今日の一言(2013年分)

  職員朝礼での社長訓話集     一つ戻る  最新版へ戻る  

12月30日 ベジタブルマラソンin熊谷

 
 春日部、山中湖に続いて3度目のハーフマラソンでした。気温10℃快晴。過去2回は5月だったから、25℃近くあって、バテバテでしたが、今日はベストコンディション。しかもハーフのスタートは11時で、いつもみたいに5時起きとかしないで済むから、今日は絶好の「2時間切り」日和です。さあ、結果はいかに!

 まずは写真左をご覧ください。なんと、競技場がスタートゴール!マラソンゲートをくぐって、大歓声に両手で応えながらゴールできるのか・・・。福岡国際マラソンの気分だな。出たこと無いけど。競技場はまるでオリンピック気分の、立派なスタジアム。(オリンピックにも出たことは無い) また、、スタートしてから初めて知ったのですが、今回は交通規制された街中に出て行くのではなく、ひたすら公園内を周回するコースでした。1周5kmを4周って、まるでロンドンオリンピックのようだ。出たこと無いけどな。私は校庭のトラックをグルグル走らされるのが嫌いだったので、周回コースだと知って凹んだのですが、実際走ってみると、メリットもありました。アップダウンの難所や給水所がどこにあるか把握できるので、全体が組立て易いのと、我々の2倍くらいのスピードで走る先頭集団と何度も出会うので、なんかモチベーションが上がるな。

 さていよいよスタートです。今回はそんなに混雑してなくて、ペースメーカーにも恵まれ、スタート直後からほぼ完璧なイーブンペースで走ることができました。最近はGPSを使った時計や、スマホのアプリを使ってペースをキープする人が増えたので、そういう人の中から今日の自分のペースに合いそうな人を見つけて、ひたすらついて行きます。何しろ今日はコンディションが良いので、山中湖の時よりキロあたり10秒速め、5分半の設定にしました。では、そのラップタイムを公開します。(自分の時計で測定)

 スタート〜5K 27’55”
    5〜10K 27’40”
   10〜15K 28’14”
   15〜20K 31’19”
 ラスト1.0975K  6’53”
     total 2°02’01” (公式記録は+35秒)

 給水所で手間取ったり、ついつい「みかん」を何個も取ったりのロスタイムを除けば、2時間切りという目標に向けて、15Kまでは文句ナシの内容。実は17K過ぎまで順調に行けたのですが、そこから先がハーフマラソンの厳しさなのだぁぁっ!左ヒザの裏側あたりに、つった時のような痛みが発生。息は切れてない、心拍数もそんなに上げてない、水分補給も栄養補給も万全。なのに、ううう・・・足の痛みが増して、左足を引きずるようなフォームになってしまい、沿道から悲鳴のような声援が飛んで来る。そういえば、青梅マラソンのラスト2K地点では、こういう痛々しい走りをする人をたくさん見かけたよなぁ。うぇ〜ん、自分がその立場になろうとは・・・。しかも千載一遇のチャンスだったのだ。2時間切りが実現するとしたら今日しか無いって感じで来れてたのに・・・。そう思ったら、もったいなくて絶対諦めたくない。ここまでお世話になったペースメーカーの背中はとっくに見えなくなってるけど、もはや意地の走り。何とか2時間切りに向けて悪あがきだ。しばらく頑張ったら、どうにか普通のフォームに戻せた。おっ、復活したかも。こりゃ行けそうだぞ、と思ったがしか〜し!左足をかばいながら走ったせいで、今度は右足にも痛みが出始めたぁぁっ!結局、最後は両足ヨタヨタ大失速でゴォール!

 それでも、山中湖の時より4分も縮めての自己ベスト更新だから、いちおう練習の成果は出たみたいですが、反省点は多いです。秋以降、練習で走った最長距離が16Kで、特にここ最近は週1回しか走れていなかったから、そもそもハーフに参戦するには、練習量が不足していたのは間違いありません。2月2日の神奈川マラソンまでに、もう少し立て直して、2時間切りのリベンジマッチだな。

12月29日 紅白・吹奏楽合戦

 私は小学校4年になるまで、紅白歌合戦では紅組と白組が、本気で勝負しているものとばかり思っていました。私は当然、男性チームの白組を応援していたわけですが、不思議に感じることもあったな。それは、男性と女性の両方を含んでいるグループは、どっち組に所属するかという問題です。たしか、ある年の紅白では、ヒデとロザンナが白組で、トワエモアは紅組でした。ロザンナは裏切り者ということになるな・・・。また、ピンキーとキラーズは、女性1人だけで他全員男性なのに、紅組じゃなかったっけ。ピンキーの権力が絶大だったんだろうな。まあいいや。そんなことより、結局紅白とは、日本野鳥の会の人たちが真剣に票数をカウントする努力とは裏腹に、全然ガチンコ勝負じゃない、ただのお祭りなわけで、もちろんそれでいいと思います。
 話は変わりまして、吹奏楽コンクールの全国大会。これが最近、様変わりしてきていますね。たまたま、日本テレビの吹奏楽をルポした番組を見ていて、あれ?と思って、今年のプログラムを確認すると、やっぱりそうだ。淀川工科高校は「大阪俗謡」、九州の精華女子高校は「フェスティバルバリエーション」を演奏しています。他にも、東京の片倉高校が「中国の不思議な役人」だったり、これって何年か前にその同じ学校が金賞を取ったことがある曲です。「大阪俗謡」に至っては、この数年では、完全に1年おきのハイペースで、繰り返し演奏しています。ネット上を覗いてみると、金賞を取った実績のある曲を使い回すのが、金賞を狙うための有効な作戦であって、そのことについての是非を論じている意見が多いですが、私はちょっと違った感想を持ちました。
 お客さんの中には、全国大会常連校の、かつて伝説的名演となったその曲の生演奏を聴きたい人も多いだろうし、得意中の得意の慣れた曲なら、そのバンドの実力も余すところなく発揮できるに違いない。だから、北島三郎の「まつり」を歌うように、淀工は「大阪俗謡」をやってくれているのではないか・・・。これは淀工のファンサービスと言えるのではないか・・・。だからもう、全国大会ではもう審査をやめちゃって、名演を楽しむだけの会にした方がいいと思います。全国大会の進むということを、歌手にとっての「紅白に出る」と同じ、最終目標にしちゃって、全国大会の当日は、出場校を紅組と白組に分けて、審査員には所ジョージさんとか呼んで、会場のお客さんも紅か白に投票したらどうだろう。。淀工は毎年大トリを務めて「大阪俗謡」をやるといいし、精華のフェスバリも、襟裳岬や津軽海峡冬景色的に、数年に一度は必ずやってほしいな。あと、柏高校みたいに変わった演出で楽しませてくれるバンドは、小林幸子か美川憲一的存在だな。以上を名付けて、紅白吹奏楽合戦!これ、我ながら、凄い名案だと思う。

12月24日 紅白歌合戦

 今年の紅白歌合戦では、出場50回記念になる北島三郎さんが、特別出演みたいな形で大トリを務めるそうです。歌はもちろん「まつり」 いや、別に批判するとかじゃありません。むしろ、多くの国民というか紅白の視聴者が、サブちゃんの「まつり」を待ち望んでいるのは間違いありませんから、私は大いに結構な企画だと思います。
 紅白は、というより紅白を取りまくテレビ環境は、時代と共に変化してきました。私が幼少の頃、大晦日に紅白を見ない家庭は、遠くに旅行に行ったりする家を除けば皆無だったはずです。参考までにその根拠を述べよう。私が小学3年の時に、地区子供会という集会で「冬休みの決まり」を討議しました。「寝る時間は夜9時半。何か意見はありますか?」「ちょっと早いです。10時じゃダメですか?」「ハイ、じゃあ9時半と10時で多数決を取ります」・・・って何じゃこりゃぁぁっ!みんながちゃんとその時間に寝てるかどうかなんて、確かめようが無いだろ?この議題には意味があんのか?って、3年生の私が思ってるけど、6年生のお兄さんお姉さんたちが真剣に議論してるから、言い出せん(泣) でも、やはり言うべきでした。私が手をこまねいていたせいで、討論はさらに深まってゆきました。「すみません、多数決を取る前に、一つ質問があります。大晦日もその決まった時間に寝るんですか?」「あ〜・・・、どうでしょう?」「大晦日は、みんな紅白を見るから、例外にした方がいいんじゃないですか?」 この発言からわかるように、当時はどの家庭でも紅白歌合戦を見ました。
 これが様変わりしてきたのは、NHKに視聴率70%も持っていかれて面目丸潰れの民放が、必死に巻き返しを図った成果と見ることもできます。コント55号が、大晦日の同時間帯に「紅白をぶっつぶせ」とかいう番組をぶつけた年は、ちょっと見てみましたが、あまりの面白く無さに再びチャンネルをNHKに戻しました。やがてあの時間帯にいろいろな番組が乱立して、視聴率を分け合うようになり、若い世代を中心に紅白離れが進みました。今でも紅白を見ているのは、おそらく僕ら以上の世代が多いんじゃないでしょうか。そうなると、最近の歌手とかヒット曲なんか知らないから、昔から連続出場の大御所が歌う、当時の大ヒット曲がウケることになります。だから毎年のように、森進一が襟裳岬を歌い、石川さゆりが津軽海峡冬景色を歌っていいんです。でもやがては、そんな僕らもテレビを見なくなる時代がやってきて、紅白も完全に役目を終えるのかと思うと非常に寂しいです。直井家では、幸いなことにカミさんも幼少からの紅白育ちなので、息子も紅白派に育ちました。大晦日は、紅白が流れるテレビを囲んでみかんを食う!それが日本の年末というものだ。

12月21日 大挑戦!

 
 まずはご報告ですが、前々回のブログで宣言した通り、バイオリンを購入しました。「弓の張り加減、松ヤニの塗り加減、肩当ての付け方、楽器の持ち方、構え方、右手の弾き方、チューニングの手順、一番易しいスケールの2オクターブ分のポジション」 今日、お友達の音楽の先生から、これだけ習ってきたので、あとはとりあえず自分で弾いて行きます。
 今まで、ほとんどの楽器を自力で習得してきました。ううん、まあ習得したって言うのは、お前が習得した気になってるだけだろって、よく言われますけど、実際「10年以上レッスン受けてます」という人たちの中に、私ほどには吹けない、弾けない人が非常に多いのは事実。だから私は、楽器の練習は自己流で十分と宣言してきたし、周囲もそれを認めてくれました。ほ〜っほっほっほ・・・。しかし、今回のバイオリンに限っては、どうも風向きが違うみたいなのです。オケをやってる知り合いからも、「ギターと同じだとか思ってないだろうね?」と忠告されたし、なんだかバイオリンだけは特別なんだよ・・・的な雰囲気を感じます。試しに、ネットで「バイオリン 独学」を検索すると、まあ出るわ出るわ「絶対無理!やめとけ!」「バイオリンを独学でマスターしたとかホザいてる連中は、音色も音程もメチャクチャで、ただの騒音をまき散らしてるだけ」・・・とか、ヒドいざ〜ますわ。さあ、こうなってくると、諦めるどころか余計にやってみたくなります。過去に挑戦した人々がことごとく挫折したからといって、私が無理とは限りませんな。無理って決めつけられるのは心外じゃ。このワシを誰や思うとんねん。たぶんはたから見れば、50過ぎのおっさんが今から頑張って、フルマラソンでサブスリー(3時間切り)を目指すっていうくらい、難しいことなのかもしれないけど、サブスリー達成するおっさんはいますからね。まあ、見ててください。
 私が驚異的なスピードで上達してきた大きな理由は、「弾きたい曲」という非常に明確な目標があったからです。例えばフルートを買った時は、「まったくの初心者なんですけど、バッハの無伴奏ソナタを吹くのに適した楽器がほしい」などという戯言を発しました。楽器屋さんの方も、それが大ボラでないことをご存じなので、ちゃんと応対してくれました。今回のバイオリンの目標曲を宣言しよう。全地球上のバイオリンを弾く人々には2種類しかいない。「チャルダッシュ」が弾けるか、そうでないか、だ。私はチャルダッシュ弾けるクラブに入会したくてバイオリンを買ったわけです。さあ、今まで何年もバイオリン習って来た皆さんは、どうぞしっかり練習してくださいね〜。私の猛追撃は早いですよ〜。

12月13日 吹奏楽部の目指すもの

 まず、知り合いのプロ奏者の方がフェイスブックに書かれた記事が、余りにも私の言いたいことと重なるので、引用させていただきます。(以下引用分)

 ひとつの時代の終わりでしょうか?(※注・・・長年、吹奏楽コンクール全国大会の会場だった普門館が閉鎖になるニュースを指している) ついでに悪い部分の伝統もなくなっていけば良いなと思います。(^^;)
 きちんとされている学校もたくさんあるとは思いますが、個人的には、コンクールで金賞を取らないと価値がないというような考え、そのための「音楽的」でない「体育会系」な練習や指導、ミスなく無難に演奏する事が大事みたいなのがなくなればと思います。
ジャズ、ポップス方面に関わる人間としては、コンクールで演奏されるようなクラシック、オリジナルが上、ジャズやポップスを軽視する考えもなく...なって欲しいですね。コンクール前には熱心に指導者を呼ぶのに、定期演奏会などのポップスステージのために指導者を呼んでいるという話はあまり聞いた事がありません。ジャンルに上とか下はないはずなのに。
 僕の学生時代は、コンクールより、定演や文化祭で仲間とはじけた思い出の方が強く、それが今の自分の活動につながっていると思います。もちろん競う事も大事、否定はしませんが、いろいろな価値観を大切にして欲しいですね。
 (※注・・・読者からのコメントに答えて)
 僕のいた中学は普門館に出ていたんですよ。顧問の先生は愛情を持って叱ってくれたし、世界的なプレイヤーも指導に来て下さったりで、その後プロになる僕にはかけがえのない経験でしたが、厳しさゆえに、高校ですら楽器をやらなかった友人がほとんどでした。本当にもったいないですよね。逆に高校はゆる〜くやってる所でしたが、その時の友人は今もアマチュアの吹奏楽団などに所属している人も多く、親交も続いています。(引用終わり)

 楽器を通して立派な人格や忍耐力を身につけ、中学卒業と同時に楽器から離れた人たちと、ゆる〜い活動で何が身に付いたかわからないけど、大人になっても楽器を続けている人たち・・・。私が育てたいのは、ズバリ後者なんですよ。一見、何も身についてないように見えても、コンサートの企画から実行に至るプロセスで何も身に付かないわけがないし、合奏という作業そのものが高度なチームプレーであり、コミニュケーションを鍛える場なのです。そして何よりも、楽器を生涯の友にできた人は、世界中どこに行ってもすぐにお友達ができて、潤いのある生活が約束されるのだ。
 だから私は、「音楽を通じて○○を養う」みたいな目標は好きではありません。吹奏楽部は、一生音楽を続けたいって思う人を育てればよいと思います。そう思ってくれるかどうかは、我々指導者がどれだけ「楽しさ」「やりがい」「価値」を伝えられるか、にかかっているので、「卒業したらもう楽器はやめる」って宣言されたら、指導者側が下された評価は「赤点」ということなのです。

12月 8日 初オケ管

 省略せずに言うと、「管弦楽という編成の中で管楽器を吹く」という体験を、この年になって初めて味わうことができました。私が音楽好きで、しかもジャンルを問わず、幅広く演奏に参加していることをご存じの方ほど、「ええっ!何で?」と驚きます。私自身も、なぜ今までこういう機会が無かったのか、あってもスルーしてきたのか、考えてみれば不思議なことです。チャンスが無かったわけではありません。まず、大学に入学してすぐ、私はオーケストラ部に入ろうとして、自ら部室を訪ねているのですが、何とその時たまたま留守で、隣の男声合唱団に取り込まれることに・・・。次は一人暮らしの開始時で、多摩市のオケにフルートで入れてもらおうとしたら、ちょうどフルートは足りていて、じゃあ他も見てみようかな・・・って広報誌をめくっていたら、ビッグバンドのピアニスト募集が目に留まり、見学に行った日に入団決定・・・。その後、多摩市の音楽団体とはたくさん交流ができて、管弦楽団にエキストラで参加させてもらうこともありましたが、なぜかいつも打楽器奏者でした。誤解の無いように付け加えると、こうした「運命のいたずら」によって遭遇した男声合唱もビッグバンドも、私の人生を変えたと言ってもいいくらい、素晴らしい出会いでした。だから、管弦楽でフルートを吹くという目標が達成されなくても、別によかったのですが・・・。
 先週、アマチュア管弦楽団の指揮者を務める同僚の先生から、小学校への訪問演奏に一緒に乗りませんか、と誘っていただきました。打楽器担当で、子供相手のポップスものもあるから、ドラムセットも扱えて、尚かつマイドラム持参が可能なこの私に白羽の矢が立ったのだな。ところが、本番3日前くらいになって、打楽器ではなくトランペットに変更という指令が・・・。おわ〜お!譜面もらったけど、A管用に書かれた譜面とか混じってる。これって頭の中で半音ずつ下げて読まなきゃダメだな(汗)。B管用の譜面は、なにしろ#が多い(汗)。#4個が標準くらいで、6個なんてのもあるよ(汗汗)。リハーサルは当日朝の1時間程度。大丈夫なんだろか・・・。
 え〜、結果、まあ何とか大丈夫でした。曲は「くるみ割り人形」「天国と地獄」「チャルダッシュ」「そりすべり」「あまちゃん」・・・等ですが、#6個の初見と言っても、曲を知ってると意外と吹けちゃうもんですね。そんなことより、初めてオケでラッパ吹いた感想は・・・。
 私はオケラッパを誤解していました。休みば〜っかりで、たまに出る箇所も「ぱんぱぱ〜ん」とか。こんなの何が面白いんだ?ラッパ吹くなら吹奏楽かジャズのビッグバンドだろ・・・とか思っていたのですが・・・。その「ぱんぱぱ〜ん」こそが実に美味しい。まさに、これしか無いっていう音が、あるべき所に配置されていて、しかも前は木管楽器と弦楽器だから、どんなに小さい音量で吹いても、存在感は抜群。ううう、この快感を知ってしまったら、もう吹奏楽には戻れないかも・・・。うそです。翌日からしっかり戻ってます(笑)。
 この年になると、日々新たな挑戦・・・とか口では言いながら、後悔の連続です。つまり、今回のような素敵な体験をしても、「もっと早くこれに出会っていたらなあ」「若い頃に戻りた〜い」「若いやつらはいいよなぁ」みたいな思考に陥りがちだな。また、体験できるのにまだしてないことが、たくさん残ってるんじゃないか・・・という、焦りのような気持ちが芽生えてきます。若い頃をダラダラ過ごしてきた自分が悪いんだから、心を入れ替えて、今からでも新たな挑戦するしかないな。・・・というわけで、バイオリン始めます。

11月28日 小論文と作文の差

 いやあ、勉強になった〜。うちの学校の2年生対象「小論文講座」を、生徒に混じって受講したのですが、文章というものをこんな風に分析したことが無かったので、目からウロコ状態でした。講師はどうやら、某予備校の現代文の先生・・・。

 【講演要旨】論理があるのが論文、無いのが作文。論理的な力を測るための小論文テストで、論理的じゃない「作文」を書いたら・・・落ちます。(例)接続詞の使い方。「一生懸命勉強した (ア) 大学に合格した」 (ア)に入る言葉は次のうちどれ?『 しかし そして つまり だから たとえば 』 「だから」を入れれば論文、「そして」を入れたら作文。入試で「そして」を使った人は、論理性が無いと判定されて不合格です。
 接続詞の四天王をしっかり使えるようにしましょう。@たしかにAしかしB・・・Aは自分の意見と逆。自分の意見はBの方 AAつまりB、AすなわちB、A要するにB・・・A=B BAたとえばB・・・A>B(抽象>具体) CAだからB・・・AはBの理由 「現代文」の入試問題を解く場合にも、これらの接続詞に注意すれば、「筆者の言いたいこと」や「筆者がそう主張する理由」などが自動的に見えてくる。

 私自身がこれまでに書いた、たくさんの文章を眺めてみると、四天王の使い方が適切な部分もあるけど、そうでない部分の方がむしろたくさんあって、要するにメチャクチャ。だいたい、どの接続詞を使おうかなんて、ろくに考えずに書いてるから、論文的になったり作文的になったりで、一貫しないんだな。この50分の講義を聞いて、いよいよハッキリわかったのは、私は論理よりも感覚的なタイプだということです。うひゃ〜、いちおう理科系だから、論理的な思考回路なのかな、とちょっぴり期待してたけど、実際は元巨人軍の長嶋監督に近い頭の構造ということです。
 今後、論文的なものをを書く時や、自分で小論文講座をやる時には、今回の講義で学んだことが凄く役に立ちそうです。でも、他人の文章を読解する時に、この講義で紹介された「四天王の法則」のようなテクニックを使うやり方は、私はハッキリと嫌いです。自慢じゃないけど、国語は得意でした。特に長文読解は、得意というよりも「好き」でした。それは、純粋に筆者の気持ちをわかろうとし、或いは筆者と仲良くなるつもりで読んでいたからで、テストだという事を忘れちゃう程その文章にのめりこみます。私はこれこそが語学の王道だと確信しているから、長文読解は、とにかく本文を3回読んでから(時間が許す場合だけ・・・)問題に取りかかれ、と教えています。

11月19日 すごい話術

 いわゆるネットワークビジネスに誘われました。30年くらい前に日本に上陸した会社で、その当時は私もいろんな友達から次々と勧誘され、実際にかなりの利益を上げていた知人もいました。ただ、普通に考えたら解ることですが、「ねずみ講」と同じで、世界の人口が無限大で無いと破綻するしくみですから、やがて社会問題になり、その後はパッタリとその名前を聞かなくなっていました。だから、つい最近になってその名前を聞いた時は、「うわ!この会社、まだ生き残ってたんだ・・・」とビックリ。今回誘ってくれた私の友人も、30年前の友達とほぼ同じ内容で説明してくれたので、何となく懐かしさを感じました(笑)。そしてお土産に、この世界で大成功しているらしき人の講演DVDをくれたのでした。講演というより、「セールスはこんな風にやるといい」みたいな、研修用の見本て感じかな。カリスマ的存在の女性と男性それぞれ1名ずつ。面白そうなので見てみたら、うわ〜、1人1時間喋りっぱなしの計2時間は、あっという間だった・・・。解りやすいし面白いし、こっちの目線に立って、疑問が湧きそうなところは全部先回りして安心させてくれて、所々に笑いを誘って・・・。何よりテンポ、間(ま)、抑揚が素晴らしくて、どんどん引き込まれちゃうな。この2人に比べたら、私の授業なんかダメダメの2乗くらいだということが判って、しばし落ち込む・・・。
 さて、そんな凄腕トークをナマで聞かされた人は、かなりの確率で入信しちゃうことが予想されます。不労所得で年収1千万だ1億だ、という生活が、努力次第で手に入る・・・って、私が言っても誰も信じませんが、カリスマたちのトークにかかると、自分もできそうな気がしちゃう。ましてやこの就職難の時代、会社にしがみつくより、こいつでひと山当てて、あとはこのカリスマたちのように悠々自適で暮らせれば・・・って思う若者が続出しても不思議ではありません。こういう状況は非常に心配なので、私を誘ってくれた友人には悪いのですが、今日は誘いに乗りかかっている人を止めたい立場で書いてます。いったん洗脳された人には、何を言っても聞き入れてもらえません。すべて都合のいい方だけを信じて突き進んじゃうのを承知で、ちょっとだけでいいから頭の片隅に置いといてほしいです。

 「不労所得で年収1千万」が努力で実現可能ならば、この30年の間に日本国内にはかなりの数の達成者がいるはずです。しかし、私の周囲には不思議とそんな人が誰もいません。また、中間マージンやCM広告を排除した流通革命!ビジネスとして大成功の形態だと言うなら、他社は何をやっているのでしょう?みんなネットワーク型ビジネスに転換しても良さそうなもんです。30年経った今も商社、問屋、小売店、テレビCM・・・みんな健在です。
 繰り返しますが、何よりも重要なのは日本には1億人しかいないという事実。たったの1億です。ねずみ算での急激な値の増え方に驚かされたことがあるでしょう。厚さ1ミリ以下の紙でも40回ちょっと折ると、その厚みが月まで届く・・・みたいなの。1人が2人を誘うという事を繰り返せば、10回目で末端の会員数は1024人ですが、20回目ではもう100万人突破。27回目で日本人全員が入会する計算。勧誘が3人ずつだと、17回目で1億人突破です。30年経ってるのに、あなたの周囲にどれだけ会員がいますか?いないですよね。だからこそチャンスだとか、思っちゃったりしますか?僕ら中高年は、30年前にさんざん勧誘されて、この会社を巡る騒動を知っている世代です。今、ほとぼりが冷めて、そんな騒動を知らずに育った若い世代が、新たなターゲットにされているように思います。若者よ、金の成る木は存在しません。自分が本来やるべき事にさっさと戻りなさい。

11月 8日 「天山(テンシャン)の巨峰」

 高校で物理を教えて20年以上になりますが、「こんなのやって何の役に立つんだ?」的な声は、不思議とあまり聞きません。でんじろう先生の実験なんか、誰が見たって面白いから、役には立たないだろうけど興味は持てる・・・。物理にはそんなのが多いです。むしろ私自身の方が、「文系や保育や美容に進んだり、卒業後すぐに就職する子たちに、「こんな難しい事を教える必要があるのかな」みたいに悩むことが多かったです。しかし、同僚の先生から「私、高校時代、物理だけは全然ダメだったわ。でも、救急車のサイレンの音が変わるのをドップラー効果と言うんだとか、そういうのに少しでも触れられたのは良かったと思う」と言われて、そう言えば自分にもまったく同じ経験があるなあ、と思いました。
 私が高校に入って、いや正確に言うと入る直前の春休みの宿題に、読書感想文がありました。現代国語の教科書の最初の単元を読んで感想を書けという指令。小説を読むのは好きだったけど、残念ながら最初の単元は論説文で、色川大吉さんの「天山の巨峰」という題の文章。著者が飛行機から眼下の風景を眺めるところから始まって、そこら辺は情景が浮かぶのですが、すぐその先からは難しくて、何が書いてあるのかサッパリわからん。感想文は無条件降伏で「何が言いたい文なのかわからない」と正直に書きました。4月になっていよいよ国語の授業が始まる。この得体の知れない文章を、解りやすく解説してくれるのかと思うとちょっぴり楽しみでしたが、乗業は困難を極めたのだったぁぁっ!
 (本文より引用)『日本の登山家たちよ、アジアにはまだ未踏峰の希望がある。かつて玄奘三蔵が、タリム盆地から道を北路にとり、この天山山脈を縦断しようとして、従者のほとんどをここで失ったという、その苦難が察しられる。これは現代の閉塞状況への一服の清涼剤である』 先生「一服の清涼剤である・・・っていうのは、どういう意味だろう?○○君」 ○○「わかりません」 先生「△△君は?」 △△「わかりません」 先生「★★」 ★★「わかりません」。普通、この辺でヒントを出すとかしそうなもんだけど、何とこの後、延々と十数人を当て続けたが、全員「わかりません」。もちろん私も「わかりません」 結局、先生が「一服の清涼剤」を説明したのだが、それを聞いてもわからんかった(泣笑)
 (再び引用」『日本には自然を客体化し、人間に奉仕させるために計画的にこれを改造するという思想が乏しかった』 先生「自然を客体化し・・・とはどういうことかな?○×君」 ○×「わかりません」・・・再び、わかりませんの嵐が吹き荒れ、先生が説明しても「ああ、そうか〜。スッキリした」とはならず、一同ぽか〜ん。こんな調子だから、私にとって、いや、みんなもそうだったと思うけど、国語の授業はかなりの苦行でした。

 ここで皆さん、不思議に思われたでしょう。なぜ私はこの文章を引用できるのでしょうか?高校時代の教科書はとっくにありません。実は何と私の手元には、この文章の出典元である、色川大吉著「明治の精神」(筑摩書房)があるのだ。たぶん、30歳くらいの時だから、高校卒業して10年以上経った頃です。急に「天山」が気になりだして、「今だったら読んで解るかも。よぉーし」と思って、わざわざ本屋さんで買ってきたのでした。頭の片隅に引っかかってた事を、忘れた頃に急に解決したくなることって、時々あります。
 「天山の巨峰」という題名は、教科書会社が勝手につけたもののようで、原文では「第1のモチーフ 自然」という題になっています。お陰様で、この本は読破できました。いちおう理系の私が、こういう社会学系の本に出会えたのも、あの国語の授業があったからに他ならないわけで、きっと古典とか日本史など、嫌ってた科目からも、私の潜在意識にいろんな種が植え付けられたに違いありません。

 まあそんなわけなので、10年後に「そういえば、あの顔の長い先生がドップラー効果とか言ってたっけ」と思い出してくれることを願って、週明けはドップラー効果を教えます。一同ぽか〜んになりそうだけどな・・・。

11月 1日 続・好きな数字

 車のナンバーに好きな数字を選べるようになったのは、画期的なことでした。車のナンバーなんて、自分のでも覚えてないよ・・・っていう無頓着な人も少なくありません。だいぶ前に勤めていた学校で、先生たち全員の車のナンバーを言える、と私が豪語して、それがウソじゃないことを証明するために、全部紙に書いてみせたのですが、それが正解かどうかを当の本人が判定できないケースが少なからずありました。暗記ものが苦手な私が「八王子56 さ」とか、そういう部分まで含めて完璧に覚えているのは不思議な感じもしますが、実はその「八王子56 さ」の部分こそ私の興味の対象であり、一度見たら忘れられない、暗記のキーポイントなのでした。詳しいことは省略!さて、車のナンバーなんて何番でもいいや、って思ってるにしては、希望ナンバーをずいぶんたくさん見かけます。「順番に機械的に割り振られた番号なんかイヤだ〜。個性的な番号付けたい〜」と、希望制を待ち望んでいた人が多い証拠です。
 スポーツの背番号も、1番から順にレギュラーメンバーの数にあたる番号まで、機械的に付けることが多いから、没個性の代表格だな。野球だったら、ピッチャーが1番、キャッチャーが2番・・・。プロ野球でも、エースは18番、メインのキャッチャーは27番が多かったり、どこのチームを見ても、同じ立場の選手が同じ番号というのが、非常に気に入りませんでした。私が中学1年生の時に、ノートに落書きで書いた野球マンガの絵は、全員が50番台の背番号をつけていて、クラスメートから不思議な顔をされたものです。でもこれが最近、現実になったからビックリ。イチローが51番で松井秀樹が55番。昔だったら2軍選手が付けるような番号を、1軍で活躍する選手たちが普通に付けるようになりました。最近の西武ライオンズだけを見ても、ホームランキング中村選手の60番をはじめ、大きな番号を付けている選手がたくさんいて、特に50番台は大勢試合に登場します。私って予知能力あるのかもな。
 やがて0番を付ける選手が登場し、「00番」というのまで出現。ここまで来るとちょっと悪ノリ的で、「マイナス1番」「3分の2番」「ルート3番」「π番」「i番」(←虚数)とか出てきてもおかしくないが、何事も過ぎたるは及ばざるが如し。
 車の希望ナンバーは、明らかに人気が集中する番号があるので、その番号を付けてる車の絶対数が異常に多い状況を生んでいるから、逆に個性埋没になってしまってます。統計上、「2525」「1122」「1188」などが多いそうで、確かにこれらはよく見かけます。せっかく希望できるんだから、自分だけのオリジナルナンバーを作りたいもんだな。私の車は、そういう意味でも良いナンバーです。すごくいい数字の組み合わせなのに、滅多に同じナンバーと出会わないのだ。ううん素晴らしい。やっぱり番号選びはこうでなくちゃな。

10月26日 好きな数字

 私の好きな数字は5と7で、嫌いな数字が1と3と4と9で、2と6と8と0は別にどっちでもいい。嫌いな数字の理由を敢えて申し上げよう。4,9はいわゆる縁起の悪い数字だから、これを好きって人は少ないでしょう。それに対して、1と3はどちらかというと人気の数字です。その理由は、かつてのプロ野球界で、同じ巨人軍に在籍していた2人の国民的スタープレーヤーの背番号だから、というのも手伝っていると思います。私が1と3を嫌う理由も正にそれです(笑)。一貫してアンチ巨人の私は、王、長嶋の背番号というだけで、1,3を嫌うのだが、松井秀樹が55番をつけた時は残念であった。
 家の電話番号を決めるとき、3つくらいの中から選ばせてもらえるのですが、大昔、一人暮らしを始めて最初に電話局に行ったとき、提示された番号にビックリ。ものの見事に嫌いな数字のオンパレードで、5,7なんか1個も無し。これ、誰かがいい番号を持っていっちゃって、残りカスなんじゃないだろか?最終的に下4ケタは「4619」になったのですが、これでも3つの中では一番マシでした。私の記念すべき初代マイ電話番号が、惨憺たるものになったので、青梅に引っ越すときは、今度こそ気合い入れて(・・・どうやって?)良い番号ゲットだ〜!と意気込みましたが、ううう・・・何でなの〜?青梅でも、決めた番号は「3609」・・・これが一番マシ。どう考えても、どこかの誰かが5と7を買い占めして、4と9を大量放出しているとしか思えない・・・。もう電話番号のことは諦めて、ちょうど始まったばかりの、車の希望ナンバー制で、今までのウサを晴らすことにしました。我が家の車は、5と7をふんだんに取り混ぜたナンバープレートをつけて、今も走り回っています。
 携帯電話を使い始めたのもその頃ですが、もはや電話番号はどうでもいいっていう気持ちになっていて、「4444−9999」になったとしても、甘んじて受け入れようと、覚悟を決めてっていうか、悟りの境地に達していました。ところがビックリ、貰った番号の「xxxxーoooo」の8桁中に、5と7があるではありませんか!詳しい内訳は、0・・・1個、1・・・2個、2・・・1個、5・・・1個。7・・・3個で、4も9もありません。ううん、素晴らしい。さらに、日の出町に引っ越した時に貰った家の電話番号が、「xxx−oooo」という7桁中、今度は5が3つで、7が1つ。ようやく人生にツキが巡ってきたのだろうか、と思いました。だって、小学校1年から6年まで、ずうっと4組・・・最悪。中学高校でも5組になれたのは1回だけです。出席番号は13番か14番の事が多くて、なかなか目指す15番や17番に届かないなあと思ってたら、高2のとき突然18番まで下がった。なんで飛ぶんじゃ〜(泣) 大学の時の学籍番号8040480・・・もうイヤだ〜(泣)
 現在の我が家の番地・・・やや嫌な数字。我が家の郵便番号・・・かなり嫌い。うちの学校のコード番号「13199」・・・最悪。そんなのどうでもいいだろ、って思われるかもしれませんが、長く付き合う番号は、やっぱり好きな数字で固めたいのです。

10月16日 おれたちバブル入都組

 「半沢直樹」の原作本の題名は「おれたちバブル入行組」と「花のバブル組」だっけな。ドラマの続編にあたる「ロスジェネの逆襲」も、ほとんど読み終えました。ネタバレの無い範囲でお話しすると、バブル組というのは、バブル期に大量採用された人々、ロスジェネ世代はバブル崩壊後の就職氷河期を勝ち抜いた人々。ロスジェネ世代は、自分たちの方が優秀なのに、大勢のバブル組が無能な上司として威張っているのが不満・・・みたいな構図です。まあ普通に考えて、倍率が低い時期に採用されたってことは、誰でも入れたってことだから、品質に問題があるのは当然と言えよう。さあ、学校の先生についてはどうでしょうか?
 私自身の感覚として、自分が教員に採用されたのは、倍率が低かった時期だと思います。少子化の逆で、都立高校もまだ新設校をオープンさせていた時期でした。新規採用の先生は、各学校に毎年複数名来ていて、私の時も同時に4人の新人が配属されました。教員名簿を見ても、昭和35〜36年生まれの先生は、かなりうじゃうじゃいます。それに対して、10年くらい後から先生になった人々は、たいへんな狭き門をくぐり抜けた世代。ハッキリ行って、僕らはバブル入都組なのです。教職員研修センターの人が実感をこめて言ってたけど、倍率が1.3倍を下回ると、クオリティに問題が出てくるそうな。今、小学校の先生がそういう状況に近づいているんだとか・・・。僕らは1.3倍では無かったけど、2倍ちょっとくらいだったから、危ない人がちょっぴり混じっても不思議はない。
 私はちょっと前までは、自分がバブル入都のダメダメ世代であることを、むしろ誇りに感じていて、「教員の仕事ってぇのはなぁ、頭が良きゃできるもんじゃねぇんだよ。最後は経験と勘だぁな。職人芸ってわけさ」とか豪語したものですが、ここ最近は自信喪失気味(泣)。高倍率を勝ち抜いてきた若い世代は、明らかに要領が良くて吸収力もあって、どう考えても僕らが10年かけてできるようになった事を、1〜2年でクリアしちゃいそうな感じ。自分で言うのも何ですが、私はこの事に気づいたからまだマシな方だけど、多くのバブル世代は、自分がお荷物になっているという事実にさえ気づかないまま、ヘタすると威張ったりしてるから、若者からしてみたら我慢ならない存在でしょう。
 お荷物的存在から脱却する方法は極めて簡単。つまらないプライドを捨てて、優秀な若者に学ぶことです。私の今の職場には優秀な若い世代がたくさんいます。これは私にとってラッキーとしか言いようがありません。この環境に半年いるうちに、ずいぶん新たなヒントを得て、自分もまだ新たなスタイルを確立できそうな気がしてきました。さあ、50代のダメダメ世代仲間よ!我々は、倍率が低かったがためにたまたま合格した、いわゆる「なっちゃった教員」ですが、今からでも共に進歩しようではありませんか。

10月 8日 人命救助の行動

 横浜線の踏切で、人命救助した側の村田奈津恵さんが亡くなられたというニュースは、痛ましいとしか言いようがありません。心よりご冥福をお祈りいたします。この事故について、私自身いろいろ考えさせられたことがあります。世間の論調と多少違うところがありますので、述べておきます。
 以前、新大久保駅で3人が亡くなった事故の時にも感じましたが、勇敢な行動は讃えられて当然としても、大切なのは、今後こういう事故の再発を防ぐことで、そのためには、事故をいろいろな角度から検証することです。新大久保の事故では、一人が線路に転落したことが発端でした。ホームの端から人が落ちるのは、頻繁に起きていることで、たまたま電車が入って来ない瞬間だったから大事に至ってない、というケースは相当数あると思います。対策として、ホームドアの設置が進んでいますが、まだ微々たるものです。今回の横浜線とか、先日の川崎で速く歩けなかった人がはねられたような事故・・・。これらを防ぐ根本的な対策は、すべての踏切を廃止して立体交差にする以外ありませんが、そんなの到底無理ですから、実際に踏切内で立ち往生している人を発見した時、どうすべきか・・・ということになります。
 鉄道関係の人たちは、口を揃えて「一にも二にも、まず非常停止ボタン」と言います。私もそう思います。非常ボタンさえ押せば、電車はとりあえずブレーキをかけてくれるでしょうから、止まりきれなかったにしても、踏切に到達するまでに多少の時間を稼ぐことができるでしょう。もしもボタンを押しに行く僅かなタイムロスのために、救出が間に合わないような際どいタイミングなら、おそらくボタンを押さずに飛び込んでも間に合わないでしょう。
 何が言いたいのかというと、村田さんが讃えられ過ぎると、生真面目な人ほど、自分もそういう現場に居合わせたら、自分の命を投げ出してでも他人の命を救えるようなような人になりたい、と思ってしまうのではないか・・・。もし踏切に飛び込まないで、自分の目の前で人が轢かれたら、自分の意気地の無さを一生後悔し、自分を責め続けてしまうのではないか・・・。それって何か違うと思うのです。人命救助は、他人を助けたけど自分が亡くなったのでは、結局一つの命が失われたことに変わりないんじゃないだろか。私がもし人命救助された側で、自分を助けてくれた人が亡くなったと知らされたら、どうなんだろう?申し訳なさで、一生苦しむことでしょう。
 繰り返しますが、踏切で異常を発見したら、まず非常ボタンです。飛び込んで命を落とす、第2第3の村田さんが出てくることを、村田さん自身も望んでいないと思います。踏切事故を少しでも減らすことこそが、村田さんの死に報いることだと思えてなりません。

9月27日 続・半沢直樹と学校

 このドラマは、銀行という業界に限定せず、広く「組織」というもののあり方を問うているように思えるから、他業種の人々にも共感を得たのだと思います。半沢の敵にあたる登場人物は、基本的に上司の顔色をうかがい、上司の指示であれば明らかに間違ったこともやっちゃう・・・。っていうか、「それは違うと思います」なんて口答えしたら、どっかへ飛ばされちゃうから、結局自分の意志を捨ててYESマンに徹するしかないわけだ。最近の学校業界でも、私が非常に気になっているのが、実はこの点なのです。
 時期としては、都知事が石原さんに代わったあたりからだと思いますが、まず最初の兆候は、「校長会」が「校長連絡会」という名前に変更されたのが印象的でした。校長先生というのは、まあ支店長みたいなものですが、昔は各支店の立場に立って、本社とそれなりに戦ってくれる、勇敢な校長も少なくありませんでした。ところが、そういう強い支店長を中心に、支店長たちが連合して交渉に臨んで来るのを、本社はうっとおしく思い始めたようでした。「校長連絡会」という名前になって、中味もすっかり変わって、本社からの伝達事項を聞くだけの会になっちゃった・・・と、当時の校長は嘆いていました。トップが超ワンマン経営者で、周りにYESマンばかり置きたがるから、下の方にもその連鎖が起きます。YESマンて、上にハイハイ言うだけじゃなくて、下にハイハイを要求しますからねえ。最終的に、各学校の中でも、将来は本社等への栄転を目指す校長は、ひたすら都庁やセンターにYESマン。副校長はひたすら校長にYESマン。その下の主幹教諭は、ひたすら校長副校長にYESマン・・・という具合に、壮大なYESマンのピラミッド構造が出来上がります。誤解の無いように補足すると、みんながみんなYESマンというわけでもなく、中には半沢的な、本当に学校を良くしようと思って役職に就いた人もいますよ、念のため。なので、我々はそういう人を「良い主幹」、上の顔色しか伺わないYESマンを「悪い主幹」と呼んで区別しています。
 さて、これだけYESマンであることを要求され、実際にYESマンだらけになってしまうと、組織としては非常に弱くなってしまいます。解りきってることですが、トップが間違った判断を下して、周囲もそれに気づいているくせに、誰もそれを指摘しない・・・。結局、組織全体が、さらにはお客様である生徒や保護者が損害を被り、上手く行かなかった責任を現場の校長に押しつけたり。校長先生がさらに大変だろうと思うのは、YESマン要求とは裏腹に、創意工夫して色んな新しいことをやれ・・・みたいな圧力もかけられていることです。ほんと、どうしたらいいのよって感じでしょう。ここに述べた事は、学校だけじゃなくて、都庁全体にあてはまるんじゃないだろか?オリンピックで浮かれてるみたいだけど、7年後の東京が、オリンピックどころじゃない状況に陥らないことを祈るばかり。私は出世の可能性も無ければ、逆に左遷とか出向も無いので、本来の仕事を淡々とやるだけです。

9月19日 半沢直樹と学校

 ドラマなんて殆ど見ない私ですが、余りにも話題沸騰の半沢直樹を、どんなもんだかちょっと見てみようと思って、思わず大ハマリ。夢中で全部見てしまいました。銀行員だけでなく、すべてのサラリーマンから共感を得るストーリーということですが、学校の先生方はどうでしょう?先生たちって、のほほんとしてるから、派閥とか出世競争とは無縁だと思わがちですが、このドラマ、学校にも共通する事を33つほど発見したので、ここで紹介します。

(1)手柄は独り占めして、失敗の責任は部下に押しつける、強気を助け弱気をくじき、上にはYESマン・・・という、イヤ〜な上司。
 最近の学校では増加傾向にあります。でも・・・銀行だったら、頂点の「頭取」が最終目標みたいだけど、学校の先生の場合、上を目指すったって、そもそもそんなに上が無いから、上昇志向の人は少ないです。そういう人は、当然の成り行きとして、YESマンになる必要がないので、ほぼ真逆のNOマンとして振る舞います(笑)。

(2)国税の査察や、金融庁検査の光景は、「センター訪問」とそっくり。
 センターとは、学校経営支援センターっていいますが、「支援」ていうネーミングはどうかな。ハッキリと「査察団」とかの方がわかりやすいと思うんだが・・・。センター訪問の直前は、みんな戦々恐々とします。ドラマの中の、黒崎みたいに威張り散らすのは極端ですが、それに近いオーラを出す人はいるようです。

(3)自分が所属する組織に損害を与えてまでも、ライバルの足を引っ張り、自分が浮上しようとする人々。
 ドラマでは、頭取を失脚させるため、半沢が120億円の回収に失敗するよう、次期頭取候補が画策しました。教職員組合の上層部が、まさにこの世界でした。労働組合なんだから、労働者の権利を守るために一枚岩になって頑張る・・・と思ったらとんでもない。先生たちの組合には2大派閥があって、仮に青組と黄色組としましょう。執行部の中にも両派がいるから、呉越同舟状態なわけです。執行部の役員は、一人ずつ担当する仕事が決まっていて、ここからが不思議です。例えば黄色組の○○氏が担当した仕事で、都教委から思ったような回答が得られなかったとする。普通だったら、じゃあ次はみんなで行って頑張ってみよう、とかなるでしょ。ところがなんと、青組側はまるで鬼の首を取ったように「○○氏の大失態」キャンペーンを張るんですよ。次の選挙で、青組を有利にできるから、大喜びってわけだ。組合員の利益は2の次で、組合内の派閥争い、足の引っ張り合い。我々の目にはそうとしか映りませんし、そうやってるうちに組合はどんどん弱体化しましたから、愛想尽かす人が増えるのも当然です。

 というわけで、学校という業界にも、半沢が活躍できる土壌はあるから、「学校版・半沢直樹」書いてみよっかな。先生たちがスカッとした気分になれるような小説を、書いてみたいと思いました。

9月13日 静岡は東京大阪を超えた!?

 私もビックリしましたが、静岡県民の皆さんも、ビックリだったと思います。「小学生のテスト結果が全国最下位だったことに、腹を立てた県知事が、成績下位校の校長名を公表すると発言」 また、「成績が悪いのは校長の責任」とも・・・。いやあ、こういう発言するのは、元東京都知事の石原さんと、元大阪府知事の橋下さんくらいのものだと思ってたから、伏兵現るって感じ。しかも発言内容の思慮の浅さは、両横綱を上回るレベルだから、まあ、静岡は東京大阪を超えたと言えよう。知事の浅薄さで。こんな人を知事に選んじゃった静岡県の皆様は、赤面ものだと思います。(東京も偉そうには言えませんけど・・・)
 この問題を少しばかり考察しましょう。校長先生さえ優秀なら、子供たちの成績は本当に上がるのでしょうか?私の考えは、ハッキリNOです。理由は至って簡単。子供たちに国語や算数を教えるのは、校長先生じゃないからです。校長ができることと言ったら、先生方にハッパをかけまくって、やる気にさせることと、組織的な校内研修を組織して、教員の力量を底上げする、とかです。ところが、これが上手く行かないのだ。まず、教員のモチベーションていうのは、校長からハッパをかけられて上がるって性質のものじゃないんですよ。それから、先生たちの中には、新人もいればベテランもいます。人なのに教え方が上手い人もいれば、ベテランでもダメダメとか、実に様々。だから、機械的に「ベタランが若手を指導」とかやると、ダメダメな人が優秀な人にアドバイスするという事も起こってしまうのだ。校長に残された手段は唯一つで、優秀な先生を集めること! これに尽きます。自校のダメダメ先生を次から次に戦力外通告し、他校から引き抜くのです。校長同士の壮大なババ抜き大会だな。生徒の争奪戦も起こりえます。小中学校の事情を少しでも知っている人ならお分かりでしょうが、学校間格差は想像以上です。高級住宅街だけを学区に持つ小学校に通う子たちは、みんな塾や家庭教師に鍛えられているから、総じて高学力。私が三沢中に勤務していた頃は、八王子の中山中学校という所が都内でもダントツの高学力で、最低レベルの学校とでは、平均偏差値で20以上違いました。もはや先生方の努力で埋められる差ではありません。越境入学させてでも、高学力の子供たちを集めない限り、学力テストで勝てっこないです。川勝知事が、こうした事情まで考慮された上で、学校間の競争主義が有効だと主張されたとは思えず、これは誤った政治主導と言わざるをえません。知事の意向に反して、公表しない方針を出した県教委の判断は妥当です。
 じゃあ、どうすりゃ学力は上がるのよ?代案はあんのか?って言われたら、もちろんあります。このブログで繰り返し主張しているように、我々教員は生徒の喜ぶ顔を見てモチベーションを上げるという本能を持っています。その性質を有効に利用することだな。数値目標とかじゃなくて、目の前の生徒に達成感を与えてやれるように、環境を整えるのが校長や教委の仕事。静岡県がビリだとか言っても、必ずどっかはビリになるんです。大事なのは、静岡県が順位を上げることじゃなくて、静岡の子供たちみんなが、その子の発達段階に応じて成長し、立派な大人になることでしょ。

9月 7日 アウェーのステージ

 初めて見知らぬ土地でのステージに立ったのは、森ノ宮ピロティーホールという所でした。大阪環状線という電車に乗って、天王寺の方に向かって行った記憶があります。当時、私は大学の合唱団員で、大阪府立大学グリークラブと、1年交代のホーム&アウェイ方式でジョイントコンサートをやっていました。私が1年の時、たまたまアウェイの順番だったというわけだ。海外から来日するミュージシャンのコンサートは、たいてい高値が付いてるから、アウェイっていうだけできっと熱烈歓迎なんだろうと思ってましたが、現実は厳しいものでした。コンサート終了後、府立大のメンバーは大勢の女の子たち(殆どは他大学の女声合唱団員)に囲まれ、抱えきれないくらいの花束を貰っていましたが、我々東京組は誰からも見向きもされない・・・。そりゃ、あったりまえだぁな。知ってる人いないんだもん。私たちアマチュアのコンサートに来るお客様は、知ってる人が出るから見に来るのであって、はるばる東京からやって来ましたよ〜って紹介されたところで、お客さんにしてみたら「だからどうした」・・・って感じ。
 能登のコンサートに指揮者として出演した時も、超頑張ってハイテンションな指揮を披露したつもりだったのに、反応がいまいちで、地元の常任指揮者さんが登場したら、待ってましたの大喝采・・・。高松で指揮した時のお客様も、私じゃなくて、ステージ上の知り合いを見に来ているので、私のことを「誰だ、あいつは?」って思ってる感がヒシヒシ伝わってきました。無名人にとって、アウェイは厳しいです。
 私にとってのホームグランドは、何と言っても青梅市民会館です。羽村ゆとろぎや、東久留米の中央公民館もやりやすいな。要するに、何年も続けて出演し続けたホールでは、固定客の方々が私の事を覚えてくださいます。自慢じゃないけど、青梅市民会館には、私のファンみたいな方もいて、登場した瞬間に「待ってました」みたいな雰囲気が発生します。
 先日も青梅市民会館で指揮をしましたが、20年くらい前から見に来てくださっている方とかが、開演前にわざわざ激励に来てくれたりとか、いつもながら本当に温かい雰囲気でした。でも、こういうやりやすさに甘えてちゃダメだな、とも思います。地方だろうが海外だろうが無名だろうが、演奏が本当に素晴らしければ、きっとその場でファンになってくれるでしょう。アウェイで「お呼びでない」オーラを感じるというのは、演奏そのものが通用していないってことです。来年の夏に能登のコンサートに出ることが決まったので、1曲振らせてもらって、今度こそトリプルアクセルとトカチェフを決めて、石川県内にセンセーションを巻き起こして来ます。

8月29日 ホームとアウェー

 一昨日、初めて札幌ドームで野球観戦しました。北海道全体が、日ハムファンで埋め尽くされていると聞いていたし、実際に昨年は、ライオンズの旗をつけた車で札幌市内を走っていたら、地元の女子高生に睨みつけられた上、「何この車!八王子?どこ、それ?」とか言われまくり。というわけで弦太と二人、ライオンズ側に入るのが心細くて、まさに「千と千尋」の序盤状態。で、入ってみると、ライオンズファンは、ライト側外野席の極一部だけに固められていました。その広さは2ブロック・・・幅にして約20メートルくらい。その外側は、右を見ても左を見ても、ファイターズ一色!その区画につけられた名前は「ビジター自由エリア」。これ以外の場所で野球を見るなら、ライオンズファンであることを隠し通す他ありません。やっとライオンズファンの人々に会えてひと安心・・・と思いきや、あれ???周囲から観察されてる・・・。そう、北海道の数少ないライオンズファンたちは、いつもこの狭い幅に押し込められているためか、お互いほぼ顔見知りで、我々だけが「ん?なんだ、こいつら。入る席まちがえてんじゃねぇのか?」的な目を向けられたようでした。一緒に声を張り上げて応援して、ようやく我々も湯婆〜ばに雇ってもらえたくらいの感じ。さて試合の方ですが、西武が4対3で勝ちました。我々は今度こそ両側から挟み撃ちにされて、帰してもらえないんじゃないかという心配は、全くありませんでした。試合中から感じていたのですが、日ハムファンの皆さん、すごくお行儀がいい・・・っていうか大人しい。球場の95%くらいを日ハムファンで占めているのに、熱狂的なのはレフト側の一部だけで、我々西武側の声量とドッコイドッコイって感じ。むしろ、西武ドームに押し掛けてくる千葉ロッテの応援団の方が、はるかに脅威です。思ったのは、やはりこれも歴史と伝統なんだろか?北海道には元々、地元球団というものが無くて、プロ野球を観戦できるのは、巨人軍が札幌円山球場に来る時くらいのものでした。地元球団は日ハムが初めてで、札幌ドームができたのは、もうプロ野球の応援がお行儀良くなった後のことでした。そこへ行くと西武の方は、西鉄時代の恐い応援の血を引いていて、年輩のファンの中には、エラーしたりフォアボール出した投手なんかに、味方なのに罵声を浴びせる人もいます。昔はビンを投げ込んだりしてて、西鉄時代の選手たちは、それが恐くてエラーしないように集中したんだとか・・・。ロッテの応援が強力なのも、ロッテオリオンズの頃からだな。誰もが口を揃えて言う、最も脅威的な応援団は、阪神ファンだそうです。というわけで、日ハムファンも、数の力を利用して、応援の無形文化財を育てて行ってください。


8月19日 技術点と表現点

 吹奏楽コンクールのシーズンが終わりました。毎年もらう採点表・兼・講評用紙ですが、ここ最近、書いてある内容がワンパターン化しているように思います。1にも2にも、まずは音程!要するに、オンチな演奏でいくら情熱的に歌い上げてもダメってことで、まあ裏返せば昔に比べて、音程の悪い演奏が格段に少なくなっているということかもな。音程が悪いのは、正しい奏法ができていないからなので、技術が不足しているといえます。これは、たくさんの部員から、出演メンバーをオーディションで選べるような団体は別として、楽器を持って3ヶ月くらいの1年生まで出演させるバンドでは、正直どうしようもないことじゃないだろか?幸いなことに、コンクールの採点には、技術点と表現点があって、各審査員の持ち点は10点ずつです。・・・となれば、作戦はただ一つ!技術点はもはや限界が見えているので、表現点で稼ごうではないか!「全員美声で、早口言葉も一糸乱れずノーミスだけど、お経みたいな朗読」よりも、「ダミ声で噛みまくっていいから、相手の魂を揺さぶるようなメッセージ」・・・そんな演奏を目指すぞ〜って思うのは当然のこと。しかし、現実の採点は違うのだったぁぁっ!
 どの審査員も、技術点と表現点がほとんど一致しています。「技7、表7」とか「技6,表6.5」とか。少なくとも私自身は、「技2、表9」みたいな採点は見たことがありません。技と表はリンクしているのです。まあ技術が高ければ、その分表現の幅も広がるから、技術と表現は車の両輪のようなもの。だから、リンクするのも当然と言えば当然なんですが、それだったら採点を分ける必要性が無いじゃん、とも思うのです。分けるからには、むちゃくちゃ上手いけど機械的で無味乾燥な超つまらない演奏「技9、表2」や、むちゃくちゃヘタなのにじーんと来る演奏「技2、表9」があっていいはず。フィギュアスケートの採点とかは、そのへんどうなんだろう?
 今年のコンクールでは、こうした私の疑問に答えてくれた審査員がいました。たまたま、私が関与した2校の、両方に講評をくださった先生ですが、「音程も重要な表現である」と言い切っています。また、「皆さんは、五線外に書かれている強弱記号などを熱心に表現するのに、なぜ肝心な五線内をおろそかにするのでしょう?優先順位が逆です。まず音程を何とかしなさい!」という手厳しいアドバイスをくださいました。少なくともコンクールでは、曲想の工夫は2の次3の次。音程だけきちんと整えれば、かなり良い評価が期待できるわけで、ヘタだけど感動的な演奏を目指すのは意味がありません。以上のことを参加団体に周知し、表現だけで勝負できるような誤解を招かないためには、「技と表」方式をやめて、単純20点満点にするのが良いと思います。
 私自身は、上手かろうがヘタだろうが、感動的な演奏を最優先に目指します。だから「銅賞請負人」とか「撃墜王」とか言われるんだけど、最近はそれも快感となりつつある(笑)

8月 8日 罵倒ライブ

 高校野球の甲子園大会が始まりました。両校の吹奏楽部の音を聞きながら、今年はどんな曲が流行ってるのかな・・・なんてことに興味津々。何年か前には余り聞かなかった、エルクンバンチェロとかアフリカンシンフォニーなんかがメジャーになって、ちょっとビックリします。毎年応援歌をアレンジしていますが、定番曲の中に少しずつ新曲が入ってきて、10年くらいで総入れ替えって感じですかね。ところが今年は、異変がありました。2曲を除いて他全部新曲(汗)。まあ、転勤したせいもあるから、うちの野球部だけがちょっと偏った音楽嗜好を持っているという可能性もありますが、新曲18曲はほとんど私が聞いたこともない曲だったので、例年になく苦労しました。
 18曲のうち、実に5曲が同じグループのもの。それは「湘南乃風」というイカツい集団でした。幸いな事に、とてもメジャーらしく、YouTubeで全曲聴くことができました。これで聞けない曲だと、本当に苦難の道が始まるのだ。その聴いたこともない曲を聴くために、わざわざカラオケボックスに行くとか、野球部の女子マネージャーを呼びつけてその場で歌わせてみたり。マネージャーがオンチ過ぎて、とんでもない楽譜ができてしまうこともありました(泣笑)
 さて「湘南乃風」を片っ端から聴きながら、最も盛り上がる8小節くらいを抜き出して採譜してゆくと、おっ、なかなかカッコイイ曲ばっかりじゃん。こりゃいい応援歌になるぞ。そんな事を思いながら、ライブ版の動画を見ていたら、むむっ!イカツいのは見た目だけでは無かったぁぁっ!なんと、お客さんたちが怒られているのでした。さあ皆さんもご一緒に歌いましょう的な場面だったのでしょう。「声が小せえよ!」→「最後の曲だってぇのに、こんなんじゃ終われねぇじゃんか!」→「おめぇらヤル気あんのか!」くらいの勢いで罵倒してるではありませんか。うわぁ、なんでお金払って見に行ったライブで、こんなに怒られなきゃならないんだ?と、新鮮な驚きでしたが、弦太さんに言わせると、よくあるパターンなんだとか。もっと凄いバンドもあって、お客さんに向かって「お前ら帰れ!」とか言うらしい。お客「いやだぁ〜っ!」 湘南乃風にしてもこのバンドにしても、ほとんどお決まりの展開で、本気で怒っているわけではもちろん無くて、水戸黄門の筋書きみたいに決まったやり取りらしい。お客さんはどんなに大きな声で歌っても、同じように罵倒され、それが一つの演出ってわけだ。いろいろ情報をもらって、他のアーティストの動画も見てみたら、けっこういますね。ラスト1曲の直前に怒り出す人。いや〜、面白いな。クラシックのコンサートでやったらどうなるんだろ?
 音楽を好きな人って、本質的に罵倒され願望を持っているのかな?そう考えれば、吹奏楽の厳しい練習で、罵倒され尽くしてもくじけないどころか、むしろ罵倒してくれない指導者に物足りなさを感じるという風潮も説明がつくし・・・。興味深い研究テーマなので、もっともっと過激な罵倒ライブをやるバンドをご存じの方は、是非教えてください。お客さんが本当に喜んでくれるのなら、吹奏楽部の定演でも採り入れてみようかな(笑) 「お前らのテンションそんなもんかよ!そんなんじゃよぉ、ラデッキー行進曲始まんねぇよぉ!」とか。

7月27日 小論文の極意

 夏休みとは言っても、最近はどこの学校でも、校内での夏期講習がたくさん開講されています。最近は・・・とか言って、実は35年も前の、私が高校生だった頃にもありました。しかし、その時私が受講した数学の先生は、裏事情を暴露してくれました。「夏休みにこんなに学校に出て来なきゃならないの、うちくらいのもんだよ。僕はねぇ、去年までは夏休みの出勤は3日だよ。たったの3日!」 まあ、校長先生の命令でイヤイヤ講習会をやらされてます、ってニュアンスでしたな(笑)。当時、先生方の夏休みは「自宅研修」の4文字を記入して、その下に「〃」を30行くらい並べた書類を出せば、3日どころか1日も来ないことだって不可能ではなかったです。これが最近は通常出勤なもんだから、逆に部活や講習をやらない人は、1日中職員室で読書等の勉強か、窓の外を眺めて過ごすようだな。なので、私が歴任した学校ではすべて、自主的に講習会を開講する先生は多いです。元々僕らは、意欲的に勉強しようとする子たちを応援するのが好きでこの職業に就いたんだから、校長先生から命じられるまでもなく、喜んでやりますとも。今年私が開講したのは、「医療看護向け小論文」と「2年生向け物理発展」の2つです。いまちょうど小論文の方の2日間が終わったところですが、たまたま校内で数Vの勉強中だった3年生たちに、成り行きで物理を教えることになったりもして、今後こうしたゲリラ講習会や、通り魔的講習が増えて行く可能性はある。
 さて、小論文は、今頃は日本中の高校3年生たちが悪戦苦闘している頃でしょう。ここで特別に、私の講座のエッセンスを紹介しますので、小論文がエッセイになっちゃったり、800字以内って指定されたのに200字でネタ切れになっちゃう人は、どうぞ参考にしてください。
★小論文の極意★
(1)文章力だけ磨いてもダメ。
心の底から言いたいこと、主張したいことが無ければ書けません。私の講座では、まずお題について、小論文を書くのではなく、口頭で討論するところから始めます。議論を重ねて自分の意見が固まったところで、レジメを作成。まだ論文は書きません。「序論」「本論」「結論」の3段で、それぞれ1行程度、箇条書きにします。
(2)具体的な事実を織り交ぜる。
お題が「高齢化社会」だったら、最近読んで気になった孤独死のニュース、「国際化社会」だったら、ホームステイを経験して、習慣の違いにビックリしたという友人の話とか、必ずしも自分自身の身に降りかかったじとでなくてもよいので、何かしら触れておきましょう。特に、序論部分に入っている具体的な話は、読み手を引き込む効果があります。先ほどのレジメに、思いついた具体的事実を書き加えます。
(3)まずはスピーチ
レジメを見ながら、自分の主張を話してみましょう。必ずしもきちんとした言葉遣いじゃなくてもOK。聞き手に「ううん、なるほど、そうだね」と言わせる、説得力のあるスピーチができるとよい。ここまでできたら、いよいよ文章にしましょう。スピーチと同じように、新聞に投書するようなつもりで、全国の読み手に「ううむ、もっともだ」と言わせるように。
(4)考えるのは普段から
お題になりそうな事案については、日常からよく考え、自分の意見を持つように心がけます。討論につきあってくれるお友達がいない場合は、他人の公開討論を傍聴するだけでも、自分の意見を形成するのに役立ちます。公開討論に近いものは、何といっても新聞の投書欄。それから社説。テレビの公開討論系の番組でもよい。こうした頭の訓練を積み重ねておけば、予期せぬお題が出された場合でも、短時間で自分の考えを構築してゆけるようになります。

以上の(1)〜(4)があった上で、だくさん文章を書いて文章力を高めればよいでしょう。役に立ったかな?

7月19日 来客対応係

 最近は我々も「中学校訪問」という外回り営業活動に出ます。基本的には、ちゃんと事前に電話してアポを取りますが、○○さんが確実に応対してくれるということを確約してもらうためではありません。その日が行事の代休で、行ったら誰もいないどころか、門が閉まってた〜なんてことを避けるためです。先方だって、いちいち予定表を確認なんてしません。「ああ、その日でしたら、誰かしら手が空いてると思います・・・」程度の返事が多いです。・・・で、実際行くと、私が訪問することが全体に伝わっていることは少なくて、たまたま運悪く(?)職員室にいた先生が呼び出されて、私の話を聞くはめに・・・。その先生にとっては、ノーアポに近い状況で、溜まった仕事を片づけようと思っていた時間を、突然奪われることになったから、私が帰った後「ちっくしょ〜」と思っているかもな。帰る前なのに、そういう気持ちが表情に現れる人もいます(笑)。逆に、すごく温かく迎えてくれる人もいて、その理由は大きく2つ。(1)私から是非とも引っぱり出したい情報があって、手ぐすね引いて待っていた場合 (2)単に人と話すことが好きな人 

 さて、今年進路指導部にいる私は、逆に大学や専門学校から訪問を受ける立場になりました。うちの進路部では、アポ取りしてくれた学校名と時刻をカレンダーに書き込んでおきますが、応対するのはやっぱりその時たまたま手が空いてる人です。たまたま2人以上手が空いてる時間があると、どっちが応対するか、微妙な駆け引きがあり、最後はジャンケンで負けた方が「やあやあ、ようこそお越し下さいました」と満面の笑みで出迎える・・・というのはうそです。実は私が、前述した2タイプのうちの(2)で、大学や専門学校の人と話すのが好きなので、たいてい「オレ行きますよ」と言って引き受けちゃいます。話すのが好き、とだけ言うと、井戸端会議のオバチャンと同じに思われちゃいそうですが、いろいろ勉強になることが多いから好きなのです。何というか、いろんな分野の学校の、教授だったり広報専門の人だったり事務職員だったり、いろんな役回りの人と話せるので、自分の知らない世の中の部分が見えるような感じ。学校じゃなくて会社の人だと、さらに興味深いです。

 訪問を受ける皆さん!単に自分の時間を奪われたって思うか、見聞が広まったと捉えるかは雲泥の差です。何事もプラス思考で行こうじゃありませんか。というわけで、私も中学校訪問に行きますので、嫌がらないで〜。温かく迎えてくだされば、面白い話をします。損はさせません。ほ〜っほっほっほ。

7月11日 得点集計係

もう1ヶ月以上前の話になりますが、私は体育祭の得点集計係を務めました。これ、今だから言えるのですが、実は一度はやってみたいと思ってた仕事です(笑)。体育祭で、先生たちはさまざまな係分担をします。審判、計時、記録、放送、救護、召集、警備・・・等々。私は教員になって以来、ず〜〜〜っと放送係でした。理科の、特に物理の先生だから、機械類に強いということで任されるようですが、それは私に押し付ける口実にも思える・・・。

 体育祭で使う音響設備なんて、別に機械に強くなくたって全然平気です。放送担当の大変さは、全然別のところにあるのだ。例えば、口下手な放送委員の子に、ハキハキと喋らせたり、その逆に、マイクを私物化しようとする悪ガキを封じたり。徒競走にふさわしいBGMを選んで、生徒が持ってくる明らかにふさわしくない曲を封じたり・・・。

 今年私が得点係に任命されたのは、たまたま前任の数学の先生が偉大な得点係で、皆さん恐れをなして後継者のなり手がなかったのでしょう。そこで、今年新しく来た物理の先生にやらしちゃおうぜ、ってことになったのかも。みんなは押し付けたつもりだろうが、残念だったな、こちらとしては待ってましたなのだよ。ほ〜っほっほっほ。

 得点集計係の醍醐味はですねぇ・・・。どこのチームが勝ってるか、あるいは勝ったのかを、誰よりも早く知ってしまうことです。表彰式で、「それでは発表します。総合優勝は・・・」って喋っている委員長よりも、私の方が先です。レコード大賞の発表の時、封筒をハサミで切って開けるじゃないっすか。封筒の中身を作った人は、あれを発表する司会者よりもずっと前に、栄冠の行方を知ってるわけだ。ううう、レコード大賞の集計係やりてぇ〜。

 こんなへんてこな習性なので、教員になって初めて成績評定を出した時は興奮しました。通知表の5・4・3・2・1は、みんな凄く気になる数値だし、私自身も学生時代は気にしました。それを誰よりも早く、全員分を知ってしまうなんて、先生の立場って凄いなぁと思いました。それは、まったくもって当たり前のことなんですけど・・・。成績集計は、何度もやってるうちにもの珍しさは無くなり、面白い作業でも無いですが、やはり苦ではないです。私は、自分自身を教員に不向きだと思っていますけど、秘密の数値を扱うのが苦にならないという点だけは、この仕事に向いてるかもな。・・・というわけで、今日何とか成績を出し終えることができました。運動会の得点係の座は、来年以降も死守します。

6月29日 アウェー感な略称

 異動から3ヶ月・・・。まだまだ自分はアウェーだな、と思うことがあります。うちの学校では、臨時時間割のことを特別時間割、略して「特時(とくじ)」と呼ぶんですが、この言い方、実は5校目にして初めて耳にしました。「じゃあ他の学校では何て呼ぶの?」「そんなの臨時時間割に決まってんじゃん」「えぇ〜っ、そのまんま?どうやって略すのよ?」「りんじ?りんじじ・・・。うん、難しいね」・・・と自問自答してみて、特時って悪くないな、と思えてきました。「あ〜あ、金曜から特時かぁ・・・」と独り呟いてみる・・・。早くこの言葉がすっと口から出てくるように、練習頑張ります。
 私が高校1年生のとき、クラスの8割くらいが八王子市民で、残り2割が日野市民。その他、例えば立川とか昭島とかは、極く少数。例えて言うと、八王子が窒素、日野が酸素、その他が二酸化炭素等々・・・みたいな状態。この例え、超わかりやすい!4月の、ほとんど最初のホームルームか何かで、何を決めようとしてたんだか忘れましたが、みんなまだお互い慣れてないから、なかなか意見が出ません。そこでホームルーム委員になったばかりのM君、「出身中学ごとに指名するから、意見を言ってください」と発案。おお、なるほど、そういうやり方もあるな。M君「じゃあ、よこちゅうから来た人!」 むむっ!何だ?その、よこちゅうって〜のは?「次は・・・おんちゅう!」 わお!「次は、もとはちゅう!」 無理だ。何を言ってるのかサッパリわからん。その時間が終わってからすぐに周囲の友達をつかまえて、すべてを白日の下に晒したところ、よこちゅう→横山中、おんちゅう→恩方中、もとはちゅう→元八王子中のことでした。当時から私は、わからないことをそのままにしておけないタチだったんだな。それにしても、指名されたのはみんな八王子の中学校じゃんか。M君はもちろん八王子市民で、一中出身でした。この時すでに、明らかな八王子中心ワールドができつつあり、一中と言えば八王子一中で、日野一中は「ひのいち」と言わなければなりませんでした。少数民族の気持ちを、僕らは身をもって学んだのです。
 それから十数年の月日が経ち、中学の教員になった私は、あれ?と思う出来事に遭遇しました。先輩の理科の先生が、異動内示で「ガンパチに行くことになったよ」とおっしゃったのです。「ガンパチって何ですか?」「元八王子中だよ。昔っからガンパチって呼ばれてんだ」「ええ〜?もとはちゅうじゃなかったっけ?」 十数年会っていないM君の顔が思い浮かびましたが、この件はなぜか特に突き詰めることなく、今でも「ガンパチ」と「もとは」の、どちらが地元民に支持された言い方なのか、私は知らないままです。
 今日は久しぶりに部活ナシの日曜だったので、我が家産の花を持って父の墓参りに行きました。高尾の方にあるので、途中で元八王子中学校の横を通りました。そうしたら、以上のような未解決問題の記憶がふとよみがえってきたので、皆さんのお力を借りようと思いました。「ガンパチ」「もとは」のどっちが主流ですか?八王子市民の回答求む。最近、何の教訓も示唆も無い話が続きます(泣)

6月22日 いろんな大学短大専門学校

 この4月から進路指導部という所で仕事をしています。私が担当する日常業務の中で、今のところメインとなっているのは、いろんな大学や短大や専門学校からの郵便物仕分け。ただの葉書から分厚いパンフレットまでいろいろありますが、1日に来る量は15cmくらい。重ねた時の厚みですから、まあ相当な量です。これらのうち、各大学や専門学校の新しい学校案内や入試要項は、そのまま前年のものと入れ替え。棚から前年のファイルを探し出すのも最初は一苦労でしたが、最近は棚のどこらへんにどの学校のがあるか、ほぼ把握できてきました。専門学校ファイルかるた取りで戦ったら、負ける気がしません。ただし、試合会場はうちの学校の進路室限定。
 郵便物の中に、赤い字で「重要。指定校推薦のご案内」みたいに書いてあるのは、中味を全部読んで、データベースに打ち込んでから、指定校専用棚に入れます。指定校推薦は学校間の契約ですから、これは極めて重要な書類であり、推薦の基準、条件等は確実に全生徒に伝えるべき情報で、間違えましたじゃ済みません。その他の郵便物は、学校説明会のご案内みたいなの。膨大な数の大学からご案内が届きますから、全部行くには教員が何十人いても足りません。うちの生徒がほぼ毎年お世話になっているような学校に、優先して出席します。他はごめんなさ〜いでスルー。
 さて、この作業を毎日やっていくと、いろいろ不思議な学校があるので興味深いです。校名は伏せて、いくつか紹介すると・・・。
(1)指定校推薦の基準や人数が・・・
 普通は評定平均3.5以上とか3.0以上とかなのに、そういうのが無くて「本校で学ぶ意欲があるもの」としか書いてない。人数も、普通は1名で、何人か出てきた希望者を校内選考で絞るのが普通です。しかし最近は、2名とか3名とか、5名なんて学校もあります。あと、学科が5つくらいあって「各科3名以内」とか。これ、合計15名以内ってことだな(驚) またこんなのもあります。「2名以内。ただし2名を超える希望者がいる場合には、ご相談下さい」・・・って何じゃこりゃぁぁっ!結局、何人でもOKって事じゃんか。
(2)学費の割引き
 指定校推薦は、受験生全体の中で、合格が決まる時期が一番早いです。だから多くの学校で「早割り」みたいな特典を用意しています。最も多いのが「受験料免除」で、2〜3万円お得になります。「受験料+授業料から10万円割引き」っていうのも多く、計12万円程度の得だな。でもこんなんで驚いちゃいかん。最高50万円引きがありました。特待生とかじゃありません。普通の指定校推薦です。まあ、私が今の家を買った時は300万円引きで、それでも儲けが出るから引いてくれたわけだ。初年度に50万円引いても、残り何年間だか100万ずつ払ってくれる大切なお客様をゲットすれば、十分OKなのでしょう。以上のような学校は、何でもいいから人をかき集めたい!みたいに見えるから、ちょっと心配になります。
(3)学校説明会の出欠票
 相当な数が来るので、出席するものだけ返信のFAXを送っていました。ほとんどそれで問題無かったのですが、いくつかの大学から電話がかかってきて怒られた(泣)。「欠席の場合でもご返信いただかないと困るんですが」・・・。ううう、それってそうなの?うちの生徒が誰も行きそうもない大学から、勝手に送りつけられてきたんじゃん。FAX料金を負担する都民の皆さんは、どう思われるかな?

6月10日 カリスマ予備校講師

 私は予備校に通った経験が無いので、カリスマ講師と呼ばれる人たちが、どんな授業をするのか興味津々でした。昨夜21時から放映された「テレビシャカイ実験 あすなろラボ」には、もはや予備校界にとどまらない時の人、東進ハイスクールのカリスマ講師、「今でしょ」の林先生が登場し、なんと初対面の高校中退者19人を相手に授業をやるというから、こりゃ見ないわけにいかん。というわけで、たっぷり1時間、林先生の奮闘ぶりを拝見いたしました。
 大雑把に番組の展開を紹介すると、@いきなりセンター試験の問題を20分間やらせる Aそれの解説 B人生論。なぜ勉強は必要か Cご自身の苦労話や恋愛論・・・。まあこんな感じでした。終了後の談話で、「勉強しようという気になった」という生徒もいましたが、林先生自身は、「敗北。原因は自分の慢心。点数を付けるとしたら50点」と話していました。
 では私の感想に移ります。林先生の話し方は熱っぽく迫力があって、この先生の授業なら私も受けてみたいな、と思いました。実際、ヤンキーのお兄さんお姉さんたちも、途中退出OKというルールなのに、全員が90分間その場に残ったくらいですから、人を惹きつける力は強いものがあります。しか〜し!この授業の出来について、私の評価は、林先生の自己採点と同じ50点。やはり敗北です。じゃあお前ならもっと上手くやれるのか、という批判は覚悟の上で、いくつか文句をつけます。
 最も大きな問題点は、現代文の授業のはずなのに、文章を読む楽しさを伝えられずに終わったこと。最初にセンター試験の難解な長文を持ってきたのはいいけれど、これがイントロで、人生論がメインになっちゃってました。ハッキリ言うと、人生論で生徒を惹きつけるのはたやすいのです。私もたまにやりますけど、ちょっと授業の本題から離れて、自分の失恋経験なんか話し出せば、みんな身を乗り出して聞きます。皆さんも、学生時代の授業内容は思い出せなくても、脱線した所だけ覚えてるっしょ?そこだけちゃんと聞いてたからです。だから人生論をイントロにして、長文の方でヤンキー君たちの興味を引きだして欲しかったな・・・。敗北というより、不戦敗って感じ。
 もう一つ文句をつけると、あの19人は姿かっこうはヤンキー君ですが、話を聞く体勢ができている子たちでした。ビックリしたのは、林先生が入ってきた時、全員が前を向いて座り、顔を上げていたことです。僕らが相手にする高校生は、こんなにお行儀がいいことは滅多にありません(泣) そもそも単発1回こっきりの授業を初対面の先生がやる時って、例えば僕らが中学校に出かけてってやる出前授業なんかがそうですが、生徒はちゃんと聞こうとします。ましてや「いまでしょ」の先生が来るんだから、いきなり拒否しないでしょ。実は林先生にとって、ずいぶん有利な条件での勝負だったのです。まあハッキリ言って、この19人相手に私だったら、90分で「物理面白い」って言わせたと思います。でも林先生が普段相手にしているのは、やる気満々の東大受験生ってことを考えたら、今回の苦戦は無理もありません。むしろ、よくこの企画をやろうって思ったなぁと感心します。カリスマ講師はきっと、そうやって絶えずチャレンジする姿勢が素晴らしいのでしょう。
 林先生という人そのものには好感を持ちました。私よりだいぶ若いのに、凄くいろいろな経験をされていて、言葉に重みがあります。自分も頑張らなくては、という気にさせられました。

6月 7日 体育祭の入場行進

 体育祭の最初って、生徒全員が入場門のところにスタンバイして、音楽に合わせてトラックを半周くらい行進した後、朝礼台の方を先頭にして整列・・・っていうのが、スタンダードなやり方です。青梅総合ではこの手続きを省略して、いきなり開会式隊形に集合だったから、吹奏楽部員も一般生徒と同じ時間にゆうゆうと登校できましたが、一抹の寂しさはありました。多摩高ではスタンダードな方式なので、何年かぶりに入場マーチを吹くことができました。これの楽しいところは、吹奏楽部席は本部席のすぐ横なので、全校生徒が必ず前を通るのです。すると殆どの生徒がこっちを見ます。楽器に興味のある生徒、音楽好きな生徒、吹奏楽部にお目当ての子がいる生徒、単にキョロキョロしてるだけの生徒・・・。いろいろですが、とりあえず我々は注目の的です。中にはしっかりと前を向いて、吹奏楽部なんざ絶対に見ねえぞ、って意地張ってるように見える生徒もチラホラ。あ〜あ、本当は見たいんでしょ?って言いたくなります。こっちを見る生徒も、いちおう行進中なので、チラチラ見る程度な場合が多いですが、中には演奏者に向かって声をかけたり手を振る子も・・・。多摩高ではそれが異様に多くて、しかも私に向かって大きい声でやられるもんだから、なかなか演奏に集中するのが大変だっやし、ちょっと恥ずかしかったです。
 せっかく注目の的になるんだから、何の曲を演奏するかは重要。秋留台の時はたしか、昔のコンクール課題曲の「マーチエイプリルメイ」と、「ガッツだぜ」をメドレーにしていましたが、さあ今年の多摩高は・・・。1曲目「海兵隊」・・・これはまあいい。普通のマーチだ。2曲目「ウイーアー」!!!アニメ「ワンピース」のテーマ曲で、そのことは構わないのですが、問題はテンポ。行進のBGMは大体120位ですが、「ウィーアー」は170位でかっ飛ばす曲です。普通に考えたら歩けるわけないから、もしやテンポを120に落とした「激遅ウィーアー」にするのか?いやいや、それはダサ過ぎる。ならば、海兵隊の方を170でスタートするのか・・・って、まさかねぇ。結局どうしたかというと、海兵隊を普通に演奏した後、いきなりテンポアップしてドラムソロ16小節!その勢いのまま「超速ウィーアー」へ!歩けるのかという心配は杞憂でした。そもそも曲に合わせて歩いとらんもん(笑)
 入場行進の伴奏は楽しいですが、閉会式は地獄です。表彰式のBGMはヘンデルの「得賞歌」。エンドレスで演奏し続けるから、回数にしたら10回じゃきかないでしょう。最初のテーマは2回繰り返しで、サビが8小節あって、またテーマに戻って1回分。トランペットが休めるのは、サビの前半のみ。つまり全体の中で4小節だけなのだ。まさに耐久消耗戦。しか〜し!さらなる苦難が襲いかかるのだったぁぁっ!多摩高吹奏楽部の流儀は、テーマ2回→サビ→戻ってテーマ→後はずっと1括弧へ入ってテーマテーマテーマテーマテーマテーマテーマテーマテーマテーマテーマテーマテーマテーマテーマ・・・って何じゃこりゃぁぁっ!5分間くらい吹きっぱなしの間に休みは4小節!(泣)。まあでも、いい基礎練習になったかも。来年の入場は「ゲットイットオン」を使いたいところだな。表彰式はCDで・・・。(笑)

6月 1日 続・沿道の不思議な応援人たち

 「頑張って〜、あと少しよ〜!」と叫んでくれるおばちゃんは、たいへん嬉しい存在。初めてのコースなら、本当にあと少しだと思って頑張れちゃうかもしれません。ただ2回目以降は、「ふん、あと少しとか言って、まだまだじゃん」とか、反抗的な気持ちになるかもな。「あと少し」じゃなくて「あと5km〜」みたいに、具体的な数字を叫んでくれる人もいるのですが、これも実は善し悪しです。
 青梅マラソンの30kmを応援していたら、道の反対側に「あと1キロよ〜!」と叫び続けるおばちゃんを発見。待てよ、青梅総合高校の正門前は、スタート地点からは確かに1kmだけど、30kmのゴールはもっと向こうの河辺駅の方じゃなかったっけ。河辺に住んでたからだいたいわかるよ。1kmよりちょっとどころかだいぶ長い。2kmまで行かないと思うけど、1.5kmよりは長い。48歳の人をアラフォーって言うくらいの誤差だ。おばちゃん「あと1kmよ〜」を延々繰り返している・・・。ランナーの皆さん、違う。この人の言うことを信じちゃダメだ。まだあと2km近くあるんだ・・・って叫びたかったです。だって、このおばちゃんを信じて1km近く走ったところで、29km地点の看板を見つけて、「うわ!ここからまだ1kmあるのか・・・」ってなるから、落胆は倍増でしょう。まあ、私の場合は、こうした誤差おばちゃんに惑わされることはない。なぜなら、たいていの大会には距離表示があって、私はそれらをしっかり確認しながら走るタイプだから、残り1kmかどうかは言われなくてもわかります。山中湖でも残り3kmくらいの地点に「あと2km」おばちゃんが出現しました。私は思わず・・・「おばちゃん、応援してくれるのは嬉しいけど、いい加減なことを言ってぬか喜びさせるのはやめてくれないか。厳しい現実を包み隠さず伝えるのが、本当の応援というものだ。違うかい? おいみんな!あと2kmというのはウソだ。まだ3kmある。この人の言うことを信じちゃいけない。」・・・とは言いませんでした。やっぱり「あと少し〜」の方がいいです。

 ピンポイント応援おじちゃん・・・その@ Tシャツの名前を読み上げる(驚) 青梅マラソンの時、「おうめそうごうっ!頑張れっ!」って声をかけられました。他のランナーも次々に、Tシャツにプリントしてある会社名やクラブ名を読まれていました。他のマラソン大会でも、時々この手のおじちゃんがいます。おばちゃんではなく、おじちゃんで、読み方にも共通点がある・・・。「お〜うめそ〜うご〜う。が〜んばれ〜」的じゃなくて、「おうめそうごうっ!頑張れっ!」のように、短くズバッと言い切る感じ。

 ピンポイント応援おじちゃん・・・そのA ゼッケン番号を読み上げる(謎) 「いちろくよんにぃきゅうっ!頑張れっ!」みたいなの。これも不思議とおじちゃんで、短くズバッと言い切ります。だけど・・・自分のゼッケン番号を記憶して走る人なんて、まずいない。って〜ことは、呼ばれても自分の番号かどうかがわからないから、基本的に無反応であり、実際に元気づけられることも殆ど無いな(泣笑)。

5月30日 沿道の不思議な応援人たち

 どの大会でも、沿道からの声援ほど励みになるものはなく、ふだん一人で練習している時より、1割くらい良いタイムが出るのは、この応援のおかげと言っても過言ではありません。山中湖の沿道でも、たくさんの地元の方々が応援してくださいましたが、ちょっと特徴的だったのは、タンバリンを持ったおばちゃんを3人くらい見かけたことです。「チャン、チャン、チャン・・・」と規則正しいリズムを刻んでいるので、そこを通過する時だけ、ランナーの足音が「ザッ、ザッ、ザッ・・・」と揃ってきます(笑)。これが意外と走りやすいので驚いた。そういえば駅伝なんかでも、伴走車から「いっちにぃ、いっちにぃ・・・」って声かけてるくらいだから、他人に作ってもらったリズムに乗って走るのは楽なのかもな・・・。と思っていたら、予期せぬ出来事がぁぁっ!タンバリンおばちゃんの少し先に、拍子木おばちゃんがいたのだぁぁっ!野球の応援か何かで使うやつかな?「かっ、かっ、かっ・・・」っていう音がします。大変困ったことになりました。タンバリンと拍子木の両方が聞こえてきて、ちょうどうまくズレた瞬間は「チャンかっ、チャンかっ・・・」って聞こえます(泣)。私は行進曲で小太鼓を叩いた経験が豊富だから、裏拍を聞きながら頭拍で足踏みできますが、多くのランナーたちは案の定、足並みが乱れてきました。そしてさらなる試練がぁぁっ!この2人のオバチャンのテンポは、微妙に違う・・・。拍子木の方が少しだけ速いみたいなのです。「かチャン、かっチャン、かっ、チャンか」みたいな・・・。もしやこれは4拍3連か?とか思いましたが、ランナーたちの足音は、いつの間にかタンバリンを離れて拍子木に合っていました。楽器を使わなくても、拍手でこのようなリズムキープをする応援者はいるようです。山中湖では、もう一人タンバリンおばちゃんが出現していました。あのタンバリン、マラソン応援のためにわざわざ買ってきたのだろうか?

 ハーフの残り5kmを切ったあたりでしょうか、「無理しないでね〜、辛かったら歩いていいのよ〜」と叫んでるおばちゃんが出現。すると、周囲のランナーで、本当に立ち止まったり歩き出しちゃったりする人が続出!15kmということは、時間にして1時間半くらい走り続けた後ですから、ハッキリ言って最もきつい場所です。ここで悪魔の誘惑を受けたら、そりゃやっぱりイッちゃいますわな。ここは是非とも駒沢大学の監督並みに、罵声浴びせまくりの叱咤激励が欲しいところです。もしかしてあのおばちゃんは、熱中症対策のために、大会本部から送られてきた人だったのかな?次回は、誤差おばちゃんと、2種類のおじちゃんを紹介します。

5月27日 続・ミスターリベンジ

 リベンジって、かっこよく聞こえるけど、要するに一度はコテンパンにやられてるって事なんだよな。昨日はまたまたリベンジの対象を一つ増やしてまいりました(泣笑)。来年の5月は見てろよ〜って感じ。では、その山中湖ロードレース(ハーフマラソンの部)をレポートします。
 
 3時半起床、4時ちょい過ぎには出発したら、5時半には山中湖の会場近くの駐車場に到着。ここであらためて目覚ましかけて、気温が10度くらいなので、毛布にくるまって2時間睡眠。河口湖マラソンみたいに1ヶ所の駐車場に誘導されなくて、たくさんの小さい駐車場にどんどん入れる方式だから、近いところから埋まってゆきます。私が入れたのは「小作」山中湖店の向かいあたりで、かなり良い場所。7時半に再起床したらご覧のような富士山が!これを見ただけでも、来た甲斐があるというものです。
 受付を済ませると、お腹が空いて仕方ない・・・。考えてみたら、3時半に朝食だったから、もう既に4時間経っています。ウィダー1個くらいじゃどうしようもなく、コンビニでも行こうかと思ってたら、朝から営業している土産物屋さんを発見。食堂も営業中で、うどんを食べることができました。他にもゼッケンをつけたお客さんが多数。ただ、うどんを頼んだのは私くらいのもので、他のランナーたちは、ソフトクリームとか、アイスコーヒーなんて人もいる・・・。走る前なのに、お腹冷やさないのかな、なんて心配になります。
 ハーフのスタートは9時15分。いつものように(?)瀬古さんの激励を受けます。あちこちの大会に出ているランナーは、もはや瀬古さん慣れしてるみたいだな。私もこの1年で既に3回目(笑)。では、お恥ずかしながら、タイムを公開します。

【1km毎のラップ】6:44 6:01 5:36 5:38 5:49  5:50 5:50 5:42 6:00 5:41
           5:56 5:46 6:02 6:03 6:24  6:17 6:05 5:59 6:08 6:26
           6:12 (0:43)   公式 2:09:17  net 2:06:51

 スタート渋滞から抜け出したのが2km地点あたり。タイムは眼中に無いとか言いつつ、実はあわよくば2時間切りを狙っていたので、キロ5分40秒以内を維持して、最後はどこかで何とか・・・というスケベ心を持っていました。3〜4kmはそういうランナーの集団にピッタリついて、いい感じだと思っていたら、早くも予期せぬ出来事がぁぁっ!「先頭ランナーが来ま〜す。ハーフの人は左によけて下さ〜い」 ハーフより15分遅れでスタートした「1周の部」の先頭が、もう追いついて来たのでした。道路いっぱいに広がっていた私たちは、左車線に押し込まれ、ややペースダウン(泣)。
 さあ、いよいよここからがクライマックス。7km過ぎから、山中湖唯一のアップダウンがあります。「ママの森」付近で高低差は37m。予想通り、周囲のランナーが見る見る遅くなり始めました。ところが私はここでもペースを保ったまま駆け抜ける!先週の140mの壁に比べたら、ほんとに楽勝でした。私を「山の神」と呼ぶがよい!ところがぁぁっ!12km以降のラップが6分超え。ここはちょうど1周してスタート付近に戻ってきた辺り。ううう・・・さっき登りでふらふらになってたはずの人々が、どんどん私を抜いて行く〜(泣)。あそこはやっぱり体力温存すべきところだったかぁぁっ、と後悔しても後の祭り。這うようにゴールを目指すのでした。
 ゴールの山中湖中学校に入る所、最後の300mくらいが一番急な登り。フィニッシュ地点の大時計が2時間09分を表示していたので、2時間切りはできなかったが、これって「サブテン」て言えるのかな?まあ、ハーフ初挑戦だった春日部から、4分半くらい縮めたので、ヨシとしよう。今シーズン前半はこれで終わり。次は10月の鳴沢まで基礎トレーニングに励みます。
 たくさんの方々が沿道から声援を送ってくださいましたが、いくつかの大会で、人は違うはずなのに、行動パターンが共通する応援者を発見したので、次回はそれをご紹介します。代表的な3つ・・・@リズム手拍子おばちゃん A無理しないでおばちゃん Bあと○キロ〜と叫ぶんだが、その誤差が極めて大きいおばちゃん。以上、詳細は次回に。

5月19日 ミスターリベンジ

 私のことを、ミスターリベンジと呼んでもらいたいもんだな(高笑)。
 4日の春日部ハーフに続いて、本日は秩父ミューズパークで10kmを走って来ました。そして来週は山中湖ハーフなので、ほぼ川内選手並みの大活躍だな。ただしそれはスケジュールだけ(笑)。この秩父の10kmは、去年に続いて2度目の参加ですが、たぶんこの10kmは、春日部の21kmよりキツいです。最初の1kmは普通の道で、そこから一気に下りが2kmくらい続きます。そして今度は次の2kmで、下った分をすべて取り返す!この高低差が140mで、ダウンとアップはこれだけ。後半の5kmも多少の坂道ではあるけれど、大したこと無いダラダラ坂。つまりこのコースの名物は、前半5kmなのです。
 昨年は、140m登りに備えて、最初の下りをゆっくり走りましたが、下りでスタミナを蓄えたところで、その後が楽に登れるってことは全然なくて、結局62分08秒という屈辱の1時間超え。これが余りにも悔しかったので、秋には鳴沢の10kmにエントリーしたり、普段の練習コースに、平井中学校や日の出団地への往復を採り入れたり(日の出町民にしか通じない・・・)、この1年は坂道対策に重点を置きました。・・・で、先月の甘楽町では52分台でゴールできたり、効果が実感できるようになったところで、さあ秩父の2回目はいかに・・・。
 朝は6時ちょっと過ぎくらいに出発したら、8時前にはミューズパークの駐車場に着きました。駐車場は受付やスタート地点のすぐそばで、キャパにも余裕があるから、非常に便利です。更衣室兼仮眠所のステップワゴンで、1時間くらい睡眠。暑かったので、スタート30分前からストレッチばっかりやって、ジョギングはちょこっとだけにしました。今回は前半の下りで貯金を作る方針なので、最後尾じゃなくて真ん中あたりからスタート。マンモス大会じゃないからスタート渋滞も無く、ロスタイムは17秒。

【1km毎のラップ】 5:00 4:47 4:37 6:13 7:21 5:30 6:32 5:35 5:12 6:02 ( net total 56:50 ) 公式記録は57:07

 自慢できるようなタイムじゃないですが、ご覧下さい。私の平地での走力は、青梅マラソンで49分台だから、まあ1km5分くらいです。なので、最初の1kmは順当な滑り出し。次の2kmは下りなのでどんどん速くなりますが、あまりかっ飛ばすと転びそうなので、まあこんなもん。昨年はここまでを1km6分ペースで行ってました。今回は、最低目標の1時間切りに、既に3分超の貯金を作ったことになります。さあ、問題の登りは・・・最もきつい4〜5kmでは7分超。貯金をやや吐き出しながらも、歩き出しちゃった人たちを大量に抜かしました。登り終えた後が、意外とスピード上がらず(泣) 6キロ先の給水所は、かなり暑くなってきたので寄ることに・・・。ここで給水渋滞と立ち止まりでややロスがあるものの、後半全体としては、何とか貯金を取り崩さずに進行。最後の1kmが6分かかってるのは計測ミスかな?ラストスパートして、最後の1kmの方が明らかに速かったはずだが、まあいいや。
 140mの登りは、実はきついだけじゃありません。これを登り終えた所からの景色は、凄いの一言です。秩父の町全体がまさに一望。昼間の風景ですら「うわっ!」って思うくらいだから、夜景はさぞ凄いんだろうな。記録を一気に5分縮めたので、来年も頑張ってここに来るつもりです。


5月14日 宿泊防災訓練

 すべての都立高校において、昨年度から宿泊防災訓練の実施が義務づけられました。1つの学年がほぼ全員、校内に1泊して、食事も非常食を自分たちで準備します。来るべき大震災に備えて、避難所生活を体験し、地域住民や帰宅困難者へのサポート方法を身につけておこうという内容なのです。うちの学校では、4月26(金)から27(土)朝にかけて、1年生を宿泊させました。私も引率団に加えられたので、一緒に1泊しましたが、まだ勝手が分からず、ほぼ戦力外・・・(泣)。一晩、校内にいたっていうだけの、申し訳ない仕事ぶりでした。ただ、私自身にとっては、いい経験になったと思います。昨年の青梅総合では、2年生が10月に体験していて、私は泊まらなかったから、生徒から話を聞いただけですが、「体育館の雑魚寝、意外と快適でしたよ〜」なんて言ってたから、避難所ってそれほど過酷な環境でもないのかな・・・なんて思っていました。しか〜し!多摩高の防災訓練は甘くなかったぁぁぁっ!

 男子は、それぞれの教室で寝ることになっていました。教室の床って、むちゃくちゃ固くて冷たいです。1人あたり毛布2枚が配布され、1枚を敷き布団、もう1枚を掛け布団にするけど、なかなかのペチャンコ毛布なので、床の固さ冷たさがダイレクトに伝わって来る感じ。私は冬用のジャージ上下を着て、さらにふかふかのベンチコートを着て、ほとんど着ぐるみみたいな状態でこの2枚毛布に挟まってみましたが、無理だ・・・こりゃ寝られん(泣) 私は寝ることを諦めて、朝の4時まではプリント作ったり実験のリハーサルをしたりして、その後は椅子に腰掛けた状態で、首を前に垂れて5時半までうとうと。この姿勢は、夜行バスや飛行機で慣れているから、意外と熟睡する。それにしても、男子生徒たちは、体操着の上にジャージ着てるだけだから、もっと過酷なはず。4月下旬とは言っても、朝晩は相当に冷えていました。子供は火の子とか言うくらいだから、みんな平然と寝られてるのかな?とか思いましたが、後からうちの息子にきいてみると、やっぱり「寒くて寝られない。クラス全員一睡もしてないよ〜」とのこと。
 次は食事のことですが、1日目の夕食はアルファ米で、分量は十分でしたが、かなり飽きる味なので、いくら「おかわり自由」と言われても、そう何杯もは難しい・・・。たくあんか梅干しが付くだけでもだいぶ違うかな、と思ったな。梅干しって、備蓄倉庫に何年も入れておけるほどは持たないのかな・・・。2日目の朝食はビスケット。ううう、これも厳しい。凄いパサパサ感・・・。1枚食べただけで、口の中の水分がほとんど失われる感じ。イチゴやパイナップルと、生クリームをちょこっと乗せて、コーヒーと一緒にいただけば、結構進みそうだが、非常時にそんなトッピングがあるはずも無い・・・。これらは、数日間の命をつなぐためだけの食糧なのだ。

 過酷〜とか騒いでも、この避難生活は半日で終了しています。実際には何日〜何週間も続いたりするし、あの大震災から2年以上経過した今も、まだ廃校になった教室で生活している人々がいます。毛布・・・夜間は氷点下まで冷える体育館で、毛布の数が足りなくて、2人で1枚という状況もあったと聞きます。1人2枚は、極めて恵まれた状況といえよう。アルファ米とビスケット・・・あるだけマシです。本当の非常時には、何日間も食べ物を口にできないこともある。あと、実際の避難生活では、トイレが最大の問題になることが知られていますが、今回それに関しては全く触れていません。
 そう考えると今回の訓練は、毒は毒でも、本物よりだいぶ弱くした予防接種と似ています。できたら、高校生だけでなく、一般市民の方々も、こうした1日避難所体験をしておいた方がいいんじゃないだろか。

5月 5日 春日部大凧マラソン

 

 2時間11分27秒! このタイムを見て、マラソンや陸上にある程度興味を持っている人だったら、「おお〜っ!凄い!」か、もしくは「ええ〜っ!まさか・・・」のどちらかを叫ぶでしょう。現在の世界記録が2時間03分台、日本記録は2時間06分台、世界陸上の代表に一発内定の条件は2時間08分を切ること。ええ〜、これはすべてフルマラソン(42.195km)でのお話。私の記録はハーフマラソン(21.0975km)のものだから、みんな一瞬ビックリした後「な〜んだ」と笑ってくれます。要するに私のスピードは、世界のトップランナーの2倍ちょっとノロいということであります(泣笑) 

 これまでに参加した中で最長距離は、河口湖1周の17.2kmでしたが、今シーズンはいよいよハーフに参入。デビュー戦として、アップダウンの少ない河川敷が主体のこの大会を選びました。マラソンに行くときは、車の方が更衣室として使えるし仮眠も取れたり、いろいろ便利な点が多いですが、GW渋滞が心配なので今回は電車にしました。会場は大宮からさらに東武野田線で30分くらいの、南桜井駅の近く。スタート約1時間前に到着したら、ちょうど開会式が始まって、なんとゲストランナーは川内優輝さん!そう言えば春日部に勤務してるんだったっけ。スタート10分前くらいに、その川内さんが真っ赤なユニフォーム姿で現れると、万雷の拍手が!ところが、スタート直後に見た川内さんは、赤じゃなくて紺色を着ていた・・・。ヘンだなと思ったけど、まさかあの赤の方がニセ者だったとは・・・。

 スタートは10時07分という半端な時刻です。踏切が閉まる時間帯をうまく避けるための設定らしい。いよいよスタート時刻が近づいてくると、ランナーが少しずつ前に詰め始めるので、互いの距離が接近します。私は思わず「あっ、ごめんなさい」と叫びました。後ろの人の足を軽く踏んだみたいな気がして、振り返って謝ったのですが、その人の靴を見てもう一度「あ〜っ!!」。その人の靴には・・・っていうか、他の人の靴にも、タイム計測用のICチップが付いてました。付けてないのたぶん私だけ。うわ〜っ、そうだ、今日はゼッケンに元々付いてるタイプじゃなくて、自分で靴にくっつけるやつだった。今朝まで覚えてたんだけど、そのチップは預けた貴重品と一緒に眠ってます。既に2分前・・・まあいいや。入賞狙いならいざ知らず、公式記録が残るか残らないかの違いは、今回のエントリー目的から考えると大した問題ではない。
 いよいよスタート。私はほぼ最後尾からのスタートで、紺を着た本物の川内さんがすぐ後ろから抜いて行きました。川内さんは、「明日の札幌に向けてビルドアップの練習」とか言って、何と最後尾からスタートし(※ビルドアップ・・・後半に行くにしたがってペースを上げながら走ること)、約7千人くらいをごぼう抜きして、10位でゴールしたそうです(驚)

 非常にゆっくりペースで、2km地点くらいの所で「300m先 踏切」の看板に遭遇。係の人が「あと2分くらいで電車が来ま〜す!」と叫んでます。頭の中で瞬時に計算!うわ!今キロ6分超だから、このペースだとギリギリだな。何とか通過しておきたい・・・ということで、この日一番のスパートを敢行!そのせいで汗ビッショリになり、最初っから気温も高かったから、とにかく給水所だけはちゃんと寄るようにしました。あと、後半のためにスタミナ温存を考えて、極力ペースを変えないようにしたから、前半の10km終わった時点で63分!これは、今まで走ったどの大会やふだんの練習と比較しても遅いです(泣)。
 川の土手のサイクリングコースが延々と続きますが、地元の人々や中学生のボランティアが温かい応援で励ましてくれて、とっても元気が出ました。どれどれ、少し挽回するかな・・・と思うけど、給水に寄るたびに立ち止まるような感じになるので、ペースを上げて作った貯金もすぐに吐き出す感じ。で、最後の1kmは足が棒。気持ちだけラストスパートしてるけど、なんと6分半くらいかかってる(笑)

 終了後はクールダウンのために、シャトルバスを使わず駅まで歩いて、さあお昼は何を食べようか・・・と思うけど、南桜井駅恐るべし。ほぼ何も無いと言っていい(泣)。できたばかりの新幹線の駅前みたいな感じ。遺憾ながらコンビニおにぎりで済ましてしまいました。さて、このリベンジマッチは、26日の山中湖マラソンです。まずは川内選手の2倍以内、2時間08分切りを目指すとするかな。
 後で知りましたが、ニセ川内は実はお笑い芸人で、マラソンもそこそこ強いらしいです。

4月29日 見本の住所氏名

 前回記事の、群馬県内で行われたマラソン大会から車で帰る途中、ふと頭をよぎったものがあります。それはある住所で、群馬県に近いようで微妙に違う、架空の住所・・・「群牛県 備井府郡 素手駅町 大字 州次肉片井・・・」 
 よく、住所氏名を記入する用紙の見本に、架空の住所氏名があるじゃないっすか。「東京都丸の内1−1−1 東京太郎」とか、青梅総合高校では「青総太郎」や「青総梅子」が使われ、多摩高では「多摩太郎」です。こうして見ると、男性はほぼ太郎だから、本名として太郎を名付けるのは、勇気が要るんじゃないだろか。山本太郎さんが、銀行かどこかで書類を提出した時、「見本じゃなくて自分の氏名を書いてください!」 「あ、いや、僕、本当に山本太郎です」 というやり取りが、「太郎の青春」という物語の中に書かれていました。
 さて、「群牛県・・・」は、どこで見かけたんだっけか、20年くらい前のことなので、全く思い出せないのですが、少なくとも群馬県と関係ない、東京の会社か学校に出す書類の住所見本です。読み方は、「ぐんぎゅう県 びいふ郡 すてーき町 大字 すじにくかたい」でしょう。2ブロック目は、もしかしたら記憶違いで、霜降郡だったような気もするが、「びいふ」の方がいい感じだから、たぶんそうであろう。素とか州の字も、違う可能性がありますが、大筋としてこんな感じのはず。群馬県内を走っていたから、突然思い出したわけですが、これを初めて見た時の衝撃が、余りにも大きかったということなのでしょう。群牛県は、群馬県のパロディとすぐに解りますが、問題はその続きを含めた一連の流れです。ビーフステーキ すじ肉硬い・・・と、まったく無駄のない配置。これは誰にでも考えつくことなのか、それとも奇跡的な作品なのか確かめたくて、試しに他県でチャレンジしてみましたが、その難しさに閉口します。

(1)山梨県を山柿県に。山柿県渋井郡干柿町・・・。山柿でも山桃でも、山梨の変形であることが伝わりにくく、群牛県のような、読んだ瞬間に微笑ましさが感じられない。
(2)青森県を赤森県に。赤に変えたところで、その先がまったく続かない。青林県・・・中国にありそうな地名。これも後が続かん。色を変更してもダメ。秋田→春田 北海道→南海道 山→川 田→畑 等々、面白味が無くて、どれも絶望的。
(3)鳥取県を豚取県(とんとりけん)に。豚取県 炉臼市 阿武羅見鬼来・・・(とんとり県 ロース市 あぶらみきらい) 群牛県の二番煎じではあるけど、これくらいしか思いつかない・・・。

以上の検討作業から見えてくることは、群牛県・・・は非常に良く練られた作品であり、ちょちょいのちょいとできたモノでは無いということです。これを考えた人は、三日三晩熟考した末にまとめあげたのでしょう。その過程では、きっと山柿も赤森も登場し、豚取は最終選考まで残ったでしょう。たかが住所見本ですが、素晴らしいこだわりの逸品だからこそ、こうして人々の記憶に残るのです。
 皆様にお願いを2つ。@何か楽しい住所見本を思いついた片は、ぜひ知らせてください。A群牛県・・・がどこに載っていたか、私も見たことある・・・という方、ぜひ教えてください。考えた本人にインタビューしたくなったので(笑)

4月24日 甘楽さくらマラソン

 21(日)群馬県の甘楽町で行われた、「さくらマラソン」10kmの部を完走してきました。5月末の山中湖マラソンを一つの目標として、その準備のためにいくつかの大会にエントリーしましたが、これもその一つです。さあ、その結果はいかに・・・。
 当日は朝からほぼどしゃ降りの雨で、回復の見込みは薄い予報。風邪引くのもばからしいので棄権するつもりでしたが、参加賞と温泉券の権利は行使したいし、奇跡的に晴れる可能性もゼロでは無いから、行くだけ行って様子を見ることにしました。現地の駐車場に着いたのは8時半頃。受付だけ済ませて、再び車の後部座席で横になって待機。そのうち窓に当たる雨の形と音にに変化が・・・!パシャッ、シャリッ・・・って、何じゃこりゃぁぁっ!さくらマラソンじゃなくて、極寒耐久みぞれマラソンだぁぁっ!もう無理だな、このまま温泉に直行と思ってて、しばらくしたら急に雨が止んだ!スタート時刻30分前。車の中で着替えて、スタート地点に移動。途中で再び降り出したり、気温が低いことも想定して、帽子とウインドブレーカーを持って出るが、あわててたのでコーディネートは2の次。おかげで、帽子はブルーの西武ライオンズ、ウインドブレーカーは蛍光黄緑のマウントフジジャズフェスティバルという、かなり怪しい出で立ちになった(泣笑)
 こじんまりした大会で、最後尾からスタートしても、ロスタイムは約40秒。競技場を出るともう田舎道。沿道の応援は、河口湖や青梅と似た、ほのぼのアットホームな雰囲気です。遠くの山々に雲がかかって、水墨画のような風景で非常に気分良く快走していると、いつものように私の前にライバルとして立ちはだかる者が出現!今回は女性ランナーで、私が抜くと即座に抜き返して来るという、非常に挑発的な仕掛けで挑んできました。アップダウンの多いコースなので、私は何度も下りで突き放すのですが、彼女はあえて下りで力を温存し、下りきった後で一気に挽回してくるのだった。ラスト1km付近の上りで、彼女は何度目かの追い抜きを敢行しましたが、ふっふっふ、なんと私はここですぐに抜き返したのだった!彼女はビックリしたであろう。抜かれるはずの無いところで抜かれたのだからな。これがマラソンの駆け引きというものだ(偉そうに・・・笑) これで勝負あった!今回まずまずの記録が出たのは、彼女のおかげです(笑)
 実はちゃんと練習は積んでいました。ここ1ヶ月くらいは、うちの近所の急な上り坂ばっかりを選んで、ほぼ毎日トレーニングしていたので、アップダウンがそれほど嫌じゃなくなってました。記録・・・52分47秒 (net 52分06秒) 秩父と鳴沢のリベンジにも自信を深めまた大会となりました。5月中には3レース出ます。

4月19日 移籍後の初授業とは

 授業スタートから1週間。いちおう受け持つ7クラスを2時間ずつ、多い所は3時間、授業をやりました。転勤時というのはですねぇ、こっちが新入りで、2,3年生の方が先輩なんですよ。1年生の授業を持つ場合は、向こうも新入りなもんだから、誰が着任したか古株かなんて区別つきません。だから転勤したては、できることなら1年生の授業をやりたいです。相手が2年生の場合・・・。立場はほぼ対等かな。私の方が後輩ではありますが、生徒の方もクラス替え直後で、教室の雰囲気は緊張感に包まれ、何というか、ぎこちなさみたいなものが流れているので、そこにつけ込んで、マイペースで授業をやる。最もやりにくいのが3年生です。(2年から3年でクラス替えが無い学校での話) すでに1年間、同じ顔ぶれで生活してきた集団を前にしますから、こっちが完全に転入生状態。最初に教室に入った瞬間、その場の空気そのものが「お前、何もんだ?」って言ってるような感覚に陥ります。私ほどの大ベテランでも、移籍直後はそういうものなんだよな。若い先生たち、安心したかな?(笑)
 昭和60年のデビュー戦が、いきなり2年生の授業。1回目の転勤も2年生でした。その後の2回は、いずれも1年生。そして、なんとなんと今回は、2年生2クラスと、3年生が5クラスもあったのだぁぁっ!選択ではなく必修だから、大半の生徒が物理やりたくない派のはず(泣)。私の教員人生中、最大の試練の初授業になりました。じゃあ、そんなアウェーの雰囲気を乗り切るコツがあるのかというと、そんなもん無いし必要もありませぬ。やることはただ一つ!「僕はちゃんと丁寧に教える先生だよ」ってことを行動で示して、生徒たちに「よぉーし!お前気に入った」って受け入れてもらうしかありません。
 そのための具体的な方法として、あくまで私の個人的な考えですが、先生が自己紹介を丁寧にやり過ぎるのは、あまり意味が無いように思います。それだったらむしろ、生徒の方に自己紹介させた方がいいのではないかな。でも大事なのは、お互いがどこに住んでいるかとか、芸能人は誰が好き・・・ってことではなくて、こんなのが得意であんなのが苦手な生徒に、どんな教え方をしてくれる先生なのか・・・ですから、さっさと本題に入るのが一番だと思うのです。私がこの1週間に実際にやったことを紹介します。
 第1時間目からいきなり問題満載のプリントを配って授業に突入!そして50分の授業時間内に全員の机を訪問!躓いている箇所を見つけてあげて、正解にたどりつけるようになるまで教える!これは、少人数クラスだったらさぞ楽だろうと思いますが、40人近い人数が相手でもやり切ります。なぜなら、全員に解るように教えるのが僕らの仕事なので、40人全員を個別指導するのがほとんどアクロバット的で、その責任は教育行政にあるに違いなくても、生徒はそうは思ってくれず・・・。アクロバット的な離れ業をやりきって初めて、「この先生は、ちゃんと教えてくれる先生なんだな」と認めてくれるという、厳しい世界なのである。
 というわけで、7クラスの全生徒と会話できたので、アウェー感は消えました。週明けからは楽しんでやらせていただきますよ〜。

4月13日 続々・転勤

 ううう・・・。まだ授業やってないです。たしかにこの時期、オリエンテーションとか、学力テストとか、何とか検査とかが続くので、なかなか平常授業のスタートとは行かないですが、それにしても初授業が15日ってことは、完全に半月待たされたわけだ・・・。この半月は、実に辛いものがあります。たったの1時間でも授業をやると、生徒たちとの距離は一気に縮まるのですが、それが無いうちは、私がどんな人物なのか見当もつかないので、よそよそしい状態が続きます。今度の学校では、今のところ私に関する情報は、始業式で「隣の高校から異動してきた物理の先生ですよ〜」ってだけしか紹介されていません。この何日間かで、物理に興味があるという男子が一人、わざわざご挨拶に来てくれました。あとは、よくある事ですが、「先生、あおそーから来たんですよね。○○ちゃんて知ってますか?」的な話題で絡んでくる女子は、何名かいました。まあ、そんな程度・・・。
 何年も前の経験ですが、着任後の初授業を終えて、教室を出てきた時、生徒同士の会話が耳に入りました。それは、今終えたばかりのクラスの男子と、別のクラスの男子でした。別男「あの人、何の先生?」 今男「物理・・・」 別男「面白い?」 今男「まあまあ・・・」
 次のクラスの入口に近づいて行くと、今さっき教えたクラスの子がさっそく「先生、こんちわー」と声をかけてきます。「ああ、こんにちは。あれ、君、さっき授業で会ったばかりだよね?」 「はーい」 彼は、他クラスの友達に、既に私と仲良しになっていることをアピールしたかったのだと思います。ついでに、これから授業をやろうとしているクラスの友達に、「あの先生、面白いぜ」みたいなことまで耳打ちしました。この生徒たちは、決して勉強好きというわけではありませんが、どんな授業をする先生なのか、ということに大きな関心を持っていて、その情報はニュースとして学年の廊下を駆け抜けるのです。また、「学校には、友達と話すために来るだけで、授業なんか眼中にねえよ」って顔をしていても、やっぱりみんな楽しい授業を期待していることを、思い知らされます。15日は、臨時時間割で5コマも入っているので、私に関する情報は、この1日でほぼ学校中に浸透するでしょう。勝負所の1日を終えれば、ようやく私も「知らないオジサン」から「先生」になれるのです。

4月 5日 続・転勤

 「着任したての学校の理科室で実験の準備をするというのは、嫁いだ先の台所で、いきなりその日の夕飯の支度をするのに似ている」・・・。この一文は、よくよく思い出しましたが、私が昭和60年に、日野市の先生方向けの機関誌に寄稿したものの中の一節です。たしか、載ったのは新規採用の先生コーナーでした。誰か書かないか〜と募集が来たのは知ってたけど、そんなの「ハイ!私書きます」なんて立候補が出るはずもなく、そうなると決まって「直井さん、文章得意でしょ。書きなよ」と命じられるのでした。こうして何度書かされたことでしょう。実際、私が学級便りの中に書くエッセイ風の文は評判良かったし、そもそもが小説家志望ですから、書くことは苦痛どころかむしろ楽しいので、二つ返事で引き受けてました。同じ職場の先生方は、機関誌が配布されると、真っ先に私の文を読んでくれていました。冒頭の一節を読んだ学年主任の先生が、「いや〜、これさぁ、直井さんじゃなきゃ書けない言い回しだよ。嫁ぎ先で夕飯の支度かぁ。よくこんな例えを思いつくよなぁ」と、最大級の感動と賛辞を送ってくれたかと思うと、別の某主任は「直井さん、お嫁に行ったことあんの」とか、目的不明の突っ込みを入れてきたり・・・。要するにみんな私の文に関心があったってことなんだろうな(笑)
 さて、その台所じゃなくて理科室を何校か比べると、整理整頓ぶりというか中味に、恐ろしいほどの差があります。大きく2つに分けると、何でも揃っていて、きれいに分類保管されているか、その逆で、雑然と放置されていて、あれも無いこれも無い・・・のどちらか。もちろん前者の方が良いに決まってますが、後者のようになっちゃった責任を、理科の先生だけに負わせるのは酷というもの。備品が全然揃っていないというのは、理科の先生が揃えなかったのではなく、揃えようとしたのに買ってもらえなかった、というのが本当の理由です。簡単に言っちゃえば、理科の立場が弱くて、他の教科や部署に予算を多めに持って行かれちゃったわけだ。片づいてるという点に関して、猛反発されるの承知で言いますが、「散らかっている方がやりやすい」です(笑)。理由は簡単。戸棚に仕舞ってあると、どこに何があるか調べるのに、全部開けてみる必要があります。散らかっている場合というのは、よく使いそうなものほど、すぐに目に付いたり、手が届く場所に放置されていることが多いです。まあ、どっちにしても結局は嫁ぎ先の台所ですから、まずは全部調べてみるところから始めなければなりません。最初の苦労は一緒です。でも、これも経験が物を言うっていうか、不思議なもんで、何回も嫁ぐと(?笑?)こういう物はこのへんにありそう・・・とか、何となく嗅覚が働くんだよな。その逆に、これがあるってことは、あの実験っがやれそうだな、とか。冷蔵庫の食材を見てメニューを決める、料理の鉄人主婦・・・みたいな。今日は、みっちり物理室を探索し、最初の実験セット(写真)を仕込んでから、3時間分のプリントを作りました。だいぶ楽しみになってきました。
 
↑記録タイマーで速さを測定するセット。各班で必要なものは、すべてトレイの中にある。10セット作成して準備OK。

3月31日 転勤

 本日、青梅総合高校から荷物の運び出しを終えました。次の多摩高校は5校目だから、今回は4回目の転勤です。歴代卒業生の皆さんからも、心温まるメッセージを多数いただきました。
 
「頑張ってください」という言葉に、「新たな伝説の誕生を期待する」という気持ちを読みとることができて、身が引き締まる思いです。直井ワールド第5ステージ開幕!ファンの皆様の期待に。2割増しで応えてみせようぞ。ほ〜っほっほっほっほ。
 思い出してみると、初めての転勤(三沢中→秋留台)の時が、「これぞ転勤〜っ!」って感じだったな。(謎) 京王線から五日市線なんですけど、私にしてみたら別の惑星に飛ばされて二度と戻れない、「永久の別れ」みたいな心境でした。吹奏楽部でのお別れ会も、異様に湿っぽい雰囲気に包まれ、まさに「ザ・テンキン」(謎×2) ところがその後半年くらい経って、諸般の事情により、私は三沢中吹奏楽部にコーチとして通うことになり、その後なんと7年間にわたって、定演で指揮を振り続けたのです。そうなってみると、あの時の涙涙のセレモニーは何だったのよ・・・って事になるので、2度目の転勤(秋留台→青梅東)では、「またすぐ教えに来るよ〜」と言って、お別れ的な要素を排除することにしました。実際、有言実行していたので、生徒たちもすぐに「4月はいつ来ますか〜?」なんて具体的な話に移り、当然誰も泣かない。もちろん、新しい勤務先の生徒も教えながら、古巣のコーチもやるので、多忙は多忙ですが、これら2校を一緒にしてイベントを組んだりすれば1回で済みます。こんな事を繰り返してるうちに、「直井の教え子である」という共通点を持った人々が、学校の枠を超えて仲良くなったりするので、転勤もお互いにとって悪くないなあ、なんて思うようになりました。私の名言「出会いはあっても別れは無い!」
 3度目の転勤(青梅東→青梅総合)だけは悲しかったです。閉校式が終わった後の、生徒が誰も来ない教室で、来る日も来る日も片づけのみ。3月31日には電気もガスも止められて、最後は正門に「立ち入り禁止」の札がかけられてオシマイ・・・。あんな悲しいことに耐えたご褒美が、その後の新設校での7年間だったのかも、とさえ思います。そして今回の転勤(青梅総合→多摩)ですが、すぐ隣の、しかも普段から交流のある学校に行くわけだから、お別れなんて気持ちはハナっから皆無です。でも、生徒は何となく「直井は3月で見納めじゃないか」と思っているのか、と〜ってもヘンな雰囲気でした。どうやって発表したものか、いろいろ考えた結果、普通のミーティングの場でサラリと言うことにしました。「転勤するけど、来年以降の定演にも登場します」 生徒は、泣くどころか拍手してくれました。
 7年前と日付は同じ3月31日ですが、空にしたゲタ箱を見たら、ちょっぴりじわっと来ましたが、玄関を出る時は普通でした。明日の朝は、新しい玄関に入ります・・・って言いたいところだが、もう20年くらい前から合同練習で入り慣れてる玄関だから、別に普通だな(笑)明日のメインは辞令伝達と、お弁当の注文方法を学ぶことだが、早く授業や部活をやって、新しい生徒たちに溶け込みたいと思います。

3月23日 時間割り・持ち方表

 卒業式が終わる頃、先生方の頭の中は、次年度のことでいっぱいになります。本当はこの時期、「指導要録」の事で頭がいっぱいになるべき所だがな。指導要録とは、生徒たちの成績や出欠席の記録などを記す公文書で、3月中に完成させねばなりません。以前は半年とか1年以上も書かないで放置の強者もいましたが、最近は厳しくなったので、この時期は毎晩遅くまで大変です。私は・・・ほ〜っほっほっほっほっほっほっ!100個くらい「ほ」を並べたい所だな。一昨日終わっているのだ(高笑)。大多数の「要録が終わっていない先生方」も、過ぎたことを記録する要録より、未来のことに興味が集まるのは当然。中でも「持ち方」は最大の関心事で、今頃、全国の職員室で壮絶なバトルが繰り広げられていることだろう。
 「持ち方」とは、誰が何の科目を何時間持つか・・・ということ。これは時に、先生方の利害がぶつかり合います。例えばある高校のカリキュラムで、2年生の必修物理が週3時間×8クラスと、3年生の選択物理が週6時間×2講座あったとします。物理の先生は2人。さあ、どう分ける?普通に考えると、A先生・・・2年生6クラスで18h、B先生3年生全部と2年生2クラスで18hで、公平に分けられたかに見えます。しかし、3年生の物理は、理系に進みたい子たちの少人数クラスですが、2年生は物理きらいな子を多数含んだ40人フルサイズ。A先生の持ち方は、2年生ばかりで大変ですが、準備する内容は毎週3時間分だけ。B先生の場合、ハイレベルな授業ができて楽しいでしょうが、毎週9時間分の準備をしなくてはなりません。これらは一長一短で、人によって好みが分かれるところですが、もし2人揃って同じパターンを希望したら、どちらかが折れるまで決まりません。たいていは、「じゃあ今年は自分が譲りますけど、来年は勘弁してくださいよ」みたいに、貸しを作る形で折れますが、何が何でも絶対に折れないという不思議な人も、少なからずいるのがこの業界(泣)。同じ物理の中でさえバトルになることもあるわけだから、これが科目をまたいで、AさんBさんのどちらか一人が化学も持たなければならない、とかいう場合は、正真正銘ガチバトルになることも。「私、できません!」と宣言して、とりつく島も無い・・・とか、どっかの困った国みたいだな。
 私は実を言うと、こういうバトルをやったことがありません。バトルが嫌い・・・っていうより、単に面倒くさくて、時間とエネルギーの無駄だと感じるので、最初から折れちゃいます。長年の経験で、イヤイヤ受け持った人がやる授業は、ほぼ百%上手く行かず、「私は元々、この講座を受け持ちたくなかったんだ」とか言い出すことが多いです。バトルに負けたことが、上手くいかない口実を与えてるわけだ。だから、最初に「残り物を取る宣言」して、他の先生に好きな所を取ってもらえば、私は神として崇められ、下々の者どもは言い訳ができない状況に追い込まれるであろう。転勤直前の時期は、必ず相手校の理科主任から恐る恐るの電話がかかってきます。(転入者を迎える場合は、私が電話をかける側) 「あのぉ〜、持ち方についてなんですが、先生のご希望・・・」 私「ああ、一任します。何の科目でも、何種類あっても大丈夫ですよ。やりますから」 こうした私の返答に、実際に対応したことがあるかつての同僚は、「超生意気なヤツが来る」と思ったそうです(笑)。しかし、実際にスタートしてみれば、これがハッタリでなく事実で、あらためて神の凄さを思い知ることになるであろう。まあ、わざわざ挑発することはないけど、「何でも来い!」って言えてこそプロってもんでしょ。給料もらって「私、これしかできません」とか「これ無理です」なんて、臆面もなく言える神経はわからんな。全国の時間割りバトル中の先生方、あなたの希望が通っても、知らないところで「ダメダメ先生」「困ったちゃん」「取り扱い注意」のレッテルを貼られてますよ〜(笑)

3月13日 卒業担任団解散旅行

 卒業式が終わりました。この日を境に、クラスの生徒が登校することは基本的には無いでしょう。あ〜あ、自分は御用済みだ〜と感じる、何か不思議な瞬間でもあります。そして、一緒に仕事をした担任団6名も、4月からは別々の部署に散ってゆき、この6名全員がもう一度どこかで一緒に担任団チームを結成する可能性は無いでしょう。一期一会・・・時は流れ過ぎるのです。なので、その解散旅行は盛大に行われるべきであり、前回の第2期生担任団は、石垣島2泊3日で豪遊。今回の第5期生担任団は、能登半島2泊3日で、徹底的に体験学習に励んでいただきました(笑)。この最後の大旅行という目標があるからこそ、3年間の長丁場を乗り越えられるというものです。

 【1日目】3月10日(日)卒業式の翌朝、その余韻も冷めぬまま、午前9時に羽田集合。ANAで能登空港へ。ビックリの気温3℃。まず向かうは「夢一輪館」http://www.notostyle.jp/index.php?id=1293&listid=29 落ち着いた雰囲気の中で、豪華ランチをいただきました。次にレンタカーは穴水を抜けて西岸へ向かう。目的地は「Cafe 遊帆」(ゆうほ)http://www4.plala.or.jp/cayho/sabai/readme.htm ここから貸し切り船で七尾湾を回って、船長さんのお話を伺いながら、そのまま和倉温泉まで連れていってもらいました。1日目の宿は、ホテル「海望」http://www.kaibo.co.jp/

 【2日目】3月11日(月)朝9時にチェックアウト。向かうは、のと鉄道穴水駅。10時05分発の貸し切り列車で、七尾へ向かう予定。実は私、他の5人には、単にお座敷列車としか伝えておらず、貸し切り運行であるという事実をここで初めて公表。列車の先頭部分には、なな何と「チーム鳥よし 青総五期」のマークが・・・(写真) ちょっとしたサプライズ企画でした(笑)。「鳥よし」というのは、我々が飲み会のホームグランドとしている焼鳥屋さんの名前だから、石川県民が知っているわけないが、構わずこいつを付けて突っ走る!運転手はもちろん、のと鉄道社員でバンド仲間のY氏。七尾駅で1時間位の停車時間があるので、一本杉通りを散策。

 再び穴水駅に着いた後は、宇出津の「数馬酒造」http://www.kazuma.co.jp/ で酒蔵見学&試飲。ここの数馬さんも、実は私が毎年夏のコンサートでご一緒しているバンド仲間で、トランペットの名手なのだ。見附島と千枚田を回って輪島に到着。輪島塗りの工房を見て回ってから、本日の宿「高州園」へ。

 【3日目】なんと8時半チェックアウトという、健康的な生活。それでも普段の生活に比べれば、ずいぶんのんびりしたもの。まずは輪島の朝市に寄る。「お兄さ〜ん、買うて〜(こうて〜)」の呼び声に曝される。私たち東京から来た観光客で〜す、って顔に書いてあるんだろうな。絶好のカモを見る眼差しだった(笑)。
この日のメインは珠洲焼き体験。向かうは珠洲市の「典座(てんぞ)」http://tenzosakamoto.blogspot.jp/ 築200年の古民家で、陶芸の体験と、能登の食材による昼食。何とも落ち着くひとときだ。午後2時過ぎに典座を出発して空港に向かい、16時40分のANAで東京へ。解散旅行本編は終了したが、実はこれは序章に過ぎない。焼き物の作品が1〜2ヶ月後に届く予定なので、その開封式で飲み会。品評会のための飲み会、優秀作品に決まった人をお祝いする飲み会・・・等、やらねばならない事は山ほどある(笑)。

 さあ、高1高2担任の皆さ〜ん。次は皆さんの番ですよ〜。明日から1〜2年かけて旅行の計画を立てましょうぞ!(このフレーズは、前回の記事からコピーペーストしたものを、一部修正したものである)

3月 8日 三送会・予餞会

 卒業の季節ですねぇ〜。うちの学校では、昨日が予餞会・・・いわゆる3年生を送る会で、今日が卒業式予行、明日が卒業式です。最後の3日間は、だんだんクライマックスに向かう感じがしますが、私個人的に一番のクライマックスは予餞会の出し物かな・・・と思います。な〜んて言ったら、明日のために準備してくださっている皆さんに怒られるかな(笑)。
 予餞会の出し物とは、要するに3年生の担任がやる演目のことです。今年は、3年前に私が所属した学年団の「卒業写真」(松任谷由美)のやり方に習って、キロロの「未来へ」を一人ずつ登場しながらワンフレーズずつ歌って、途中からはみんなで歌う方式を採用しました。私は当然のようにピアノ伴奏係を命じられましたが、実はずっと前の卒業生から、「直井先生も、ピアノだけじゃなくて歌ってほしかった」という意見を聞いていたので、「そうか、そんなに僕の美声が期待されているのか」と思い、今回はちょこっとだけ歌でも登場することにしました。しかし、ただ単に歌うのも芸が無いから、アカペラのメインボーカルに下6度でハモるというワザに挑戦。とことん自分を追い込んで、さらなる進歩を遂げるのが、私のスタイルであることがお分かりいただけよう。
 さて、始まってみると、何じゃこりゃぁぁっ!多くの3年生がペンライトを振り始めたぁぁっ!我々の出し物が歌で、しかもバラード系であるという最高機密が、いったいどこから漏れたのだぁぁっ!?でも、結果的には盛り上がったし、出演者のもらい泣きまで誘って、効果的な演出になったので、まあヨシとしよう。
 一番よく聞かれる質問は、いつの間に練習したんですか?と、どのくらい練習したんですか?・・・だな。種明かしすると、曲を「未来へ」に決めたのは2週間位前だったと思います。皆さんすぐにスマホで検索して個人練習開始。学年の会議が終わっても、みんななかなか席を立たず、携帯片手に「未来へ」を口ずさむ・・・というより、だんだん目が据わりつつ唸ってる光景は、まさにどこかの危険な宗教団体(笑)。でも、こうした集中力が、短期間での出し物完成を実現するのです。
 なぜ、こうした出し物に並々ならぬエネルギーを注ぎ込むのかというと、やっぱり学年の生徒全員に向けてメッセージを贈れる、最後のチャンスだからだと思います。卒業式の式場では、僕らは呼名するだけだし、教室に戻ってから感動的なお話をするにしても、対象は自分のクラスだけです。だから、学年全体の締めくくりは、やっぱり予餞会なのです。さあ、高1高2担任の皆さ〜ん。次は皆さんの番ですよ〜。明日から1〜2年かけて出し物の準備をしましょうぞ!クラスの方は明日、ちょっといい話で締めくくる予定。

2月28日 もう一つの青梅マラソン

 もう一つの「箱根駅伝」という番組が、毎年放送されます。優勝争いに絡んでインタビュー受けた選手とかでなく、補欠選手とかマネージャーとか、注目を集めることが少ない人々に、あえてスポットライトを当てるような番組作りかな。青梅マラソンも、沿道が一番盛り上がるのは、30kmの部の先頭グループにいる、トップアスリートたちが目の前を通過する瞬間ですが、本当のドラマは午後3時から始まるのだ!
 青梅マラソン30kmの部は、制限時間は4時間。スタートが午前11時30分だから、午後3時30分までにゴール地点を通らないと、失格になってしまうわけだ。うちの学校は、ゴールまで残り2kmという場所です。知り合いの出場者が、3時を過ぎても帰って来ない場合、かなり心配になってきます。3時15分・・・ううう、もはやこれまでかぁぁっ!みたいな感じ。残り2kmなら、普通に走って15分あれば楽勝だと思われるかもしれません。でもそれは、青梅というものを知らなすぎる!(何のこっちゃ) ランナーたちは、既にここまで28kmを走破してきてます。午後1時から2時くらいに帰ってくる、いわゆる速い人たちは、かなり元気に走り去って行きます。逆に言うと、元気だから早い時間帯に帰って来たのであって、3時を過ぎるというのは、精魂尽き果ててるからこそ、3時過ぎなわけだ。そう、みんなヨタヨタで、歩いてる人もたくさんいるのです。残り15分あっても、全部歩いたらたぶんアウトでしょう。当のランナーたちも、当然その事を知っていて、解っちゃいるけど足が動かない・・・残り2kmは永遠の長さに等しい・・・そんな状況なのです。
 最後の2kmを、何とか応援の力で後押ししてあげたい!うちの生徒たちが声を枯らして応援。すると、一度は止まってしまっていた男性のランナーが再びヨロヨロと進み始める。応援のボルテージはさらにアップ!「あと少しだ〜ガンバレ〜」 しかし!やっぱり身体が言うことをきかない。彼はまたまたその場でストップ。もはや立っているのがやっとの状態。応援はもはや悲鳴と言ってもいいレベルに。すると、ああっ!ランナーが目頭を押さえた!凄い応援に応えられない自分が悔しくて悲しいのだ。おそらく制限時間内は無理だろう。泣きながら一歩、また一歩と進んで行く。いつの間にか応援団までが号泣・・・。
 こうしたランナーが次々とやってくるから、僕らはまったく目が離せず、最後の一人まで見届けることになります。3時20分過ぎに、最後尾を示すパトカーが通るまで・・・。でも実はもっと後ろを走っていたランナーがいます。それは途中関門での制限時間をクリアできなくて、競技を中止させられた人々です。パトカーに続いて「選手収容者」と書かれたバスが何台も通り、そこには途中でレースを断念せざるをえなかった人たちが乗せられています。僕らはその人たちにも拍手を送るのですが、車窓から手を振って応えてくれる人1割。うつむいたままで、まったく気づかない人8割。そして最後の1割は・・・泣いています。
 泣く人は・・・全力で立ち向かったからこそ、泣けるのでしょう。このラスト30分の様子を間近で見た後は、何だか凄く真面目な気持ちになって、人が何かを頑張る姿っていいなぁと思います。皆さんも来年は是非、10kmの部を走ってから、午後は28km地点で一緒に応援しましょ〜!

2月17日 青梅マラソン10km

     
 昨年から私は、いろいろな地域のレースにエントリーし始めて、いっぱしのランナー気取りなわけですが、青梅の10kmは、そのきっかけを作った大会です。30kmの部に出ないかい?と誘われたりもしましたが、長い距離は他の大会に回して、青梅に限っては、ランナー直井の原点である10kmに出続けることに決めています。それと、30kmの部に出るトップアスリートたちを、沿道から応援したいというのもあります。というわけで、今年も頑張ってまいりました。

 今日はとっても気温が低いという予報でした。同じくらい冷え込んだ先週の11日、御獄の先の古里から15km走をやろうとして、余りの寒さに身体が動かなくなり、二俣尾でギブアップしたばかりです。昨日からまたまた冷え込み、そのギブアップシーンが頭をよぎって、嫌〜な予感でした。それと、去年の青梅マラソンが終わってからは、トレーニングの方法を距離重視に変更したので、10kmには常に1時間以上かけて、ゆったり走っていました。だから、今日は自己ベストが出るとは到底思えませんでしたが、まあいつものように、闘志を掻き立てられるランナーに出会ったら、突如ギアチェンジ・・・という、行き当たりばったりのレースになるだろうな、と気楽な予想。さあ、結果はいかに・・・。

 ゼッケンは昨年と同じ1800番台。スタートラインまで約1分の位置からです。10分前に整列すると、ありゃありゃ、係の人に注意されているランナーがいるではありませんか。「ちゃんと番号毎のブロックに並ばなきゃダメだよ!」 つまり、自分より若い番号の人たちと一緒に並んでいるランナーがいたわけだ。こうした摘発を免れた人も数多く存在したようで、スタート直後から、私はずいぶんたくさんの2000番台を追い抜きました。ちょっと今回はこれが目に付いて残念でした。でも、何のために前から出ようとするんだろ?net time(その人がスタートラインをまたいだ瞬間からのタイム)も公開されているのだから、ズルをする意味が無いと思うんだが・・・。

 写真中央は1km地点、つまりうちの学校前。全国大会出場を決めた和太鼓部が、全ランナーを応援演奏で迎えます。写真右は、ちょうどその1km地点に貼られた横断幕。「マイペースで・・・」という標語には、「無理だけはしないでね」という主催者側の気持ちが表れていますが、和太鼓部が「最後まで頑張れ!」をぶら下げたので、ランナーはさぞや迷ったことでしょう。

 最初の1〜2kmは、とにかく追い越すのが大変なのですが、絶好のペースメーカーを発見!その人は、いわゆるコスプレランナーで、背中に風呂敷包みと缶を背負った「泥棒スタイル」でした。3つぶら下げた缶が背中で暴れるから、周囲の人に当たりそうになり、危ないせいか、その人の近くだけ広めのスペースができています。私はその後ろにピッタリついて、しばらくの間、すいすい走らせてもらいました。でも、やがて泥棒も力尽きて、私は次なるターゲット探しに追われるのだった。

 折返しを過ぎた6km付近・・・。明らかに腹六分目くらいの力でジョギングのどっかの野球部員2人発見。向こうはチンタラ話しながらでも、こちらの全力とほぼ釣り合うペースだから、ここから先はこの2人に引っぱってもらうとしよう。ううむ・・・非常に良いペースだ、と思っていたら、予期せぬ出来事がぁぁっ!おじいちゃんランナーが2人に向かって突然、「こら!若いの!さっさと行かんか!わしゃ75才じゃぞ!」と一喝!高校生2人「はい!」そしてびゅーん・・・。あ〜あ、行っちゃった。他人の力を頼ろうとすると、きっと上手く行かないのかもしれないなと思い、もうついて行くという発想を捨てて、手当たり次第にデッドヒートを挑んで行きました。そのクライマックスを迎える場所は、もちろん大応援団の待つうちの学校の前だぁぁっ!

 毎年、この太鼓が聞こえてくると、我々は圧倒的に優位になります。もちろん太鼓はすべてのランナーを元気づけてくれるのですが、黄色い声援となると、やはり正門前の区間でだけ大スターの我々にかなうランナーはいません。「な〜お〜い〜せんせ〜!頑張って〜」の大合唱に手を上げて応えると、併走していた相手も「こいつ何者だ?有名人か?」と思ってビビる・・・わけないか。まあでも、すべての競技に於いて、ホームは有利、アウェーは不利・・・これは仕方ないことです。この大応援団から最後のパワーを貰って、残り数百メートルを疾走。net timeで49分06秒(50代男子の部 694人中の198位)・・・前回より22秒縮めた自己ベストで、我ながらビックリ。応援してくださった皆様に、あらためて深く感謝申し上げます。

 さて今回、30kmの部に、山の神・柏原君が初参戦しました。20km過ぎまで先頭を走っていましたが、結果は3位で終わりました。優勝は伊藤選手、2位は谷川選手で、2人ともコニカミノルタの、ニューイヤー駅伝優勝メンバーです。伊藤なんか5区の区間賞だったのに、知名度からすると箱根のスターには全然及ばないわけだ。だから、2人は「柏原だけには負けるわけにいかん。30kmの厳しさ教えてくれようぞ。煮え湯を飲ませてくれようぞ」って思ったはずです。そのおかげで、何と伊藤選手は大会新記録!柏原が目標にしていた1時間30分30秒をも上回る、驚異的な記録でした。いいぞいいぞ!おかげで柏原は来年も出る宣言してくれたし、ついでに今日熊本の30kmで優勝した川内選手も来てくれたら、青梅はむちゃくちゃ面白くなるってもんだな。
 では皆さんまた来年10kmでお会いしましょう。次回は48分台を出さなきゃならなくなっちゃったが、今シーズンの大目標ハーフ2時間切りに向けて、ゆる〜くトレーニングしてゆきま〜す。

2月14日 続々・体罰について

 桜宮高校バスケ部の監督が懲戒免職。これに対して、寛大な処分を求める嘆願署名1100名。この一連のニュースについては、違和感を覚えると同時に、私自身も反省の気持ちを強くしています。
 まず、この監督に対する懲戒免職処分は、結果の重大さから当然と言えます。っていうか、この事件が起きてすぐに、自ら身を引く宣言をすべきでした。また、嘆願書に署名する人々は、「あいつが自殺したせいで・・・」「あいつさえ自殺しなければ・・・」って言ってるのと同じじゃないだろうか。要するに今回の件を、自殺したキャプテン個人の責任にしているような。これでは遺族は浮かばれないし、再発防止など夢のまた夢。強豪チームを作る手段としての体罰を、思いっきり肯定しているに等しいと言わざるをえません。百歩譲って、監督の体罰を見て見ぬふりして、むしろ肯定してきた歴代部員、保護者、桜宮高校の教職員にも同等の責任があるのだから、監督一人だけでなく、関係者全員の連帯責任にすべきだ、という意味の署名ならば、少しは理解できます。とにかく、桜宮バスケ部は、間違った方法で強くなった部なのだということを認めなくてはいけません。今こそ過去の栄光を否定して、すべてぶち壊して一から組み立て直すべきです。
 次に私の反省を述べます。私は体罰否定の立場と言いつつ、体罰を黙認したことは多々あります。一度、自分のクラスの子が、あまりにもボコボコにされて、見ていた周りの生徒が「あれは酷すぎる」と訴えてきた時だけは、学年主任に報告して問題にしてもらい、きちんと抗議しました。それでも、「普段のあんたの指導が甘いから、オレがぶん殴らなきゃならねえんだ」みたいな逆襲を呼んで、議論が平行線になりがちで、へたすると、殴った先生に向かってお礼を言うはめになったりもしたものです。こういう態度は、体罰を承認、支援しているのと同じ事で、暴力教師と同罪なのです。
 今はひたすら殴ることが問題にされていますが、言葉の暴力もあちこちでやられているから、やがて明るみに出てくるでしょう。生徒にアンケート取って判明したから処分・・・とかじゃなく、日常的に生徒が訴えやすい環境を作り、「バカ、アホ、人間やめろ」とか罵詈雑言を怒鳴り散らす先生には、他の先生たちで堂々と抗議してゆきましょう。生徒や保護者の皆さんは、くれぐれも間違わないで欲しい。罰を与えて強くする方法は、考える力を奪い、サーカスの動物と同じ扱いなのですよ。

2月 7日 続・体罰について

 いやぁ、次から次と出てくる出てくる・・・。でも、こんなの氷山の一角だから、今後、日本中で何百何千もの強豪部活で、活動停止になったり指導者が更迭されるんだろうな。そうなった場合、部員や保護者が署名や嘆願書を出して、「あの先生はブン殴るけど、いい先生なんです。辞めさせないで!」とかいう動きも出てくるだろうけど、この際だから完全に解体して、全員まとめて目を覚ましてもらった方がよろしいでしょう。
 ぶん殴ると強くなる・・・これは本当です。実際にその現象を目の当たりにした時はビックリしました。まだ教員に成りたてで、卓球部の顧問だったのですが、試合に行くと、強豪校の監督はみんな体育館のステージ上にいます。選手は1セットごとに監督の所に行き、正座して試合内容を報告し、次のセットに向けての指示を受けます。そこでは、気合いを入れるためにバンバン叩く光景も珍しくありませんでした。うちは弱小チームでしたが、ある時、強豪チームからマグレで1セット取っちゃったのです。こっちはお祭り騒ぎで盛り上がってりゃ済むけど、相手の方は・・・。うわぁぁぁ、ほぼボコボコにされてるぅ・・・。そして迎えた2セット目は、ボコボコの彼が人が変わったように強くなっていて、あっという間に逆転負け〜(泣笑) 試合の帰り道、私が冗談で「うちもスパルタ式でバンバンやろっか?」と聞いたら、生徒たちは「やめてくださいよ〜、オレほんと三沢中で良かったですよ〜」と言ってました。ステージ上を観察していて気づいたのは、叩く先生って、叩けば叩くほど、よりエキサイトしてくるみたいです。まるで自分自身を鼓舞するような・・・。そして、誰かがバンバンやってると、よその監督に刺激されて、競い合うかのようにバンバンやってました。この人たちは、叩けば強くなることを、よ〜うく知ってるわけだし、叩いてる時の自分に酔っているようでさえあるから、他の方法なんてわざわざ考えないだろうと思います。
 自己陶酔なんてまさかと思われるでしょうが、あると思います。私の知り合いの教員には、自分のことを、「オレは殴りの○○と呼ばれてきた」なんて誇らしげに言う人がいました。それから、昔ゴマブックスから「なぜ生徒を殴れない」という題の本が出ていました。副題は「ゲンコツが学校を変えた」・・・だったかな?図書館にあったので借りて読んだのですが、著者は当時の現職教員で、内容は自分の体罰武勇伝オンパレードでした。今のご時世じゃ、さすがに絶版だろうな。あの著者は、今でも体罰容認、いや積極推進派なんだろか?日野市の初任者研修では、指導主事自らが体罰武勇伝を披露してたくらいだからな。体罰やる人々は、やむをえずやってるんじゃなくて、むしろヒーローになるために進んでやってるように、私には見えるのです。
 柔道界はようやく正しい方向に一歩踏み出せたようですから、他の種目の人たちも続いて欲しい。ましてや吹奏楽部は「このバカ、いっぺん死ね」と罵倒されながら、いい音楽が出てくるわけないです。そんな部は、ほんと目を覚ましてくれ〜!

1月27日 大鵬関の思い出

 「巨人、大鵬、卵焼き」は、昭和の子供たちが好きな物ベストスリーと言われていますが、この中で私が好きだったのは大鵬だけです(笑) その大鵬関が亡くなられて、私が一時期ホントに熱中した力士だったので、とても残念です。一つの時代が終わったなぁ、という気分・・・。
 そもそも相撲なんて嫌いでした。相撲は、たいてい校庭か近所の砂場で行われ、私は勝てたためしがなかったのです。対戦のシステムは、その場にいるガキどものうち、適当に2人が土俵に上がる。勝った方が、「じゃあ次、お前来いよ」って誘い出すこともあれば、外野の誰かが、「○○と××で戦ってみな」と、自分が興味のあるカードを指名することもありまう。勝ち抜き戦かと思えばそうでもなく、連勝してても、疲れたら「次、誰か行けよ」と宣言して休場・・・。要はすべてがテキトーだったわけだ。ただ、私の相撲に関する知識は、ここで得たものが全てなので、テレビから流れてくる大相撲も、同じシステムだと思い込んでました。「呼び出し」という係がいるじゃあないっすか。あの人が対戦カードを決める責任者で、あの人に「ひが〜し〜、たか〜の〜はな〜」とかコールされたら、貴の花は、「おっ、オレの出番か。よっしゃ、行くぞ」って具合に出ていって、横綱は強いから、一日のうちに何回も登場しなくてはならなくて、疲れたところで適当にやめる・・・みたいなんだとばかり思ってたから、こんなの一体何が面白いんだろ? しか〜し、ここで大鵬なのです。
 大鵬は何回もは登場しなくて、必ず一日の最後に1回だけ出るということに、私はうっすらと気づき始めました。そして、1回しか登場しないのは大鵬に限らず、全員がそうなのではありませぬか!さらに、横綱以外に何段階ものランキングがあって、弱い順に登場しているらしい。で、ついに決定的なことを知ってしまいました。これは15日間のリーグ戦で、優勝を争うしくみであり、各自の成績により番付の位置が変動するのである!呼び出し係がテキトーに対戦を決めてるんじゃないのか。ううん、素晴らしい。私はいっぺんに相撲ファンになり、テレビ中継時間中は、ほぼ全部を見るようになりました。私の弟をはじめとして、近所のガキどもは、とっくに相撲ファン=大鵬ファンだったので、私は遅ればせながら合流できたわけだ。私は一度熱中すると山本リンダ状態(どうにも止まらない)になるので、幕内全力士の直近数場所の勝敗やら、行事の名前やらを暗記してるほどオタク化しました。行事の大鵬は、私の相撲観を変え、人生を変えたのです(?笑?)
 そんな大鵬が引退した時は、ちょっと不思議な気分でした。お相撲さんの引退セレモニーは「断髪式」といいます。チョンマゲをバッサリ切っちゃって、普通の髪型に戻すというのを、わざわざお客さんが注目している土俵上でやるわけだ。大鵬断髪式の決定的瞬間を見逃すまいと、その日はテレビの前で構えてました。すると、一瞬で済むはずのバッサリが、どうも上手くいかないようなのです。既に30分以上、何人もの人が入れ替わり立ち替わりハサミを入れてるのに、なかなかチョンマゲが落っこちない・・・。もしかして優勝32回、45連勝の大横綱だと、チョンマゲも丈夫すぎて、ハサミが利かないのかな、とか思いましたが、後で聞いたら、わざとジラして、大勢でちょこっとずつ切ってたらしい(笑)。最近でも、たま〜に相撲は見ますが、そんなに熱中しないな。大鵬、ついでに王、長嶋といった、昭和の大スターが持っていた特別な魅力って何だったんだろうと思います。

1月23日 駆け込み退職

 「埼玉県で、2月1日以降も勤務すると退職金を150万減らされるから、2,3月分の給与を犠牲にしてでも1月中に退職しようという人が100人くらい発生。この人たちについて知事は、無責任であると苦言を呈し、世間では賛否両論」

 根本的なところで、公務員というのは職業であって、趣味のサークル活動ではありません。趣味だったら、会費を払って好きなことに打ち込むわけですが、それにしても2ヶ月間の会費が70万というサークルは法外だな。(2,3月分の給料が合計80万円くらいだとして、3月末まで勤めると70万の損害を出すことになる) また、タダ働きどころか、「お前ら、さっさと辞めろ。素直に辞めねえヤツらからは、罰として70万円ふんだくるぞ!」って言われてるのと同じだから、退職希望者が1割しかいないというのは、むしろ不思議なこと、そう、非常に不思議なのです。
 まあ、ここまでは、既にあちこちで報道されている通りですが、非常に気になるのは、肝腎の当事者たちの声が、なかなか聞こえてこないこと。繰り返すと、このような状況下で、退職希望者が1割しかいない・・・9割が70万円丸損を受け入れる・・・。このことに、私は物凄い違和感を覚えるのです。生徒のためなら70万円くらい捨てるぜ、お金は眼中に無いぜ、という人が9割もいるのだろうか?現在、学校の先生は60才定年ですが、私の感覚では、60才で本当に辞められる人は、よっぽど余裕がある人、という印象です。定年後は65才まで、再雇用、再任用、嘱託、非常勤等の名前で呼ばれますが、引き続き教壇に立ち続ける人の方が多いんじゃないだろうか。何か上層部にたてついたりで処分されると、再雇用からハズされるので、この再雇用という制度は、十分に脅しの効果があります。今回、ちょこっと報道されただけですが、4月からの再雇用は、70万損を受け入れて3月まで勤めた人を優先、とのことです。2ヶ月早く退職した人々は、事実上、再雇用から閉め出されるでしょう。ここから何が見えてくるかというと、9割の人々は、再雇用を人質に取られている立場の弱さから、泣く泣く70万損に甘んじる他なかったのでは・・・。退職した1割の中には、むこう5年分の収入を棒に振って、最後の抵抗を試みた人もいたのではないか・・・。表面だけを見てる人々から、賛否両論とか勝手に盛り上がられて、当事者たちがどんな思いで沈黙を守っているのかと思うと、切なくなるというか、恐い世の中だなと思います。
 国全体にお金が無いんだから、減額は仕方ないです。官民格差が開いてきたなら、是正するしかありません。でも、やり方を見ていると、文句を言いそうもない弱い所から、取れそうな所から取っときゃいいじゃん、という声が聞こえてきそうです。現在の政治家たちには、国民一人一人を大切にしようという意志が感じられません。国を作っているのは国民だということを、忘れているかのようです。社員を大切にしない会社はつぶれますから、日本は今ヤバいです。そんな政治家を選び、育てているのも国民だから、まずは我々一人一人が、一人一人を大切にする風土を作るべきで、今回の報道についても、短絡的に誰かをバッシングするようでは、みな同罪なのです。久しぶりに真面目な文章を書いてしまったな。

1月19日 入試直前の勉強法

 今日と明日は大学入試センター試験で、物理は明日の朝一です。学校の期末テストだったら、範囲が限られていますから、直前にやることは、もちろん「出るところ」を勉強する。しかし、入試となると範囲は無限大。どこかをつまみ食い的に勉強しても、どうせ出る可能性低いじゃん、って思ったら意欲も失せてしまいます。かと言って何もやらないと、どんどん気持ちが追い詰められる・・・。さあ、どうしたらよいでしょう。
 答は一つ!とにかく何かを選んで勉強する!そこがたまたま出題される可能性は、たしかに低いでしょう。しかし!宝くじをどうせ当たらないからと言って買わないA君と、たった1枚買ったB君、2枚買ったC君では、当たる確率が大きく違うことはわかるでしょう。C君はB君の2倍、そしてA君と比べたB君C君は、なんと無限倍。明日当たろうが当たるまいが、とにかくやんなきゃ大損なのだ。
 私は一昨日の授業でヤマ張りをしました。今年のセンター物理Tでは、ドップラー効果が出題されると予想し、観測者が動いたり反射板が突進してくるやつまで、入念な過去問演習にしました。もしドップラーじゃなかったら、ヤングの実験の「白色光が七色に分かれる系」だと宣言しました。ここまで断定的にヤマを張るのは、「これが出る」と信じるからこそ、全力で勉強できるからです。ハズレた時は、もはや仕方ないですが、もしもズバリ当たったら、このヤマ一発で20点アップですから、笑いが止まりません。
 さあ皆さん、まだまだ宵の口。明日に向けて、あと2時間、もう2問だけ、やっておこうじゃありませんか。何やったらいいか分からない・・・なんて人には、再度繰り返します。「ドップラー効果」が出ますよ!

1月10日 学校での体罰

 痛ましい事件が起きました。報道を見る限り、体罰否定の正論が多いですが、それでもまだゾンビの如く、体罰容認の論調もチラホラと見え隠れします。昔は体罰は当たり前だった→最近の子供は怒られ慣れてない→ちょっと叩かれると心が折れる・・・みたいなのとか、体罰否定は理想論だとかです。前者ほどでないにしても、「最近は人権団体がうるさくなったから、体罰は良くないけど、昔だったら完全に許された」的なのもあります。「そんなにつらかったら退部すりゃいいじゃん。何も自殺することは無いのに」って思う人は、強豪部活がどういう世界か解ってません。退部っていう選択肢があるなら、そもそも悩んだりしません。
 まずハッキリさせておきますが、教員歴27年の私の立場は、もちろん体罰否定派。汚い言葉で罵倒するような指導も、同類だと思っています。吹奏楽部の指導者で体罰って、余り聞いたことがありませんが、言葉の暴力は結構あるようです。私の周囲というかお友達の中に、そういうヘンな指導者がいないせいか、生徒から聞いた範囲での話ですが、「こんなのができねぇのかバカ」とか、「いっぺん死んでいいよ」とか、「出て行けオンチ」とか、ボロクソだったという生徒が何人もいます。こんな事を言われ続けて、心が折れるのが当たり前で、これに慣れちゃう方がよっぽど危ないと思うんだがなぁ。「そういう罵倒に耐えて練習に励む自分が好き」なのは、もはやM。「耐えたおかげで金賞が取れたんだから、どんなにののしられても、あの先生についてゆく」は、結果さえ良ければ、手段はどうでもいいって考えになってます。少なくとも、上級生が下級生に「バカ、死ね」なんて怒鳴ることは許されません。そういう言葉を使ってはいかん、て指導するでしょう。それを、公然と先生がやっていいわけがないのです。昔だったら許されたわけじゃありません。今も昔もダメなものはダメです。直井は甘ちゃんだな、だからおめぇんとこは勝てねぇんだよ、って言われるなら大いに結構。生徒たちの心を傷つけ、追い詰めてまで勝とうと思わんもん。

 部活以外の場面に範囲を広げると、私は完全潔白ではないです。正直に言いますと、この27年の間に、分厚い教科書で頭をひっぱた叩いた生徒1人、ももに蹴りを入れた生徒3人、計4人に武力を行使したことがあります。今でもその場面をハッキリ思い出すことができます。未熟さ以外の何物でもない、私の27年間の最大の汚点です。それらは今思い出せば、体罰をやらなきゃならないような場面でも何でもありませんでした。その後、もっとも〜っと悪い、許し難いことをやらかした生徒たちにでさえ、私は言葉で一喝し、その後の説諭できちんと反省させることができています。いかなる場面でも、ド迫力は必要ですが、体罰は不要と断言します。

1月 3日 続・負けて強くなる

 当社の株主の皆様には、新年早々たいへんご心配をおかけ致します。一部マスコミにより、当社が駅伝評論に特化した月刊誌を創刊、さらには、プロ駅伝集団を立ち上げ、Eリーグを開幕させる等の報道がなされておりますが、すべて社長の個人的な発言であります。以下の評論も、社長が趣味で行っているのもであり、当社の業務とは一切関係ございません。

【最優秀選手】千葉(駒沢6区)
【優秀選手】永井(中大8区)、中継所のスタッフ
【だめだめ】中山?(國學院?)、法政全員、中央学院全員

 まず驚いたのが6区。過半数の12名が60分切りって、こんなハイレベルな6区は過去に類を見ないでしょう。昨日の強風とはうって変わってコンディションが良かったのと、やはり6区のスペシャリストが多かったせいだろうな。中でも、区間記録保持者の千葉は貫禄を見せつけました。アームウオーマーを外した時は、「さて、そろそろお前さんを料理する時間だ」って言ってるように見えました。ネームバリューと何気ない仕草で、相手を戦意喪失させて見事な区間賞。
 8区では、何年か前にあった「幻の区間賞」が発生。途中棄権でオープン参加になったにもかかわらず、中大の永井が、区間賞を上回る好タイムを叩き出しました。これは凄いことです。実は中大は、6区でも代田が59分ちょうどくらいで、幻の区間3位。同じ途中棄権の城西6区平田も、60分ジャストくらいの好タイム。この2チームは、来年は間違いなく本戦の上位に来るでしょう。
 さて、熾烈なデッドヒートが多かったせいか、フィニッシュ直後の倒れ込みも、いつもより多めだった気がします。たしか鶴見中継所だったと思いますが、倒れた選手を運び出すスタッフの数が明らかに不足して、テレビ見ててビックリしましたが、あるスタッフがたった一人で選手をお姫様ダッコ!これ大変だわな。瀬古さんの著書には、「倒れ込むのは見苦しい!倒れないように、もっと練習してこい!」って書いてありましたが、スタッフの苦労を考えたら、私も瀬古さんに賛成です。
 ちらっとしか映らなかったので、よく覚えていませんが、國學院の中山だったような気がします。スキンヘッドにいかついサングラスのランナーがいました。EXILEというグループから抜け出してきた誰かが箱根路を走ってま〜す、みたいな感じ(笑)。金髪の徳本さんも好きでしたが、こういう特徴的なかっこうをするには、条件があります。それは言うまでもなく、むちゃくちゃ強いということ。残念ながら、このEXILEお兄さんは、そんなチャラい格好してるから強くなれない、みたいに好き放題言われちゃうでしょうから、次回から品行方正な路線で行くしかないな。昔、オリンピックにだらしない格好して行った誰かがバッシングされたけど、あれは謝ること無いっしょ?「ごちゃごちゃ言うなよ。オレは結果を出してるぜ」とか言っとけば良かったんじゃないの?
 全大学のゴールシーンを見ていると、いろいろ不思議です。優勝の日体大は当然大喜びで、順位が下がるのに比例して喜び度が減少する・・・んじゃないんですよね。2位の東洋、3位の駒沢はガックリ。4位帝京は大喜び、5位早稲田ガックリ。で、一番喜んでるのは、ギリギリシード権内に滑り込んだ法政と中央学院でした。まるで優勝したような騒ぎだったな。ハッキリ言って、そんなんだから毎年10位近辺をうろうろしなきゃなんないわけだ。この2チームは、来年は間違いなくシード落ちでしょう。
 最後に、7区で区間賞を取った、神奈川大1年生の我那覇くんは、昨年の青梅マラソン10キロの部の優勝者です。・・・ということは、私は彼と一緒に走っていたんですね。こういう言い方もできる。「我那覇くんは、私との直接対決を制して、大きく羽ばたいた」 誇張ではあるけど、ウソではない(笑)。
 負けて強くなる・・・。来年、大躍進するのは、東洋大、中央大、城西大、そして予選落ちしていた東海大です。これらのサポーターの皆さん、どうぞお楽しみに!そして、受験や就職で挫折しそうな皆さん!これから大躍進するのはあなた方です。

2013年1月 2日 負けて強くなる

 新年明けましておめでとうございます。当社は、社長がマラソン大会出場を優先する余り、一部業務の停滞が生じております。現在、当社に陸上競技部を新設し、ニューイヤー駅伝を目指すと言う社長と、本業重視を主張する取締役会の対立が激化しているところでございます。たいへんご迷惑をおかけ致しますが、通常営業に復帰するまで、今しばらくご辛抱ください。ただ今より、恒例の箱根駅伝評を発表致しますが、これは社長の思惑を既成事実化するものでは無いことを、お断りしておきます。

【最優秀選手】田口(東洋1区)
【優秀選手】服部(日体大5区)、山本(早稲田5区)、柏原(解説・東洋OB)
【だめだめ】鎧坂(解説・明治OB)、ディーン元気(早稲田・給水)

 今まで1区というのは、全員がスローペースで団子状態のまま進むか、徳本、佐藤悠、鷲見・・・等、ロケットスターターだけがどっか飛んでっちゃって、残りは団子みたいな展開でした。今日の解説でも指摘されていましたが、2区にエースが集結しているため、1区のランナーとしては、トップ通過なんて大それた事を考えず、なるべく安全に、下位であっても少ない秒差で、傷口を広げずにエースに渡す、ということが優先されがちだから、どうしてもけん制し合うのです。・・・だったら、1区の存在意義って何なのだろう?と思わずにはいられません。今日はそんな中、東洋の田口が急激なペースの変化で揺さぶって、1区から大きな差がつくレース展開を作ってくれました。これって、国際試合で日本人がよくやられちゃうパターンらしいから、田口のようなイジワルランナーが増えれば、世界で戦える日本人が増えるんじゃないだろか。
 2区は、本来なら村澤(東海大)とベンジャミン(日大)の対決を楽しみにしていたので、いまいち盛り上がらず。3区で大迫(早稲田)の給水にディーン元気(ロンドン五輪代表)が登場!これは事前に予告されていたことなので、サプライズ性はありませんでしたが、本当に給水だけで終わっちゃった・・・。彼がその後も、中継所に次々顔を出して選手を激励して回ったりすれば、早稲田のファンは超盛り上がったのではないだろか?スターになっちゃった以上、スターの役割というものを自覚し、それを全うする必要があるのです。
 さあて、5区はしびれましたな。デッドヒートを演じた3人の中で、最も意地になっていたのは山本(早稲田)だったはず。彼は2年間、準「山の神」だったのだから、柏原卒業後、本「山の神」に昇格しなくてはならなかったのだ。結局、この山本の意地が、服部(日体大)にも火をつけちゃったんだな。この勝負に、大江(明治)が絡んでこれなかったのが残念でした。
 最後に本日の解説者。毎年、卒業したての箱根スターを2人呼ぶのが習わしのようで、だとすると今日の人選はまさにこれしかないって感じ。柏原君は全然しゃべれそうにないと思ってたんですが、意外とイケる!1区の田口に向けて、「きょろきょろしとったの、あれ何?」とか、いい質問をズバっと投げ込んだり、特に5区に入ってからの解説ぶりは流石と思いました。対照的に、鎧坂君は・・・。瀬古さんからの質問「鎧坂君はどこが勝つと思う?」 鎧坂「母校の明治に勝ってほしいです」 質問と答が噛み合ってないと感じたのは、私だけでしょうか?また、こんな解説がありました。鎧坂「ここはついて行くべきところ。ついて行かないと、前との差が開いてしまうから」 ううむ、それはきっと、解説されなくてもわかるんじゃないだろか?元巨人軍監督の川上さんは、ランナーがたまってくると「これは、チャンスですねえ」と解説しましたが、やや似た感じを受ける・・・。
 というわけで、明日もしびれるレースに期待します。個人的に見所だと思う点をあげておきます。6区の「下りのスペシャリスト」対決。出岐(青学大)がどこで登場して何人抜いてくれるか。駒沢がどのくらい詰めてこれるか。・・・といった所でしょうか。で、今日のタイトル「負けて強くなる」ですが、日体大は昨年19位の惨敗から、根性を入れ替えて今年に臨みました。東洋大だって、一昨年の「21秒差の惜敗」があったから、去年ぶっちぎりに強くなれたのです。大きく飛躍したかったら、一度コテンパンにやられた方がいい、とさえ言えると思います。ではまた明日。


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