今日の一言(2012年分)

  職員朝礼での社長訓話集     一つ戻る  最新版へ戻る  

12月29日 年間30ステージ

 うちの部の、創立当時の数値目標がこれでした。音楽系の部活なんだから、とにかく人に聞かせてナンボ。年間の本番が文化祭と卒業式だけ・・・なんてのは寂しすぎます。なぜ30本なのかというと、華々しく活躍している音楽系サークルの、標準的な数という印象を持っていたからです。でも、多いところはもっと多いみたいで、100人超の部員を何チームかに分けて、土日にダブルヘッダーを組んだり、2ヶ所で同時進行してたり、年間50本なんて凄い話も聞きます。
 新設校だったので、開校初年度は学校の名前自体が知られておらず、演奏依頼が舞い込んでくることなど有り得ません。当然、こちらから売り込みをかけます。幸い、初代校長先生が凄腕マネージャーとして素晴らしい働きをしてくださいました。私も、前任校で慰問演奏に行った施設を、そのまま引き継がせてもらって、初年度にして月1くらいのステージをいただくことができました。3年目に数えてみたら、本当に30回を超えていたので、いちおうの目標は達成。実際のここ最近の様子をご紹介しますと、この12月は、21(金)学童保育のX’masコンサート(7曲)、23(日)イオンモール日の出X’masコンサート(8曲3ステージ 実質20曲)、26(水)保育園X’masコンサート(6曲)、27(木)TAMAアンサンブルフェスタ、という具合に、1週間以内に4つの本番が続きました。全員参加の本番と、選抜メンバーのものがありますが、この4つの本番すべてに出演した生徒はいます。今後も、年明けの1月5(土)はアンサンブルコンテスト、6(日)がスチューデント・ジャズ・フェスティバル、13(日)高文連の中央大会と続いています。他校の先生方に聞いたら、本番の数を増やすと、一つ一つの練習が行き届かなくなるので、生徒が嫌がるという場合が多いようでした。って〜か、うちももちろんそうでした。コンテストの前日に保育園コンサートなんて、暴動が起きても不思議ではない過激な組み方でしょう。でも、何とかなるし、やればステージ度胸がどんどん付くし、結局は楽しいんです。
 プロの演奏家の皆さんは、年間どれくらいの本番をこなすのでしょうか?昨日のライブ中のMCで、「年間140本という人は、相当多い」みたいな話になっていました。本番に向けては、譜面の準備や、当然のことながら練習も必要でしょう。同じセットばかりを使い回すのなら別ですが、新曲や新アレンジを投入するなら、本番と本番の間隔が1〜2日では、たしかに大変です。そういう話を聞いて、少々反省。うちの部も、X’masシーズンだけは仕方ないにしても、他の時期はなるべく本番が等間隔に来るのが理想なんだが、依頼をいただくのは、けっこう直前のことが多いし、大安吉日じゃあないけれど、どうしてもイベント集中日ってあるみたいで、なかなか理想通りにはならないです。年間50を超えたら、ブッキング専門のマネージャーを置きます。

12月19日 途中点・中間点

 テストの採点で一番手間取るのが論述問題。5点満点で不正解でも、いい線いってれば4点、ほとんどダメだけど、少しは的を射てる内容が入ってるから2点・・・という具合。大切なのは公平性と再現性、つまりほとんど同じ内容なのに2点だったり4点だったりしちゃダメなわけだ。証明問題や道のりの長い計算問題なんかも似たような感じ。じゃあ、記号問題だったら、そういう悩みは無いかというと、案外そうでもなくて、実は私が最も大ハマリを経験したのは記号問題でした。
 記号問題に中間点が発生する例として、まずは比較的簡単なのから行ってみよう。(問1)次のア〜オのうち、正しいものをすべて選べ。
1つ選べなら簡単ですが、すべて選べだから、正解が2つかもしれないし3つかもしれません。仮にこの正解がアとイの2つで、配点は2点だったとしよう。生徒の答案が次のような不正解の場合、あなたは何点を与えますか?
A君:エのみ B君:アのみ C君:アとウ D君:アイウ E君:アイウエオ 
私の採点・・・まずA君→0点 B君→1点 C君→0点 D君→1点 E君→0点 です。D君の採点は人によって分かれるかも。私は、正答2つ含んでいても、余計なのを書いたら減点するのが筋と考えます。でないと、たくさん書いたもん勝ちになって、E君も満点にしないといけません。E君の答案は、本当にア〜オの全部が正しいと思ったのか、それとも全くお手上げだからと、ヤケクソになってアイウエオって書いたのか、これだけでは判断がつきません。一度こういう解答が多かった子が呼び出されて、先生から「なめとんのか!うらぁ!」と怒鳴られてるのを見たことがあります。普段の人柄で、ヤケクソと判定されたのだと思います。
 超難関(問2)ア〜オの出来事を年代の古い方から順に並べなさい。正解アイウエオカ 配点6点
ベクレルが放射線を発見してから、フェルミが原子炉を完成させるまでの科学史でしたが、採点し始めて間もなく、ある答案を前にして、こりゃ大変だと思いました。その答案は「イウエオカア」という答でした。回答欄に書かれるべき記号がすべてずれているので、いったんは0点にしたものの、一番最初に来るべきアが後ろに行っちゃった以外の前後関係は、すべてきちんと把握されていることになります。ううう、でもすべての発端となったアを最後に持って来たということは、因果関係としてはまるで把握できてないことになるから、やっぱり0点か・・・。うわ、でも実質1個まちがえただけで0点は厳しいよな・・・。さんざん考えたあげく、私は中間点を与えることに決めました。えっ、でも何点与える?次の答案は「アウエイオカ」・・・2〜4番目の前後関係だけが違う。これは何点に相当するんだ?うわ〜、何じゃこりゃぁぁっ!ありとあらゆる解答に対しての中間点を、その都度考えなきゃならんじゃんか〜っ!4クラス分、140枚ほどの答案が待っています。私は覚悟を決めて、すべての解答パターンに対する中間点を、あらかじめ決めておくことにしました。まず、6点満点は完全正解の「アイウエオカ」のみ。逆に0点は完全逆順「カオエウイア」です。それ以外は、少なくとも1ヶ所以上の前後関係が合っているはずなので、中間点の対象となります。何パターンくらい用意しておけばいいんだ?とふと考えてビックリ。ア〜カの順列は6の階乗だから、解答は720通りあるってこと・・・うぎゃ〜っ!答案用紙が140枚しかないのに、720通りの配点を考えておくって、どう考えてもおバカだと思い、やっぱりその都度考えて、その結果を一覧表にまとめておくことにしました。結局30通りくらいの解答について中間点を考えるハメになったから、この時の採点は徹夜状態でした。もうこんな問題は二度と出しません。歴史の先生や、英語の並べ替え問題を採点する先生は、どうしているんだろう?実はすごく単純に、1つでもずれちゃったら全部×にしてるような気もする。

12月13日 配点の舞台ウラ

 期末テストの採点が終了。私の作るテスト問題の中でも、特に物理は難しいので有名で、だいたい70点を超えると5段階評価の5がもらえます。昔は、みんなに良い点をプレゼントしようという、サンタさんみたいな温かい心で臨んだ時期もありますが、最近は完全に極悪非情。だって、物理が難しいというのは紛れもない事実なので、現実から目をそむけさせてはならんわな。というわけで、今回も単に難しいだけでなく、解答不能な問題も織り交ぜました。(これは、出題ミスとも言われる・・・最近多い・・・泣)
 さて、今日はテストの配点、つまりどの問題が何点という配分についてのお話。私が1年目の新人で、初めて作った中間テストの問題を、先輩の先生に見てもらった時のこと。先輩から、このテストには大きな欠陥がある!と言われました。ええ〜っ!何?先輩「配点が書かれていない!」・・・(ちっ、何でぇ、そんな事か・・・)と思いつつも、「はい、でもそれって、絶対に書いておかなくちゃならないものなんですか?」と聞き返すと、「当たり前だ」と一喝されてしまいました。「例えばだな、1点の問題と5点の問題があったら、5点の方から手をつけた方が有利だとか、生徒だって考えるわけさ」 ふうん・・・。何だかわかったようなわからないような。でも、それ以来、配点は必ず明記するようにしています。たしかに、ダーツ(的当てゲーム)で、当てた後から「実はこの的は10点でした〜」とか発表したら、フェアじゃないですよね。
 その年、私は2年生の理科1分野を8クラス担当していました。1クラスは42〜3人。採点する答案用紙の枚数は、340枚くらいになります。私のテストは、極めて緻密な配点が施されていました。大きな【1】の(1)はただの記号問題だから1点、(2)は語句を書かせるから2点、(3)は2択だから1点、(4)は計算だから3点・・・みたいに、1問ごとに違う点数が割り振られていたのだ!配点とは、私が何を重視しているかを表すメッセージなり。ううん、素晴らしい。さあ、こんな病的とも言えるテストをやった結果、予想外の事態が2つほど発生したのです。まず、生徒の得点分布が、完全に二極化したのにビックリ。分布表を見た先輩の先生も唖然。当時の相対評価方式では、平均点付近を頂点とした対称形になってくれないと、非情に成績がつけづらかったのです。こうなっちゃった原因は極めて簡単なことでした。易しい問題の配点が小さいから、易しいのしかできない子は20点くらいしか稼げず、難しいのもできると一気に80点とかに跳ね上がって、その中間がいないのです。予想外の事態その2は、もちろん採点の煩雑さ(泣笑)。得点の足し算は困難を極め、徹夜で340枚と格闘しました。今考えると、おバカ過ぎて泣けてくるな。現在の私の配点は、非情に単純化されています。4択の記号問題も複雑な証明問題も、ほぼ一律配点だな。理想的は、1問2点の50問という形ですが、問題を作り終えて数えてみたら、48問しかなくって、無理やり2題増やすのもたいへんだから、比較的難しいのを2題選んで4点問題にしちゃうのだ。逆に1問多すぎて51問になった場合はどうするでしょう?多くの先生は1問カットしますし、稀に102点満点で強行突破する人もいますが、私の場合、モーツアルトのシンフォニーのように形式の整ったテスト問題なので、省ける問題は無い!解決法の一例を示すと・・・易しい10問セットがあれば、それを1点問題にする。(この時点で92点満点) 次に難しいのを4つ選んで4点問題にすると解決! 1点×10 2点×37 4点×4 計51問 100点満点 なぁんて具合にこだわりの逸品に仕上げることもあれば、2問だけ選んで1つ1点にして済ますこともあるな。
 最後に、生徒側からの攻略法を考えてみると、全部解けるように勉強しておくこと!それに尽きるな(笑)

12月 4日 続・「恋文の技術」

 森見登美彦さんの「恋文の技術」は、最後までほんわかした気持ちを持続させてくれる、不思議な小説でした。ほんわかしたんだったら、それでいいだろ?ってことで終われない性分なので、ほんわかの原因を考えてみました。こういう事って、原因を突き止めちゃうと、もはやほんわか気分は失われるだろうから、よせばいいのに・・・って気もするけどな。
 私が、主人公の守田に非常に共感しました。私も守田と同じような境遇を経験したことがあるからです。・・・と言っても、能登鹿島の臨海実験場に飛ばされたわけではありません。単なる一人暮らし生活をしたというだけのことですが、私が住んだ場所は、能登鹿島に匹敵するくらい、周囲に何もない所でした。いちおう東京都内でしかも多摩市だから、何も無いってことはないんだけど、知り合いが全然いないのです。って、来たばっかりの身には当然に決まってることが、余りにも不思議でビックリしました(笑)。地元に行けば、そこらじゅうに幼なじみが住んでいて、ゲーセンか居酒屋のどっちかを覗けば、必ずバンドメンバーがいました。誰かに電話するまでもなく、豊田駅前に行けば遊び相手には困らない状態でした。ううむ、あれが「ふるさと」ってやつか・・・なんて、隣の市に引っ越したくらいで、しみじみ思って、その後も結局、何かといっちゃあ実家に寄る日々。一人暮らしの意味が無いな(笑) 多摩市でもバンドに入って、お友達はたくさん増えたのですが、豊田駅前みたいな「溜まり場」的な場所が無くて、バンド練習が無い平日にまで遊び歩く悪友には恵まれませんでした。むむっ・・・これって、日野市時代と比べて、立ち直ったってこと?(笑)
 現在のようにインターネットやメールという環境が無いから、一人暮らしの私は、けっこう手紙と電話を使うようになりました。その頃の自分の様子を思い浮かべると、どうも守田と重なるのです。複数いる文通相手の中には、単なるお友達の近況報告もあれば、昔の教え子もいれば、ちょっと気になる女性もいたりして(照)、まさに守田の世界だな。これって、今の時代だったらどうなるだろう?メール、チャットどころか、通話機能付きのスカイプとかいうので、ほぼ誰とでも通話可能なんでしょ?こういうのを駆使しまくったら、守田の手紙のような、ほのぼのした人のつながりは味わえないんだろうな。古い人間と言われればそれまで・・・。
 最近、単身者用のマンションの共同スペースに、住民どうしが定期的に集まって何かしなきゃいけない、みたいなのをウリにしてる物件が、密かに人気だそうです。昔、ユースホステルという宿泊施設では、宿泊者どうしの交流行事が必ずあったけど、あんなノリかな。私はそういうの好きな方なので、昔住んだアパートにそういう制度があったら、より楽しい一人暮らし時代だったかも、と思います。
 というわけで、「恋文の技術」は、主人公が遠く離れた故郷にいる人々との、温かいつながりを求める心の動きを追った物語といえるでしょう。決してラブレターのハウツー本ではありませぬので、お間違いのなきよう・・・。

11月25日 富士山マラソン

 朝日を浴びて、まさに絵葉書そのもの

 鳴沢紅葉ロードレースから1ヶ月。またまた富士山の近くまで出かけてきました。私が行くときに限って、雲一つ無い青空!やっぱりUFOもいません(謎・・・先月の記事を参照) 私が出場したのは、河口湖1周の部(17.2km)ですが、全行程に渡って、富士山と紅葉と湖の見事なコラボが満喫できました。また、沿道からの地元の皆さんの応援が暖かく、「一度は走ってみたいマラソン百選」だかに選ばれたのも、大いに納得できます。ただ、極めてたくさんの人間が一度に狭いエリアに集結しようとするとどうなるか・・・。今日は、私が今までに経験した中でも、ベスト3に入る修羅場でしたな(汗) (ベスト1は、某スキー場の食堂での昼食ラッシュ)

 何日も前から、当日の行き方を熟考しました。参加者数2万数千人のマラソンといえば、青梅マラソンと同レベル。青梅マラソン当日の青梅線は、10両編成が10分間隔で走っても通勤ラッシュ並みになっています。河口湖へ向かう富士急行電鉄は、2両か3両のこじんまりした電車で、7時台に着くのは1便のみで、それより前には無い!・・・ということは、電車という選択肢は無い。そこで裏をかいて、大月駅のコインパーキングに停めて乗ってみるか・・・。いや、同じ事を考える人間が1%いても、大月のパーキングは溢れるから、やっぱり危険過ぎる・・・ってな具合。夜行便もありましたが、夜中の1時とかに河口湖に着いて、「朝まで車内でおくつろぎください」って何じゃこりゃぁっ!それは、殆ど一睡もせずにマラソン走れというのに等しいな。・・・というわけで、残るはマイカーしか無く、それも何千台だかが同じ場所を目指すわけだから、普通に考えて渋滞は必至・・・。私が最終的に出した結論は早出でしたが・・・。

 早朝3時半に出発!予想通り中央道はスイスイ。5時にはハイランドの駐車場に着いて、1時間ちょっと仮眠できるな・・・。後部座席は爆睡仕様にして防寒具も完備。しか〜し!4時半には河口湖インター1km手前まで到達しながら、なんとこの1kmを進むのに1時間を要してしまったのだぁっ!さらに、インター出てからハイランドに入るのに30分!とてつもない大渋滞が発生しているのでした。結局6時を過ぎて北麓駐車場という所に着いたのですが、次はトイレ渋滞!男性用トイレに何十人も行列っていうの、初めて見ました。要するに大きい方を待っているわけだ。むしろ女性用の方が個室が多いからか、行列が短い感じ。私はですねえ、ふふふ・・・こういう事態に備えて、体質改善を済ませていたのだよ。マラソン大会は、どこでも朝のトイレが大問題だから、私は数日前から、朝う○ちでなく夜う○ち型に身体を修正しておいたのだ。・・・というわけで、即シャトルバス乗り場へ。ところが、これもずいぶん待たされて、やっと乗ったバスも河口湖駅を目前にしてなかなか入構できず・・・。とにかく至る所が大渋滞になっているのです。着いたのは7時20分くらい。駅からスタート地点までは1kmくらいあって、そこは自力で行くしかない。気温はマイナス1度!完全武装してるから寒くはないけど、荷物預けコーナーに寄らないと、この完全武装のままで出走しなくてはならん。ちょうどいいウオーミングアップだと思って急ぎました。
 結局、私がスタート地点に整列したのは7時50分。1周の部スタートの10分前ですから、私より後、すなわち4時半より後に河口湖インターに着こうと思っていた人の多くは、定刻スタートに間に合わなかったり、もしかすると関門閉鎖時刻にすら間に合わないくらい遅れたのではないか、と心配されます。来年以降、こうした事態を避けるためには、何と言っても前泊がベスト。ただし湖畔のホテルでない、スタート地点まで数キロ以上離れた所に泊まれば、じゃあ当日の朝どうやって湖畔まで行くか、という問題に直面するでしょう。河口湖というエリアに、2万人分のキャパそのものが無いと考える方が自然です。主催者は、断腸の思いで抽選を実施すべきではないかと思います。 
 スタート地点(ラフェスタ前)。はるか前方に河口湖大橋。

 1周の部は、スタート直後に河口湖大橋を渡ります。私は最後尾の方からのスタートになっちゃって、左手にはつい先日、合宿でお世話になったばかりの民宿ラフェスタが!ここに泊まってれば、7時50分起床で間に合うな(笑)。スターターはサンプラザ中野くん。横にアントキノ猪木!コース上ではノッチという芸人さんと遭遇したり、なかなか有名人が来ていました。例によって、よーいドンが鳴っても全然動けず、ロスタイム3分。その後も混みすぎて追い抜けない状態が5kmくらいまで続きます。何となく田舎の寂しい雰囲気のエリアに来て、ようやく前に出られるようになり、トイレのたびに30人抜き、給水所のたびに200人抜き・・・という具合に面白いように順位が上がる。
 10km走ったあたりで、だいぶ調子が出てきたな・・・なんて思ってたら、再び渋滞にハマる!なんとフルマラソンの部と合流してしまうのでした。フルは15分遅れでスタートしてるから、僕らの方が2〜3km余計に走ってるはずですが、明らかにフルの人たちの方が遅い!まだこの先30kmくらい残ってるから、ゆっくり抑え目なんだろうな。こっちは残り5km無いから、ほとんどラストスパートってわけだ。でも、おかげでまた全然抜けないスローペースになってしまいました。
 道の駅かつやまを過ぎたあたりで、ビッグバンドジャズの音が!曲は「セント・トーマス」 富士学苑の皆さんの生演奏です。本当は1時間くらい立ち止まって聴きたいところでしたが、マラソン大会の性質上、前に進み続けなければならず(泣) 
 フィニッシュタイムは、速報値で1時間43分46秒でした。均すとキロ6分くらいだけど、ほとんど歩くに等しいペースに抑えられた部分もあるから、キロ5〜7分の範囲を行き来した感じでしょうか。ほとんど平坦なコースで景色は抜群・・・そもそもタイムをどうこう言う大会じゃないのかもな。今まで出場した大会の中で、距離は長いですが、一番疲れなくてお散歩気分を楽しんだ大会でした。

11月21日 「恋文の技術」(森見登美彦・作)・・・ネタバレ無し

 まだ最初の方の2編しか読んでいないのですが、実に凄い長編小説です。300頁超は、すべて主人公から複数の人物に宛てた往復書簡の往路分だけです。脇役陣は姿を見せることもなければ、セリフも無し。それどころか、手紙の返信部分が無いので、我々読者は、往信だけを読んで、相手の返信内容を想像し、更には相手の人物像を想像しなければなりません。一見それは難しいことのように思えますが、これが実に鮮やかに描かれているのです。こういう書き方もあるんだな〜と、作者のアイデアに脱帽すると同時に、あらためて創作というものにネタ切れなんて無いんだな、という思いを強くしました。「恋文の技術」に関するお話は、何とこれで終わりです(笑)。
 私は編曲は山ほどやってきたのに、作曲はというと、おふざけで作ったものが10曲に満たない程度あるだけです。書いていくうちに、たいてい聞いたことのある他の曲に似てくるし、それを避けようとして全く遭遇したことのない音の並びを採用すると、今度は支離滅裂になります。出来上がったものを見ても、とても自分の作品で〜すなんて言えないようなシロモノ。そんなことを何度か繰り返した時期、私は、自分の作曲の才能が皆無だと認める代わりに、こう考えたものです。「音の並べ方、すなわち音程と音価(音の長さ)の順列組み合わせは有限であり、そろそろそれが出尽くす時期に差し掛かったのではないか・・・」 シンプルなメロディーは、盗作すれすれで他の作品に似ていて、オリジナリティ溢れるメロディは、やたら跳ぶ音程と速いパッセージの応酬で、とても口ずさめるようなものじゃなくて、1回聞いたらサヨウナラ・・・とか。
 当然と言えば当然ですが、ネタ切れのために世界的に新曲の発行が打ち止めになる・・・という気配は無さそうです。私が行き詰まるのは、私が収まっている狭い枠の中で限界を感じているだけのことで、作曲家の皆さんというのは、その枠を次々と打破して、我々聴衆を新たな世界へ連れ出してくれるから、作曲家として認められているのでしょう。

 音楽、小説、演劇、詰め将棋とかのパズル類も含めて、いろんなジャンルに共通しているのは、あっと驚く手法はたいていシンプルだということです。登場人物を大量に投入して、話のスケールをデカくしたものよりも、登場人物たった一人なのに、繊細な心理描写でハラハラドキドキさせるとか、面白いな・・・。
 余談になりますが、昔「フィラデルフィア」という名前の映画を見た時のことです。2時間余りのうち大半の舞台は法廷で、大立ち回りも無く、検事vs弁護士が交互に弁論するシーンが延々と続きます。私はその息づまる攻防が面白くてたまらなかったですが、かなりのお客さんが途中退出してしまいました。トイレに行きたい人にしては多すぎる数だったので、たぶんつまらなかったのだろうと思います。私は面白くて、思わず弁護士になりたくなっちゃったくらいですが、多くの観客を引き込むにはもう一工夫必要だったかもしれません。
 え〜、私の小説は、直井音楽事務所HPの方で公開中です。受験生と面接官の息づまる攻防をお楽しみください(笑)

11月17日 ダンス部の謎

 某進学塾の主催で、学校紹介と部活紹介を兼ねたイベントに、吹奏楽部で参加してきました。この会は毎年行われているそうなのですが、吹奏楽部としては初参加で、わからないことだらけでした。まず、吹奏楽部がたくさん集まるものだとばかり思っていたら、10校余りのうち、吹奏楽は2団体だけ。まあそうだよな。これは学校紹介であって、吹奏楽コンクールじゃないんだからな。他には合唱、ハンドベル、ダンスなどがあり、音楽系かと思いきや、なんと合気道部も来ています。多彩な演目だから、見ているお客さんは退屈しないだろうな。ところで、これには審査があり、1位から3位までは表彰されることになっていました。吹奏楽部が合気道部に負けた場合、我々としては、来年までにどういう練習を積めばよいのだろう?(謎笑)。

 さて、うちの学校の出番が終わった後、いろんな演目が登場するのが面白くて、私もついつい見入ってしまいました。そんな中に、ちょっと不思議な演目があったので、ご紹介することにしました。それは、某高校のダンス部です。
 うちの高校にもダンス部があるので、ダンス部が社交ダンス部やクラシイクバレエ部でないことくらいは知っています。お客さんは静かに鑑賞する必要はなく、むしろロックコンサートのように、ステージ近くに陣取って、ごひいきのダンサーの名前をコールするのが正しいお作法。ところが、この某高校ダンス部の発表は、うちのダンス部とはちょっと雰囲気が違いました。名前をコールするのは、お客さんではなくて身内。つまり、ステージ上にいない、いわゆる降り番の部員が、ステージに向かって盛んに名前を呼んでいます。これはこれで、部員どうし互いに励まし合い、応援し合ってるから、微笑ましいもんだな、なんて思っていたのですが・・・。
 そのうち、名前の呼び方に、ある非常に共通した特徴があることが解ってきました。それはイントネーションに現れていて、ヒロシ君の名前を呼ぶ場合だと、ヒロでやや下降した後、シを伸ばしながらどんどん上げて行く・・・。誰の名前を呼ぶにも、判で押したように同じイントネーションで、しかもややけだるい感じで言うもんだから、だんだん恐くなってきました(笑)。いかにも、イヤイヤ呼んでます的に聞こえます。・・・で、呼ばれたヒロシの方はと言うと、呼んでもらって嬉しくなって満面の笑み・・・になるわけなくて、むしろ表情が凶悪化してゆくのだぁっ! その顔は、明らかに「呼ぶんじゃねぇよ。おめえらウゼぇよ」って言ってる風です。
 こんな風に一つ一つの動作をけだるそうにやるのがダンス部の文化だというなら、否定はせんわな。音楽だってそういうジャンルがあります。品行方正なハードロックじゃつまらんもんな。だから、ダンス部で呼んだり呼ばれたりしてる当人たちは、もちろん心の中では互いに励まし合ってるに違いありません。でも、私のようにその文化に慣れていないと、単に「恐いお兄さんお姉さんたち」に見えてしまいます。学校紹介の一環として見ていた多くの中学生とその保護者は、この公演をどう感じたでしょうか。私の目には、何となく引いていたように思えてなりません。この時の公演内容は、明らかにダンス部慣れした観客向けであり、一般市民向けではありませんでした。

 結局何が言いたいかというと、客層を無視したステージングにならない配慮が必要だということです。吹奏楽も、吹奏楽に詳しい人だけが喜びそうなプログラムを組んで、そういう人向けのMCをやって、自己満足で終わるのをよく見かけます。吹奏楽や合唱はつまらない・・・みたいな意見を真摯に受け止めて、初めて聞いたお客さんを虜にする工夫は絶対に必要です。

11月 9日 「秘密」(東野圭吾・作)・・・ネタバレ無し

 東野圭吾さん、凄い人気のようです。ちょっと勧められて、読んでみようかなと思って、我が家のホームグランドである、イオンモール日の出の1Fにある「未来屋書店」に行きました。私は文庫本を探す時、必ず新潮文庫の棚からスタートします。理由は、出版されている小説の数が多いから。ところが、思うように探し出せず・・・。なぁんだ、あまり売れてない作家なのか?・・・と思った次の瞬間、うきゃぁぁ〜っ!目の前に「東野圭吾コーナー」が出現!小さな文庫本会社の全出版物を上回るほどの棚スペースを占めていたぁぁっ!そして、何十冊か積み上げられた、「秘密」と印刷された茶色いカバーの文庫本が、ひときわ大きな存在感を示していました。これって明らかに、「飛ぶように売れてます」オーラだな。新千歳空港のお土産コーナーの「白い恋人」の積み方が思い出される感じ。
 この物語は、小学5年の娘の身体に、妻の意識が宿った状態のまま、何年も生活してゆく家族・・・という形でストーリーが展開します。読み進めるにしたがって、怖かったり、ハラハラしたり、妙に納得させられたり、ちょっぴり笑えたり、じ〜んと感動したり・・・。面白すぎて一気に読み切っちゃうこと請け合いです。物語の設定である、誰かの意識が他人の身体に宿る・・・というのは、まあ普通に考えてあり得ないことだから、ナンセンスと言っちゃえばそれまでですが、だったら「ウルトラマン」も「巨人の星」も、全てナンセンスでしょう。人間が急にでっかくなって怪獣と格闘したり、魔球がホームベース上で消えたり、がもしも起こったとしたら、こういう人間ドラマが展開して・・・という、あくまで仮定の話ですよね。多くの物語では、現実離れした仮定から発生するいろいろな出来事が、さらに荒唐無稽な方向に暴走して、最終的には興ざめしちゃいます。ところが、どんなに突拍子もない仮定からスタートしても、その先が緻密に計算され、矛盾無く展開されていると、あたかもそれが現実世界のような、有り得る感溢れるストーリーになってきます。数学で、別の公理からスタートして、新たな幾何学体系を作っちゃうような感じ。「秘密」を読んでいて一番強く感じたのはそれでした。ラストには、ちょっとしたどんでん返しがあって、そこも感動的です。一つ批判めいたことを言うと、そのラスト付近の展開は、少々急いじゃった感あり。私だったら、20頁ほど長くして、あと2つ話を増やしたかったところ・・・。「秘密」を読み終わった人にだけ、修正案をお話ししますので、興味があったら聞いてください。・・・とか言って、私は何様のつもりだろうか。完全に一流作家気取りだな。でも仕方ありません。そう自負してるので(笑)

10月31日 ドラムコンテスト

 鳴沢紅葉ロードレースのあった、ちょうど同じ日の夜に、菅沼孝三さん主催(?)のドラムコンテストがあり、うちの息子が出場してきました。場所は吉祥寺で18時スタート。・・・ということは、私は朝5時起きで高速を運転し、7時半には富士山のふもとにいて、10kmの山道を57分22秒で完走した後、再び高速を運転して帰宅するなりシャワーを浴び、今度はカミさんを乗せて吉祥寺まで車を走らせ、4時間立ちっぱなしでコンテスト&ライブを鑑賞。終了後は家族を乗せて家まで運転、帰宅は午前0時という離れ業をやってのけたわけだ。もちろん翌日は通常の月曜日でしたので、5時半起床でございました。

 ドラムコンテストの課題曲は2分半くらいの短いもので、これをカラオケのように流して、参加者はそれに合わせて叩きます。動画をYou tube(ユーチューブ)に投稿して見て貰うのが1次審査。吉祥寺のライブハウスで、実際に菅沼孝三先生やお客さんの前で叩くのが、最終審査ということになります。参加者は34人いて、グランプリを取ると、賞品としてドラムが貰えたり、レコーディングに参加できたりという具合に、モチベーションを上げる要素が豊富。・・・なので、我が家もだいぶ前から気合いを入れて準備してきましたが、さあ結果はいかに!?

 私は1次審査用の録画から付き合っていて、息子が家の中で練習している音はイヤでも聞こえてくるので、課題曲は既に耳にタコ状態でした。それを吉祥寺では34回聞いて、さらにゲストの模範演奏と、大阪大会のグランプリ受賞者による演奏もあったから、合計36回聞いたわけです。通常だったら耐えられる限界回数を超えていますが、個性的な演奏も多く見られたので、それほど飽きたという感じはしません。個人的な感想になりますが、34人の参加者は大きく2つのタイプに分かれました。タイプ@150キロのストレートばんばん投げ込み型 タイプA七色の変化球型 
 @はとにかくデカい音、たくさんの音で押しまくって、ねじ伏せようという演奏。Aは意図的に音数を減らして、場合によっては間(ま)を作ってみたり、シンバルの叩く場所を変化させたりと、一言で言えば「いろんな事をする」演奏。@とAは半々くらいか、@が若干多いかな、という気がします。ドラムは元々派手な楽器だから、@タイプはお客さんも盛り上がりますが、ずっと聞いてると疲れるな。あと、今回@タイプで最も気になった点は、キーボードの細かいパッセージ等、この曲のデリケートな部分を、ド派手なドラムソロで完全に消してるプレイが見られたこと。これ、相手がシーケンスだからいいけど、人間同士のアンサンブルだったら、きっと怒りますよね。
 Aタイプの方は、実はこの中にさらに通りあって、A−A、AーBとでもしておきますか。A−Aは、とにかく変わった事が好き。お客さんをアッと驚かせることに喜びを見いだす人。見ていて面白いんですけど、やることが曲の雰囲気と必ずしもマッチしてないことが多々あります(笑)。AーBは、曲の雰囲気や流れをよくつかんで、効果的に演出するドラミング。私が一番好きなのは、もちろんこのAーBタイプです。

 この東京大会でグランプリに輝いたのは女の子でしたが、AーBタイプに@の要素も混ざった、私から見てもとても好きなタイプのドラムでした。で、うちの息子はというと・・・完全なA−Aタイプ(笑)。でも、いろいろなアイデアや工夫を織り交ぜて、お客さんを喜ばせたのは確かなので、入賞はできませんでしたが、まあよく頑張ったと思います。審査員講評では、「変態的」という誉め言葉までいただいてます(笑) 入賞するしないに関わらず、このコンテストをきっかけに、全国の凄腕ドラマーから刺激を受けたり、またはお友達になれたり、ということは、息子にとって大きな収穫だったはず。コンテストが終わってからというもの、今まで以上に練習熱心になり、高校入試の準備も今まで以上にそっちのけ(泣) 

 私も大会に出る度に、多くのランナーから刺激を受け、モチベーションを上げています。鳴沢紅葉ロードレースの結果が送られてきました。「10km 40〜55才男子の部 57分22秒 143人中の90位」
 うきゃ〜!悔し〜い!ちょうど下から3分の2じゃんか!年齢ではこのブロックの上から3分の1に入ってるから、まあいいのかなって気もしなくはないけど、56才以上の部にも私より速い人がうじゃうじゃいると判ると・・・ううう、もう少し頑張れたはずだと思えてなりません。この借りは、来年必ず返す。

10月22日 鳴沢紅葉ロードレース

 参加してきました。第3回鳴沢紅葉ロードレース大会10キロの部。そもそも、これにエントリーした動機は、5月の秩父で高低差140mの壁に阻まれ、62分という惨敗を喫したリベンジの意味でした。今回のコースは、高低差そのものは100mですが、前半に50m、後半に100mと、2回に分けてのアップダウンがあるので、登りとしては合計150m分あります。夏場にアップダウンのあるコースで練習した成果が出ていれば、60分超えは無いだろうという予想で臨みました。さあ結果はいかに・・・。

 高速の渋滞を避け、勝手の分からない初出場の会場で慌てないため、6時には出発。10時スタートですが、7時半には受付を済ませることができました。開会式は8時半から。こういうイベントでは、開会式への参加は特に義務ではなく、むしろ参列する人の方が少ないのですが、私の場合は必ず出ることにしています。その理由は、やはり大会を裏で支えて下さっている皆さんへの敬意と感謝の気持ちを表すため。役員さんが話してるのに、関係ねぇよって顔してウオーミングアップに精を出す、という態度は、私は取れんな。

 というわけで、頑張って参列した開会式ですが、ううう・・・(笑泣笑)。まず、大会の役員さんが登壇。「皆さん、空を見ご覧下さい!雲一つ無い青空!UFOもいません!」 場内「し〜ん」 いきなり完璧なスベり(驚) 技ありとかじゃないです。文句無しの一本滑り。いやあビックリしました。しかし、司会者もテンションが上がる!それもそのはず、大物登場です。「それでは、本日のスペシャルゲスト、瀬古利彦さんから、ランナーの皆さんに一言、アドバイスをいただきます!」 アドバイザーの瀬古さんが登場!瀬古さん、なぜかSB食品のテーブルコショウと、カレーの箱を持って登壇!何が始まるんだぁぁっ?「ランナーの皆さん、しっかり準備運動して、コショウの無いように!」と言いながら、テーブルコショウを突きだしたぁぁっ!「そして、華麗にゴールしてください!」と言いながら、カレーの箱を突きだしたぁぁっ!何てこったぁぁっ!これのどこがアドバイスなんだぁぁっ!と思いましたが、面白くて良かったです。
 続いて準備体操。ちゃんとしたインストラクターの先生が指導しながらのストレッチみたいですが、「は〜い、腕を左右に振りながら、天に昇って行きましょ〜う。そして空を持ち上げま〜す」とかを、不思議なBGMに乗せてやってるので、だんだん不思議な雰囲気に包まれます。もうちょっとで入信しちゃうところでした(笑)。

 さあ、いよいよ午前10時。いよいよ我ら10キロの部。参加者総数で2500人くらいなので、スタート時の渋滞も無く、いいペースでの滑り出し。さっそく別荘地エリアで最初の50m登り。ここで頑張ったのが災いしたか、ゴルフ場エリアの100m登りが既に限界。これでは秩父の再現かぁぁっ!秩父でもそうでしたが、この一番厳しいところでは、正直なところ「今日自分は何しに来たんだろ?」と思わずにはいられません。リタイア・・・何という魅力的な響き。ここで止めちゃって、あとは富士山を見ながら温泉に浸かってれば、きっと素敵な休日でしょう。そんな事が頭をよぎりながらも、一歩一歩、ほとんど歩いてるのと変わらないスピードで登ります。そしてようやく登り切って、残り3km地点から今度は一気に下り。秩父では下りでも全くペースアップできませんでしたが、トレーニングの成果が出たのか、ここからゴールまではスイスイでした。結局、かなり遅れを取り戻したみたいで、公式記録はまだ届いてませんが、57〜8分ではゴールできたみたいです。いちおう、納得の行くレース展開。

 ゴール直後に、無料のおそばをいただくと、このしょっぱさがちょうど良くて汁まで完食。水のペットボトルも飲み放題。そして参加賞は、袋を持ってみてビックリ!「うわっ、重い!」 それもそのはず、大根、キャベツ、ジャガイモ10個の詰め合わせです。私は車だからいいけど、これ持って電車で東京に帰る人は大変だろうな。やっぱり参加賞はTシャツとかの方が、持ち運びは便利だな。

 こんな感じで走り終えましたが、まあ紅葉見物どころでは無く、汗と涙の大会でした(泣笑)。この大会、ハーフマラソンの部では、さらにもう100m登って、高低差はなんと200mにもなります。とてつもない殺人的コースだな・・・なんて思っちゃいましたが、考えてみたら箱根駅伝の5区って23.4キロで高低差は800mでしたよね。山の神は、それを1時間16分台で走ったんだから、いかに凄いことか、改めて実感できます。さて次回は河口湖を1周する(ほぼ平坦な17キロ)という大会に行って来ま〜す。

  到着時の駐車場から見た富士山。まさに「ドカ〜ン!」て感じ

10月15日 これってやっぱり意志弱い?

 LSDってご存じですか?IMF→国際通貨基金とか、反射的に出てくる人も、LSDが即座にでてくるとは思えんな。そういう名前の麻薬があるらしいのですが、とりあえず今は麻薬の話ではないのでご安心ください(笑) LSD(Long Slow Distance)は、長い距離をゆっくり走るというトレーニング方法です。私は、高校生の頃は、長距離走が比較的早い方でしたが、LSDなんていう練習方法は聞いたこともなかったし、みんな自分の限界スピードを追求してただけでした。ランニングを再開したここ2年くらいの間、いろんな人から、「速く走るより、長くゆっくりと」というアドバイスを受けました。それで練習距離を3〜5Kmから、10〜20kmに伸ばしたわけです。たしかに、青梅街道を走っていると、私より圧倒的に速そうなランナーが、ゆ〜っくり走っているのにたくさん出会います。たぶんキロ7分くらいじゃないだろか・・・。というわけで、私もキロ7分で軽く10km行ってくるかな、と出かけるところまではいいんだが・・・。一度としてこのペースを守れた試しが無いのである(泣)
 パターン@・・・1km地点で時計を確認すると、7分のはずが6分45秒だったりする。ありゃりゃ、最近なんだか体内時計が狂ってるな。っていうか、ゆっくり走ったつもりなのに、感覚以上のタイムが出てるってのは、絶好調ってことだろう。よっしゃぁぁぁっ!本日は方針変更だぁっ!爆走開始〜(爆爆爆) そのうち足がガクガクしてきて、最後の1kmは7分半とか大崩れ。後悔あるのみ。
 パターンA・・・今日こそはペースを守るぞ〜。5kmまでピッタリ35分。いいぞいいぞ、と思ってはいるのだが、このペースで5kmくらい走って来ると、ちょうどいい感じに身体に潤滑油が回ってきて、やっぱりここからいっちょ飛ばしたるか〜という誘惑にかられるのです。よ〜し、1kmだけ行っちゃおう!しんどくなったら、再び7分ペースに戻せばいいだけのことじゃんか。よっしゃ〜決まり〜!大爆走開始でこの1km4分半!おっ、意外と持つじゃんか。これなら行ける所まで押したるわい!ところがぁぁぁ、限界はすぐその先に待っていたぁぁぁっ!最後の2kmが各7分台後半と大崩れ。ただ後悔あるのみ。
 パターンB・・・ただ単純に、誰かに抜かれた瞬間です。もうLSDなんて頭からすっ飛んじゃって、追いかけに行く。その結果は・・・チーン!10kmの予定が、最初の2kmで力尽きて、そこからとぼとぼ歩いて帰って来る。もうひたすら後悔・・・。

 ちなみに昨日は、最初の予定は7分ペースのLSD。古里駅から高校まで帰る15km。ところが、最初の1kmが下り気味であれよあれよという間に5分台。こうなるともう山本リンダ状態(・・・どうにも止まらない) それでもペースを抑えて5km通過は28分。しか〜し!気候も良いし、身体も絶好調。ここからまた少し下りなので、行っちゃいますかぁぁぁっ!御獄のセブンイレブンからの1kmを4分半。しか〜し!この先には長い上り坂が待ち受けていたぁぁぁっ!いつもこの後大崩れしては後悔の繰り返しなので、昨日は歯を食いしばって頑張りました。自分が撒いたタネの責任を取るべく、最後まで6分以内のペースを守りきる。最後の2kmは自分との戦いじゃぁっ!この頃に頭をよぎるのは、「一体今日のトレーニングは何だったんだ?」という、やっぱり後悔の念です(泣泣)

 なぜ、最初に決めたメニューをきちんとこなせないかというと、性格によるところが大きいでしょう。楽器の練習も、今日はみっちり基礎練習やろうと心に決めてたのに、気が付いたらパラパラパラパラ速いパッセージばっかり吹いてるとか、麻雀で「今日は安上がり」と決意したのに、いつの間にか役満ばっかり狙って振込みマシーンとか、ゴルフ場で今日はアイアンできっちり刻むぞと決めてたのに、いつの間にやらドライバーぶん回しの広角打法OB10連発とか、バドミントンでドロップの練習してるはずが、スマッシュ打ちまくるとか、よくあるじゃあないっスか。私はまさにそういう、スカッとすることに傾きやすい性格なのだと思います。こういう場合、一人で練習せずにチームに入ると、多少ブレーキが効くように思うので、一番いいのはランニングクラブに入会することなのでしょうか。いよいよ次の日曜は、約5ヶ月ぶりの10kmレースです。悔いの無いレースを、って絶対ムリだな(泣笑)

10月 5日 小説「ムカデ競走の極意」・・・誕生秘話

 9月29日から計3回に渡ってお送りした「ムカデ競走の極意」・・・。作者は、どのようなきっかけで、何をヒントに、この難解なストーリーを思いついたのか。そんな皆さんの疑問に、一挙にお答えしよう!(皆さんとか言って、質問してくれたのは一人だけです・・・泣笑)

 うちのクラスのムカデ、実際強かったんですよ。前日の予行ではブッチギリでした。ハッキリ言って、総合優勝とかは眼中になかったと思います。だってクラス替えしてないわけだから、去年の結果とそう大きく変わるのは難しいでしょう?総合優勝を争える力があるかどうかは、前もって判っちゃいますよ。だから、みんなの練習の成果がそのまま返って来る「ムカデ」に賭けた・・・という感じはありました。
 予行で大勝ちした直後、他クラスのいろんな子たちから、「先生、6組のムカデ強いですね〜」と声をかけられました。そんな時、私は反射的に「どうだ、凄いだろ?実は作戦エックスを使った」などと、意味不明の返答をするクセがあります。作戦エックスはこの一言から採用しました。また、別の子たちには、「本物のムカデをつかまえて来て、クラス全員でイメージトレーニングした」と答えました。すると、ある子が「本物のムカデの歩き方って、足の動きが揃ってないよね。ウエーブみたいっていうか・・・」という具合に、議論を深めてくれました。私は「そうなんだよ。あのウエーブのような動きを体得するのは、大変だった」と答えて、その話はそれで終わったのですが、(議論、思ったほど深まらず・・・泣)、私の頭の中は、そのことで一杯になってしまいました。
 どうすれば、全員がコンマ1秒ほどの時間差をつけて歩みを進めることができるのだろう?中でも、平均的反応時間である0.2秒に比べて半分程度の時間差を生み出す方法が、なかなか思いつかずに苦労しました。中編でP美が解説している通り、ここが最大の難関だったのです。0.9秒の遅れ=0.1秒の先行というシステムを発見した時は、思わずガッツポーズ!よし、これで理論上は完成だという確信を持つことができました。ただ、皆さんもうお気づきだと思いますが、このシステムを体得するための練習は、実際にはやっていませんよ。もちろんフィクションです(笑)。本番で1組に負けちゃったというのは本当で、負けちゃったけど頑張ったからヨシ!ってみんなで思えたのも本当です。どこからどこまでがフィクションなの?ってよく訊かれるんですが、事実とフィクションが微妙に入り交じるように狙って書いているので、その質問をされると、実はとっても嬉しいんです。

 最後に、このおふざけ小説の中にも、私の主張はしっかりと流れているんですよ。それは「勝敗という結果よりも、そこまでのプロセスによってみんなが学習し、成長することの方が大事」ということです。教育の場では、言い尽くされている言葉ですが、常に意識していないと忘れがちになります。体育祭、文化祭、合唱コンクール、部活の試合やコンクール等、ついつい結果の方に目が行きがちですが、それらの行事や特別活動が学校教育の中に設定されている意味を、私たちは忘れてはなりません。
 主張ってことからすると、最終章のラストがちょっと物足りないかなぁ・・・。何しろ一気に書いちゃったから、おいおい加筆修正するとしたら、まずラストシーンからだな。次の小説は、もう「卒業式編」だよな。早いもんだねえ(汗)

10月 1日 ムカデ競走の極意(最終章)

 9月28日、体育祭当日・・・。ついに決戦の時は来た。アナウンスが「プログラム8番 ムカデ競走」と告げると、場内は異様とも言える歓声に包まれた。昨日のあの光景は、3年6組を除く全ての生徒にとって、にわかには信じがたいものだった。本物のムカデの動きをそのまま再現した6組の芸術が、再び目の前に現れようとしていた。昨日は職員室で仕事をしていて、予行の場に居合わせなかった先生たちは、全員が顔を揃えていた。参観に訪れた保護者の数も例年の倍は下らないだろうと思われた。フェンスの外には、噂を聞きつけた近隣住民が押し寄せて、その瞬間を今か今かと待ちわびていた。

「さあ、いよいよだ。オレたちのムカデを見せてやろうぜ!」

体育祭委員のO太郎が叫ぶと、6組の全員が「オーっ!」と応えた。グランドの大観衆から、再び大きな声援が沸き起こった。

思えば今日までの道のりは決して順風満帆という訳ではなかった。先頭役を務めるQ男は、夏休み一杯を電子メトロノームと共に過ごしたと言ってもよかった。自分よりコンマ0.1秒前に掛け声を発するR太につられずに、メトロノームだけを聞いて、正確な合図を出すのは至難の業だった。そこにいる誰もが、コンマ1秒の精度を実現するため、文字通り朝から晩まで練習に励んだ。
 練習メニューの中には、イメージトレーニングも取り入れられた。ムカデが活発に動き回る姿を、常時実物観察できるように、生物Uを選択しているR太やS子たちが、毎日生物室に通って飼っているムカデの世話をした。そんな中、チームでどうしてもスムースな足の動きができなくて一人悩んでいたT夫は、ムカデを1匹譲ってくれと言い出した。「身も心もムカデになりきらないとダメだと思うんだ」とT夫は言って、自宅でムカデを飼い始めた。みんな必死の努力の末、今日を迎えていたのだった。

 スタートのピストルが鳴った。1年6組は大きく出遅れたが、上級生から特に心配の声はあがらないのは、3年6組にとって、1周程度のビハインドは射程圏内という目算があったためだろう。バトンが2年生に渡ると、レースは俄然白熱してきた。先頭との差が縮まり、勝負の行方は混沌としてきたのだ。3年6組にバトンが渡る前に、少しでも貯金を作っておきたいという焦りが、どのクラスにも多くのミスを誘発させていた。
 いよいよ3年生がスタートした!先頭4組・・・。6組は20m遅れの2位でこれを追うことになった。全員の足にストッキングがセットされ、先頭のR太が「行きま〜す」と宣言し、「イチ・ニ」の掛け声を開始した。その響きは他のクラスと決定的に違った。「イチッ、ニッ、・・・」と、非常に短く正確なテンポで刻まれた。そして・・・。6組チームの足が、ゆらりと動き出した!それは、競走には全く似つかわしくない、美しく滑らかな動きだった。場内から「あああ〜っ!」と、声にならない声が漏れた。前日の予行を見ていた生徒たちでさえ、一瞬立ち止まって6組の方を注目した。まるで窓辺のカーテンがそよ風に揺れているような、柔らかさと優しさに満ちあふれた奇跡のムカデダンス!周囲がそれに見とれている間に6組は悠々と前進を続け、第1コーナー過ぎで4組を逆転!先頭が入れ替わる。残り半周は、3年6組のために敷かれたビクトリーロードだった。ところがぁぁぁっ!

 6組の背後から、「エッホ、エッホ・・・」という掛け声が忍び寄っていた。6組のリアルムカデ走法とは対照的に、ザッ、ザッ、と一糸乱れず全員の足音を響かせてきたのは1組だった。その歩は一切緩むことなく、6組に追いついたと思ったらもう併走し、次の瞬間には一気に抜き去っていた。場内から落胆と失望のどよめきが起こった。1組が先頭のままゴール!2位・・・6組。あっけない幕切れだった。6組は必勝を期して臨んだムカデを落とし、結局今年も優勝争いに絡むことがなかった・・・。

 午後3時、たくさんの表彰が済んで、閉会式も間もなく終わろうとしていた。「閉会宣言!」のアナウンスに続いて、実行委員長のU次郎が登壇した。

「皆さん、体育祭を終了する前に、少しだけ時間を下さい。今回の体育祭では、特筆すべき出来事がありました。皆さんもお分かりだと思いますが、ムカデ競走において、あるクラスが本当に一致団結した、見事な演技を披露してくれました。そのクラスは、1位にはなりませんでしたが、先ほど実行委員会で検討して、特別賞を出そうということになりました。3年6組の代表者、前へお願いします。」

N子が登場して、賞状を受け取ると、場内は割れんばかりの拍手に包まれた。

午後3時30分、6組担任の見栄春は、教室に向かいながら、生徒にかける言葉を考えていた。文化祭ではあわや上映不可能かという大トラブルに見舞われ、今回のムカデも結局は2位に終わってしまったから、生徒はさぞやガッカリしていることだろうと心配したのだ。教室では既に全員が集合して、O太郎やN子のスピーチが始まっていた。不思議なことに、表情は一様に明るく、まるで優勝したクラスのようであった。N子が見栄春に気づいて、

「あ、先生、狙い通り、最高の体育祭でしたよ!」
と言った。見栄春は聞き返した。

「え?狙い通りって?」
「勝つことよりも、注目度を優先したんです。記録より記憶に残ろうって」
「ええっ!じゃあ、作戦エックスで勝てないのは承知の上だったってこと?みんな、それで納得してたのかい?」
「それを教えてくれたのはQ男です。Q男は毎年1500m走に出て、最初の1周だけ世界記録ペースで走るんです」
「うん、それはもう有名だから、よく知ってる」
「今年もクラス全員一致で、Q男にはそのパフォーマンスをお願いしたんですけど、私たちも何かそういう、勝敗を超えた感動をお客さんに届けられたらな、って思って・・・。もちろん最初は勝とうと思って始めたんです。でも、やってるうちに、ムカデの美を追究したくなったんです。」
「そうかそうか・・・。勝敗を超えた感動って、素晴らしいじゃないか。それより、作戦エックスにみんなが協力して、リアルムカデショーを創り上げた、その過程が君たちの財産になるんだ。よく頑張ったな。お疲れさま!」

見栄春は、先生らしい言葉で締めくくるだけだった。教室は拍手に包まれた。(完)

9月30日 ムカデ競走の極意(中編)

 P美から秘策を知らされた夜、N子はなかなか寝付けなかった。P美の難解な説明を、何度も頭の中でおさらいした後、紙に書いてみて、あらためてその緻密さ、論理の完全さに脱帽するばかりだった。

P美の提案は、本物のムカデの動きを、人間に真似させようというものだった。N子にとって、それは非常に難しいことのように思えた。しかし、P美はパソコン画面に、満員のスタジアムで起きる応援ウエーブや、EXILEのダンスを映しだすと、

「このように、人間は同じ動作を、僅かな時間差をつけて繰り返すことができる能力を持ってる。ただ、ムカデの足となると、その時間差にヒト桁小さい精度が求められるの。そこで・・・」

P美が取り出したのは、電子メトロノームだった。

「前にいる人の動作を見てから判断したのでは遅すぎる。だからこれを使うの。標準的なムカデ競走の歩調は、毎分140歩くらい。それをこの機械で正確に刻ませて、かけ声をかける者は、この音を聞きながらイッチニ、イッチニを叫ぶの。そしてここがポイント。かけ声を聞いてから、2番目に並ぶ者は0.1秒遅れ、3番目に並ぶ者は0.2秒遅れで走る、という具合に、動作に0.1秒刻みの時間差を設ける。10人目でジャスト1秒の時間差ができるわ。」
「ええ〜っ!そんな!人間の体内時計で、0.1秒を正確に測るなんて・・・」
「うふふ、無理だと思う?私も最初は無理だと思った。」
「ってことは、できるの?」
「N子、反応時間って知ってる?」
「ピストルの音を聞いてから、スタート動作を開始するまでの時間とか、そういうやつ?」
「そう。或いは、危険を確認してからブレーキをかけ始めるまでの空白の時間。感覚神経から脳、脳から運動神経っていうルートを、信号が伝わる所要時間のことね。これが平均的な高校生で0.2秒くらいって言われてるのよ」
「わかった!声を聞いてから動けば、自動的に0.2秒の遅れを作り出せるってことでしょ?それは解る。でも、全員が0.2秒遅れじゃあ、結局は動きが揃っちゃうんじゃないの?」
「さあ、どうかしら?」

P美は黒板に、A、B、C・・・という記号と共に一列に丸印を並べて描き始めた。それがムカデ競走の選手を表すことはすぐに解った。

「先頭のAが掛け声をかけて、それを聞いたBが0.2秒遅れで反応する。Cは、Aの掛け声ではなくBの動作に反応する・・・としたら?」
「そうか。Cはかけ声に対して0.4秒遅れることになる。えっ、でも、その中間の0.3秒遅れは作れない・・・」
「いいえ、それも作れるわ。0.1秒遅れのXという人の動作に反応すれば、0.3秒遅れよ」
「待って、Xは何を基準に行動すればいいの?」
「そこが最大の難問だった。でもそれが可能なのよ。Aの掛け声より0.9秒遅れのZという人を考えてみて。彼はXよりも後ろに並んでいるから、Xからは見えないけど、Xに聞こえるように別の掛け声を発するの。これはAの掛け声から0.9秒遅れの掛け声になるわね。その0.1秒後には、Aの次の声が来る。ということは、Aより0.1秒先行してる掛け声とも言えるわ。Xは、Aから見て−0.1秒のかけ声Zに反応することによって、Aから+0.1秒遅れを達成する。どう?可能でしょ?」
「あ、でも、一番最初はどうするの?大元はAの掛け声だから、どこかでZを作る方法が必要なはず」
「その通りよ。さあN子だったらどうする?」
「ううん、まったく解らないわ」
「反応時間は0.2秒が平均と言ったけど、0.3秒くらいかかる人もいるわ。反射神経が鈍い人も、この作戦上では無くてはならない存在なの。この人をBの真後ろに置いて、仮にB’とするわ。現在の並び順は、A、X、B、B’、C・・・よ。Aが大元の掛け声。これを基準に取ると、それに反応したBが0.2秒遅れ、B’が0.3秒遅れ。CはBに反応するので0.4秒遅れ。この時、Xはまだ何もしないで、Aと同じペースで構わない。0.9秒遅れのZが掛け声を開始したらXは反応する。作戦エックスの概要は、以上で終わりよ。」
「凄い・・・、凄いわ。P美」

N子は、もう一度ノートを開いて、数直線上に並んだA、X、B、B’・・・の文字を見つめた。不安が無いわけではなかった。本物のムカデの動きを取り入れる完璧なプランだと、理屈では解っていても、実際そんなことができるのか、見当もつかなかったのだ。数分後、N子は勢い良くノートを閉じると、最後は自分に言い聞かせるかのように、「練習あるのみ!」と一声叫んで、そのまま布団に潜り込んでしまった。階下で、N子の母親が「なぁにぃ?」と言った。

(まだ終わりませんでした。続く・・・)

9月29日 ムカデ競走の極意(前編)

 9月27日・・・体育祭予行の最中に、奇跡は起こった。どのクラスのムカデチームも、自分たちが走ることを忘れてしまったかのように、ただ呆然と一点を見つめていた。それらの視線の先には、3年6組のムカデチームがいた。
「な、何?あの人たち・・・」
「どうして、あんな事ができるのよ?」
「あれって・・・ムカデじゃないか・・・。」
「まったくだ。ムカデそのものだ・・・」
6組のメンバーは、いやでもその熱い視線を感じて、感無量だった。中には、まだ予行だというのに、感激で涙を流す者さえいた。「ついに私たちのムカデが完成したのよ!」「本当によく頑張ったわ」 どこからともなく沸き起こった祝福の拍手が、だんだんと大きくなるのだった。体育祭実行委員のN子も、この上ない達成感を満喫しつつも、3ヶ月ほど前の、ある日のことが頭をよぎっていた。

 合唱コンが終わり、いよいよ文化祭・体育祭に向けた準備が始動した6月下旬・・・。それはN子にとって、気が重い日々だった。一緒に実行委員を務めるO太郎も、委員会の中では幹部だが、クラスの方をなかなか勝利に導くことができず、歯がゆい思いを持っていた。そんなN子に、思いも寄らぬ出来事が待ち受けていた。
「N子、体育祭のこと、いつも大変そうだね。」
N子に声をかけてきたのはP子だった。P美はおとなしく、活発なN子とは普段あまり接点が無かったので、N子はやや戸惑った。P美は、N子の返事を待たずに先を続けた。
「実はね、N子に見て欲しいものがあるの。ちょっとだけ時間ある?10分くらい」
「えっ、見て欲しいものって?」
「体育祭に関係があるものよ。そぐそこの教室だから」
N子はますます不思議な気持ちにさせられたが、大した手間でも無さそうだし、何よりも体育祭に関係があると聞いて、とにかくP美に付いて行ってみることにした。
「さあどうぞ。こっちよ」
P美の行く先は、同じ2階の生物室だった。

P美は生物室のドアを開けながら、
「お客様よ。うちのクラスのN子さん」
と言った。P美は科学部の部員だから、生物室を気兼ねなく使えるようだった。対照的にN子は緊張した面持ちになっていた。P美は
「ここへ座って。N子に見て欲しいものはこれよ」
と言って、パソコンの画面を指さした。そこには「3年6組 体育祭制覇プロジェクト 作戦X」という題名が浮かび上がっていた。N子は思わず笑い出した。
「なに?この作戦エックスって」
N子はP美の方を見たが、P美は真剣な表情をしていた。
「N子、私ね、去年の体育祭のこと、すごく申し訳なく思ってるの。N子やO太郎があんなに頑張ってくれたのに全然ダメで・・・。私は運動は苦手。でも、何か自分なりにやれることがあったんじゃないかと思って、いろいろ考えてみたの。それで、思いついたのがこれ。ここに入っている内容、実はムカデ競走の必勝法なの。ムカデは運動神経とか関係なく、それなりの準備さえすれば必ず勝てる。ハッキリ言うわ。今年の体育祭、ムカデだけは6組が圧勝できる」
N子は早くその中味を見てみたいと思った。P美がパワーポイントを再生し始めた。
「ええ〜っ、これ・・・もしかして」
「うふふ、そう。ビックリした?」
「こういうの、苦手なんだけど・・・」
「大丈夫、こいつらの相手は、生物選択のメンバーがやるわ。」
P美が画面の中で指さしたのは、本物のムカデが動き回る映像だった。
「ごめんN子、もう少しだけ我慢してね。ムカデの足をよく見て。全部の足が同時に動いていないの判る?」
「うん、ウェーブっていうか、波打ってる」
「そう。だから、私たちが体育祭でイッチニ、イッチニってかけ声かけてやるのは、実はムカデでも何でもないの。さあ、もうここから先は、ただの数値とグラフだから大丈夫。ここからが本題よ」

N子は一通り説明を受けた後、大きく溜め息をついた。
「凄い・・・、凄いわ。P美」
「だから最初に言った通りよ。今年のムカデの勝者は決まったわ。後はこの解析結果通りに、みんなが練習すればいいだけ」
「わかった。私が実行委員として、しっかり練習させる。P美、今日は本当にありがとう」
N子は教室に戻った後も、神経が高ぶっていた。これで勝てる。絶対に勝てる。N子は、6組の初優勝を確信し、笑みがこぼれるのを押さえられなかった。しかし・・・P美の作戦は、余りにも険しい道のりであった。(後編に続く)

9月24日 大げんか後の訓話

 以前、このコーナーで「怒って出て行っちゃう」というタイトルでお話ししたことがありますが、今年の文化祭も、あちこちのクラスで、多くの生徒が怒って出て行っちゃいました。奇跡的に映画上映にこぎ着けたうちのクラスも、例外ではありません。そんな「クラス大崩壊」・・・或いは「部活大崩壊」直後の訓話をご紹介しておきます。

『そもそも、なぜ怒って出て行っちゃうのか・・・。それは、自分がこんなに頑張っているのにお前らは・・・って思うからこそである。怒れるのは、頑張った証拠である。じゃあ、怒られた側はどうか・・・。もし頑張っていなかったなら、「怒られちゃった。しょぼーん」で終わるはずだ。しかし、自分も頑張ったのにっていう自負があったら、引き下がる訳には行かないだろう。「何だと〜!オレだって頑張ってんだよ」って反撃するからケンカが成立するわけだ。以上から、ケンカが起きるのはお互いが頑張った証拠です。ケンカ万歳!
 でも、これから社会に出ても、毎度毎度ケンカ続きじゃ疲れるだろうから、一つだけアドバイスをしよう。今、自分の目に入って来る情報だけで怒る前に、見えない部分を想像してみるといいだろう。ずっと仕事していて、ちょっと休憩したとたんに、「あっ、サボってる!」と指さされた不運な人がいるかもしれないし、頑張る気はあっても仕事が無くて、ぼーっとしてるように見える人もいるだろう。だから、いっそのこと、自分からは見えない場面で、実はみんな頑張ってる、或いは頑張ろうとしている、という前提に立った方がいい。すなわち、リーダーとして指示を出したり話をする場面では、まず「みんないつも頑張ってくれてありがとう」の一言から入るのだ。もし本当に頑張ってなかった人がいたとしても、この一言を聞けば、「あっ、自分も頑張ろうかな」という気になる可能性が高いぞ。』

 というわけで文化祭が終わりました。吹奏楽部の方では、これから大きなイベントが目白押しです。怒って出て行っちゃうのも1人や2人じゃないでしょう。たくさん勉強して貰おうと思います。

9月15日 ハヤブサ帰還を超えた奇跡の物語

 某青梅市内にある某総合高校の文化祭で、某3年6組は映画「イケパラ」を上映するための準備を進めていた。上映を翌日に控えた9月14日、編集チームは朝からLL教室で仕上げに取りかかっていた。A子から本部に、緊急事態発生の一報が入ったのは、まだ午前9時を少し回ったところだった。「こちら本部。状況を説明せよ」 A子「動画がPCに読み込めず、このままでは編集作業に入れません!」 「ファイナライズはしたのか?」 A子「それが、できないんです」 機械系に強そうな何名かが現場に急行。カメラ内の動画を他の機器でも取り扱えるようにするファイナライズは、電力をバッテリーではなくACアダプターから取らねばならないが、そのケーブルが無いのだった。カメラの持ち主であるB男が、ケーブルを取りに自宅まで往復することになった。痛いタイムロスだが、そうせざるを得なかった。ケーブルが到着し、ファイナライズができた時、時計は既に12時を回っていたが、本部には安堵が広がった。しかし、ここからが本当の苦難だった。ファイナライズしたはずのファイルを、動画編集ソフトが認識しない!選択科目「マルチメディア」を取っているC子が現場に招聘された。C子は冷静に状況を把握すると、事態は思いのほか深刻であるとの認識を示した。情報科のD先生に無理をお願いして、救援に駆けつけていただいた。D先生は「こんな拡張子は見たこと無いな。ちょっといろいろ試してみよう」とおっしゃって、C子と共に作業に没頭し始めた。その場に集まっていたメンバーは、一様に不安を口にした。「これ・・・明日に間に合うのかよ」 「私は今日遅くまで残れるわ」 「最終下校は6時だぜ」 「誰かの家に集まって編集やろうよ」 「でも、まだ編集に入れるかどうかさえわからないんだぜ」 やがて上映会場の設営に当たっていたメンバーたちも、現在の状況や見通しを知りたくて、続々と駆けつけてきた。「いったい、どうなってるんだ!」 「映画ができなかったら、どうすりゃいいんだ?コントでもやるのか」 「静かに!とにかく聞いてくれ。今、D先生とC子が懸命の復旧作業にあたっている。オレたちがここにいてもできる事はない。教室に戻って対策を練ろうじゃないか」 「そうだな。ここは彼女たちに任せて、いったん引き上げよう」
 帰りのHRが行われる3時半が近づいていたが、本部ではいつ果てるとも知れぬ激論が戦わされていた。「映画に代わる出し物を決めよう!」 「おいちょっと待てよ、映画が未完成に終わるって決めつけてるのかよ」 「そんなことはない。もしも未完成になった場合の事を言ってるんだ」 「考えたくもないな、そんな事は。オレはC子たちを信じて待つ!」 「信じたい・・・それはオレも同じだ。だが現実を見てみろ。完成の見通しすら立っていないんだ。6組の出し物が『休憩所』になってもいいのか?」 その時、E子が遮った。「私が、私の見通しが甘かったからこんな事に・・・。みんな、ごめんなさい!ワ〜っ(号泣)」 重苦しい沈黙が訪れ、それは随分続いたような気がしたが、長い沈黙を破ったのはF美だった。F美はポツリと一言、「人探し・・・」と呟いた。その場にいた全員が、その短い言葉にこめられたすべての意味を察したかのように、「やるか」 「そうだな。オレたちの原点だもんな」 「よ〜し、今年もいっちょ、探されてやっか〜!」 6組は去年の文化祭で『人探し』を実施して大ヒット、史上空前の『人探し伝説』として後世にその名を刻むと共に、全国的な人探しブームに火をつけたとも言われている。そうと決まれば、すぐに着ぐるみが集められ、配役が決められた。A子が職員室に走った。「もしも今夜中に編集が終わらなければ、映画から人探しに変更」 A子がこの内容で学校側に伝達すると、生徒会担当のG先生が驚愕した。そして「プログラムの全面変更になるので、翌朝8時25分までに最終決定して報告せよ」という指示が出され、6組はいったん解散となった。
 C子と情報のD先生は、ほとんどぶっ通しで作業にあたり、ついに午後6時少し前、拡張子を変換して編集ソフトに取り込むことに成功。この一報はすぐにクラス全員に流された。一筋の光明が見えた瞬間であった。作業は、場所をC子宅に移して続行された。すべての下準備が整い、本格的な編集作業に入ったのは午後9時過ぎで、それは結局、夜を徹して行われた。
 15日朝、8時35分。朝のHRにC子の姿が無かった! 「どうしたんだ!?映画は出来たのか?C子は大丈夫か?」 A子が「みんな静かに!」と叫んだ。C子への携帯がつながったのだ。「C子、どうしたの?」 C子の声は、今にも消え入りそうにか細かった。「へんしゅうは・・・終わってる・・・でも・・・う・ご・け・な・い・・・」 「待ってて、今迎えに行くから!」 
 C子の家は、学校から割と近かった。A子を始めとする何名かがC子宅に迎えに行ったが、10時を過ぎても戻って来なかった。1回目の上映時刻である10時半が迫っていた。本部では、1回目を中止するか、それとも少しずつ繰り下げるだけにするか、の議論が始まっていた。と、その時、廊下から窓の外を見ていたH介が叫んだ。「おい!みんな、見ろ。帰って来たぞ」 H介が指さす方角には、正門を入ってくるA子たちの姿があった。C子が両脇から抱えられながら、ゆっくりとこちらへ向かっていた。クラス全員が昇降口まで駆け下りた。A子が「ほら階段よ。あとちょっと、しっかり!」と声をかけた。C子が訴えていた。「私は・・・私はもういいから、このDVDだけ持って教室に行って」 A子は許さなかった。「ダメよ、何言ってんの。このDVDは、C子の手でデッキに入れるのよ」 10時間ぶっ続けで編集作業をしたC子は、朦朧とする意識の中で、最後の力を振り絞りながら、一段また一段と歩を進めた。会場は既に満員の観客で埋め尽くされ、さらに廊下にも何百人という列が、C子たちの到着を今か今かと待っていた。そしてついに、6組の一団が見え始めると、辺りは怒濤のような歓声に包まれた。観客たちは二手に分かれ、その隙間にできた花道を、C子を中心とする一団が進むと、「イケパラ」の大合唱が鳴り響いた。C子の手で「イケパラ」のDVDが、デッキの挿入口に乗せられた瞬間、大合唱は最高潮に達し、校舎を揺るがすような「うぉー」という響きに変わった。「お待たせしました。イケパラ間もなく上映します」 A子が宣言した時、時計は10時29分をさしていた。(明日に続く・・・?)

9月 8日 太陽光発電開始!

 ついに我が家も発電所!と言ったら大袈裟みたいですが、それは事実。昼間、太陽が出ている時間帯の電気は完全に自給してます。太陽電池は、身近な所では電卓なんかに付いてますが、あれを巨大化したものを屋根に乗っけてるわけです。ただし、そこで発生する電気は、電卓と同じ直流電流なので、パワーコンディショナーという機械を通して、交流100Vに変換します。その機械には、デジタル表示のメーターがついてて、小数点以下2ケタまで「○.○○」のように赤い光の数字が見えます。今の時期、この数値は、朝6時半頃になると、0ではなくなります。0.02、0.05・・・見る見るうちに上昇。多少曇ってても、発電は可能なのだ。7時くらいに直射日光が屋根を照らし出すと、もうどうにも止まらない!数値は一気に上昇。これの単位はkW(キロワット)なので、0.10なら100ワットだから、もうこれで部屋の蛍光灯は楽勝、0.30まで行けば冷蔵庫もOK。昼の12時くらいがピークで、その数値はなんと1.30以上。エアコン使ったりしまければ、或いは留守だったりすれば、この電力は余ります。余った分は電線に戻して、よそのおうちが使ってくれます。手続き的には、余った電気を東京電力が我が家から買い取って、よそに売るというしくみ。その間、東電の火力発電所は少し楽になるわけだから、昼間の節電、脱原発に一役買えるわけだ。ううん、素晴らしい。我が家の場合、屋根が3つに分断されたような形の造りなので、このくらいしか乗っけられなかったのですが、広〜い屋根の家なら、3kWくらい発電することも可能です。もちろん、その分パネル代も高くなりますが、売れる電力も増えるから、陽当たりが良くてデカい屋根をお持ちの家は、検討されてみてはいかがでしょう。
 さて、陽当たりが良いデカい屋根は、そこらじゅうにあります。例えばマンション、オフィスビル、学校や病院・・・。そういう最高の場所に、太陽光パネルが乗っかってるのを、あまり頻繁には見かけません。もったいない話です。学校の屋上なんて、普通は1日中日なたですから、夏場はギンギンに熱せられて、4階の教室はサウナ状態。そのエネルギーが電力に変換されれば、屋上緑化以上に涼しくできるような気がする・・・。個人の住宅以外の太陽光発電がなかなか普及しない理由を調べて見ると、やはりまだまだコストが高くて、採算が合わないというのが大きな要因みたいです。早く技術が進歩して、日本中の屋根という屋根に太陽光パネルを乗せられる日が来るといいな、なんて思います。

これはリアルタイムで発電状況を映し出すモニター画面。太陽が頑張って1.0kW発電(赤)。この時、我が家では0.1kWしか使っていない(黄)。余った0.9kWを電線に送ってる、つまり売っている(緑)という意味です。

8月30日 コンクール翌日からの演奏旅行

 8月16日のコンクール当日は、楽器の片づけや簡単な反省会をやったりもして、学校解散は夜8時を過ぎていましたが、翌朝はもう出発!父の介護があるカミさんを残して、息子と2人旅です。初日は飛騨高山へ。昨年初めて訪れましたが、ここの焼き肉にハマってしまい、あっさりリピーターに。ここまでほぼ毎日、吹奏楽のスコアが夢に出てくるような生活だったので、それらをスパっと忘れてスパ(温泉)でまったり、というのも良いでしょう。「スパ」で上手くまとめました。凄い凄い。でも翌日の土曜は、能登のバンドの練習日なので、たった1日で吹奏楽の世界に逆戻りです。今回は出発前に「クラで出演を!」という要請があって、いちおう用意して行ったのですが、練習場に着いてみたら大幅変更で、私はまさかのユーフォ(汗)。初見で10曲ですが、翌日の日曜は朝10時からリハで、本番16時スタートという、時間的には十分に余裕のあるコンサートだから、頑張ってこなしました。東京では、楽しく演奏しようと口では言いつつも、やっぱりどこかピリピリしていたのに、ここでは純粋に演奏を楽しむことができました。それは26日の旭川でも同じ。こういう、社会人バンドの皆さんと演奏するたび、「楽器は楽しいよなあ」という当たり前の事に気づかされています。目指せ金賞〜ばっかりやってると、この最も基本的な所をつい忘れそうになります。(写真1:ツインドラムの仕込み中) 本番後は焼き肉大会(前日も焼き肉だったな・・・) 本番翌日の20(月)は珠洲方面へ出かけて、陶芸教室に入門。湯飲み1個作るのに、こだわると1時間、こだわらないと5分・・・という具合に、個人差が出やすい種目です。(写真2) その夜は同じ能登バンドのSAXチームのアンサンブル練習に付き合いました。21(火)は七尾湾を船でクルージング。(写真3)能登の皆さん、お世話になりました。

 続いて北海道に向けてGO!25(土)早朝3時半に、まず私1人が新潟港目指して出発。(朝4時までに高速に入ると半額) 息子はこの日は野球部の公式戦。私を乗せたフェリーは10時半に出航し、翌朝4時半に小樽に到着。船内では読書・映画鑑賞・昼寝で、超ゆったり。小樽から留萌を通って北竜町へ。1周2キロの「ひまわりすこやかロード」でジョギング。わざわざ北海道に走りに来た、と言うと何だか本格派ランナーみたいでカッコいいな。ちょうど1周終えた9時頃に、息子から「羽田の搭乗口に着いた」という電話。飛行機は11時15分のはずだが、2時間以上前に保安検査を通過するとは、かなりの興奮状態だな。その後、午後1時に旭川空港で合流。名物の塩ラーメンを食べたり、科学館に寄ったりしてから、ロワジールホテルへ。そこに文ちゃん(私の弟)がやって来て一緒に夕飯。そのままライブ会場へGO!マスターの配慮で、直井家ばかりたくさん出番を回して貰って、夜12時近くまで演奏しまくりました。
 この夏休み中、本当は大船渡市のバンドを訪問したいと思っていましたが、上手く組めませんでした。高松の皆さんとも今年はまだお会いできていません。仲間が増えるほど予定が過密になります。来年は、私と息子が別行動で、それぞれの場所を訪問する形になると思いますが、皆さんどうぞよろしくお願い致します。
  

8月17日 三銅の反省

 昨日、コンクールの本番が終わり、銅賞をいただきました。ここ数年、自信を持って臨んでいるんですが、判定結果は厳しいものが続き、なんと3年連続銅賞を達成です。吹奏楽関係者の間では常識となっていますが、金銀銅のどれかが全団体に必ず与えられますから、銅賞とは参加賞であり、もっと言っちゃえば最下位です。3年連続で全国大会に出ると翌年は1回休み、という不思議なルールがあり、3出(さんしゅつ)なんて言われますけど、「3銅の指揮者は1回出場停止」なんてルールがあったら大変でした。
 勝負ごとですから、「全団体よく出来ました〜金賞!」じゃあ成り立ちませんので、どんなに素晴らしい演奏だらけでも、銅賞をもらう団体は必ず発生します。だから、結果よりもそこまでの過程に誇りを持ちなさい、と僕らは言うし、良かった点をたくさん挙げます。でもでも、出演団体の中で一番ダメでした、と宣告されたのは紛れもない事実だから、どうフォローしたところで、生徒の悔しい気持ちに変わりありません。合宿、ホール練習、早朝からの楽器運搬、その他、これまで頑張ってきたことが走馬灯のように思い出され、次の瞬間にはそれら何もかもが、全否定されたような心境でしょう。こんな時は、「あ〜もう、やってらんねぇ。直井を信じて損した」とか言われた方がよっぽど気が楽です。
 私の方から「自分のせいだ。みんな、ごめん!」とか言っちゃうと、そこから全員号泣が始まったりするので、何やかんや言い訳みたいなことをしゃべります。「たまたま審査員に嫌われた」みたいな・・・。実際、そう思っているんですけど、じゃあ毎年コンスタントに金賞を取り続けるバンドがあるのはなぜ?と言われたら、返す言葉ナシ(泣)
 コンクールの制度そのものに疑問があると言うのなら、単に出なければいいだけの話で、出るからには、勝つために全力を尽くすのは当然!これは正論です。私自身は永久万年銅賞指揮者で構わないけれど、生徒にはこれ以上悲しい思いをさせたくない・・・。私に責任追及してこない生徒たちを見ていると、そんな気持ちになってしまいます。でも本音を言えば、このリベンジマッチは定期演奏会だな。お客様のうち何人の方が、また聴きたいというリピーターになってくれるか。それこそが、うちのバンドにとって、最もシビアな査定だと思うので・・・。

8月14日 先生の実力

 指揮者は本当にスコアの隅々まで把握した上で偉そうにしているのか・・・という問題について、何名かの指揮者は正直に「いや、実は怪しいかも。中にはスコア上のすべての音を完全に覚えて振る人もいるが、限りなくインチキな人もいる」と告白しています。自分で音を出さないから、インチキでも何とかなっちゃう部分があるわけだ。さて、物理の先生の場合はどうでしょう。いきなり東大、京大の入試問題を見せられて、その場で正解できるものでしょうか?先生なんだから、どんな入試問題でもスラスラ解けて当たり前、と思われるでしょうが、意外にもできる人の方が少ないように思います。進学重点校や、予備校の先生ならできるはずですが、中堅以下の学校では、そういう能力を必要としないんですよ。
 私の場合、高校の物理の先生になったのは22年前ですが、そこからの15年間は、入試問題を解くという作業は一度もやったことがありません。物理で大学を受験しようという生徒が皆無だったからです。その代わり、看護学校を受験する子のために、生物の入試問題を研究したりしてました。人間の頭は、やらないとドンドン忘れます。この15年の間に、私に抜き打ちで物理のテストをしたら、センター試験レベルでもアタフタしたでしょう。難関大学のなんて100%解けません。今の学校に赴任してから、理系進学コースの物理を受け持ちました。入試問題を解くのは、自分が高校生の時以来ですから、30年くらいのブランクがあります。「そう言えば、こんなこともやったけなぁ」なんて微かな記憶がよぎる程度で、ほぼ全面やり直し・・・いやあ、我ながらよく頑張ったと思います。今の私は、高校時代の自分よりも物理がよくできると思います。まあ、1科目だけを何年もやってるわけだから、当然と言えば当然。じゃあ、東大の問題がスラスラ解けるかというと、まあ無理だな(笑)。負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、よっぽどイジワルな生徒が、先生の実力を試すために、東大の問題を今すぐ解いてくれ、とでも言ってこない限り、そういう能力は必要ありません。むしろ、じっくり時間をかけて何種類かの方法で解いてみて、答の極限(質量m、Mの2つの球のどっちかがやたら重い場合とか、摩擦係数μが1に近くてくっついちゃう場合、0に近くてツルツルな場合とか・・・)を調べてみたり、その答の意味するところを深く読んで、解説できるようにすることの方が重要だと思います。だから、私の場合、難しい問題を質問された時は、1日猶予を貰うことにしています。
 というわけで、学校の先生は、みんながみんな難関大学の入試問題をスラスラ解けるわけではない、ということをご承知おきください。スラスラ解くより、生徒に解りやすく教える方が大切です。とか言って、「お前以外の物理の教員は、みんなスラスラ解いてるよ」とか言われたら、ごめんなさいとしか言いようがない・・・(泣)。

8月 4日 インターハイ観戦記

 うちのクラスの陸上部員の子が、インターハイに出場したので、私も陸上部全員と一緒に、新潟の会場に同行させてもらいました。三段跳びの予選は午前10時からなので、午前8時頃には現地に到着。デカい会場で、まるでオリンピックを見に来たような気分・・・。さらに、日本全国の陸上強豪校の横断幕が張られてて、圧倒されそうです。さて、会場入りした時点で、あれ?と思ったことが3つ。その@入場券売場が無い!入場無料なのです。ってことは、どうやって運営してるんだろう?と、余計な心配をしちゃうな。野球部の大会は、1回戦でも700円取られます。吹奏楽のコンクールは、予選で1000円以上、全国大会なんて2700円じゃなかったかな。そのA超満員でない!何万人か入る会場だから、ガラガラに見えただけかいな?各校の応援団も、陸上部員以外の一般生徒が大勢詰めかけてる・・・という雰囲気ではなかったです。甲子園球場は5万人入るけど、けっこう埋まりますよね。吹奏楽の全国大会は、5千人の会場が間違いなく満員になります。やっぱり野球と吹奏楽の方が特別なのかもな・・・。そのB虚礼廃止? 朝の挨拶を交わすのは知り合いの学校どうしくらいのもので、基本的に知らない人には挨拶しません。吹奏楽の場合、すれ違う人全員に挨拶するような風習があって、それに慣れていたので、ちょっとビックリでした。朝の忙しい時間帯にいちいち挨拶すると、そのたびにいちいち手を止めざるをえず、ウオーミングアップに集中したりできないと思うので、陸上では挨拶省略という申し合わせなのかもな、と思ったりもしました。
 いよいよ競技開始。うちの生徒は本番に強いタイプなので、ある程度の健闘は予想していましたが、まさかここまで凄いとは!なんと、予選通過標準記録14m70を一発クリア!決勝進出は本校初の快挙!実はこの時、私はまだ予選と決勝の違いをよく理解していませんでした。もちろん、決勝の方が強い相手と当たるとか、そういう意味は知っていても、雰囲気の差というものを知らなかったのです・・・。決勝が始まる14時半になると、なんと決勝進出者16名全員が、1人ずつコールされ、大ビジョンにアップで映し出されたぁぁっ!試技に入る時も、いちいt名前をコールされ、会場全体の注目を集めます。予選は、何だかいろんなエリアでいろんな競技を勝手にやってます・・・みたいな感じでしたから、決勝との待遇の差は歴然。インターハイを満喫するには、やっぱり決勝に残らなきゃ、って感じです。各都道府県代表(2名枠の県とかもある)60人くらいが16人に絞られて、その中で表彰台に乗れるのは8人。我らの代表はそこでも大健闘し、なななんと6位でフィニッシュ!私は学校に速報メールを打つので大忙しでした。
 表彰式が終わり、全員でミーティング。監督の言葉もズシンと来る感じで、部員たちの顔つきが、朝と明らかに違って来ていました。行きがけは、部員の1人がインターハイに進んで、「わーいわーい応援ツアーだ〜」くらいのノリだったかもしれませんが、帰りは「もはや、インターハイは他人事では無くなった。自分にもチャンスがある」という気持ちになったことでしょう。ナマでインターハイ観戦できたのも良かったですが、うちの陸上部に丸1日密着取材できたことが、たいへん勉強になりました。来年もインターハイに連れてって〜!
 会場:東北電力ビッグスワンスタジアム(新潟市)

7月31日 トラブルに対処する

 吹奏楽部の合宿が無事終わりました・・・と言いたかったところ、ちょっとしたハプニングがありました。他校の皆さんに、こんな事も起きるんだな、という意味で後学のために報告しておきます。
 それは最終日午前の合奏中、11時頃でしたでしょうか、ちょうど私が指揮台にいて、何か説明してる時に携帯が鳴ったのでした。振動が2回半で・・・ありゃ、止まらない。メールじゃなくて通話だな。どっちにしても、今は合奏中だから、後でこちらから折り返し・・・っていつもならやる所だが、合宿最終日だから、もしかして観光バス会社とかかも。ふとそんな気がして、携帯を取り出すと案の定、楽器を運搬するトラックの会社からでした。これは間違いなく、何らかのトラブル発生のお知らせです。演奏者を待たせたまんま電話を取る・・・。「もしもし・・・はい・・・そうです・・・」私の声だけが合奏場に響き、全員固唾を飲んで見守っています。私「ええ〜っ!」と絶叫、全員ビビる。私「に・・・2時ですかぁ。うわぁ、どうしよう・・・。」 全員ざわめき始める。私「・・・わかりました。とりあえず、向かってください」 電話を切って、すぐに全員に説明。「トラックが途中で車両トラブルを起こして動けないそうです。すぐに代わりのトラックを出発させたということですが、こちらへの到着は2時頃になる見込みです。どうするか考えて、後であらためて指示します」 
 さあ、本当にどうしよう?あと30分くらい合奏練習がありましたが、頭の中は曲どころではなくなっちゃったな・・・。運送屋さん、楽器をどっかにまとめて置いといてくれれば勝手に積みますよ、とか言ってくれましたが、玄関から階段があるので一人では無理。全員を2時まで残して積み込み作業させる?そうしたら出発は1時間半遅れの2時半、それもちゃんと2時に来ればの話。やっぱり生徒は定刻に出発させよう。楽器積み込みは、ゲート付きトラックだから、ドライバーさんと私の2人でやれちゃうだろう。学校で降ろす方はもっと楽だ。降ろした時にはもう生徒がいなかったとしても、片づけは後日どうにかなる。まてよ、バスは湯沢の街に出てお土産屋さんに寄るんだった。女の子が多い部活だから、お土産一つ決めるのにも恐ろしいほどの時間を要するはずだ。トラックは寄り道しないで月夜野インターに向かうから、こりゃもしかしたら追いつけるかも・・・。よっしゃ決まった!決まった頃に合奏も終わりました。
 昼食時に、以上のプランを私から説明し、バスは定刻の1時に出発。私は外の日陰に並べられた打楽器類を番しながら、トラックの到着を待ちました。優しい生徒たちが、先生1人で積み込みじゃ大変過ぎるからと配慮してくれて、バスに積めるものは殆ど積んで行ってくれました。宿のご主人が椅子を持ってきてくれたので、私はドッカリ座って、三国峠方面から来る車の流れを観察していました。そしたら何台かが私の前で止まって、いろいろ尋ねてきました。フジ・ロック・フェスティバルの駐車場係員だと思い込まれたようです。穏和そうな人には、ここのフロントに行きなさいと指示し、イカツイ人には別の宿に行くよう指示しました。そうこうしているうちにトラック到着。だいぶ頑張ってくれたみたいで、13時半には来ました。積み込みは・・・あっという間。何といっても、ヘルプで来たトラックは4トンで、エンコした方のドライバーさんも一緒だったから、計3人がかりで何も考えずにぽんぽん放り込めば終わりでした。バスの方と連絡を取りながら進んで行くと、まるで計ったように赤城高原SAで合流。終わってみれば何事もなかったかのようでした。一件落着。
 ただ、これって合宿の帰り道だったのが不幸中の幸いですが、もしもコンクールや演奏会の往路だったら、大パニックだっただろうな。東京のコンクールだけを取ってみても、数百台のトラックが動き回りますから、車両トラブルの1つや2つ、無い方が不思議だな。大事な点を2つにまとめると、まずは「トラブルは起こりうる」という前提で、バックアップを可能にする、余裕あるタイムテーブル作りが大切です。それから、アクシデントが発生した時は、とにかく冷静に次善の策を考えること。例えば私が最初の電話を受けた瞬間にぶちギレて、電話口で「車両トラブルだとぉ?ふざけんな!どーしてくれるんだよ!」とか怒鳴ったとしても、トラックが早く来れるようにはならないし、対策会議も私を落ち着かせることからスタートしなければなりません。以上2点は、吹奏楽に限らず広くあてはまると思います。

7月17日 悪いセールスマンにお仕置きする

 悪いセールスマンというのは、まず「しつこい」、それから、こっちが買わなそうだと見ると、バカにしたような態度に豹変したり、とにかく「話してて気分悪い」・・・そんなところでしょうか。こんな連中に一泡吹かせる方法があるので、ご紹介します。
 私が最初に遭遇した相手は、不動産関係者でした。一人暮らしも末期の35才くらいの時ですが、ワンルームに住んでる単身者を片っ端から訪問していたのでしょう。京王線沿線の3LDKを販売していて、たしか駅から徒歩17分と遠いくせに、全室4千万円台でした。バブル崩壊後とはいえ、70平米超の3LDKは、まだそのくらい高かったのです。ワンル−ムからいきなり3LDKに移ったら失神すると思ったし、次は2DKくらいの賃貸アパートだな、と思っていたから、全然興味を示さなかったんですが、先方はどんどん具体的な話を始めました。「ローンの支払いは月々13万円くらい。公務員だったら、このくらい楽勝でしょ。皆さん、このくらい支払ってますよ。賃貸なんてぇのはね、家賃を捨ててるのと同じですよ。」 で最後は、「ええ〜っ!それでもご購入なさらない?信じられませんね。じゃ。」 引き際はむちゃくちゃ早いです。って〜か、1時間話しても「じゃ」で終わり。お時間取らせてしまって申し訳ありませんでした、なんて絶対言いっこない。というわけで、こちらは単に時間を損してムカついただけです。さあ、私の逆襲が始まります。
 なんと私は、別のマンションのモデルルームを、自ら訪ねてみました。何軒も見ていくうちに、けっこう目が肥えて、相場感覚が身に付いたり、ローンのしくみを勉強できたり、たいへん有意義な数ヶ月間でした。最終的には新築を避けて、中古マンション2件に絞り込んで、河辺の2DKを契約したわけですが、そんな頃、最初のセールスマンから再び電話が・・・。「その後どうですか?」「ああ、引っ越し先が決まりましたよ。」「それはそれは。良い賃貸アパートが見つかったんですか?」「いえ、マンションを購入しました。」「ええ〜っ!どうして急に買う気になられたんですか?」「だって、あなたがあれだけ熱心に分譲のメリットを力説してくれたでしょ。いろいろ考えてる時に、ちょうど別のセールスマンの方がお見えになってね。それで決めたんです。いやあ、あなたと出会ったのがキッカケで、良い買い物ができました。何と御礼を申し上げたらいいか」「・・・・」
 つい先日には、太陽光発電のセールスマンが来ました。もう何人目かですが、たいてい「絶対もうかります。この試算を見れば小学生だって理解できるでしょ。これやらないなんて信じられませんね」みたいな言い方をします。あ〜あ、もうしょうがないなぁ。太陽光なんて全然やる気無かったけど、あのセールスマンたちのために頑張るとするか。私はイオンモールの中にある京セラのお店を自ら訪ねて、「太陽光発電やりたい」と宣言し、話はトントン拍子に進んで、契約までこぎつけました。お店の人から聞いたのですが、私と同じ動機でお店に来る人が非常に多いのだそうです。つまり、訪問販売員から美味しい話を聞かされて、何だか不安なので、京セラのお店を訪ねてみた。そして結局京セラで契約しちゃう・・・ってことだな。セールスマンたちにしてみれば、「敵に塩を送る」状態だが、もしかして、全員がグルだったら凄いな(笑)
 ・・・というわけで、ムカつくセールスマンに出会ったら、同じ商品を他のセールスマンから買いましょう。

7月10日 脳内データ

 最近、物忘れがひどくなった・・・と言うのなら、まあ普通かなと思いますが、逆にやたら昔のどうでもいい事ばかり覚えてるので、ちょっと心配になります。小学校時代の同級生で約30年ぶりに集まったとき、私は、ある女の子に関するエピソードを話しました。「担任の先生が、その子にお遣いを命じた。それは隣のクラスに行って朱墨(しゅぼく)を借りて来い、というミッションだったが、隣の先生が困惑顔でやってきて、殺菌を貸してくれと言われたんだが、何を貸せばいいんだ?と聞く。朱墨がどこでどう殺菌に変わっちゃったのか、当時みんなですごく考えたよな。あっはっは」 一同「・・・。そんなことあったっけ???」 当の本人も含め、誰一人としてその事を覚えていないのでした。他にもいろいろ懐かしい話をしてみたのですが、「うんうんそうそう。そんなこともあったよな。懐かしいなあ」という反応が殆ど無く、何だか私一人が夢を見ていて、夢と現実の区別がつかなくなったんだろか、と心配になってきました。今も、小学校時代の記憶のいくつかが、現実だったのかちょっと自信が無くなりつつあります。仮に、すべてが現実で、私のどうでもいい事に対する記憶力が優れていたのだとすると、別の心配が発生します。本来どうでもいいデータは次々と削除されるべきなのに、私の場合はその機能が壊れていて、そのために脳内ハードディスクの空き容量が、他の人に比べて非常に少なくなっているのではないか?そうなると、これから先の記憶力が非常に悪くなり、昔のことばかり覚えてる・・・。それって正しく、アルツハイマーの症状?そんな事を考えているうちに、SF小説のアイデアが思い浮かびました。
 すでに、脳内に思い描いた図形を、ディスプレイに投影する技術は可能になりつつあります。(脳内を覗き見されるって、恐すぎる・・・)さらに進歩すれば、人間の脳をUSBに接続するか、鼻からSDカード突っ込んで、脳内データを外部機器に読み出したりバックアップを取ったりできる時代が来るんじゃないだろか?肉体が滅んでも、そのデータが保管されていたら、その人は死んだことになるだろうか?別の人間の脳にリカバリディスク使って、Windows入れ直して、死んだ人の脳内データを読み込ませたら、完全にその人の人格や能力が再現されるとしたら・・・。書かないうちにアイデアだけ公表しちゃいましたから、どうぞどなたか執筆してみてください。調べてみたら、「ブレインストーム」っていう映画があるみたいなので、即、注文しちゃいました。
 とりあえず、いらないデータ部分だけでも削除できると便利だし、忘れ去りたくないことは、バックアップを取っといて、そいつを読み込ませれば、いつでも鮮明な記憶が蘇る・・・という機能は欲しいな、と思います。

7月 2日 OJTの基本は、やっぱり飲み会だ!

 本日は、教職員研修センターにて、おもにOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)の進め方について、約3時間半に渡ってお勉強してまいりました。以前にもこのコーナーでOJTについて扱ったことがありますが、要するに仕事をしながら若手を育成する・・・といった意味です。まず最初に、指導主事の先生からのお話・・・「最近の学校を取りまく問題として、教員の多忙感があります。会議や書類作成が増えて、若手教員とベテランがじっくり話せる余裕が無いんですねぇ」 「うわ!この人、解ってくれてる!指導主事さんの中にも、しっかり現場の事を見てる凄い人っているんだな・・・」 「だからこそ、放課後の10分、15分でいいから、OJTのための時間というのを確保して、組織的に若手育成に取り組む必要があるのです!」 「へなへなへなへなへなへな・・・。どうしてそっちへつながっちゃうんだ〜?」
 星新一さんの短編小説に、こんなのがあります。
『科学が発達した世の中で、家の中が装置だらけになって、足の踏み場もなくなった家庭がありました。その家では、「無駄なスペースを作らずに、装置を効率良く配置する方法を計算するための装置」を新たに購入しました。そいつは優れモノで、見事に装置1台分のスペースを生み出しましたが、そこはその新たな計算装置の置き場になりましたとさ。』
 余裕が無ければ、やらなくても済む仕事を徹底的に事業仕分けして、仕事を減らす!これしか無いはずです。都の姿勢として、「何か起きたときに備えて、これとこれはやらせといた方がいい」的な事がどんどん増えているので、どっかでビシっと、例えば都議会で教育長が「これは先生方の業務ではありません!」て答弁してくれたら、超尊敬するけどな。
 さて後半の分科会は、同じ立場の先生方5〜6人ずつで班に分かれて、討論会形式でした。ここでは、皆さんの問題意識がほぼ共通していて、参考になることだらけでした。中でも、飲み会の重要性についての認識は一致していて、うちのテーブルの結論は、「若手を交えた飲み会の活性化」って真面目に決めてました(笑)。もちろん、OJTのやり方で私が考えていることは、他にもいろいろあります。例えばですねぇ、うちの学校では、新規採用者がいきなりクラス担任を受け持つということは、まず考えられません。1年待ちでも相当にラッキーで、2年待ちが当たり前。ヘタすると、4年間担任持たないまま2校目へ異動ってことも珍しくありません。私自身の考えは、学校の中のいろいろな仕事が、分掌というチームにいると、そこしか見えないんですが、担任をやると全部見えると思っています。極論ですが、新規採用者にはすべて担任を持たせた方がいいです。1年遅れれば、初心者としてデビューするのが1年遅れるだけのことじゃないだろか?
 あと、異動サイクルが早過ぎるのも、困りもんだな。異動年限が6年だと、同じ学校で2回卒業生を送り出すことは、ほとんど無理。これは、担任団が全員その学校での初担任ということを意味し、不安要素になります。また、学校という業界は、異動したては初心者と同じような感覚なので、みんながコロコロ異動すると、若手に加えて横転者という初心者集団まで抱えこんで面倒見なければなりません。・・・な〜んていう意見は、教員どうしの間では共感してもらえるんだけどなぁ。というわけで、今の我々に出来ることは飲み会です!

6月26日 修理せよ

 台風接近の中を、傘さして歩いていたら、鉄製の骨が2ヶ所曲がってしまいました。使えないこともないレベルでしたが、曲がり具合が日に日に悪化してゆくのがわかったので、早めに修理しようと思ったのはいいが、はて・・・。傘の修理って、どこでやってくれるんだろう?青梅駅の近くに傘屋さんがあるけど、そこまで行くのも大変。そうだ!河辺の西友の地下に、ウインリペアがあったな。靴の修理屋さんだから、もしかしたら何とかなるかも、と思って行ってみました。期待通り、そこのお兄さんは、「ちょっと拝見」と言って、私の黒傘を開いてみて、「こことここの2ヶ所ですね。曲がった骨を伸ばしてから、金具で補強します。お時間は20分程で、料金は2ヶ所で630円になりますけど、いかがなさいますか?」と、非常に解りやすい治療方針の説明をしてくれました。私が「それでお願いします」と承諾し、治療開始!20分後に受け取りに行くと、すっかり元通りの姿になって帰ってきました。
 さて、気になるのは、私の黒傘の購入価格でしょう。ズバリ1050円でした。使用し始めて10ヶ月くらいなので、もはや新品とは言えないかな。修理代が購入価格の6割くらいで、減価償却分を考えたらトントン以下かもしれないので、もしかすると修理せず買い換えるという人もいるかもな。ただ、私の場合は、使えば使うほどしっくり来る品物に成長する、という考え方なので、購入価格が1050円でも、今の私にとっての価値は2000円くらいだと思っています。だから、再び壊れても、1000円以上かかったとしても、修理はします。
 傘の修理屋さんて、私が小学生の頃はしょっちゅうお世話になっていた記憶があります。最近は100円ショップで買える傘とかがあるから、傘を修理するという発想が無くなってるんじゃないか、と心配していましたが、今でも町に修理屋さんがいてくれて、何だかほっとしました。何ヶ月か前の暴風雨の時に、折れた傘が大量に放置された様子がテレビに映し出されていましたが、たいへん残念なことです。修理屋さん自身が、軽々しく「これだったら、もう新しく買い直しちゃった方がいいですよ」なんて口に出すのも、どうかと思います。
 うちの車が、もうすぐ登録から丸16年経ちます。ゴム部分はすべて換えたし、ラジエターも交換したな。私自身にとっては、もはや身体の一部っていうくらい慣れた車なので、徹底的に修理して乗り続けます。

6月17日 カド番で奮起せよって・・・

 もう新聞等でご存じの方も多いと思いますが、都立青山高校が大変なことになりましたねえ。以下、東京都のホームページから抜粋したものです。

 1.日比谷、西、国立、八王子東、戸山、立川の6校を、平成25年度から29年度までの5年間、進学指導重点校に指定する。
 2.現在指定している青山高校は、進学指導重点校として満たすべき水準に達していないが、在校生のための特例措置として平成25・26年度の2年間に限り、進学指導重点校に指定する。※なお、平成25年度及び平成26年度入試の大学合格実績において選定基準に適合もしくはそれに準じた顕著な実績向上が見られたときは、平成29年度まで新たに進学指導重点校として指定する。
 (抜粋 終わり)

 現3年生と、その次の2年生が、難関国立大学(東大、京大、東工大、一橋大、国立の医学部)に一定数以上合格しないと、進学指導重点校の指定を外されます。相撲用語で、大関が負け越すとすぐには落とされず、もう一場所だけ猶予というかチャンスが貰えますが、この状態を「カド番大関」と言います。都教委も、この用語を使ってました。「カド番扱いにして、奮起を促す」のだそうです。
 ところで、この指定を外されると、どういうデメリットがあるのでしょう?思いつくまま挙げてみよう。(1)「受験のカリスマ」みたいな先生たちを公募で集めにくくなる。少なくとも保護者はその点を重く見て、我が子を志望変更させるであろうから、倍率が落ちる。(2)倍率が落ちると、レベルが下がり、カリスマみたいな先生たちが、FA宣言して日比谷、西、戸山に流出する。(3) 1、2が悪循環となって、ドツボにはまる。一度このスパイラルに入ると、再浮上は容易ではなく、国内外の第一線で活躍中のOB諸氏からもボロクソ言われる。(4)校長が都教委からボロクソに言われる。そうなると、必要以上に教員にハッパをかけるようになり、校長vs教員の殺伐としたバトルの日常となる・・・。ちょっと想像しただけでも、背筋が寒くなる思いです。次に、青山高校の生徒さんたちの身に何が降りかかるか予想します。我々の世代が高校時代は当たり前のことでしたが、ひたすら難関大学を勧められ、中央か明治くらいでいいんだとか言おうものなら、「自分を甘やかすな〜!」とか怒鳴られるかもな。でも、将来は学校の先生になりたいから学芸大学に行きたいという子は、「なぜ東大を目指さないのかぁぁっ!楽な方に流れるなぁぁっ!」とか言われてもねぇ・・・。「先生たちは、自分を守るために進学実績を上げようとしてる」なんて感じる子が当然出てくるので、不信感を持たせずに「その気にさせる」のが大変だろうな。
 うちの学校は「キャリア教育」の学校だから、難関大学を目指さなくても何ら問題ありません。青山高校の先生たちには申し訳ないけど、自分が青山の先生じゃなくてホッとしてます。でも、私のようなダメダメ教員は、進学重点校には元々入れてくれるわけがないので、ホッとするも何もありませんな。(泣笑)

6月 9日 長文読解と初見演奏のコツ

 珍しくお勉強のアドバイスをしよう。今、3年生の担任なもので、読者の中に高3が多いという事情もありますので・・・。とか言いつつ、吹奏楽部の皆さんへのアドバイスも兼ねております。
 今日は、ワーグナーのマイスタージンガー第1幕への前奏曲を初見合奏しましたが、こいつを初見でやるのは至難の業です。最初の方と最後の方は、サッカー日本代表のBGMでもあるし、まあ何とかなるのですが、真ん中あたりの木管郡はまさに地獄。やたら転調して音も難しいし、リズムも細かいし、楽器ごとの動きが一致してない、いわゆる掛け合いの嵐なのだ。この曲は、以前にもやろうとしたことがあったのですが、何度となくその厚い壁に跳ね返されてきました。今日も予想通り、真ん中へんに差し掛かると、一人消え二人消え、そして誰もいなくなった・・・(泣笑)。でも、偉いと思うのは、誰もいなくなった後も、ちゃんと数えてて入って来る子が少なくありませんでした。大人のバンドだったら、半数くらいが落ちた段階で、「ああ、こりゃダメだ。止まるだろうな」と勝手に予想して、そこから先を数えるのやめちゃうから、本当に誰もいなくなり、ジョンケイジの「4分33秒」状態(※)になります。生徒たちは大人と違って(?)真面目に頑張るので、たいていのハードルはクリアしますから、今回も簡単に諦めさせたくありませんでした。何とか折れた心を修復するため、初見が得意になるコツを伝授しました。以下、その内容です。

 『皆さんは英語の長文読解は得意ですか?(みんな一斉に)「にがて〜!」 はい結構です。ふだんそういう長文を読むということをやっていないんだから、苦手なのは当たり前。皆さんは、英語の教科書で新しい文に出会うと、いきなり辞書で単語の意味を調べたりしませんか?これをやめて、ノーヒントで全文を読んでみてください。知らない単語は、前後関係から推理するのだ。これが、本当に読解力を高める唯一の方法だと思います。
 新しい譜面を貰ったら、間違えてもいいから、とにかく自力で演奏して見ましょう。先輩にリズムを教えてもらったりしてから合奏に参加するようでは、いつまで経っても初見力はつきません。というわけで、さあもう1回、マイスタージンガー頭から行きま〜す』

 初見力を重視しているバンドは、たいてい上級バンドです。先日のイオンモールのコンサートでは24曲も演奏しましたが、実は初見力増強のために意図的に曲数を増やしていました。今日は、マイスタージンガーは手こずりましたが、他の曲は意外と通っちゃったりしたので、力はついて来たと思います。受験を控えた3年生の皆さんは、これから長文読解を1日1本!ノーヒントで内容をつかんで、問題をやり終えたら辞書を引く。答合わせして訳を見て、最後にもう5回音読!みんな頑張って〜!

5月29日 そこに道があるから?

 今日、次の大会のエントリーを済ませました。次は11月の河口湖マラソン改め富士山マラソンにするつもりでしたが、もう1ヶ月前に同じ山梨の鳴沢村で、アップダウン付きの10kmがあるので、秩父の借りを山梨で返そうと思って、衝動的にエントリー(笑)。高低差は秩父以上とのウワサですが、今度こそ1時間切り行くでぇ〜! それにしても、このモチベーションの高さは何だ?(笑)
 「なぜ山に登るのか?」「そこに山があるから」というやりとりがあります。もう一つの解答として、「そこにワラビが生えているから」と言った人もいますが、登山家と言われる人々のうち、山菜採りが主目的の方が少数派でしょうから、結局、理由なんか無くて、「そこに山があるから」が最も真実でしょう。ならば、ランナーはなぜ走るのか?「そこに道があるから」ってことになるのでしょうか?
 うちの息子はサッカー部員なので、長距離走は得意な方ですが、基本的に走るのは嫌いだと言います。この辺のことを聞いてみたことがあるので、その時の対談をご紹介しよう。
「走るの得意そうなのに、何で嫌いなんだ?」
「いやあ、走ってるとね、自分は今なぜ走ってるんだろう、って思っちゃうんだよね。部活の時、校庭をグルグル回るでしょ。7周目か8周目くらいになると、そういう気持ちになる」
「なるほどな。じゃあ、7周目くらいになったら、先生に言えばいいじゃん。オレたちゃ、籠の中のハムスターじゃねぇんだ!同じとこグルグル走らせるんじゃねぇ!ってな」
「おわ〜ぉ!言えない言えない、絶対言えない」
私も、校庭20周走らされたら、同じような気分になるかもしれないな、と思いました。私がトレーニングコースにしているのは、景色が良くて変化に富んでいるコースです。だから、もはやトレーニングというよりは散歩代わりだな。本当の散歩だと、1時間歩いてもせいぜい5km止まりですが、ジョギングなら倍の10km行けるってわけで、結論!私が走る理由は、歩くのに比べて2倍の景色を楽しめるから。だったら自転車はもっと有利ってことになりますが、速すぎると、これまた景色を見る余裕が無いので、ジョギングのキロ6分はちょうどいいな。最近のお気に入りコースは、青梅街道の御獄駅前からスタートして学校までの10km。これをジャスト1時間で帰ってきますが、時間にゆとりがある時は、スタートを古里駅にするとピッタリ15km。(いずれも行きは電車) これってぶっちゃけ青梅マラソンのコースってことですが、実際に走ってみると、人気の理由がよく解ります。
 というわけで、皆さん、秋の富士五湖で対決いたしましょう。

5月20日 大会レポ(秩父ロ−ドレース)

 今日は早朝から、秩父ミューズパークという所に出かけて、チャレンジロードレース大会10kmの部を走ってきましたので、その様子をご紹介します。
 朝6時に車で自宅を出発、飯能駅の駐車場まで行って、7時04分発の秩父行き特急に乗り込む。あれ?と思ったのは、駅が全然混雑していないこと。もしかして日にちを間違えた?とか思うほど。っていうのは、青梅マラソンの当日は、電車はものすごく混んで、臨時増発されるくらいです。だから今回も、特急指定券を取っといたんだが、乗ったらやっぱりガラガラで、1両に10人も乗ってませんでした。考えてみると、参加者総数が青梅の10分の1以下だから、まあこんなもんなんだな。向かい合わせのボックス席にして、ゆったり4席占領、超快適な列車の旅。西武秩父に到着すると、駅前には会場行き無料バスが待機していました。(これも結構ガラガラ) やっぱり遠くから来たっぽいお姉ちゃんたちが、「なんか観光地だねえ。来た〜って感じ」とか話してました。「来た〜っ」って、だって来たんじゃん、と言われそうですが、これが最もピッタリ言い得てるのは確かでした。
 開会式っていうのがあって、最遠方からの参加者と、最高齢の参加者がいきなり表彰されてました。最遠はなんと鹿児島県!最高齢は88才の男性でした。走る前からこういう表彰も面白いな。さて、本日の気温は24度、日なたではジッとしているだけで汗が出てきます。午前10時30分。暑さと高低差140mの坂道に阻まれ、涙涙のレースがスタート!
 苦しい戦いを予想していたので、最後尾付近からスタートしてゆっくり行くことにしました。それでもスタートのロスタイムはジャスト30秒。スタート直後から渋滞もせずに走れました。それにしても沿道の応援がいない・・・。人の姿はそれなりにあるんだが、オレたちマラソン見に来たわけじゃねえよ〜、って感じの人ばかり。途中途中に立っている大会役員みたいな人たちだけが、「オラ〜、ガンバレ〜」とドスの利いた声で応援してくれます(泣)。
 コースの方は、スタートしてしばらくすると下り坂が始まります。下りはどんどん急になって、膝が笑っちゃって危険なくらい。そのうち砂利道あり山道あり、高尾山のハイキングコースと何ら変わらないクリスカントリー。何日か前に降った雨による水たまりも出現し、それらを器用に飛び越え飛び越え、もはやマラソン大会というより忍者の修行みたいな状態。4kmくらいでそれが終わり、ようやく広い舗装路に出ます。そこから約1kmちょっとの間で、それまでに下った分を全部取り返す!東京タワー第1展望台に匹敵する、高低差140mの上り坂は想像以上の壁!うきゃ〜っ、みんな歩いてる歩いてる。私は遅いながらも走り続けてはいたので、順位がどんどん上がります。それにしても、歩幅が30cmくらいにしかならん(泣) 5km地点を通過した時、すでにスタートから33分。屈辱の1時間超えは間違いない情勢。上り坂が終わると、最後の4kmくらいは昭和記念公園の中みたいな感じ。しかし、ここでも歩いてる人がたくさん!もはや平坦なんですが、さっきの登りで力を使い果たした人が多いんだな。立ち止まっちゃう人もちらほら・・・。ここで遅れを取り戻そうと思うんだが、やっぱり暑さと上りのダメージでスピード上がらず。ラスト2kmくらいから並木道で、日陰を走れるようになったので、ようやくスピードアップ。50人くらい抜いたんですが、それでも1時間は切れず(泣)
 ゴール直後、放心状態で飲み物コーナーに直行。紙コップを持たされ、係の人がアクエリアスをついでくれた。一気に飲み干すと、「おかわりどうぞ〜」と言いながら、またついでくれる。名付けて「わんこアクエリアス」。横はお楽しみ抽選コーナー。ハズレ無しですが、見た感じ、普通のタオルかディズニータオルのどっちかが来るみたいで、私はディズニーが当たりました。今回、参加費は2500円。大会記念Tシャツと、ディズニータオル、うどんまで貰ったから、お得感はあるな。
 最後に完走証の交付で、公式記録は62分08秒。もう悔しくて「うききき〜っ!」って感じ。実はこの大会、10kmの部の他に6kmの部っていうのがありました。普通の大会だと、一番軽いのが10kmだったりしますが、ここでは一番キツいのが10kmだから、それなりに脚自慢の人たちの中にエントリーしちゃったわけだ。青梅で10キロを2回ばかし走ったくらいで、いっぱしのランナー気取ってんじゃねえよってことでしょう。軽く返り討ちでした。6kmの部は、下りと上りを省いたコースだから、ほぼ公園内をグルグル回るだけ。きっと楽ちんなんだろうけど、そっちに逃げたくはないな。暑さは仕方ないとして、上り坂対策をもうちょい何とかして、次回10km1時間切り目指して再挑戦します。今シーズンは、あと河口湖に参戦するつもり。


5月16日 落ちこぼれのススメ(訓話)

 最近の私の授業で、私自身がいかにダメダメかという自虐的な訓話を披露したので、紹介します(爆爆)。
 私は小学校の頃、運動が嫌いで苦手でした。中学に上がって、吹奏楽部に入って鬼のようにドラムの練習に励んだのは、運動が得意な連中を見返して、ヒーローの座を奪い返すのが主たる目的だったと言えます。楽器が得意な直井君は、もしも運動が得意だったら存在し得なかったことになり、当然、今の職業にも就いていなかったはずです。大学に入学した直後に、自分が理科系に向いていないことに気づきました。私のことをを理系だと思う人は、本当の理系人間に出会ったことがないんだと思います。彼らは頭の構造が根本的に違います。私は彼らのように、大学院に進んだり、研究所に就職することは無理だと思いました。仮に入れたとしても、どこかで脱落したと思います。だから、理系のプロになることは諦め、素人さん相手に科学のお話をする道を選びました。でも、今の仕事には満足しているので、理系の落ちこぼれで良かったなあ、なんて思っています。
 そもそも、人間というのが動物界の落ちこぼれ的存在です。気候変動で森林が減少したとき、樹上生活者の中の、腕力の弱い連中が追い出されました。平地に追いやられた彼らは、ライオンなんかから逃げるため、いつも背伸びして遠くを監視する必要がありました。そのおかげで、いつの間にか二本足で歩けるようになっちゃったら、手が自由に使えて脳が発達しちゃったってことだな。ちなみに、森に残った強い連中は、ゴリラとかですね。両生類っていうのも、沼に遊びに来たら沼が干上がっちゃって、海に戻れなくなったウスノロな連中が、やむをえず肺を発達させて、陸上生活に耐えられるようになったんでしょ?
 こんな例を見ていくと、落ちこぼれることが悪いなんて、到底思えなくなっちゃいますね。ピンチの中にチャンス有りって言うけど、ピンチこそ、まさしく最大のチャンスです。物事が思い通りに運ばない時こそ、「これぞ神の啓示」と思って、その次の展開に期待してよいのだと思います。ううむ、ありがたい話だ・・・。

5月 6日 同類のにおい

 一昨日、久しぶりに単独行動で西武ドームに行ったのですが、カツサンドを買おうと思って並んでる時に、前にいたお兄ちゃんから「今日は入ってますねえ〜」と、声をかけられました。このセリフはどう考えても、しょっちゅうこの場に出入りしている人に対して、同意を求めている・・・という内容です。私もつい「1塁側でこんだけって珍しいよね。昨日いい勝ち方したせいもあんのかな」とか答えちゃったりして、行列の先頭に来るまでの間、しばしお兄ちゃんと、パリーグの今後の展望を語り合ってました。試合が始まってから、今度は後ろの列に座ってるおじちゃんから、30年くらい前の太平洋クラブライオンズ時代の話で振られました。私が、その頃からのライオンズファンだ、という確信に基づいて話しかけられたことになります。一体、なぜ?と思いたくなりますが、原因はたぶんたった一つでしょう。私はライオンズの帽子を被ってて、それでいてアウェー側である1塁側にいたのです。
 私がなぜ1塁側の席を買ったかを説明しよう。息子と行く時には、ライオンズ側である3塁側に入ります。所沢の球場だから、当然、ライオンズファンが多いので混んでます。1人で行くときは、ライオンズ・ファンクラブ員だから、応援はしていますけど、キャーキャー騒ぐよりは、試合そのものをじっくり観戦したいという希望が強いので、あえて空いている側に入るのです。もしかすると、そういう野球ファンて多いのかもしれず、だから私のことを、同じ臭いのする同類だと思って、話しかけられたのかもな・・・。
 ライブハウスにいると、そのバンド目当ての追っかけ常連さんか、バンド目当てだけどそのお店が初めての人か、はたまたバンドではなくて単にお店の常連さんなのか、音楽を鑑賞している様子で、何となく区別できます。やっぱり1人で行くと、よく話しかけられます。とかいいつつ、自分もよく話しかけちゃうけどな・・・。入学式や始業式直後の生徒を見ていると、驚くほど同類のにおいを敏感に嗅ぎ分けます。不思議だなあと思いつつも、こうした自分の日常のことを考えると、何となく解る気もする・・・。
 逆に納得が行かないこと、その@は、パチンコ屋で(今は全然やりません・・・)、ホントにたま〜にしか行かなかったのに、行くと必ず、知らない人から「今日はどうだい?」とか声をかけられること。そんなにギャンブラーっぽい顔してますかね?そのA・・・マクドナルド、ケンタッキー、特にスターバックス!行くたびに、「メニューならこっちにもあるけど〜」とか「商品はあっちから出てくるよ。ここで待ってても邪魔なだけよ」みたいな、何だか人を初心者扱いするような雰囲気を感じる・・・。そんなにスタバ初心者に見えますか?スタバ常連と、どう身のこなしが違うのか、誰か私に教えてください(泣笑)。

4月27日 夢の国の舞台裏・・・の入り口

 一昨日、遠足の引率で東京ディズニーシーに行ってきました。夢の国ディズニーリゾートは、言うまでもなく国内唯一の勝ち組テーマパークであり、その理由は、お客様に対する徹底したおもてなしにあることも周知の通り。一例をあげれば、パーク内からは、外の風景が一切見えません。完全な非日常を演出するためです。当然のことながら、パーク内にいても、スタッフの控え室がどこにあるのか全然わかりません。パレードの人たちが、どこから出てきてどこに吸い込まれて行くのか、よ〜く観察したことがあります。おおよそ、この辺から出てきたよな・・・みたいには判るのですが、明確な「スタッフ出入り口」というのは見あたりません。たしかに、あのパーク内のあちこちに、「関係者以外立入禁止」の看板がついたドアがあったら、夢の国らしさに傷がつきますわな。まあ、そのくらい神経を使ってお客様の事を考えてくれているにしては、ありゃりゃ?と思うことが一つだけありました。
 ディズニーシーには、家族で一度だけ来たことがありました。その時は自家用車だったので、舞浜駅から行くのは今回が初めてです。殆どの人がモノレールを利用するようですが、距離にして1キロちょっとだから、歩いて行くことにしました。舞浜駅に降り立ったのは朝の8時頃。イクスピアリを抜けて階段を降りて、広い通りをアンバサダホテルの方角に向かいます。駅を降りた時には、いかにも夢の国に遊びに行きますって人々だったのに対し、この通りには通勤のサラリーマンらしき人々が、足早に通り過ぎています。それも、みんな同じ方角に向かって、かなりの数・・・。舞浜に大学があるのは知ってるけど、大企業の本社か工場もあることは、初めて知りました。やがて、モノレールが大きく右カーブした後の軌道が見えてきて、「そら見ろ、ディズニーシーなんて超近いじゃんか」と思ったら、人の流れが収束している場所も見えてきました。そこはディズニーランドのちょっと先を右に入り、ランドとシーに挟まれたような場所でした。入り口には守衛所みたいな所があって、羽村の日野自動車、日の出の共同乳業、五日市の太平洋セメントの入り口とそっくりです。(ローカルな話題、申し訳ない) いや〜、でも凄い所にある会社だな。ディズニーランドがオープンするより以前からあって、後からディズニーシーを造る時にも、立ち退き交渉が決裂したか何かで、夢の国に挟まれる形になっちゃったんだな、とかいろいろ考えてたら、いよいよその会社の前に来ました。看板にあった社名は「オリエンタルランド」・・・って、何じゃこりゃぁぁぁっ!ディズニーランドを経営してる会社じゃんか。って〜ことは、この膨大な数の足早サラリーマンたちは、夢の国のスタッフってこと?いやぁ〜、こりゃダメでしょ。夢ぶち壊しだ。スタッフの通勤姿なんて見たくなかったぁぁぁっ。じゃあどうすればいいかというと、電車を使わずに空飛ぶ絨毯で通勤が理想なんですが、まあ無理なので、現実的には、舞浜駅からディズニースタッフだけが通れる秘密の地下道を用意し、ゲストさんに一切見られることなく、夢の国の控え室に直行できるルートを確保するといいな。もう一つの方法は、オリエンタルランドの正門を派手に飾り付けて、ランドとシーに負けない門構えにする。スタッフは、舞浜駅に降りたらすぐ、ミッキーの耳等をつけ、出勤退勤時もゲストさんに見られているという自覚を持って行動する。ここまでやれば、真の夢の国といえよう。

4月16日 先生のあだ名

 今、実は書きかけの小説があって、一般公開できないのが残念ですが、とりあえず学園ものです。そこでは、先生たちは皆、本名を封印して、公式な場でもニックネームを使用するという設定になっています。プロ野球で、当時オリックスにいた鈴木一郎選手が「イチロー」と名乗ったとき、あだ名を付けられやすい職業No1の我々も、あだ名を公式登録名にしたら、果たしてどうなるのかな?と考えました。小説を書く作業は、壮大な思考実験と言えます。これを書くもう一つの理由は、私が中学生の時の、恐い体験から来ています。
 私が中学生の時のことです。「コペル」という理科の先生と、「ビーモン」という体育の先生がいました。あだ名というのは、似ているものの名前がつくとは限りません。コペル先生の場合ですが、「コペルニクスの地動説は・・・」というこの先生の言い方を、私が物真似したところ、バカウケして何度もやらされました。そのうち、先生はコペルコペルと呼ばれるようになりました。
 次にビーモンの誕生秘話ですが、ビーモンというのは、走り幅跳びの選手の名前です。ちょうど僕らのクラスの授業中でしたが、先生は「これがビーモンの跳び方だ」と説明しながら実演しようとしました。ところが、砂場でこけてしまって生徒全員大爆笑。私がふざけて、先生にマイクを向ける真似をして、「いやあ、ビーモン選手、凄いですねえ〜」とかやってたら、いつの間にかみんながビーモンと呼ぶようになりました。結局、発端はどちらもこの私ってことですが、驚いたのは、私たちが卒業して何年も経った頃、後輩の中学生たちがコペルやビーモンを使っていたことです。日野四中の10周年記念誌に、秘話を執筆しとけば良かったな。
 ところで、ビーモン先生は、うちの弟の担任でした。家の中では、私も弟も揃って、先生をビーモンと呼ぶもんだから、うちの母は、ビーモンが本名だと思い込んでも無理はありません。ある時、母が私に「ビーモンは、どういう字を書くの?」と聞きました。私は即座にペンを取って、何の躊躇も無く「海老門」と記しました。「ええ〜っ?これじゃエビモンじゃない?」「いや、これでびーもんなんだ。北海道の地名みたいな、その地方独特な読み方じゃないの?」 よくもまあ、こうスラスラとウソが湧き出てくるもんだなと、我ながら感心しましたが、事態は思わぬ方向に進みました。私がこれを否定するより前に、母はこれを誰かに広めたみたいなのでした。どっかのクラスの保護者会で、どっかのお母さんが「ええっ?海老門先生じゃないんですか!?」と絶叫したというウワサを聞き、私は血の気が引きました。そのうち先生から呼び出し食らうんじゃないかと思って、ハラハラしました。そして私は思ったのです。ここまで定着したあだ名なんだから、もうビーモンでいいじゃないか!それなら僕が肝を冷やす必要も無いし、八方丸く収まるってもんだ。
 というわけで、あだ名が正式名として使われる学校、というものを描いてみたくなったのでした。しかるべき時期に、体裁を整えた上で公開致しますので(数年先だろうな・・・)、どうぞお楽しみに。

4月 5日 サプライズ企画のコツ

 ううう・・・やられました。サプライズHappy birthday to you!
 一昨日は、私の○△回目のお誕生日だったわけですが、いつもと同じように部活の練習があって、朝から出勤していました。職員室では、「お誕生日おめでとう!」なんて言って貰えるわけないので、隣の先生に「ぐぉほん!(咳払い)今日は何の日かな!」と言ったら、「あ〜っ!すみません、お誕生日おめでとうございます」と祝ってくれました。うちの学年のチームでは、みんなのお誕生日を一覧表にしておくなどという、女子高生みたいな事やっていますが、せっかく作っても、その当日に気づかないんじゃ意味が無いので、心を鬼にして厳しい態度で臨みました。M先生ごめんなさい(笑)。
 そもそも4月3日は春休み中なので、物心ついた頃から、誕生日を祝ってもらった経験が非常に少ないです。午後になり、部活の練習が始まって、「そういえば先生、今日お誕生日ですね」なんて気づいてくれる生徒がいないのも、まあ想定内。この日の基礎合奏は、生徒が指揮して、スウェアリンジェンの「ロマネスク」を練習。私はいつものように、端っこに座ってアドバイザー役を務めていました。その生徒は、つい最近指揮を振り始めたのに、なかなか堂々たる指揮ぶり。もう十分に合格かな、と思った私に、「先生、もう一度、通してもいいですか」と願い出てきました。「いいですよ〜。納得行くまでやってごらんなさい」と答えると、「じゃあ、頭からもう一度!」 サンハイ、じゃ〜ん!始まった曲はロマネスクではありませんでした。ううう、やられた〜。歌付き最後は拍手付き、メッセージカードくれた子もいて、絶対に泣きそうな演出のはずが、余りにも見事で感心しちゃったがために、逆に泣かずに済んだな(笑)。
 実は去年もやられているのです。去年は入学式の練習中にハッピーバースデーやられたので、場所は体育館でした。今年はいくら場所が違うからと言って、気づきそうなもんだよな。自分はもしかして、ドッキリとかに弱いタイプなのかな・・・。でも、さすがに3度目の来年は気づくだろうな。ちょっと寂しい気もするけど・・・。
 夕方、家からの夕飯連絡定期メール・・・「実家に直行せよ。ご飯もってきたから手ぶらでOK」 実家といっても自宅から数分の場所で、最近は父の世話のため、そちらで一括して夕食を準備し、みんなで食べに行く日が多くなっています。足りない食材がある時は、私が帰りがけに買い物したり、自宅から冷凍してある白飯を取ってきたりするので、今日はそういうのが無くてラッキー!とか思いながら到着して、食卓に目をやると、ん?いつもと違って何だか超豪華。しかも壁面に飾り付けがしてあって、「お誕生日おめでとう!」 うわ!ここでもやられた〜。
 サプライズ企画に、コツなんてありません。サプライズさせられ易い人というのがいるだけです。きっと来年も、わかっちゃいるけど何度でもサプライずる(何活用だ?)ことでしょう。でも、こんなにサプライざらせて貰える私は、最高の幸せ者です。皆さん、本当にありがとうございま〜す!

3月30日 続・ちゃんと歌ってるかチェック

 そもそも、なぜ「ちゃんと歌ってるかチェック」が必要だったのか、その背景を考えてみると、たぶん歌声があまりにもショボかったんだと思います。こりゃマズい、恥ずかしい、と思った校長先生が、歌ってない、つまり斉唱時の戦力外になってる先生のピックアップを試みたのでしょう。でも、歌ってない事がバレちゃった3人を処分しても、問題は解決しません。声量がショボいのは、むしろ歌ってた先生たちの責任ですから・・・。ピックアップされた3人を校長室に、いやピアノがあった方がいいから、音楽室に呼び出して、君が代特訓コーナーを実施して、バッチリ歌えるようにしても、ダメだろうな。クラスの合唱コンクールを思い出してみれば解ります。歌ってない生徒は、どこのクラスにも必ずいます。合唱コンで優秀なクラスというのは、歌える生徒が大きな声で上手に歌って、戦力外の生徒は、上手に歌ってるフリをして、雰囲気を壊さないように振る舞っているものです。だから、式典で立派な君が代を響かせるには、歌わない人を摘発するより、歌える側を鍛えるのが先決なのです。特に、「ちゃんと歌いましょう」と呼びかける校長教頭は、クラスの合唱コン委員と同じですから、歌声がショボかったら誰も追随してきません。私が今までに見てきた管理職の先生を、歌いっぷりで比較してみると、驚くべき格差がありました。まず、副校長A氏は、蚊の泣くような声で音程も定まらず。対照的にB氏は、これから教頭になろうという方で、卒業式の司会席からノーマイクで、会場全体に朗々と響きわたる歌声を披露。ふだんの仕事ぶりでも、A氏はどこか遠慮がちで、職員からなめられがちだったのに対し、B氏は徹底抗戦するタイプでした。私の昔の同僚C氏は、非常に若くして教頭になりました。なってすぐ、彼は自宅でテープを流しながら君が代の練習を始めたと、奥さんが笑いながら話していました。実際に彼の歌声を聞いていませんが、まじめな努力家だったから、きっと上手く歌えるようになったはずで、非常に先見の明があったといえます。大阪の校長先生は、他人の歌い方をチェックするよりも、まず自分の歌声で場内をリードする事を考えるべきでしたね〜。
 ところで、校長先生たちに、今さら歌の訓練に励まねばならないという受難をもたらした大きな要因は、実は「ピアノ伴奏」です。考えてもみてください。オリンピックの表彰、何かの開会式・・・君が代が流れる時は、たいていオーケストラ版です。ピアノ伴奏で歌うバージョンは、まずお目にかかりません。オケ版の大音量が流れていると、歌声が大きいか小さいかなんてわからなくなっちゃいますが、ピアノ伴奏だと、歌のショボさはもろバレです。東京では、ある年から異常なまでにピアノに固執していて、「体育館にピアノが無い場合は、卒業式当日に音楽室等からピアノを運んで来い」なんていう、めちゃくちゃな指示が出たこともありました。(この時期だけは東京の方が、今の大阪より上を行く笑い者だったな) それ以前はテープやCDでやっていましたが、どう考えてもその方が普通な感じ。毎度思いますけど、国歌斉唱なんてどこの国でも普通〜の事ですが、日本だけがわざわざ普通じゃない、やりにくいようにしちゃってます。

3月23日 ちゃんと歌ってるかチェック

 報道でご存じのように、大阪市の高校の卒業式で、国歌斉唱の時に口が開いてなかった先生が3人いるのを、校長先生がチェックしていて、後で「歌ってなかったよな!」って問い詰めたら、そのうち1人があっさり「ハイ、歌ってませんでした」って認めちゃった・・・いや、もしかしたら、完全に開き直って「ああ、歌ってねえよ、だからどーしたってんだ」とか言ったのかもな。どうやらこの1人は処分されるらしいですな。我々東京の教員は、起立さえしていればセーフなのですが、大阪は「起立してても口が開いてなければアウト」という具合に、基準を一歩進めたからニュースになったというわけだ。しかしこのニュース、謎が多すぎるんだよな・・・。

 まず、チェックしたのは校長先生らしいけど、校長さん、厳粛な国歌斉唱時にそんなチェックしてて良かったのか?また、口を開けてるかどうかを見るためには、全教職員と向かい合わなければならないはず。みんなが前向きなら、校長1人だけ後ろ向きってことになり、それはすなわち日の丸にお尻を向けることになり、東京ではそれこそが最大の禁止条項です。次に、処分される予定の先生だが、「オレちゃんと歌ってたよ」ってしらばっくれて答えてたら無罪放免だったのかな?歌った歌わないの水掛け論になって、らちが明かないだろうから、決着をつけるには録画でもしておくより他ないだろうな。式後の映像解析は大変だろうな。全職員一人一人のアップまで撮っておかないと公正とは言えない。ところで、みんな大きく口を開けてるのに、出てくるはずの歌声が貧弱だったら、やっぱり問題になりそうだな。口ぱくだけのヤツが相当数混じってるってことだから、声量チェックまでしっかりやらないとな。全職員の吐息がかかりそうなくらいの口元まで接近して、一人一人の歌声をチェックする光景は明らかにヘンだし、君が代は短いから、1回終わるまでにチェックできるのはいいとこ5人止まりだろう。全員をいっぺんにチェックするには、胸元に高性能マイクをつけさせ、誰が何デシベルで歌っていたか記録を残すしかないな。さもないと「オレちゃんと歌ったもん」の言い逃れは後を絶たない。声量だけでなく、音程もチェックの対象にすべきって、絶対誰かが言い出すな。だって国歌と認識できないほどヘタクソな場合、それは国歌を歌ったとは見なされないだろうからな。先生方の歌声はすべて、カラオケ採点機のようなもので、正しい音程から何%ズレているか測定され、その結果、国歌の原型をとどめていないヒドい声は、当然処分の対象にせざるをえない。公務員たるもの、いくらオンチでも、君が代だけは日頃からちゃんと練習しておかねばならん。

 チェックすることの是非はこの際おいといて、チェックのレベルとしては東京方式(起立でセーフ)が正解だと思います。なぜなら、式場にいる人々は全員同じ向き(日の丸のある場所)を向いて立っていますから、誰かが口を開けてなかったとしても、そのことに気づく人が誰一人として存在しません。ということは、とりあえず起立さえしていれば、式の流れを妨げていないことになります。もしもそれ以上の「ちゃんと歌うこと」を求めるのであれば、「口の大きさチェック」ではまったく不十分で、上記のように高性能マイク全職員分までやらなきゃ、抜け穴だらけで意味無しです。というわけで、この動きは全国に波及することなく、大阪だけで終わるでしょう。

3月16日 訓話の組立て

 amebloというブログは、私のページに、どんな検索ワードでたどり着いて来たかの統計を見ることができます。ブッチギリで多いのが「訓話」と「社長訓話」で、世の中には明日の朝礼で何を話そうかと悩む社長さんが、非常に多いらしいことを示しています。藁にもすがる想いでたどり着き、むさぼるように私の文章を読み終えてみたら、結局ちっとも役に立たなかったという人が、毎日何人かずつ増えている計算なので、今日は本当の「訓話講座」をお届けしよう。週明けの朝礼はバッチリ決めてね〜。ほ〜っほっほっ・・・。
 
 私の訓話は対象が高校生なので、会社ではそのまま使えないかもしれませんが、作り方のノウハウは共通していると思います。ではまいりましょう。訓話の構成に必要な要素は2つ!起承転結みたいに4つもありません。たったの2つ・・・それは材料と目的です。例えば、「自分の可能性に見切りをつけないで、とことんチャレンジすれば、思わぬ能力を発掘できるものだ」なんてことを伝えたいとする・・・。これが目的です。次は、この目的に向けて話すための材料探しをします。何だって構わないですが、旬な時事ネタがやりやすいかも。今回は「マラソン」を使ってみましょう。

 『マラソンのオリンピック代表が決まりました。公務員ランナーの川内さんは、惜しくも代表を逃しましたが、大きな話題を呼びました。彼が公務員ランナーならば、他の人は会社員ランナーだから、大した違いが無いと思ったら大間違い。実業団チームに属していれば、監督やコーチがいて、練習環境が整備されていますから、会社が走らせてくれると言えます。川内さんは、そういうバックが一切無い中、仕事の合間に1人で練習を続けているから凄いのです。市民ランナーは実業団選手に勝てるわけがない・・・これが世間の常識でしたが、破られました。琵琶湖の大会でも、一般参加の山本さんが招待選手に勝ったり、大学生の出岐くんが初マラソンを2時間10分で走るなんてムリ、という常識が破られています。
 私はこんな風に思いました。世間の常識というのは、世間の多くの人の単なる思い込みで、必ずしも真理ではない場合が多いのではないか・・・。周りからムリだムリだと吹き込まれて、自分もじゃあムリなんだろうなと思っちゃったら、川内さんも山本さんも全然ダメだったはずです。「うちの学校から現役で受かるのは、せいぜい○○大学がいいとこだ・・・」とか、「あと半年で偏差値5upなんてムリだ」というのも、世間の常識です。皆さんはこの常識を信じて、ムリだの合唱に同調しますか?それとも疑いますか?私は、ぜひ疑ってみてほしい。疑った人だけが、第2第3の川内さんになれる可能性を持っています。』

 すぐに解るように、前半が時事ネタを使った導入(材料)で、後半が論旨(目的)・・・と、非常に単純な構成です。「悪い訓話」の多くは、前半部分がスッポリ不在で、目的だけを話そうとするから、抽象的でつかみ所が少ない印象を与えます。
 じゃあ、皆さん頑張って訓話作ってね〜。ところで、今日のマラソンネタから入る訓話、我ながらなかなかいいな・・・。修了式の前日に学年集会があるから、そこで使うことにする。

3月 7日 指導主事の舞台裏

 そもそも指導主事っていう言葉から説明が必要だな。先生たちの、人事や研修やその他諸々の仕事をする人たちで、多くはその後副校長や校長になってゆきます。私たち現場の先生たちとは、ふだんは接点がありませんが、研修に行くと、レクチャーするのはたいていこの人たちで、若手が研究授業をやらされる時に、ご意見番として来校したりもします。要するに、先生たちを指導する立場ってことで「指導主事」という職名なんだろうな。昨日参加した(させられた?)研修は、期せずしてそんな人々の知られざる舞台裏や本音が聞けるものだったので、遠くまで出かけた甲斐がありました。多くの先生方に知っていただきたいので、この場で差し支えない範囲で紹介させていただきます。
 【研修テーマとねらい】教員の職層について知り、昇任へのモチベーションを高める。
 いきなり、何じゃこりゃぁぁぁっ!講師の方(もちろん指導主事)が冒頭で、「この講義が終わった頃、皆さんが少しでも、校長を目指そうかな、という気持ちになることを願って、これからお話させていただきます。」 うわぁ〜、洗脳宣言か。これから貴方に催眠術をかけますって宣言されて、「絶対かからないで耐えてやる」って思う人ほどかかり易くて、「かかってみた〜い」と期待してるとかからない、って聞いたことがあるから、ここは身構えず、清らかな気持ちで聞いてみることにしました。
 「皆さんは、指導主事にどんなイメージをお持ちですか?じーっと黙って夜遅くまで事務仕事、学校現場から逃げだした人、単にイヤなやつ・・・。いかがですか?」 うわ〜、全部あてはまる!「実は、私もつい数年前までそう思っていました」 その手に乗るかい。仲間と思わせて油断を誘う、悪徳商法の常套手段じゃんか。ん、まずい。いつの間にか気持ちが喧嘩腰だ。清らか清らか・・・。「そんな職をなぜ受験したのかというと」 それ興味あるな。「当時の校長先生に勧められたのと、やはり、いろんな仕事を経験してみたいというのがありました」 ちーん、終了。思いの外、早かったな〜(笑)。この時点で私とは決定的に違うので、洗脳される危険は回避されました。私はいろんな仕事よりも、今の授業や部活を手放したくないで〜す。「実際やってみて、初めは辛かったですが、仕事の中味がわかってくるにつれ楽しくなってきます。職場の雰囲気は、皆さんが想像するほど堅苦しくなく、冗談も言えば飲みにも行きます」 もはや自分に関係ない世界と解りつつも、いろいろな日常が聞けて、面白いことは面白い。「皆さんが校長を目指さないなら、民間から引っぱってくりゃいいじゃん、て考える人も多いんです。でもそれはどうかと思う。いつまでも教壇に立ってほしいような人こそ、管理職になってほしいです」 いいこと言うなぁ〜、気に入った!でも大丈夫なのか(汗)?民間人校長を否定するような発言しちゃって。「一教師として定年を迎える人を否定はしませんが、他の職層についてもっと知っていれば、違う生き方を選べたかもしれないのです」 むむっ!聞き捨てならん。裏返せば、お前は無知だから授業と部活にのめり込むしかできねぇんだ、と受け取れなくもないな。言葉の選び方って、つくづく難しいなと思いました。
 というわけで結論。やっぱり私と貴方は水と油でしたね〜。どう理由をつけたところで、指導主事さんたちは、私の目には「現場」と「現場を離れること」を天秤にかけて、後者が勝った人々としか映らないんだよな。だから、これからも研修に参加する時は、基本的に喧嘩腰になりますが、それほど悪意はありません。指導主事さんとしての、誇りと自信を持って仕事をすればいいと思います。初任者研修で「オレが模範授業やるから、よく見てろ!」なんてやってくれる指導主事さんが出現したら、心から尊敬しちゃうな。

3月 2日 入試の舞台裏(弁当とお菓子)

 都立高校の入試の裏側で、何が協議されて、合否ラインはどう決まるのか・・・なんて書けるわけないし、下っ端の私なんぞ、な〜んにも知らんです。じゃあ入学試験当日の、一般市民に知られざる何をレポートするのかというと、我々教員の食べ物についてなのだ!

 入試シーズンが近づくと、飛び込みセールスの電話が明らかに増えます。その多くが、なんと仕出し弁当屋さん。入試の担当者ご氏名で電話をかけてきて、「お忙しいところ失礼いたします。入試当日のお弁当は、もうお決まりでしょうか?」なんて具合にかかって来ます。入試担当の先生は、ただでも忙しいのに、たくさんの弁当カタログと睨めっこして業者選定した上、先生方から注文を取ったり、お釣りの準備とか、入試と全然関係ない仕事をするハメに・・・。入試の日に限って、特別な弁当が必要になる理由はおもに2つ。(1)普段は外に買いに行ったり食べに出たりする人も、この日だけは外出はムリだから、持参するか配達してもらうかになる。(2)入試当日は、普段とまったく違った緊張状態の中で仕事するので、食事はいいものを食べたい。私の見解では、(2)の要因の方が大きいように思えます。弁当の値段は、そこらへんのスーパーやコンビニなら500円くらいですが、入試弁当は700〜1000円くらいのが主流です。中には、「特製 青総合格弁当」なんて縁起のいい名前を印刷してくれた業者さんもありました。食べながら、ふと「僕らが食べるんだから、青総合否判定弁当じゃないとダメだな」・・・と思いました。
 入試当日の本部は、試験をやる教室に比較的近くて、広い場所が本部になります。我々も基本的には、職員室ではなく、本部にいる時間が圧倒的に長くなります。ここでどうしても必要になるのが、「お茶とお菓子」なのだ。ハッキリ言って、絶対に必要だと断言できます。一度だけ、お菓子が一切無い入試を経験したことがありますが、本部の雰囲気はたいへん荒んできて、大きなミスにつながりかねないと言ってもよい状況でした。特に、採点作業に入ると、お菓子の有無はさらに決定的な意味を持ってきます。長時間やってると、本当にぼーっとしてきて、採点ミスが増えそうなんですよ。(その後3人がチェックするから、ミスが放置されることはありません。念のため)。長時間の緊張を持続するためには、栄養学的に見ても、脳に糖分の補給が必要だと思います。
 入試で消費されるお菓子は、職員の数も多いので、けっこうな量になります。買い出しは数人がかりで、他のお客さんたちの視線を一手に集めながら行います。買ってくるだけでなく、本部のテーブルに並べるという仕事も重要です。全部並べちゃったら、バームクーヘンとキットカットが総ナメにされて、キャンディ系が大量に残る・・・ということを、経験豊富なお菓子担当者は心得ています。在庫量を常に把握しているばかりでなく、高価なお菓子も大量にあるように錯覚させながら、全種類がバランス良く消費されるような出し方ができるには、長年の経験を必要とするのだとか(笑)。
 入試のお菓子を、教職員の親睦会が世話しているという場合以外は、お菓子購入資金の出所がありません。多くの学校では、校長先生とかがポケットマネーをはたいて、皆さんにお菓子を振る舞っています。ありがたいことです(嬉泣)。校長先生っていうのは、入試の最高責任者であるにもかかわらず、テスト監督したり採点したりせず、ただただ不測の事態に備えて待機し、直接的な仕事ができない立場です。お菓子を振る舞うという行為は、先生たちのご機嫌を取るとかいう次元ではなく、何が何でも本年度の入試をキッチリやり遂げたいという決意の表れだと感じます。我々はそれに応えるべく、キットカットで脳の活性化を図るのです。

2月27日 マラソンと音楽

 昨日の東京マラソンは、当然のことながらテレビ観戦しました。自分もランナーの端くれとなって、さらなる関心をもって観るようになったのはもちろんです。観ながら思ったことを徒然なるままに記そう。
 まず、これほど実力差がある人々が同じ土俵に乗る競技は、マラソンをおいて他にないだろうな。だって、世界記録保持者、腕(脚?)に覚えのある陸上部員、「○○走ろう会」とかに所属する凄腕(凄脚?)市民ランナー、完走さえ危ぶまれる超初心者ランナーまでが、一斉にスタートして、まったく同じコースを走るわけだ。プロ野球選手と小学生の草野球チームが、ハンデ無しでガチンコ勝負なんて絶対やらんでしょ。うちの職場で昨年の東京マラソンに出場した方が、「ゲブラシラシエと直接対決して来る」とか意気込んでたもんな(笑)。そのあたりも、ウキウキ感の要因になっているはずです。

 長距離走は、努力の成果が目に見えて現れるのが特徴で、誰でも凄く速くはなれないけど、進歩は確実にできます。一例として、一昨年の私のデータを紹介しましょう。これを見てしまったら、皆さん必ず「なあんだ、自分もできそうだぞ」と思うはずです(笑)。
 まずは、2010年9月に、ウォーキングからジョギングに切り替えた初日の9月6日、3kmを走る予定でスタートしましたが、何と300mくらいでいったん止まってしまいました。理由・・・息切れ(泣)。その後、走ったり歩いたりを交互に繰り返し、ゴールタイムは23分25秒。その前日の3kmウォーキングが26分34秒なので、ほとんど変わらん(爆泣)。ちなみに、歩くのはむちゃくちゃ速い方です。その後、1日おきに3kmジョギングにチャレンジしますが、完走への壁は厚く、跳ね返されること4度。そしてようやく5度目の正直、日数にして12日後の9月18日、ついに一度も歩かずに3kmを完走しました!この時のタイム21分37秒(息子は13分台。自分も高校2年の時は11分台) それが、1ヶ月後の10月18日には、同じ3kmを16分20秒。3000mのタイムを5分も縮めるって、元が遅い人だけに与えられた特権だな(笑)。さらにその1ヶ月後、11月14日には、5kmを27分12秒。そう、5km止まらずに走れるようになったんですよ。で、前回報告した通り、現在は10kmをなんとか50分以内で走れます。

 楽器や歌の世界でも、頑張りが即成果に現れて、トッププロもアマチュアも同じステージで楽しめるイベントができれば、マラソンみたいにブームになるでしょう。頑張りが即成果・・・というと、虫のいい話に聞こえますが、そういう譜面は作れます。いくら練習してもなかなかいい音が鳴らない譜面というのは実際に存在して、それはズバリ悪い編曲だと思うので、私は良い方の譜面をたくさん提供して、マラソンブームを超えてみせましょうぞ。

2月20日 青梅マラソン(2度目)

 一昨年9月にトレーニング開始した時には、家から300mくらい先まで走った所で息切れして、立ち止まったりしたものですが、半年後のデビュー戦では、何とか10kmを50分50秒(net・・・スタートライン通過からの正味)で走りきれるほどになりました。ゴーリした瞬間が、考えてみればもう1年後に向けての新たなスタートだったな。ほ〜っほっほっほ・・・。整骨院通いで(泣)しばらく練習を休みましたが、実は3月中に自宅周辺の周回コースで、5kmの自己ベストを更新していました。8月中は熱中症にならないように、ウオーキング中心で、9月以降は職場のランナーズクラブ(勝手に名付けた)のメンバーと共に励まし合いながら走り、修学旅行中も朝5時半から、沖縄の砂浜ランニング。というわけで、次の大会が迫らないと練習しない人が多いと思いますが、我々は年間を通して練習を積んできたわけだ。我ながら偉いです。再び、ほ〜っほっほっほ・・・。では、当日の様子をご報告します。これからデビューしてみようと思う皆さん、参考にしてね〜!

 8:00 ウォーミングアップ開始。初心者だった昨年にくらべ、知識が豊富になったので、アップの仕方も何となく「どっかの速い人」か陸上部員っぽくやれたな・・・(笑) でも真面目な話、うまくアップできると、信じられないくらい楽に走れて驚きです。

 9:05 ジョギングしながらスタート位置へ向かう。1200番台だった去年は、スタートラインまでのロスタイムは26秒でした。今年は1800番台なので、もう50mくらい後ろ。ロスタイムは約1分です。

 9:30 スタートの音が聞こえん。ランナーの動きを比べても、去年はすぐに普通に走れましたが、今回はなかなか進まなくて、ずうっとキロ6分程度のペースだったと思います。ようやく自由に追い越せるようになったのは3km地点くらいからだったな。ここまで楽ちんに進んだ分、一気に挽回をもくろみ、ごぼう抜き大会を開始!昨年の私と違うのは、抜いた人全員から抜き返される目に遭わなかったことです。1年間の成長って大きいもんだな(笑) 折返し点の大時計は27分くらいを示してたので、この約2kmは相当がんばったんだと思います。実は私は時計を付けていましたが、見ないようにしていました。練習の時には常に1km毎のラップを取る、どちらかといえば記録魔な方です。でも本番では「前を追う」「1秒を削り出す」ことに専念した方がいいって柏原君が言ってたので、それに従ってます。

 10:00 折返し以後、頑張ったツケが回ってきて一番キツい所・・・。だけど大会には、たくさんのランナーがいてくれるので、誰かを追いかたりすることで、頑張り続けることが可能です。私の場合、大きい声じゃ言えませんが、派手なウエアに身を包んだ女性ランナーを追います。理由は特に無く、強いて言うなら、それが一番頑張れるからだな(笑)。また、沿道から声援を受けた時は、どんなにキツくても絶対にペースを上げて、満面の笑みで通過します。これは、ステージ人としての私に、本能のように染みついた習性と言えるだろうな。

 10:15 残り1kmを切って、いよいよ大応援団の待つ学校の前を通過。ビックリしたのは、太鼓部だけでなく、我が吹奏楽部の生徒たちも、ズラリ並んで声援を送ってくれているではないか!よっしゃ、行くでぇ〜!目の前のランナーを3人ほど生け贄にして、ファンの皆様に「追い越しショータイム」をプレゼント!後で「先生、すごく速いんでビックリしました」と大勢から言われましたが、そんなに速い人がなぜこんな順位で帰って来たのか、不思議に思わないんだろか・・・ってのが不思議(笑)。思えば私は、高校生の頃から、黄色い声援の中でだけ元気な人でした。ここで抜いた3人は、女子高生たちの前で生け贄にされたのがよっぽど気に障ったのか、その後すぐに抜き返してきましたが、私にはもはや反撃の余力ナシ(泣) でも、逆千人抜きを食わされた前回にくらべ、今回は抜かれた人数よりも抜いた人数の方が、10倍以上多かった印象です。そう考えると、もっといいタイムが出せたレースだったのかな、という悔いも残りますが、それは次回への課題としよう。とりあえず、年齢が一つ上がったのに、記録を1分20秒以上短縮できたことをヨシとしよう。

 (終わりに) 自分がこのイベントにハマっちゃってる原因が、2つほど思い当たります。青梅駅近辺で、たぶん初参加と思われるランナーたちが、「これ、めちゃくちゃ楽しいじゃん!」とか話してるのが聞こえてきました。私も去年、同じ感想を抱きました。何が楽しいのか分析すると、たぶん、沿道からの注目を集めながら、信号機も消えた車道の真ん中を闊歩していると、私中心に地球は回る・・・みたいな心境になれます。楽しい部分以外では、やっぱり自分よりも年輩の人々の走る姿から、何かを感じてしまうんだろうな。うちの生徒たちも、きっと何かを感じてくれたことでしょう。来年、皆さんとコース上でお会いできることを楽しみにしています。

 【成績】 10kmの部男子50歳代 189位 公式タイム50:26 (net 49:28)

2月17日 修学旅行の舞台裏 そのC(終)

(6)事前指導の集会
 教員マニュアルが完成すれば、あとはもう実際に行くだけ・・・と言いたいところですが、重要なステップが残っています。羽田空港では、先生たちが「並べ〜!各クラス2列!こちら側から1組〜!」なんて大声で叫んでいる光景を目にします。あんな場所でいくら大声出しても、一部分にしか届かないので、静かにさせるだけでも至難のワザ。ましてや、どっち側から何列で並ぶ・・・なんて複雑な指示が通るわけがありません。私に言わせれば、どうしてこんなに効率が悪く、お互いにストレスが溜まることをするのか、理解に苦しみます。突発的に集合させたならいざ知らず、予定の場所に予定通り並ばせるだけですから、あらかじめ全員に指示しておくか、学校で1回リハーサルしておけばよいのです。集団行動の練習というと、軍隊っぽく感じて毛嫌いする人もいますが、自主自律がモットーとか言いつつ、羽田で烏合の衆に向かって怒鳴り散らす方がいいとは思えませんな。
 羽田で怒鳴る先生は、必ずと言っていいくらい、毎食後にも怒鳴ります(笑)。そろそろ御馳走様の号令かな・・・という頃合いで、その先生は登場し、なかなか静まらない場内を一喝して鎮圧。その後の予定について詳〜しく、ヘタすると5分くらい喋ったりしてます。「あ〜あ。そんな事しない方が上手く行くのに」と思っても、自分が担当者じゃない時は黙って見ているしかないな。その殆どがしおりに書いてある内容なので、しおりをよく読んできた良い子たちほど、連絡時の集中力を欠くようになります。元々しおりを読まない悪ガキは、更に読まなくなる、と言っても元がゼロだから実害が無いように見えますが、5分もかかる口頭での連絡を、こいつらが頭に叩き込むのは不可能なので、結局は抜け落ちだらけになります。こういう先生たちは、皆さん共通して、非常に生徒思いの熱血型です。だから、ついつい同じ指示を何度も繰り返したくなるのであり、それがセーフティーネットになると思ってしまいがちです。
 私が経験上ベストだと思って実行していることは、@しおりに書いてあることを絶対に連絡しない。Aしおりに書いていないこと&変更点は室長だけに連絡し、全体には言わない。この2カ条です。これを忠実に実行すると、食後に先生がマイクを持つという場面は皆無になります。しおりを読んでなくて、次の行動予定を知らない者がいたら、即トラブルに直結しますが、セーフティーネット無しの時が最も集中力が高まるから、逆に安全なのです。このことは修学旅行に限らないと思うので、私は一貫してこのスタイルをとり続けています。
 修学旅行を運営する立場で最大のご褒美は、何と言っても生徒の「楽しかった」「いい思い出ができた」「また行きたい」という言葉です。そういうのを聞くと、また次の機会に腕を振るおうかな、という気持ちになっちゃいます。というわけで、3年後の沖縄レポートお楽しみに〜!

2月 9日 修学旅行の舞台裏 そのB

(5)修学旅行のしおり・・・生徒用と先生用
 皆さんも、「修学旅行のしおり」というパンフレットを、大事に持って歩いた覚えがあるでしょう。集合時間をはじめとする全てのタイムテーブル、持ち物、部屋割り表など、どれ一つ見ても、超重要な情報のオンパレードです。学年の中にたいてい一人か二人くらいは、この「しおり」を紛失して、「人間失格」くらいの勢いで怒られますが、それはまあ仕方ないところだ。
 ところで、この「しおり」には先生用があるのをご存知ですか?こちらは「教員用マニュアル」と呼ばれ、通常、生徒用より厚めです。何が余計に書いてあるかというと、例えば今回の生徒用しおりに、「13時00分 那覇空港3FJAL側出発ロビー集合」とだけ書かれている箇所では・・・。教員用には、こんな具合に書いてあります。「担任→12:50集合 添乗員よりクラス人数分の搭乗券を受領。副担任A→12:31牧志駅より乗車し最終の生徒たちを誘導。副担任B,C→12:45〜モノレール出口付近で、生徒を3階JAL方向に誘導。12:55点呼開始・・・」てな具合。要するに、生徒を滞りなく動かすための、先生たちのフォーメーションが書かれています。

 消灯時刻以降の見回り当番表とかも載っていて、もしこれを生徒が入手したら大喜びだろうな。どの先生が何時頃どのフロアに出現して何号室の扉をノックするか、ほぼ正確に予想できます。ずっと昔ですが、ある先生はニセモノの巡回当番表を作って、わざと目立つ所に置き忘れました。その情報に基づき、空白の時間帯を狙って夜間外出を企てた生徒たちは、もちろん一網打尽。先生側も、ここまでやると、もはや執念だな。
 教員マニュアルを、どこまで詳しく作るか・・・ということは、考え方が分かれます。どんな小さなことでも、想定される事態すべてに対応策を用意して、記載しておくという先生と、限りなく生徒用に近い簡素型、っていうか、必要があれば生徒用のに書き込んでおけばいいじゃん、くらいの先生。ある年、後者タイプの先生が、前者タイプの超ぶ厚いマニュアルをもらった後、わざわざそれを切り刻んで自分用に製本し直すのを見た事があります。「無駄な部分を省いたら、こんなに薄くなったよ」と誇らしげに言ってました。
 私の場合は、やや簡素型に近いと思いますが、生徒用程度まで簡素にしてしまうと、結局は引率者会議の場で、膨大な量の質問が飛び出してしまい、説明に手間をかけねばならなくなります。絶対に出そうな質問や、補足説明を必要とする部分は、あらかじめ記載しておく方がいいです。

 オーケストラの練習に似ていますが、引率者会議はもはや本番です。われわれ担当者は指揮者と同じで、旅行全体を通して、細部に至るまでのイメージを確立し、よどみなく伝えられるようにしておかねばなりません。指揮者が頭の中で架空の演奏を繰り返すように、教員マニュアルが出来上がる頃には、私は何度も幽体離脱して、修学旅行から帰ってきたような気分になっているのです。

2月 7日 修学旅行の舞台裏 そのA

 (3)いよいよ下見
 我々が修学旅行の実踏(実地踏査の略。下見のこと)に出かけたのは、2010年の12月ですから、本番の1年と2ヶ月前。どうしてそんなに前に行くのかというと、同じくらいの季節に行っておきたい、というのもありますが、実際に見てみたらホテルが余りにもひどくて、他にチェンジしてほしい・・・なんて場合に、直前ではどうしようもないからだと思います。下見は、3泊4日の行程を、予備的な候補地も含めて2泊3日で回るので、かなり忙しいです。特に最近は、タクシーやレンタカーでなく、公共交通機関を使えというお達しなので、非常に効率が悪くて、じっくり見てこれないばかりか、本番の時には観光バスで通る予定の道を、路線バスでは通らずじまい・・・ということも起きてきて、これは生徒の安全が脅かされているとさえ言えるでしょう。一方で、カヌー体験の実施にあたっては、下見の時に教員が実際に乗って漕いでみろ、というお達しもあって、簡単に言えば「1ヶ所あたりに時間をかけるな。でもじっくり見てこい」ってことだから、笑い話にもならんな(泣笑)。
 下見では、現地の施設の方と実際にお会いして打ち合わせします。ホテルの担当者、カヌーのインストラクター、さとうきび畑のおじちゃん、シーサー工房のおばちゃん・・・等、次々お会いしますが、ポイントは人柄だと思っています。この会談がなごやかな進む場合は、実際に生徒を連れて来た時にも必ず成功します。宜野座のサトウキビ畑や工房でお会いしたおじちゃんおばちゃん達を、私はいっぺんで気に入ってしまったので、本校の体験学習場所を迷わずここに決めました。

 (4)ガマと体験学習
 糸数壕の見学予定日は2012年2月2日。予約開始は半年前なので、夏休み中の2011年8月2日の午前9時に、申込書をFAXで送ります。ディズニーランドみたいに何万人も入れる施設とは違い、ふらりと出かけて入れる場所ではありません。壕の中でも大きな方の糸数でさえ、一度に入れるのは2クラス。平和学習のポイントとも言える部分なので、ここが取れないと計画全部を見直すことになってしまいます。先着順の要素も強いので、9時の時報とともにさあ送信!と思ったら、なんとその日、2年生は全クラス三者面談中で、午前9時に手が空いている人がいない(汗) やむをえず、他の先生にお願いして、送信ボタンを押してもらいました。その日のうちに決定通知が届き、ほっと一安心。
 体験学習もそろそろ予備調査の時期ですが、沖縄の体験学習には様々な分野があって、琉球ガラスやシーサー作りをはじめ、料理、楽器、踊りを教わる等、いろいろです。単純に希望を取ったら激しく分散することが予想されました。1〜2名しか希望者がいないコースは閉鎖せざるをえず、せっかく希望した生徒をがっかりさせてしまうので、あらかじめ多くの生徒が集まりそうな6コースに絞っておくことにしました。6つのコースに何を残して何を切るかは、多分に私たちの趣味が反映されています。また、各コースの定員は、バスの乗車定員と密接に関係します。伊江島120人(3台)、カヌー40人(1台)、サトウキビ、お菓子、アクセサリー、シーサー各20人計80人(2台)で仮予約しちゃって、かなり時期が迫った頃に一気に本調査しました。慌てたのは、カヌーの人数が予想より多く、それもちょこっとだけ多くて、52人をバス2台で運ぶ事態になったことです。ということは、残り187人を4台に押し込む計算になるので、急きょ60人乗りという巨大バスに切り替えてもらいました。出発2ヶ月前のことです。これでいちおう下準備は終了〜。

2月 6日 特集:修学旅行の舞台裏@

 2月1日〜4日の沖縄3泊4日から帰って参りました。3年前は担任だけど旅行担当ではなかったので、気が緩んでインフルエンザになっちゃいましたが、今回は担当責任者として気合い十分だったな。生徒の目にはなかなか映らない、旅行の舞台裏にスポットを当ててルポしてみよう。
 
 (1)入学前の準備
 プロジェクトが始動するのは、なんと入学式より1ヶ月くらい前の3月頭くらいです。今回で言えば、実際の旅行が2012年2月で、準備開始は2010年3月だから、約2年前ということになります。この頃、新1年生の担任メンバーが決まり、最初の顔合わせで役割分担を決めます。ここで修学旅行の担当者も決まりますから、担当者は早速「行き先希望アンケート」や、旅行会社の入札用の「仕様書」作りに取りかかるのだ。まだ行き先は沖縄と決まったわけではないのですが、過去数年間のアンケートでの沖縄の得票率を見れば、とりあえず沖縄を想定しておいて間違いなかろう・・・。要するに見切り発車なわけだ。この時私が手がけた仕様書の特徴は、沖縄3泊4日の初日がいきなり自主行動で、各自モノレールでホテルにたどり着くという異例のものでした。都立高校では修学旅行の上限金額が厳しく決められているため、ここ数年の航空運賃の値上げで、沖縄を諦めるか日数を減らす学校が続出しています。そこを何とかやりくりするため、バスを1日節約することを思いついたのでした。まあ結果的には初日にもバスを使えましたが、最終日はバスガイドさん無しになりました。こうして、まるでお母さんが家計をやりくりする感覚で、少しでも削れる所を見つけて、安くて楽しい中味を選び、仕様書という形にまとめて行きます。既にホテルも仮押さえ済み!3月末には、その仕様書に対して入札してきた4つの旅行会社が、1社30分のプレゼンテーションを行い、校長先生らも一緒にプレゼンを見て業者を決定。決まった業者さんと正式契約して顔合わせ。どんな旅行にしようか、と抱負を語り合います。この時でも、生徒はまだ入学前(驚)

 (2)飛行機の便が決まって大慌て
 夏頃には飛行機の申込みがあります。多くの学校が同じ時期に集中するので、第3希望くらいまで出した中から割り振られ、秋に決定通知が来ます。都心から遠い学校が、あんまり早い便に割り振られることはないはずですが、それでも今回は相当早い9時55分の便でした。羽田の集合時刻はセオリー通り90分前の8時25分。ううう・・・早い。本当は11時くらいのが良かったんだけどな〜。帰りも那覇空港発14時10分!早い・・・。行きに関しては、遅いよりはマシです。日が暮れる頃に到着する便とかに当たると、1日目はどこにも寄らずに宿舎直行になっちゃいます。しかし、早いのも実は困りもの。那覇に12時50分頃着くので、首里城でどう考えても時間あり過ぎ。まあいいか・・・。帰りは深刻です。14時10分の便で、90分前に集合させたら12時40分。国際通りの自由行動は無いも同然だな。最終日は少し早起きさせて8時半発、空港集合はオキテ破りの70分前で13時。我ながらチャレンジャーだな、と思うタイムテーブルです。時間にルーズな生徒が多い学校では、絶対にこういう組み方はできません。というわけで、飛行機の便決定によって、具体的なタイムテーブル作りに入るわけですが、ま〜だまだ旅行まで1年以上あるよ〜。(続く)

1月29日 倍率バトル

 金土と2日連続で推薦入試でした。もちろん詳しい内容は、こういう所で紹介することはできませんので、新聞等にも発表されている「倍率」についてのみ考察します。
 高校入試の倍率というのは、当然昔から、気になる数字ではありました。1倍を下回れば全員合格です。その高校の授業についてゆける学力が、明らかに不足していても・・・っていうか、オール1であっても受かっちゃうというのは、一見ラッキーですが、よくよく考えると不幸なことです。全入かそれに近い学年は、授業の進め方にも苦労するし、成績が取れなくて転学や退学してゆく生徒も増えるから、高校教員の立場としては、とりあえず1倍を超える倍率は欲しいところです。前年度に全入だった学校は、「入りやすい」という印象を残すせいか、翌年の倍率が上がりますが、次はそれが警戒感を呼んで倍率が落ちるという、いわゆる隔年現象がよく見られます。2年生は全入だったけど、1年と3年は2倍近い倍率をくぐり抜けてきた学年・・・ということが起こり、授業をやり比べて見れば、そりゃ明らかに反応もお行儀も違います。そんなわけで私自身も、新聞に倍率が発表されると、けっこう気になって見ちゃいます。うちの高校では、1期生の倍率が非常に高く、2期生が激落下、3期生で戻して、このまま隔年パターンかと思いきや、4期以降は高いところで横這い状態。私が担任した所だけが低かった(泣)のですが、終わってみれば関係なかったな。本校の歴史上に誇れる素晴らしい生徒たちでした。
 さて最近ではちょっと違った要因から、どこの高校でも倍率で一喜一憂します。倍率が低いと、校長先生が都庁に呼び出され、怒られてしまうのです。「いったい何をやっておったんだ!」って言われるらしい・・・。改善策をレポートにまとめて持ってこい!という宿題まで出されちゃうんだって。だから学校説明会を開催して、中学校にも訪問して、とにかく受験してくれる生徒を増やさなくてはならないのです。でも、こうしてハッパをかける目的って何だ???都立高校受験者の総数がだいたい決まっているとすると、どっかの倍率が上がれば、必ずどっかが下がるわな・・・。全体の倍率が上がると、都教委は「都立高校改革が都民の皆様に理解されてきた証拠」みたいな、鼻高々の談話を出します。実際には、景気悪化で都立志向が強まった、というのが真相だと思いますが、そこを都庁の手柄にしちゃうために、日々学校間に競争させていると思わざるをえません。
 最後に、倍率は確かに一つの目安ですが、東大を受験する人の中に、受かりそうも無いと解ってるくせに、高い受験料を払って「思い出受験」する人なんて、滅多にいないでしょう。だから東大の倍率は、そんなに高くありません。そんな東大に「何をやっとるか!」と怒れないのは明らかです。倍率の数値だけで校長を呼びつけるという浅はかさには、あきれ返るばかり。さらに過熱して、倍率を稼ぐためには手段を選ばない、みたいな学校(どんな事をしてくるかは想像もできないけど・・・)が出現して、中学生たちが翻弄されたりしないか、心配になります。

1月19日 ハイウェイバトル(ネタバレ注意)

 ひかりTVで見放題の映画の中から、昨日と一昨日で「ハイウエイバトルR×R」を見ました。クルマに興味があるってわけでもないのですが、勝負事なら何でも好きなので、今日は「梁山泊の何とか頂上決戦」(パチプロ集団のお話)を鑑賞。ほぼ1日1本ペースだな。さてハイウエイバトル・・・。この話は、GTRの35という最新型に、32の旧型で勝とうとするところから始まります。互いに腕のいいチューナー(調整技術者)がついて、改造を重ねてゆきますが、そんなある日、32に乗る主人公は、田舎のサーキットを紹介され、とりあえず行ってみたら、そこの管理人のオヤジから「走りを一からやり直せ」みたいにボロクソ言われる。プライドを傷つけられた主人公「あんた何者だ?」 オヤジ「ただの管理人じゃよ」 翌朝、主人公はオヤジと対決。オヤジのマシンは昭和時代の「ハコスカ」だが、ピタリとついてきて、「今度はワシが前に出るから、よく見とけ!」 ハイテク装備された32が、ハコスカに追いつくことができず、ひれ伏す主人公。「いいか若造」(って言ったかどうか覚えてないけど・・・)「運転はハートでやるんじゃよ。お前はクルマの性能を全然引き出せておらん!」 ずしーんと重い言葉・・・ここはシビレましたねえ。山本周五郎の「くらのすけ何とか」って物語と共通してて、普通〜のオッサンが実は何かの凄い達人で、調子こいた若造をぐうの音も出ないようにやっつける系の話です。やっつけなくても、納得させて信奉者にさせちゃうとのは、釣りキチ三平のおじいちゃんの一平さんが、町会議員のバカ息子をギャフンと言わせたシーンも該当するな。(「釣り竿は所詮、持つ者の腕の延長に過ぎん」・・・とか言う説教シーン。)
 私がこういう話にスカっとするのはなぜか、と考えると、使う道具のことにやたら詳しくてアレコレ言うけど、腕を磨くことがおろそかになっている人が増えたと感じるせいではないだろか。それは、もちろん楽器の話です。昔と比べて情報量が激増してるから、アレコレ言えるってことは、それらをよく勉強してる証拠で、間違いなく熱心な部員です。でも、中高生が「ヤマハの上位機種の方がレスポンスがいいんじゃね?」とか、「このマッピとリガチャの組み合わせだと、◎△×☆・・・」なんて話してるの聞くと、どうみても知ったかぶりとしか思えん。私が一番安い楽器を持って対抗して、ギャフンと言わせたいところだな。実際、あるTV番組で実験していたように、プロ奏者が演奏すれば、初心者用バイオリンでも、ストラディバリウスと区別がつきにくい程の音が出ます。
 ハイウエイバトルは、交通違反を容認してるような部分は問題あるが、教訓も多いので、楽器人にも見てほしい映画です。

1月10日 異種格闘技

 忘れもしない、アントニオ猪木 vs モハメド・アリ戦・・・。それは、単にどっちの格闘家が強いかにとどまらず、プロレスとボクシングはどっちが強いかを決める、みたいな位置づけで行われたような気がします。でも、どんなルールで戦うんだ?一番わかりやすいのは、何をやってもOKで、先に気を失った方が負け。でも、実際にはそうならず、細かいルールが決められて、あれもダメこれもダメ・・・結局、面白くもなんともない試合に終わり、結果も引き分けでした。私は、この戦いはナンセンスだな、と思いつつも、ついつい実況中継を見ちゃった口ですが、リングサイドで最高30万円払って観戦した人は、まさに(泣)(泣)(泣)だったろうな。そもそも、決着の仕方やルールが異なる競技の対決が成立するのなら、球技世界一決定戦「野球対サッカー」も可能だし、「100mバタフライ対ハンマー投げ」とか、五十歩百歩だと思います。
 なんで今頃急に猪木対アリを思い出したかというと、吹奏楽部の冬の風物詩であるアンサンブルコンテストも、何となく異種間競技みたいに思えるからです。同じ音楽で、聞いている人をどれだけ感動させるか、という共通の尺度があるとは言っても、3重奏vs8重奏は相当に違うんじゃないだろか?バタフライ対ハンマー程には違わなくても、ラケットでボールを打ち合うのが共通点の「卓球対テニス」くらいは違います。もちろん、3重奏から金賞が出ることも少なくありません。でも全体の割合として、8重奏から金賞はたくさん出て、それは8重奏の方が聞き映えがして有利だからなのは、間違いないと思います。聞き映えという点で、管楽器のみのアンサンブルと、打楽器入りとでは差がつきます。生徒たちに校内発表会とかで、いろんな編成を続けて聞かせると、打楽器アンサンブルが最も強い印象を与えます。さらに、吹奏楽部と和太鼓部がジョイントコンサートをやる時などは、お客さんは和太鼓の迫力に圧倒されます。最大音量が大きければ、当然ダイナミクスの幅が広がるので、お客さんに与えるインパクトは強くなるのは仕方ないことです。
 やはりコンテストは、同じ編成で対決させる方がいいんじゃないだろか?矛盾を含んだ試合だと承知の上で、みんなが割り切って臨めばいいだけの話なんですが、勝敗が着いちゃう以上はみんな真剣に戦います。ならば、もう少しルールを整備して、異種の格闘技にならないようにすることが必要かな、と思うのです。3重奏対何重奏までなら許容範囲か?と言われると、選挙の時の「1票の格差」みたいな話で、これも五十歩百歩だから、私としては3重奏は3重奏だけの大会っていうのが唯一OKと思います。でもそういうのは、運営上非常に難しく、実現しそうもないから、これから先もずっと、吹奏楽部の冬は異種格闘技戦の季節が続くでしょう。だからいつも言うけど、そんなに勝敗に一喜一憂しないでほしいと思います。

1月 3日 キロ3分でいいんだ(復路)

【最優秀選手】酒井監督(東洋)
【優秀選手】鎧坂(明治10区)、高野(解説)
【だめだめ】日テレ、瀬古さん(解説)、渡辺監督(早稲田)、酒井監督(東洋)

 いやあ、東洋大が勝つだろうとは思ってましたが、これほどの圧勝とは予想できませんでした。「21秒差のリベンジ」を合い言葉に戦ってきたわけですが、倍返しどころか30倍返しくらいだな。こうなったのは、酒井監督が要求した「攻めの走り」が、大きな要因になっていると思います。6区スタート時に、すでに安全圏と言えるほどの貯金を持っていたので、普通に考えたら無難にゴールを目指したいところ。そこを敢えて、全員に区間賞や区間新記録を狙いに行かせるという采配は、送りバントに頼らない野球を見ているようで、非常に爽快でしたな。
 テレビで10区をご覧になっていた皆さんにお尋ねしたいのですが、明治と早稲田はいつ順位が入れ替わったんだ?私が見逃しただけ?鎧坂といえば、柏原とか村沢と並ぶ注目選手だったはずで、10区で一番たくさん映ると思って期待していました。しかも早稲田と明治って、いろんな競技で因縁の対決のはずで、東洋の1人旅よりも絶対に見どころ豊富だと思うんだが、ほとんど映らなくて残念。きっと沿道のファンを興奮させてくれたであろう鎧坂君は優秀賞。ファンの気持ちに鈍感な日テレはだめだめ。
 今日の解説は早稲田OBの高野さんと、東洋OBの高見さんでした。お2人とも、それぞれの出身チームに関する豊富なエピソードを紹介してくれたので、久しぶりに良い解説でした。特に高野さんの喋りは流暢で聞き易い。来年は、他チームのOBもズラリ揃えたらいいんじゃないだろか。解説といえば、やっぱり瀬古さんに言及しておく必要があります。まだ距離がだいぶ残っている段階で、「区間新は間違い無いです」とか言っちゃって、アナウンサーから「間違い無いですか」と念を押されたら、「間違い無い・・・と思います」とトーンダウン。最後、なんと区間新が出なかった・・・(泣)。解説者が、余りにも断定的に話すのは危険ですね。
 渡辺監督は、監督車から「みんなの汗が染み込んだタスキを運ぶんだ!」なんて、本当に言うんだろか?どうも、アナウンサーが勝手に作ってるように思えてならないんですが・・・。もし本当なら、完全に森田健作の世界だな。最後に酒井監督にもう一度ご登場願いましょう。区間新狙え〜!とゲキを飛ばしつつも、選手の調子がそれほど良くないと見ると、即座に「ムリするな」的なアドバイスに切り替えるのは、流石だと思います。ただ、その内容が気にくわんな。「キロ3分でいいんだ。落ち着いて行こう」って、何じゃこりゃぁぁっ!私のような激弱市民ランナーにとって、夢のまた夢であるキロ3分に、「でいいや」は無いっしょ。「夕飯は松坂牛のステーキでいいや」ってのと共通点を感じるので、監督には最優秀と同時にだめだめ賞も授与します。
 タイムの話をもう一つご紹介します。昨日ブレーキを起こした津野君の走りを、アナウンサーは「走るのと歩くのの中間くらいの状態」と報じていましたが、これは大ウソです。津野君のタイム(約107分)を5区の23.4kmで割ると、1kmあたり4分半くらい。最初の5〜6kmは元気にキロ3分で行けたとして計算しても、その後のペースはキロ5分くらいです。これで私の平地10kmの自己ベストと同じです。アクシデントを抱えながら、あの長くて急な上り坂を、絶好調時の私以上のペースって、やっぱり凄すぎると思います。

2012年 1月 2日 有言実行(往路)

 明けましておめでとうございます。震災や原発事故に負けず、明るい話題の多い年になったらいいな、と心から願います。今日の箱根往路ランナーの奮闘ぶりは、多くの人々に元気を与えたのではないでしょうか。では毎年恒例の、箱根駅伝表彰を行います。(毎度お断りしていますが、私の超独断です)

【最優秀選手】柏原(東洋5区)、津野(東農大5区)
【優秀選手】服部(日体1区)、大江(明治5区)、山本(早稲田5区)
【だめだめ】宇賀地(解説)
【番外だめだめ】群馬県前橋市長、大田市長

 表彰者が5区に偏ってしまいました。まず、往路優勝と76分台の区間新記録を狙う、と公言して、それを実現してしまうのは、野球だったら3打席連続予告ホームランみたいな偉業です。しかも今回は先頭でタスキを受けたため、終始自分との戦いでした。まさに文句の付け所ナシで、金栗杯も決定的。圧勝の柏原にも増して素晴らしかったのは、最終20位でゴールインした津野。相当大きなアクシデントに見舞われていたに違いないのに、絶対に諦めずにタスキをつなぎ切った姿には、感動を禁じ得ません。1位と20位の2人を、最優秀としました。どこかの監督さんが、速いのと強いのは別物・・・みたいな事を言ってましたが、5区のランナーたちは、まさに気持ちの勝負を演じていたと思います。激しいデッドヒートで、意地と意地のぶつかり合いを見せてくれた、明治と早稲田の2人を優秀選手とします。1区は例年より速いペースでのレース展開となりましたが、大迫(早稲田)の独走を許さず、果敢に勝負を挑んで行った服部に優秀賞。日体大からは、こうした勝負師が時々登場するので、非常に好きなチームです。
 本日の解説者、駒大OBの宇賀地さんですが、かつてのビッグマウスが完全になりを潜めて、良い子ちゃんになってしまい、ガッカリさせられました。昨日のニューイヤー駅伝でのインタビューの時から、あれ?ウガちゃんどうしちゃったの?と思わずにはいられませんでした。年とともに人間丸くなっちゃうものなんだろか?ニューイヤー駅伝といえば、放送中に前橋市長が登場し、アナウンサーから「選手にエールを送ってくれ」と要求される場面がありました。市長「前橋は今年市制120周年を迎えます」 むむっ、その先どう続けるんだ?私なら「120周年にちなんで、120%の力を出して頑張れ」とでも言いたいところだが・・・。市長「120周年にふさわしい走りを見せてください」 ・・・???120周年にふさわしい走り、って、ど・ん・な・走・り? 続いて大田市長は、自ら名物の焼きそばを焼きながら、アナウンサーが向けたマイクに向かって、「選手〜、がんばって〜」と超テキトーな感じで一言叫んだ後は、ひたすら焼きそばの自慢をしてました。箱根と関係ないけど、思わず番外編として表彰したくなった次第・・・。
 それでは、本年もよろしくお願い申しあげます。また明日、復路編でお会いいたしましょう。


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