・・そのすべての雰囲気を感じて欲しいのです。クライマックス付近の1分間だけ見て、「お前んとこの先生は、いつもあんなオーバーアクションなのか?疲れるだろ」と聞かれた生徒も困るでしょう。映画のワンシーンだけ見て、面白いとかつまらないとか言えないのと同じです。授業参観後に、保護者の方からご感想をいただけることがありますが、通しで参観された方からのご意見には、うなづける点が多いのです。
ところで、授業参観日が近づくと先生は憂鬱ですか?とよく訊かれます。私の場合に限ってはNO!むしろ楽しみなくらい。そりゃあ批判もされますが、そんなの芸人である以上当たり前。お客さんが多いほど、張り切るに決まってるじゃぁないっすか。余談ですが、過去の授業参観後に受けた不思議な批判。「白衣にアイロンかけろ」「意味も無くボールペンをたくさん胸ポケにさすな」「くつしたに穴開いてるのにサンダルはくな」。言う側も半分冗談ぽかったので、笑っておしまいです。
6月 2日 営業活動
「営業行ってきま〜す」「お疲れさまで〜す」なんて、昔の都立高校の職員室では、絶対に聞かれなかった会話ですな。ところが、今はこれが、ありふれた光景になっています。私立高校と違って、営利に結びつくものでは無いので、「営業」という言い方は、本当は的を得ていませんが、言いやすいのです。昔は、学校説明会を開くというのは、私立に限られていました。私立高校としては、いい生徒がたくさん集まるようになれば、まさに利益向上。中学校側としては、希望する生徒を取ってもらえるかどうかの見通しを立てる、非常に重要な場です。そんな場で、校長先生が延々と学校の特色を話したりしても、中学の先生にとっては迷惑なだけです。ある説明会に出席した時は、たしかその学校の教頭先生だったと思いますが、30分も学校自慢を喋り続けた挙げ句、「是非うちには、良い生徒だけを下さい」と締めくくりました。これにはさすがに嘲笑が起きていました。中学校に勤め始めて2年目に、珍しく都立高校の説明会が開かれるというので、初めて出席しましたが、ビックリ仰天。当時の私の感覚からすると「余計な部分」ばっかりで、一番聞きたい「いったい内申いくつあれば合格させてくれるの?」という話題はナシ!正直、その日は「ボクって、何のために来たのよ?」と思いました。この状況は、今もそんなに変わっていないだろうと思うので、中学の先生にとって、都立高校からの訪問は、招かれざる客に近いことを知っておくべきです。しかしその説明会は、聞きたい情報こそナシでしたが、学校の雰囲気は非常によく伝わるものだったので、私のクラスの子にはずいぶん勧めたし、実際に行った子たちから感謝もされました。だから、たとえ一時的に迷惑がられても、情報をきちんと発信することが、最終的には中学生たちのためである事は事実なので、営業やる学校が増えるのは、悪いことではないと思います。一つ注意すべきは、営業のリスクで、営業マンの印象が悪いと、いくら品物が良くても買いたくなくなります。私が中学教員として応対した中で最悪だった客は、某都立の若い先生でしたが、「おたくの中学から来る子はヒドい。うちは苦労させられてる。もっとマシなのよこせ」くらいの事を言ってのけました。同世代くらいと判断したので、こちらも遠慮なく、「ああ、それ全部高校デビュー組ですね。いい子たちだったのになあ・・・」と答えました。その話は、その日のうちに8クラス全部の担任に伝わり、その高校は「行かせちゃいけない高校リスト」に登録されました。
営業活動は、「学校の生き残りを賭けて」「自分の学校さえ良けりゃ」みたいになると、悲壮感が漂います。中学生の進路選択を手伝ってあげよう、くらいで良いと思いますし、私個人としては、しっかり自分をアピールして、「直井先生に理科を教わりたい」という目的で来てくれる子がいたら理想的。そんなスタンスで出かければ、営業もまた楽し!
5月24日 ノーチャイム制
うちの学校はノーチャイム制。つまり、授業の始まりと終わりのキンコンカンコンが、まったく無い学校なのです。私の記憶によれば、確か南平高校が元祖で、そこでは学校生活は何ら混乱なく送られたので、次第に広まりつつあるのではないかと思います。さあ、実際にノーチャイムだと、教員側から見て、何がどう変わるのでしょうか。1ヶ月半やってみた感想はですねぇ・・・。最初は凄い緊張感でした。チャイム有りだと、職員室で他の仕事に没頭したり、少しくらいウトウトしても、キンコンカンコンで我に返ることができます。チャイムを聞いてから、「はて、何時間目の始まりだろうか、或いは終わりだろうか」と確認しても十分余裕。これが無いということは、いつの間にか授業をすっぽかす危険が常に潜んでいるので、常に時計と睨めっこ。そして非常に大きな差は、何と言っても授業の正味時間。以前の学校では、チャイムを聞いて職員室を出る先生が多数派で、教室に着くのは開始時刻から1〜2分後。生徒もその辺を計算の上で、チャイムが鳴ってから、悠々と自販機コーナーを後にして教室に向かう、って感じでした。ところが今は、我々は開始時刻には教室に着くように出ますし、生徒もほぼ集合していますから、45分授業は完全に正味45分。なかなかしんどいと感じる私は、今までがズボラ過ぎただけで、世の中全体を見渡せば、こうして自分の時計で行動するのが、きっと当然なのでしょう。ノーチャイムが非常に良いと思う場面は、何といっても2コマ続きの授業です。実習や実技を、休み時間ナシのぶっ通しでやる場合、チャイムが鳴ると、どうしてもいったん休憩モードになってしまいますが、ノーチャイムでは緊張が途切れることはありません。ついでにうちの学校は、校内放送「ぴんぽんぱんぽん」も無いので、非常に静か。不便を感じることもあるけれど、この落ち着いた雰囲気は、なかなか良いです。
最近の私は、ノーチャイムでも、「あ、今終わったな」「あ、そろそろ次が始まるな」というのを察知できるようになりました。職員室内の人の動き方で、だいたい解ります。また生徒の方も、廊下に必ず何人かいて、小学生がよくやる「先生が来た〜係」を務める者が現れ始めました。人間はどんな環境にも適応するんだなあ、と感心させられます。ところで、最近どっかの学校では、ロングチャイムを導入したそうですな。授業開始の約1分前から曲を流し始める方法で、1分あればたいていの場所からは教室に戻って来れるから、開始時には生徒がきちんと揃っているのだそうです。ノーチャイムとは、まるっきり逆の発想ですが、結果オーライということで、ロングチャイムも今後流行るかも。結局お前はノーチャイムに賛成反対どっちなの?と言われそうですが、別にどっちでも無くて、最近少し慣れました、と言いたかっただけ。何の示唆も含蓄もありませんな。失礼しました〜。
5月17日 リンシャ、ゲンシャ、サンシャ
の3つの略語のうち、もしも3つ全部お解りになるのであれば、ズバリ貴方は40代の、しかも高校の先生で、勤務先は「特色ある学科を有する」新しいタイプの高校ですな。リンシャは「倫理社会」。共通一次試験(現センター試験)がスタートした頃、理系の受験生は「倫社政経」の組み合わせで受けるのが常套手段でした。私のように社会科がまるっきりダメな受験生でも、この組み合わせなら、少ない努力でそこそこの成果が期待できたので、非常に助かったのですが、たしかその後、これは禁じ手になったような気がします。ゲンシャは「現代社会」。どっちつかずの謎科目「理科T」と共に登場した、社会科版の謎科目です。これらの登場を境に、高校生の学力低下も始まりました。私より5〜6才下以降の世代は、「ゲンシャ」「キソカイ(基礎解析)」「ダイキ(代数幾何)」など、きっと懐かしい響きでしょう。この数学の科目名は、名前だけは非常にかっこいいので、羨ましく思ったことがあります。特に代数幾何学という分野は、数学科の中でも一番成績優秀な連中が目指すような花形分野です。それなのに、高校生が「おれダイキ得意」とかほざくようになったから、数学科の学生も気分悪かったでしょう。しかし、名前は大学級でも中味は数UBのまんまか、もっと易しい。解析とか言ってるくせに、「次の数列の空欄は?1,3,4,○,8、10,・・・。ヒント、テレビのチャンネル」なんてやってるようじゃ、完全に名前負けですな。
さて最後のサンシャは、実は「産業社会と人間」という科目で、この科目は「総合学科」だけにあって、しかもナント週2時間の必修科目なのです。一体何をやるのか、私も最初は見当がつきませんでしたが、要は進路学習です。普通科が定食屋だとしたら、総合学科はカフェテリア方式で、2年生からは殆ど大学並みに科目選択して、自分独自の時間割を組み立てるようになります。そこで、普通科だったらせいぜい、ホームルームの時間にチョロっとやってたような進路学習を、徹底的にやるのがこの「サンシャ」です。うちの学校では、これが水曜日の午後2時間、全クラス一斉にやります。ということは、サンシャ専門の先生がいるわけではなく、やるのは担任、副担任、進路部、そして管理職も・・・つまり全員に近い先生が登場します。困ったことに、サンシャの教科書というものはありませんから、私たちは毎週1回サンシャ委員会に召集されて、授業プランを練っています。「総合的な学習の時間」に苦しんだことのある先生には、解ってただけると思いますが、膨大な労力です。ただ実際やってみて感じるのは、これって凄い成果が出るかも・・・。何となく、この子たちの3年後が楽しみに思うこの頃。昔リンシャ、ゲンシャで苦しんだ世代が、今はサンシャに苦しめられていますが、前向きな気持ちで、がんばって行こうと思います。関係無いけど、明後日は「タンシャ(単斜)硫黄」を作らせる実験だ。
5月 7日 ケータイ
というものを、このGW中に2個も買うハメになったのには、事情があります。そもそも、最初に買ったやつだって、川に落としさえしなければ、たった5年で買い換える必要もなかったわけで、やっと使い慣れてきたやつが、2年も経たないうちに、また機種変更とは・・・。とにかくケータイに振り回されたGWでした。
実は近々転居するのですが、その転居先を下見に行った時に、恐るべき事実が判明。バス便1時間に1本、さらに最寄りのバス停から徒歩10分なんて場所だから、ある程度覚悟はしていたのですが、私のボーダホンは、完全に圏外でした。ところが、同じボーダホンの郁恵さんは平然と「バリ4」。この謎を解くために携帯ショップへ出かけたのが5月4日でした。答えは簡単、郁恵さんのやつは「3G」というタイプで、現地は「3G」の電波だけがカバーしているエリアだったのです。「じゃあ、僕のもそのうち使えるようになる・・・わけないよね」 「はい・・・。残念ながら、見込みはございません」 「あ〜あ、しょうがないな。機種変更します。在庫があって、一番安いやつ下さい」 いつも通り、使えりゃOK。機種へのこだわり一切ナシでしたが、「これが一番安いですが、機種変更なら4200円、新規ですとゼロ円ですねえ。新規の方がお得ですよ」 「んじゃ、新規でいいよ」 「料金プランは、いかがなさいますか」 「今まで通り」 「3Gは体系が違いますので・・・」 「今までの料金に一番近いやつ」 「オサイフケータイ」 「使わん」 「ダウンロード」 「やらん」・・・すべて投げやりに答えながら、あれこれ書類を書かされて、いよいよ終了間際、驚くべき質問が。「では、番号をお選び下さい」 「え?今までと同じ番号じゃなくなるの?」 それを最初に言ってよ、って怒る私の方がきっと悪いんだろうな。だって新規だったら番号も新しくなるの常識!って郁恵さんにも爆笑されたからな。番号やアドレスが変わるのだけは、絶対に困る・・・。多方面に迷惑かかるし、第一いい年こいて「ケータイ換えました。登録お願いしま〜す」なんてメール出せるか!一生の恥だ。でも「研修中」の名札付けたケータイショップのお兄ちゃんも、一生懸命やってくれたのに、今さら話を振り出しに戻すのは可哀想だな・・・なんて妙なところで情け深くなって、結局新しいケータイ買っちゃっいました。元々使っていたやつは、そのまま解約せず、今日あらためて機種変更してきました。我が家としては3台目となる新しいボーダホンは、当然家族割引きが適用になるので、いずれはおじいちゃんに使ってもらうつもりですが、転居後しばらくの期間必要になると思われる弦太に、使い方を練習させています。今度こそ、二度と買い換えずに済むように、大事に使います。ケータイ各社に告ぐ! 新世代ケータ「4G」とか、絶対に出すな!
5月 3日 結婚式にふさわしい生演奏の曲目
という問い合わせが偶然続いたので、唐突ですが、このコーナーで論じてみましょう。楽器が演奏できる、という特技が知れ渡っている場合、「スピーチをお願いします」という依頼よりも、「何か一曲お願いします」と言われることの方が、圧倒的に多くなります。ましてや、バンド仲間の結婚式なんていう時だと、「生演奏ナシ」はもはや犯罪行為に近いでしょう。生演奏のプレゼントは、ただのスピーチよりも、新郎新婦にとって思い出に残るのはもちろん、新郎or新婦の高貴な趣味が紹介される効果もあります。だから、有り難がられることはあっても、迷惑がられることはありません。(と、勝手に思い込んでるだけか?)
では一体何を演奏するか、という所で、皆さん大いに悩まれるわけですが、演奏行為そのものに価値があるので、「昭和枯れススキ」と「西日の当たる部屋」以外なら何でもOKです。でも、これじゃ答えにならないから、私の経験から統計的にお話すると、ディズニーソングなら間違いナシ!国際的に認知されているラブソングということで、中でもバラード系の「ホール・ニュー・ワールド」は定番中の定番。どんな楽器でも編成でもやりやすいし、式場専属の伴奏者もこの曲を熟知している、というメリットがあります。補足すると、式場の方に伴奏をお願いする場合、事前に譜面をFAX等で送り、リハは当日1〜2回できれば御の字。だから難し過ぎる曲や、知名度の低い曲は危険がいっぱいなわけで、ホールニューなら、キー、大まかな進行、省略したくない対旋律くらい書いてあげれば、まず間違いなしです。「美女と野獣」も曲調が似ていて良いのですが、曲名に対して新郎がムッとする可能性が無いとは言い切れず、演奏頻度としては、ぶっちぎり1位のホールニューに遠く及ばず。「未来予想図U」は新婦のお友達の歌と重なることが多く、練習期間が短い場合は避けた方が無難。ホイットニー・ヒューストンの「すべてを貴方に」は要注意。原調がAですから、ピアニストはたいていAで練習しています。これにアルトサックスで合わせようとすれば、#はナント6つ!私は難なくクリアしましたが(ほ〜っほっほっほ・・・)、吹奏楽版の「すべあな」(#♭ナシ)しか吹いたこと無くて、スケール練習サボってる人には、まず無理でしょう。一度だけGで出版されているピアノ譜を使って伴奏してくれた人がいましたが、それでもこっちは#4つ。管楽器とピアノでポピュラーな曲を合わせる時は、#が増える覚悟をしておくことです。というわけで、何をやろうか迷ってる皆さん、まずは自分の得意な曲目で、新郎新婦にご提案なさってみてはいかがでしょうか。また、今後頻繁に生演奏の依頼を受けそうな予感がある人は、「ホール・ニューワールド」を最低5つ、できれば全てのキーで吹けるように練習しておきましょう。
4月28日 真っ直中
学校の先生をやってるような人は、きっと元々子供好きで、今も子供好き・・・と思われがちですが、実は違います。元々・・・の方だけは合っているかもしれませんが、そのうち、ほんの一瞬でもいいから子供から離れたい、というのがホンネになってしまうはず。子供たちの真っ直中にいても、平気なように見える先生は、無理してるか超鈍感な人か、どちらかでしょう。指導する責任が伴うから、気が休まらないのと、オジサン1人生徒の中に放り込まれても、話題が合うはずもなく、針のむしろ状態になるのです。さて、24日から大島に移動教室に行ってきましたが、貸し切りの高速船は空席が一つもなく、私に割り当てられた席も生徒の真っ直中でした。しかし、よく見ると、他の先生たちの座ってる席は、何となく先生どうしで固まっていて、私だけが生徒の真ん真ん中。んんん・・・やられた!って〜か、たぶん「こいつは真っ直中に放り込んでも平気だろう」と思われたんでしょう。実際平気ですけど。私は上述した「超鈍感」な部類で、元が中学教員のため、激しい真っ直中にも慣れています。行きも帰りも、周り全部女生徒に囲まれて、お菓子をもらったり、携帯見せっこしながら、きゃっきゃ騒いでました。参っただろ。やっぱり自分が真っ直中に行けば良かった、と悔やんだ先生も多かったと想像されます。激しい真っ直中の例・・・給食を一緒に食べる。慣れないうちは、ハッキリ言って食った気がしませんが、マヒして来ると平気になり、ついには教卓を離れ、各班に混ざって食べたりできるようになります。一緒に食う、ということに関しては、部活では合宿なんかがありますから、もはや当たり前。風呂なんかも一緒だからな。(もちろん男子に限る) 究極の真っ直中は、ある年の、やはり合宿でした。当時の「青年の家」という施設は、各部屋を定員きっちりで使わせる規則で、先生部屋と生徒部屋を分けるという発想はありませんでした。なんと、男8人部屋に、先生と生徒が一緒に泊まることになったのです。今思えば、別にどってこと無いですけど、先生だけで飲み会やろうという計画が破綻し、健全な2泊3日を過ごしたのが心残りです。
真っ直中を積極的に好む先生も、少数派ながらいらっしゃいます。自分からお弁当を持って、昼休みの教室に押し掛けていっちゃうような先生ですね。ただ、外野席から冷静に観察する限り、こういうタイプの先生は、生徒から煙たがられることが多く、しかもそれに気づかないケースが多いように思えます。皆さんは大丈夫ですか〜。ほ〜っほっほっほ・・・。とか言いつつ、実は私自身が一番煙たがられてたりして。
4月18日 マジック
元オリックス仰木監督が引き起こす「仰木マジック」とは、仰木監督だからこそ起こすことができた偉業・・・という意味の、最大級の誉め言葉です。私も教員生活22年目の、甘えが許されぬ大ベテラン。そろそろ「解りやすい授業」なんて人並みの目標ではなく、「直井マジック」と呼ばれるくらいの、ワザの一つも披露できないようじゃ恥ずかしいな・・・なんて思うこの頃。根がナルシストなもんだから、日々の地道な活動よりも、どうしても打ち上げ花火的な派手さを好んでしまうから、昔、世界都市博覧会を企画した鈴木元都知事や、最近の都教委と、案外気が合っちゃうかもな。マジックと並んで好きな言葉は、「奇跡」「カリスマ」「鉄人」あたりでしょうか。とりあえず、そんな称号を目指して努力すること自体は、別に悪いことではないと思うので、どうか放っといて下さい。というわけで、今年は狙ってみました。「23分間の奇跡」という物語・・・占領軍から送り込まれた教師が、そのクラスの子供たち全員を、たった23分間で洗脳してしまうという話です。私のチャレンジは、これに対抗して「45分間の奇跡!」。
洗脳といったら聞こえが悪いですが、まあ似たようなもんです。小中学校合わせて、9年間かけて理科嫌いになった生徒を、1発目の授業45分間のうちに、理科好きに変える! 変えるまで行かなくとも、「理科が好きになれるかも」くらい思わせるのが、最低限の目標。で、昨日1クラス、今日4クラスで1発目の授業があったわけですが、結果はいかに?自画自賛するのも気が引けるので、青梅総合高校の生徒をつかまえて、尋ねてみて下さい。まあでも狙い通りでした。(やっぱり自慢してるじゃんか) 今日さっそく授業の感想を書かせたら、「今までの人生で、こんなに授業が楽しいと思ったことはない」なんて凄まじい絶賛や、「意見の引き出し方がツボを心得ている。プロのテクニックを目の当たりにした」なんて、ちょっと生意気っぽいのや、いろいろありましたが、いちおう想定内です。ただ最近の私は、こういう感想を読みながら、別の面で暗い気持ちになることが多いです。小中学校時代といえば、一番好奇心が旺盛な時期なのに、なぜ理科嫌いになっちゃって、高校の授業をこれほどまでに有り難がるのだろうか、ということ。先生方に対する、お上や保護者からの圧力は、昔とは較べ物にならないほどで、その強さは高校より中学校、中学校より小学校の方が大。もしかしたら、教室に向かう先生方自身が疲れ切っていて、もはやテンションが上がらないのではないか、と心配になってしまいます。先生というのは、楽しく勉強を教えようと思ってなった人たちです。いつも思うことですが、私みたいなマイペース人間は、むしろ少数派ですから、授業でテンションMAXに持って行けるよう、余計な仕事は極力要求しないでほしいものです。
4月 7日 職場環境とは
青梅総合高校に異動して、最初の1週間が終わりました。4月3日の辞令伝達から始まって、今日の入学式まで休むヒマ無し!いつもの年だったら、春休みの期間ですから、部活だけやってるか休暇取ってるかです。新設校だと、教室の準備だけでも凄い仕事量で、さらに次から次と会議があるので、まあ大変なわけです。ここから先、授業が始まったら始まったで、またいろいろ予期せぬ事態に遭遇することは間違いないでしょうから、向こう3年位は、他の学校より忙しいことを覚悟しなければなりません。さて、同じ多忙でも、みんなが過労で次々倒れる職場と、そうでない職場があることが、21年間のうちに何となく解ってきました。ストレスを溜めやすい体質等、個人の資質による部分もあるでしょうが、やはり外的要因も見逃すことはできないでしょう。職場環境なんていうと、勤務時間の割り振り等、一般的な労働条件に目が行きがちですが、それらが似たり寄ったりの場合、もっと身近な所が運命を分けると思います。それはズバリ、コミュニケーション環境!
4月3日に職員室に入った私が、自分の机も後回しにして真っ先にチェックしたポイントは、流し台付近でした。コーヒーを作りやすい環境があるか。それを何人かで飲みながら会話できるスペースが確保されているか。お弁当屋さんの注文システムが確立されているか・・・等。新設校の職員室は、誰もが初めて使う部屋で、当然不備はありました。私はこの5日間、全力で「休憩環境」の整備に取り組みました。本業もちゃんとやってますが、どちらかというと休憩所の仕事がメインだったかも・・・。これは非常に大切なことです。時期を逸してしまうと、全職員が自分の席で黙ってお茶を飲む・・・という恐い世界に陥り、年に数人はストレスから体調を崩します。ちょっと一息つきたい時に、何人かで集まってお菓子をつまんで、笑い声が聞けるような職場なら、仕事そのものがきつくても、居心地は最高なのです。
私が21年間、何よりも恵まれていたと思うのは、休憩環境が素晴らしい職場ばかりを歩んで来れたことです。中でもズバ抜けている2つが、秋留台の物理準備室と、青梅東の旧教務室。物理科じゃない先生、教務部じゃない先生が、なぜか常時大勢詰めかけていて、自分の椅子まで置いてたりして、笑い声の絶えない部屋でした。大量に用意されたお菓子は食べ放題、美味しいコーヒーは飲み放題・・・。いやあ思い出すだけでうっとりしますな。全国の管理職の皆さんは、そういう観点で今一度、自分の職場環境をチェックしてみるべきで、お菓子くらいは定期的に差し入れてほしいところですな。
3月31日 続々・七つ道具
七つ道具とは、必要な場合に備えて常に持ち歩き、いざ必要になったら即座に出せるから、かっこいい・・・。そんな物でしょう。私は最近めっきり、打楽器担当でステージに立つことが少なくなってしまいましたが、本籍はあくまで打楽器だと思っているので、「打楽器奏者としての七つ道具」(7種類も無い・・・)を持ち歩いています。まずは、ドラムの「キー」。スネアやタムをチューニングするための、専用ネジ回しです。実際にチューニングに使うことは少ないのですが、スタンドや椅子の固定金具にも、このキーに対応したネジが使われていることは多いので、けっこう必需品です。そして、このキーは、スネア1台につき必ず1本オマケで付いてくるにもかかわらず、無くしちゃったり、すぐに出てこないバンドが多いんですね。私はこれを常に持ち歩いているので、どこの本番や練習でも、無くて困ったことはありません。家のカギと一緒に、カギ束にくっついてるのを見せると、みんな驚いてくれます。ドラム奏者の必需品その2・・・ガムテープ。ペダルやスタンドを、ステージに固定するために必要で、大丈夫な場合もありますが、運悪く滑りの良いステージだったりすると、本番中に曲を叩きながら「股裂きの刑」になります。準備のいいドラマーは、ガムテープを絶対に忘れません。その3・・・ティッシュ。一度、上手いティンパニ奏者が、いきなりティッシュを取り出して、ハンドル部分に器用に巻き始めたのを見ました。ティンパニの振動で、ハンドル部分の金属どうしが「がちゃがちゃ」と雑音を発するのを、未然に防止する策だったのです。何の迷いもなくその作業を進める姿がカッコよかったので、私もティッシュを常に携帯することにしましたが、ティッシュは誰でも持ってから、七つ道具とは言えんな。
10年くらい前ですが、郵便局から出てきた中年のご婦人が、車のカギを落っことしました。そのカギは、まるで狙い澄ましたかのように、ドブ板の境目の穴ボコに吸い込まれた!幸いドブは乾いていて、穴からカギは見えています。しかし、ドブのフタはビクとも動かず、穴は小さすぎて手が入らず。2人組のご婦人が困り果てていたところに私が登場!「ちょっと待ってて。七つ道具がありますから」 私が車の中から持ってきたのは、釣り針をデカくしたような金具が付いている、長さ30cmほどのヒモです。穴から垂らすと、ご婦人のカギはあっさりと釣り上げられました。感謝感激&???という状態のご婦人たち。実はこの道具、ドラムのスティックケースを、フロアタムに吊すためのパーツです。私が打楽器奏者で、スティックケースを常に車に積んでいて、スティックケースとはこういうもので、ここをこうやって吊すんだ・・・等、私が「ドブのカギを拾う専門の人」でないことを説明するのに、けっこう苦労しました。
木管楽器担当のある人は、ステージに上がる時、ポケットに必ず輪ゴムを入れておくそうです。私も木管吹く時は、これを実行しています。さあ、なぜでしょう? いろんな楽器の人に、知られざる七つ道具を伺ってみたいものですな。
3月27日 続・七つ道具
どんな重量物でも軽々と持ち上げ、エレベーターの無い4階から降ろせる道具とは・・・。すぐに思い浮かぶのは、クレーンのような機械ですが、それにしては、「スーパー持って来て!」と頼まれた人は、たった1人で取りに走りましたから、どうやら重機では無さそうです。では答をお見せしましょう。写真をご覧下さい。エアバッグ(私は、プチプチと呼んでいる)でぐるぐる巻きにされた大型テレビの周りに、白いヒモがかけられています。このヒモこそが、スーパーと呼ばれる秘密兵器なのでした。ヒモは、古新聞を縛るのに使うビニールひもと似ていますが、かなり太く、触った感じはフワフワしています。さて、これをこの後どうするのかというと、ヒモの部分を普通に持って運ぶだけなので、一体どこがスーパーなんじゃい! しかし、見ていてなるほどと思ったのは、こうやって縛ってあると、持つところがやたら多くなるので、図のテレビであれば最大8人で持てるし、どんな態勢でも重量を支えられるのです。考え方としては、建築で使う足場のようなもので、言ってみれば「手場」(てば)ってところでしょうか。

さて、作業に立ち会いながら、いつもの好奇心で、いろいろ聞きました。@個人宅の引っ越しとオフィスの引っ越しは、どっちが大変?答:個人宅の方がキツい場合が多い。理由:大きい物もあるし、品数は多いが、チームは5人編成でやらねばならないから。(ちなみに、青梅東の引っ越しは、発15人、着15人の計30人編成) Aずばり、今までで一番大変だった引っ越しは? 答:医大。理由:ある部屋に入ったら、死体が100体くらい並んでいた。それを見た何人かが倒れて、作業できなくなった。
というわけで、いろいろ勉強になりました。ティンパニ運ぶ時に「スーパー」使ってみようかな、と思いましたが、新しい学校はエレベーター付きなので、その必要は無さそうです。寝ちゃった弦太を車から降ろすのに使うとしよう。
3月22日 七つ道具
その道の職人だけが持ち歩く「七つ道具」というのがあります。私の身近な職人として、楽器の修理屋さんという職業の人たちがいます。木管楽器のキーのバネがはずれると、シャープペンやマイナスドライバーを使って悪戦苦闘したものですが、リペアマンは、いともたやすく直すではありませんか。良く見ると、マイナスドライバーの先端が少し凹んでいて、まさしくバネはずれを直すためだけにあるような道具を使っているのでした。「うわ!それ便利ですね。何ていう道具ですか?」「ああ、これですか?バネかけっていいます」 何だよ!そのまんまじゃねえか! 金管楽器のマウスピースが抜けなくなると、まず普通の工具での救出は不可能ですが、これも楽器屋さんは、ものの数秒で直します。もちろん、マウスピースを抜くため専用の道具が存在しており、商品名は「マッピ抜き機」っていうのかと思ったら、「ヌッキー」とか言ってやんの。おちょくっとんのかぁ!でも、余りにも便利なので、両方とも自分で購入しました。
さて、今日はうちの学校に引っ越し屋さんが来て、物理室、化学室の物品をすべて持って行ってしまいました。理科室にある物の中で、一番重い物は何だと思います?実験道具は、大型のものでもたかが知れています。答は教卓。理科室の先生用の机って、すごく広いですよね。あれを4階から階段を使ってどうやって降ろすのでしょう。以下、引っ越し屋さんどうしの会話。「これ天板はずせばバラせるな」「いや、向こうで組み立てるのが大変だ。スーパー使って、いっぺんにやっちまおう」「よいしょ。な〜んだ、3人で上がるな。スーパー使うまでもないな。このまま行こう!」 考えて見れば、ピアノを2人で運んじゃう人たちです。教卓は、あっさり移動されました。しかし・・・気になる。スーパーって何だろう?七つ道具の最後の切り札、必殺ワザみたいな響きだったな。んんん・・・見てみたい、と思っていると、「テレビど〜する?」「これは危ないな。よし、スーパー持って来て!」 出た〜スーパー! テレビと言っても35インチくらいの超大型です。教卓に較べて重さは負けちゃいますが、持つ所が少ないし、精密機械だということで、満を持しての「スーパー」投入となったのでしょう。どんな装置が登場するのか、ワクワクしながら待っていた私が、眼にしたものは一体・・・。そして、出たぁぁぁ!スーパー!あの大きくて重そうなテレビが、見る見るうちに・・・。何ということだぁぁぁっ! 続きは次回・・・。
3月15日 続・師走
忙しい時というのは、妙に重なるものです。炒め物を始めたとたんに来客とか、トイレに入ったとたんに電話が鳴るとか・・・。こういうのも「マーフィの法則」っていうんでしたっけ。今年も、3年生の担任業務と、1人残った理科教員として閉校準備がぶつかりました。当然のことながら、転勤もぶつかります。どっちかが1年ずれてくれれば、随分違ったのにと愚痴っても、もう殆ど終わりに近いから、まあいいやって感じ。それにしても私の場合、まるで狙われたかのように、いつも仕事が重なるんですよねえ。演奏会同士がぶつかるなんてのは、これだけたくさんやってれば、まあ当たり前にしても、修学旅行の引率が必ず何かとぶつかるのです。修学旅行シーズンと演奏会シーズンが同時期だから、これも必然的なものなんだな、と納得したいんですが、1997年秋の修学旅行は、弦太が産まれて郁恵さんまだ入院中の出発となりました。絶対「マーフィ」に狙われてます。
この1997年というのは、私の人生で最も多忙な3月を経験した年です。この時は1年生の担任でしたが、進級不可となった生徒の、その後(おもに転学)の手配は、なかなかハードな業務です。成績が決定する日がすでに、定時制への転学手続きの締めきりまで残り数日という時期。限られた日数の中で三者面談を実施して、どこの2時募集を受けるか方針を決め、すぐに調査書作成。ただでも一刻を争う業務なのが、転学希望者がクラス内に複数いたりしたら、まさにアクロバット的なタイムテーブルでの仕事になっていきます。そんな厳しい3月に、私はなぜ引っ越しなんかしたのでしょう。3月上旬に不動産屋に飛び込み、中旬には中古マンション(現在の我が家)を契約。家を買うって〜のは、借りるのに較べて10倍くらい手続きが多い・・・なんて、このとき初めて知ったので、不動産屋、銀行、役所を無我夢中で飛び回りました。何とかかんとか、3月27日にめでたくお引っ越し完了。ところがところが、これらと並行して、私はもう一つ進めていた作業があったのです。3月20日夜・・・郁恵さんのお父様に正式なご挨拶。3月末日・・・私の両親が郁恵さんと初対面。両家から有無を言わさず印鑑をいただき、4月頭にめでたく入籍。学校には知らせとかないといけないな・・・と思って、4月6日の夜に校長先生のお宅に電話したら、もちろんビックリされました。結納とかいろいろ順序立ててやる人ならば、1年くらいかかりそうな作業を、10日で終えたので、今思い出しても、この1ヶ月間ほど、行動の段取りを考えるために頭をフル回転させたことは、他にありません。教訓しては、もうちょい物事を計画的に進めてさえいれば、よかっただけのことですが、逆の見方をするなら、意志と行動力があれば、計画性の無さは補えるってことです。無計画な皆さんと共に、これからも忙しい3月を送りたいと思います。
3月 9日 なぜか師走
師が走り回るほど忙しいから、12月を師走と呼ぶんじゃなかったっけな。でも、これは的外れだな。「師走」は間違いなく3月だと思います。年度末は何かと忙しい・・・というのは、どこの会社でも同じだと思いますが、それにしても今年は異常に多忙です。
学校の引っ越し準備は一段落しましたが、今度は、いろんな学校がその荷物を取りに来る番。リストを公開して、欲しい学校が名乗りを上げるという、競売に似た方式があって、落札した学校の担当者と運送屋さんが、それを取りに来るんですね。基本的に、行き先表示した荷札を付けてはありますが、備品台帳上の名称と、実物のイメージが結びつかず、悩ませてしまうケース続出。もしかして、落札した学校も、「こんなもん頼んだ覚えねぇよ」と、実物を見た瞬間にキャンセル、という事態も発生しています。従って、理科の備品については、やはり私が立ち会わなくて済む、というわけにはいきません。「ポンプ」を持って行けと言われたら、何を探しますか?1人の運送屋さんは、自転車用の空気入れを手にとって、「これですか?」と尋ねて来られました。正解は「真空ポンプ」。見た目は小型発電機のようなかっこうをした、けっこうごつい機械です。「図形入力装置」って何でしょう?これは、スキャナーです。「移動式物置台」・・・テレビ台でした。「気体発生装置」・・・さぞスゴい装置かと思いきや、けっこう単純なガラス器具で、「キップの装置」と呼ばれているものです。「電池実験器」も、ただのプラスチックの筒だった。「薬品低温保管庫」・・・普通の冷蔵庫を、なぜこんな、まどろっこしい名前で登録したのか、まったくのナゾ。「中太鼓」・・・大太鼓と小太鼓の中間ということだけは判るが、一瞬「何だろう?」と思います。正解はドラムセットの一部で、タムタムのことでした。タムはサイズに関わらず、すべて中太鼓の登録。14インチのスネアは小太鼓なのに、10インチのタムが中太鼓だったら、間違える方が普通です。精密機械の場合、最近は驚くほど性能が向上して、かつ安価になっています。うちの化学室にある、2種類の「電子てんびん」は、どうみても高い値段で登録されている方が、機能が貧弱でボロく見えるので、当の私でさえ「間違いじゃないの?」と何度も確認しました。
そんな特殊な業務をこなしつつ、今週末はいよいよ卒業式、明けて日曜は吹奏楽の練習、次週は近隣中学校への訪問授業、その次はもう、異動先の学校へ出かけて引継ぎ業務が始まり、合間を縫うようにして、生徒の「指導要録」という書類を書き上げる。3月を「師走」と呼ぶ案を、国会で審議してもらいたいもんだな。ついでに、十二支に「猫年」を加えて「戌年」を排除する案でも出して、愛犬家議員の猛反発を誘えば、メール疑惑問題の矛先をかわせるかもな。(最近、文章の最後がまとまってない、という厳しいご指摘が増えています)
3月 2日 忘れ物
弦太がしょっちゅう忘れ物をするので、親としては厳しく注意するのですが、今一迫力に欠ける・・・。実は、私自身も非常に忘れ物が多かったのです。忘れ物のせいで、自分が困るという経験をすれば、それに懲りて普通は治るはずです。しかし、忘れ物が多い人というのは、たいてい困りません。無きゃ無いで済ますことができてしまう、たくましい人なもんだから、治らない・・・。下着を1週間くらい替えなくても平気な人は、旅行の前に、ちゃんと下着は入れたかな・・・なんて、それほど気にしないのです。さて、私も下着くらいなら無きゃ無いで済ませる方ですが、無いじゃ済まないような物の場合、本当に済まない・・・(文章へん?) 演奏会に出演する時は、身体一つでというわけにいきません。まずは楽器が必要です。それから楽譜・・・。楽譜は忘れ物としては最もポピュラーなものです。リハの時に「ないないない・・・」と騒いでる人の捜し物は、十中八九、楽譜でしょう。その他の1〜2割は、蝶ネクタイ等の衣装関係だと思います。私も、蝶ネクタイを何個か持ってます(泣笑) たま〜に、「ないないない」の対象が自分の楽器、という人がいて、「あっ、電車の網棚だ!」とか気づいて大騒ぎ、という笑えないような話もあるし、もっと凄いのは、なかなか来ないから心配して電話してみたら、「あれ?今日だっけ」と寝ぼけ声・・・。自分そのものを置き忘れてしまってますな。
私は、みんなの分の楽譜を預かっていたり、忘れたらみんなが困るという状況下では、特別な注意力を発揮することができるのですが、自分が困るだけという場面では、けっこう忘れちゃいます。さすがに楽器を電車に置いてきたことはありませんが、譜面を全部家に忘れてきたり、颯爽とステージへ歩み出たはいいけど、指揮棒もスコアも控え室に置いて来ちゃった、とかいろいろです。まあ、指揮棒が無くたって大した影響はありませんし、譜面は殆ど覚えちゃってるから、結局、無くても何とかなるものばかりを忘れているということです。その点、弦太はどうなのだろう?何日も連続して上履きを忘れて行った時は、「毎日裸足でいた」と涼しい顔していたから、きっと無くても平気なのでしょう。校内に剣山を上向きにして設置してもらうしかないかな。
しょっちゅう教科書を忘れて来る子は、きっと、いつ忘れても大丈夫なように、教科書を丸暗記しており、ノートを忘れる子は、先生が教えた内容を瞬時に記憶できるものと見なして、4月からは情け容赦無い授業をやってみるかな。ほ〜っほっほっほ・・・。
2月25日 たるんでる!
冬季オリンピックで、幸い、荒川選手が金メダル獲ってくれましたが、もし本当にメダル無しだったら、日本選手団はそのまま、どっかに亡命するしか無かったでしょうな。何しろ、石原都知事が記者会見の場で、「メダルが獲れないのは、たるんでるからだ!」と発言しましたので、知事の高支持率から考えると、多くの都民が「そうだそうだ!たるんでる!」ってことになりかねず、せっかく頑張った選手たちも、日本に帰って来たとたんに、何を言われるかわかったもんじゃない、と戦々恐々でしょう。そこで本日は、「常に弱い者の味方」をモットーとして編曲活動を続けている(?)当社が、日本選手団と一緒に、知事への効果的な反論を考えてみることにしましょう。
その1・・・「あなたのためにがんばっているのではありません」 ロッキー4で、旧ソビエトのイワン・ドラゴ選手が、ロッキーに負けそうになり、政府高官から文句を言われたのに対して、このセリフを用いています。「国のためじゃない。自分のために闘ってんだ」みたいに・・・。結局ロッキーが勝つわけですが、試合内容の素晴らしさに、最後はソビエト書記長も立ち上がって、惜しみない拍手を贈るという、感動的ラストシーンでした。(昭和63年鎌倉遠足の帰りのバスの中で見たのを、まだ覚えてる!)
その2・・・「この程度の国からは、この程度の代表選手」 こういう開き直り発言した政治家、誰でしたっけ。たしか、ロッキード事件の頃でしたよね。自分が悪いのではなく、自分しか選べなかった国民が悪いって考え方は、確かにある意味、的を得ていますね。その種目の国全体のレベルが底上げされて、選手層が厚くなれば、自ずと代表選手のレベルも上がります。日本のサッカーが、長期的な育成方針が実を結び始めているのを見ても解ります。代表が負けたのは、みんなの責任です。
都知事も、ソビエト書記長のように、試合を最初から観戦していれば、選手達のがんばりに胸を打たれたでしょう。また、各種目の専門家たちの、科学的な育成プログラムの確立に向けての、日夜絶え間ない努力を知れば、まず最初に出てくるのは、ねぎらいの言葉のはずです。そういう、物事の裏側とか過程を見ようとせずに、メダルの数だけをもって「たるんでる!」の一言では、「心の東京革命」を標榜する知事の発言としては、余りにお粗末過ぎやしませんかねえ。日本選手団の皆様、成田空港に着いた時には、間違っても「ごめんなさい」なんて言わないように。結果しか見ないで、あ〜だこ〜だ言う人たちには、猛省を促したい。
2月16日 タイムカプセル
をやろうということになりました。卒業する3年生全員が、一人一品を封印し、2016年3月に開封しようというものです。たった10年でも、最近は世の中の変化が激しいから、10年後に見たらビックリするような物って、けっこう多いような気がします。ところで、こういう風に意図的にやらなくても、自然にタイムカプセル状態が発生することがあります。それは、職員室の私の机。現在、強制的に片づけを始めさせられていますが、いや〜出てくる出てくる。青梅東高校に着任したのは、ちょうど6年前ですが、6年以上前に封印されたものも多数発掘されます。秋留台から異動する時に、とりあえず箱に放り込んで持って来たはいいが、その後ついに一度も開けることなく6年経過したんですな。だったら捨ててくりゃいいのに、と思う人はきっと片づけ上手。私の気持ちなんて、解りっこないわよ!
時代を超えて発掘された品物の例。まず、「5インチフロッピーディスク」・・・今となっては、中を見る難しさはLPレコード以上かも。次は「数字のゴム印」・・・通信簿の数字は、最近はパソコンで打ち出しますが、昔はゴム印で一つ一つ押していました。10年以上は使ってないな。「班ノート」・・・なんと、三沢中の時のものです。なんでこういうものが、2度の異動の間に散逸しないのか、私にも解らん。「写真」・・・たくさん出てきますが、私の顔が全然変わらないので、いつのだか判別するのが難しい。「未使用葉書」・・・ただし、切手の部分が41円のやつが、ずいぶん出てきた。
物理室の棚からも、興味深い物が次々発見されます。発掘されたのは「空き缶」・・・別に何でもないと思われるでしょうが、発見した瞬間「あれ?」と思いました。「キリン午後の紅茶」なんですが、デザインが今のやつと違うのです。ファンタとか、コカコーラの缶も出てきましたが、やはり、我が青春時代に1本90円くらいで買ってた頃のデザインでした。物理の実験では、空き缶はけっこう利用価値の高い教材です。例えば、静電気を起こすなんて場合も、空き缶&サランラップを使うと、エボナイト&毛皮という定番コンビより、はるかに強力な電気が得られます。空き缶が傷む実験ではないので、同じ缶をまた使おうと思って、棚の奥に放置したのでしょう。化学室からは、賞味期限が1990年の「ミツカン酢」が出てきました。明日以降も、続々とタイムカプセルの開封を行いますので、面白い物が出てきたら、このコーナーで紹介しようと思います。
2月11日 暗算
といっても、日常使うのは、お釣りの計算くらいのものですが、ソロバンの上級者は、これがやたら強いです。実際、ソロバンの検定試験には暗算が存在したので、私も練習して、ちょっとはできるようになりました。コツって〜か、やり方はただ一つ。ソロバンの盤面を、頭の中に思い浮かべて、それを操作するのです。だから、暗算だけの訓練というよりは、本物のソロバンを数多くいじっていれば、自然に出来るようになる性質のものです。最近の私は、ソロバンなんてものに触らなくなって30年以上経つので、盤面を思い浮かべることはできなくなりました。やむをえず暗算の必要に迫られた時は、頭の中に紙と鉛筆を持ってきて、筆算と同じように数字を書いてやると、易しい計算だけは何とかできるようです。将棋の強い人どうしは、将棋盤とコマが無いのに、「7六歩」「8四歩」「2二角成」・・・とか言いながら、将棋で対戦することができます。盤を思い浮かべながらやってるわけですね。このように、ふだん使っている道具を思い浮かべて、視覚的に処理するのが、暗○○に共通するコツで、暗譜はもちろん楽譜を丸ごと、鮮明に思い浮かべられるようにすればOKというわけです。
さて、私も譜面書きの鉄人領域に達してきたので、「暗編曲」をやるようになりました。モーツアルトのように、それで全部完成させられたら凄いけど、まだそこまでは行かないので、気になる何小節分とかをやる程度。(な〜んだ・・・) 頭の中に用意するものは、何とピアノの鍵盤です。ある部分のコード進行について、もっとカッコいい響きにならないかなぁ・・・等、頭の中の鍵盤をいろいろ叩いてみて、「おお、これいいじゃん!」みたいなのを発見すると、ピアノをどけちゃって、今度は頭の中に五線紙を登場させる。各パートへの割り振りまで考えるには、鍵盤でなく五線紙が必要です。当然、一段譜ってことは無く、何段かのスコアになります。こうして思いついたアイデアは、後でそのまま本物の五線紙(って〜か、パソコン)に写すだけ。暗編曲で作った領域が多ければ多いほど、実際に書く作業は早く済みますから、なるべく頭の方を忙しくさせておいた方が、後が楽。じゃあその暗編曲は、いつやるのかというと、三大仕事場は、@試験監督中 A電車の中 B何かを片づけてる時。
ところで最近、困ったことが起き始めました。ワープロソフトばかり使っているせいで、何か言葉を思い浮かべると、頭の中に突然パソコンのキーボードが出現し、その言葉をローマ字入力し始めるのです。ただそれだけのことで、別に何の害も無いのですが、ゲーム脳みたいになっちゃったのかな、と少々心配です。皆さんは平気でしょうか。
2月 5日 試験監督の苦労
3年生の学年末テストが始まりました。卒業式まで、まだ1ヶ月以上ありますが、これでも他校より遅いくらいです。本日は、試験監督というお仕事についての考察です。
試験の監督は、授業と違って準備が不要ですから、教員の仕事としては、楽な部類になるはずです。しかし、三沢中時代に「試験監督ほど苦手な仕事は無い」とこぼしている先生がいました。彼は男のクセに超おしゃべりで、5秒も黙っていると苦しみ出すタイプ。それが、50分もじーっと黙ったまま、生徒の動向を見張っていなければならないのですから、苦手だというのは理解できます。私も、やや彼に近いところはあって、普通に話せる授業の方が楽だな、と思うことはあります。では、黙ってるのが全然苦痛で無い先生にとっては、どんなもんなのでしょうか。容易に想像できますが、実は恐ろしくヒマです。ヒマを潰すために、好きな本を持ち込んで読書の時間にしたり、自分の科目の採点を始めたりする先生もいますが、これは本来いけないことです。カンニングとかが起きないように、きちんと見張る役ですから、スキを与えてしまうような時間の有効利用法はダメ。うとうとするのもダメ!って〜か、ありえない。以前どっかの学校で、試験監督中にイビキかいて寝始めた先生が、処分されたこともありました。結局、何かのアクシデントに対処する瞬間に備えて、ぼ〜っとしつつも緊張を持続させながら、観察を続けるしかないのです。楽だけどイヤな仕事・・・っていうのが的を得ているかもな。ゲームセンターの店長をやってた友達が、同じようなことを言ってました。
ところで、高校の期末試験というのは、多くても1日2コマ監督すれば終わりですが、5教科の高校入試とかだと、凄いことになります。かわりばんこに監督しても、3コマくらいはやりますし、その年の倍率や分担方法によっては、5コマ連続で監督というケースもありえます。(秋留台では実際にありました) 合計250分間、ぼ〜っと観察を続けるのはですねぇ、ほんと最後の方なんか、魂だけがどこかへ浮遊していったんじゃないか、という感覚に捕らわれます。でも今思い出すと、もっと凄い人々がいました。それは、大学入試の監督者! 1コマはたいてい60分ですが、長いのは90分とかで、理系の数学では120分なんてのもザラだったな・・・。本番の試験では、休み時間も十分に確保されていますが、模擬試験となると超ハードスケジュール。センター試験(昔は共通一次)の模試も、5教科7科目を1日で終えてました。あの時の監督者たちは、おそらく学生アルバイトだったと思われますが、超人的としか言いようがありません。心拍数や呼吸数を自由自在に下げられるとか、特殊な訓練を受けていたのかもしれないし、何かコツがあるのかもしれないな。こういう仕事を経験された方に、是非お話を伺ってみたいものです。
1月31日 拝金主義
耐震偽装、ライブドア、東横イン・・・と、続きますねえ、金儲けのためなら手段を選ばない人々が。マスコミも、ここぞとばかりにやっつけるモードに入っていますが、一つ気になるのは、これからの日本を憂う偉い人たちの論調ですな。「第2第3のホリエモンを出さず、世のため人のために働く日本の国民性を復活されるには、教育がカギである」というわけです。まさにその通りだと思いますが、「教育」というと、いつもどういうわけだか、「学校教育」に限定されやすいのが困りもんです。都立高校には、「奉仕」という名の必修科目が出現したり、「日本の伝統文化を学ぶ」というのも入ってきます。これで国民が拝金主義から脱出できると、本気で考えているとは思えませんが、教育行政の立場としては、何かやったよという「アリバイ作り」で一安心。一般市民は学校のせいにさえしておけば一安心。この国民総責任逃れ体質にこそ、実は最大の原因が潜んでいると思えてなりません。
通勤電車の7人掛けの席を、わざわざ「7人掛けだよ。一人でも多く座れるように協力してよ」と、毎度毎度アナウンスされて、それでも悠々と1.5人分を占領して座っている人が増えましたが、こんなのまだいい方です。職場旅行の帰り、熱海から新幹線に乗った時はビックリ。すいていたので、席を向かい合わせにして、4人分を1人か2人で使ってる客が多くいました。熱海から乗った客を合わせて、定員の半分よりは多いくらいになりましたが、座れる席は非常に少なく、グループの旅行客が、バラバラに離れて座ったりする状況が生じました。広い座席を占領しているオジサンたちが、一人一座席の状態に戻さず、そのまま動こうとしなかったからです。通勤電車の長いシートでも、明らかにグループとわかる人たちが、自分を挟むようにして座ったら、どっちかへ寄って、グループ同士の話がしやすいようにしてあげるとか、するじゃあないっすか。たくさんの人が利用する場所では、みんなが快適に過ごせるように、少しずつ譲り合って我慢して・・・っていうのを、道徳の時間にいくら教えたって、一歩外へ出れば、悪い見本を見せる大人だらけですから、説得力ゼロ。子供は大人の背中を見て育つのです。拝金事件について、偉そうに論じてる評論家は、自分も今までを反省し、今後は行動を起こしてゆく責任があることを、忘れてはいけませんな。
1月25日 続・成人式
朝日新聞からのコメントがなかなか来ないようなので、話題を蒸し返しますことをお許し下さい。
青梅市の今年の成人式では、場外乱闘があったようですが、警察もしっかり備えていたらしく、あっという間に鎮圧されたとか。沖縄の国際通りでは、毎年出身中学校毎に大騒ぎして警官とやりあうのが、完全に伝統になりました。先輩たちがやったことを、自分たちがやらないわけにはいかない、っていう心理が働くのでしょうか。青梅市でも場外乱闘が伝統にならないように、対策が必要と思われますが、荒れる成人式の本場四国で、カウンセラーとして活躍中のK氏は、ご自身の論文の中で、絶妙なアイデアを提示されています。その一部をご紹介いたしましょう。(以下、引用)
スピーチを聞かずに私語をする、壇上に上がって、スピーチを妨害する、式場の内外で輪になって酒盛りをする、挙句の果てには乱闘騒ぎ・・・・といった一連の事件をテレビで見て、「まー、最近の若い人は、どうしようもないねー。」と眉をひそめるというのが、なんつーか、年中行事になりつつある。ならば、もう成人式というのは、そういう「祭り」ということにしてしまってはどうか。つまり、1.えらい人がなんか、話す。
2.新成人が、その最中に壇上に上がり、野次をとばしたり、歌ったり踊ったり、垂れ幕をひきおろしたりして台無しにする。
3.話をしていた偉い人が「静かにしろ!」と恫喝する。
4.その後会場は収拾つかない状態となり、なんだかわからないうちに式が終わる。
5.えらい人が告訴する。
6.その3日後、壇上に上がった新成人が、えらい人のところに謝りに行く。
という一連の有様を、儀式としてしまうのだ。儀式化することで、エネルギーがある程度薄められ、また方向付けされる。怪我したり、余計な物を壊したりということは少なくなるだろう。その上で、うっぷんのたまった若者もガス抜きができる。
一連の手順を儀式化したうえで、偉い人の話の内容や、どういう方法で台無しにするのかといったことは、毎年変えていったら「今年の市長の話はなんだろう」と息をつめて参加者が聴いたり、「今年の新成人のぶち壊しは斬新だった」とほめられたりするだろう。はたまた、新成人のぶち壊しがいまいちだった年は不作、見事にぶち壊せたときは豊作とか、その年を占う年中行事になるかもしれない。(引用終わり)
もちろん、K氏は皮肉をこめた冗談として書かれていますが、「祭りと若者の心理」を含めた深い考察で、すごく納得してしまいます。高知の成人式で、毎年必ず知事の「出て行け〜!」が聞けるなら、確かに大きな名物として楽しみになるかもな。でもそんなのじゃ無くたって、他にいくらでも故郷のオリジナリティは出せるはず。それを新成人たちが探し出して、他には無い自慢の成人式を作ればよいのですから、浦安市はまさにそのお手本を示したと思います。朝日新聞さん、いかがでしょうかね。
1月20日 卒業式より送別会
昨年から卒業式は「生徒が主役」という色が極度に薄められました。例えば、卒業生を中心に、祝う側はそれを囲むように座ったりするのは禁止。全員が壇上の国旗の方を向くよう改めなさい等。今までのほのぼのとした式と、まるっきり雰囲気が変わったもう一つの原因は、都教委から派遣されて来る監視員の存在です。先生たちの座席は昨年から指定席になり、座席表を持った監視員が、命令に従わない(国歌斉唱の時に起立しないとか、国歌斉唱が終わった頃に入って来るとか)先生を処分するために、教員席の一番後ろにいます。卒業生退場の時は、今までは出口の方に移動して送り出していましたが、指定席を離れると処分されるかもしれないので、動けません。ハッキリ言って、もはや祝うどころの心境じゃありませんな。都教委だけを責めるつもりはありません。問題をこじれさせて、都教委をここまで偏屈にならざるを得ない状況にさせたのは、戦後60年の国民全員です。
さて、前回は成人式のあり方を、その起源に基づいて論じましたが、同じように考えた時、卒業式はちょっと違ってくると思います。卒業式の正式名称は「卒業証書授与式」で「受領式」ではありません。式次第のメインは、校長先生による「授与」です。入学式の方がさらに解りやすく、メインは「入学許可」となっています。何年か前、うちの学校の入学式では、新入生の返事の声が小さくて、ついに校長先生が壇上からお説教したことがありました。「返事しない者は、入学許可されたくないのか!」ってわけです。こうしたことから判るように、これらの行事には生徒を祝うという側面はありますが、校長先生の「入れてやる」「卒業させてやる」に対する、生徒の「謹んでお受けいたします」がメインなのです。ですから、監視員の見張りは行き過ぎであるにしても、学校設置者側が主導権を握るのは、まあ仕方ないことでしょう。ここでいくら「生徒が主役!」と頑張っても、議論は噛み合いません。
私なりの結論はこうです。卒業式とは別に行われることが多い「3年生を送る会」で、徹底的に卒業生を祝ってあげるのがベスト!卒業式の方は、単に証書を受け取る最終登校日という位置づけに成り下がりますが、それを補って余りある位の盛大な送別会をやればいいと思うのです。秋留台高校では、まさしくそうでした。送別会のラストを飾る「担任団の出し物」は毎日夜遅くまで練習し、我々は送別会で完全燃焼していたのです。そして翌日の卒業式は担任全員、送別会の打ち上げで二日酔い状態・・・卒業式当日の「祝う会」では殆ど飲めず、早めに帰る・・・なんて年もありました。
今度の卒業式も、どうせ監視員の影に怯えながら「早く終わらないかな〜」と願うような状態になるに決まってるので、卒業式前日にすべてを賭けようと思います。感動の涙を誘う計画・・・着々と進行中。ほ〜っほっほっほ。
1月15日 旧・成人の日に
成人式が終わり、学校ではそろそろ卒業式のことを考える時期です。またいろいろスッタモンダするんだろうと思うと、3年生の担任としては気が重いですな。さて、成人式に関して、ちょっと変わったニュースがありましたので、取り上げてみます。
千葉県浦安市は13日、同市が東京ディズニーランド(TDL)で行った成人式についての朝日新聞のコラムが「本市の新成人に対する中傷だ」として、謝罪や掲載に至った経緯などの説明を求める市長、教育長名の抗議文を同社長あてに郵送した、と発表した。同紙の10日付夕刊の1面コラム「素粒子」は、成人式について「浦安の新成人。遊園地のネズミ踊りに甘ったれた顔して喜んでるようじゃ、この先思いやられる」とシニカルに書いている。(1月13日共同通信より引用)
成人式にしても卒業式にしても、やり方の是非を論じる前に、大前提となる「誰のための式なのか」を意思統一する必要があります。卒業式問題が混乱しているのは、この大前提部分ですでに見解が分かれてしまっているからです。つまり、「生徒のため」という認識を持つ人々と、「お国のため」という認識を持つ行政側。突然戦時中の言葉が登場しましたが、昨年から東京都が各学校に細かく指示している卒業式の方法は、まさに「お国のため」という表現がピッタリだと思います。詳しいことは別の機会に譲るとして、では成人式は誰のためのものでしょう。私も実は初めて知ったのですが、大昔の「元服」の延長ではないんですね。戦後の混乱期にどこかの自治体が、新成人を励ますために開いたのが最初で、それが全国に広がったため1月15日を成人の日に制定したそうですから、まだ歴史の浅い行事なのです。よって起源から考える限り、成人式は完全に「成人のため」の式であることが判ります。来賓スピーチ妨害そのものは、TPOをわきまえないオバカさんの幼稚な行動として論外ですが、「市長の話を聞きたくて来るんじゃないんだから、自分たち好みの成人式やらせてよ」というのは、真にもっともな要求と言えます。ですから、浦安市をはじめ新成人の実行委員会主導という方式は、式の由来から考えても本来あるべき望ましい姿ではないでしょうか。朝日新聞はとんだポカをやらかしたものですな。朝日は卒業式等については、主人公である生徒の創意工夫や主体性を擁護する側でした。それが今回、TDL成人式を一刀両断というわけですから、浦安市民を怒らせたのみならず、報道姿勢の一貫性の無さまでも露呈してしまいました。浦安からの抗議にどう反論するか見物ですな。
1月11日 セクシーなサッカー!?
駅伝の次は高校サッカーです。野洲高校やってくれたじゃないっすか!見てて楽しいだけではなく、監督談話もウキウキものでしたな。高校の部活なんですから、目標と言ったら普通は、「サッカーを通じて、忍耐力と協調性を養い・・・」と来るもんでしょ。それがナント「セクシーなサッカーを」ですから、素晴らし過ぎる!選手達も、「練習は楽しくて仕方がない」と証言していますので、「やってて楽しい、見てて楽しい」を目標としていることが裏付けられます。そんな異端児的存在の野洲高校優勝は、高校サッカー界のみならず、あらゆるスポーツ、芸術サークルの指導方法に新風を吹き込むというのは、決して大げさな期待ではないでしょう。「練習が楽しい」と言ってる選手たちは、ヘタなままでは楽しめませんから、当然苦しい練習にも耐えているに違いありません。ただ、それを感じさせないところが、指導方法の巧さなのでしょう。さて、こんな風に野洲高校が絶賛されると、他の学校にも当然言い分があるでしょう。苦しい練習を乗り越える事に、やはり楽しさはあるんだぞ、と。確かに最初から最後まで苦しいオンリーだったら、退部者続出。何十人という部員が3年間継続できることが、楽しさの証明ではないか、と。しかし、私はこんな証言を聞いたことがあります。全国大会に出た吹奏楽部の卒業生が、「3年間、コンクールのおかげで続けて来れました」と述懐していました。「楽器が好きだっただけだろ?」 「ん〜、みんなでがんばって、金賞を取れた喜びは最高ですけど、楽器を吹いていて楽しいと思ったことはありませんね」 当時の私にとっては、ビックリの発言でした。もちろん吹奏楽部員もいろいろでしょうから、全部が全部彼のような気持ちではいないでしょうが、その時は「まあそういうもんだろうな」と納得しました。とことん楽しんで、結果もついて来るのがベストですが、「とにかく結果だけは出さなくちゃ」という状況では、楽しさよりも優先すべき事が多くなります。ひょっとすると吹きたくもない曲を、ひと夏かけて朝から晩まで吹かされるし、個性的な音色やアドリブの腕に磨きをかけたり、セクシーな音色を追究してる場合では無いのです。
野洲高校を見習って、私の部活でもセクシーな演奏(衣装等ではなく、あくまで演奏!)を追究させてゆきたいですな。私自身がセクシーな演奏をすることはもちろんでございます。私の場合、セクシーなのは外見だけになっちゃうかな。うっぴょ〜ん
1月 3日 記録よりも、記憶に残りたい!
もしも駅伝賭博があったなら(実際あるというウワサも・・・)、今日の結果は万馬券間違いなし。3連単なら1000万円級の大波乱でした。勝った亜大には失礼ですが、各校のエース格がアクシデントに見舞われる中、元々大砲不在のチームが伸び伸びと走って好結果を叩き出した、という印象でした。さっそく総括してみましょう。
「記録よりも記憶に」は、6区梅本(山梨学院)の出走前談話です。実際梅本君は快走し、1分近く前を行く王者駒沢を逆転。駒沢V5を阻止できるかどうかは、今年の最大注目ポイントですから、この逆転シーンは本日のハイライトの一つであり、記憶に残る走りとなったわけです。ところが、小田原中継所のシーンを見ていてビックリ!十何番目かで入って来た専修大学のランナーの記録が、59分0いくつ、と表示されたのでした。「え!見間違い?いや、確かに59分台、しかも上の桁はゼロだった・・・」 箱根駅伝マニアの方なら、一瞬チラっと見えたこの数字に、絶対に違和感を持ったでしょう。6区山下りで59分前半は区間賞級の記録で、優勝争いに加わるチームのエース格に相応しい数字なのです。でも見間違いではありませんでした。59分07秒を叩き出したのは専修大学の辰巳君。さらに法政の松垣君が59分09秒。記憶に残った山梨の梅本君は、59分38秒で区間3位だったのです。逆に言うと、辰巳、松垣は、記録は残って記憶に残らなかった、ある意味気の毒なランナーといえます。駅伝で1人が走る時間は約1時間ですが、テレビ中継では20人のランナーがまんべんなく映るわけではありません。ここには大きな不公平があります。まず、30分以上は先頭ランナーが独占。次いで2号車、3号車付近。あとは抜きつ抜かれつのシーンという順。15位以下の、シード権争いにも絡んで来ないチームの場合、ヘタするとタスキリレーの瞬間しか映らないことさえあります。だから、ちっともテレビで触れられないうちに凄い記録が出ちゃった、ということが時たま起こるわけで、今回の場合、7区柳沼(法政)、8区杉本(中央学院)の区間賞もその部類でしょう。記憶に残るには、条件が揃うことが必要です。まず、中継車のいる範囲(つまり上位)でレースをし、そこで誰かを抜く!これです。梅本君の場合、3位からのスタートで「記憶に残る」宣言したということは、イコール「少なくとも駒沢だけは抜く」宣言であり、それを達成したのですから、予告ホームランに匹敵する快挙です。よってMVPに決定!私も、「記憶に残る」演奏をすべく、今年も頑張って参ります。
2006年 1月 2日 勝つよりも、魅せてくれ!
あけましておめでとうございます!ってご挨拶の次にこのコーナーでやって来るのは、毎年「駅伝ネタ」と決まっております。ご興味の無い方、ご辛抱下さい。本日の箱根の往路について、さっそく論評してみましょう。
まず、3区で区間新記録の佐藤悠基(東海)は、スーパールーキーという前評判通りでした。これは「想定内」の順当な活躍なので、私に言わせれば面白くも何ともありません。次に、下馬評は通りの力が出せなかった代表格が、2区サイモン(日大)、5区伊達(東海)あたりでしょうか。チームの絶対的エースとして、想像を絶するプレッシャーがある中での調整は、さぞ大変だろうと思います。彼らには気の毒ですが、駅伝の難しさ、面白さをひっくるめた、「駅伝の妙」を見せてくれたという点で、殊勲選手だと思います。いよいよ、私の選んだMVPの発表に移ります。それは何と言っても、1区鷲見(日体)と、2区モグス(山梨学院)の2人です。鷲見はスタート直後から、まさかの奇襲戦法に打って出ました。ロケットスタートから10km以上を大独走。駅伝は、個人のタイムを足し算しただけの結果にはならず、心理的な部分が大きく影響します。鷲見は最後に失速して、ほとんど全員に抜かれるという結果になりましたが、安全策を取らずに一か八か突っ込んで行ったところが勝負師ですね。モグスも明らかなオーバーペースで勝負。当然最後はガクンと失速しましたが、とりあえず区間賞。でも11人抜きのパフォーマンスを見せてくれただけで、モグスらしさは十分表現できたから、結果は二の次だと思います。5区今井(順天堂)は、走りはバッチリで往路優勝の立て役者と言えますが、終了後のインタビューが謙虚過ぎて全然ダメだったので減点。最後に「憎らしい部門」は、5区村上(駒沢)で決まり。今井に抜かれても平然とマイペースを維持し、他がバテて来た頃に徐々に順位を上げて行き、終わって見ればトップと30秒差の2位。4連覇チームのキャプテンの意地で、今井と1対1の勝負に行って欲しいのが、我々素人ファンの願いですが、明日につなぐためのチームプレーに専念するという冷徹さ。川上監督時代の巨人軍みたいですね。ホント憎らしいですが、駒沢の強さの秘密がここにあります。明日は何となく、駒沢V5達成しちゃいそうな気がしてきました。
駅伝はプロスポーツでは無いので、見当違いな意見ですが、ただ勝つよりも、ファンを魅了するようなプレーをたくさん見たいです。プロスポーツなら尚のことだし、純粋なエンターテイメントの世界ならば、それがすべてと言えます。私のバンドは、常にファンの皆様を第一に考えた演奏を目指します。本年もよろしくお願い申し上げます。