12月30日 ゴールド金賞
「ゴールド金賞」という言い方は、吹奏楽界に特有のものだと思います。ロールケーキのことを「ロール巻き」と言う人に出会ったことがあります。ゴールド金賞も、ゴールドと金がダブっているから、ロール巻き同様、言葉の使い方としては正しくありません。吹奏楽界でゴールド金賞が使われ始めたのは、1970年代中頃と記憶しています。それまで1位、2位・・・というふうに表彰していたのを、73年くらいから、全団体に金銀銅が行き渡る方式に改められたので、表彰式では「○○高校銀賞、△△高校金賞・・・」という風に、成績発表が行われるようになりました。さあそうすると、容易に想像のつくことですが、金と銀の発音の違いは極めて微妙で、「○○高校( )ん賞!」「えっ?どっち?」ってな具合に、銅賞でなかったことだけは確かだけど・・・ということが頻発します。私も、ずっと昔の東京都大会でそういう発表を見たことがありますが、当時の都大会というのは、6校中金銀銅が2校ずつで、金は全国大会行きという意味でしたから、発表される音が「き」か「ぎ」かは、天地の差とも言えるわけだ。「き」だと思って大歓声を上げたら、実は「ぎ」だった・・・なんて最悪です。逆ならまだ許せるかというと、そうも行かんだろ。やはり「き」の瞬間に盛大に喜びたいのが人情だよな。そこで考案されたのが、金賞の時に「ゴールド金賞」と発表するやり方です。
現在、全国をはじめ、どこの支部大会でもこれで発表していると思いますが、やや異なる流派もあるようです。私が実際に立ち会ったケース・・・@ゴールド金賞だけでなく、銀賞にもシルバーを付ける。「シルバー銀賞」という響きも、なかなか趣がありましたが、最近は聞きません。A金賞の後にゴールドを付ける。「金賞ゴールド」は、はっきり言って最悪でしたな(笑)。これは、単に「金賞」「銀賞」と言うのとそれほど変わらん。だって「ゴールド」が付くまでわからないんだもんな。「( )ん賞・・・」ってコールされて、「ああ、ゴールドが付かなかった・・・」ってガッカリするまでに、空白の時間があるので、生殺しみたいなものです。
金銀銅の3段階評価そのものについては、私なりに思うところはありますが、ここでは、発表の方法に限定しておきます。私個人的に最良と思うのは、「上から方式」です。つまり、最初に金賞団体だけを全部発表しちゃって、次に銀賞を・・・って具合。これだったら、ゴールド付ける必要もありません。名前が呼ばれなかったところは、ひっそりと銅賞・・・でいいんじゃないだろか。
一昨日の大会で、うちの学校の1チームが「ゴールド金賞」と発表されました。みんな半信半疑で、「銀賞に、間違えてゴールド付けちゃったんじゃ?」とか言ってました。「ゴールド銀賞」だったらムゴ過ぎるぜ・・・。何だか私も心配になって、学校で速報を待っている先生に連絡するのは、実際に賞状を見て、納得してからにしました(笑)。
12月17日 大ニュース・・・?
北朝鮮の金総書記が亡くなったというのは、凄い大ニュースなのかと思ったら、新聞の活字が思いのほか小さいのでビックリしました。私が小学生か中学生の頃、ウオーターゲート事件でしたっけ?アメリカのニクソン大統領が辞めたニュースが、現地の新聞で超デッカい活字でした。それと比べると、日本のすぐ近くで、いろんな影響がある国の最高権力者が亡くなったニュースにしては、扱いが小さいな、と思ったのです。
私は昔から、大ニュースだと思ってたものが、実は小さいニュースだった・・・ってことが多くて、社会科が苦手で、センスが悪いことをよく承知しています。最初は小学校3年生の時でした。学校に行く直前に、ラジオから流れてきたニュースは、明治通りのある交差点で信号機が故障したために、車が3キロも渋滞したという内容!信号機はちゃんと点いてるのが当たり前で、それが消えたのなんて見たことありません。それも、よりによって都心の朝の通勤時間帯だから、kっと大混乱になっているでしょう。「えらいこった!」 たまたま私は、その日にクラスの壁新聞を書く係でしたので、この事件をトップニュースに持ってきたら、担任の先生がえらく感激して誉めてくれました。「直井君すごいね〜!どうやって調べたの〜?」 執筆予定日に偶然つかんだネタが大ヒット・・・これに気を良くした私は、翌日からずっとその朝のラジオを聞き、積極的にネタを獲りに行きました。ラジオから流れる情報は、まさにニュースの宝庫!車3台がからむ事故、トラックから積み荷が散乱、道路脇で火事、信号機の故障もけっこうな頻度で起きています。1週間くらい聞き続けてみて、これらはどうやらビッグニュースではなく、日常的に起きていることなのでは・・・と思わざるをえなくなりました。かなり後になってわかりましたが、それは「交通情報」といって、ニュースになるようなものではありませんでした。誉めてくれた担任の先生は、車の運転をなさらない方で、その事をご存じなかった様子です。それとも知らないフリをしてくれたのかな・・・?
やはり小中学生の頃ですが、巨人戦をラジオで聞いていたら、アナウンサーが「たいへんな事が起こりました。巨人軍のベンチに爆弾を仕掛けたという電話がありました」と喋り始めたではありませんか!試合は中断し、巨人の選手や3塁側のお客さんがゾロゾロ避難を開始・・・私はすぐにテレビの方に移動して、事態の進展を見守りました。結局イタズラだったということで、試合は再開されましたが、こんなのプロ野球始まって以来の出来事じゃないだろか。明日の朝刊の1面にデッカく載るだろうな・・・と期待していたら、1面にはありませんでした。「ええ〜っ?じゃあスポーツ欄だな」と開けてみてビックリ!昨夜の巨人の試合の様子を書いた記事の中に、「・・・爆弾騒ぎで中断の後、・・・」とだけ、それらしい記述がありました。これ、イタズラ電話した本人もガッカリしただろうな(笑)
私にとって取るに足らない、芸能人の誰それが結婚・・・なんて記事がけっこうデカく載ったりします。結局、世の中の多数派が興味を持ってるニュースが、大ニュースになるって事でしょうか。
12月12日 サイレント・ブラッドの疑問(ネタバレ無し)
「サイレント・ブラッド」は、角川文庫から出ている、北林一光さんのサスペンス小説です。本屋さんに行けば、おそらく入り口に近い場所に、売れている本として、たくさん積まれているはずです。それこそが、私がこの小説を読むことになった、唯一の理由でもあります(笑)。12月4日(日)は、イオンモール日の出に演奏会を聴きに出かけて、開始時刻の30分位前に着きました。こんな時、店内をぶらつくということは、私の場合には有り得ません。本屋に入って、目を引いた本を1冊買い込んで、読みながら待つ・・・ということをよくやります。一生懸命選んだりすると、自分の好きな作家に偏るので、あくまで偶然に賭けます。その方が、自分の世界も広がるし、新鮮な気分になる事が多いです。
「サイレント・ブラッド」は、主人公の父親の失踪事件の謎を、僅かな手がかりから紐解いて行くという、私好みのストーリーで、待ち時間の30分はあっという間。さらに、午後からは立川で別コンサートに行くことになっていて、青梅線内の往復約1時間も、ひたすら読み進め、帰宅後もやめられない止まらない。結局、430頁余を2日間で読破して、たしかに謎が解けたには解けたんですが・・・。いよいよクライマックスっていう部分が、「あれ〜っ?」・・・物足りないって言っちゃったらそれまでですが、何というか不思議なんですよ。正確に言うと392頁の途中から先が、急に作者をバトンタッチして、別の誰かが書いたんじゃ・・・と思えてならないのです。北林さんは既に亡くなられていて、この小説もご本人の没後に出版にこぎ着けたらしいから、未完成の原稿が見つかって、最後を誰かが加筆して無理やり終わらせた・・・というのは、あり得ることではあります。もし私が作者だったら、392頁以降を大きく変更して、事件の真相解明に、あと100頁くらい追加する腹案も持っていますので、映画化等の際には相談して欲しいもんだな(笑)。
ずっと昔に読んだ、本宮ひろ志さんの「男一匹ガキ大将」という漫画でも、同じことを感じました。単行本20巻全部持っていますが、前半の10巻と後半の10巻が、何だか全然違います。ハッキリ言うと、最初の方ほど出来が良くて、後半は加速度的に荒唐無稽さが目立ってきます。調べてみたら、やはり本宮さん本人は、この物語を前半で完結させていたそうです。それを無理やり書き換えさせて、連載続行したのは、少年ジャンプの出版社の都合らしく、後半部分は当の本宮さん自身も、まったく納得の行かないストーリーのようです。
だいたい作家にしろ作曲者にしろ、大まかにエンディングまで想定から、書き始めていると思います。でないと、絶対に支離滅裂さは避けられなくなるはずだし、途中に効果的な伏線が入れられません。「サイレント・ブラッド」の本当の謎は、そこでした。ううむ・・・真相が知りたいもんだな。
12月 9日 FA、トレード、自由契約
2011年のプロ野球は、日本シリーズとともにお休みに入った、と思ったら大間違い。シーズンオフの今こそ、来シーズンの命運がかかる熱い戦い真っ盛りです。各球団は、ドラフト会議で新人の割り振りをした後、よそのチームからFA宣言した選手の取り合いをします。出て行かれちゃ困る立場の現チーム、強い選手に来て欲しいと思う他チーム、自分を高く売り込みたいと思う当該選手の間で行われる駆け引きからは、毎日目が離せません。2つのチーム間の交換トレードで、本人の希望とはまったく関係ナシに、いきなり移籍する選手もいます。また、単純に「君はもう要らない」と言われて出される選手・・・これは、自由契約選手と言えば聞こえはいいですが、どこも拾ってくれなければ、引退するしかありません。プロスポーツは厳しい世界です。
私がよく訊かれる質問の中に、「学校の先生の転勤は、交換トレードなのか?」とか「FA宣言してから交渉に臨むのか?」というのがあります。答は「野球選手と同様で、いろいろなケースがある」ってところでしょうか。ただ、放っぽり出されても、必ず行き先はあるので、自由契約だけは存在しないな。我々は、一つの学校に赴任してから最低3年間は、同じ学校に勤務することになっているので、3年目は「FA権取得」で、移籍の希望が出せます。9月頃には校長室に行って移籍希望を申し出ます。いわゆるFA宣言だな。でも移籍が実現するとは限らず・・・です。逆に、末永く在籍したいと思っている先生も、6年目には必ず異動の希望を出さなくてはなりません。ところが、こっちも突然5年でトレードされちゃうこともあれば、毎年FA宣言してるのに7年残る人がいたり、いろいろです。要するに、出たくて出た人、無理やり出された人、残りたくて残れた人、出たいのに残されちゃった人の4種類が混在していて、表面上はその事情が全然わからないってことだな。さらに、数年前から公募という制度がスタートしました。これは、各学校がどんな先生に来てほしいかを発表して、個々の先生がそれに応募して、その学校で面接を受けた末に決まる、というしくみです。怖いのは、FA宣言せず、水面下で相手校との話し合いができる点です。現任高の校長先生すら知らない間に、移籍の交渉が着々と進行し、選手が望むチームへの移籍が実現し、監督は望んだ人物をゲットすることができます。取られちゃった側の校長先生はガッカリで、他はみんなハッピーです(笑)。
私自身は、この公募による異動のしくみには肯定的です。数合わせ的、機械的に異動させられるよりは、少しでも自分の力が活かせそうな所、必要としてくれるチームを希望したいものです。現任校の校長先生は、次々出て行かれては困るなら、気持ちよく仕事ができて、みんなが残留したくなるような環境を作らなくてはなりません。12月に入って、球界も学校も、これからが山場だな。
11月30日 演奏の力関係における経済学
イオンモール日の出で行った23日の演奏会では、事前にイベント実施申請手続きを行いました。一般にあまり知られていない事ですが、あの1Fメインコートという場所を、まる1日借り切って何かやる場合の使用料は、20万円(税別)です。つい先日は、HONDAが土日連続で車の展示会をやっていましたが、HONDAからイオンに、2日間で42万円(税込み)が支払われたわけだ。HONDA側からすると、あの場所で展示会やれば、2日で42万以上の利益が上がるからやっているわけで、イオン側としては、そういう企業がいるからこそ、1日21万という価格設定が可能。まさに経済の基本である、需要と供給のバランスが取れているのです。では、うちの吹奏楽部がイオンで演奏会をやる場合は、というと、これはもちろん無料です。しかし、むこうも商売。21万円くれる人たちを断ってまで、我々に演奏会場を用立ててくれる義理はありません。ここいらのウラ事情を説明しますと、すべての土日祝日がHONDAのようなお客様で埋まることはなく、カレンダーにポッカリ空白が生じている日があります。そんな時、何にもやらないでいるよりは、地元の子供たちの生演奏イベントを入れれば、多少なりとも集客力アップが見込めるってわけだ。部としても、労せずして大勢のお客さんを集められる場所で演奏できるから大喜び。+−ゼロで互いの利害が一致してますな。逆にイオン側からイベント主催者に、出演料が支払われるケースもあるはずです。飯能駅前のSAVIAに、ハリケンジャーショー(ちょっと古い・・・今はゴーカイジャーですか?)を見に行ったとき、このショーに出演してる人たちのギャラはいくらくらいなのか、興味本位で調べてみました。一式で57万円と書いてありましたから、私も57万円払えば、我が家の庭でヒーローショーを楽しめることになります。(出張交通費は別途だったかも・・・) 飯能SAVIAは、57万円払っても、ハリケンジャーによる集客効果で、57万以上の売り上げ増が見込めるから呼んだのでしょう。ううう・・・世の中のしくみが見えてくるなあ。
仮に、うちの部の演奏がもの凄〜く上手くなって、人気抜群になったら、イオンから「ギャラを払うから、毎月出演してくれませんか」と申し出られることは、十分に有り得ることです。大学生のサークルの中には、そういうプロっぽいことをして、活動資金を稼ぎ出している団体も見受けられますが、楽しく演奏することを放棄しているように思えてなりません。ハリケンジャーショーを超える集客力をつけて、それでもやっぱり無料で出演する・・・これが目標だな。
11月23日 過酷な本番
この題名、以前にも使ったことがあると思う・・・ってことは、いろいろな悪条件を跳ね返した上での演奏会というものが、珍しくないってことですな。19,20の土日は、毎日新聞主催の全国農業高校収穫祭というイベントで、東急吉祥寺店前で演奏してきました。このイベント自体は、以前から行われていますが、吹奏楽部が演奏するのは初めてらしく、しかも事前に現地の下見とか打ち合わせも無く、会場の図面を見たくらいだったので、いろいろな混乱が予想されました。例えば、吹奏楽部に関与したことが無い方は、演奏を行うためには、楽器の積み下ろし、組立て、ケース置き場・・・等々、やたらと「スペース」が必要なことを知る由もありません。だから、行った先で重たいケースを抱えたまま右往左往なんてことは、よくあります。今回はそういう事が十分に予想できたので、私はあらかじめストリートビューで東急北側の写真をチェックしておき、さらに当日は早めに現地入りして、作業スペースの目星を付けておくことにしました。
いよいよ迎えた1日目の土曜は、朝から雨模様(泣)。演奏スペースに指定された場所は、小さいテント1個分くらいで、ドラムセットを組んだらおしまい・・・くらいの広さ。でも驚きません。この程度は想定内・・・。とりあえずこのスペースに打楽器関係全員と直管の6人を押し込んで、他の楽器は通路を挟んで反対側から吹かせよう。25人のメンバーが、12〜3人ずつに分かれて、向かい合うように吹くから、指揮者もお客さんも、どっちを向けば良いのかわからないという、不思議なフォーメーションですが、これしかない。我ながらグッドアイデアだな。演奏隊形が決まったので、次は積み卸しポイントとケース置き場。雨なので、屋根のある所の近くに駐車します。これも、正にここしかない、というポイントをゲット!管楽器のケースは、昼食場所に指定された、隣のビルまで運ぶことにしました。これがダメだったら、路上で楽器を組み立て、ケースを車内にしまうという、最後の手段になるところでした。こうして何とか1回目のステージを終えたのだが・・・。本当の苦難はここからだったぁぁぁっ!
なんと、東急の向かいに位置する商店から、演奏の音量について苦情が出てしまったとのこと。そこで、フォーメーションを変更。さっきまで直管がいた位置に、比較的音量が小さいフルートとクラを持ってきて、金管群を反対側のさらに数メートル横の、商店に直接音が届かない位置までずらす。今度は向かい合うことすらできず、お互い他人で〜す・・・みたいな位置関係でのアンサンブル!さらに、この2つの塊の間を、通行人がひっきりなしに横切るのはいいとして、農産物を販売する高校生たちが、力の限りの声を振り絞って練り歩くというすごい世界。オマケは、その金管群のメンバーの立ち位置の真上が、東急百貨店のエアコン室外機の吹き出し口!エアコンの吹き出し口じゃなくて、エアコン「室外機」ですよ。実際にどこかの室外機のそばに行ってみるとわかりますが、店内を暖めるので、店外に排出する方の風は冷風になります。もはや踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂状態。そんな中で、多くの方が立ち止まって拍手を送ってくれたり、他県の農業高生が一緒に踊ってくれたり、一生懸命さは伝わったようでした。また、うちの生徒たちも、次は何が起こるかわからない、極限状態の本番を経験することによって、コンサートホール貸し切りで演奏できる定演の有難味を再発見しただろうな。何事も勉強です。皆さんも過酷本番の経験があったら、ぜひ教えてください。
11月17日 私みたいなグウタラ教員をヤル気にさせる秘策
一昨日の朝、「成績率導入を阻止!」って書いたプリントを貰いました。東京都は、来年から私たちのボーナスに格差をつけて、ダメダメ教員から剥奪した分を、優秀教員に上乗せすることを提案していましたが、労使交渉の結果、これを断念したとのことです。もう随分前から、公務員の年功序列式の給与体系を、能力給に変えれば、みんな少しはヤル気を出すんじゃないかと、いろいろな改革が行われてきました。学校間で競争させるようなことも、次から次と仕組まれていますが、ハッキリ言って、僕らが急にやる気満々になったという様子は見られません(泣笑)。これは最初からわかっていた事で、同期の仲間と比べて昇進や昇給の早さを競ったりすることに興味がある人は、そもそもこの仕事を選んでないんだから、脅かしてもおだてても、たいてい暖簾に腕押し状態。それでもやっぱり給料は多いに越したことないから、成績昇給となれば、多少は頑張りそうなものです。しかし、実際にはまったく期待できません。
プロ野球選手の場合、同じプロと言っても年収の幅はピンキリで、最高5億円くらいから最低500万円くらいまでいますから、その差はざっと百倍。私たち教員では、20代前半の新規採用者と、定年間近の大ベテランで2倍以上は違いますが、3倍までは違わないんじゃないだろか?校長先生でも、同じ年齢のヒラ教員にくらべて、1割か2割増し程度だと思います。既に導入されている職階制によって、若い先生ほど差がつきやすい状況ではありますが、一生ヒラを続けた人と、それなりに昇進した人で、生涯賃金の差は1千万円くらいです。お間違いなく!年ではなく生涯ですよ。一生かけて、4千万の家に住めるか、3千万の家に住めるかの差しかつかないなら、私なら迷わず、ちょっと安くても過労やストレスに無縁な生き方を選びます。もしも昇給でモチベーションが変わるとしたら、成績率の格差は5倍くらいは必要だな。同年代の中で、年俸1500万のエース級と、戦力外すれすれの年俸300万とかがいていいだろう。このくらい違えば、私ももっと頑張ると思いますが、余りにも非現実的だ。
僕らを統括する教育委員会や文部科学省は、一度基本に立ち返る必要があります。教員をやってる人々が、なぜ教員を志したのか、この仕事のやり甲斐が何なのか、が見えてないから、金でモチベーション上げるとか、研修で絞り上げるとかの発想しか出てこないわけだ。私は、教科にしろ部活にしろ、生徒が新しい知識や技術を身につけて喜ぶ顔を見るのが好きで、そのためにこの仕事を続けています。って〜か、きっとそういう先生が大半だから、そういう場面を増やしさえすれば、どんどんやる気出るんですよ。だから、そのための時間をくれ〜。余計な仕事させんな!って、いつも言ってるわけなのだ。(余計な仕事の例・・・全部知ってる内容の研修会に出席を義務づけられる、等)
11月12日 教科会
・・・っていうのは我々の業界用語で、例えば校内の英語の先生だけが全員集まって会議するようなのを指し、略して「科会」ともいいます。「次の科会で話しましょう」なんて、さりげなく言えるようになれば、もう業界人の仲間入り。科会は、最低年3回は必ずやります。各学期末の成績をつけるための話し合いをやるわけだ。でも、これは高校に特有のものだと思います。中学では、成績をつけるのは完全に個々の先生に任されていたから、チェック機能皆無。今から思えばずいぶん危険な話です。科会の頻度は、教科によってもまちまちで、ほぼ毎週やってる教科もあります。私の所属は理科ですが、生物、化学、物理では、やってることが完全にバラバラなので、打ち合わせしたくても共通項が無いから、科会は最低限の年3回です。ところがですねえ・・・。ここ最近、「もっと科会をやりなさ〜い」という天の声が聞こえてくるんですよ。全ての都立高校で、学力向上推進プロジェクトを立ち上げなくてはならなくなり、各校で委員になった先生方が智恵を出し合っているところです。このプロジェクトは、読んで字の如く、都立高校に入学した生徒さんたちに、しっかりと学力をつけさせるにはどうしたらよいか・・・という、学校の本業中の本業に関することですから、常に全力で取り組むべき課題であることは昔も今も変わりません。じゃあ、なぜ今急にプロジェクト始動なのかというと、きっと個々の先生方の指導力が落ちてきた・・・と、天の声が思ったのでしょう。個々に任せておいてはダメだから、チームとして機能させようという意図じゃないだろか。従来よりも科会を頻繁に開いて、情報を共有し、共通の指導方針に沿って、一致団結して頑張りなさい・・・ってことですな。さあ、これってどうなんでしょう?
一つの目標に向かって、チーム一丸となって頑張る・・・という場合、どうしても「目に見える成果」が必要になります。(賞金とか名誉とか) 進学校だと、○○大学に何名合格させた、みたいなのが解りやすい目標になるでしょう。でも普通の学校だと、なかなかそういうのが見つけにくいので、毎年書かされる「私の目標」に、「なるべく数値目標を入れろ」と言われて困っています。だから多分、毎週科会を開いても、授業ネタの交換とか雑談ぽいことはできるけど、「目に見える成果」を出せと言われても、どうしようもないな。成果がわかりにくくて、頑張っても即賞金という業界ではないから、結局のところ個々人の良心または意地で頑張るしかないんじゃないだろか・・・。
だいたい、都立高校生の学力が一番高かった時代って、そんなプロジェクトもな〜んにも無かった大昔ですよねえ。何もかもブッ壊して新しいことばっかりを始めるより、昔の良かった点も検証してみる必要があります。昔の先生たちの方が明らかに遊びほうけていて、だから元気で、その元気を生徒に還元できた・・・っていう私の分析は違ってますか?
11月 7日 CS考
プロ野球にCS(クライマックス・シリーズ)ができたお陰で、良かったことはたくさんあります。昔だったら、優勝チームが決まっちゃったた後の「消化試合」なんて見向きもされなくて、観客500人とかの日もありましたが、今は熾烈な3位争いから目が離せなくて、ライオンズを追っかけてる我が家は、最後の最後まで楽しませてもらえました。でも、悪いこともあります。昨年がまさにその好例ですが、シーズン140試合を戦い抜いて優勝したチームが、たったの数試合で、事実上それを剥奪されちゃうんだよな。フルマラソンの上位者を集めて、「今から100m競走で本当の勝者を決めます」っていうようなもんじゃないだろか。敗者復活戦の一種なんですが、本来の敗者にやたら有利な制度に見えます。そんなCS改善案を、思いつくままに列挙してみましょう。
まず、下克上を是とするのであれば、徹底的な下克上システムの方がよい。6位(最下位)のチームまで参加できるCSはどうだろう。本当の下克上とは、そういうものだろう。下克上システム以外でも、下位チームのモチベーションを上げる方法はあります。箱根駅伝でのシード権争いが好例だな。プロ野球でも、「下位3チームは、来シーズンは予選会から勝ち上がらなければならない」ということにすれば、3位争いは熾烈を極めるな。Jリーグのように、2部リーグとの入れ替えがあれば、下位チームほど最後まで目が離せないぞ。
上位がより優位に、下位がより不利に、というご褒美方式で行くなら、「大貧民方式」だろう。中日ドラゴンズは、横浜ベイスターズから好きな選手を2人貰って、代わりに要らない選手2人を返すという、超不公平トレード。チーム力の格差が開く一方だから、野球界全体がつまらなくなるだろうが、これに近いことを、某金持ち球団がやってた気がするな。ううむ、良い改善案が思い浮かばん・・・。ってことは、やっぱり根本的に問題をかかえた制度なのだろう。
学校には昔からCSっぽい指導がたくさんあります。欠席日数が多いと、進学も就職も不利になるので、1年生の頃には遅刻欠席させない指導をするのですが、2年生も後半になる頃、既にたくさん遅刻欠席した生徒が諦め気味になるんですね。そんな時、僕らの決め台詞は、「まだ間に合います!」 実際、たくさん休んじゃった生徒が、ある時期を境にピタっと皆勤に転じると、採用する側は「何らかの事情があって欠席が多かったんだな。今はもう大丈夫なんだな」と判断するので、「まだ間に合う」は事実。最後まで希望を捨てないように頑張らせるために、いつでも敗者復活が可能だと言い続けるのです。悪い敗者復活戦も時たま見かけます。年間通して全然勉強しないで赤点取った生徒が、年度末のたった1回の追試で合格させてもらえたりしたら、毎日コツコツ勉強してた生徒の苦労は何なのよ、って事になるので、こういう救済用の追試は不要だと思います。
本日のまとめ・・・理想のCSは、下克上無しで、モチベーションを維持しながら各順位争いを続けられるしくみ。以上!
11月 1日 演奏会直後の感想戦
我が家での話ですが、郁恵さん時々「食事の作り甲斐が無い!」と怒ります。私も弦太も、好き嫌いが無くて大食いなので、すべて残さず平らげ、常に「美味しかった」と大満足ですが、なんとそれが不満の原因で、どこがどう美味しかったのか、工夫を凝らした点や、こだわりの部分にさりげなく気づいた上での批評が欲しいわけだ・・・。でも、それって難しくないだろか。一歩間違えば、どうでもいい所ばかりを誉めちゃって、誉めて欲しかった所を大外し、郁恵さん激怒!というリスクと隣り合わせだからな。探りを入れようとして、「このソース、好みだな。何か足したりしたの?」なんて聞くと、「そっちはレトルトですけど」と返されて大慌て・・・みたいなことが起こらぬよう、高度な慎重さが要求されます。
さて、一昨日はユニゾンの定期演奏会でした。終演後、受付付近にいた私に、大勢の方が声をかけてくれました。「良かったよ〜」・・・「はあ、ありがとうございます」・・・。ん〜、どこがどう良かったのか聞きたいんだがなぁ。試しに「どの曲がお気に召しましたか?」なんて、こちらから尋ねてみたりもしますが、私が一番時間と労力をかけた曲目ではなく、当日初見でやったアンコール曲なんかが出たりすると、聞かなきゃ良かったと後悔します。「先生のいつものやつ、あの『どりゃ〜』みたいな指揮が見れて楽しかったです」とか、「人差し指の動きが可愛かったですよ〜」(注:「メインストリート・エレクトリカルパレード」で、独特の指揮法を用いた時のことです)なんて風に、私の動きの目に見える部分への感想も多いです。曲の解釈とか作り方という、見えない部分にたくさん気づいて欲しいんだがなあ・・・。「シャツが出てましたよ」とか、「ズボン細すぎませんか?」なんてのも多いが、うりゃぁぁぁっ!音楽の感想を言ってくれっつうの!
外交辞令的に誉められるばっかりよりも、辛口な批評の方が役立つことは確かです。でも・・・。私「あ!○○さん、いらしてたんですね。ありがとうございます。いいかがでしたか?」 ○○氏「そうねえ・・・ホールが響きすぎるから、打楽器をもうちょい抑えた方が良かったねえ」 私「・・・・(くそお、朝のリハーサルでちゃんとバランス確認したのに)・・・」 終演直後だけは、せっかくのいい気分を害さないよう、誉め言葉で固めておく方がいいと思います。こんなこともありました。私「お恥ずかしい演奏で申し訳ありません」 ××氏「そうねえ、まだまだ消化不良って感じだったね。お疲れさん!じゃあまた」・・・って、何じゃこりゃぁぁぁっ!まさしく斬り逃げってやつだな。
結局、具体的に誉めようとしても危険、辛口批評もダメ、となると、「良かったですよ〜」という他なく、これぞ唯一最高の感想という結論に至ります。「美味しかった」しか言えない私の立場も、わかってもらえることだろう。
10月26日 続・夢判断
本日の話題は、やはり夢についてですが、判断するほどの内容ではありません(謎笑)。時々ですが、トイレが出てくる夢を見ます。トイレを探し歩いて、なかなか見つからない・・・っていうんじゃなくて、すぐに見つかるんだけど、ドアが全部外れてて、「うわ!ここじゃできない。他を探さなくちゃ〜」みたいに、やっぱり困る系の夢だな。・・・で目が覚めたら、決まって膀胱が満タン状態だから、最も原因がわかりやすい夢で、潜在意識もへったくれも無いな。ところで、夢に登場するトイレで、最近気づいたことがあります。ドアが外れてたり、ぶっ壊れてたりして、私が用を足すことを阻まれた後、最後の最後に行き着くのが、どうも私の出身高校のトイレなのです。かなりの頻度で登場するのですが、面白いことに、私の立場は生徒ではなく教員、登場する生徒は現在の勤務校の2年生ばっかり。建物の造りだけが、30年以上前の出身校・・・。さあ、これをどう判断する?
私はこれまで、生徒として教員として、たくさんの学校のいろんなトイレを見てきましたが、その格差たるや凄まじいものがありました。個人的な好みの差もあるとは思いますが、男子用がスラーっと並んでいる場合、隣りとの境に仕切りがあるのが好きです。また、個室はなるべく多い方がよい。また、総人口に対して、十分な数が確保されている方が良いに決まってらぁな。こうしたいくつかの観点で総合評価した時、私が高校時代にお世話になった八○○東高校のトイレは、間違いなくダントツ1位です。当時の校長先生が冗談で作った歌の中にも「殿様トイレ」という言葉が出てくるほど・・・。ここのトイレは、とにかく1つ1つが立派で数も多く、何度でも入りたくなるトイレでしたな(笑)。個室も1つ2つでなく、4つか5つあったと思いますが、けっこういつも人が入ってるんですよ。中には喫煙室として利用してた人もいたと思いますが、単に1人になって落ち着きたい・・・なんて用途にも対応できたんじゃないだろか・・・。逆に悪いトイレの方では、まず○○台高校を挙げておこう。生徒用も教員用も数が少なすぎる。男子用の便器は、田舎の公衆便所みたいに小さくてみすぼらしいものでした。大規模改装したはずだから、少しは改善されたかな・・・。三○中学校の職員用トイレは、なんと入口が男女兼用で、内部で分かれる造りでした。しかも男性用は小2大1。(すぐそばに生徒用は大きいのがあった) 現在の勤務校である○梅総○高校は、そんなに悪くはないが、やや微妙な感じ。学校中に膨大な数のトイレが存在し、数としては十分過ぎるんだが、職員室から一番近いトイレが一番狭いんだな。(キャパは小3大1)。ところがD棟という、非常に人口密度の低いエリアに、小5大3の巨大トイレが各階にあるので、どっちに行こうか毎回迷います。まあこんな具合に、この30年間トイレに恵まれていないせいで、大昔の殿様トイレが夢に出てくるのだと思います。今日は全部自分で判断しました。
10月17日 夢判断
夢は、潜在意識の中にある願望か、もしくは逆に「こんな事が起きたらどうしよう・・・」みたいな恐怖心の現れの、どっちかだと思っていました。前回12日付けでお話ししたのは、もちろん後者のパターンで、久しく会っていない人が登場するのは、会いたいという気持ちの現れでしょう。ところが、最近どっちだかわからん、っていうよりどっちにも属さないような夢を頻繁に見ます。この夢は、私のどんな意識によって出現するのだろう?・・・。とりあえず、内容を紹介しておきます。
場所は明らかに、昔一人で済んでいたアパートです。自転車置き場、郵便受け、階段のすりの感じに至るまで、超鮮明。ところが、全然違うのが各部屋の配置。当時私は2階に住んでいたのに、ここではなぜか最上階。階段を上がって自分の部屋に行こうとすると、他のすべての部屋の前を通るような造りになっていて、不思議なことに、それらすべての部屋の玄関は開けっ放し。散らかし放題の室内に万年床の布団があって、寝そべってポテトチップ食ってる大学生とかが丸見え。みんなワンルームですが、最上階の私の部屋だけ3DKくらいあって、生活水準も私だけがまともな社会人で、他は貧乏学生という設定。さあ、いよいよ部屋に到着すると、なんと私の部屋も無施錠の開けっ放しで、なななんと私より先に部屋に入って悠然とテレビを見ている者を発見!それは階下の学生の1人らしい。私に気づいて軽く会釈したら、再びテレビの方を向く。私はあっけにとられて「え?君・・・」と言いかけたら、彼は悪びれもせず、ぽつんと「テレビを・・・」とだけ一言。私はなぜか「あ、ああそう?うん・・・。じゃあ、あと30分くらいね」と、条件付きで許可するような発言をしてしまう。すると彼は、「○○子〜!いいってよ」と彼女らしき子の名を呼ぶ。すぐに○○子が現れ、私には目もくれず、彼の横に座ってテレビを見始めた・・・。
以上、何じゃこりゃぁぁぁ〜っ!田舎では実際に、黙って近所のお宅に上がり込むとかあるらしいけど、それが私の願望なんだろか?私がそのアパートに住んでいた期間、近所付き合いは皆無でした。私は新築時から10年間住んだ最古株でしたけど、両隣の住人の顔すら見たことなかったし、何人か入れ替わってるはずなのに、引っ越しの挨拶も一度も来なかったな。それは気楽でもありましたが、やっぱりちょっと怖いことでもありました。ううむ、田舎的コミュニティ願望か・・・と納得しかけてる頃、うちの職場で夢判断の得意な先生にお話したら、驚くべき原因が浮かび上がってきました!
この夢の原因は、自分のテリトリーが侵略されることへの警戒感です。侵略行為は、何と私の書斎で行われていて、侵略者は弦太でした。私が帰宅すると、なぜか私の部屋に電気がついていて、弦太が勝手に私のパソコンを使って何かやってる、ということが頻繁に起きています。「ああ、お父さんお帰り。いま調べ物してる」とか普通に言われて、強硬に追い出すこともできず、「目が悪くなるからあと30分だけな」なんて感じで、夢の状況そっくりです。このまま弦太の実行支配がエスカレートすると、次に見る夢では、私がアパートを追い出されてしまいそうだな。そろそろ断固たる対応を取る必要がありそうです。でも、別の見方も可能だな。最近の私は1人でくつろげる空間が無くて、一人暮らし願望が芽生えてきて、それで昔のアパートの夢を見る・・・。ところが、そんな私の隠れ家空間は、周囲の人々によってトコトン妨害される・・・とか。いずれにしても、夢にいろいろな情報が詰まっているのは確かです。
10月12日 揺れる場所で寝ると見る夢
10日(月)は高松にいました。9(日)の楽団の練習が終わった後、リュック1つ持って新宿へ行き、21時30分発の夜行バスに乗り込めば、普段の睡眠不足をここでバッチリ解消して、気がつけば早朝の高松・・・ってなる予定でした。ところがこの日は、新宿までの電車内で爆睡したせいで、バスではいつも程の爆睡にならなかったみたいです。こんな時に見る夢は、だいたい決まっていて、たいていは大地震です。首都直下地震は、いつ来てもおかしくないというのは事実なので、「うわ〜、ついに来たか!」と思って、日頃から心がけている行動を取ろうとするのですが、「あれ?ずいぶん長いな。いっこうに収まる気配が無い・・・」と思っているうちに目が覚めて、「ああ、バスの中にいるんだ・・・」と納得。このパターンは、夜行寝台列車や新幹線でも見ることがあります。そんな経験があったので、たぶん熟睡できない今回も、地震の夢が登場する可能性は高いと思いました。「あ〜あ、嫌な夢を見るってあらかじめ解ってるって憂鬱だな。でも、こうして予測してるってことは、見始めた瞬間に夢だと気づくかもな。よ〜し、揺れたら夢だ、揺れたら夢だ、・・・覚えておくぞ〜」なんて具合に心の準備をして、おやすみなさ〜い!」
突如、激しい動悸に襲われる!こめかみとか頸動脈のあたりが今にも張り裂けるんじゃないか、っていうくらい脈を打ってて、頭がグラグラして身体の自由も利かない。うわ!こんなの初めてだが、かなりヤバい状態。もしかしてこれが高血圧の発作ってやつ?去年の検診で急に血圧が高くなったけど、機械が壊れてんじゃねぇの?とか言って、全然眼中になかった。でも・・・うぇ〜ん、ちゃんと検査受けておけば良かったよ〜と思っても後の祭り。とにかくこのままじゃ危険だ。そうだ!深呼吸すれば落ち着くって誰かが言ってた。深呼吸、深呼吸・・・。ダメだ、全然収まらない。もはや救急車しかないな。意識のあるうちに何とかしよう。「おい、弦太!お父さん救急車で病院に行くって、お母さんに伝えとけ」 弦「え?本物が来るの?すげぇ!僕も一緒に乗っていい?」 これ、数年前の尿管結石事件で、実際にあったやりとりだな・・・。郁恵さん爆睡中で、幼稚園生の弦太は、初めて我が家の前に横付けされたナマ救急車に大ハシャギ。あれ?何か変だぞ・・・と思ったら目が覚めました。全身が揺さぶられるような激しい動悸の正体は、バスの揺れだったというわけだが、いや〜怖い夢だったな。地震だとばっかり思っていたから、完全にウラをかかれましたな(泣)。
10日のみの滞在で、その夜には再び東京行きの夜行バスという強行軍で、車中2連泊だったわけですが、帰りは夢も見ないくらいの大爆睡。今後も、揺れる場所で眠りが浅い時は、身体が揺れる夢を見やすいはずです。地震と動悸はもう大丈夫だから、他にどんな「揺れる夢」があるだろうか?あらかじめ予測しておきたいものです。車中で「揺れる夢」を経験された方は、是非教えてください。
10月 6日 電車の音
いちおう、セミプロ級音楽家の端くれを自負しているもんで、日常生活の場で発生する何気ない「音」にも、いろいろな思いを巡らせてしまうクセがあります。電車の出す音・・・こいつがなかなか面白いです。元々電車好きで、意味もなく乗り回すことが多かったのですが、最近は関心の半分以上が音の方に行ってますな。初めて電車の音に注意をひかれたのは30年前くらいで、中央線は100系とか101系という、たしか初代オレンジ塗りの車両が主流でした。大学に遠距離通学するようになって、車内でウトウトしてたら、夢の中で美しい和音が奏でられたではありませんか。それにしても長〜い伸ばし音だけの、やけにつまらない曲だな・・・と思ったら、ふと目が覚めて、それは電車のモーター音だった事がわかりました。あらためてよく聞いてみると、それは確かに純正律のドミソ3和音なのでした。自然に発生する倍音て、やっぱり純正律なんだなぁ〜。この101系というやつは、ドアの開閉音も「ばるるる・・・どぐわむ」みないに荒っぽく、発車する瞬間も「どきゃっ」という衝撃音から始まり、とにかくいろんな音がうるさい電車でした。その後、黒い顔をした201系だっけ?これは「省エネ」車両というふれ込みで登場したので、ドタバタした音が無く、いかにもハイテクっぽい「うぃーん」という音でした。営団地下鉄(東京メトロ)の千代田線や有楽町線の「うぃーん」も、70年代デビューのくせに21世紀っぽい音だったな・・・。さあ、そうすると、現在中央線や青梅線を走っている最新のステンレス車両は、どんなハイテク音を聞かせてくれるのか!もはやモーター音なんて無しで、トヨタプリウスみたいに忍者のように移動するのか、それとも「ぴこぴこぴー」みたいな電子音なのか、非常に楽しみにしていましたが・・・。実際の音は「er〜」(英語の発音で、舌を巻いた状態で「あ〜」と言う、もしくは、ジャイアント馬場の「ぽぉ」の母音だけを長く伸ばす)でした。これ、実はすごくレトロ感あふれる音なのです。青梅線の101系以前をご存じの方ならピンと来るでしょう。茶色い電車のあの音です。発車直後は「うりうりうりうり・・・」。だんだん回転数が上がるにつれ「er〜」。トーンが上がって、やがて馬場さんの「ぽォ〜〜」も裏声ゾーンさしかかろうかという頃、突然ブチっと無音になり、レール音だけが空虚に響くという、昭和40年代以前の青梅線です。聞いてると思わず身体に力が入ってしまうような、気合いのこもった音でしたな。車体のすべてがハイテク化しているのに、どうして音だけがレトロになっちゃったんだろ?巨人大鵬卵焼き時代に育った僕らへの、ちょっとしたサービスなのかな、とも思えますが、そんなわけないな。SLの時代には、もっと味わい深い音がたくさん聞けたのでしょう。今走ってる電車もいずれ全部リニューアルされるでしょうから、古い車両にはなるべく今のうちに乗って、音を録音してこようかと企んでます。これってやっぱり、変わった趣味だろか・・・?
9月26日 ごっつぉ〜びん
て、何だかわかりますか?私は最初何だかわかりませんでしたが、何かの商品名で、活躍した野球選手に賞品として贈られるということは、きっと貰ったら嬉しいものに違いない・・・くらいのことは想像できました。プロ野球の試合では、その日の殊勲選手に、スポンサーが賞品を出し、どんな活躍に対してどの賞品を与えるかを、試合前に紹介します。西武球場では、こんなアナウンスが流れます。「勝利投手賞として、株式会社そごう西武より、ごっつぉ〜びん。ホームラン賞として、株式会社そごう西武より、ごっつぉ〜びん。猛打賞として、株式会社そごう西武より、ごっつぉ〜びん。・・・」 この時の言い方が、ほとんどの部分早口なのに、「ごっつぉ〜びん」の所だけ妙に、しっかりと3拍のビートを利かせて、しかも繰り返し聞かされるから、な〜んか耳に残ります。みんな「ごっつぉ〜びん」を貰うんだったら、「本日の活躍選手たちには、ごっつぉ〜びんが贈られます」って説明すれば1回で済むじゃんかと思うのですが、繰り返すことによる宣伝効果を狙ってるんだな。
さて、初めてこれを聞いた私は、「ごっつぉ〜びん」の「びん」は「便」で、「ごっつぉ〜」は「ごっつぁんです」に近いから、これは多分、食べ物の宅配か何かだろうと想像しました。結果的にそれはほぼ的中していましたが、不思議なのは周囲の人々が平静を保っていて、「ごっつぉ〜びんて何なの?」とか騒いでいる様子が無いことです。「え?もしかして、ここにいるライオンズファンは、全員ごっつぉ〜びんをご存じで、知らないの僕だけ?」と不安になります。いわゆる「ずんどこべろんちょ状態」(※これの意味は、ずんどこべろんちょ、又はずんべろで検索してみてください)。私は、帰宅後すぐに「ごっつぉー便」で検索を行い、その正体を完全に知ることができました。やれやれ、これで自分もようやく西武ドームの常連を名乗れるってわけだ。何度ごっつぉー便(正しくは「ごっつお便」のリフレインを聞かされても、何食わぬ顔でスルーしてみせるぞ。私をこんな行動に走らせ、ごっつお便を強烈に印象づけたばかりか、こうしてブログで広めさせちゃったんだから、あの一見しつこい宣伝方法は大成功ですな。最近は、家の中で無意識のうちに「ごっつぉ〜便」と呟いたりして、ちょっぴり危険な状況。そのうち幻聴とかあるかもな・・・。そんな具合だから、球場でごっつお便のアナウンスが始まると、弦太から「ほら、お父さんの好きなの始まったよ」と言われます。ごっつお便のHPはこちらです。→ http://www.gottsuobin.co.jp/
9月16日 文化祭の出し物
話せば長くなります。私は30年以上に渡って、この問題で各方面とバトルってきましたから(正しい日本語じゃない?)・・・。まず最初
は、自分が高校生の時の文化祭。新設校だったから、周囲の学校とは決定的に違う雰囲気の文化祭にしようと、先生たちばかりが張り切っていて、生徒の要求とずいぶん隔たりがありました。飲食店は1店舗のみ、お化け屋敷や縁日等はもちろん、ロックバンドの演奏も限りなく禁止に近くて、授業の研究発表が主体の文化祭・・・。バンド演奏くらいは何とかしたくて、事前のオーディションに先生も参加して貰って、怪しいバンドが公衆の面前に現れないシステムを作った所までは良かったが、音楽の先生がどうしても「楽譜の提出」を要求して譲らず、「楽譜が存在しない音楽などあり得ない」とまで言い出す始末(泣)・・・いやあ、たいへんな時代でした。でも今でも、クラシック音楽は文化で、ロックは大衆芸能だとか、演劇をやるクラスはヤル気があって、お化け屋敷や縁日は安易な演目だ、と思う人は多いようです。以前に勤めた学校では、たいてい文化祭の出し物に対する表彰がありましたが、優秀賞は「演劇部門」や「展示部門」から何クラスかずつ選ばれ、「飲食部門」なんて無くて、ましてや「縁日部門」なんてあるわけなく、「たこ焼き屋さん」をやることになったクラスは、いくら美味しいたこ焼きを売っても、「安易な企画に流れやがった」と後ろ指さされることが多いのです。うちの学校も新設校なので、初年度は「お化け縁日禁止」案がありましたが、あっさり粉砕することができました(笑)
ところがですねえ、今年のうちの文化祭の表彰は違いました。全企画の中の最優秀は、なんと「かき氷屋さん」!超文化的なかき氷・・・ってわけでもなかったでしょうに、なぜこんなことが起きたのでしょう?ちなみに、2位軽音、3位ダンス・・・。うちのクラスの「人探し」も入賞していました。実はこれは、一般のお客様による投票の得票数を、そのまま上位から並べた結果らしいのです。この結果に納得の行かない先生方は多かったと思います。なんたって、「非文化的」のレッテルを貼られてきた演目が、軒並み上位を占めたわけですから、「集計方法に問題あり」なんて言われかねません。いや、実際言われるだろうし、来年はこういう企画が意図的に排除される仕組みが作られる予感すらします。まあそうなったらなったで仕方のない事ですが、今年の結果は、事実としてきちんと受け止める必要があります。
単純人気投票には確かに問題があります。1000人のホールで開催されたクラシックのコンサートより、東京ドームを満員にするジャニーズ系の方が優秀な演目って言ってるのと等しいからな。そもそもの間違いは、ベートーベンとジャニーズを同じ物差しで測ろうとしたことにあるわけで、そこは改めるべきなんですが、目をそむけちゃならないのは、非常に多くのお客様が、かき氷やロックバンドや縁日を楽しんでいたという事実なのです。こうした企画を「非文化的」と切り捨てて、研究発表オンリーの文化祭にしちゃったとしたら、それはお客様を無視した自己満足と言えないだろか。着ぐるみを着たお兄さんお姉さんを探し出して、スタンプをもらうチビッ子たちの笑顔や、そのチビッ子に優しく接する高校生の姿を見ていると、「人探し」は立派な社会貢献であり、生きた体験学習だという確信を深めます。さあ全国の高校生よ、来年もかき氷売ろう、着ぐるみ着よう!君たちは間違いなく、学園祭に不可欠なポジションを担っているのだ。
9月 3日 やっぱり指揮はドカーンと
コンク−ルのA組に出場するようになって、いわゆるトップレベルの演奏に触れる機会が増えました。今年も、全国大会常連の片倉高校と同じ日だったから、「同じ土俵で戦って来た」と言えば、なんかカッコイイな(笑)。全国大会を見に行ったのは、1983年の中学の部が最後で、高校の部は一度も見たこと無いので、興味本位で一昨年のDVDを買って見てみました。そしたら、私にとって物凄く意外なことが2つありました。いずれも指揮者についてです。
まず、指揮者(指導者)は全国的に有名な凄腕の先生方だから、どんなに派手な、或いは華麗な棒さばきを見せてくれるのかと思ったら、非常に地味なのです。殆どメトロノームのように、イチニ、イチニ、を出しているだけ・・・と言っても過言でない先生もいました。にも関わらず、バンドから出てくる音は、流れるようなレガートから一転して爆発的なファンファーレ・・・みたいに変幻自在なのが、どう見ても違和感アリアリ。これって私の想像ですが、指揮者の手振りや表情から音楽を読みとって演奏してるんじゃないですね、多分・・・。前もって完全に表現内容をプログラムされているから、指揮は正確なテンポキープに徹すればいいわけだ。それとも、もしかしてカールベームとウイーンフィルみたいな関係で、超少ない動きから音楽を読みとってるのかな・・・?
次に、スコアを置いて、ちゃんとめくりながら振る先生がいたことにも驚きました。コンクールの曲は、2曲合わせても12分以内です。これを毎日・・・、全国大会が行われる10月まで、非常な長期間練習してきてますから、どんなに複雑な曲でも覚えちゃうに決まってます。覚えちゃった曲のスコアを、あえてちゃんとめくりながら指揮する理由として考えられるのは、アンサンブルが崩壊した時の対策用ですが、まさか全国大会の本番で誰か1拍早く飛び出して、それにつられて全員グチャグチャになるなんて、絶対に有り得ません。だとすれば、理由は他にあります。「覚えるほど練習していない」って事じゃないかしら?ウワサによると、全国レベルのバンドでは、おもにトレーナーが合奏を指導して、本番を振る先生は滅多に指揮台に登らない・・・なんて話も聞くので、その事と無関係じゃなさそうだな。
以上2つとも、聴衆は指揮者の動きを見に来てるわけじゃなく、音楽を聴いているんだから、出てくる音が素晴らしければ何ら問題無いじゃん・・・て言われたらそれまで。でも一つ言わせてもらうと、同じくらい演奏が上手い場合、指揮を派手にやった方が、明らかにお客さんの拍手は多いです。つまり、お客さんに与える満足感も大きいわけだ。安全第一のコンクールは仕方ないとして、コンサートでは、指揮者も全身で音楽表現して、バンドと一体となって曲作りをした方が、お客さんのためだと思います。ただ、指揮が物凄く派手なのに演奏がしょぼいという場合も、なかなかの違和感なので要注意だな。私はこれを「空振り三振」とか呼んでます。
8月26日 煮詰まり打開法
コンクールシーズンの約1ヶ月に渡って、課題曲自由曲の2つを代わる代わる、時には何日も連続で朝から晩まで練習してきました。こういう練習の時、煮詰まる・・・という状況によく陥ります。練習してもしても全然変わらない・・・進歩がまったく実感できない、という状態。以前にもこのコーナーで、ピアノの発表会等での「煮詰まり打開法」をいくつか紹介して参りましたが、今日は大編成の合奏に特化してお話します。世間一般の指揮者の先生方ということでなく、あくまで私が心がけていることです。
「煮詰まる」は必ず起きます。ある曲の練習をスタートしてからの成長曲線は、初見後間もなくの頃が最も傾きが大きく、その後どんどん平坦に近づき、漸近線に向かうような感じなので、とりあえず進歩は止まるように見えます。進歩が感じられない練習を繰り返すのは、苦痛以外の何物でもなく、むしろ逆効果になることさえあって、成長曲線の傾きがマイナスになることさえあります。こんな時は「休む」しかないのですが、本番間近ともなると休んでもいられないから、さあどうしよう?ここからの戦略は大きく2つです。
@漸近線そのものの高さを上げて、そこからの伸びしろを大きくする。
本番直前だからこそ、ふだん以上に基礎練習を増やすことを勧めます。曲の解釈等では煮詰まっていても、基礎練習によって、全般的な底上げができるので、目に見える進歩が感じられるから、とにかくこれが最良の方法。
Aグラフのスケールを拡大して、僅かな変化を大きな進歩として感じる。
例えば、床屋さんが髪の毛を切るときは、最初は無造作にバッサバッサやってって、最後はハミ出た1本を切って長さを整えたり、作業がだんだん精密化していきます。おそらく床屋さんは全体を見渡して、ハミ出ている度合いのひどい所から修正していって、その精度を上げていってるはずです。曲も、まず全体をトータルに見渡して、いびつさ加減の大きい所から手を入れてゆき、修正を加えたら再び全体像を確認・・・という作業を繰り返します。どんなに微細な修正でも、みんなが実感できれば、集中力を切らさずに進行させることができるはずです。全体像を捕らえるコツは、お客さんの視点で聴くことだと思います。だから、狭い音楽室の指揮台で聴くよりも、ホール練習の方が効果抜群。もし音楽室でやる時でも、ちょっと誰かに指揮を変わってもらって、お客さんになってみる・・・これ、煮詰まり回避の極意のひとつ。
最後に、極意というか奥義と言ってもいいことを伝授しよう。本番だけ特別な何かが起きることを期待させて、ドキドキワクワク状態で本番を迎えましょう。最後のリハーサルまでしかめっ面で通した指揮者が、本番だけ満面の笑みで振るとかすれば、演奏者も必ず本番を一番楽しんで、想定外の力を発揮してくれるはずです。これ、もう1ヶ月早く載せればよかったな・・・。
8月17日 ライオンズ・クラシックの成功
ライオンズは、プロ野球チーム西武ライオンズのことですが、これにクラシックというのがくっつくと、ハテ何でしょう?実は、西武球場に通っている人にしかピンと来ない用語ですので、解説いたします。西武球場に行くと、一定期間、ライオンズの歴史展みたいなのを上映したり、選手たちが昔のユニフォームを着て登場したりして、昔のライオンズファンを懐かしい気分にさせてくれます。昨年は、太平洋クラブライオンズ時代の赤いユニフォームが使われました。西鉄ライオンズが太平洋クラブに身売りされたのは、私が中学生になった頃で、反逆精神丸出しでパリーグを応援していたので、太平洋クラブの試合もよく見に行ってました。やがて、西武ライオンズとなって、本拠地も所沢市に移り、バスやタクシーもライオンズマークをつけて走る時代になると、かつての面影がない、全くの新球団という印象でした。ところが、こうやって昔のライオンズ懐古キャンペーンをやられると、私のような太平洋クラブ時代のファンが戻ってくるんですね。事実、私もファンクラブ会員に復帰しちゃいましたからな。さて、今年のクラシックはですねえ、なんと三原監督特集です。誰それ?っていう人が多いはずですが、うちの両親のように「神様稲尾様」を唱えてた西鉄ファンは、泣いて喜ぶ企画です。西武ドームのスクリーン上で、中西&豊田という往年のクリンナップが対談してるのを、大半のお客さんはキョトンとして見ていましたが、60才以上くらいのファンたちは、目を潤ませてますな。昔のファンを、そのまま現球団のファンとして取り込んじゃうという、見事な戦略だと思います。他球団はどうなんだろ?南海ホークスのファンが、ダイエーホークスファンになっているとは考えにくいし、現オリックスも、近鉄や阪急の面影は残していないな・・・。
ここから何を学ぶかというと、新しくした時に新しさばっかり強調せず、伝統を重んじる方が、ファンを増やせるということです。うちの学校は開校6年目の新設校ですが、その前身は百年の歴史がある伝統校だから、期間を決めて「青総クラシック」の企画をやれば、もっと地域から愛される学校になるんじゃないだろか?教育行政全体についても、過去の伝統をぶっ壊して再編することばかり考えていますが、往年の都立高校ファンが離れてしまう、つまり「都立は魅力がなくなった。うちの子は私立に入れよう」なんてことにならなければ
いいなあ、と心配になります。
8月 8日 旅行会社のブラックリスト
おわ〜ぉ!いつになく過激な臭いが漂うタイトルでしょ。業界ウラ話の中でも、かなり際どい部分だと思いますので、訴訟を起こされないギリギリのラインを試みよう。私たち教員は、いろんな行事をやるために、旅行会社と付き合いがあります。日帰りの遠足くらいだったら、自力でテーマパークを予約して、バスを手配すれば、どうにかやれる範囲ですが、ケタ違いにデカい修学旅行となると、旅行会社の手を借りないとまず不可能。すべてが順調に進むならば、自力でやってやれないこともないですが、例えば台風直撃で飛行機が飛ばず、生徒全員沖縄で1日余計に足止め・・・なんて事態では、僕ら素人では対応しきれません。その旅行会社は、もちろん1社だけでなく、競争入札によって毎年決め直すので、いろんな業者が入れ替わり立ち替わり登場します。うちの学校では、過去5回の修学旅行(5回目はこれから)を、計3つの業者が担当しました。そして、その3つの中には、明らかなランキングがあります。「非常に良い」「どちらともいえない」「非常に良くない」。・・・??? だったら、毎年「非常に良い」の業者に頼み続ければいいじゃん・・・と思うでしょ?それができないのが、競争入札の怖いところ。管理職や行政職も加わって、非常に公正にやりますから、僕らの希望が反映される余地はまずありません。「非常に良くない」に当たらないことを祈るばかりです。
どういう業者が「非常に良くない」かと言うと、極めて単純!「約束を守らない」「頼んでおいたことを忘れる」「頼んだのと違うことをやってくれちゃう」等々・・・一言でいえば「信頼できない」ってことですね。こういう業者とでも、二人三脚で仕事をして行かねばならないのですが、一つだけメリットがあります。業者任せにしておけないので、我々教員の緊張感は非常に高まり、むしろミスが減ります(泣笑)。どっかの学年で業者のミスがあると、そのことはアッという間に職員室中に広まりますので、ブラックリストは学校全体で共有する情報になります。うちの学校からよそへ転勤して行く先生は、もちろんその情報を持った状態で異動し、広めまくっちゃいますから、だいたいどこの学校の先生に聞いても、ブラックリストは共通しています。
夏休みの比較的早い時期には、部活の合宿が集中します。多くの部が、旅行会社に貸し切りバスの手配を頼みますが、バスが時間通り来なかったり、違う場所に迎えに行っちゃったり・・・なんてアクシデントが、たま〜に発生します。こういうミスをした業者のランキングは、当然の事ながら一気に下がります。また、ミスした後の対応に誠意を感じられるか、も大きな分かれ道だな。この夏も、ある部活のバス手配に絡んで、業者の大きなミスがあったようです。この信頼を取り戻すのは大変だろうな・・・。だってもう、み〜んなに広まっちゃってるからな。プロとしてやっちゃいけないレベルのミスというのは、やっぱりやっちゃいけないんですよ。可哀想な気もするけど、生徒や保護者の利益を守るために、私は「○○社はヤバイぞ」という情報を得たら、それを言いふらします。
7月29日 名監督は手柄話が嫌いです
「能ある鷹は爪を隠す」という諺を解りやすくすると、「威張るヤツほど、実は大したことない」ってことになりますが、じゃあお前が一番大したことないヤツだって言われそうです(汗) でも、自分で言うのも何だけど、実は私はそれほど威張ってません。比較の問題でしょうが、私の何倍も威張ってる人が大勢いるので、今日はそういう人々にカツを入れます(笑)
何で急にこんなことを書き始めたかというと、最近あちこちの新聞(おもにスポーツ欄)で、こんな記事を見かけるからです。「○○高校、破竹の快進撃!△△監督、就任から僅か1年でチームを再生させた秘密とは・・・」なんて見出しに続いて、その△△監督のインタビューは、こんな感じ。「最初は、無断欠席し放題のクソチームでね。正直なところ途方に暮れましたよ」・・・そんなオンボロチームに、新監督がまず命じたのは、挨拶と掃除だった。「いやあ、反発なんてもんじゃなかったですね。出て行けだのぶっ殺すだの、さんざんでした」・・・しかし、新監督は一切手を緩めず、厳しい要求を貫いていった・・・な〜んて具合。
よくある記事です。新監督の手腕は実際に凄いわけで、これを記者が讃えるのはまあ当然として、問題は讃えられた本人がまったく謙遜することなく、調子に乗りまくっている点・・・。また、一つ大切なことが忘れ去られていて、それは、前任者がどんなにダメダメ監督だったとしても、少なくとも部を潰さずに、細々とでも維持してきたという事実。それがなければ、再生もヘッタクレも無いのですから、まずは前任者と、その時点に在籍していた部員たちへの感謝から入るべきだな。
実は私自身が、新採の年に卓球部の顧問になり、むちゃくちゃ弱いチームを1年間率いて、翌年に名監督に引き継ぐという経験をしています。名監督は有名人でしたから、卓球部員たちは始業式のステージを見た瞬間から大騒ぎでした。今も忘れないのは、その午後、新監督を練習場にお連れして、部員たちに紹介しただけでその場を立ち去った私に、新監督は後でこう言ってくれました。「あなたが頑張って来てくれたから、部員たちが今こうしてここにいる。引き継がせてもらえること、本当に感謝する」 ちょっとビックリでしたが、この人はすべてにおいて、こういう姿勢でした。やはり1年目で都大会の上位まで登り詰めま、「さすがですね」なんて言われても、「偉いのは生徒です」という決まり文句で返すだけ。この監督さんは、今でも最も尊敬する指導者の1人です。
自分が何かしら改善に寄与できそうな場合も、そこまで積み上げてきた生徒たちの努力に敬意を表し、関係者一同への感謝から入ることを心がけたいと思います。クソチームとしてこき下ろすなんぞ言語道断ですぞ。
7月12日 怒って出ていっちゃう
大きな演奏会まで残り1週間を切ると、誰かしら必ず、多いときは2〜3人、怒って出て行っちゃいます。吹奏楽部の演奏会に限らず、合唱コンとか文化祭のような、クラスの行事でもそういう事は発生します。出て行っちゃっうのは、それまで一番頑張ってたリーダー格の子が多くて、出て行っちゃった後、どこに向かったのか、たいていは不明。だから、出て行かれた側は大いにうろたえます。うろたえるってことは、すでに「私たちのせいで出て行っちゃった〜。探し出してみんなで謝ろう・・・」みたいな方向に動き始めているので、雨降って地固まる・・・で、感動的な本番を迎えることができます。ところが、出て行っちゃった子を追いかけようとする子に向かって、誰かが「いいよ、放っとけよ、あんなやつ」なんて言い出すことがあります。今までのリーダーの専制君主的なやり方に、不満が募っていたような場合だな。リーダー派と反主流派の対立に発展する可能性も大きく、こんな時に一番うろたえるのは先生だろうな(笑)。〜だろうな、なんて他人事みたいな言い方ですが、もちろん私もたくさんうろたえました。でも、先生がうろたえちゃったら、事態収拾への道は開けないので、最近はうろたえずに対処しています。って〜か、毎度のことなので慣れただけかもな。
クラスや部活が真っ二つに割れそうな時、どう対処しているか・・・。これを読んでいる同業者の方は、その答に期待しているんじゃないかな。ガッカリさせて申し訳ありませんが、答は「ケースバイケース」。出て行っちゃった子を、私1人で探し出して説得して、その後みんなと話し合いさせることもあるし、何と私が「放っておけ!途中で投げ出すようなやつにリーダーの資格は無い。」と言って、探しに行こうとするみんなを止めたこともあります。一つだけハッキリ言えることは、一生懸命頑張って来たからこそ出て行っちゃうので、本気で放棄するはずはありません。間違いなく、みんなが呼び戻しに来るのを待っているので、すんなり呼びに行くか、独善的な部分に気づかせるために、呼ぶのを少し遅らせるか・・・の違いです。日常的にその組織の観察を続けていないと、本当にどうしたらいいのかわからなくなるので、日頃から練習に顔を出すか、せめてリーダー格の子とは連絡を密に取り合っておく必要があります。
さて、怒って出て行っちゃうのが先生という場合があります。授業中うるさくし過ぎて、先生が出て行っちゃった・・・なんてこと、経験ありませんか?これって、呼びに来てくれるかどうか不安になります。私は幸い、呼びに来てくれた率10割ですけど(昔は何度か出て行っちゃってた)、失敗する先生もいます。ある先生が、「あんまりやる気が無いから、もうお前らには教えたくないって宣告して出て来た」というので、事情を聞こうと思ってその教室に行ったら、「先生、勝手に出て行っちゃっいました。これって授業放棄ですよね。校長先生に言いつけたら、先生代えてもらえますか〜?」なんてまくし立てられたことがあります。絶対に呼びに来てもらえる勝算が無い時は、出て行っちゃわない方がいいです。
定期演奏会はいよいよ16(土)です。明日から何人出て行っちゃうだろうか・・・(汗)
7月 4日 自然庭のすすめ
青梅市では、きっと行政主導で、街中に花を植えているのでしょう。今の季節、どこの店先にも、3色のベゴニアを植えたプランターが置かれています。秋になると、これらが一瞬でパンジーに早変わり!そして再び暑くなると一瞬でベゴニアに!これホントに一瞬・・・て〜か1日です。街中の花が、すべてたった1日で変わることに、私は実は少し違和感を覚えています。学校の敷地内も、季節による花のローテーションが行われています。農業高校だけあって、そこいらの植物園に負けない、気合いの入った花壇で、花の種類もマリーゴールド、サルビア、ペチュニア等々、バラエティに富みます。・・・が、これもある日突然、跡形もなくごっそり消えたかと思うと、数日後には全部新しい種類に替えられているのです。たしかに季節はずれの花は残り僅かで枯れるし、枯れたら見苦しいから、そういう状態を晒す前に刈り取っちゃうのは、ある意味、花たちの名誉を守っているのかもしれません。でも、私は天寿を全うさせたい主義なので、完全に枯れるまで放置です。我が家では、今もパンジーの株が熱中症と戦いながら(そんなのあるのかな?)、最後の力を振り絞って少しずつ新しい葉を出していますが、そこへお客さん現る!何ていう虫だかわからないですが、黒地にオレンジの斑点がある毛虫(写真左)が数匹登場し、枯れかけたパンジーをムシャムシャほおばっているではありませんか。うち1匹が昨日めでたくサナギになりました。パンジーを根こそぎ処分してたら、こうした皆さんたちのご飯も消えちゃったことになります。ユズの木に現れた青虫も、もちろん放置!(写真右) 毎年多くのアゲハチョウが我が家から巣立ちます。

うちの裏庭は完全にジャングルと化しました。いつの間にか、背丈ほどの草が生い茂り、その葉っぱは穴だらけ。虫たちの栄養になっているな。そしてですねえ・・・地面なんですけど、引っ越してきた時はオール赤土で、スギナだけしか生えなかったのですが、4年間放置したジャングルは、毎年発生する大量の有機物が積もるんですね。今ではいろんな植物が生え、ミミズまで生息するようになりました。ダンゴムシや、何かの白い幼虫もたくさんいるよ〜。10年後はどんな生態系になってるか楽しみだな。
さて、私は「切り戻し」というのもやりません。花は、種子ができると「オレの役目は終わった〜」と思って、一気に老化するんですね。周期的に切り戻すと、なかなか役目が果たせず、花を咲かせ続けるってわけですけど、これも人間の勝手だと思うのは私だけでしょうか。さっさと種を作るのも、だらしなくビニョーンと伸びた茎も、その株が自ら選んだ道。ありのままを受け入れようではありませんか。切るのは、道路に飛び出たりして、他人に迷惑がかかりそうな枝だけにしています。
私は、あまりにもきちんと管理した庭は、造花に見えてしまうことがあります。ほんの片隅の1区画だけでも、手つかずエリアにしてみると、自然の醍醐味が感じられること請け合いだな。
6月29日 ドリブルもパスも・・・
勝つために高めるべきは、何はともあれ個人技なのか、パス回し等の組織力なのか・・・。答はきっと両方なのでしょうけれど、両方高められたら苦労は無いので、チームによってどっちかを優先させるわけだ。例えば、うちの弦太が小学校低学年の頃に、生意気にも地域のサッカーチーム批評を繰り広げていました。「霞はドリブル主体で、若草はパスサッカーだ」とかいう具合。私見ですが、見ていて楽しいのは圧倒的に個人の美技ですが、勝率を上げるなら組織力でしょうか。スター不在の小粒な集団でも、各自の役割がしっかり果たされているチームは強いからな。ただし、そういうチームには司令塔が必要です。
さて、学校の先生というチームにも、個人技と組織力の両方が必要とされます。個人技とはもちろん授業の中味とか、対生徒への影響力や説得力ですが、これはまあ自分で磨いて行くものですね。組織力は、小さい単位で言うと、学年の担任団(中学では副担任も含めて単に学年という)のチームワークで、これの善し悪しは、ハッキリ言って「カギ」です。同じ学校内なのに、1年生は落ち着いてるけど2年は大荒れ・・・なんて時は、学年の先生たちの結束が原因の大半だと思います。学校全体の組織力というのも絶対にあって、例えば同じくらいの成績層が入学する2つの高校で、片方からは大学短大や看護学校にもバンバン入って、ほとんどの子が進路を決めて卒業していくのに、もう片方は半数がフリーター・・・なんてこともありました。中学生をお持ちの親御さん、気を付けてね〜。偏差値が同じくらいでも、中味は恐ろしく差がありますよ〜って、我が家も該当者だな。青梅総合に入れなくちゃ(笑)。
組織力の善し悪し決めるのは、どんな場合でもリーダーです。学年団ならズバリ学年主任!学校全体なら校長先生&3主任(教務・生活・進路)の誰かです。学年団の場合、主任はおっとりしてて、参謀的な人が目立ってるケースがありますが、それでもやっぱり主任の心意気で決まります。学校全部だとチームがデカくなるので、校長先生はむしろ監督で、ピッチの中に中田英寿みたいな、ゲームを組み立てられる選手が必要です。副校長先生が忘れられているみたいですが、副校長先生は、監督のそばで作戦を進言するような、軍師として機能すればベスト。単なるイエスマンに徹してしまうと、立場が3主任より下になって、チーム力も落ちてしまいます。監督がチーム作りの明確なビジョンを示さないと、選手たちがその場の思いつきでプレーし始めるので、個人技が非常に高い場合はむしろ面白味が出てきますが、逆の場合は目も当てられません。都立高校は、昔は圧倒的に個人技主体のチームが多かったように思います。でも最近はどこも、学校としての戦略を掲げて、チーム一丸となって・・・みたいなのが目立ってきました。学校の中に、○○推進委員会とか△△検討委員会みたいなのがたくさんできて、会議が増えたのもそういうことだと思います。我々の世代は、そういうのに慣れていないので、時代の流れに取り残されそうになってます(泣)。弱音で締めくくるので、ほ〜っほっほ・・・は、ありません(泣笑)
6月21日 ドラマ鈴木先生
学園ドラマは数あれど、こんなに怖いのは初めてだな。どうみても、このドラマの制作スタッフの中に現職教員がいるか、或いは元教員がいるとしか思えません。余りにもリアルなので、最初は笑いながら見ていたのが、そのうち他人事とは思えず、自分がこのクラスの担任になったような気分にさせられ、ハラハラドキドキの連続・・・。視聴率は低迷しているらしいし、たぶん次回が最終回ですが、学園ドラマ好きな方は、ちょっと見てみてください。月曜夜10時〜7チャン(うちのTVでは)です。
じゃあ、他の学園ドラマはリアリティ不足なのかというと、まったく不足です。例えば「金八先生」なんて、名シーンと言われる場面でも、私は笑いをこらえるのが大変でした。あげたらキリが無いくらい、あり得ないことの連続。大昔の「進め青春」「飛び出せ青春」「我ら青春」も「ゴクせん」も、学校を知らない人たちだけで作ったとしか思えません。それに対して、「鈴木先生」は何がどうリアルなのかっていうと、まずは登場人物の先生たちだろうか。実際の学校にいそうな人たちばかりなんですよ。中でも、冨田靖子が演じる足子(たるこ)先生は、冨田の名演も手伝って、最強のキャラクターです。多くの現職の男の先生が、若い頃(今でも?)足子先生のような天敵に苦しめられた経験をお持ちじゃないだろうか・・・。そしてあの喫煙ルームの風景・・・。現在の東京都の学校には、もうこういう部屋は存在しませんので、ドラマの設定が5〜6年前なのでしょうか。タバコを吸わない人の中には、実は2つのタイプがいます。喫煙ルームを敵視してあの手この手で弾圧を企てる人と、自分は吸わないのに、なぜかこのルームの住人になっちゃう人です。吸わないのに仲間になる理由は、このルームだけが何でも自由に話せて、最もくつろげる場だからで、コーヒーを飲みに来るだけという先生も多かったりします。青梅東高にいた先生たちで、いまだに「タバコ部屋の会」という飲み会を毎年続けていますが、そのネーミングとは裏腹に、非喫煙者の方が多数派です(笑)。敵視する人々は、単純に煙が嫌いなだけではなかったようだな。三沢中の時、非喫煙者の強い要望によって、職員室の奥の放送室がタバコ部屋になったのですが、休み時間毎にそこから漏れてくる笑い声が、余りにも楽しそうで羨ましかったのか、或いはもしかして会話の内容(下品な話題も多い)が聞こえちゃったのでしょうか。設置要求したはずの先生が、「あの部屋は雰囲気悪い!」とか言い出し、閉鎖要求に転じました。足子先生っぽい人だったかもな・・・。
金八先生の影響で教員を目指す人は明らかに危険ですが、鈴木先生は金八よりもはるかに実態に近いから、これに耐えられると思った人は是非目指してほしいものです。言っときますけど、足子先生は実在する(怖)。
6月16日 合唱コン直前直後の訓話
昨日は合唱コンでした。うちのクラスは銅賞(6クラス中の3位)だったので、みんなまあまあ喜んでいました。易しい曲をキッチリ仕上げる路線を行きましたが、金賞はやっぱり難しい無伴奏曲に挑んだクラスが獲りました。その金賞クラスの歌声を、本番前日に聴かせてもらった時の、私のアドバイスを紹介しよう。
「どのパートもしっかり歌えていて、声量もおそらく全校で一番パワフルである。問題点は、各パートが全力疾走の100m競走になっていて、隣の走者の位置、歩幅、歩調に注意が向けられていないことだ。これだと当然、みんな一緒にゴールテープを切ることは不可能だ。合唱をやる時は、100m競走ではなく、二人三脚かムカデ競走を想像するといい。全力で走りながらも、常に隣りやさらにその隣り、欲を言えば全員の歩調に気を配って、一緒に走ることを心がけよう」 これは、まさしくアンサンブルの極意に他ならないので、複数の人が集まって何かしよう、という行為すべてにあてはまると思います。
次は、合唱コン翌朝の、うちのクラスでの訓話。
「審査員の目に触れたのは、本番の数分間だけ。つまり長い準備期間のうちの、ほんの1%くらいを判断材料として評価を下しているわけだ。最初はなかなか練習に集まらなかったのに、だんだんクラスがまとまってきて、どうしても合わなかった箇所がやっと歌えるようになって、みんなで喜び合った・・・等、昨日までの膨大なプロセスは、君たちしか知らない。このプロセスにこそ、誇りをもつべきだ。このクラスには、どこへ出ても胸を張って自慢できるプロセスがあった」 部活の試合、受験勉強、その他・・・努力がどう結果に現れるか、という場面はた〜くさんあります。上記の訓話は、あらゆるジャンルの指導者が、常に持っているべき考え方だと思っています。
今日の話題は、真面目すぎたかしらん?でも、私のブログにたどり着いた方の検索キーワードは、圧倒的多数が「訓話」なので、ガッカリさせないために、ちゃんと訓話らしいものも載せておこうと思った次第。
6月 9日 唸る
指揮しながら、どうしても唸ってしまいます。無意識的にどっかのパートを歌ってることが多く、バンド全体の音量が小さくなった時、メンバーやお客さんに聞こえそうで、ひやっとします。そのパートと同じ音程で、美しく歌い上げていれば、別にひやっとすることもないですが、歌うというより正に「唸る」だから、聞いた側もビックリです。私のクセというより、たいていの指揮者がそうなんじゃないだろか?頭の中だけで歌おうと思っても、つい深くブレスして、その息のやり場に困る状況になるから、唸りが生じるのでしょう。私の唸りを確認してみたい人は、7月16日のコンサートを、ぜひ最前列でご鑑賞ください。
演奏中に唸ってるのは、指揮者だけではありません。歌手や管楽器奏者たちは、唸るくらいなら息をそのまま音楽にすればいいので、唸るのを見たことないです。(唸るような吹き方・・・というものは存在する) ピアニストには、唸る人がたくさんいます。唸りピアニストを1人あげなさいと言われたら、ダントツ1位はキース・ジャレットでしょう。「唸りすぎだ」という批判も受けるそうですが、ご本人いわく、「他のピアニストが何故唸らずに弾けるのか、理解できない」んだそうです。キースのいろんなアルバムを聴いてみると、ほぼ唸りっぱなしもあれば、ターボがかかり始めると唸る・・・みたいなのもあります。実は、先月末にキースのソロコンサートを聴いてきました。オール・インプロビゼイションですが、面白いことを発見しました。て〜か、そう感じたのは私1人かもしれないので、「発見」とは言えないかも・・・。曲のスタート時は、キースは自分の心の中に広がる風景を描いていて、突如一発唸るのを合図に曲想が変化!違う世界になるというわけではなく、さっきまでの風景の中に、動物が1頭現れた・・・みたいな感じ。何曲か聴くうちに私は、「唸りの瞬間に神が降臨」を感じました。神の声を聞きながら弾いているのか、自分が神になっちゃってるのか、とにかく唸ったキースが、それくらい音楽に没頭してるのは確かです。指揮では唸る私も、ピアノでは唸ったことがないので、きっとまだまだなんでしょう。
ドラムで唸るのは日野元彦さんでした。スネアを打つところで「てっ!」みたいな声を発するので、4ビートの「ツクタツクタ・・・・・・」というリズムの中だと、「痛!痛!・・・」(いてっ!いてっ!・・・)と聞こえて、大丈夫かなあと思いました。
6月 6日 体育祭と合唱コン
梅雨の晴れ間に、なんとか体育祭が実施できました。クラスの生徒たちの明るい笑顔や真剣な表情を、たくさんカメラに収めることができて、楽しい1日でした。得点板の数字に一喜一憂しながらも、実はそれほどガチンコ勝負ではない事を、誰もが知っています。極めつけは「借り物競走」だな。うちの学校では「人捜し」という種目名ですが、引いたカードに書いてある名前が、すぐ近くにいる生徒か、その日は出張で不在の先生かは、まさに運次第。また「パン食い競争」では、誰かがかじり付こうとすると、他のパンも全部揺れたりするので、仮に毎日欠かさずパン食いの素振りトレーニングを積んだとしても、実力が出しにくい種目という色彩が濃いな。そんな勝負に、なぜかみんな真剣になっちゃうから面白いです。
さて、再来週は合唱コンクール。「合唱祭」と書かないのは、体育祭にくらべて圧倒的に、ガチンコ勝負色が強いからだな。クラスの練習風景は真剣そのもので、悲壮感が漂うことも・・・。合唱コンの勝敗は、担任の先生の指導力で決まる、という誤解も一部にはあるようです。指導力とは、必ずしも音楽の専門的知識ではなく、生徒をどれだけ制圧できるか、の方が重要なファクターかも。うちの学年では、昨年1位になったクラスの担任は、優しい系の女性でした。その先生は、「いやぁ、意外でした。○○先生って優しそうにみえるけど、睨みが効くんですね〜」なんて言われてました。実際、睨みが効く先生のクラスだけが歌う、という学校はあるようです。私がアドバイザーとして伺ったクラスで、練習中に一触即発という場面は、何度か見たことがあります。先生「てめぇ歌えっつってんだよ!」 生徒「歌ってんだろ!」 先生「口が開いてねぇんだよ」 ・・・○×△★☆@・・・ 他の生徒は固唾を飲んで凍り付いて・・・ってわけでもなかったから、このクラスではこれが日常の風景なんだろうな。でも、合唱の楽しさを味わうどころじゃないだろな。
では最後に、合唱コン勝利への道を教えよう。うちの学校のように、専門家が審査員を務める方式限定のお話ですよ〜。@とにかく発声練習して、音程が下がらないこと。A各パート2人ずつ、完璧な音程で歌える人材を養成し、舞台の後列に配置すること。専門家は、音程と発声を重視することをお忘れなく。また、野球でピッチャーや4番打者が責任重大なのと同様に、合唱も全員平等でやるように見えて、実は核になる人が必要です。念のために申し上げると、合唱コンの目的は勝つことだけではないし、プロセスが大事なのは当然です。ただ、プロセスは外部審査員の目に触れないので、勝つことを目指すなら、審査員が目を付ける部分をしっかり押さえておくことが必要です。あ〜あ、この秘密を紹介しちゃったから、今年も優勝監督になれないな。
5月26日 オージェーティー(OJT)
オン・ザ・ジョブ・トレーニングの略なんですって。それを聞いても、まだわからんでしょう。要するに、仕事の中でみんながスキルアップして行くってことです。学校でもいよいよ、制度化されたOJTがスタートするようです。って〜か、長く仕事を続けてれば、いろいろわかる事が多いから、スキルアップするのが当たり前。新人や若手は、ベテランのワザを盗んで成長するのが当たり前。だから、そんな太古の昔から当たり前のことを、何で今さら制度化するのかというと、答は簡単・・・学校の先生はそれができて無かったからです。具体的にどうするのかというと、1人のベテランが若手2人くらいの指導教官となって、いろいろ助言とかするらしい・・・。今でも3年目以内の新人は、年に数回「研究授業」というのをやらされて、ベテランからアドバイスを受けていますが、それを全教員に拡げる・・・というイメージだと思います。さて、ではこの制度を斬るとしますか・・・。
私が、バンドを指揮して曲をまとめていく・・・という作業を、いつどこで誰に習ったかというと、実は習ってはおらず、「指揮法入門」とか「バンドのまとめ方」とかの本で学んだのでもありません。「いろんな指揮者の下で吹いたり叩いたり歌ったり、バンドのリハーサルを見学したりした」・・・これがすべて。大先生は大抵、最初にまず1回通すのですが、自分なりに「僕だったら、ここが気になったから、こういう指示をするだろうな」という予想を立ててみます。ところがドッコイ、全然違う箇所・・・っていうより、違う次元の要求が出され、魔法でも使ったかのようにバンドの音っていうより、世界がガラリと変わります。棒の振り方はもちろん、曲作り上の眼の付け所、効果的な指示の出し方・・・参考になることだらけでした。自分が指揮させられて、「もっとこうした方がいいよ」というアドバイスを受けるよりも、マエストロたちの練習見学の方が、10倍タメになると思います。
学校でやってる「研究授業」は、新人に授業させてベテランが意見を言う、という形が殆どです。10倍タメになるはずの、「ベテランの授業を大勢の若手が見学」という光景を、私は見たことがありません。原因は明らかにベテランの側にあって、「生徒の気が散る」とかいろいろ理由をつけてますが、要は自信が無いから、若手に「見に来い」って言えないわけだ。「先輩に向かって授業を見せてくれなんて、失礼極まりない」とか公言する先生もいるくらいです。では具体的な提案に移ろう。@若手はいつでも自由に、予告ナシで先輩の授業を見学してよいものとする。Aどの先輩を選んで見学するかも自由とする。B先輩は、助言を要求してくる若手に対して、「オレは忙しいんだ。アドバイスなんかしねえよ。好きなだけ見に来て勝手に盗めばいいじゃん」と言い放ってよい。以上が、確実に学校を良くする、直井式OJT案で〜す。
5月16日 重力と大気圧
楽器の上達法についてです。(物理の話ではありません) ピアノの深井さんから、極意を教わりました。「指に力を入れて鍵盤を押そうとしちゃダメだ。重力を利用してストンと落とすつもりで・・・。そのためには、弾いた後に元の高さまで戻す方を鍛えた方がいい」 何とも眼からウロコが落ちるような話で、実際に深井さんが弾くようすを見ていると、軽〜く弾いてるように見えるのに、音がむちゃくちゃクリアなんですよ。その秘密は、重力という自然現象に手伝ってもらうという省エネ奏法だというわけです。偶然、打楽器の先生から同じような話をされました。「叩きにいっちゃだめ」って、何じゃそりゃぁぁっ!打楽器なんだから、叩かないんだったらどうすんのよ?って思われるでしょうが、真意は深井さんと同じです。重力に味方してもらって、最小限の力でスティックのスピードを稼ぐのです。また、打った後にスティックを引き上げて、素早く次のショットのための位置エネルギーを充填させる・・・というのも一緒だな。さらに、管楽器の先生まで同じ事を言いました。「吹いちゃだめ」だって・・・。管楽器奏者が味方につけるのは、重力ではなく大気圧です。息をたくさん吸って、パンパンの風船みたいな状態になると、その空気はもはや出るしかないから、無理やり吹き出そうとしなくてもよい。さらに、じゃあたくさん吸うコツはというと、これも不思議な話ですけど「吸っちゃだめ」って、何じゃこりゃぁぁっ!全力で吐いておけば、やっぱり大気圧のせいで、空気は自然に流入してくる・・・っていうことですね。楽器の演奏は、自然の法則に乗っかるようにするのが、共通の極意のようです。ふと思ったけど、宇宙ステーションの中では、ピアノやドラムの演奏ってどうなるんだ?重力が無いと、排尿に凄いパワーを必要とするっていう話を聞いたことがありますが、ピアノも100%指の力で鳴らすことになるから、やっぱりたいへんなんだろうな。ついでに空気の無い場所での管楽器演奏は・・・と書きかけて、やっぱや〜めた。真空中ではブレスとか以前に、音そのものが伝わらんわな。
スポーツの極意はどうなんでしょうか。野球のピッチャーが速い球を投げる極意も、もしかしたら腕力以外にコツみたいなのがあるのかも・・・。でも、マラソンにはそういうのがありそうもないな。まあ、呼吸は吐く方を意識して、大気圧によって空気を呼びこむイメージでやってますが、地面を蹴るのは明らかに自分の力だな。重力を横向きに変換して、推進力を得るような走法って、あったらいいけどな。
5月 9日 報道用語
震災以来、大きなニュースがたくさん続いて、ふだん全くと言っていいほどテレビを見ない私も、ニュースだけは見るようになりました。昔から「不思議な言い方だなあ」と思うことが多かった、報道ならではの用語(?)みたいなのが、相変わらず連発されていて、どうにかならんのかいな?と思ってしまいます。
今日のNHKで、食中毒を出した焼き肉チェーン店が肉をどうこうした・・・という問題で、「厚生労働省は、『違法ではないが、好ましいことではない』という見解」なんて報じていました。役所が言ったことをそのまま報じたのかな?「好ましいことではない」って、どういうニュアンスなんだろ?としばし考え込む。たぶん「積極的にやれとは言わないけど、やることを止めはしないよ。まあいいんじゃない?」くらいに聞こえます。でも、真意はきっと「やってほしくないこと」なんだろうから、ズバリ「やるべきでない」とか言えばいいのに、と思うのは私だけでしょうか?
福島第一原子力発電所の事故が起きて、数日経った頃でしょうか、こんな報道を耳にしました。「今回の事故について、国際原子力委員会の事務局長が、記者団に対し懸念を表明」って何じゃこりゃぁっ!記者団の問いかけに、本当に「ううううん・・・心配です」ってポツリ一言だったのかいな?それに懸念だったら、日本中、いや世界中の人々がとっくのとうにしてるんだから、原子力機関のトップにいる人が今頃何?世界で一番遅い懸念?みたいな印象を与えています。事務局長さんにじゃなく、この報道原稿を書いた人に対し、むちゃくちゃ腹立たしい思いでした。
あと、「一定の理解を示しました」というのもよく聞きます。「一定」ってどのくらいだ???日本語は難しい・・・っていうよりも、こういうグレーゾーンいっぱいの言い方で、外国人に変な誤解を与えないか心配です。「うりゃぁ!てめえ、フザけんな!」っていうのが本心なのに、「遺憾の意を表明」だと、「ううん、残念ですねぇぇ」くらいのイメージになるじゃぁないっすか。懸念、遺憾、憂慮・・・みたいな、漢字2文字で済まそうなんてせず、正しいニュアンスを詳しく伝えるようにした方がいいと思います。
5月 4日 脱・法則化
4月30日に演奏会が終わりました。1ヶ月遅れたために、卒業したばかりの子たち(3期生)も部員扱いで残っていて、新入生(6期生)も入部しているから、4つの学年(3,4,5,6期生)が同時に参加したことになります。期せずして、高校では滅多にない貴重な体験となりました。翌日はさらにその上の学年(2期生)の子たちまで駆けつけて、盛大に打ち上げ(バーベキュー&ゲーム大会)で、夜は3期生の卒部祝夕食会に同席してきました。同じ学校で同じ部活を6年間教えて、つくづく思うことは、1学年ごとに気質がまったく違うということです。以前に勤めた学校で一番長いのは秋留台の10年間ですが、これも毎年まるっきり違う子たちと言っていい。あったり前じゃんか、人間一人一人全部違うんだもん・・・と頭で解っている割には、学校というところは、去年これで上手くいったから、今年も同様で・・・って事がやたら目につきます。その最たるものは授業だな。最近の私は、授業プランを敢えて出たとこ勝負にしていて、その日の授業の様子によって次の時間の内容を考え始めるから、4月のうちに、昨年とは似ても似つかぬ進度になっちゃいます。相手があることだから当然なのですが、世の中には「こうすれば生徒は必ずこうなる」みたいな、法則化を推し進めようという流れもあります。そんな法則が成り立つんだったら、学校の先生いらんわな。って〜か、この仕事、誰でもできる超簡単作業だ。生意気言うようですが、私が学校の先生業の難しさを本当に実感しだしたのは、ここ数年のことです。去年こうだったから、まあこんなもんだろう、みたいに安易に法則に頼ったアプローチをすると、どんな学校のどんな生徒でも、まずダメです。具体的には、クラスや部活で何か問題が起きたとき、当事者を呼ぶのか、リーダーを呼ぶのか、いきなり全体に話をするのか等は、すべてケースバイケース。「オレのやり方はこう」とか、「うちの部では、問題が起きたら必ずこう」みたいに、対処法を常に決めている人や組織は、危険だと思うのです。では、上手く対処する唯一とも言える方法は、ひたすら観察しながら、加えるべき適度な力加減を探る・・・これに尽きるんじゃないだろか?若い先生方は、たくさんの研修会ご苦労様ですが、「こんな生徒がいたらどう対処すべきか?」なんてお題に答えさせられそうになったら、正解は一つ!「その生徒に実際に会ったことがないので、わかりません」 こう答えて、もしも怒られた人がいたら、どうか私にご一報ください。私が反論してきて差し上げると同時に、このコーナーで笑い話として紹介します。
4月26日 ライアーゲーム
ううう、このドラマ面白すぎる・・・。手に汗握る頭脳戦を、バカ正直なヒロインと、元天才詐欺師のチームが、次々と勝ち進んでゆくというストーリーですが、昔からこういうの大好き!DVDのボックスを、最初のシリーズとシーズン2、合わせて買っちゃったくらいハマってます。つい先日ファイナルが放映されたこともあってか、生徒たちもよく見ているようです。今日の物理Uの授業は、「運動量と力積」の導入部。吹き矢で遠くに飛ぶ条件を考える問題でした。赤くマークした割り箸と、白い割り箸を用意して、どっちが遠くに飛ぶでしょう?なんて問いかけて、生徒に挙手してもらいました。挙手の投票結果を確認する時、ライアーゲームを見た人にしかわからない話で恐縮ですが、私が「真実の赤割り箸・・・4。」という言い方をしたら、即座に何名かがフクナガ(登場人物の一人)のセリフで返してきました。さらに、私の出題では少数派が正解になるケースがほとんどで、今日もそういう場面がありましたので、私はすかさず「またしても少数決でしたね」とコメントしたところ、多くの生徒に通じました。弦太に聞いたら、中学校でも大はやりだそうです。
【解説】@ファイナルで、「真実の赤リンゴ」というのが登場する。赤リンゴを投票した人数が、毎回たいへん重要な意味を持つため、赤リンゴの開票結果は緊張の一瞬であり、私はその言い方を真似て、赤い割り箸を選んだ人数を発表した。A少数決というのは、ライアーゲームの原作者が最初に考えついたゲームだそうで、登場する全ゲームの中で最も良く出来た、まさにドラマを代表するゲームだと思う。
ライアーゲーム以前に、この手の心理戦を描いたストーリーは無かったのかというと、たくさんあったように思います。麻雀を題材にしたマンガの大半がそうで、私自身は麻雀激弱なくせに、麻雀劇画を読むのだけは好きでした。こういう話を思いつく人は、どんな頭脳をしているんだろ?って思いますが、きっと考えてる時は楽しいんだろうな。ライアーゲームの、特に「少数決」のアイデアには、もはや脱帽ですが、私が昔書いた小説も、どことなく似た香りがします。初めは、単に教員採用試験の報告を書こうと思っていたのが、いつの間にか、受検者どうしや受検者vs面接官の、息詰まる攻防を描きたくなってきて、題名も「面接バトル」にしちゃいました。直井音楽事務所のHP中に公開しています。読んでいただければ、私がライアーゲームにハマるのをご理解いただけるでしょう。
4月14日 地震対策
私が経験した一番大きい地震は、実は今回の大震災ではありません。たしか私が小学校2年生の時だから、1969年に起きたやつだと思いますが、誰も触れないということは、大したことなかったのでしょうか???震度は4と発表されました。ただ、当時の震度は非常に大雑把だったはずです。また、関東大震災の最大震度は6って教わっていて、震度7は存在しなかった気がします。だから、やっぱり基準が今と違うのでしょう。その後何度も経験した震度4に比べたら、間違いなく1ランク上の揺れだったし、家の中のいろんな物が倒れたので、今だったら、絶対に5強くらいだと思います。翌日学校に行くと、夕べの地震の話で持ちきりでした。それまでの8年間の人生の中で、紛れもない大地震初体験だったので、「その時どうした」というみんなからの報告と、「もっとデカいのが来たらどうすりゃいいんだ?」という話で盛り上がって、1時間目の授業はほとんど地震の話で終わりました。面白かったのは、ある子の「大地震の時はトイレに逃げ込めばいいんだってよ」という報告でした。みんな「え〜っ?何で〜?誰がそんなこと言ったの?」 その子「トイレはすごく狭いけど、ちゃんと4本の柱と壁でできた部屋だから、つぶれないんだって。剣道の先生が教えてくれた」 みんな「へぇ〜〜」 これが正しい避難方法なのかどうなのか、今もわからないまま、ず〜っと頭に引っかかっています。誰か真実を教えてほしいもんだな。
さて、一昨日のことですが、体育館で学年集会やってる真っ最中に、生徒の携帯電話が鳴りだしたらしき音。「こら〜っ、マナーモードにしとくの常識だろ〜!」って怒ろうかなと思った頃には、先生方数名が出入口の方へ駆け出し、校庭に出る扉を全開に・・・。その直後、カタカタカタ・・・と小さな揺れが・・・。わお!緊急地震速報メールだったんだ・・・。今日のニュースでは、ある地震学者が「地震予知はもうムリ」みたいな話をしているようですが、いきなり来るより、揺れ始める10秒前にでも、とにかく知らせてくれると、心の準備ができますので、緊急地震速報は有り難いです。実はこれ、テレビの緊急速報も携帯電話そのものも無い20年前からありました。私が多摩市和田という所に住んでいたのは、昭和62年頃から10年間ですが、地震の揺れが始まる10秒前くらいに、必ず鳥の鳴き声が聞こえました。「ギャーッ、ギャーッ」みたいな声で、普段鳴くのを聞いたことがありませんから、こいつが聞こえたら100%地震です。この鳴き声がいつも聞こえて、しかも同じ方角からということからして、野生の鳥ではなく飼われているものでしょう。これもついに確かめることなく転居してしまいました。愛宕神社バス停から北へ入った住宅街あたりだと思うのですが、今も元気に速報を出し続けているのだろうか?何ていう鳥なのか知りたいもんです。
4月 5日 3月・4月は・・・
卒業シーズン〜新学期・・・これは私が一番好きな季節です。よく「出会いと別れの季節」なんて言い方されるけど、出会いはあっても別れは少ないな・・・。卒業したって、完全に交流が途絶えちゃうことの方がむしろ稀で、特に部活の卒業生は永久に切れない腐れ縁・・・というケースが多いな。今シーズンは大震災の影響で、22日が突然修了式になっちゃったのですが、生徒たちもそれを予期してか、22日にクラス全員が私宛てに手紙を書いてきてくれて、ちょっと泣きかけました。卒業式も泣けますが、クラス替え直前の1年生最後の日っていうのも、入学の頃が走馬燈のように蘇ったりして、なかなか潤むひとときです。部活の方の「3年生を送る会」は、なんとか予定通り31日に実施できました。こちらでも、卒業生一人一人が感謝の言葉を述べてくれるなど、泣きそうな展開でしたが、耐え抜くことができました。外交辞令も当然混じっているとはいえ、こうして最後に感謝の言葉をいただけると、それまでの苦労は吹っ飛んで、新たな出会いへの気合いがみなぎってくるというものです。
明日は始業式。クラス替え直後の、黙〜って着席してる緊張度100%の40名を前に、ドアをガラっと開けてひと声「おはよぉぉぉっ!」この瞬間は何度経験しても楽しいな。特に新入生の時が最高で、どうやってなごませてやろうか、という作戦を考えるとウキウキものです。2年→3年ではクラス替えナシなんですが、この場合3年の始業式は嫌いです。「またお前らか!」と、意味もなく不機嫌になりますが、良く言えば旧知の仲だから余計な気苦労がいらないと言えよう。各クラスの第1時間目の授業へ行くときも面白い・・・。この先生はどんな授業をするんだろうか、と期待に目を輝かせているので、その期待に存分に応えようではないか。だから私は、名前だけ名乗るとすぐさま授業に突入します。だいたい最初の授業って、多くの先生は詳細な自己紹介をやって、中には自己紹介だけで1時間使っちゃう先生さえいます。最近の私は、これを一切省いているわけだ。私がどこ地方出身で、特技は何で、この学校に何年勤めてて・・・とかは、そのうち解るでしょ? 「平常授業こそ、最も優れたオリエンテーションである」というのは、私が造った言葉ですが、皆さんお使いください。・・・というわけで、全国の先生方、共にテンションMAXで明日を迎えましょうぞ!
3月30日 花とダンゴ
花よりダンゴか、ダンゴより花か・・・?私は、花もダンゴも両方大切で、人間が生きて行くために欠かせないと思っています。私の偏見かもしれませんが、諸外国と比べて、日本には「花よりダンゴ」派の人がまだまだ多いように思えます。花をそのまま音楽に置き換えることができます。気持ちを癒すためには、音楽よりもエタノール(お酒)を利用する人の方が多いんじゃないだろか。音楽は、あった方がよりよいけど、無くても生きて行くには困らない・・・。だから、我が子が「将来ミュージシャンになりたい」なんて言い出そうもんなら、多くの親が、「そんな非生産的な仕事じゃなくて、もっと世のため人のためになるような職業に就きなさい」って怒るのです。今の若い世代は、どこへ行くにもヘッドホンで音楽聞きながら・・・って人が多いから、音楽の効用をある程度実感していると思われますが、まだまだその本来のパワーの数分の1も気づいていないでしょう。・・・とか言ってる私は、常に音楽から元気を貰ってる人種です。「あんたが音楽に対する感受性が強いだけだろ?」という声が聞こえてきそうですが、それは違うな。そういう体験が多かっただけなのだと思います。日常生活の中に、いろんな音楽が自然に入り込んでくれば、音楽で癒されたり元気を貰える人はもっと増えます。そのためには、地域密着型の演奏者集団が必要だと思います。Jリーグのチームを持つ地域では、サッカーへの関心が高まり、下部組織で将来のJリーガーを目指す小中学生も増えるでしょう。これと同様に、もしもプロオケの青梅交響楽団というのがあって、青梅市民会館をホームグランドにして、いつもリハーサルやってて、興味のある学生は、そのリハを無料で見学できて・・・なんて環境があったら・・・。市民の音楽への関心は、いやがおうにも高まるでしょう。各市町村に1つのプロオケを置くというのは非現実的ですが、アマチュアバンドなら十分に可能だし、実際に十分そのくらいあります。アマチュアバンドには、市民バンドだけでなく中学高校の部活も含まれます。アマとは言いつつも、自己満足で終わるのではなく、日本中を元気にできるカギを握っているので、そのカギを使えるようしっかり練習すべきです。
音楽は多くの国で、もちろん復興にも使われましたが、戦争中の国民の士気高揚にも利用されました。取り扱い注意なくらいパワーがあります。お腹が空いたらダンゴでお腹いっぱい、心に隙間ができたら音楽で心いっぱいになります。日本の復興、さらにその後の新たな発展に向けて、我々は音楽の練習を続けます。
3月26日 停電から学ぶ
計画停電が実施されています。私はここまで家で3回、職場で1回やられました。私が幼少の頃は、頻繁に停電してましたので、免疫が付いてるはずで、うちの弦太あたりの年代だと、たぶん停電経験は皆無のはずだから、相当な不自由を感じてびびるだろうな・・・なんて思っていたら、私もむちゃくちゃ不自由だった。電気が止まると、できない事だらけだということに、今さらながらに驚いています。ヒマな時は楽器の練習したいんだが、我が家は電気ピアノに電気ドラムだ〜(泣)ってな具合。それでもうちはまだマシな方だろうな。石油ストーブ使ってるし、調理もガスだから、ロウソクで灯りだけ確保すれば、ふだんに近い状態で夕食タイムも可能です。でも、オール電化の家は明らかに(泣)だろうな。実際、私がオール電化の勧めを頑なに断ってきたのは、こういう時のためです。だって、オール○○って事は、その○○が止まったら最後、何一つできないってのは、最初から解りきった事だよな。今からでも遅くないから、複数のエネルギー源を用いて生活するスタイルを確立し、リスクヘッジしましょう。久しぶりの停電で、あらためて感じた事・・・月明かりは偉大で、ロウソクの炎は暗くて揺れる。(こんな光で読書はムリだ) 時代劇に出てくる夜の室内の場面は、本当はもっともっと暗くて、相手の顔を識別することもままならないんじゃないだろか?やっぱり電気の無い環境では、日の出とともに起床して、夜はさっさと寝るのが合理的、というのがよくわかります。停電開始以降、私の起床時刻は5時20分に早まりました。停電になったら即寝ます。
止められてみて初めて有難味がわかったのは、電気だけではないな。走ってるのが当たり前の電車、いつでも満タンに入れられるのが当たり前だったガソリン・・・。その環境は、大勢の人の力によって作り上げられており、今回の災害後も、懸命の復旧作業によって、徐々に平常時に近づきつつあるのです。そういう社会のしくみへの感謝と、いざ何かが止まった時のための代替策等、いろいろ考えさせられる停電でした。まだ1回も停電を経験していない地区があるらしいな。ずるいぞ!っていうより、大切な事を知る機会を逸しているんじゃないだろうか・・・。殆ど普段通りの生活が送られている23区は、西多摩からすれば別世界だな。特にうちの学校のエリアでは、電車が連日半日以上止められて、高校も休校続きでしたが、おかげで僅かばかりではあるけれど、被災者サイドの視点に立つことができ、たくさんの事を学べた・・・と、プラスに考えています。
3月17日 私にできること
東北地方で被害に遭われた皆様に、心からお見舞い申し上げます。テレビの画面を見るたびに、何とも言えない無力感に苛まれます。
95年の阪神大震災は、正直に言いますが、私にとってはどこか遠い世界の出来事でした。もし自分が被災した当事者だったら・・・という想像力は、ちゃんと働かせていましたが、その時はその時で、自分のため他人のために精一杯何かするだろうな・・・想像はいつも、そんなあやふやな状態でストップしちゃうのでした。チャリティーコンサートにもたくさん参加しましたが、自分で自分が偽善者であることに気づいていました。そんな私の心境が、97年の長男誕生を境に変化しました。親が子供を守ろうとする気持ち・・・それが初めて(当たり前)実感できるようになったのです。被災地の少ない食糧を、自分は我慢して子供に先に与えようとする親の気持ちに共感し、まったく見知らぬ名前が列挙されている犠牲者名簿にも、一人一人に心配したり悲しんでいる親がいることを想像すると、胸が締め付けられます。
東京でも死傷者が出ていますが、我が家は何の被害も受けていないと言える状態です。石油ストーブ2台と、18リットルの灯油1缶あります。布団、毛布、飲料水・・・我が家で使う分以上にあります。どこでもドアとかあるなら、画面に映っている避難所にすぐ持って行ってあげたいです。東京は氷点下になんかならないから、厚着すれば暖房ナシだってしのげるし、品薄だといっても特定品目が売り切れてるだけで、店じゅう見渡せば食糧はいくらでも並んでます。計画停電はたったの3時間だけど、被災地の停電は1日中・・・。救援活動が一歩進んだというニュースが入るたびに、目が潤みます。そして、自分は何やってんだろ、と悲しくなります。
自分にできること・・・。これは、居住地や年齢・立場によっていろいろですから、各自で考えなければならないことです。私の場合は教員ですから、個人としてできること(義捐金とか節電とか)以外に、生徒たちの行動についてもアドバイスしてゆこうと思います。昨日はオイルショック時の体験談を話し、パニック買いに走らないよう冷静な行動を呼びかけました。また、ガソリンの供給量回復を早めるため、禁車を宣言!我が家は不便不便と言いつつも、バスはちゃんと走っています。それに、10キロ50分の脚力を手に入れた今なら、いざとなれば職場まで片道8キロランニングだって可能だな。長期的には、地域の防災対策の強化に尽力します。誘われもしない自治会に、自ら入会金を払って会員になったのは、この地区の住民どうしのつながりに不安を感じたからでした。私が入会したからには、強固な防災組織を構築してみせます。日本は地震国で、誰が被災しても不思議はありません。自分と家族、そして日本の問題として考えてゆきます。
3月 9日 「競争原理を超えて」を超えて
私が遠山啓・著「競争原理を超えて」を読んだのは、教員になる直前くらいです。学校が荒れる原因となっている諸悪の根元は、相対評価・・・つまり競争原理だと考えていたので、この本には大いに賛同したし、私自身も似た立場からあちこちに投稿したりもしました。その後、実際に教員をやってみて、「すべて競争させる」のがダメなのはもちろんですが、「すべての競争を否定する」のもダメだと気づきました。いかなる場合も両極端は良くありません。バランスが大事です。
うちの学校では、模試の成績上位者20名ほどの氏名を公表しています。私と同世代くらいの人たちからは、「それがどうした?」という声が聞こえてきそうですが、時代は変わりました。ベネッセの人から聞いたのですが、今そういうことをしてる学校は殆ど無いそうです。念のため言いますけど、全員の成績を公表してるんじゃありませんよ。上位1割にも満たない部分だけです。昔はどこでも当然のようにやっていたことが、なぜ最近では珍しくなったのでしょうか。個人情報の問題もあるでしょうが、それ以上に、波風を立てるようなことは避けたいという気持ちが見え隠れします。私は自分の科目のテストでは、20年以上ずーっと優秀者公表を続けていますが、こんなクレームを受けたことがありました。「ここに名前を載せらない子たちの気持ちを思いやってほしい」。このご意見に従えば、徒競走もダメ、学芸会は全員主役・・・みたいなことが起こってくるんじゃないだろか。私はこの保護者に対しては、優秀者公表の私なりの意図をきちんと説明して、理解していただくことができました。またまたマラソンの話題になっちゃうが、青梅マラソンが「純粋に、走ることそのものの楽しさを追い求めよう!順位をつけたり、タイムを計測するのは良くないことだ」な〜んて事になったら、モチベーション激減なのは明らか。適度な競争は必要だな。
音楽のコンクールは否定してるくせに、矛盾してるように思われたでしょうが、それは違います。音楽は、最終的には「好み」なので、ある基準によって勝敗を決めることに大きな意味は無く、全国の中高生が一喜一憂し過ぎる点を否定したいだけです。これは実は模試についても一緒で、今回出題された問題と相性が良かっただけなのかもしれず、たまに良い点取ったからといって、「オレは頭がいい」とか思い込んではいけないのです。
3月 1日 青梅マラソンその後〜東京マラソン評
キロ5分と言ったって、私にとってはまぎれもない高速レース。走ってる途中も、ゴール直後も何ともなかったんですが、だんだんと左足首に痛みが出始め、接骨院通いの毎日となりました(泣)。診断の結果は軽い捻挫。一発の強い衝撃ではなく、弱い力が繰り返しかかったことによるものだそうです。じゃあ、なんで左足だけ?・・・という疑問ですが、多くのランナーが同じように左足だけを痛めて来院するそうな。原因はコース取りです。本番で走る車道というのは、雨水を逃がすためにセンターライン付近がふくらんでて、端に行くほど傾斜があるんですね。だから、ず〜っと左端走行してるランナーは、常に左足を余計に踏み込む走り方になるわけだ。お医者さんに「どうです?心当たりありませんか?」と聞かれ、「図星です。たくさんの人とハイタッチしなきゃならなくて、ほとんど全部、左端いっぱいを走ってました」と答えました。皆さん、せっかくの歩行者天国ですから、脚のためにも是非ど真ん中を走りましょう。ついでだから、別の質問もしてみました。「青梅マラソンの直後って、僕みたいな患者が増えますか?」 医「直前にどっと増えます」 私「???」 医「直前になって急にハードな練習を始める人が多いからですよ。本番だけは走れるように、何とかしてくれって来ます(笑)」 実際、院内の会話を聞いていて、マラソンの話題が非常に多いことに気づきました。ここの若い方のお医者さんも、30キロの部に出ているそうですから、正に青梅マラソンを知り尽くした接骨院と言えよう。私からおすすめしましょう、東青梅センタービル2F(マクドナルドの上)、森本接骨院です。
私の周囲がマラソンの話題一色になった1週間だったこともあり、27(日)は朝からテレビの前に釘付け、東京マラソンを観戦しました。いろいろ感心したことがあります。まずは、ペースメーカーって人たちの凄さ。キロ3分で走りますって、本当にキロ毎のラップが3:00とか連発してんの!時計を見ながら走ってるにしても、あの正確さは驚愕です。ドラムを叩かせたら、さぞご機嫌なビートを刻むだろうな。次に、マラソンとゴルフを比較して、サブフォー(4時間切り)=「100切り」、サブスリー(3時間切り)=「シングル級」に対応だとすると、2時間半切りは「トーナメントプロ」みたいな感じだろうか。よくわかりませんが、少なくとも私の知人友人全部探しても、ゴルフシングル級はたくさんいますが、マラソンサブスリーの人は知りません。だから2時間10分を切るサブテンなんて、ジャンボ尾崎並みの日本を代表するトッププロのスコアに間違いないと思います。それを達成しちゃった、いわゆるアマチュアランナーの川内さんは、「時間が足りないから上達しない」という言い訳を用いる、ありとあらゆるジャンルの人々を完全に打ちのめしました。昨日は月曜日で、あちこちの学校で朝礼があって、多くの校長先生が川内さんの話をしただろうな。私もかなりな部分、ミュージシャン版の川内さんですが、トッププロのレベルに到達するよう頑張ります。最後に、またまた瀬古さんです。尾田選手に声をかけようと待ってる監督に、声をかけちゃった〜。ブラジルサッカー界で言えばペレみたいな存在の瀬古さんから話しかけられたら、相手しないわけにもゆかず・・・。そうこうしてるうちに、尾田選手が通過〜って、絶対こうなりそうな気がしました。箱根駅伝で遺憾なく発揮されたKYぶりは、こっちでも健在(泣笑)。
2月21日 特番「青梅マラソン記」
昨日のレポートです。本格派ランナーの皆様には全く役に立ちません(笑)。これから一念発起で運動を始めてみようという中高年の皆様は、ぜひ参考にしてください。ほ〜っほっほっほ・・・
@当日朝
7:30に学校到着。うちの学校は、スタート地点からめちゃくちゃ近いのだ。ナンバーカード交換所も歩いて2〜3分のところ。交換手続きに行くと、いきなり私が注目の的に!みんなこっちを向いてヒソヒソ話。理由はもちろん、私が着ている「箱根駅伝」のロゴ入りベンチコートです。中には「あの人、どこの監督だっけ?」なんて声も(笑)。きっと私の顔つきが堂々としていて、監督オーラ出しまくってるんだろうな。このベンチコは非売品で、読売新聞の長期購読者だけが貰えるレアものです。
着替えて8時半からストレッチ&アップ開始。9時に学校を出て、スタート地点までジョギング。身体がよく暖まった、ベストコンディションでスタート時刻を迎えることができました。
Aスタート
何千人とかが出走する市民マラソンでは、よ〜いドンの号砲が鳴ってから、実際に動き出せるまでに10分とか平気でかかるようです。当然私もそういうのを覚悟してたら、なんとスターターがバッチリ見える!スタート地点から50mくらい後方ですが、全体の中の位置づけとしては、圧倒的に前の方です。自己ベストタイムを記入する欄に43分て記入したから、前の方にされたんだろうな。30年以上前の高校時代のタイムを思い出して書いたんだけど、自己ベストには違いないので、虚偽申告ではありません(汗笑)。たぶん千人くらいに抜かれる予定で、9時30分号砲は鳴ったのでした。
B1〜3km
10kmの部は、出走数もそんなに多くないせいか、大渋滞も発生せず普通に動き出しました。駅の階段や通路と同じで、自分だけが遅いと迷惑かけそうだから、何となく周囲と同じペースで進んで行ったのですが、未体験ゾーンの走りをさせられている自分に気づいていました。普段の練習はキロ6分ペースでのんびりとやってて、このキロ6分は身体に染み込んでます。5キロを30分で走れと言われたら、時計を見ないでも誤差30秒以内で走れるって、さすが音楽家だろ。少し落とさなきゃと思いつつも、後ろからお姉ちゃんやおじいちゃんに煽られると、ついつい道を譲らず引き離しにかかっちゃいます。根が勝負師なもんで、どうしても攻めの走りを選択してしまう(謎)。案の定、3km地点で時計を見たら15分しか経ってなくて、「こりゃどっかでペースダウンしないと、本当に潰れるぞ」と思い始めました。幸い集団もばらけて、追い越させるスペースは十分に確保されてきましたが・・・
C4〜9km
宮ノ平あたりから微妙に登りで、ここで少しペースダウンしようと思ったら、周囲のペースも落ちてきた!・・・となれば話は別だい。追い抜く絶好のチャンス!というわけでゴボウ抜きを敢行!ひゃっほ〜い、何という快感!東海大の村澤君の気持ちがわかるぜ。しかし・・・その後の下りでまったくスピードが上がらなくなり、抜いた人全員に抜き返された上、お釣りが来た(泣)。これにはかなり後悔したので、今度こそペースダウンを、と思うのですが、やはり意地が先行しちゃいます。さっき抜き返してくれた人々のうち数名は、たぶん私と同レベルのランナーと思われ、再度抜くチャンスが巡ってきました。中でも赤いウエアの女性とは、何度も抜きつ抜かれつの激しいデッドヒートを繰り広げ、もしかしたらストーカーと思われたかもな・・・。
ペースダウンできないもう一つの要因が、沿道の声援です。誰も見ていない所ではヘタっても、群衆の前を通り過ぎる瞬間だけはシャキっとしていたい・・・。声援が途切れないということは、常にシャキっとしてなくてはならん(汗)。そういう意味で、箱根のランナーはさぞ大変でしょう。「こんなに速く走ったの初めて」のペースだから、当然「こんなキツいの初めて」です。一人でのトレーニングだったら、とっくに中止してたと思いますが、周囲のランナーと沿道の皆様のおかげで止めるに止められず、結局9キロ近くまで爆走し続けた、っていうより、続けさせられちゃったという方が正しいです。
Dラスト1km
快進撃もここまでかぁぁっ!沿道が一番賑やかな青梅駅を過ぎたあたりで、思うように足が前に出なくなり、力を溜めていたランナーたちのラストスパート攻勢を浴びる。このまま為す術無く逆千人抜きかぁぁっ!・・・と思いきや、聞こえて来るのは太鼓の音!へこたれそうになる頃に、必ず何かゲキを飛ばしてくれるポイントが設定されているもんだなあ。あの太鼓は、うちの生徒たちが叩いているので、再びペースを上げて、満面の笑みで大応援団の前を通過!しかし、太鼓の音に元気を貰っているのは私だけではなかったぁぁっ!全員ラストスパートしてるから全く抜けません(泣)。どうにかこうにかゴールインして、記録51分16秒。キロ5分ちょいって、この半年間の3km走や4km走まで全部含めても最速記録!目標タイムは、トレーニング開始当初は60分切り、直近では55分台だったから、どう考えても出来過ぎ。
当然、自分だけの力ではありません。ありきたりの言い方ですが、皆さんのおかげです。箱根のランナーが、「沿道の声援に力を貰う」ってよく言いますが、本当にそれを実感しました。私は太鼓部の子たちに深々と頭を下げた後、太鼓部と一緒に、30kmの部のランナーたちが帰ってくるのを、最後の一人まで拍手で迎えました。
E来年に向けて
うちの弦太(中1)は3kmの部で13分11秒でした。サッカー部員侮れず・・・。今回、弦太に対抗する形で青梅マラソンエントリーしたのをきっかけに、20年ぶりにトレーニング再開して、良かったことがいろいろあります。「体重が軽くなった(元に戻った)」「長距離歩くのや階段登りが全然おっくうじゃなくなった」「常にすかっと爽快」・・・ということなので、今回の記録は新たな挑戦に向けての単なる通過点とします。来年も青梅10kmに出場し、今度は45分以内で走りますよ。予告ホームランみたいでかっこいいだろ。しかも来年からは50代の部だから、順位もドカンと上がるな。皆さん、ぜひ青梅路でお会いしましょう!
2月11日 八百長
古くは私が小学生の頃、大関「大麒麟」が、いかにもやる気無さそうな態度で負けて、さんざん八百長よばわりされてたのを覚えてます。あの頃のお相撲さんて、人気者と悪役にハッキリ色分けされてた感じだな。大関は4人いて、名大関と言われた清国がクリーンな感じだったけど、琴桜はちょっとヤバい感じで、大麒麟に至っては、仕草のすべてが超悪役。前の山は関脇の時あんなに強かったのがウソのような、常に8勝7敗の超弱い大関。人気者の筆頭は貴の花と豊山あたりで、大麒麟以上に嫌われてたのは陸奥嵐とか・・・。これらは、あくまでうちのクラス内でのランキングなので、東北地方の小学校では、陸奥嵐はやっぱりヒーローだったと思います。だいたい、火のない所に煙は立たずだから、これだけ長年に渡って黒いウワサがあったってことは、まあそうなんでしょうな。
さて、私も相撲ファンを自認する一人ですが、今回の騒動をキッカケに、相撲が嫌いにはならんのだが・・・。日本相撲協会って、新日本プロレスと何が違うんだろか?ショービジネスとして見るのも、一つの楽しみ方だと思うんだが・・・。プロレスの場合は、選手以外にシナリオライターが存在するのかどうか知りませんが、優秀なライターがいても不思議ではないくらい、ファンの心をとらえる試合展開を演出してくれます。正義派も悪役も、反則に気づかないフリをする審判も、み〜んなで協力してショーを盛り上げているわけだ。もちろん興行収入は、勝った方も負けた方も均等に近い状態になるはず。相撲でも、何となくそういう協力関係があるから、片方が月給100万で、もう片方が無給というアンバランスを、自主的に是正しようとしたわけだ。いっそプロレスと同じ組織形態にしていれば、何の問題も無かったと思えてならんな。要するに、力士だけのせいにするのは酷じゃないか、と言いたいです。
すべての取組をどうしてもガチンコ勝負にしたいのであれば、そうせざるをえない弱肉強食システムに変える必要があります。とりあえず月給制が相応しくないのは確か。プロゴルフの賞金みたいな体系とか、勝ち星の数に応じた完全歩合制はどうだろう?アマチュアが参加せきるようにして、時には賞金かっさらっていけるのもいいな。Jリーグみたいに、新しい相撲部屋が参入できるようにして、弱い部屋と入れ替え戦やるとか・・・。
相撲を擁護するような事を言いましたが、むしろ迷惑を被ったのは他の競技だな。囲碁将棋のプロも一つの連盟に所属して月給制だから、もしかしたら・・・って気がしなくもない。チームプレーだったら絶対ガチンコ・・・とも言い切れん。私の演奏だって、今後は間違えたら「無気力演奏」とか言われちゃいそうだな。
2月 6日 ずんどこべろんちょって何?
郁恵さんから依頼された譜面起こしの仕事は、Cool
Jokeというロックグループの2曲。郁恵さん最近のめりこんでて、我が家では常に大音量で流れていたから、既にほとんど頭に入っていましたが、預かったCDを見てスッキリ。「クロスと王冠」という曲名・・・私はこの曲がず〜っと頭に引っかかっていたのです。「くろすと〜〜かん〜むねに〜かがやけ〜」と聞こえるんですが、最初の「くろすと」がClostみたいな英単語だとすると、次の「かん」は何だ?とりあえず、胸に輝きそうな何かであるには違いないが・・・って具合に、この一文の意味が分からないでいました。Clostを英和辞典で調べるとかしていれば、もっと早くスッキリできたんですが、このもやもや感を楽しむ期間が、少しくらいあってもよいだろう。ところで、言葉が「クロスと王冠、胸に輝け」だと解った今も、歌の意味としてはよくわからんな。
同じような経験があります。ムラテックという会社のラジオCMで、「ふつうしゃわっくすのよいところは?」「そのままかけます」「はんこもおせます」・・・毎朝流れるこれを聞いて、不審に思う点が多数ありました。普通車ワックスって何だ?軽自動車用とか、トラック用ってあるんだろか?「そのままかけます」は日本語としておかしいだろ。「そのままかけられます」だよな。「ハンコも押せます」って・・・。数ヶ月もやもやした末、ついに私は村田機械(株)さんに問い合わせました。正解は「普通紙FAX」!あ〜スッキリ。丁寧に応対してくださって、CMの聞き取りにくさをお詫びされちゃいました。きいて良かったです。山口百恵の「プレイバック・パート2」の歌詞に、「隣の車がみらーこすったと」というのがあります。「みらー粉吸った」はどんな粉を吸ったのか、もしかしたら「ミラーコ」はタバコの銘柄だろうか・・・と悩みましたが、この時は3日程で謎が解けました。
昔見たテレビ番組に、こんなのがありました。世にも奇妙な物語(略称:よきみょ)の、草刈正男さんが主演したやつ。周囲の全員が知っている「ずんどこべろんちょ」を、草刈さんだけが知らなくて、その事を言い出せなかったばかりに、最後に大恥をかくという話でした。ラストシーンで草刈が「ずんどこべろんちょって何?」と聞くと、登場人物全員が一斉に「ええ〜っ!?」。タモリが「きくは一時の恥」と淡々と話すのが印象的でした。この物語、いまだに頭から離れんな。教訓としてもそうだが、私自身が「ずんどこべろんちょって何?」ときいてみたい。大人から子供までみんなが知ってて、お店でそれを買おうとしたら警察呼ばれそうになるくせに、軽トラックで行商もされてるって、何だろう?或いは、物語の前半で超知ったかぶりで周囲をバカにした態度の草刈を、みんなが共謀して懲らしめようとした・・・ってことなのかな?すみません、この物語を見たことのある人にしか通じない話になってるな(汗)。見たことある人たちどうしで、大いに議論してみたいものです。
2月 1日 力に片思い無し
昨日の授業で、作用反作用の法則を教えたのですが、こいつをたった一言で表す名句がこれです。愛知岐阜の物理サークル(物理の先生たちの勉強会)が出したテキストに載っていました。授業ではこれを言う前に、「一方的な片思いは、まだ楽です。両思い状態で、お互いの思う度合いに差が出てくるのが一番面倒くさいですね。私がこんなに想っているのに、あなた最近冷たい・・・とかね」と言うと、生徒一同妙に納得。たぶん法則なんかより、こういう話ばっかり覚えているんだろうな。力学では、A君がBさんを想うのと必ず同じ強さで、BさんはA君を想ってくれますし、片方が冷めれば同時にもう片方も冷める・・・という、何とも羨ましい世界です。
作用反作用の法則が成立しないのは、1対1の男女関係だけではありません。大勢の組織でも同じです。部活動でもめ事が発生する時は、多かれ少なかれ「温度差」に起因していると思います。ある生徒がやる気満々になっているときに、どうも周囲は冷めていて、別のコンサートではそれが逆になっていて、全員のやる気が同レベルに一致するなんて事は、通常有り得ません。っていうか、入部の動機からして、既に大きな温度差があります。その競技が3度の飯より好きだったり、プロになる事を最終目標としているような子は、活動予定表の中にオフ日があると不満そうです。逆に、「無所属」では内申に響くから、とりあえず入った・・・みたいな子も、実際います。男女でも、告白された時期に、たまたま彼氏がいなかったから、とりあえず付き合うことにした・・・みたいなの、あるじゃあないっすか。そんな場合は、とにかく頑張って、相手を自分の虜にしてゆく努力をするしかありません。だから部活も、やる気満々の人たちが粘り強く、なんとなく入部してる組を、楽しさに目覚めさせるよう頑張るのです。というわけで、次の時間は「仕事とエネルギーですが、さてさてどんな教訓めいた話が飛び出すかは、またこのコーナーでご報告いたしますよ〜。
1月24日 年賀状の先攻後攻
年末ジャンボ宝くじで打ちひしがれたところに、追い討ちをかけるように、お年玉付き年賀葉書きの当選率が、毎年なぜか非常に低いです。少なくなったとはいえ、100枚くらいあるのに、切手シートが1つのみ。あとは、1等に725番違いというニアピン賞が1枚あるな・・・。私自身、年賀状は貴重なものだと思っています。大学卒業以来26年間、まったく会っていない友人や、卒業式以来24年間、まったく顔を見ていない教え子と、年賀状のやりとりだけが続いていたりするので、お互いに「元気なんだな」という確認だけではありますが、切りたくない習慣です。さて、「年賀状は25日までに出しましょう」という、郵便局からの呼びかけは、「慣れないバイト連中をかかえて大変なんだよ。オレたちを楽させるために、出すお前らも協力しろよな」っていう風に聞こえるので、従いたくないところ。でも、目上の人には早めに出し、若い人からは、貰った後に返事を書く・・・というパターンを守ってきました。「先生お元気ですか?私は元気です」って貰うと、「わしも元気じゃよ」と返す・・・みたいな。ところが、目上の人から先に貰っちゃう、ということが起き始めました。どうしてだろう?といろいろ考えた時、一つ思い当たるのは、宛名も自動印刷が主流になって、手軽に書けるようになったせいじゃないだろか?プリンター使うなら、何回かに分けずにいっぺんに終わらせて、25日にドーンと出す方が効率的。これで困るのは、元旦にお互い同時に「元気ですか?」と質問しあうことになってしまいます。これが数年続いた相手には、私が後攻に回ることで解決を図りました。手紙であっても、コミニュケーションはキャッチボールですから、同時に「元気ですか?」はありえない・・・。だんだんそういう相手が増えてきたので、つ、完全後攻(貰った人に返すのみ)に転じてみようかとも考えました。でもそうしたら、「直井は本当は私に書きたくないんだろう」と思われて、続いていた関係が途切れる可能性があります。誰に対して先攻で、誰に対して後攻にすべきか、一人一人について、間柄やのこれまでの経緯をふまえながら、「ううむ・・・どうしたもんか」と悩みますが、ふと目についた1枚は、いわゆる「印刷屋さん作成」のやつで、元気ですかも何もない・・・。考えようによっちゃ、返事する側にとっても、これが一番楽かもな。・・・誘惑にかられたりもしますが、やっぱり私はこれまで通り、先攻後攻を悩みつつ、宛名もすべて自書するスタイルを貫きます。
1月16日 駆け込みの極意
を教えよう。指揮者の岩城宏之さん著「フィルハーモニーの風景」の中に、『上野の東京文化会館で夜21時に指揮を終え、羽田22時半発のハンブルク行きに飛び乗り、飛行機をあと2本乗り継いで、翌朝10時のウイーンフィルの練習に間に合った。』というのがあります。なぜ13時間で行けちゃったかというと、8時間の時差のため、実際には21時間あったという話。東京〜沖縄間にも時差があれば、昨日はもうちょっと余裕があったかな・・・なんて思いますが、とにかく間に合って良かったです。
ソロコンテスト本選は15(土)、本番スタートが15時04分。ところが15(土)は修学旅行4日目で、ピアノ伴奏するはずの私は、まだ沖縄にいるのでした。引率そのものを代わってもらうと、授業の自習監督等を全部入れ替えたり、影響が大きすぎます。最終日のお仕事は国際通りの巡回くらいなので、(このフレーズ、一昨年に沖縄でインフルになった時にも使った・・・)私が朝の便で帰らせていただくことで決着。さあ間に合うでしょうか。名護市の中心に近い、世富慶(よふけ)というバス停を、朝7時35分に出る高速バスに乗車。途中まで順調ですが、沖縄北インターという所で出口渋滞にハマる!沖縄の高速バスって、インターごとにいちいち出るんですよ。でもその後は遅れを回復し、ピッタリ予定通り、9時11分那覇空港国内線ターミナルで下車。飛行機は10時20分発のスカイマークなので、超余裕。でも心配なのはこっからです。スカイマークって、きっと虐げられてるだろうから、羽田で着陸の順番をANAに横入りされたり、すごく遠い駐機場に回されてバスとか、ありそうだな。最悪、本番のステージに駆け込めればいいんですが、4日間ピアノに触っていないので、できることなら直前10分間のリハーサル室には滑り込みたいところ。こればかりは祈るしかありません。でも・・・スカイマーク頑張った〜!定刻通り12時35分にお客さんが降り始めました。しかも第1ターミナルの直付け!いつもはゆっくり降りる私も、この日ばかりは通路に出て待機し、すぐに動き出す。ここから本当に凄い!なんと12時43分発のモノレールに乗れた!これが空港快速という、途中全然止まらないやつ。結局、与野本町のさいたま芸術劇場には14時ちょっと過ぎに到着。誘導係に呼ばれるまで20分、本番まで1時間あります。ここで演奏者本人と合流、沖縄でなくすといけないと思って預けておいた譜面をもらい、イメージトレーニング開始。4日間あれば、けっこうあちこち忘れてる可能性があるので、とにかく譜面の模様をもう一度よ〜く眺めて、記憶を呼び戻しておきます。リハ室では、全然関係ない曲をちょろっと弾いて鍵盤の感触を思い出したら、1回合わせて通してもう大丈夫。予想通り、本番はノーミスでした。ウソだと思ったら録音聴いてみぃ!こういう過酷なスケジュールの時は、とにかく弱気にならないこと、これに尽きます。オレ様にはウォーミングアップなんざぁ必要ねえ!という気持ちだな。
ところで今ふと思ったけど、東京〜沖縄間に1時間の時差があったら、今回って逆に間に合わなかった?・・・だよねぇ。
1月 9日 ピアノ伴奏の極意
を、誰か教えてほしいもんだな・・・。昨日は久しぶりに、広いステージでピアノを弾きました。本格的にピアノの練習を再開したのが30才の頃で、以来20年間、たくさんのステージで弾いていますが、昨日はその中では、やや異色でした。ふだん私が弾くのは、コードしか書いてなかったり、まったく譜面ナシという場合がほとんどなので、音を間違えることの恐怖は皆無です。だから、「上手とは言われなくても、面白かったと言わせてやる」を目標に、攻めのプレイに徹することが可能なので、とにかく楽しいです。そこへいくと、音符が全部書いてある譜面はたいへん!私のプレッシャー第1位に堂々ランクインしたのは、昨年の8月に行われたフルート発表会。うちの母の「グノーのアヴェマリア」を伴奏した時で〜す。先生、これ読んでるかな?このピアノパートはですねえ、1つ音符を間違えても、絶対にバレます。これを弾いていると、綱渡りのような心境になります。しかも、先生にリハーサルを見てもらった時、コテンパンに怒られちゃったので、もはやアヴェマリアは、私の中ではトラウマになりつつあるな(泣)。何を怒られたかというと、「あなた、伴奏ってやったことあるんですか?あなたばっかり目立ってますよ。主役はフルートですよ」って感じ。でもこれって誉め言葉だな。いつもステージに立ったら、何重奏であれ、お客さんの視線を自分に集中させることを目標とするからな。ほ〜っほっほっほ・・・。それに、主役がフルートだって決めつけるのも納得いかん。二重奏なんだから、演奏で対話しなくてはな・・・対等に。私ばっかり目立って聞こえるということは、母が弱気な演奏してるからに決まってる。・・・とか主張しても、世論は80才のフルート奏者に味方するだろうな。アヴェマリアを無事弾き終えた時は、本当に肩の荷が降りました。
昨日弾いたのは、ブートリーという作曲家のもので、譜面通りに弾くのが原則ではありますが、うまい具合に、難しい箇所ほど和音がぐちゃっとしてるのです。・・・ってことは、間違えてもほとんど気づかれない!一番ぐちゃっとしてる音は、両手の形をだいたい固めておいて、「このへんかな」と狙いを定めて、ズコーン!と打ち込む感じでOK。こういうのは、びびるとかえって失敗しやすいので、思い切りよく行きたいです。だから、ピアノのフタを閉めてもらって、ドッカンドッカン弾きました。ある意味、ジャズと似た感覚で楽しく弾き、我ながら大成功と思う出来でしたが、フルートの先生がご覧になったら、唖然とされたであろう。でもねえ、他のピアニストたち(中高生じゃない、音大生らしき人々)、すんごく目立ってました。どう考えても管のソリストがかすんじゃうような伴奏が続出。もともとステージ上で華がある人たちだから、脇役に回れったって無理なんだろうな。
2011年1月 3日 苦労をバネに
アンチ早稲田を公言してきましたが、今回はちょっとだけ応援しちゃったな。では、復路総括を行います。
【最優秀賞】 高野(早稲田)
【優秀賞】 柏原(東洋)、寺田(國學院)
【だめだめ】 高林(駒沢OB)、大八木監督(駒沢)、渡辺監督(早稲田)
早稲田は昨日の猪俣くんもそうでしたが、4年生になって初めて箱根を走る選手の活躍が、優勝に直接結びついた感じがします。6区高野くんの根性は凄まじいものがありました。序盤は見ていて気づいた方も多いと思いますが、沿道に人が多くなると、決まって前に出てくれました。まさに箱根を満喫する走り!そして何と、転倒直後に前に出た!転倒って、私もつい最近経験しましたが、精神的なダメージは大きいはずです。しかも山下りだから、再転倒の可能性も高い・・・。私の想像ですが、転倒によって吹っ切れちゃったのかもしれません。「もう失うべき物は何もないぜ」みたいな・・・。早稲田にはもっと速い下級生がいました。故障が無ければそっちが起用されて、苦労人の4年生たちはついに出番の無いまま終わったはず。仮にそうだったら、これも私の想像ですが、早稲田は優勝を逃していたと思うのです。いつものように「持ち駒は最強なのに、なぜか勝てない」と言われながら・・・。
柏原くんは昨日「田中〜、ありがとう〜」と叫んだそうですが、田中ってどの田中なのか即座に解った人はいなくて、当該の田中でさえ「田中が誰なのか皆さんに知って貰えるよう頑張る」とか言ってたくらいです。柏原は自分の知名度を利用して、9区の田中に注目を集めることに成功し、田中は奮起せざるをえない状況に追い込まれ、みごと区間賞!いやあ、柏原の計算高さには毎年驚かされますな。というわけで、昨日に続いて優秀賞。
シード権争いで、まさかの迷い子になった寺田くんが、まさかの2乗で城西を抜き返してゴール!これって、「9回同点ツーアウト満塁、カウントはノースリー、押し出しでサヨナラ勝ち」の場面で、何と3塁ランナー飛び出して挟まれた〜、でもなぜか本塁滑り込み、サヨナラホームスチール成功!みたいな展開でしたな。タッチアウトだったら、最低でもむこう20年くらいは語り継がれる大ミスでした。それにしても城西の甲岡くんの方は、千載一遇のチャンスを逃したって責められただろうな。でも、仮に寺田君が迷子から帰還できず、城西がシード権を取れていたとして、城西としては喜べたであろうか?と思えてなりません。勝負に勝っても駅伝に負けていたわけですから、来年「シード校の城西です」って紹介されるたびに、「棚ボタのシードね」って言われ続けるに決まっています。だから、これで良かったのです。
解説の高林くんは、純朴そうなのが多い陸上選手の中で、ちょっと異質な感じ。と言って徳本さんともひと味違う。何ていうか、軽いんですよ。印象だけで言って申し訳ないんだが、女の子をナンパしてるような話し方。一昨日のニューイヤー駅伝でも、カメラに向かってピースとか、駒沢のこの学年はビッグマウスの宇賀地とかもいたから、指導責任は当然、大八木監督にあります。最後に、渡辺監督の激励はやっぱりだめだめ。アナウンサーの実況によれば、「あの夏合宿を思い出せ」とか叫んだようだが、これで選手は速くなるだろうか?私だったら、目が潤んじゃって、かえって遅くなります。でも渡辺監督、いい事も言ってますな。「最高の練習とは、自分が理想とする練習ではなく、選手に合った練習だということに気づいた」と。天才ランナーあがりの監督も、苦労をバネに成長しています。同じ天才として、私もこの言葉は重く受け止めたいと思います。
2011年1月 2日 心が折れないこと
明けましておめでとうございます。今年も駅伝をじっくり味わうことからスタートして、私自身の新たなチャレンジの1年にしてゆきます。では恒例の往路表彰から。
【最優秀賞】 猪俣(早稲田)
【優秀賞】 堂本(日大)、柏原(東洋)、大八木監督(駒沢)
まず1区では、早稲田のスーパールーキー大迫君の飛び出しに対して、もしも誰もついて行かず独走を許していたら、解説の瀬古さんヒートアップは避けられなかったでしょうし、ファンとしても同じ気持ちです。凄い記録を持って入学してきたとしても、新人は新人。1区で飛び出す時は緊張してるに決まってるはずで、他校の上級生としては、「箱根の厳しさ教えたるわい」くらいの感じでゆさぶりをかけたいところ。唯一人、そんな意地を見せた堂本君が素晴らしい。2区は正にオールスター対決で、マイナ(拓大)にすんなり勝たせなかったのはアッパレ。コスマス(山梨)、西村(帝京)も、2区に集めてほしかったな。さて問題の5区は、柏原という大砲が存在するために、往路全体が、4分リードしててもひっくり返されるという変テコなレースになっています。そういう意味では、今回の早稲田の貯金は2分ちょいだから全然足りなくて、過去2年間の実績からすると、柏原は2位に2分以上の差をつけて優勝するはずでした。ところが、猪俣(早稲田)は落ちそうで落ちず・・・抜かれはしたものの、被害を最小限にとどめたという点で、早稲田としては出来過ぎのレース展開になりました。数年前、元祖山の神、今井(順大)に抜かれた後、淡々とペースを守り続け、終わってみれば僅差につけていた村上(駒沢)を思い出させます。彼らの強靱な精神力は賞賛に値します。今回、柏原はややオーバーペース気味にしてまで、序盤でトップを狙いに行きました。普通に考えたら、坂が急になって相手もバテてきてからゆっくり抜けばいいんでしょうが、柏原はとにかく相手の心を折りに行ったのだと思います。ところが猪俣の心はそう簡単に折れなかったので、大差にならなかったのでしょう。駅伝やマラソンでは、駆け引きが大切だと言われますが、今回はそれがあちこちの区間に現れていたように思います。
最後に、心を折れさせないために、各校の監督が車からゲキを飛ばしていましたが、やっぱり最強は大八木監督でしょう。あの怒鳴り声を受けてたら、恐ろしくて心が折れるに折れられんだろうな。吹奏楽部でも、結局心が折れたら最後、出るはずの音も出ません。本番中に指揮台の上からゲキを飛ばしていいなら、大八木監督みたいにやるべきだと思います。「どぅりゃ〜っ!お前は1番ラッパだろ〜!ハイCお前が当てないでどーする〜!出せ〜っ!腹に力入れろ〜!まだまだ〜!もっと吹けぇ〜!●×△☆・・・・」