今日の一言(2008年分)

  職員朝礼での社長訓話集     一つ戻る  最新版へ戻る  

12月29日 碁会所

 には、実は行った事ありません。碁は弱すぎるので、とてもじゃないけど、初対面の人と試合やろうなんて気になれん。将棋道場には何度も行きました。ただ、「将棋道場に行った」と言うと、「プロを目指すのか?」って聞かれるし、「将棋センター」「将棋会館」・・・どれも正式な名前なのですが、それが何を目的とする施設なのか解りにくく、いちいち説明するのが面倒なので、あまり人には話しません。「碁会所」に匹敵するうまい言葉が無いから、困ったもんです。最近はインターネットで対決できるようになったから、碁会所のお客さんが減ったりしてないか、ちょっと心配になります。「ジャムセッションに行った」は、さらに解りにくいだろうな。説明しよう。楽器を持って行って、初対面の人たちと一緒に演奏する場です。参加料も千円とか千五百円だから、費用といい集まる目的といい、碁会所と共通点が多いな。エントリー用紙に名前書いておくと、ホストプレイヤー(進行係)が「○○さん、△△さん、・・・」と呼んでくれるのも、碁会所そっくり。ただ、碁会所は朝から晩までいて、凄い試合数をこなす人もいますが、ライブハウスはそんなに長時間はやらないのが、ちょっと違うところだな。さて、ジャズの本場、横浜でのセッション。最近よく行くお店ですが、そのお店でのセッション大会には初参加。どんな凄腕の人が集まってるか不明なのと、逆に足りないパートがあったりしたら困るだろうと思って、楽器をいくつか用意して行きました。エントリーも4つのパートで出したら、いきなりドラムで呼ばれて、3曲も叩かせてもらう。ピアノの人が次々と入れ替わって行ったのですが、「何じゃこりゃ〜!全員上手い」 このお店恐るべし!次はラッパで「枯葉」を吹かせてもらって、テナーサックスで「イパネマ」吹かせてもらって、最後はベースで2曲弾きましたが、自己採点はダメダメ。周りのレベルが高すぎて、楽しいんだけど、ちょっと申し訳ないって感じ。井の中の蛙になってた自分に気づかされて、愕然とした瞬間でもありました。初めて新宿将棋センターに行った日も、同じだったっけな。「自分は3級くらいの腕だ」と控えめに申告したつもりが、3級の人にコテンパンにやられて、次に当てられた5級の人にまで負かされて、その次の試合の時に貰ったカードに、「直井 6級」って書かれちゃってたあの屈辱。余りの悔しさに奮起したからこそ、その後、初段レベルまで行けたのです。(今は再び弱い) というわけで、修行し直して、横浜にリベンジマッチに行きます。

12月24日 横綱・大関・関脇・前頭

 だった教員の世界に、ついに小結も設置されました。説明すると、昔の学校は「校長・教頭・ヒラ」でしたが、数年前に「主幹」が設置され、来年度から「主任」が設置され、これで5段階が完成します。この「主任」というのは、「学年主任」とかいう時の主任とは、意味合いが全然違って、給与番付上の位置です。給与体系も、番付上の追い越しができないように変わり、ヒラは定年ギリギリになっても、30代前半の主任より低賃金になります。同様に、定年ギリギリの主任は30代の主幹に追いつけません。給料上げたいなら、長いこと勤めてるだけじゃダメで、試験を受けて次々と昇格してゆかねばなりません。この改革を言い出した人は誰だか知らないけど、少なくとも私たちにヤル気無くさせることにかけては天才的です。いま昇格という言葉を使いましたが、実はちょっと違います。ヒラ〜主幹までは、仕事内容の本質は違わないにしても、副校長となると、別の職業と言ってよいくらい違います。授業や部活を持たないという点で、それまでの教員の仕事とまったく異なるので、昇格よりも転職と言う方がふさわしいかも。部活を一生懸命指導し、授業の腕に磨きをかけてきた先生は、高給をいただく価値ナシ!それらを捨て去ってこそ昇給の道が開ける・・・という風に、私自身は今回の制度改革を受け取っています。僕ら中年の開き直り組はいいとしても、若い世代の人たちは、熱血教師なんてやってる場合じゃないな。
 愚痴ってばかりで、代案が無いわけではありません。私はずっと以前から、年功序列の悪平等には反対の立場です。かと言って、今回のようなシステムでは、現場でダメダメなのに昇格試験の勉強だけ熱心な人が、優秀ヒラ軍団の上に上司として君臨したりするケースが増えるでしょう。かねてから主張しているように、教員の給与体系は年俸制がベストです。専門職であり、スタープレーヤー(△◆先生に教わりたいから、この学校に進学したい・・・みたいな人)もいるという点で、プロスポーツの世界と一緒。FA権もバンバン行使して、「1千万でうちの学校に来ないか?」みたいなオファーがかかったり、本当に貴重な戦力には複数年契約が提示されたり・・・。そんな制度になったら、自分を少しでも高く売り込むために、とことん頑張っちゃうけどな。

12月15日 年末特番・・・内視鏡(胃カメラ)体験

 毎年恒例、10月の職員健康診断・・・。どうせ今回も「異常ナシ」のオンパレードに決まってる。体重は30年間変わらず、メタボと無縁の65kg。血液検査では、47才まで唯の一度も異常値をつけたことがない。もちろん2次検査なんて別世界の出来事・・・だった。自分はもしかしてサイボーグかも、なんて思ってた今年、ついに召集令状が!しかもそれは、胃の内視鏡検査であった。

 胃カメラの経験者は、口を揃えて語る。「吐き気ゲロゲロ、涙ボロボロ。もう2度とやりたくない」 令状を受け取ってからの2週間は、死刑囚の心境である。そんな中、ある先生が、「最近は技術が発達して楽になったのよ。アタシ、胃カメラよりバリウム飲む方がイヤなくらいだわ」と話していたのが、一服の清涼剤であった。(この言い回し、使い方合ってる?) まてよ、病院によっては最新機器の導入が遅れてたりして、やっぱゲロゲロかもしれないぞ。楽観はできない。今朝は、「あれ、もう検査終わったんですか?胃カメラ入れられたの気づかなかったですよ。はっはっは」と話してるところで目が覚めた。夢か・・・。検査はこれからだ。うぇ〜ん、怖いよぉ・・・。

 予約時刻10分前。内視鏡室と書かれたドアの前の長椅子で待つ。看護士さん登場!「内視鏡は初めてですか?」「は・・・い」「鼻から入れるタイプがあるんですけど、どうなさいますか?口から入れるより苦しくないですよ」「うわ!是非、是非そっちでお願いします!」。この選択肢は意味があるんだろうか。わざわざ「じゃあ、苦しい方で」っていう人はいないと思う。「どうしても鼻から入らない人は、口からということになります。あ、でもおたく様は大丈夫そうね」 鼻の穴の大きさで判断されたようだ。小さい頃から鼻○○をホジるとき、小指でなく人差し指を使っていたのが功を奏した。

 診察室に入ると、まずは鼻と喉の仮麻酔。これは鼻から霧吹きを吸い込むタイプ。これで少し感覚を麻痺させておいて、次はベッドに横になって本麻酔。今度は太いチューブを鼻に差し込まれ、ゼリー状の麻酔薬を注射器で入れる。「このチューブは、内視鏡と同じ太さですから、鼻から入るかどうかのテストも兼ねています」 わお!じゃあ頑張らなくては・・・。鼻の穴を全力で広げた。どうやら楽勝だ。
「では内視鏡を入れていきます」 鼻の奥が、痛いという程ではないが、明らかに何かが通過しているという、ちょっとイヤな感じ。「一度唾を飲み込んでくださ〜い」 「ごくっ」 ん・・・?唾以外の異物を一緒に飲んだ感触。「オッケー。カメラが喉を通過しました。もう一度行きますよ〜。ハイ、飲んで」 「ごくっ」 これでカメラは胃に到達できたらしい。吐き気とか全然ナシで、思ったより楽なもんだ。内視鏡のチューブは、空気入れやマジックハンド(後述)も兼ねているようだ。「空気を入れていきますので、ゲップしないで下さいね〜」 このゲップ我慢も大したことなくて、むしろバリウム飲む時の方がつらい。

 お医者さんの独り言「ポリープ、ポリープ・・・。見あたらないねぇ。このへんのヒダが角度によってポリープに見えることもあるからなぁ」
ちょっと待てい!人がこんな目に遭ってるのに、レントゲン係の見間違えでしたで済むか?「あっ、あったあった、これだ。はい、どうぞ一緒にご覧下さい。」 モニターがこっちに向けられた。初めて見る、自分の胃の中。それは、どこかよその惑星の表面て感じ。思ったよりつるんとしてなくて、起伏に富んだ地形。グロテスクな感じは無く、むしろ「胃の中ってこんなきれいなんだ〜」と思った。「ポリープはこれです」って指さされても、全然わからん。よくこんな微妙なのを見逃さないもんだ。やっぱりプロって凄い。「ぱっと見た感じ、悪いモノじゃなさそうですけど、いちおう組織検査するから、今取っちゃいますよ」 「ええ〜っ!」と驚く間もなくモニター内では、内視鏡の先端から出てきた武器がポリープに近づき、「はい挟みま〜す。よし取れた」 一瞬の出来事であった。

 内視鏡入れ始めから、ものの5分程度。鼻から抜く時にちょっと抵抗があって、その後しばらく鼻水じゅるじゅる状態になったが、麻酔が醒めるのも、歯医者のよりずっと早くて楽。あれほど怖れていたにしては、あっけない感じですらある。バリウム飲んだ時は、検査終了後も悪戦苦闘だが、内視鏡では特に何もない。喉に麻酔したので、30分程度飲食ができないのと、胃の組織を一部取ったから、激辛とかアルコールはダメ。他は普通である。よって昼食は吉野家の大盛り牛丼とした。

 内視鏡未経験者の皆さん、参考にしてください。鼻の穴を拡げる体操さえ欠かさなければ、怖れることはありませんぞ。

12月13日 中高の交流演奏会

 今年は、夏に奥多摩の古里中学校、そして今日は青梅第一中学校と、ジョイントコンサートをやりました。こういう形態のイベントに力を入れるのには、私なりの理由があります。三沢中学校に勤めていた昭和62年頃、お隣の日野高校の吹奏楽部を、初めて見学に連れて行きました。当時の日野高校は、指導者と言えば学生指揮者だけで、顧問の先生はマネージメントのみでした。それにしては、と言ったらヘンですが、むちゃくちゃ上手く、今思い出しても、あれほどのバンドはなかなか思い浮かびません。30人くらいだったと思いますが、すべての楽器が良く鳴っていて、高校生離れしたサウンドでした。私自身が、その秘密を探りたいという好奇心に駆られたこともあって、部員全員を連れて行ったのです。三沢中生にとって、それは衝撃的な一日になったようです。人生変わった子もいるな。なぜなら、たぶんこれがキッカケで日野高校に進んだ子が多く、その後、日野高吹奏楽部内でお婿さん見つけた子もいるので・・・。結局、日野高の上手さに秘密は存在しませんでした。もの凄〜く熱心な子が多かっただけです。その日の学生指揮者を始めとする主力メンバーは、みんなもう30代後半くらいになるはずですが、今でもみんな熱心に楽器を続けていて、時々コンサート会場なんかで、ばったり出会います。その後高校に移った私は、今度は逆の立場で、地域の中学生に刺激を与えてやろうと企んでいたのですが、実はこれがなかなか難しいことを知りました。ある中学校で、「宝島」という曲を合同練習して、中学生たちも喜んでくれたと思っていたのですが、後日そこの顧問の先生からクレームが! 「ポップスばかりやりたがるようになって困っている。どーしてくれる」という内容でした。うわ〜、だって宝島やるの納得したじゃん!だったら最初からクラシック系で、って言ってくれればそうしたのに・・・。って言いたかったですが、私の教え方の上手さが想定外だったってことで、まあ仕方無いでしょう。また、生徒さんそのものが、私の教え方や高校生との流派の違いを受け付けないケースもあります。顧問の先生が教祖様みたいなカリスマ性を持っていて、他の人の教えを聞かない体質になったのでしょう。そう考えると、今年の古里中、青梅一中の顧問の先生方は、いろんなやり方の中からヒントを学ばせようとする、幅の広い考え方の持ち主で、三沢中時代の私もそうだったということです。(自分を美化しすぎだな) 今日の中学生たちの何人かは、人生狂ったはずです。本当に好きで熱中できる事に出会える狂い方なら、悪くもないでしょう。これからもどんどん狂わせます。

12月 9日 譜面ナシ

 以前このコーナーで、私の暗譜力について自慢したことがありました。それはだいぶ前の話でしたが、最近また状況が変わりました。暗譜ってのは、その前提として、譜面を正確に読んだ上で、正確に記憶することを指すと思うのですが、もはやその前提が崩壊しています。譜面が見えんのですたい(泣)。近視&乱視に、さらに老眼が加わると、遠くも見えなきゃ近くも見えない。眼鏡は2種類(デスクワーク用と日常生活用)使っていますが、合奏練習中はいちいち取り替えてられません。近距離用をかけていても、一度指揮者を見ちゃうと、譜面の方にピントが合うのに、遅れが生じるみたいなのだ。だから結局はよく読めないまんま演奏しちゃってて、他のメンバーからすれば、ふざけんなと言いたくなるでしょう。たいして怒られずに済んでいるのは、完全に見えないわけではなくて、五線の真ん中へんのラとド、高音の線の数、16分と32分、#とナチュラルの区別がつかない程度だからです。このくらいだったら、「たぶんこっちだろう」と予想して吹けばたいてい当たります。心の眼ってやつだな。普通のコード進行の曲なら、和音だって全部見えている必要は無いです。そんなわけで、老眼恐るるに足らず・・・とタカをくくっていたら、ひどい目に遭いました。
 一昨日のクリスマスライブでのこと。「Joy to the world」とか「神の御子は」を、ジャズっぽいコードに直した譜面を作って、持っていきました。事前の合わせはいい感じだったし、学校でちょこっと部員に聴いてもらった時も、「わ〜、オシャレ〜」なんて感想をいただけた力作です。そしていよいよ当日、売り出し中のベーシスト、ユッキーさんが合流しての直前リハ。「むむっ・・・。難しいぞ。うまく弾けん」 原因はすぐに判りました。ユッキーさんが、目まぐるしくコードが変化する私の譜面を正確に弾いてるのに、当の私が全然ついて行けてないのです。今まではピアノだけでやってたから、やるたんびにコードが違ってても影響なかったのに、みんなで合わせる段階になって、私は初めて、自分の書いた譜面を見ながら弾かねばならない状況に置かれたわけです。ところがコードネームというやつは、音符以上に紛らわしい文字が多く、特に今回は分数コードだらけで、文字数が多いし、よりによって私は、メジャーセブンをM7と表記していて、Mとmなんてまったく区別つかん。書いといて弾けないって、ほんとごめんなさいって感じです。そのかわり、後半のジャズ&リクエストコーナーでは、知ってる曲(譜面が必要ない曲)がたくさん登場したので、伸び伸びやれました。
 最後に、暗譜の得意不得意とか、老眼とかを別にしても、私自身は譜面ナシがベストだと思っています。さっさと覚えちゃって、後は音そのものと、周囲のプレーヤーに全神経を向けられる方が楽しいです。浦安までご来場くださった皆様、ありがとうございました。次回は、ちゃんと覚えてから弾きます。

11月25日 特別レッスン

 私は普段、すべての楽器を自己流で上達してきたと豪語していますが、実はこれは正しくありません。毎月お月謝を払ってレッスンを受けたりしていないだけで、実はあちらこちらで教わっています。勝手に有益な情報を吸収させてもらってるだけだから、私が師匠と思ってる方々は、きっと私に何かを教えたという自覚は無いでしょう。これを読んだ先生方から、レッスン料を請求されそうだな。
 例えば、プロミュージシャンのコンサートやライブ。言葉で100回教わるよりも、良い見本を1回見れば、翌日からの自分のプレーには必ず変化があります。技術的な事ももちろんですが、何より気合いが変わるな。さらに言うと、客席で正面から見るより、すぐそばで見るのがベターで、隣りに座って一緒に演奏させてもらえたらベスト。もちろん本番じゃなくて、練習の時でOK。私は不思議とそういう機会には恵まれていました。一緒に演奏すると、息の吸い方、譜面への視線の配り方、指揮者へのクレームの付け方、冗談を言うタイミングに至るまで、何から何まで勉強になります。そして、見落としてはならないのが、プロミュージシャンとの雑談タイム。これが私にとっては、なかなかどうして、侮れない特別レッスンなのだ。バンドの合宿の夜なんかに、コーチと夜通し宴会やったりすれば、それはもはやレッスンの宝庫です。若い頃どんな気持ちで練習に臨んでいたか。毎日何時頃起きて、どんなウオーミングアップをしているか。他のミュージシャンたちのやり方は。海外修行時代の体験談・・・等々。囲碁将棋のTV番組でインタビュアーをやる人は、実際に将棋を指したり教わったりしなくても、自然に三段くらいの腕前になっちゃうそうです。私が飲み会の席で、好奇心にまかせてミュージシャンをインタビュー攻めにしてるうちに、自然に上達したって何ら不思議はありません。最近は、生徒たちの中にも意欲的にいろんな情報を吸収してくる子が増えて、私は大助かりです。教えるふりして、逆に上達のヒントを貰っちゃえることが多くなりました(笑)。
 今年はうちの高校に5人のコーチをお招きしています。一昨日も同時に3人お見えになりました。3つのパート練習場を巡回しながら、「こういう弱点があるので、こういうことを教えてますよ〜」なんて経過を報告してくださいます。これが報告であると同時に、私にとっては、「ふむふむ、こういう弱点はこうやって克服するのか・・・」というレッスンになってしまうのだ。ほ〜っほっほっほ。勉強になりまくり!ついでに、コーチの皆さんと昼食をご一緒させていただくのも、最高の特別レッスンだな。パート練習終了後は、コーチの独奏をピアノ伴奏させてもらって、ちゃっかり共演。この環境で一番上達するのは、どう考えてもこの私です。悪しからず。

11月16日 うそ!

 をつくのが職業・・・って言ったら「ペテン師」しか無いと思われるでしょうが、理科の先生も大ウソ八百つきまくります。授業中によく3択問題を出し、生徒を惑わせるようなウソを言いまくって、正解者が激減するように仕向けるのが、私独自のスタイル。騙されてばかりの純真なお子さまには、さぞ不快だろうと思いますが、正解をいきなり教わるよりも、強く印象に残るだろうと確信しています。元はと言えば、「仮説実験授業」というマニュアルの、3択方式を取り入れたのが新採の頃。本当は、この3択に挑みながら討論を深め、実験で決着が着いたら着いたで、そこからさらに「何がわかったのか」を書いて討論して・・・というのがマニュアル通りです。でも授業の時間数は決まっているので、徹底的に討論させるのがベストなのは百も承知ですが、さくさく行かないと進みません。私流に20年の歳月をかけて、ウソ八百授業にたどり着きました。詳しくは、授業公開週間に実際にご覧いただければ幸いです。授業で使うウソに磨きをかけるため、普段からウソの練習をしています。9日の御獄山で言ったウソ・・・@私「ケーブルカーは、何で登る?」生徒「ケーブルでしょ?」私「その通り。では下る時は?」生徒「?」私「ケーブルを切る。」生徒「ええ〜っ?まさか」私「重力を利用するので、温暖化ガスの排出も無い。下りケーブルカーというのは、環境に配慮した乗り物として、にわかに注目を集め始めているんだ」生徒「でも、凄いスピードになりませんか?止まれないで激突しそう」私「うわ〜っはっはっは・・・」 A私「では、これからリフトに乗る。落ちたら自力ではい上がる必要がある。みんな懸垂はできるだろうな」生徒「ええっ、できません。」私「困ったな。身長120cm未満のお子さまと、懸垂3回以上できない方はご乗車できません、とのことだ」生徒「逆上がりならできます」私「うむ。要は、はい上がれさえすれば良いわけだから、OKかもしれんな。あ、なあんだ。逆上がりも可って書いてあるよ」生徒「どこにですか?」私「ほら、あそこ。逆上がり、足かけ上がり、大車輪、月面宙返り」生徒「・・・」(気づく) B私「リフトは、登りより下りの方が速いから、特に気を付けなさい」生徒「同じ速さじゃないんですか?」私「坂道だって、下りの方が速くなるだろう?」生徒「あ、そうか・・・。え、でもちょっと待って下さい。1本のひもでつながってるから、やっぱり同じ速さだと思います」私「んんん・・・。あのひもは、実はゴムでできていて、部分的に速さは異なる」生徒「・・・」(気づく) 先生が尤もらしい口調で、ちょっとした科学用語を交えて話すと、まさかというような話が真実っぽく聞こえちゃうもので、恐ろしくもあります。詐欺師の手口もこういう感じだから、私のウソで抵抗力を付けて、何でもちょっとは疑ってみる習慣がつけば嬉しい限り。

11月 7日 小室ショック!

 It is surprising that Komuro ・・・て、今日、見学した英語の研究授業で、仮主語Itの例文になってたな。とにかくビックリしました。とりあえず、「私と小室」というお題で行きます。小学生の頃からジャズやラテンを聴いていた私は、クラシックに目覚めたのも遅かったけど、普通のポピュラーミュージックにも、興味がありませんでした。双子のリリーズを追っかけたりしたのは、歌が好きだったわけではなくて、単に可愛かったからだ。日本のポップスで初めて、「いいなあ」と思ってアルバム買ったのが、渡辺美里の「マイレボリューション」でした。初めて勤務した三沢中学校に吹奏楽部ができて、体育館で第1回定期演奏会・・・。これが私にとって、教員として指揮する初めての定演だったわけですが、この時アンコール曲で演奏したのが「マイレボ」。今でも好きな、記念すべき1曲です。1997年夏、久留米高校吹奏楽部の合宿にコーチで行ってた私を、サプライズ企画が待っていました。3日目アンサンブル発表会の最後に、「先生、ご結婚おめでとうございま〜す!」続いて、部員がコッソリ練習していた演奏がスタート。曲はもちろん「CAN YOU CELEBRATE?」 目がうるうるしちゃった、忘れられない1曲です。
 そんな名曲の数々を世に送り出した小室さんの、どこでどう歯車が狂ったのか。私は、「お金が彼をダメにした」と思えてなりません。音楽よりお金の方が好きになっちゃったんだろうな。いつからか、お金のために曲を書くというスタンスになっちゃった。→曲に心がこもらない。→聴く人の心をつかめない。→売れない。10億円持っていても、いっぺんに数千万みたいな使い方を繰り返せば、そりゃあっという間にスッテンテンですわな。弦太が遊戯王カードを買いに行くと、1ヶ月分の小遣いが一瞬で消えるのと同レベルです。小室事件は、「身の丈に合った生活をしながら、自分の才能を世のため人のために役立てることを考えなさい」というメッセージを発する、いわば反面教師のように思えてなりません。うわ〜、やっぱり先生っぽいな。

11月 4日 卒業研究

 うちの学校には、卒業研究があります。「総合的な学習の時間」を利用して、全員が自分のテーマを決めて、3年生の時に発表するというもので、現3年生は、そろそろ仕上げの頃を迎えています。私の担当する2年生は、ちょうどテーマ決めの時期になるので、今はテーマの選び方指導。内容は、1級上の3年生のお手本を紹介・・・これはまあいい。次に、担任の先生が経験談を話す・・・これは、きゃ〜!だな。でも、そういう事になっちゃったので、今日もさっそく一人の先生が、「大学時代の卒業論文を書き上げるまで」を、丁寧に話してくださいました。大学生がよく「卒論」という言葉を使うので、大学にはそういうものがあって、何だか大変そうだということだけは判りますが、未経験者には、実際どんなものなのか見当がつかないでしょう。こういう経験談は、大学に進学するしないに関わらず社会勉強になるし、大卒者から見ても、他の学生がどんな風に卒論に取り組んだのか聞くのは、なかなか興味深いです。
 私が高校生の時は、市民吹奏楽団の先輩大学生からいろいろ脅されました。卒論というのは「100頁くらい書いて、1冊の本になる」とか「理系でも全部英語で書く」とか・・・。多分、本当に100頁書く人もいたのでしょうが、大学、学部、研究室によって、卒論の形式も千差万別だということは、自分が大学生になってみて、初めてわかりました。私の場合は、卒論でなく卒研と呼ばれていて、書いたのは10頁ちょっとくらいだから、論文というよりレポートと言った方がいいくらい。そのかわり発表会があって、物理学科の先生方全員の前で一人10分くらいやらされて、質疑応答にも耐えなければならないというのが、ちょっとプレッシャーだったな。ただ、発表会に失敗したら卒業不可!というシビアなものではありません。発表会に向けては、各研究室ごとにリハーサルを重ねていて、何か問題があればそこで助言を受けて修正を加えます。他の研究室の先生から加えられる質問攻撃に対しても、想定問答であらかじめ練習しておきますし、本当に詰まっちゃった時は、自分の指導教官が助け船で援護射撃してくれます。だから、本番はもはや怖れるに足らず、むしろリハーサル段階の方がよほどシビアで、研究室内発表会が一番緊張しました。卒論や卒研は孤独な戦いかというと、これも千差万別。私たちの研究室では、チーム研究の一翼を、って〜かほんの一部を担うという形でやらせて貰ってましたから、個人で進めたのは最後の発表準備くらいで、あとはすべてチームプレー。みんなで研究室に泊まり込んでワイワイガヤガヤの研究は、楽しい思い出でもあります。再来週に、また別の先生の卒論体験談が聞けるので、今から楽しみだな。とか言ってると、自分が喋らされたりして・・・。もし私に回ってきちゃったら、共同研究のメリットを楽しさを強調したいと思います。

10月29日 (続・高松)

やっぱ緊張します
 何たって、アウェー中のアウェーですから、何が緊張するかって、本番でお客様の前に出る以前に、まずは演奏者の皆さんに見捨てられちゃわないか・・・です。私自身が超生意気な性格で、奏者として席に座って初めての指揮者で演奏する時、「このヘボ指揮者め」と思うことが多いので、自分が逆の立場になる時、妙に恐い・・・(泣笑)。でも、皆さんとても優しく接してくださったので、だんだんリラックスできてきました。でも、まだまだよそ行きで、普段の直井ブシには程遠かったな。ホーム・・・つまり自分の所属楽団でやる時は、もはや「直井先生のお話を聞く会」と化してます。打ち上げが終わる頃にメンバーとも親密になれるので、今度アウェーでやることがあったら、前夜祭とかやりたいな。(のだめカンタービレでは、シュトレーゼマンがやってた)
 当日午前のステージリハ(某HPより無断転載)

イチゴ残す主義
 イチゴのショートケーキの食べ方・・・私は必ず、乗っかってるイチゴを先に食べちゃいますが、演奏会となるとまるっきり逆で、本番に一番おいしい所を残します。本当はステリハは大好きです。お客さんいないから、ホールも良く響くし、最高に贅沢な練習環境なんですが、ここで酔いしれてしまうと、もはや本番でテンション上昇余地がありません。頭の中は超冷めてて、指揮するというよりは、注意深く聴いてるって感じ。そして、上手くいかない箇所は、ある程度は放置することも必要だと思っています。リハで徹底的に潰しに行こうとすると、潰せなかった時にかえって恐怖感が残るし、できたとしても、たいていマグレっぽいから、やはり「本番上手くいくかなあ」という不安を残します。だったら、できないまんまやめといて、「本番はどうにかなるよ」と自己暗示かける方が良いです。・・・で、本番は、本当に上手くいっちゃいそうな気がするように、ハイテンションで臨みます。コツは、リハと違う「予期せぬ行動」に出ることです。今回私は、1曲目の途中で、お客さんの方に向き直って、ソリストへの拍手を要求しました。奏者の皆さんも意表を突かれたことでしょう。でも私にとっては予定通り、いつもの行動。本番は、リハと同じことの繰り返しや、リハの何割引きかであってはなりません。唯一最高の本番であってほしいのです。
 最後の曲が終わって・・・(某HPより無断転載)

アマチュアの特権
 お金の話をしよう。私がノーギャラ主義になった理由は、以前にこのコーナーでもお話しました。今回の高松行きは、9月に1泊(車中)、10月が2泊で、旅費・滞在費の総額は約10万。これらは自腹です。ただ、編曲の御礼として「讃岐うどん」を送ってくださったり、現地にいる間、何度も食事をおごっていただいて、打ち上げも無料招待していただいたので、厳密に言うと完全ノーギャラではありませんが、収支としては明らかに大赤字。不思議に思われるかもしれませんが、大赤字だからこそ、心の底から楽しめるわけで、これがトントンか、ましてや黒字だったりしたら、たちまち義務感が発生してきて、楽しむどころではなくなります。昔は、好きな音楽で小遣い稼ぎできたらいいな、なんて思ったこともありますが、今は、物理ではお金貰っても、音楽では常に払う側でいようと決めてます。アマチュアの楽団ではどこでも、団費などで月に数千円くらいの持ち出しは必ずあります。それを高いと思ってはいかんな。払った分、楽しむ権利生じるのであり、貰ったらその分、我慢する義務が生じるのです。私が今後ギャラを貰うとすれば、「どうしても貴方の力が必要だ。これを書けるのは、あなたを置いて他にいない」とか頼みこまれて、書きたくない曲をイヤイヤ書かされる時です。そういう時は、何ら遠慮なく、「では百万円で」とか請求できそうだな。

10月20日 (高松旅行記)

やっぱ振りたいでしょう
 18〜19の土日は、高松でSAXオーケストラのリハ・本番でした。東京から譜面を納品するだけだったのが、ある年、高松まで出かけて行って本番を見て、その次の年はステージ上で一緒にSAXを吹き、そしてついに今年は本番を振るという暴挙! 高松の皆さんにしてみれば、一度甘い顔を見せたばかりにトコトンつけ込まれ、骨の髄までしゃぶり取られたようなものでしょう。美味しいとこ取りし過ぎ、出しゃばり過ぎは、解っちゃいるけど止められない。本当に皆さんに感謝&恐縮です。
 前日リハの様子(某HPより無断転載)

 指揮者は、やってみれば解りますが、やっぱり気分いいのです。奏者が上手いために良い演奏が出来ても、やっぱり拍手を貰う中心は指揮者で、演奏をスタートさせるのも、全員起立させるのも、拍手を要求するのも、すべて指揮者の合図一つ。全校生徒を笛一つで動かす体育の先生に似ていて、ホール全体の主導権を掌握しています。こんなに美味しいポジションにもかかわらず、どこのバンドでも「次こそは僕に振らせて!」と申し出てくる人が少なくて、逆に「振るよりは吹きたい」という方が多いのはなぜか?それは、以前にもこのコーナーで指摘しましたが、指揮は経験がすべてみたいな所があるから、デビュー戦は悲惨に決まっているのに、やっぱり責任重大ってことで、デビューへの敷居を高くしてしまっているのでしょう。中学高校のクラス対抗合唱コンクールなんかは、指揮者の立候補が大勢出てきますが、これは音楽の先生にきちんと指導して貰えるという安心感があるからでしょう。うちの吹奏楽部でも、先生(私です)や上級生指揮者が主催する講習会があるから、次の定演の指揮者には10人が立候補しています。振らせて貰えるものなら、振ってみたいという人が、やっぱり多いけど、振ることを希望したからといって、「ハイどうぞ、お振りください」とならないのが現実。だから、私ごときよそ者が、遠く香川県で客演指揮を務めるなんぞ贅沢中の贅沢で、こんな無理な要求が通ったのは、編曲者の強みでしょう。

余韻が大切だな
 昔いたバンドの指揮者の方が、音の切り方や、音が消えた後の間(ま)の重要性を説く人で、練習中には「よいんよいん・・・」ばっかり言ってました。演奏そのものも余韻は大切ですが、演奏会全体や旅の余韻も、上手に味わうと楽しさ倍増。そのために打ち上げ会があるわけです。高松に来ると、いつも帰りは夜行列車だったりして、余韻を楽しむ間もなく、東京に引きずり戻されていました。せっかくいい音が鳴ったのに、ブツっと切れちゃったみたいな感じだな。今回だけは、しっかり打ち上げに参加して、さらに余韻が消え入るまで味わうために、余計に1泊して今日午後の飛行機で帰って来ました。宿ではひたすら寝まくってただけですが、チェックアウトした後は、昨日の感動を与えてくれた高松の街(巨大なアーケード街)をブラブラして、余韻を味わう。飛行機が離陸し、遙か眼下に高松の全景を見た時は、夜行列車の時みたいなセンチメンタルにはならず、「香川の皆さん、ありがと〜!」という気持ちでした。海外遠征なんてやったら、どんな感じだろう?ちょっと興味あるな・・・と、またまた野望が芽生えてしまいました。

お客様!大丈夫ですか!
 って、スチュワーデスさんから声をかけられて、ウトウト状態からハッと我に返りました。いつも笑顔で物静かなスチュワーデスさんが、こんな緊迫した雰囲気で迫ってくるなんて、ドラマの中でしか見たことないな。墜落しそうとかではなさそう。だって明らかに声をかけられたのは私一人。自分は全然大丈夫だと思ったから、一体私の何がどういう状態なのを見て、心配しているのだろう?スチュワーデスさんが指さしたのは私の左胸で、上着に大きな赤いシミが付いているのでした。ちょうど心臓の位置だから、ライフルで心臓を撃たれたみたいに見えます。私も一瞬ビックリしましたが、シミの原因はすぐにピンと来たので、AEDとか持って来られる前に、早くこのスチュワーデスさんを安心させなくては、ということだけを焦りました。よく見ると、赤よりはピンクに近い色。血痕の正体は、胸ポケットにさしてあったマーカーペンのキャップが外れて、流出したピンク色のインクでした。短期決戦で指揮する時は、スコアにマーカー入れちゃうのが安全なので、必ず持ち歩いているのです。スチュワーデスさん、おしぼりとペーパータオルを出して来てくれて、最後は「お早めにクリーニングに出された方がよいかと存じます」とアドバイスしてくださいました。トコトン優しいんだなあ〜。
 それにしても、もし私が爆睡してて、すぐには起きなかったとしたら、どうなっていたんだろう?実はそんなに慌ててなかったかもな。ボールペンや万年筆のキャップ外れなんて、よくあることだろう。だいたい撃たれりゃ音で判るよな。サイレンサー付きの銃で「プシュッ」とかやられることもあるか・・・。でも心臓を撃ち抜かれた人に「大丈夫ですか?」は無いだろ。撃たれたんじゃなくて、心臓あたりから自然に出血するような病気って、何かあるんかいな?もしかすると、初めっからインク漏れという認識でいて、あれだけ慌ててくれたのか。凄い職業だな、スチュワーデスさんていうのは。おっと、AED持って来られるというのは、よく考えたらあり得ないな。撃たれちゃってたら、AED効き目無い。というわけで、羽田に着くまでの間、上着のインクをおしぼりに吸わせながら、ず〜っとこの1件について考察を繰り返すのでした。以上、不思議な締めくくりだが、今回の旅行記終了。

10月14日 続・ノーベル賞

 ノーベル音楽賞って、自分で書いたものの、どんな人々が受賞に該当するのだろう?と、ふと思った・・・。歴史の流れを変える大発見や大発明、その後の大発展のキッカケになる仕事・・・。そういう観点で見ると、音楽にも受賞に値する人が、たくさんいる気がします。発表しよう。あんまり昔には、ノーベル賞は存在していなかったから、ドビュッシーあたりからだろうか?ドビュッシーとバルトークは、物理学で言えば、相対性理論と量子力学に匹敵する大転換点にあたるから、文句ナシでしょう。作曲部門以外だと、サクソフォンを発明したアドルフ・サックス氏や、MIDIを発明した人も外せない。ジャズ部門のマイルスデイビスは、やっぱりアインシュタイン級。ドラムのジーン・クルーパは絶対に推薦したい。曲中にドラムソロが入るようになったのは、彼以降のはずです。新たなサウンドを構築して、その後の流れに影響した点で、グレンミラーやカウントベイシーも、十分に受賞に値します。ならばビートルズも貰って良かろう。さて、日本人の受賞者は、というと、武満徹さんくらいしか思い浮かばないな。
 まあでも、研究の突破口を開いて、そこから何かを発展させる必要ってのは、物理学に較べたら全然少ないな。その人にしか出せないスタイルがお客さんを魅了して、それはその人一代限りでも別に構わないのです。バディリッチのドラムとか、チックコリアのピアノとか、いくらあの手順だけを丸コピしても、そのオーラまでは真似られないし、それを超えようったって、そもそもがオンリーワン的存在です。チックコリアとピアノ合戦して勝つ弾き方って、絶対零度より低い温度を探すようなものだな。(謎) だから、人真似に終始してしまう人以外の、すべてのミュージシャンが、ある意味ノーベル賞級かもしれません。
 このコーナー10月1日付けで紹介した、深井さんのピアノも強烈個性派で、それはMCにも随所に現れます。弦太がリクエスト「枯葉を弾いてください」 深井さん「え?カレーですか?甘口がいいですか?中辛で大丈夫ですか?」 弦太「フライミートゥザ・・・」 深井さん「フライミートですか?ママさん、揚げたお肉出してあげて!」 私「ラテンものを」 深井さん「え?露天ですか?」 セッションの最中も、音でこういう返し方をするから、大阪の漫才を聞いているような感覚の、楽しい音楽になります。ノーベル面白音楽賞。私もまだまだ人真似の域から脱することができないので、怪しいキャラが滲み出るような音楽をやっていこうと思います。

10月10日 ノーベル賞

 いやあ、やりましたなぁ。私にとって、化学賞は未知分野でしたが、物理学賞の方は期待通り。って〜か、多くの物理関係者がそうであったように、毎年毎年「え〜っ?またお預けですか〜」と思い続けてきたので、この3人の先生方の受賞は遅すぎたくらいです。たまたま1学期の授業で、小林益川理論を取り上げた時に、「今年こそ獲るでしょう」なんて予言めいた事を言ったもんだから、鼻が高いのと同時に、これを機会に物理に関心を持ってくれる人が増えたら、私も職を変えずに済むな。(どこの学校でも、物理の先生は年々授業数が減って、「情報科」に鞍替えする人も多い) 計4人の先生方のプロフィールや談話を見ると、ノーベル賞を獲るコツが見えて来ます。・・・って本当かよ、って思われるかもしれませんが、本当だな。だったらお前獲ってみろ、って言われそうですが、私が獲れる可能性は高くはないけど低くもない。少なくとも、今回の先生方と私には、共通点が多いと感じたので、そのうち何かが起きるかもよ〜。まあ、取り合わなくてよいです。コツの話に戻すと、「好きな事に没頭できる」「好きなように没頭できる」「他人に教わった通りやるより、他人のを参考にしながら自分で編み出すのが好き」・・・そんなところでしょうか。この3項目は、まさに音楽活動に関する私のスタイルそのものです。だから、私がノーベル賞を獲る場合、物理学賞ではなく音楽賞です。実在しないのが残念だな。「ノーベル音楽賞」と「楽器の十種競技」。私が楽器に触れるのは、1週間のうちほぼ7日で、朝と放課後と帰宅後の時間帯。さらに、音が出せない夜間も、曲を聴き、譜面を書いたり分析したりだから、1日3〜4時間は音楽活動してることになるな。休日ともなれば、完全にまる1日。仕事の内容と、家族の理解に恵まれたと、つくづく感じます。そしてアマチュアの特権。練習したり書いたりするのは、やりたい曲だけ。何ら束縛される事はありません。・・・で、私には、各楽器の師匠がいますが、その師匠からレッスンを受ける事はありません。演奏を見たり聴いたり、お話したりするだけで、勝手に師と仰いでいるだけです。
 こういうスタイルでやっていると、ノーベル賞みたいな名声どうこうよりも、何より毎日が楽しいはずです。受賞者の益川先生が、「嬉しくない」なんてひねくれた言い方をなさいましたが、本来のニュアンスは、接頭語に「別に」を付けるか、最も正確な表現は「眼中に無い」だったでしょう。仮にノーベル賞獲れなかったとしても、全くガッカリする事も無かったし、そういう意味では完全な幸福人なんだろうな。というわけで私も、当然の如く、明日からの3連休をすべて練習につぎ込みます。また上手くなってしまうな。ほ〜っほっほっほ・・・。

10月 1日 時を超えて

 27(土)は、郁恵さんと弦太が通う教室の先生方によるライブでした。Vo.の仲田修子さんの、何だかすっとぼけたようなMCが、すごく面白いんですが、曲の方も超個性的で、一度聴いたら忘れられない感じ。そしたら皆さんそうらしく、昔たまたま通りかかった路上で修子さんの歌を聞いた人が、ご自身のブログに「30年前に聞いたあの歌は、何ていう歌なんだろう?」と、ふと思い出したように書かれていた、というエピソードが紹介されました。歌の題名は「国立第七養老院」。ラブソングでもなく、社会をひっくり返そう的な歌でもなく、分類に困るのですが、一度聴いたら忘れられない、たしかに不思議な歌です。修子さんは、ブログ主に丁寧にお便りをされたそうです。ブログ主もきっと感激されたことでしょう。
 昨日は、ピアノの深井克則さんと、ラッパの木幡光邦さんのライブに行きました。6月、8月、9月と、この夏場で3回目ですが、6月の前に行ったのは1992年頃ですから、ここに何と16年の隙間があります。昔は毎週、って〜かもっとライブハウスに通ってました。貰った給料すべて、CDとコンサートにつぎ込んでたような時期。ビッグバンドの中で好きだった、高橋達也&東京ユニオンを聴きにいって、その高橋さんや、当時のリードラッパできゅい〜んって吹き方がカッコイイ木幡さんのコンボも、聴きにいくようになりました。その時ピアノを弾いていたのが深井さんで、何だか理屈抜きに「このピアノはいいぞ〜」と感じて、何度も通ったものです。私は自己流でジャズピアノをやってますが、お手本となっているのは常に当時の深井さんです。さてさて、勤務地が西多摩の学校になり、結婚して住居も西多摩になると、都内のライブハウスに通うなんてことは、滅多にどころか全然できなくなりました。新宿や六本木に通ったのは、遠い昔の思い出・・・くらいな感じだったのですが、最近ようやく子供も成長して音楽をやり始め、一緒にライブ見に行けるくらいになると、月1くらいでお出かけを再開しました。あちこちのライブハウスのHPをチェックしていたら、うわ!深井さんの名前を発見。しかも木幡さんとのDuoなんて贅沢過ぎる!ってわけで、16年ぶりに追っかけ隊を再開することとなったのです。
 私自身も、あちこちの演奏会でステージに乗ってると、「もしかして、あの直井さんですか?」と聞かれることが増えました。あの直井って、どの直井?と突っ込みたくなりますが、尋ねてこられる方の多くは女性。私が大学生だった頃に日野市内の中学校の吹奏楽部員で、今は自分のお子さんが小中学生で、吹奏楽をやっている・・・まあ、そんな感じ。何十年かの時を超えての再会って感動的ですから、みんなも私も深井さんも木幡さんも、いつまでも元気で頑張りましょ〜う。

9月24日 試合観戦

 何の観戦かというと、弦太の所属するサッカーチームの試合。昨日は、久しぶりに1日ヒマになったので、試合会場への送迎係も引き受けて、全4試合を応援して参りました。コーチからの指示に、お母さんたちの黄色い声が入り交じって、いや〜凄い状態になります。選手である子供たちも、どっちの声に耳を傾けたらいいか、わかんないだろうな。うちのチームは紳士的だと思いますが、他チームの中には、ヤクザみたいな監督がいて、ドスの効いた罵声を聞いてると、こっちまで恐くなっちゃいます。3年くらい前までは、閉校間近の学校に勤務していたため、土日はほぼヒマだったから、しょっちゅうこうやって応援していましたが、最近では本当に久しぶり。さて、いろいろな場所での試合観戦について考察します。
 公式戦や、多くのチームが集まる大会では、たいてい朝から夕方までの長丁場になります。自分はプレーしない気楽な身分なので、会場の居心地が良ければ、ピクニック気分。過酷な環境であれば、それは正に地獄。今までで一番良かったのは、府中市にある朝日サッカー場・・・味の素スタジアムのすぐそばです。芝のきれいなグランドで、応援席は階段状で見やすく、飲み物の自販機が多く、トイレもきれい。飽きてきたら、隣の調布飛行場の飛行機を見ていればよくて、まる1日いて快適だったのはここだけだな。小学校の校庭が会場になることは非常に多いですが、どこの学校も似たような造りだから、そんなに当たり外れも無く、まあまあの環境。水道、座る場所、日陰、雨宿りのスペースなど、まず困る事はありません。逆に、そういうものが一切無いような会場は、1日いることが苦難の道になります。昨日の会場だった谷戸沢グランドは、まさにその典型。ここは以前、真冬に応援で来て、寒風吹きさらしの中でまる1日ガタガタ震えてたこともある、いい思い出の無い場所です。昨日も日陰が無い中でまる1日いたから、ずいぶん焼けました。寒さといえば、青梅の新町小でのことですが、11月だというのに最高気温7度。昼前には小雪がちらつき始めました。ジャージ姿だった私は、すぐにギブアップ。幸い、新町小は街中の学校で、ちょっと歩いた所に、リサイクルショップがあるので、いきなり3千円でベンチコート購入。さらに100m歩いた先のドラッグストアで、軍手とホカロンを購入。表彰式が終わる頃には陽も沈み、寒さは一段と厳しさを増しましたが、買い物ができたお陰で事なきを得ました。これが谷戸沢だったらと考えると、ぞっとします。
 子供が何の競技を頑張っている場合でも、応援は付き物です。初めて行く会場には、過酷な環境が待っているかもしれません。登山と同様で、いざという時は、その場所でサバイバル生活が可能なように、装備をしっかりして臨もう。

9月19日 達成感

 というのは、ハッキリ言って、クセになるものです。軽くクリアとかじゃなくて、かなり難しい課題で、最初は半信半疑で努力し始めて、最後は引っ込みがつかなくなって、意地でクリアして、自分でもビックリ・・・なんて経験を一度すれば、もう懲り懲りとはならず、次の課題を求めて努力することが楽しみにさえなります。例えば100m走でボルトに勝つみたいに、どうあがいても達成不可能に見える課題でも、本人が「努力すれば超えられる」と思うなら、努力の対象となるだろうし、そうであるからこそ、次々とスーパーアスリートが登場して来るわけだ。諦めた時点で、その人の可能性もゼロになるのです。うわ〜、先生がする話みたい。
 今日は、からまったバネをほぐすという課題に挑戦しました。物理の授業で使う「波動実験用バネ」は、長さが1m位ある、ぐにゃぐにゃのバネで、よくからまります。バネがからまった状態って、想像できるかな?ヒモがからまったのに較べて、けっこうタチが悪いのだ。ほんの1カ所が引っかかっていても、完全に「知恵の輪」状態。だいぶ前の授業でからまって、その時は急いで直そうとして余計悪化させました。他に10本くらい予備があるから、別に大丈夫なのですが、バネに負けるのが悔しかったし、からまらせた過程が存在するなら、必ず脱出の過程もあるはず。今日という今日は、このパズルに徹底的に挑んでやろうと決めて、物理室に籠もること1時間。見事クリア!終わってみれば、パズルというほどのこともない、いたって単純なしくみ。ほ〜っほっほっほ・・・。国立大学の物理の入試問題も、闘争心をそそりますねえ。模範解答のやり方と、わざわざ違う座標軸を取って、より近道でエレガントな解答を発見することに執念を燃やす。なんちゃって本業の物理でさえそんな調子だから、音楽関係となれば、課題は嵐のように降り注ぎます。今週は、私の前に大きく立ちはだかっていた壁とも言える、クラリネットの音階攻略に着手。右手の薬指が長すぎるせいか、なかなか上手く押さえられずに、何度となく跳ね返されてきた鬼門の楽器です。目標である多重録音ワンマン吹奏楽をやってのけるには、このクラリネットと、残るオーボエをクリアしておかなければならん・・・という事情もありますが、努力することそのものが楽しいと感じられるようになった自分は、かなりの幸せ者だと思います。というわけで、私を目標に頑張っている人々は、いつも突き放されることになるのです。ほ〜っほっほっほ。

9月 9日 旅行時の喜怒哀楽

 一昨日は、恒例の高松SAXオーケストラの練習に行きました。本当は8月中に子連れでゆっくり、という計画でしたが、夏休み中に本番が6本も入ったため、新学期にずれ込んだというわけだ。7日朝の飛行機で高松に向かい、その夜の夜行寝台列車で帰って、月曜午前の授業に間に合わせるという強行軍。でも、両夜行の行程も経験あるので、それに較べれば、まだ楽な方でした。
 どこか遠くに出かけるということが、無条件に好きです。羽田空港に着く頃はテンションMAXで、かなり早い時刻から搭乗口に行って、1時間くらいボ〜っと離着陸を見ます。すると、そんな私にいきなり話しかけてくるお姉さんが!「JALカードはお持ちですか?」 先月も同じ内容で話しかけられました。「マイルが貯まりますよ」とか言いながら勧誘して来るのだが、この言い方が許せん。「マイルって距離の単位だろ。それがどうして貯まるんだ?物理のテストなら×だよ、君、解ってる?」って言う代わりに、「飛行機は年に4〜5回しか乗らないんで・・・」と言うと、「なぁんだ」みたいな顔してあっさり引き下がるから、さらにムカツク。羽田出発前にして、すでに気分は乱気流です。着陸して、到着ロビーに向かって歩いてる時は、「来たぞ〜」みたいな、すごくハイな気分。ところが空港の外へ一歩出ると、地方の空港ってどこも不思議なくらい雰囲気が似てるので、なんか興ざめ。早くこの地の特徴的な風景が見える場所に移動したくて、うずうず状態になります。到着後も気分は乱気流だな。現地の皆さんとお会いする時、これこそテンションMAXだな。東京から来たお客さん、というだけで温かく迎えて下さるから、申し訳ないくらい最高の気分です。だから、お別れするときは、再会を固く誓う。そして、今度はいきなり帰り道だ。高松駅に着くと、「あ〜、もう帰るんだな」という実感がヒシヒシ。お土産と車内での飲み物を買いながら、想い出を噛みしめる。一番名残惜しいのは、夜行列車が動き出す瞬間。たった半日の滞在中の出来事が、走馬燈のように蘇る・・・。なんか寂しくて、「定刻に発車しました」なんて家族にメール打ったりするが、返信するまでもない内容なので、たいていはスルー。この列車は、もう慣れてきちゃったので、最近は爆睡します。爆睡してても、車掌さんの放送が朝6時半くらいに再開するので、目は覚める。間もなく横浜。やがて東京の見慣れた風景。だんだん現実世界に戻って行く気分。でも、7時ちょっと過ぎに東京に着いて、東海道線のホームを歩いている時は、なぜか再び旅行気分。ところが中央線のホームに来たとたん、一気に夢から現実に引き戻される。しかし、駅中で朝食済ませて職場に顔出す時には、再びハイになっていて、「さっき東京に帰ったばっかりでよぉ・・・」なんて言いながら、凱旋帰国のスター気取り。どこへ旅行しても、だいたい似たようなもんで、こんだけ気持ちの浮き沈みがあるから、やっぱり旅行は疲れます。

9月 2日 続々・勘違い

 このコーナー、2001年2月5日付けの、「続・勘違い」で、「出車」を「だし」と読んでいた、私の恥ずかしい経験を紹介しました。最近になって、それを読んだ友人から、感想をいただきました。(バックナンバー総読破に挑戦してくださる人が、時々いらっしゃいます・・・驚) その友人はとても優しく、普通なら「バカじゃねえの」で済まされるところ、「直井さんでも、そういう勘違いをするってわかって、なんだかホッとしましたよ」と言ってくださいました。私のような頭脳明晰な人間が、笑い話のタネを提供することで、多くの人々が幸せになれるのなら、喜んで笑われようではないか。ほ〜っほっほっほ・・・。勘違いなんて、たくさんあります。もう幾つか紹介しましょう。
 「お勘定場」を、ずいぶん長いこと「おかんていじょう」だと思ってました。小学生の時とかではなく、20才過ぎてもずう〜っとです。「鑑定」とゴッチャになった、というより、全く同じものとして認識していました。こんなの、日常生活の中ですぐに気づきそうなものですが、思いこみというのは恐ろしいものです。つまり、宝石が偽物でないかカンテイするのと同じように、スーパーのレジという所は、品物の合計の値打ちをカンテイする場所・・・と思い込んでたわけだ。飲食店では「おかんじょ〜う!」なんて平気で言ってるくせに、です。この誤りが修正されたのは、「勘定奉行」というパソコンソフトの宣伝を見たのがキッカケで、本当にビックリしました。誰にも話していなかったのが幸いです(汗)。地名に関するものとなると、幾らでもあります。善光寺という有名なお寺の名前は、なぜかよく知っていました。小田急江ノ島線に、「善行」という駅があります。地図上で初めてこの文字を見た瞬間、私はこれを「ぜんこう」と読んだばかりでなく、「ぜんこうじ」はここにあったのか、と勝手に納得。数年後に初めてこの駅を通って、車掌さんの「次は、ぜんきょう」というアナウンスを聞いた時の驚き! 次だ次〜。初めて東北自動車道を使って旅行して以来毎回、上河内サービスエリアに寄ってました。「いつもSAを利用するだけだけど、一度ここで降りて散策してみたいもんだな」なんて、郁恵さんに話したことさえあります。ここが「かみこうち」ではなく、「かみかわち」だと知るのに、何年か要しました。こういう思いこみをするのって、そそっかしい人だけなんだろか?どうですか皆さん、安心できたかな?しかし・・・。読んでる貴方だってきっと何かこういう間違いやってるっしょ?うりゃ!恥をかかないコツは、迂闊に話さないこと。これしかありません。ラジオの交通情報のお姉さんが、「トラックが横転して、積み荷がサクランしています」って言ったことがあります。二度言ったから、絶対に「散乱」を「サクラン」と思い込んで読んでたな。電波に乗って流れちゃったから、救いようがありません。可哀想に・・・。ち〜ん。

8月24日 式典

 ○○式・・・例えば開会式とか卒業式、という場面に楽隊は必需品です。BGMをテープで流すだけよりも、生バンドで演奏した方が、どう考えても豪華ですね。一昨日は、FFJ(農業クラブ連盟)大会の式典で演奏してきました。式典の生演奏をご用命いただけること自体、そのバンドにブランド力が備わってきた証であり、誇れる事です。また、たいていの式典には、いわゆる「お偉いさん」が列席されていますから、その後の活動のいろいろな面で、有利なことが多いです。ただ、あくまでBGM係ですから、主催者の意向に添った曲目・演奏法が求められるのは、いた仕方ないところ。ある意味、お仕事です。一昨日は、入場行進用の「FFJマーチ」と、全員合唱「FFJの歌」の伴奏、表彰式のBGMは、例のヘンデルの「得賞歌」。この3つが指定曲で、それ以外にアトラクションステージとして、20分間の自由枠を貰えたから、式典演奏としては非常に恵まれた方です。他の式典では、自由枠なんて、まず無いのが当然。
 式典演奏で辛いのは、人目に触れる場(ステージ上など)で長い待ち時間があることです。例えば卒業式なんて、全員が卒業証書を受け取る間じゅう、じっと待っているわけですが、季節的に十分寒い時期なので、楽器が冷え切ってしまうのだ・・・。辛い季節の代表は、真夏の炎天下でのスポーツ開会式。○×体育連盟会長・・・みたいな人たちって、例外なく挨拶長いです。式の最中に熱射病で倒れる選手がいるくらいだから、選手よりひ弱に決まってるバンドメンバーにとっては、もはや殺人的。逆に、消防団の出初め式では、寒くて死ぬかと思いました。冬と言えば、成人式は暖房完備の場所でやることが多いですが、別の意味でキツいです。報道でご存じのように、最近の新成人はステージ上には全く関心が無く、旧友との再会で勝手に盛り上がっていますので、記念演奏とかやっても真剣に聴いてくれん。ただ、新成人に指揮者をやらせると、不思議と注目してくれるので、成人式でお困りの△△市民吹奏楽団の皆様、試してみてください。聴いてくれん・・・と言えば、不思議な式典を経験したことがあります。橋の開通式だったのですが、市長がテープカットする瞬間のファンファーレ・・・これはまあよい。その後、市長を先頭に、大勢の関係者が、その橋を向こう岸まで歩いて渡って、また帰って来る・・・その間ずうっと賑やかな音楽を演奏し続けるという手はずでした。私たちは橋のこっち岸で演奏スタート!宝島とかオーメンとか、いろいろ用意しました。市長を始め、人々の姿がだんだん小さくなっていきます。みんな向こう岸の方に歩いて行っちゃって、こっち岸に残っているのは、僕らバンドだけになりました。寂しく宝島を吹いていると、再び市長の姿が見え始めて、やっと聴衆が戻って来た〜と思ったら、渡り初め終了だから、演奏も終了。なんじゃコリャ〜っ! んんん・・・最初と最後だけは聴いて貰えたので、まあヨシとしよう。とにかく、式典での演奏は、過酷な何かが待っていると覚悟しましょう。でも、呼ばれるうちが華なのです。

8月20日 目指せナンバーワン

 「世界に一つだけの花」が流行った時、ナンバーワンよりオンリーワンという風潮が広まりました。私自身、昔からオンリーワン路線を目指していたので、たいへん結構な事だと思ったものですが、最近は一転して、やっぱりナンバーワンがいいと思うようになっています。ただし、ナンバーワンを測る尺度が、ちょっと独特だから、やっぱりオンリーワン志向って事かな・・・。よくわからん(泣笑汗)
 12日にコンクール大会がありました。コンクール嫌いの私が、数年ぶりにコンクール会場の指揮台に乗ってたこと自体、他校の先生方から驚かれましたが、当日の朝、生徒たちに「今日はナンバーワンを目指す!」と宣言したことを知ったら、「直井さん、ついに脳がやられたか?」と思われたかもな。(脳はとっくにやられているかも・・・) でも、本当に宣言したし、自信もあったし、実際にナンバーワンだったと思います。ここで言う私のナンバーワンの尺度とは、会場にいるお客さん全員にアンケートを取ったと仮定して、「もう一度聴きたい演奏ナンバーワン」になること。って〜か、演奏っていうのは言ってみればサービス業なので、レストランや旅館と同じく、お客さんに満足していただいて、リピーターになって貰えるように頑張るものです。コンクールでは、競い合う相手が多数存在するから、例えるなら小樽の寿司屋街や秋葉原の電気街みたいな中で、どこのお店に人気が集まるか、しのぎを削ってるわけだ。その人気度は、審査員のつける点数と、必ずしも一致しないだろうと思うのです。まあ、高得点を取れば、ガイドブックに5つ星で紹介されるようなもんだから、いきなり行列ができるお店になっちゃう、みたいな効果はあります。でも、お客さんには、5つ星だからっていうよりは、純粋にこのお店が気に入ったから、という動機で来て欲しいもんだな。贅沢ですけど・・・。
 たくさんの学校が1カ所に集まって演奏するのは良い機会だし、お互いに批評し合ったり、お客さんに感想を求めるのも、是非必要だと思いますが、審査員による採点、順位付けは余計だな。だから、私はやっぱりコンクールが嫌いです。そして、ナンバーワンだかオンリーワンだか、よくわからないワンを、これからも目指します。

8月 4日 合宿の日程

 北軽井沢4泊5日の合宿から帰還いたしました。昨年は3泊4日だったのを、1日延ばすことができて、「んんん、やっぱり効く〜」というのが実感です。秋留台の時は毎年4泊でしたが、青梅東では全クラブ統一3泊でした。青梅総合では、吹奏楽合宿に適した宿に、新設校が4泊で割り込んで行くのが難しく、過去2年間3泊に甘んじました。私にとって4泊合宿の引率は、約10年ぶりになります。長ければ長いほど成果が上がるに決まってますが、単純な比例関係ではないような気がするな。泊数の2乗に比例って感じかな。解説・・・1泊2日の合宿に比べて、2泊は4倍、3泊は9倍、4泊は16倍・・・。(ただし100泊なら1万倍の効果があるというわけにはいかない。) また、せっかく旅費や運搬費をかけて遠くまで行きますので、あんまり早く帰って来てしまうのは、もったいないという面もあります。そんなわけで、多くの学校では4泊5日がスタンダードな日程で、諸般の事情により短縮せざるをえない場合は、2〜3泊となるようです。5泊以上が難しいのは、日程的なものがあります。社会人の団体は、基本的に土日に合宿をやるので、金曜午後〜夕刻に入り、日曜の午後に帰って行きます。その隙間にあたる月〜金の4泊5日は、学生団体にとって非常に取りやすい日程。ところが5泊でやろうとすれば、どっちかの週末に食い込むことになるので、空いている施設を探すのは至難の業。費用の負担もおそらく4万円を超えてくるので、そこまで苦労して5泊することもありませんな。大学生となると事情は違ってきて、私のいた合唱団では、春合宿は5泊6日、夏合宿は6泊7日でした。このくらい長くなると、朝昼夜をすべて練習で埋め尽くすのは無理があるようで、中日付近の昼のコマに、必ずソフトボール大会があり、そして最終夜は完全に打ち上げパーティ。最終日は朝食終わったら帰るだけ。こんな贅沢な時間の使い方は、さすが大学生ですな。やはり高校生には、4泊が適度な長さと言えましょう。
 合宿を、夏休み中のどこに置くかは、目的によっていろいろ。多くの吹奏楽部は、コンクールの前の週に配置するようですが、1年生どうし手っ取り早く親睦を深めさせて、組織力の強化を図るなら、終業式直後あたりが良いです。一昨年は8月の最終週に行きましたが、夏休み練習の総仕上げって感じで、これはこれで良かったな。結局、いつやったって良いです。合宿をやれること自体が恵まれているってわけだ。今週は、あちこちの学校の合宿がピークだろうな。みんな、がんばって〜。

7月23日 残業

 終電無くなるまで残業すると、公費でタクシーに乗れて、ビールやおつまみが出てくる世界があるなんて、初めて知りました。で、そういうのはいかん!て事になったとたん、みんな終電前に仕事終わらせてるらしいから、今までの残業は何だったのよ?と思ってしまいます。でも、当事者たちのインタビューを聞く限り、忙しいのはウソではないらしい。じゃあ、忙しい原因を作ってるのは誰かというと、以外にも大臣や議員さんたち、つまり上司にあたる人々です。考えてみれば、これも不思議な話。何年前からか、校長先生が「年休をちゃんと消化してください」なんて言って来るようになりました。僕らは年20日の有給休暇を貰いますが、土日の振替えさえ取るヒマ無いので、20日ほとんど残してしまうことが多いです。でも、そんな働き過ぎは良くない、ということを厚労省あたりが言い出したのか、年休消化率が悪い(働き過ぎる)職場の校長さんは、呼び出されて注意されるらしい。厚労省では、全員ちゃんと5時に帰ってるんだろうか?そうはとても思えないから、結局、口先だけで終わってるわけで、実態はどんどん過重労働を強いる方向に爆進中。今うちの学校で、毎日定時に退勤しながら、すべての業務をきちんとこなすのは、不可能であると断言します。世間も、休日に大勢出勤してるから良い学校、と思ってるフシがあります。
 あの忙しかった中学教員時代でさえ、夏休み前の1週間くらいは、授業は午前中で終わりでした。成績付けたり、いろんな仕事があるからです。当時の都立高校では、午前中どころか全部カットして、学期末の業務をこなしていました。要するに、期末テストが終わった瞬間に、生徒はもう夏休みだったのです。それでも、その期間に三者面談やったりするので、ヒマ〜という印象は薄かったな。今は、終業式前日まで、みっちり7時間授業しますので、最後のHRが終わればもう4時。成績つけて、会議もたくさんあって、部活の合宿に向けての準備もここが山場。1日2〜3時間の残業では足りなくなってきますから、真面目な先生が真っ先にぶっ倒れます。要領のいい私などは、どこかで手を抜いてるから倒れないだけで、ぶっちゃけ言いますと、手を抜きやすいのは授業です。本当にこの時期の私の授業はひどいもので、教科書の内容をそのまま話してるか、前の年のネタを繰り返し使うだけ。良心痛みまくりですが、私がぶっ倒れたらもっと迷惑かかるから、苦渋の選択だな。
 最後に朗報!先生たちの基本給が大幅に下げられようとしてるらしいです。大幅に下げられるということは、当然、残業代がきちんと支給されるシステムに改められるだろうから、大半の先生方にとっては、実は大幅アップということです。私で月の超勤が120時間程度だから、考えただけでウットリするような話ですが、財源はあるんだろうか?各大臣さんたちは、こういう状況をさてどうするのか、よく考えて来ることを、夏休みの宿題とします。

7月11日 雑学・音学

 中学校に勤務していた頃は、進路指導と言えば、「どの高校に行くか」以外の何物でもありませんでしたが、高校の進路指導は、「将来、何を専門に生きていくか」ですから、幅が広いし、中学とは違った難しさがあります。生徒も迷うでしょう。10人の先生に相談すれば、たぶん10通りのアドバイスが返って来るはず。中でも、直井大先生に相談した子は、他の先生とかけ離れたアドバイスに困惑することが多いようです。理系進学に関する相談は、おもに勉強方法の相談になるので、そう極端なアドバイスにならないのですが、音楽関係となると・・・。吹奏楽部には、将来音楽を生活の糧としたいと考えている子が少なからずいて、実際に私の教え子でも、音楽学校に進んだり、プロミュージシャンになった子は何人かいます。部員以外でも、毎年何人かは歌手やギタリスト、ドラマーになりたい、と相談に来ます。そんな時の私のアドバイスとは・・・。
 (1)好きで音楽を続けたいだけなら→ 趣味レベルにしておくべし。プロになったら、自分の好きな曲やジャンルだけ弾いてればいい、ってわけにはいかないよ。(2)音楽を嫌いになっちゃうかもしれない覚悟で、それでも私は職業音楽家として、社会に貢献したい使命感に溢れているなら→ 音学だけでは不足だ。独自の世界観を持つために、自然科学、社会学・・・何でもいいから、音以外のことを勉強すべし。
 結局、音大や音楽の専門学校に行くな、と言ってるのに等しく、その関係の人々からすれば、完全な営業妨害だな。これはもちろん、私の偏った考えに過ぎません。でも、例えばマンガでは・・・。絵の上手い漫画家は星の数ほどいても、手塚治虫のようなストーリーを創り出せる人は、手塚治虫だけです。楽器を上手く弾いたり叩いたりする人は、ビデオ教材の発達などで、一昔前の何十倍も増えたでしょうが、本当に感動的な演奏ができる人は、ごく限られた数だけです。何が違うと言えば、描くとか弾くという技術とは違う次元にある、その人だけの世界を持ってるかどうか、じゃないっすか?なので私は、多くの先生が音大受験を奨めるような子に対しても、「音楽の他に興味ある分野は?」と質問し、「ん〜、宇宙ですね」と答えたなら、「じゃあ物理学科で高エネルギーを専攻して、それから指揮者か作曲家になるといいぞ」とはさすがに言わないけれど、「文系の大学に進んで、一般教養で宇宙のこととか、いろいろ勉強するといい」とは言います。なぜ文系なのかというと、理系は単純に忙しいから。でも理系には不思議と優秀な音楽家が多いな。もちろん天才的音楽家の中には、音だけを追究して凄くなった人もいるのでしょうが、音学よりは雑学して、それを音楽に転用すると、きっと魅力的な作品や演奏ができるのではないだろうか、と思っています。生徒諸君、混乱させてすまんな。

7月 3日 ブラジルサッカーに学ぶ

 「日本サッカーと世界基準」セルジオ越後・著:祥伝社新書。テスト期間は、比較的時間のゆとりができるので、溜まった譜面書き以外に、読書を欠かしません。この本、面白すぎて、ものの2時間程度で読破。ブラジルで育って、ブラジルでプロサッカー選手として活躍したセルジオ越後さんの、日本サッカーに対する超辛口評論ですが、サッカー以外にも通ずる部分が多くて、吹奏楽部員にも是非読んでほしい1冊です。ブラジルのサッカーが強い理由として、いろいろな要素が挙げられていましたが、印象がに強かった順に紹介すると、(1)まずは自由にサッカーすること。(2)たくさん試合を経験すること。(3)ファンの声援や罵声に晒されること。逆に言うと、これらが日本のサッカーに欠けた点という事です。(1)日本では、子供の頃から監督、コーチ、先輩の命令に絶対服従を叩き込まれることが多く、自分で考えたプレーが出来なくなり、ああしようこうしようの提言や議論もしなくなる。(2)部員100人のサッカー部で、公式戦に出られる子は一握り。試合に出てこそ上手くなれるのに、制度上そのチャンスを貰えない子が多すぎる。(3)負けても「夢をありがとう」じゃ、選手は奮起しない。
 読んでいて、吹奏楽部にも当てはまる事だらけだなあ、と感じます。何か指示を出した時に返ってくる、一糸乱れぬ「ハイ!」のお返事。多くのスクールバンドで励行されていますが、おそらく日本だけでしょう。自分はこんな風に吹きたい、と思うより前に先生からの指示が飛んで来て、それに対しては「ハイ!」以外の選択肢がありません。へたすると、表現というより吹奏マシーンと化してしまう危険があります。日本の部活は、学校単位で対戦するので、1校1チームが原則。吹奏楽コンクールは、組が違うと複数エントリーできて、指揮者だけは何校か掛け持ちOKだから、運動部よりは規制が緩いと言えます。でも、各組に人数制限があるので、出たい子全員にチャンスがあるとは言えません。実力の世界なんだから、一生懸命練習してメンバーに選ばれればいいじゃん、て言われちゃうと、ちょっと議論が噛み合ってないな。日本のファン、お客さんは、優しすぎるそうです。音楽の世界でも同様で、日本のコンサート会場にいる限り、ブーイングに遭う可能性は皆無と言っていいでしょう。気に入ったら大喝采、気に食わなければ正直にブーイングして貰う方が、演奏者は成長すると思います。だから、ストレートな反応が返って来やすい老人ホームや保育園は、非常に厳しいステージです。
 さて、明日から部活再開なので、ブラジルサッカー的にやるとするかな。ほ〜っほっほっほ・・・。

6月26日 合唱コンクール

 が23日に行われました。うちのクラスは「3年生を押しのけて、最優秀賞を狙えるかな〜」なんて思っていたのですが、そこまで甘いはずはなく、学年優勝でした。でも客席の反応は一番良くて、サウンドの重厚さもダントツ。繊細さで3年生に一日の長があったようです。歌っていた本人たちは、とても気持ちよさそうで、ステージから大満足の表情で降りてきました。仮に優勝を逃していたとしても、「審査員に嫌われちゃったな〜」くらいでサバサバできたでしょう。それが一番良かった点です。
 実は私にとって、合唱コンは鬼門と言ってもよい行事でした。ずっと音楽系部活の顧問をやっているから、他の先生や生徒たちから見れば、「直井さんのクラスは上手いに決まってる。上手くて当然」みたいに思われ、自分のクラスの子たちからも、「先生が教えてくれるから勝てる」なんて思われます。新採で担任持った時が、そんな雰囲気が最も強くて、私自身も「負けちゃった〜じゃ済まされない」というプレッシャーを感じつつも、必ず勝てるつもりになっていて、先頭切って指揮台に立ったりもしていました。ところがドッコイ、中学生のクラス合唱では、技術指導なんて段階以前が勝負。(1)男子生徒がふざけずに練習に参加する。(2)全員が恥ずかしがらずに大きな声で歌う。まずはそこまでたどり着かなければ、高度な表現方法を教えたところで、何も返ってくるものがありません。私のクラスもまんまとそうなりました。その翌年も同様。8クラス中の5位で、審査員評「もっと声が出るとよかったですね」・・・(ち〜ん。終了) 大学で合唱団員だったという経験なんぞ、クソの役にも立たない世界であることを思い知ったのです。その後の20数年間で、入賞したのは今回も含めてほんの何度かです。ある先生から「直井さん、無冠の帝王だね」とまで言われましたが、この言われ方、案外気に入ってる(謎)。
 今回の優勝は、私の指導によるものでは無いことがお解りいただけるでしょう。実行委員や指揮者をこまめに激励することだけを心がけ、あとは歌を聴いて、良ければ絶賛する・・・それだけでした。同じ絶賛でも帝王からの絶賛は重みが違う、っていう面はあるかもしれませんが、最大の要素は担任では無く、リーダー生徒が、いかに楽しく気持ちよく腕を振るえるかに尽きます。今年のうちのクラスには、合唱大好きっ子が比較的多くて、練習そのものが楽しく進行していたように見えます。勝つための悲壮感漂う練習ではなくて、もっと楽しむための練習・・・これほど強いものはありません。いやあ、来年もこのクラスで合唱コンができるなんて贅沢すぎる。来年こそは私も腕を振るって、歴史に残る名演にしてやろう。・・・って思い始めると負けるんだっけな。

6月 2日 地球と宇宙

 ちょっと更新サボってたな・・・と思ったら、もう6月で、しかも梅雨入りですな(汗)。明日の体育祭は99%延期だと思うので、腹いせに思いっきり難しい話をしよう(謎)。宇宙が誕生して、陽子だとか電子だとかが出来てきて、それらが組合わさって最初にできた原子は水素・・・水素原子ばっかりだったと思われる。自然界には原子番号1から92番までの原子があるが、最初は1番だけしか無かったわけだ。それらが万有引力で集合し始め、くっつく時に位置エネルギーを放出するもんだから、どんどん加熱されて、バカでっかくなる頃には、超高温高圧になって、中心部ではついに核融合反応がスタート!これが恒星の誕生だ。核融合ってことは、1番の水素どうしがくっついてH2(水素分子)になるのではなく、2番のHe(ヘリウム)になる。核兵器ってのは、これを利用してるのだから、桁違いのエネルギーが放出されることは想像に難くない。そのうちもっと融合すれば、6番C(炭素)とか8番O(酸素)とか、どんどん大きな原子核が生成され、26番Fe(鉄)までは融合が進む。核融合反応としては、ここで打ち止めで、要するに燃料切れを迎えるわけだが、線香花火のラストみたいにショボくはないぞ。燃えて膨張する力と、重力で縮もうとする力の均衡が崩れるから、重力側の圧勝で一気に圧縮される・・・いわゆる重力崩壊を起こして大爆発という結末だ。この時に、鉄より重い原子が多数作られて、そこいらじゅうにばらまかれると考えてよいだろう。われわれ太陽系にとっても他人事では無く、50億年くらい先には避けられない大惨事だ。さて不思議・・・。この大惨事によって生まれるはずの重い原子が、まだ大惨事を迎えていない地球上にも、我々の体内にも存在するのはなぜだろうか?実はこれは、我々が既に大惨事を一度経験していることの証拠なのである。大昔、ある星が大爆発を起こして粉々にばらまかれた。その原子たちが再度重力によって集合して出来たのが、今の太陽系だ。だから、太陽は第2世代の星と言われる。私たちの赤血球にある鉄原子(いわゆる鉄分)は、その昔は間違いなく、今は亡き第1世代の恒星の中心部にいたやつで、そいつをそのまま利用させて貰ってる。僕らは星のカケラなんですね・・・。
 な〜んて事を毎週水曜日、「地球と宇宙」という授業で話すわけですが、話しながら必ず、「じゃあ、人生って何だろう」と思わずにはいられません。宇宙的な時間空間のスケールに対して、人間は余りにもチッポケなことを思い知るからです。130億年の宇宙史に比べたら一瞬に過ぎない数十年を、くよくよ悩み、あくせく働くのは何のため・・・って、授業が終わるたびに考えるけど、そりゃ結局、幸せになるため、いい夢見るためだな。幸せとは、自分が自分らしく、最も輝ける事でしょう。星だった時に負けないくらい輝こうぜ!って、カッコイイ締めくくりだ。明後日、使うとしよう。

5月12日 新採2校目症候群

 業界ウラ話です。職員会議の席上、「この学校のやり方はオカシイ!」みたいな過激発言する先生って、けっこういるんですよ。どんなタイプの人だと思いますか?金八先生みたいなのは別物ですが、たいていは20代から30代の境目くらいの若手。さらなる共通点は、新採2校目。つまり、初めて転勤というものを経験して、その学校に赴任して来たばかりの先生です。「オカシイ!」と憤慨する内容は多岐に渡りますが、例えば、集会で生徒を整列させる時に、先生が前に立って「並べ〜」というのがオカシイ・・・とか。「それのどこがオカシイの?」と尋ねれば、「え〜、前任校ではHR委員がきちんと並ばせて、教員はノータッチでした。本校のやり方では、生徒の自主性が育ちません!」 こういう発言に接した時の僕らベテラン組は、「あ〜あ、始まっちゃった」と思うだけです。短気な先生だと、「お前、生意気言うな。3年くらい勤めてから言え!」なんて逆襲する場合もあるし、三沢中の時には、ふだん温厚だった先生がブチ切れて、「そんなに前任校が良かったら、前任校へ帰れ!」なんて怒った事も・・・。実は、可哀想なのは若手の方で、批判的な気持ちになるのは当然なのです。新採で勤務した学校は、その先生にとって何もかもが初めてですから、そこのしきたりについては、良い悪いでは無く、絶対的基準になります。転勤すれば、いろんな面で違うに決まってますが、「ああ、いろんなやり方があるんだなあ」と気づくには、少々の時間を要します。私の世代は、特に採用が多かった時期で、交通不便な西多摩の学校には新採者が集中する傾向がありました。よく、「西多摩から来る若造は、西多摩だけが学校だと思ってやがる」なんて苦言を耳にしたことがあるので、新採2校目症候群が、各地で炸裂していた事を伺わせます。
 まったく同じ事が、部活動にあてはまります。この部のやり方はオカシイ・・・と悩むのは、入部したての1年生で、中学から同じ競技を続けている子です。吹奏楽部の場合、たいていは中学で初めて接した吹奏楽が、その子にとってすべてですから、2バンド目症候群になるのは当たり前。私も20年以上続けてて、実は1年生からのクレームは毎年の恒例行事なのです。内容を多い順に紹介すると、(1)チューニングを1分でやるなんていい加減過ぎる。中学では全員が合うまで30分以上かけた。(2)パート練でやっとけ・・・は無責任過ぎる。中学では、合奏中に出来るまで何回でもやらせた。(3)曲が多すぎる。中学では少ない曲数をみっちり練習した。 な〜んて感じ。既に2バンド目症候群を脱した皆さんには、何も説明する必要は無いと思います。今まさに症状の真っ直中にいる部員や先生方は、前任校や前バンドの良い点を紹介するのは良いことですが、他のやり方も認めようと努力することです。また、批判を受けたベテラン組も、売られたケンカは買うぜ!的にならず、たまにはそういう新しい意見に耳を傾ける機会があってもいいのかも。

5月 5日 安・近・短・技

 安・近・短が、今年のGW(ゴールデンウイーク)の特徴だそうな。これだけガソリンの値段が上がると、遠出の意欲が減退するのも当然。ちなみに私の4連休をレポートいたしますと・・・。3(土)遠足の翌日につき完全休養で、午前中いっぱい睡眠。昼過ぎから広場で弦太と野球。(サッカーではもう勝てないから) その後ピアノとパソコンを併用して、郁恵さん用に「蕾」と「桜」のカラオケ2曲分を作成。家族サービスに徹した1日である。4(日)部活の合間に弦太の試合を観戦。翌日は実家に行くはずだったが、予想外の(と言ったら失礼だな・・・)1次予選突破。翌日も試合が入ったため、夕方から急遽実家へ。5(月)学校で仕事しながら、2次予選を観戦。(試合会場がすぐ近く) あれよあれよという間に1勝1分けで、決勝トーナメントへ進出。明日も部活の合間に観戦になるかな。というわけで、ほぼ自分の学校と、弦太の試合会場に埋没した4日間になりました。ここ数年は、だいたいこんな感じだな。
 GWの過ごし方は、私自身の中でもいろいろと変遷があります。学生時代・・・部活、サークル活動、市民吹奏楽団等で大忙し。20代後半・・・第1次いろんな楽器に手を出し始め期。昼は学校にこもってサックス等の木管楽器を練習。バテてくるとピアノやギターやドラムを練習。夜は新宿や六本木のライブハウスへ。ほとんど単独行動だから、まさしく音楽オタクだったわけですが、オタクだろうが何だろうが、こういう時期を経て今の私があります。30代前半・・・ひたすら音楽期。この頃のニューサウンドジャズオーケストラは、日祭日が練習日でしたから、4連休のGWなら4日間とも練習がありました。部活も基本は休みナシだったので、カレンダーの赤い日は、朝から部活、夕方からジャズ。まさに音楽三昧の365日だな。「お前、ほとんど病気だ」と言われようが、だからこそ今の私があるのだ。30代後半・・・第2次いろんな楽器に手を出し始め期。今度は金管楽器。40代・・・やっぱり部活かバンド。それにサッカー観戦が加わった位。私だけでなく、我が家は皆、GWの時間は自分の好きな事に使う・・・で一致しております。4日間も頑張ると、きっと郁恵さんの歌も上達し、弦太のサッカーも上達し、私はあらゆる能力に磨きをかけるだろうから、直井家にとってのGWは、安・近・短に「技」を加えて、技術向上のための期間と言えよう。音楽一家やスポーツ一家には、こういうタイプが多いのではないでしょうか。

4月29日 新入生歓迎行事

 4月はどこの部活も新歓の季節。部員が減れば試合に出られなくなったり、あらゆる面で活動の規模を縮小せざるをえませんから、卒業した人数と同数を確保できるかどうかは、部の生命線と言えます。その点、うちの学校は、今年ようやく3学年揃うという特殊性から、危機感ゼロに近い状態でした。要するにまだ卒業生が出ないので、1人でも入部すれば即部員増加なわけです。来年はというと、これもほぼ余裕。卒業数11人だから、まあそれくらいは入るでしょう。なあんて余裕ぶっこいてると、痛いしっぺ返しを食らうのが世の常。氷河期はいつでも訪れる可能性があります。私自身の経験の中では、大学の合唱団で、ちょうど私たちの学年が幹部になった年に、新入生がたった2名という事態がありました。吹奏楽部の顧問になってからだと、秋留台で何度もあります。不思議と、順調に行ってると思い始めた頃に限って、突然危機的な状況に陥るのもの。2,3年生合わせて14人いた年(秋留台では非常に多い)の4月、待てど暮らせど新入部員はゼロのまま。最後の手段で、私が授業中に声をかけた子を何人か引っぱってきて、ほぼ一人で勧誘・説得して、なんとか4人入部させましたが、その後3人辞めた・・・(泣)。その数年後には、1年生5人入部したのに、全滅してゼロになっちゃったこともあります。今振り返ると、新歓が上手くいくかどうかは、勧誘の方法や技術ではありませんでした。上級生たちの活動への姿勢が、そのまま反映されるのです。上級生が意欲的に活き活きと活動していれば、勧誘は自然と上手く行くし、逆の状態であれば絶対に失敗します。大阪府大の合唱団が、部員数激減で存続の危機に陥った時、毎日のように全員でミーティングを重ね、とにかくオレ達は合唱を続けたいんだ〜!という意気込みで、翌年、翌々年と連続して20人以上の新入生をGETしました。10人ちょっとの吹奏楽部が、絶対にコンクールのA組に出ようぜ!と奮起して、その年いきなり30人入部させた事例もあります。やる気は奇跡を呼び込むものだな。ちょうど4月のその時期に部内がギクシャクしていたりすれば、新入生は敏感に察知してしまいますから、入部届を出させるところまで行っても、やがて逃げられてしまうでしょう。新歓は、部の現況を映し出す鏡だ! って、我ながらすごい名言だな。
 現在困っていないうちの部ではありますが、新役員諸君は先見の明があるのか、新歓バーベキュー大会を実施しました。新入生と親睦を深められたのももちろんですが、上級生たちが一つのイベントに向かって準備しながら、結束を固めた効果は見逃せません。新歓イベントは季節ものの軽い行事ではなく、年間通しての最重要活動という認識を持つべきです。新メンバー13名を加えて、48名となったうちの部は、バーベキュー効果でまだもう少し増えそうな感じです。今年度も楽しいステージを作ってまいります。

4月18日 仕事場

 と言っても、教室のことではなく、譜面書きの場所です。今までに最も仕事がはかどった環境は、以前住んでいた青梅のマンション。それに比べると今の我が家は、正直なところ不便です。最近の譜面書き業は、パソコン1台あれば、曲を送って貰うのも書き上げた譜面を送り返すのも、座椅子から離れずに済ませられるから、どこでやったって同じで、都心のオフィスでも山奥の1件家でも、変わらないはずなのですが・・・。やっぱり違うんですねえ、決定的に・・・。譜面書きに集中する上で必要な2つの要素、それはズバリ、「適度な休憩」と「夜食」! 青梅の時はマンションの2階で、玄関を出て歩いて1分くらいの所にコンビニがありました。ここを1往復して、夜食と缶コーヒーを買い込むことこそが、最大のリフレッシュになりました。「休憩なんて自分の家の中で出来るじゃん」とか思う人は、デスクワークに集中した事なんて無いだろ。うりゃ! 24時間営業のコンビニがあると、深夜でも適度に人通りがありますから、散歩休憩に出てもそんなに違和感無いですが、今の我が家では、夜中に外をウロついたら、確実に怪しい人だな。1km先にコンビニはあるけど、まあ行く気にならず。多摩市にいた時は、やはりアパートの2階でしたが、周囲はひたすら静かでコンビニも無し。環境としては青梅よりも落ちます。
 自宅でなく学校はどうかというと、そうねえ・・・微妙だな。青梅東高の物理準備室では、ずいぶん書きましたねえ。最後の2年間なんて、全曲私の書いたのばっかりで定期演奏会やったりしたからな。準徹夜(夜12時に出勤して5時半まで作業して、ソファで2時間寝る・・・みたいなの。寝坊しても遅刻しないで済む必殺技)の時でも、コンビニには行けませんでした。そりゃそうだ。夜中に学校をカラッポにするわけに行かないし、全館警備かけるのも面倒です。ただ、学校内は広いので、トイレに行くだけでも結構な距離歩くのが、良い気分転換にはなります。今のうちの学校・・・忙しすぎて、とてもじゃないけど落ち着いて作業できる場所では無い(泣)。まあ夢ではありますが、自宅とは別な仕事専用の部屋があったらいいなと思います。条件は深夜2時、3時でも人通りがある夜行性の街で、コンビニとラーメン屋が近いこと。マクドナルドや松屋も必要だな。本屋はあった方が良いが、パチンコ屋は最近やらないから、無くてもいいだろう。週に1日、こんな環境に身を置いたら、私は恐るべき大作を書き上げるに違いありませんが、これは老後の楽しみとして、今は規則正しい生活の中で、少しずつ書いていきます。

4月 5日 お祭りと演奏

 3月23日に青梅市の福祉祭り、今日は桜祭り・・・ということで、模擬店に囲まれた野外ステージでの演奏が続きました。屋根無しの野外では、残響ゼロですから、まず音響上の難しさがあります。さらには、昼間から酔っぱらっているお客さんも少なくありませんので、そのテンションに負けない、インパクトのあるステージにしなければなりません。商店街、お祭り、老人ホーム、保育園、小学校・・・。これらは、私たちのパフォーマンスの力がダイレクトに試される厳しい場で、ステージさばきの力を磨くには最も適した機会でもあります。というわけで、うちの真面目な生徒たちは、今日のお祭りも自己研鑽の場と心得て臨んだことでしょう。演奏が終わって一息つくと、何人かの生徒が、「先生・・・。買ってもいいんですか?」と質問に来ました。一瞬、何のことか理解できなかったのですが、チョコバナナとかを買って食べてもよいのか、確認に来たのでした。「お前ら、今日は何しに来とんじゃぁっ!?演奏させていただくことを通じて、勉強することが目的だろ〜が!」と怒られると思ったのかな?んんん、真面目というか何というか・・・。お祭りを主催したり、模擬店を営業してる側の立場になってちょっと考えれば、すぐに解ることです。演奏を終えた高校生が、しかめっ面して、本日の演奏の出来について反省してるよりは、チョコバナナ食いながらお祭りの雰囲気に同化して、きゃっきゃ騒いでくれた方がいいに決まってますので、当然許可、って〜か奨励。中には、演奏よりもお祭りそのものが楽しみで来た生徒もいるでしょうが、それも当然アリだな。だってそ〜でしょ。社会人バンドの演奏会なんて、終了後のビールを美味しくいただく為に本番を成功させる・・・なんていう本末転倒な事が、むしろ当たり前じゃあないっすか。毎年夏の演奏旅行でご一緒する能登バンドなんて、指揮者の方は練習中けっこう厳しくて、「お前らしっかり吹け〜。何のために吹いてんだ〜!」と喝を入れるんですが、「気持ちよく打ち上げをやる為だろう。解ってんのか!」と続くのです。冗談ではなく、真顔で言うから凄い。練習の最後は、「本番後の美味い酒。それがすべてだ!」と公言して締める。ううん、素晴らしい。だいたい、演奏旅行に行く我々の方だって、演奏が主目的かと聞かれたら、少々って〜か、かなり怪しいもんだな。だから、高校生がお祭りを主目的に演奏に行ったって責められるはずもなく、むしろこういう機会に次々遭遇できるのも、楽器をやってるお陰だということを実感してくれるでしょう。というわけで、動機はどうあれ、お祭り演奏みんなお疲れ!また呼んでもらえるよう、頑張るように。

3月30日 やっぱり、お客様あってこそ

 いやあ、定期演奏会が終わりました。かなりしんどい定演でした。何がしんどかったかって、それは生徒たちが日に日に集中力を増し、必死に上達しようとすることが原因です。不思議に聞こえるかもしれませんが、あまりやる気のない集団や、ヘンに本番慣れしてる大人の集団では、こちらも大したエネルギーを使わずに済むものなのです。ところが、進歩するためのヒントを求める生徒が多くなると、全力アドバイスの態勢になり、どんどん進歩する生徒の、常に何歩か先を行くアドバイスを続けなければなりません。それができないと、せっかくのエネルギーが行き場を失ってしまうのです。お陰様で、技術的にまだまだ未熟であるにしろ、気持ちのこもったステージになったと自負しています。
 今回の演奏会で重視した点を振り返ります。身内を見に来たというお客様ならば、ステージ上に知人がいることが大きな見どころになりますが、純粋に音楽を聴きに来られる一般のお客様に満足していただくには、音楽そのもののメッセージ性を高めなければなりません。何をどうしたいのか、何が言いたいのか解る演奏。これがすべてでしょう。音だけで不十分ならば、補足的な手段もどんどん活用すべきで、例えば衣装や振り付けです。明るい色の衣装ならば、見た瞬間、明るい雰囲気のステージになるし、元気溌剌な曲だったら、ちょっとした振り付けを入れれば効果抜群。そして、MCの中で行う曲目解説・・・これは極めて重要です。私はよく自分で指揮しながら、ついでにMCも担当することが多いですが、今日は「アルメニアンダンス」だけ、解説者として登場させてもらいました。本当は、いきなりこれを演奏して、その音だけで「私をアルメニアに連れてって!」と思わせるのが理想ですが、あらかじめそんなお話をしておいた方が、より親しみを持って聴いていただけるでしょうし、演奏する側も、そういうつもりで演奏できます。決して独りよがりにならず、お客様の目線から見たステージ作りが必要です。そういう意味で、今日のコンサートは、おもに学生指揮者の奮闘と、生徒の実行委員会を中心としたアイデアによって、お客様本位のものになっていたように思います。究極の目標・・・ファンクラブ自然発足。当面の目標・・・1人でも2人でも、うちのバンドの「追っかけ」希望者が現れてくれること。というわけで、次のコンサートである6日後の桜祭りに全力を尽くします!

3月19日 ぱんきょう

 って、大学生が使う言葉で、「一般教養科目」のことです。
 今日ようやく授業が終わりで、私の記念すべき本年度最終授業は、なんと数学の自習監督!締まらない終わり方だ・・・。うちの学校は大幅な科目選択制だから、2年生から先は数学を取らないで済ませることが可能です。課題のプリントを配りながら、「この1枚が人生最後の数学になる子も多いだろうな。1問1問味わって解けよ」なんて思いましたが、当の本人たちはそんなことは意識していないようでした。かく言う私も、高校時代に日本史を勉強していません。高校ってのは、文系でも数Vまで必修が当然の時代でしたから、私の通った高校は、当時としては珍しい大幅選択制だったはずです。今思うと、日本史をやらずに済んで良かったのか悪かったのか、よくわからん。大学受験には有利だったでしょうが、その後の私の興味関心の変化を考えると・・・どうなんだろ。実は私、大学に入ってから一番好きな科目は「ぱんきょう」でした。物理学科だから朝から晩まで物理・・・ってのは3年生以降の話で、化学、生物、地学はもちろん、人文、社会からも2科目ずつくらい取らないと、卒業できません。最初は「なんで〜?嫌だなぁ」と思いましたが、時間割表をよくよく見ると、「文学概論」なんてあるじゃん。私、なにげに読書家で、ドストエフスキーなんて最近流行り始めてますが、高校時代にほぼ読んでます。サマセットモーム、カミュ、カフカ・・・びしびし読んで、疲れてくると井上靖とか石川達三あたりで気分転換。(読むのはすべて授業中だった) だから「文学概論」は取ることにしました。授業を担当する先生は、シェークスピアの研究家で、1年間の授業の大半どころか全てがシェークスピアでした。ちょっと待て〜、「文学概論」はどこ行っちゃったのよ。これじゃ「シェークスピア詳論」じゃんか!なんて文句を言う学生がいないところを見ると、大学の授業ってみんなそういうものなのかな、とも思いましたが、この授業、意外に面白かった。先生、三度の飯よりシェークスピアが好きなんじゃ?と思うような人で、「この言い回しが、いかにもシェークスピアらしいですねえ」なんて、目がウットリしながら悦に入ってます。そんな人からシェークスピアについて語られちゃうと、ついついこっちまで引き込まれるもので、いつの間にか私の本棚にもシェークスピアが何冊か乗っかるようになりました。講義サボリ率90%超の私でしたが、「文学概論」「文化人類学」「体育実技」の3つだけは真面目に出て、やっぱり私は文系人間だという確信を深めたのです。
 高校生も、「無駄な科目は取らない」っていうんじゃなくて、いろいろ勉強したら楽しいと思います。ただし、先生が教科書に沿って進めるのではなく、その先生が一番好きな分野に思いっきり偏った授業をする、というのが条件です。「日本史」なのに、一年間かけて明治維新だけを学ぶとか・・・。そういう方が、かえって歴史の学び方も体得できるんじゃないだろか?一年間、熱気球だけを上げ続ける物理って、やってみようかな。

3月 9日 定期演奏会の使命

 吹奏楽部のコンサートは、3月後半に集中します。昨日今日あたりは、どこの学校も朝から晩まで練習でしょうか。ところで、その練習の雰囲気っていうか、モチベーションの方向もいろいろです。毎年いろんな学校の定演練習に立ち会いますが、いくつかのタイプに分けてみると・・・。(1)モチベーション不明: 毎年やってるから、今年も単にその時期が巡って来たってだけ。口の悪いOBから、「定演は義務じゃネエんだぜ。やる気ねえんなら1回休みにすりゃいいだろ」なんて喝を入れられる光景出会うことも・・・。 (2)コンクールの予行: その年度にやった自由曲ではなく、次のコンクールで自由曲にする予定の曲を、言い方は悪いですが、試し撃ちしてみるわけだ。もちろん課題曲もやっちゃうわけですが、これは予行の他に、観客動員という意味合いがあります。有力校の課題曲模範演奏が聴けるとあれば、それだけを目的に来るお客さんも多くなります。そういう聴衆を前に演奏するのは、当然緊張感も増すでしょう。コンクールの予行演習として、定期演奏会は最適と言ってもいい。 (3)自己満足: 音響の良いホールを借り切って、私たちだけを見に来てくれるお客さんの前で、2時間も演奏できるこの贅沢・・・。それ以外に目的なんて必要あるんスか?やりたいからやる。楽しいからやる。以上! (4)その他: 崇高な目的(?)
 さあ、皆さんのバンドはどれですか?私自身は(3)の時期が長かったですが、最近は(4)です。たまたま何かのお祭りかイベントなんかで、吹奏楽やジャズの演奏を聴いてくれた人は、たいてい「やっぱり生の音っていいねえ」とおっしゃいます。都内のホールまでしょっちゅうプロの演奏を聴きに行くのは、お金持ちかマニアックなファン。一般の音楽愛好家は、家でCDは聴いても、生演奏を聴くチャンスはほとんど無いに等しいのです。子供からお年寄りまで広く一般の皆さんが、近所の市民会館で無料で気軽に良質の音楽に触れられる日が年に一度やって来て、みんながその日を楽しみにしてくれる。市民会館まで出かけるのが困難な人の為には、もちろん老人ホームまで出張演奏し、自治会のお祭りを盛り上げ、小中学校の音楽サークルと交流・指導。こういう活動は、もちろん市民吹奏楽団が中心となって行っているものですが、学校の部活だって同じこと。その高校の単なる特別活動の一つに終わらず、「我が町のバンド!町の誇り!財産!」であるべきです。定期演奏会は、町の一大イベントになることが理想で、当日は青梅街道の交通規制や、青梅線の臨時増発になるくらい盛り上がらないとな。3月30日の定期演奏会の内容が大事で、この日に来て下さった方の中で、一人でも「来年も来よう」と決心して、来年のチラシかポスターで見た日付を、自宅のカレンダーに○してくれれば、崇高な目的に確実に一歩近づくことになります。これが定演の目的じゃい!合い言葉は「町の財産になれ」 みんな練習がんばって!

3月 3日 闘病

 病気のために登校できない子が何人かいます。一日も早い完治を祈ることしかできません。今は可哀想ですが、治って何年か経てば、「あの時の病気は、神様が与えてくれた試練、いやチャンスですらあったのかも・・・」と思うはずです。私がそうでした。
闘病生活なんて言うと大袈裟ですが、私が中学1年の冬に発病したのは、飛んでもなく厄介な病気でした。命に別状は無く、日常生活も普通に送れるし、体育の授業も休む必要が無い・・・。ただ困るのは、う○こをする時に、○ツの穴が痛むって事と、誰にも言えない恥ずかしい病名だという点。そう、紛れもない「痔」というやつです。こんなの、どっかの不摂生なおじいちゃんの病気だと思ってたし、お医者さんですらそう思ってたみたいだから、「おやおや、お若いのにねぇ」とか付け加えながら病名を告げられた時のショックは特大でした。当時、日野市でも屈指のヤブ医者は、普通ドイツ語か英語なはずのカルテを、何故か日本語で書いてたから、その病名を見た受付のお姉さんも、クスクス笑いながらヒソヒソ話を始めたのです。うわ!最悪・・・。「痔」にもいろいろあります。単純に裂けただけの「切れ痔」とか、おできが出来てる「イボ痔」は、まあ軽傷です。ところが、私のは「痔瘻」という最も性の悪いやつで、完全に治すには手術が必要でした。待ってくれ〜、入院して学校休んだら、友達が見舞いに来たりして、確実にバレる・・・。手術は春休みになってから、ということに決まりました。それまでの間、病名がバレないように細心の注意を払いながら、週1〜2回の通院。ケツは痛いし精神的に疲れるし、あ〜大人だったら、痔が悪化して、入院すっからよぉ、なんて平然と言えるんだろうなあ。借金踏み倒そうが、闇の組織から狙われようが、健康でさえあればどこへでも逃げられるのに、病気だけは地の果てまで追ってきます。失ってみて初めて解る健康の有難味でした。
 春休みに入り、いよいよ入院。盲腸なんかより全然軽い手術で、終わった直後も自分で歩いて病室に戻れました。毎日ある吹奏楽部の練習を、やむを得ず3日間休んだので、ついにこの間の入院の事実が明るみに出る。母は箝口令を守ってくれて、事後報告にしたので、見舞い客の襲来だけは回避。3日ぶりに部活に行くと、友達や先輩が心配そうにインタビューに来ましたが、答弁用の病名を周到に用意しておいたので、もう大丈夫。盲腸炎(正式には虫垂炎)は3日じゃ済まないし、右の下腹に傷が残るはずだからボツ。腸捻転か腸重積にしよう。いや、内臓ばかりにこだわる必要は無いな。鼻や耳でもいいし、整形外科的なジャンルも捨てがたい・・・。「家庭の医学」という本を、あれほど熱心に勉強したことはありません。結局、病名まで尋ねてくれたのは一人だけだったので、腸捻転を採用しました。約3ヶ月の期間、たくさん落ち込んだし、自分の運命や神を呪ったし、何とか自分を安心させるような理屈を考えては、少し前向きになったり・・・と大忙しでしたが、今にして思えば、この期間を通してずいぶん強くなれました。また、健康だったら見えなかった事が、たくさん見えました。みんなも頑張れよ!今の辛さは、後になって必ず大きなプラスとして働きます。

2月25日 採点ミス防止

 自分の答案が、正解なのに×されて訂正してもらったり、誤答なのに○になってて「うっひっひ・・・」と喜んだが、良心の呵責に耐えかねて申し出たら、「正直点を加算してあげよう」と言われて、もう一度「うひひひ・・・」と思ったとか、皆さんもいろいろ経験おありでしょう。何せ人間のやることですから、何十枚も採点するうちには、こういうミスは当然起こり得ます。さて、こんな採点ミスがもしも入試で起きたら、なんて考えると、受験生の皆様は心配でたまらなくなるでしょう。一応、ご安心下さい。入試の採点は、最初に採点した後に、異なる3人の点検係(1検、2検、3検という)が全部チェックし直します。点数を転記したり、パソコンに打ち込んだりする作業も、二重三重のチェック体制ですから、ミスがそのまま放置されたために不合格・・・ということは考えられません。
 今日は都立高校入試の採点日で、私も採点をやりました。最初の採点→がんばる。私の後に3人のチェックが入るから、ミスがあっても大丈夫には違いないですが、ミスを発見されるのはイヤなので、なるべくパーフェクトを目指す!1検をやる時→がんばる。ミスが発見するのは、たいてい1検です。採点ミスが多い人というのは、本当にたくさんミスするもので、1検大活躍!逆にここで見逃して、2検で発見されたりすると、最初にミスした人よりも、1検係への風当たりが強くなるので、見逃すわけにはいかない。2検をやる時→がんばる。ここで発見されることって、やっぱりあるのです。2人の人間が揃って見逃すなんてあるのか?と思われるでしょうが、一種の麻痺状態の中でそれは起こります。模範解答と答案用紙を交互に見ながら作業してると、最後の方で両方がこんがらがってくる瞬間があったりして、「おっ、アブねえアブねえ」と思います。2検でミスが発見されると、採点会場には緊張が走ります。3検をやる時→がんばる。3検で初めてミスが発覚するのは、数年に一度のことでしょう。その瞬間、3検担当者は「あ〜〜〜っ!」と叫ぶ。会場内のほぼ全員が、即座に悲鳴の意味を察知し、「3検ですよね・・・」と言いながら駆け寄る。なぜ3人もの目をすり抜けたのか、原因究明という目的もあって、全員が手を止めてその答案を見に来ます。私が今までに経験した3検発覚は、単純見落としではなく、1検、2検で訂正した時に、点数の加算を間違えてたという事例ばかりです。修正作業が、皮肉にも新たなミスの原因というわけで、やっぱり人間のやることです。どんな落とし穴があるかわからないので、しつこいくらいの点検が必要なのです。イージス艦の事故は、怠慢を指摘されてもやむをえません。1検、2検、3検のどこかがんばっていれば、避けられたに違いないのです。

2月20日 今年のライフプラン発表会

 1年生の代表選手12名による、「将来像」のスピーチ大会・・・。いやあ、今年は個性豊かで面白かったです。会場を興奮の渦に巻き込むようなのもあって、若いっていいなあ・・・とか思っちゃいました。さて、私も自分のライフプランを・・・って、去年もここで何か書いたけど、別角度からあらためて。
 私がもし高1時点でこの課題に挑んだら、大したことは話せなかったでしょう。「世界一のドラマーになる」くらいは言ったかもしれませんが、これじゃ今の弦太と同レベルだもんな。私は高2の時に大失恋を経験しました。46年の人生で、最大の放心状態になった日、電車で帰ったら線路に飛び込んじゃうかもしれない、と思ったかどうか覚えてませんが、私は無意識のうちに歩き始めていました。「友達のままでいましょうね」と宣告を受けた現場から自宅まで、10km余りをカタツムリに匹敵するほどの遅さで歩いたんだろうけど、途中まではよく覚えていない。どこかの商店街を通り抜けている時、ある音楽が耳に入りました。それはピアノ曲で、ショパンとかそういう有名どころとは全然違う、ただのBGMの前奏みたいなものでしたが、私は一瞬、気持ちの痛みがすうっと遠のくのを感じました。どんよりした曇り空から、一筋の光明が差し込んだ気がして、「自分は生きられる」と直感しました。その日から数週間、いや数ヶ月くらいかな。当然苦しままなんだけど、音楽を聴いている時に、やっぱり楽になる瞬間が訪れるのです。殺人鬼に首締められてて、その締めてる腕の力がふっと緩んだような(首締められたこと無いけど・・・)。これって、麻薬と同じだな(麻薬もやったこと無い)。こうして、私は音楽が無いと生きられない、中毒患者の身体になってしまったと同時に、自分も曲を作ったり演奏して、人助けをしようと考えるようになったのです。麻薬を栽培して密売したら捕まるけど、幸いにも音楽はいくら栽培したりバラまいても犯罪になりません。音楽は素晴らしい「超合法的麻薬」です。春になって、私は一人で海岸へ出かけました。おすすめスポットなんて知らないから、とりあえず相模線という電車で茅ヶ崎まで行って、適当に小高い場所を探して座り込む。荷物は五線紙と筆箱だけ。海をモチーフに曲を書いてやろうってわけだ・・・うわぁ、カッコつけやがって。約4時間粘って、私は諦めた・・・って〜か、自分の中が空っぽだということに気づきました。何頁か書いてはみたものの、どっかで聴いたことあるようなメロディばっかりだし、展開もありきたりか支離滅裂のどっちか。表現したい欲求ばっかりで、そのための方法も技術も知識も何も無いことを、思い知ったのです。「くそ〜っ。勉強する!」 大自然の調和の秘密に迫り、それを自分の音楽で再構築し、表現するのだぁっ。数日後は高3の始業式でしたが、既にモチベーションMAX。以来約30年間、私は基本的に立ち止まってはいません。やればやる程、新たな課題が見えては挑戦の繰り返し。今も尚、モチベーションMAX継続中。大シンフォニーを書き上げて、後世に名を残そうとかは思いません。私たちの音楽で、一人でも多くの人を幸せな気持ちにさせたい。以上で私の発表を終わります。パチパチパチ・・・。

2月15日 2時間続きの授業

 って、皆さんもご経験あるかと思います。家庭科とか、図工・美術みたいに、実習中心の科目は、たいてい2コマ連続で、途中に休み時間も取らないことが多いです。普通科目では、特に2コマ連続にする必要は無いと思われますが、時間割編成の都合や、先生の都合や好みによって、なる場合もあります。うちは総合学科という、選択科目だらけのカリキュラムなので、2年生以降は、むしろ2コマ続きの方が普通・・・という特殊事情。国、社、数・・・選択科目は、みんな2コマ続きで、私の担当する物理も、もちろんそうです。秋留台の時は、普通科だったのに、どういうわけか1年生から2コマ続きがやたら多かったです。あるクラスの1日の時間割が、物理・物理・数学・数学・化学・化学なんてこともあって、これが理系選択の3年生とかじゃなくて、2年の必修だったから驚き。理数系苦手の子には、最狂最悪の時間割だな。こういう特殊な学校じゃなくても、理科は2コマ続きになることが多いです。週3時間の場合、2と1に分けて、実験は2コマ続きの日にやるとか・・・。青梅東では、3つ全部バラすか、2コマ+1コマにするか、私に選ぶ権利がありました。こういう言い方はいろんな方に失礼かもしれませんが、当時の青梅東の教務部は最強軍団で、いかなる時間割も組んでみせる!という自信に満ちあふれていました。中でも数学のK先生は、まさに時間割を組むために22世紀から送り込まれた、みたいな人でした。
 2時間続きのメリット、デメリットを考察します。メリット・・・大がかりな実験が可能。勉強熱心な生徒は、1コマ目と2コマ目の間の休み時間に、先生に質問する時間的余裕がある。デメリット・・・気分転換しにくく、後半に集中力が失われやすい。祭日や行事などで授業が潰れるとき、一度に2時間潰れるので、進度のバラツキが修復しづらい。(その日たまたま欠席した子も、一挙に2コマ分遅れてしまう)。・・・って感じで、私はどちらかと言うと、連続じゃなくてバラの方が好きです。授業のシナリオを考える場合も、2コマ連続の方が難しいと思います。1コマ目の終わりは、TV番組のCM突入直前のように、何かしら期待を残しておかないと、2コマ目の最初がダラ〜ッとなってしまいがち。「さあ〜て、どうなってしまうのかぁぁ・・・って所で、10分休みにします」みたいに持っていく必要があるわけだ。1コマ完結型シナリオの方が、絶対に作りやすいです。さて、あるクラスの授業が大幅に遅れていて、他の先生から1コマ貰ったら、たまたまそこがそのクラスの2コマの日で、同じクラス3コマ続き授業になってしまったことが、何度かあります。ここまでくると、辛いとかやりにくいとかを通り越して、けっこう面白がってました。4コマ続きは、まだ未体験ゾーン。やりたくはないです。

2月 6日 肩を作る

 って言葉の意味が、昔は全然解りませんでした。ピッチャーが、登板前にブルペンで投球練習する時の言い方です。先発投手が初回でいきなり打ち込まれて、リリーフ陣が慌ててブルペンに向かう、なんて時に、解説者が「肩を作るヒマも無いですねえ」とか言います。誰だったか忘れましたが、「彼は特異体質で、10球くらい投げると肩ができちゃうんですよ」なんてのも、聞いたことがあります。まあ、肩を作るというのは、準備体操に相当することなのだな、ということは解ります。・・・が、不思議なのは、投手は投げれば投げるほど疲れるに決まってますから、そんなにたくさん投球練習したら、肩が出来るどころか、逆効果なのでは・・・。というのが、スポーツをあまりやらない私の素朴な疑問。実際、「球数が120球を超えました。そろそろ交代どきでしょうか・・・」なんて実況もあるから、1球でも節約するには、ノー練習でいきなり投げるのがベストのようにも思えました。
 肩を作ることの意味がようやく解ったのは、管楽器を始めてからのことです。本当は、打楽器も同様で、肩を作らないでいきなり本番で叩いても、絶対に思うように手が動きません。私が25才くらいまで、ノー練習でも上手く叩けたと思っていられたのは、天才的特異体質だったという可能性も低いだろうから、たぶん、その程度のレベルだったという事でしょう。管楽器は、組み立ててすぐに吹いて、いい音はまず出ません。出てると思ってる人は、まだそのレベルにいるだけです。自分の音をベストコンディションに持って行くには、その日の調子の善し悪しに関わらず、一音ずつ注意深く作って行く必要があります。肩を作るのと同じ、「口を作る」と言ってよいでしょう。投手たちは多分、投球練習を繰り返しながら、無駄な力が最も抜けた状態で、最も正確にコントロールされた球を投げられるフォームに近づける・・・という作業をやっているはずです。それが確認されたら、徐々に飛ばし始める・・・図星でしょう?僕らは、最も効率よく振動するポイントを捉えたら、息のスピードを上げ始めるので、投手の事も何となく想像がつくのです。
 肩を作るのにかかる時間は、人それぞれだと思いますが、楽器の場合も同様です。私は30分〜45分くらい。朝作っておけば、午後は比較的早く飛ばし始めることができます。人によっては、最低1時間とか、あるラッパのプロの方は、午前中必ず2時間かけて作る、と言ってました。あるピアニストの方も、最低1時間のアップは譲れん、とおっしゃってます。あるテノール歌手の方は、「朝起きてすぐが大事。ここで思いっきりオハヨー!なんて叫んだら一日終わり。軽〜いハミングを始めて、徐々に声帯を慣らす」そうです。作らないでいきなり全力投球すると、どんな楽器もスポーツも、その日はもうメチャクチャになり、ヘタするとどっか壊すでしょう。「作る」という言葉は、本当に的を射てます。入念に作ってから全力!何にでも応用できることだと思いますな。

2月 1日 百人一首

 の大会が行われました。国語の授業主催で、各クラスの予選通過者6名が、クラスの枠を超えた準決勝に進む。準決勝の6ブロックには、1〜6組の選手が一人ずつ入ってるわけだ。・・・で、各ブロックの勝者で決勝戦。なんと、うちのクラスから4人が決勝に進み、最終的に、なんと、優勝〜3位までを独占したのです。「クラスで何か秘密特訓でもされたんですか?」と、いろんな人から真顔で訊かれ、「いや、別に・・・」と素っ気なく応えるのも悪いので、「選手には、毎日腕立て腹筋と、正座姿勢からの素振りを命じました。左右両方フォアとバックを各百本」と言いましたが、全部うそです。
 私自身は、小学生時代に百人一首に熱中した時期があります。よく親戚で集まった時に、犬棒カルタをやっていましたが、反射神経100%の戦いって、さほど面白くはありませんでした。トランプでも、スピードよりは神経衰弱みたいな、頭脳戦の方が好きだった私は、百人一首に出会った時、大いに感動しました。小学生の頃って、暗記力には自信あるから、100首暗記はあっさり終えましたが、百人一首は、実は暗記力100%では無く、ちゃんと戦略もあるのです。百首の中には、上の句の最初の5文字までが一致している歌もあります。6文字目が発せられた瞬間に反応しなければならないので、こういう札の場所だけをしっかりチェックします。ただし相手が強敵だと同じことを考えて来るし、終盤になってスコアが接近しているような場合は、敢えて一か八かのハイリスク戦に持ち込んだりします。5文字を聞いただけで、確率50%に賭けて、どっちかを取っちゃうわけだ。暗記力と反射神経に加えて、勇気と決断力、そして「運」までをも総動員するゲームなのだ。ううん、素晴らしい。
 教員になったばかりの年の正月に、中2のクラスで「百人一首大会」をやった時のこと。開始して間もなく、男子数名が私に抗議してきました。「読まれないうちに取ってる〜。こいつら覚えてやがる〜。ずるい〜!」 大まじめに抗議してくる子たちに、そもそも百人一首というのは、そういうゲームなんだよ、と説明している時間もありません。それに、全然取れない子がヤル気無くすのも可哀想だと思ったので、私は「よし。じゃあ、反射神経だけでも戦えるようにする」と宣言し、上の句を超高速で読み始めました。みんなやる気を取り戻してくれましたが、このやり方でも、不思議と強い子は強く、貧富の差はそう簡単には縮まらないものです。この2年後に担任した中1のクラスの百人一首は、勇気や運にさらに加えて、基礎体力、瞬発力、破壊力等が要求される大会となりました。肉弾戦に突入すると、反射神経でコンマ3秒までのリードは、もはや安全圏ではありません。ある班のラスト数枚争奪戦は、ラグビーの試合を見ているようでした。あんまりエスカレートしたらレッドカード出そうと思いましたが、何とか一人の怪我人も出さずに終えられました。
 我がクラスの精鋭3名には、勝利者談話の宿題が出されました。私も勝利監督インタビューで何を話そうか、考えておきます。

1月26日 大都会

 って、やっぱり凄いなあ・・・。突然意味不明な発言ですみません。今日は千駄ヶ谷の日本青年館で演奏会でした。ここは大学生の時に合唱団でステージに乗ったことがあるけど、たぶん30年近く改装してないな(笑) さて昔から思うけど、大都会と郊外では、いる人間の性質が違う・・・っていうのか、何というか。つまり、青梅の○○商店で買い物してる人は、90%以上の確率で青梅の人なのに対し、銀座の△△商店のお客さんの現住所は、たぶん銀座ではない。可能性として、中央区以外の23区はもちろん、埼玉、千葉、神奈川あたりも余裕(もちろん青梅も)・・・。もしかすると北海道や九州から、飛行機に乗って買い物に来ることだってあるでしょう。演奏会に来るお客様もそうです。八王子市民会館でのコンサートは、おもに多摩地区のお客さんが集まるでしょうが、サントリーホールやオーチャードホールでは・・・。渋谷駅で千円近い切符買って電車に乗る人が、たくさんいるはず。今日のコンサートには、遠い所では長野、新潟、宮城から参加した学校もありました。東京や名古屋の学校が、長野に集まって演奏会を開くことはしないでしょう。大都会は人が集結する場所で、地方はその地方の人だけがいる場所・・・。悲しいけど、そうなのです。今日みたいな、大都会の大ホールで、関東一円から集まったお客さんの前で演奏するというのは、とにかくそれだけで貴重な経験でした。大都会で発表するというのは、極端な話ですが、日本全国に通用するかどうかの力試しなのです。若い人たちが、故郷を捨てて都会に出て行っちゃうのは、地方の過疎化につながる深刻な問題ですが、一時的に出ていくことは、むしろ奨励すべきでしょう。都会で力試しして刺激を受けて、さらに勉強して、そこで得た実力を、故郷に帰ってから活かせばよいではないか! 帰って来ないで、都会に住み着いちゃうから過疎化するのだな。地方に、力を発揮できる場が少ないってことが問題なのです。
 今日は、隣の国立競技場では、岡田ジャパンvsチリ戦をやっていました。こっちに集まった人々も、全国からだろうな。ここから1キロも離れていない所に、ブルーノート東京(ライブハウス)があるし、日本のトップミュージシャンたちが今夜も熱いライブを繰り広げる場は、この近辺にうじゃうじゃ。大きな楽器屋、本屋、CD屋・・・東京は本当に便利で刺激的。私の独断ですが、高校卒業後の進路を決める時、まず都心から候補を選ぶことをおすすめします。うちの弦太なんか、「明日はあきる野東急に買い物に行く」と言っただけで、興奮して眠れなくなるらしいからな。早く都心で一人暮らしさせたいと思います。

1月13日 やっぱり楽しく・・・
 
 SAXプレーヤーとして、第一線で活躍中の本間君が、うちの学校に遊びに来て・・・っていうか教えに来てくれて、楽しい一日を過ごさせていただきました。と同時に、音楽をやる上で一番大切なことを再確認させてもらいました。彼のアドバイスから、「練習場に笑顔がある限りOK。笑顔が無いところから楽しい音は出てこない」。コンクール直前のバンド、音大受験に向けたレッスン・・・等、笑顔が消えていそうな場所がいくつか思い浮かびますが、そんな状況下でも、音楽は笑顔でやるものなのだ。
 私は本間君のファンです。彼のプレーは、彼の人柄がそのまま現れていて、まさに直筆サイン的。彼のライブのMCは、非常にサービス精神旺盛ですが、それはステージ上だけでは無いのだ。メンバーが集合している控え室からは、常に笑い声。その震源地となっているのは、やはり本間君。いつでもどこでも、一緒にいる人々を愉快な気持ちにさせる・・・それは彼の天性なのかもしれませんが、音楽をやっているうちに身に付いた、とも思えてならないのです。私の知っている一流のミュージシャンたちは、ほとんどがこういうタイプで、もちろん音楽家としての自分に自負を持ちつつ、人に優しく、楽しませるのが上手。今は人付き合いが苦手だったりする人も、音楽を続けて行けば、きっと人を楽しませる性格に変わっていくんじゃないだろか。その遙か延長上には「世界平和」があり・・・って、大袈裟に聞こえるけど、実際そう思えるのです。私も明後日から再び、真剣に練習するけど、笑顔を絶やさず頑張ります、って言いたいけど、目が細すぎて、笑顔ではなく、半寝状態に見えるらしい・・・(泣)。とにかく、本間君、今日はありがとう!

1月 3日 大砲

 大砲がいるチームでは、大砲が不調だった時、いっぺんに浮き足立つ。大砲が好調なら好調で、それに頼りきる気持ちの芽生え。大砲が抜けた直後のチーム事情の苦しさ・・・。大砲がしっかり機能した東海、山梨、日大が勝てず、終わってみれば、大砲不在と言われた駒沢の圧勝。2位の早稲田も、竹沢という大砲より、5〜6区の活躍が光っていました。大砲が存在するが故の難しさを、まざまざと感じさせた箱根駅伝でした。では表彰です。

 【箱根駅伝2日目復路】
最優秀選手 原監督(学連選抜)
優秀選手 大八木監督(駒沢)、堺(駒沢)、宇賀地(駒沢)
KY 渡辺監督(早稲田)、日本テレビ

 学連選抜と言えば、実力者を揃えているくせに、混成チームであるが故のモチベーションの低さから、良くて18位止まりって感じでしたが、今年は違いました。各ランナーの表情にも、鬼気迫るものがあり、ゴール地点で抱き合って喜ぶ姿が印象的でした。統率した原監督のチーム作りの手腕に敬意を表し、MVPに決定。ただ、心配が2点ほどあります。@このチームでの練習が楽しすぎて、本来の所属チームが物足りなくなる。(のだめカンタービレに出てくる、ライジングスター・オーケストラのような) A来年、学連選抜が優勝してしまった場合、大会のあり方として如何なものか?という議論になり、学連選抜が廃止される危険がある。以上、取り越し苦労とは思えなくなってまいりました。
 今年は、選手後方からマイクで怒鳴りまくる監督の声が、たくさん放送に拾われていました。大八木監督のゲキの飛ばし方は、雷親父そのもので、私だったら怖くて泣いちゃうだろうな。でも選手たちからは、心底慕われている様子。まさしく愛のムチだな。現代の父親たちが忘れてしまったものを思い出させて、極めて教育的。対照的な、早稲田の渡辺監督の優しい口調が、いかにも物足りない印象で、「だから駒沢に勝てないんじゃい!」と感じた視聴者も多かっただろうな。私にとって期待通りの走りは、駒沢の堺です。インタビューの時は柔和な表情ですが、走行中の彼の印象は「殺し屋」的。顔色一つ変えずにトドメを刺す・・・みたいな。アンチ駒沢ですが、今後のマラソン界での活躍にも期待したい。もう一人、昨日に続いて駒沢の宇賀地。勝利インタビューで、なななんと、「今の2年生は強いので・・・」と言ってのけた!これ普通、自分で言わないだろ!同じチームの3,4年生はコケにされたも同然ですが、まあ実力の世界。悔しかったら、現3年生は来年、意地でも2区を奪い取り、宇賀地を補欠に回してもらいたいし、きっとそれを目指して必死に頑張るでしょう。よって来年の駒沢はさらに強くなって2連覇確定。その原動力となる発言をした宇賀地は、2日連続KY部門にしようか迷いましたが、やっぱり殊勲選手に決めました。最後に、解説者に口下手な人ばかり呼んでくる日テレはKY。徳本さんの登場を願う。

 バンドやオーケストラにも、大砲頼みのチームと大砲不在のチームがあります。よく言われる、「全員大砲のベルリンフィルと、大砲不在のウイーンフィル」 このレベルになっちゃうと、どっちもどっちって感じですが、アマチュア楽団では、大砲不在の方が安定すると思います。駒沢や亜細亜のように、層が厚く、全体が底上げされたバンド目指して今年も頑張りたい、と言いたいところだが、私自身がモグス並みの大砲だから、それはムリだな。ほ〜っほっほっほ・・・。

2008年 1月 2日 KY

 あけましておめでとうございます。喪中のため年賀状を出せませんでしたが、良い2008年になりますように!の気持ちに変わりはございません。今年もどうぞよろしくお願い申しあげます。
 昨年は「KY」が流行いたしましたが、よく考えると、「空気読めない」がKYであると同時に、「空気読めてる」もKYで表せてしまうので、「読めない」場合をKYN、「読めてる」場合をKYTと表記してはいかがか?と提案いたします。・・・が、誰も乗ってきてくれないの明らかだな。では、恒例の「駅伝評」にまいりますが、評価は、あくまで私個人のファン心理を基準に、空気が読めた走りをした選手が優秀。

 【箱根駅伝1日目往路】
最優秀選手 阿宗(国士舘)
優秀選手 木原(中央学院)、平野(駒沢)、駒野(早稲田)、1区のみんな
KY 大西(東洋)、宇賀地(駒沢)、モグス(山梨学院)、佐藤敦之(中国電力)

 最優秀は文句ナシで阿宗。チームとして最下位を走っていながら区間賞とは、まさに「全力を尽くすこと」「諦めないこと」の大切さを教えてくれる。多くの学校では、新年最初の練習で、阿宗君のことを話す部活顧問の先生が出現することだろう。中央学院の木原は、見てて気持ちのよい「攻めの走り」を見せ、ファンの期待に応えた。駒沢の平野は、一昨年ひ弱そうな表情で9区のデッドヒートに敗れたシーンが強烈で、亜細亜大優勝の逆の意味での立て役者という印象が残ったが、今年は力強かった。借りは返す!という気合いが伝わり、Mr.リベンジといった所。早稲田の駒野は、山梨の1年生を1分後から追いながら、優勝候補駒沢の4年生とキャプテン対決という、120%の力を出すには絶好の舞台装置が用意されたのも幸いした。普通の人間も、気持ち次第で神の記録に近づける、不可能を可能にできることを証明した。う〜む、教育的だ。最後に、2区のエース対決はシビれたな。これは、1区のランナーたちが、ほとんど差がつかないまま2区に繋いでくれた功績が大きい。
 次にKY部門だ。東洋の大西は、昨年のインパクトが強かっただけに残念。佐藤(東海)もいなかった事だし、かつての鷲見君のようなロケットスタートで逃げ切れただろう。中盤過ぎまでダラダラペースに付き合ったのは、結果的に伏兵にチャンスを与えたことになり、作戦負け。駒沢の宇賀地は、昨年1年生ながら2区を任され、終了後のインタビューには、「急にエントリーされて、心の準備ができなかった」なんて言い訳するという、悪役デビューであった。もはや清純派に戻る事はできない。残り2年間、徹底的にダーティイメージとビッグマウスで他のチームを挑発しまくり、言ったからには実行するというキャラで通してもらいたい。モグス(山梨)の2区区間新記録は、ファンにとっては想定内。「嬉しいです」なんて呑気に応えている場合ではなく、「2時間5分台を狙っていたので、今日の記録では不満だ」くらい言って欲しいところ。来年こそは、モグスらしい大暴走の中で、異次元の大記録樹立を望む。
 最後に、本日の解説者である中国電力の佐藤敦之さん。KYだったのは昨日の走りである。佐藤はニューイヤー駅伝5区大逆転男。その同じ5区に、「山の神」今井が初挑戦するのは、前々から「神対決」として大きな話題になっていた。「神対決」のおかげで、視聴率もずいぶん上がったのではないだろか?そして、中国電力とトヨタ九州の各ランナーが、ほぼ同時に5区に繋ぐという最高のお膳立てをしてくれた。スタート直前、2人が握手!ここまでは素晴らしい!しか〜し、スタートしてしまうと、いきなり佐藤圧勝。あああ、デッドヒートを見せて欲しかった〜。併走して顔色伺って、今井の一瞬のスキをついて佐藤が飛び出して引き離す・・・。解説者が「やっぱり格の違いを見せつけましたねぇ」と唸る・・・。今日、箱根の解説にも神2人揃って呼ばれるの、前から解ってたんだろうから、尚更おもしろい勝負をしといて欲しかったのだ。このコーナーは明日も更新します。