今日の一言(2014年分)

  職員朝礼での社長訓話集     一つ戻る  最新版へ戻る  

12月30日 目標達成!

  

 え〜、マラソンを始めて4年。本日、一つの目標を達成できましたことをご報告申し上げます。・・・な〜んてかしこまっちゃったけど、フェイスブックの方では「うりゃうりゃ〜!有言実行だぜ!」という書き出しで、超ハイテンション。もちろん、ランニング仲間にもメールしまくりという大はしゃぎっぷりだったので、今少し自分を落ち着かせたところです(笑)。熊谷ベジタブルマラソン、ハーフ(21.0975km)の部。ネットで自己ベスト3分以上更新して、初めて2時間切りました。(写真左)
 どこの大会でも、スタート位置はタイム順。つまり、速い人は前、遅い人は後ろの方に並ばされます。ハーフの場合は15分刻みで、例えば「1時間30分〜1時間45分」みたいなプラカードがあって、自分の該当する場所に行くんだけど、2時間台の人は「2時間以上」っていうプラカードで、2時間01分も3時間も、みんなまとめて「遅い人たち」なんだよな(泣)。で、その「2時間以上」にいる人たちは、なんか表情ものどかだし、ガチンコ勝負の雰囲気が全く感じられない。だから、私はさっさとこのブロックから脱出したかったのですが、これでようやく、次の神奈川で「1時間45分〜2時間」ブロックに昇格できます。

 ハーフマラソン2時間切りの目標は、ちょうど1年前の同じ日、場所も同じ熊谷で、十中八九ほぼ手中にしていた栄誉が最後の最後にスルリと逃げていった、苦い思い出があります。そしてリベンジを誓った2月の神奈川マラソンでも、19キロからの失速で僅か33秒間に合わず(泣)。しかしこれは苦難の序章に過ぎなかったぁぁっ!2度の大雪で青梅マラソンも中止。約3週間トレーニングを休んだダメージは意外と大きくのしかかりました。3月末にエントリーしていた上里町のハーフも、風邪気味と悪天候で棄権。一度下がったモチベーションを立て直すのは、けっこう大変です。こうして迎えた4月の甘楽20キロ、5月の春日部、山中湖のハーフ2本は、すべて惨憺たる結果に終わりました。このまま引き下がることはどうしてもできん。なぜなら、私は既に目標を公言しちゃってるし、今まですべてのジャンルで有言実行してきてるから、とにかく意地なのだ。トレーニングの質を大幅に見直して一から出直し!そんな感じでした。

 ところで、トレーニングも大事だけど、今回の自己ベストには道具も大きく貢献しています。写真右はGarminというメーカーのランニングウォッチ。GPSによって、速度やラップタイムを自動的に測定、保存します。今日の大会で、私はペースキープの機能を活用しました。2時間切りのためのレースプランとして、1キロ5分40秒のイーブンペースで行こうと決めたので、この時計に5分40秒と入力。そうすると、なななんと、5分40秒より速すぎたり遅すぎたりした時には、警告音が鳴って音声ガイドで指示が出るのだ!速すぎる場合は、早稲田の渡辺監督の声で「少し抑えよっか。落ち着いて行こう!」という指示が。遅すぎる場合は、駒澤の大八木監督の声で「ごるぁぁぁっ!気合い入れろ!気合いを!」という指示が流れ・・・たら面白いだろうな。では実際のラップタイムを見てみましょう。

 5’37  5’32  5’28  5’27  5’37  5’31  5’39  5’40  5’41  5’43
 5’33  5’48  5’46  5’41  5’43  5’38  5’40  5’40  5’28  5’31  5’09

 いや〜、きれいにキープされてるな。それでも最初の5kmは、テンション上がっちゃって速めになりがち。いつもはここで大暴走するから、終盤で撃沈だったわけだ。12kmあたりでガクっと落ちたような印象がありますが、これは給水の影響です。あと、今回すごく特徴的なのは、終盤でもかなり元気が残っていて、特にラスト1kmでペースアップできていることです。これは大きな収穫でした。
 さて、今後5月までの間に、青梅マラソン10kmの他に、20km1本とハーフ4本にエントリーしています。最終的にはフルでの4時間切りと、10kmの45分切りが目標ですが、まあ近々達成するだろうな。ほ〜っほっほっほ・・・。

12月24日 どえ〜す!

 京都の人は、ですます調で話すとき、本当に「どえ〜す」って言うんだろうか?ある種の誇張というか、デフォルメとしか思えないな。少なくとも私は、真面目に話してる人が語尾を「どえ〜す」にしてるのは聞いたことがありません。さて、なぜ「どえ〜す」が登場したかと言うと、本日のテーマに深い関係があるからです。
 私は中学1年生の時に、doesを「どえす」と発音して覚えていました。もちろん、これを「ダズ」と読むことは知っていましたが、綴りを覚える時に、どうしてもdoesとダズは頭の中でつながらないので、「どえす」とローマ字読みしておいた方が安全です。他にも同じような例はたくさんありました。friend=ふりえんど、guitar=ぐいたー、eight=えいぐふと・・・。私は「エポック社のスパイ手帳」かなんかのお陰で、小学校1年くらいの頃にはローマ字の読み書きは完璧だったので、あらゆる英単語を無理やりローマ字読みして覚える方法を、自然に採用していました。そうしたら、クラスで一番英語の成績が良かったM君も、同じような方法で覚えていたので、よし!これは間違いなく最強の英単語攻略法である、という自信を深めました。そうして私とM君は、「doesは、どえす」って覚えとけば間違えないぜ」と、伝道師のようにクラスのみんなに教えて回っていたのですが、ある時、この布教活動を知った英語の先生が、お怒りになってしまったのです。「英単語をローマ字読みするクセをつけるのは良くないことだ!余計な事を広めるな」みたいな感じ。どうして良くないのか、その理由はサッパリ解らず。まあいいや。みんなは感謝してくれてるんだし、これからもこっそりローマ字読みするもんね。

 それから10年後、私が中学の教員になってから、同僚の英語の先生にこの話をしたところ、なななんと、10年前の再現になってしまったぁぁっ!「ローマ字ね、あれホント邪魔なんだよ。あんなもん教えるから英語ができなくなるんだ」 う、うわぁぁぁ。実は同様な怒りを、何人もの英語の先生から受けちゃいました。私自身は、ローマ字が得意だった事が英語の読み書きの助けになったと確信してますから、英語の苦手な子には、まず徹底的にローマ字をやらせた方がいい、とか主張するわけです。そうすると、英語の先生たちは何故かみんな怒りだすんだよな。どうしてそこまでローマ字を目の敵にすんのよ。doesは「どえす」に変換されること無く、瞬時に脳内で「だず」鳴らなきゃ英語じゃねぇよ!って言いたいんだろうけど、それは英語が好きで得意なあなた方だから可能な事であって、私なんかがローマ字という武器を持っていなかったら、「どえす」の「ど」すら出てこないんだから、アルファベットの洪水を前にして呆然と立ちつくすだけだったろうな。
 実際に私は5年間の中学教員時代に、英語の補習もずいぶんやりました。英語が苦手と一口に言っても、更に2つのレベルがあると思います。軽傷の苦手・・・ローマ字はすらすら読める→本文の全文暗記をさせれば、あっという間に苦手克服。重症の苦手・・・ローマ字読めず→すべての英単語に対して手も足も出ず、読めないんだから覚えられるわけもない→ローマ字を徹底的に教え込んだら、amとかisとかが読めるようになって、それだけで随分感謝された。
 私のこの実践に興味を持ってくれた英語の先生は1人だけいました。すごく柔軟な考え方のできる人でした。他の人々は、理科の教員が専門外の英語について何をホザいてやがる・・・って思うのが普通だから、まあ相手にはしません。しか〜し!前回の繰り返しになるけど、英語が得意で英語の先生になった皆さんに、英語で落ちこぼれる原因が解るはずがないのです。この前提からスタートしない限り、いつまで経っても「得意な生徒だけしか相手にできない先生」から脱出できません。
 さあ、英語の先生たちよ、束になってかかってきなさい!ローマ字論争、受けて立ちましょうぞ!

12月17日 山月記と羅生門にやられた

 私が高校に入学して、最初に遭遇した現代国語の教材は「天山の巨峰」という論説文で、これには手も足も出ず、文章の意味がさっぱりわからないまま終わったことは、以前このコーナーでご報告したことがある。しかし、苦難はこれで終わりではなかった。天山でクラス全員を「???」に陥れたその先生は、小説分野に移っても、「?」攻撃の手を緩めることは無かった。「山月記」「羅生門」・・・高校国語の定番教材らしく、最近の生徒も読まされているようだが、私はこれらの物語がさっぱりわからずに高校を終えた。まず、自分で一読した感想は、「あり得ない設定」「ラストがしょぼい」「何が言いたいんだ?」。私は、自分で言うのも何だが、知的好奇心は旺盛な方だと思っていたので、きっとこのシュールな小説の面白さを、先生が解説してくれるのだろうと期待したのだが・・・。まさに天山の二の舞としか言いようが無かった。国語の時間は耐え忍ぶ時間と化していたな(泣)
 私の場合、その後数年経ってからこれらを読んだら、なかなか面白いと思った。普通の食事に飽きた人が、ゲテ物と言われる食材に走るように、普通の小説をさんざん読んだ後でシュールなやつを読むべきだと思う。食べることの楽しさを知るための段階では、いきなりゲテ物なんてやめといて、カレーライスかハンバーグにしといた方がいい。最近の高校生は読書量がう〜んと少ないそうだから、尚更、国語の授業で山月記なんて無理して読ませずに、解りやすいSFとか推理小説なんかを扱ったらいいんじゃないかと思っている。
 ・・・という話を、ある時、国語の先生にしてみたところ、バッサリと斬り捨てられた。「SFとかじゃぁね、教材として浅すぎるんだよな。山月記くらいじゃないと、内容を深めていけないよ」 ううう、そうかいそうかい。やっぱり貴方は国語の先生さ。山月記の面白さが理解できなかった僕の気持ちなんて解らないでしょうよ。でもね、ハッキリ言っちゃうよ。貴方と同じレベルで山月記を面白いと感じてる生徒は、ほぼいない。ここが我々の最も注意すべきポイントだ。(11月17日記事 「微分のまっち」参照) 我々は皆、その教科が得意だったからこそ、その教科の先生になれたわけだが、その点が実は最大の弱点でもある。
 この弱点を補強する方法はただ一つ。苦手な生徒からの質問を大歓迎しながら、思考プロセスを分析することだ。理科が苦手な人の物の考え方は、理科が得意な人には思いも寄らぬパターンが多く、それはすごく新鮮である。そのパターンを多く知ると、苦手な人に対して説明する方法が見えて来る。
 今日は国語の先生を斬ったので、次回のターゲットは、英語の先生にする。覚悟せよ!

12月 8日 続・指揮者の資質(7)

 合言葉は「本番で何かが起きる」・・・。超生意気を承知で述べますが、何回も練習してきた事を、その通りにステージで再現できたとして、どうなんでしょ?「無事に終わって良かったね」くらいしか残らないんじゃないだろか。私自身、高校を卒業するまでに経験した全てのステージがそうでした。ところが、大学に入って最初の合唱団の演奏会で、衝撃的な体験をすることに・・・。本番が一番良い出来だったのだ。いや、上手かったかどうかは判らないけど、一番楽しく歌えたのは確か。なぜこんな事が起きるのか、狐につままれたような感覚でしたが、先輩たちが言うには「うちのグリークラブはね、本番になると必ず神風が吹くんだ」・・・という、訳の分からない説明。ただ、先輩方は明らかに、本番前から「最高の本番」を確信しているフシはありました。私自身、その後立て続けに「最高の本番」を経験してみて、その原因として思い当たったのは、やはり指揮者の働きでした。指揮者の先生が、明らかにいつもと違うテンションでムードを作り、それが団員に伝染し、「間違えないで歌えるかなぁ」なんてオッカナビックリの気持ちを吹き飛ばし、「よっしゃ、楽しむぞ〜」って雰囲気に変わる。こうなるともう、失敗する気がせず、本番は怖いどころか楽しみで仕方なくなります。まあそんなわけで、私も@「特別な本番」にするために、工夫を重ねているわけなのだ。

 「ルパン三世」のお話の中に、動きを完全に読まれていることを察知したルパンが、第三者に「何でもいいから騒ぎを起こしてくれ」と依頼する場面がありました。ルパン本人さえ知らないハプニングが起きるんだから、敵がルパンの行動を読めるわけがない・・・。これがルパンの狙いだったわけです。私は、第三者の力は借りないけれど、その瞬間瞬間に降りてくる神の力によって指揮棒を振ることにしたのである(笑)。さぞやメチャクチャになるだろうと思われるでしょうが、正にその通り(笑)。ただ、私の頭の中にある音楽には、きちんとした整合性は保たれているから、それを奏者に伝えるためのジェスチャーが意表を突くものになるだけで、意志は伝わってます。だから、演奏が大崩壊するってわけではないのだ。

 24日のコンサートでは数々の神が降りてきましたが、特に「ディスコキッド」では、いいところで来ましたな。私と「ディスコキッド」の付き合いは35年くらいになるかな。衝撃の課題曲として世に出た時から、ずうっと好きな吹奏楽曲。1人の超悪ガキが、傍若無人に振る舞ったり、ちょっとカッコつけてみせたり、かわいい寝顔を見せたと思ったらタヌキ寝入りだったりとか、いろんな情景が見えてくる楽しい曲です。そんな「ディスコキッド」のラスト12小節。管楽器がジャーンと全音符を鳴らす後ろでドラムソロ、これが4回。その次は全音符が4分、8分と細分化され、ジャージャージャージャー、ジャジャジャジャジャジャジャジャ、ってなります。これがラストから8小節前と7小節前。大人が束になってかかっても手がつけられない、超悪ガキパワー全開ぶりを表現するには、8分音符にグルーブ感を与えると軽すぎてしまうので、8つ均等に鳴らしたい所。4分の4ではなく、8分の8として考えるわけだ。リハーサルでは、普通の4拍子的に振っていましたが、本番ではなんと1小節内に4拍子2回分を振ったぁぁっ!つまり、8分音符に合わせて「下左右上下左右上」と振ったから、腕をかなりの高速でブン回した感じになります。こうやろうと思いついたのは、その1小節前に来た時。発案→検討→決定まで1.5秒くらいしか無かったけど、実際は発案と決定が同時。だから神が降りたとしか言いようがありません。今思い出しても全体的にハチャメチャな「ディスコキッド」でしたが、どこの演奏よりも面白いなあ、と自負しています。
 次は3月に「スクーティン・オン・ハードロック」という吹奏楽曲で神の降臨を待ちます。曲を完全に頭に叩き込んで、イメージを作って、整合性の取れた演奏プランを構築して臨めば、必ずや神は舞い降りるであろうし、そうして自在に神を呼び寄せる時こそ、私が神として崇められる時であろう(笑笑)。

11月28日 続・指揮者の資質(通算6)

 24日に、私が常任指揮者を務める社会人バンドの大きな本番が終わりました。前シリーズでご報告した通り、私は昨年頃から、いろいろなキッカケによって、指揮者としての自信を取り戻し、500ワットだったオーラが1500ワットくらいで放射できるようになりました。これは電子レンジで言うと、家庭用だったのがコンビニで弁当温め用に使ってる業務用になったくらいの変化です。そして、今回の演奏会では、私は更なるネクストステージへの階段を上がることになったのだ!ほ〜っほっほっほ・・・。簡単に言えば、演奏中に神が降りてきた・・・みたいな感じですが、神を呼び寄せたのは間違いなくこの私。再度、ほ〜っほっほっほ。

 演奏会に於ける我々奏者の任務は、お客様に楽しんでいただくことです。これはプロもアマも同じこと。指揮者は、自分の後ろ姿ではなかなかお客様にアピールできないので、演奏者を介して、つまり演奏者のテンションを高めて楽しい演奏をさせることによって、間接的にお客様を楽しませるものだと思います。ずばり、演奏者を楽しませる・・・これが良い指揮者の条件です。
 練習回数がしっかり確保されて、十分な回数の通し練習ができてるような時、普通は良い本番ができると思われるでしょうが、意外とやりにくいことがあったりするのだ。それはマンネリというやつ。次の展開が完全に分かりきっちゃってるから、指揮者に注意を払わない人とか出てくるんだよな。さすがに全く見ないとテンポがずれるから、棒の動きだけは見てるんだけど、こっちの表情とかまでは見ない。だってどうせ前回と同じだも〜ん。さあ、この状況を打開するために、私が実行したのは、本番だけ振り方を変えるというイジワル。実際これは効果抜群でしたな(笑)。調子に乗って、当日のリハ終了時に「本番はまったく違う振り方するからね〜」って宣言したら、年上の音大生から「そういうことすんな。何のためのリハーサルだ!」って怒られたけど、結局やっちゃった(笑)。
 音大生氏の叱責は正しいです。テンポやフェルマータの長さまで変えちゃったら、リハの意味が無くなっちゃうから、私が変えるって言ってるのはおもに振り幅、つまり腕を振り回す大きさですね。あとは顔の表情。こういうのをガラッと変えると、演奏者も「おっ!」と思ってこっちに注目してくれて、本番特有のテンションが生まれます。

 去年までは、リハではこくらいに抑えて、本番はこのくらいイッちゃおう・・・みたいな計画に基づいてやっていましたが、計画そのものがマンネリ化してきて、「どうせ直井は本番はこう来るだろう」みたいな予想ができちゃうメンバーが増えてきました。そりゃそうだ。20年以上の付き合いになる団員や、私の指揮で本番経験豊富な教え子たちが多いですからな。そこで今回私が試したのは、その計画を持たずに本番の指揮を振ることです。私自身が何が起きるか解らないという、最高にスリリングな本番(笑)。その結果はいかに・・・。
 次回・・・「ディスコキッド、ラスト7小節前で神降臨」に続く。

11月17日 微分のまっち

 「まっち」と呼ばれていた生徒が、ある日、目を輝かせながらこう言って来た。「先生、私、微分なら任せてよ。もう、微分のまっちって呼んで!」 「ほぉ〜、それは良かった」・・・と答えつつも、私の頭の中は「?」で一杯になった。まっちは数学が大の苦手で、いつも赤点か赤点すれすれ。方程式や関数のグラフで苦しみ抜いているはずの子が、なぜ微分だけ大得意になるのだろう?数学の先生に尋ねてみて、ようやく謎は解けた。たしかにまっちは微分の小テストで満点を取っていた。中味は、微分を勉強し始めてすぐの辺りで、「3xの2乗を微分せよ」とか、そういうのが10問くらい続いている。数学の先生が笑顔で言った。「このテストは、右肩の指数を前に出して、そんで1つ減らすという機械的な作業ですから、微分の本質とは程遠いんですけどね。でも、まっちがそんな事を言ってましたか・・・。満点が嬉しかったんですね。よし、微分のまっちって呼びますよ」

 私は初任の頃以来ずいぶん長いこと、面白い授業をやろうとしてきた。面白い授業をやれば、生徒は必ず興味を持って、理科を好きになってくれると信じてきた。こう言うと皆さんビックリされるだろうが、今はそれは間違いだと思っている。
 私がやってきた「面白い授業」は、正確に言うと「私が面白いと感じる授業」であって、生徒の受け止め方は様々である。実は多くの生徒が、私が面白いと感じている程には面白がっていない。ところが、私と思考方式がそっくりな何人かの生徒が「直井先生の授業は面白い」と言ってくれたりするもんだから、私もすっかり肯定された気分になって、間違いに気づくのに20年以上かかってしまった。この間、実はつまらないと思っていた、物言わぬ多数派のことはすっかり黙殺していたわけだ。考えてみたら、すごく初歩的なこと。自分が面白いと思った事を話したら、相手が無反応・・・。そんなのよくあることじゃないか。

 大学に入ってすぐに、「解析学」という、数学のある分野を扱う科目で、εーδ(イプシロンデルタ)論法というのが出てきた。大雑把に言うと、1本道があって、A君が「ここを真っ直ぐ進めば間違いなく目的地に近づくよ」と言った。B君「そんなの言われなくても解るよ。あったりまえじゃんか!」 A君「いや、当たり前とは限らないんだ。今から証明してみせるよ」・・・みたいな話。正直、私はA君の証明とやらを聞いた後も、全然ぴんと来なくて、俺はこの先もずっとB君でいいや、と思ったけど、隣りで授業を聞いていた神奈川県トップクラスの進学校から来たお姉ちゃんは、えらく感動していた。講義してる先生の感じている面白さが、このお姉ちゃんには伝わったけど、私には伝わらなかった。「ここを真っ直ぐ進んだ先=目的地」。高校時代の私は、この結果だけをサクサク出せたことで数学に自信をつけ、理系に進学した。微分のまっちと何も違わない。きっと誰もが、あるレベルに於ける微分のまっちなのだと思う。

 最近の私の授業は、面白いかつまらないかは2の次にして、ある事を「できるようになる」・・・これを重視している。基本的な公式に当てはめる問題の連続。場合によっては、教科書から正解を探し出して埋めるだけのもの。とにかく「できた」「正解にたどりついた」・・・この経験を積むことで自信がつくと、より難しい問題に挑もうとする。そして、もしかするとその先にある面白さが、チラリと見えたりするかもしれない。
 私にそんな事を教えてくれたまっちも、もう2児の母。子供たちに「お母さん、数学は得意だったのよ。微分のまっちだったんだから」って自慢してくれることだろう。素晴らしいことじゃないか。というわけで、明日からも徹底的につまらない化学を続行する。

11月 4日 指揮者の資質(5)

 本シリーズの最終回は「話術」について。話術は人を惹きつけるための強力な武器なので、まず演奏者たちを惹きつけなければ始まらない指揮者は、さぞ巧みな話術を駆使する・・・と思われるでしょうが、んんん、何とも言えず。確かに話のうまい、というか話好きな指揮者はいます。ただ、そういう指揮者の場合、曲が止まる度に10分20分と演説が挟まったりするので、プレイヤーは吹いてる時間の方が少なくなって、イライラしちゃいます。
 昔、助っ人で出演したバンドの指揮者は、やたら昔話が多い人で、ほとんどが団の創立当時の思い出話でした。団員の半分くらいが、どうやら創立からのメンバーらしく、彼の話を聞いてうんうんとうなづいていましたが、残り半分は明らかに話が見えなくて、すごくつまらなそうな表情になっていました。彼の言葉に誰かが反応して笑ったりすると、更にご満悦になって、どんどん話を発展させてしまい、もう誰にも止められない(泣)。でもこの人の場合、余談が終わって曲に戻りさえすれば、合奏は手際よく進めてくれたので、まだマシ(笑)。私が一番苦手なのは、曲に関すること、譜面に書いてあることを延々と話す人だな。「では頭から注意点を確認します。頭のファンファーレはフォルテなので、しっかりフォルテでください。Aの前のリタルダンドは、かなり極端に遅くしますからズレないように。その次の・・・」 こんな調子で、ヘタすると1曲全部の説明を終えちゃうのだが、聞いてる側はたぶん誰も覚えていない(泣)。演奏者側に言わせれば、そう吹いて欲しいなら、そう振ってよ!ってわけで、口数を減らして、棒で表現してくれたら、合奏の能率もうんと上がることが期待できます。というわけで、指揮する上で話術は特に必要ないかも(笑)。たとえ話が上手くても、話が長い指揮者は、私は嫌いです。
 私が好きな指揮者は、話は短めなんだけど、一つ一つの例え話が凄く面白い人。あと、歌が上手くて、こんな風に吹いてねっていうのを、説明じゃなくて歌ってみせて納得させてくれる人。例え話はその場その場の単発的なもので良いです。私みたいに、曲全体を一つの物語にして話しちゃうのは、演奏者の自由なイメージを縛る気がするので、実は良くないと思っています。だから私は、私の指揮で演奏したくない(笑)。歌うことに関しては、私も指揮の時によく歌って聞かせますが、ほとんどラララ〜とかタタタ〜とか、単調なんだよな。良い指揮者の皆さんは、実にいろんなスキャットを駆使します。らぱぱぱ〜ん、ろこここ〜ん、でぃぎでぃぎでぃん・・・とか、いろいろ登場するんだけど、妙にハマってて解りやすいんだよな。私のスキャットなんて、ジャズならまだマシだけど、クラシックは・・・。やっぱり私の指揮では演奏したくない(笑)。
 最後に、自分はダメダメだと強調している私ですが、最近、「自分が高校時代に物理は直井先生に習いたかった」と思う事が多くなりました。思いっきり自画自賛ですが、私が考案して使っている例え話は逸品揃いで、私自身が高校時代につまづいて理解不能だった箇所を、うちの生徒に難なくクリアさせているのは事実です。あ〜、ほんと、直井先生に習ってりゃな〜。我ながら凄い事だと思っていますが、結局、これが長年プロの世界で生きてきた証なのでしょう。指揮の方は、やっぱりアマチュアなのです。まあでも、好きな曲を好きなようにやれるという、アマチュアの特権を存分に満喫しながら、少しでも皆さんが楽しく演奏し、楽しく聴いてもらえるように頑張って行きま〜す!

10月28日 指揮者の資質(4)

 振り方も解釈もメチャクチャでダメダメな私ですが、唯一、聴音(聞こえた音が何の音か判別する)と、ソルフェージュ(譜面に書かれた音を正しく歌う)の力だけは、そこいらの音大生なんぞには負けないレベルだと思います。ウソだと思うなら、音大生たばになってかかって来いよ〜!軽く返り討ちにします。実際、スコアを見ながら演奏を聴いていれば、誰がどこで#をつけ忘れた・・・とか絶対にわかるし、聴いたことの無い曲のスコアを眺めて、どんな響きになるのか想像できます。たぶんプロの指揮者にとっては、そんなの当たり前じゃん、て言われそうだな。っていうか、最低それができないと仕事にならんだろう。その理由は以下の通り。
 プロの演奏家が#落とすなんてやらんだろうと思うかもしれないけど、人間ですからやっぱり落とします。単純な和音だとすぐに気づくけど、合ってんだか間違ってんだかわからんような複雑な曲もあるし、譜面そのものが間違ってるなんて事も実はしょっちゅうあるから、最後はやっぱり指揮者の耳と判断力が頼りです。次に、曲が建築物なら、スコアは大雑把な設計図です。現場監督である指揮者は、設計図からどんな家なのかイメージして、大工さんに建て方の指示をするわけだ。だから、スコアから演奏を想像する力は必須です。
 ・・・とは言うものの、アマチュアの世界ではどうなんだろ?私は、少しだけ状況が違うように思います。まず、聴音力がとっても重宝する、これは間違いない。特に中学生高校生の部活では、間違った音がシャワーのように降って来るので(泣笑)、片っ端から摘発しちゃって、最速で正しい演奏に導くことができます。しかし、スコアの読解力となると・・・。
 私たちアマチュア指揮者や吹奏楽部顧問の多くは、あらかじめ聴いたことのある曲を振ることがほとんど、っていうより、ある曲を振ることに決まったら、まずその曲の音源探しに奔走しちゃいますよね。・・・で、それはよっぽどの新作でない限り、すぐに入手可能です。音源から曲のイメージを取り入れる方法は「レコ勉」て言うそうですが、レコード勉強の略だから、現代なら「CD勉」か「YouTube勉」だな。当然、聴いた音源の演奏に大きく影響されることになるでしょう。熱心な人は、何通りかの異なる音源を聴き比べて、取捨選択によって自分の演奏を作り上げて行きますが、そこまでやっちゃえば、スコアの役目はもはや現在位置確認と、パートの役割分担確認くらいのもの。どの楽器が何の音を吹いているか、までは知らなくても、指揮は十分可能です。
 「レコ勉」派の人が陥りやすいのは、どうやら音源を聴きながら、それに合わせて振る練習をする人がいるらしく、指揮棒が演奏を追いかける感じで動くんだよな。全然、演奏をリードできてないわけだ。これはとても良くないので、「レコ勉」中はスコアを見るだけにして、振るときは音を止めちゃって、自分で歌いながら振るといいと思います。
 最後に、私はどうしてるかと言うと、「レコ勉」だと絶対に誰かしらの演奏そっくりになるので、自分のイメージを作るため、ピアノを活用しています。吹奏楽のフルスコアを見ながら、それをピアノで弾くという作業ですが、メロディー、対旋律、ベースライン、コードをすべて把握しないと弾けないし、繰り返し弾きながらテンポや強弱を決めてゆけるから、指揮の準備としては超効率の良い方法だと思います。ううう、指揮者の皆さんから「そんなのみんなやってる事だよ〜」って言われるかな。次回・・・話術編(最終回)に続く

10月24日 指揮者の資質(3)

 私が真剣に指揮する曲は、多くの場合、ちょっと変わった雰囲気の演奏になります。たぶん、他人と同じはイヤだ〜という気持ちから、どこかしらを意図的に変更したくなるのかも。そしてその結果はと言うと・・・。アマチュアの演奏者からは案外評判良いのですが、専門家・・・特にコンクールの審査員からはメッタ斬りにされます。
 よくコテンパンにやられるのが「テンポ速すぎ」ってパターン。速いテンポってことは、基本的に軽やかに演奏したいわけですけど、それがどうしても重くなっちゃう時、私はショック療法として、指定テンポを上まわるアップテンポでやります。そうすると、吹き方そのものが変わって、軽やかな感じのコツをつかんでもらえることも多いが、当然、崩壊の危険と背中合わせで、音符一つ一つを歌い切れない可能性は高い(泣)。
 今までに一番コテンパンに叩かれたのは、コンクール課題曲の「ミニシンフォニー変ロ長調」の時です。正直、困り果ててました。曲の感じは明らかに室内楽で、直管が10本もいるような吹奏楽だとうるさ過ぎなのは容易に想像できる。けど、じゃあ全部を弱く吹くとか、人数絞るんじゃ、何のコンクールだかわからなくなっちゃうので、私なりに斬新な味付けを施して、金管も遠慮なく鳴らせるような展開にまとめたつもりだったんだけど・・・。「様式というものを理解しない演奏は聴くに耐えん」くらいの事を書かれてしまいました。うぇ〜ん(泣)この後しばらくは、ちょっと自信喪失気味で、「僕って耳がおかしい?いや、頭がおかしいの?」って思ったりもしたけど、たぶん頭はおかしいであろう(笑)
 それにしても、振り方はヘタで解釈もトンチンカンて、指揮者としていいとこナシって事じゃんか。よく今までやって来れたもんだけど、それは演奏者の皆様とお客様が、「直井の指揮で聴きたい」とか、泣けてくるような有り難いお言葉で激励してくださったからです。言われてみれば、信じられないハイスピード演奏や、まさかっていう位の斬新な解釈する指揮者って、世界のマエストロの中にもいっぱいいるじゃあないっすか!この曲はこう演奏すべき・・・って決められちゃたら、面白くもなんとも無いですし、どんな不思議な解釈でも、それを好きになってくれる人がいたら、大成功じゃあないっすか!音楽に正解は無いのだ!というわけで自信を取り戻した私は、独自の解釈に確信を持ちながら、独自の動きによってそれを表す事ができるようになったのでした。やっぱり一番嬉しいのは、特定の曲名をあげて「この曲は今まで吹いた中で直井さんの解釈が一番しっくり来る」とか言われることです。
 次回・・・聴音力、ソルフェージュ力編に続く。

10月19日 指揮者の資質(2)

 世界的な名指揮者の中に、私の個人的な好みですが、棒さばき(振り方)がかっこいい人、そうでもない人、シャキっと振る人、そうでもない人・・・等々、いろいろいます。きっとプロの演奏者たちも、この人の振り方は解りやすいけど、あの人の振り方はわけわからん・・・とか思ってるんじゃないだろか、とさえ思います。ただ、客席から見るのと、プレーヤーとして見るのでは、当然違いはあるでしょうし、素人目にはわけわからん棒でも、彼が名指揮者として君臨していること自体、きっと素晴らしい何かしらがあるのでしょう。
 私自身の棒さばきは、残念ながらかっこよくありません。もちろん自分としてはかっこよく振りたいし、精一杯かっこよく振ってるつもりなんですけど、録画で自分が指揮してる姿を見ると、身体に一本筋が通って無いというか、ふにゃふにゃしてるし、ここ一番でビシっと決めて欲しい箇所もふわ〜っとしてるんだよな(泣)。もっと言うと、私自身は私の指揮で演奏したいと思えん(笑)。なんでこんなふにゃふにゃな指揮なのかというと、振り方の基本を学んでいないからだと思います。市民バンドの演奏会なんかを見に行った時、アマチュアの指揮者でも振り方がシャキっとかっこいい人は、たいていパンフレットの紹介文に、「指揮法を○○氏に師事」とか書いてあるもんな。私も誰かに基本を教わっときゃ良かったんですが、ウワサによると、斉藤メソッドという流派のレッスンでは、1拍子の叩きというフォームだけで何ヶ月もやらされるらしいです。その手間を考えると、もうここまで自己流で来ちゃったんだから、今更いいか・・・って気持ちになるんだよな。そんなわけで私は、自分の振り方に常にコンプレックスを感じながら、昨年くらいまで指揮をしてたわけだが、ここで転機が訪れたぁぁっ!
 たまたま見てたテレビ番組(クラシカジャパンだっけな・・・)で、ウイーンフィルの首席奏者2人が対談していて、そのテーマが何と「マエストロたちの思い出話」 カラヤンはどう言ったとか、マゼールはこんな風だったとか、いろんなエピソードが次々。ううう、面白過ぎる。そして話はいよいよ核心に迫る!「偉大なマエストロに共通していた事は」 ううう、共通していた事は?なにぃぃっ!?「何というか、オーラでしたね。振り方の上手い下手は関係無い」 うわっ!来たぁぁ〜っ!振り方ヘタっぴでも、マエストロは務まるんだ!私は、オーラならけっこうあるもんね(笑) でも、なるほど謎が解けたな。ウイーンフィルの人たちでさえ、あの指揮は解りにくい・・・って思いながら弾いてることが少なからずあるってわけだ。ただ、その人のオーラが凄くて、不思議とアンサンブルがまとまっちゃうんだな。ならば、私にもマエストロの資質は有るかもしれん。というわけで、この番組を境に、私は指揮者としての自信を大いに深めたのでした(笑)。
 不思議なんですが、最近急に何人かの人から立て続けに、「直井先生の指揮で演奏できることが幸せです」みたいな事を言われました。愛の告白を受けた心境で、ドキドキしちゃいますが、一体何が起こったのだろう?っていうか、何で今までは言ってくれなかったのに、急に今になってみんなが告り始めたんだ?もしかして、私が棒さばきに関するコンプレックスから解き放たれて、開き直りの境地に達した事で、指揮のオーラ値がハネ上がったせいかもしれないな。よ〜し、こうなったらとことん唯我独尊で、更なるオーラを放出してくれようぞ!次回・・・曲の解釈編に続く。

10月16日 指揮者の資質(1)

 私が楽団で指揮棒を振り始めたのは大学生の時でした。特に指揮者をやってみたかったわけではありません。ずっと昔に放映していた「オーケストラがやってきた」という番組で、「1分間指揮者コーナー」というのがあって、まったくの未経験者がプロオケを前に指揮者体験できるチャンスなんだけど、ああいうのを見ても、自分がやりたいとは思わなかったな。でも、自ら希望して指揮台に上がったことが一度だけあります。高校3年の合唱コンの時で、その時の指揮者があまりにもヘボくて練習効率が悪かったから、たまりかねて登壇したのですが、いざ自分が振ろうとすると全く思うようにできず、終わってみればヘボヘボ君の方が数段マシでした。これに懲りて、自分は生涯指揮をすることは無いだろうと思ってたけど、日野市の吹奏楽団で「お前もちょっとやってみろ」って言われたのがキッカケで、それ以来30年以上に渡って、ずぅっと指揮者生活してます。
 「お前やってみろ」という展開になった理由は、2つあったと思います。当時私はエレクトーンをバンバン弾けるようになってて、ヤマハのコンクールでもかなり上の方に行ってました。だから、ジャズやポップスの演奏方法については、音大生よりもいろんな事を知ってるんじゃないかって思われたようです。もう一つは、打楽器奏者が余りがちだったから、降り番でヒマにしてるくらいなら振らせとこう・・・って事だったかも(笑)
 自分より年上の団員がだくさんいるバンドで振るのは、なかなかのプレッシャーですが、ポップス系の曲に限っては、確かに私の指示や指摘にはとっても説得力があって、音大生にも文句を言わせませんでした。そのうちクラシック曲も振る機会をいただいて、ヴェルディの「運命の力」とか、シュトラウスの「こうもり」を、定期演奏会で悪戦苦闘しながら振りました。でも、ポップスで確固たる地位を築いた私は、ハッタリが効くようになったみたいで、クラシックでも「俺はこういう音楽を求めてるぜぇぇっ!」というオーラを出しまくり、いつの間にか正指揮者として君臨するようになりました。
 もちろん、この頃私は、指揮者とはどうあるべき?に関する最良の勉強はさせてもらっていました。大学の合唱団に所属している間に、本当に素晴らしい先生方の指揮で歌う機会に恵まれ、その練習の様子は正に目からウロコの連続。吹奏楽では、大沢可直さんの指揮で演奏できたこと、飲み会の場で大沢さんから受けたレクチャーで、私は指揮に興味を持ち、それからは積極的に振ろうと思うようになったのでした。
 今回からシリーズで書くテーマ「指揮者の資質」は、どういう人が指揮者向きかっていう意味でもあります。自分が向いてるかどうかなんてわからないけど、最低限必要なのは、まず指揮者というポジションの重要性を感じていて、その役割に興味を持っていることでしょう。そんなこと言ったら何だってそうなんだけど、興味があるからこそ探求心が芽生えて進歩するので、まずは興味と意欲!私はその点だけは合格点(笑)。次回・・・棒さばき編に続く。

10月 9日 台風接近時の学校

 まずは、内閣府・防災情報のページから引用します。
 『マスコミや住民から「何で避難勧告を出さなかった」みたいに言われるからといって、「避難勧告もとにかくはやく半日前から出しときゃええやんか」みたいなことになれば、空振り率は95パーセント位になってしまいます。「何も起きないね」っていう状況が続き、勧告そのものの信頼性が下がります。』

 台風18号が、6日(月)の午前中に関東地方に再接近するという予報を受けて、既に前日の5日(日)お昼頃から、いろんな情報が駆け巡りました。私たちはちょうどその頃、バンドの合宿中で河口湖にいたのですが、まず最初に飛び込んだのは、「凹目S号高校が明日休校だって!」という速報。ええ〜っ!私は耳を疑いました。天気予報なんてそもそもアテにならない事が多いし、ましてや台風はスピードや進路がころころ変わる性質ものだから、普通は明日の朝に判断でしょう。それにこの学校、以前は警報が出たら即休校にしていたのを、「警報が出ていても電車が止まらない限り営業する!」に変更した経緯があるのです。つまり、学校を極力休みにしない方針なわけだ。それが、前日の昼に休校を決めちゃったから、どうしたの?急に弱気になっちゃって?と思ったけど、台風18号がそれほど脅威だということなのだ。さあ、うちの高校は?弦太をはじめ、みんなで血眼になって情報を探すが、ホームページにもツイッターにも、何の情報もアップされていない。わお!もしかして通常営業?うちの学校も、お隣に負けず劣らずの根性学校で、単一の警報では休校にならず、大雨+洪水とか、大雨+暴風みたいに、ダブルになると休校なのです。というわけで、他校の休校決定情報が次々と舞い込み、うちだけは翌朝6時のニュースを待つことに・・・。
 さて、6日(月)朝、外は予想通りの豪雨。いつも通り5時40分くらいに起床してNHKテレビをつけると、どこも警報で真っ赤っか。しかも台風は正にこれから直撃してくるから、風雨はひどくなる一方で、アナウンサーも繰り返し「外出は控えて!」と繰り返している。うちは「6時にダブル警報→1,2時間目カット。8時にまだダブル警報→午前カット。10時にまだダブル警報→休校」というルールだから、6時の時報と共に、少なくとも2時間目までのカットは決まる。しかし今回に限っては、8時、10時を待つ必要があるんだろか?万が一、3時間目から授業がスタートする可能性があるなら、真面目な生徒は「電車が動いてる今のうちに学校へ向かおう」って思うはずで、実際、この日も何人かは登校していた。我が家の場合は、もともと土砂災害警戒区域に指定されていて、台風の時には危険個所だらけになる。もはや保護者判断で、弦太には6時に「今日は休校!」と宣言。自分のクラスの生徒達にも、規定では10時が最終判断時刻だけど、この状況だから、危ないから来るな!と指示。しかし、これは勇み足だったみたい。学校では「規定通り10時に判断」という統一見解で動いていたので、生徒を混乱させたようだ。
 私と同じように考えた保護者からの、クレーム電話を何本かいただきました。「この状況で、なぜ休校の判断を出さないのか!」「ホームページやツイッターに、なぜ何も情報が出ないんだ!」等。ううう、その気持ちはよく解る。ただ、以前には、台風が速度を上げて、昼前にはスカっと晴れて、「こんなに早く晴れたのに、なんでまる1日休校なんだ!午後からでもやれただろ!」というクレームを受けたことがある。冒頭の引用で紹介したように、予想が外れた時は、判断した責任者はボロクソに言われることを覚悟しなければならない。だから、前日に早々と休校を決断した学校は、大きな賭けだったと思う。実際、かなり早い時間に雨が上がったから、クレームも舞い込んだかもな。早朝に独自の指示を出した私も、もし授業再開なんてことになったら、うちのクラスの生徒だけが全員欠席という事態を招いていたはずで、処分ものだったと思う。八王子の中学校では、朝の時点で「午後から授業」の指示を出していた。結果的にドンピシャリだったが、それは結果論であって、台風がひどくなって登校中の生徒がケガでもしていたら・・・って考えたら、やっぱり安全第一で、休校にすべきだったんじゃないかと思うんだけど・・・。

10月 2日 大量採点ミス、その後

 都立高校の入試で何千件もの採点ミスが見つかった問題・・・来年度入試からの改革内容が発表されました。いっぱいあるのですが、一番大きいところでは、入試の直後2日間は生徒登校禁止ってやつでしょう。入試当日も合わせて、生徒は平日3連休になるわけだから、ディズニーランドは激混みになるだろうな。まあ、効果が期待できる改革だと思います。何しろ今までは時間が無さすぎたからな。こういう風に言うと、内情をよくご存じ無い方から「甘ったれんな!」みたいなお叱りを受けることがあるので、少し解説させてもらいます。
 我々教員は、たった1人で、300枚以上の答案を、たった1日で採点しちゃうことが可能ですし、実際そんな事はよくありますな。中学校に勤めていた時、生徒数は8クラスで342名。理科のテストが終わったその日に全部の採点を終えて、翌日には5段階評定を出したりしたものです。今も、240名の生徒を教えていますが、採点は基本的に1日で終えてる。「な〜んだ、できるんじゃん。じゃあなんで入試は大勢の教員が寄ってたかって採点してるくせに、何日もかかる上に間違いだらけなんだ?」って思われるでしょうが、簡単なことです。私が採点を1日で終えられるのは、私1人でやってるからこそなのだ。相棒とか協力者がいたら、むしろ絶対無理。好きなときに休憩して、深夜までやろうが徹夜しようが、すべてマイペース。入試の場合は、たくさんの先生方で一斉にやるから、どうしても17時には終えなくてはならず、日数が必要になるのです。
 採点ミスの原因について、どこかの評論家が「緊張感の欠如!受験生の人生を左右するという自覚が不足!」とか好き放題言ってたな。そもそも○○評論家という肩書きを持つ連中は、総じてろくなもんじゃないって解っちゃいるけど、やっぱりカチンと来ますな。オリンピックのメダル数が少ないからって、選手団を「たるんでる」の一言で切り捨てた元都知事と同レベルだ。
 腹立ちついでにもう一言。今回の件で、採点ミスがあった高校の校長が全員処分されました。処分、されたことないから知らないけど、都庁に呼ばれて偉い人のお説教を聞いて、ごめんなさいとか言わされるんだろうと思います。素朴な疑問だけど、採点ミスって校長のせいなの?つまり、校長さえちゃんと頑張ってたら、今回みたいな採点ミスは起きなかったってこと?そんなわけあるはずないから、反省のしようが無いな。全然悪くない人に責任押しつけて詰め腹・・・って、半沢直樹の世界だな。誰か都庁で「納得行きません!」とか反論する校長さん、いないかな。

9月25日 文化祭のお化け屋敷

 うちのクラスの出し物は「お化け屋敷」。無くてはならない企画であるにも関わらず、縁日と並んで「文化とは程遠い」とかいう批判の矢面に立たされやすいです。今回、1年生7クラス中3クラスがお化け屋敷だったもんだから、3Fのフロアに3軒のお化け屋敷が並んで、秋葉原電気街みたいだったな(笑) まずは、お客様に喜ばれるお化け屋敷のコツをお話ししよう。

 (1)暗さ
 とにかく外光を遮断すること。真っ暗な道を通るだけでも、肝試しとしては十分なくらいです。お客様に持たせる懐中電灯にも、セロハンや和紙等を当てて、明るさに制限を加えます。
 (2)突然の音
 何かを叩く音、風船が割れる音、叫び声等が、予期せぬところに突然発生すれば、怖いというよりビックリします。

 (3)本当に起きる怖いこと
 入場直前のお客様に、以下のようなご説明を行いました。物静かでありながらも、しっかりとした口調で行います。「ご入場される前に、どうしてもお伝えしておかなければならない事がございます。よろしいでしょうか?」
@「実は、今朝ほど入場なさったお客様が2組4名、未だ戻られません。現在、場内には非常に強い霊気が立ちこめておりまして、捜索隊が入れない状況でございます。皆様方におかれましても、出て来られる保証は致しかねますので、あらかじめご了承ください」
A「お客様が皆さん口を揃えて、お化けは5体いたと証言しておりますが、当クラスでは用意致しましたお化けは、4体でございます。これはあくまでも想像ですが、私どもと一緒になって皆様をお迎えしたくなった霊が、どこからか迷い込んだということでしょう。本物の霊は白い服を着た、髪の長い女性とのことです。霊界に連れて行かれてしまう場合もございますので、十分にお気をつけください」
B「今朝ほどから、出口のドアが急に開かなくなるというトラブルが起きております。原因はまったく不明ですが、霊の仕業という可能性が高いと思われます。もしも出口がロックした場合は、落ち着いてその場から動かないようにしてください。霊が現れた時は、くれぐれも失礼のないように、注意を払ってください。怒らせると永久に出してもらえなくなる危険があります」

 ↑上記の口上を述べると、話の内容で本当に怖がってくれる人は1割くらい、残り9割の人は面白がるだけでした(泣) でも、待ち行列の中にいるお客さんにも楽しんでもらうという精神は、某テーマパークと同じ。次にお化け屋敷やる時には、もっといろんな怪談を用意して、お客様サービスを充実させたいもんだな。大変だったけど、不思議とまたやりたい気持ちにさせられる。これも霊の仕業か?

9月14日 怪物「モル」への挑戦

 ついにこの時を迎えたな。化学基礎の授業は山場に差し掛かり、その単元名は「物質量(モル)」です。いまだかつて、「あたし、モルは得意だったわよ」っていう人に出会ったためしが無く、(化学専攻の人は除く) たいていの人は「あたし、化学はホント苦手だったわぁ。モルとか、わけわかんなかったし・・・」と言います。みんな、モルにやられてしまった人々です。化学を教える側の先生にしても、何度となく「モルわかんねぇ〜」の合唱を浴びせられ、モルを理解させることの難しさを思い知らされます。そう、我々もモルにやられてきたのです。そんな怪物「モル」に、私も何度か挑んだことがあって、やる度に教材をリニューアルして臨むんだけど、ううう、やっぱりこの怪物は手強いな(泣)
 モルの難しさは、私自身が高校生の時にも感じました。水素原子1モルの質量は1グラム、炭素原子1モルの質量は12g・・・っていう時点で、「なんで物によって違うのよ?」っていうところに悩みます。そして極めつけは、「水素原子2モルと酸素原子1モルから、水分子1モルができる」・・・ううう、なんで2+1=1 になるのよ(泣)ってところだろうか。
 今年はもう、「モルは易しい」なんて暗示をかけて始めることは最初からやめて、こんな宣言をしました。「ハッキリ言う。君たちより目上の先輩たちほぼ全員が、モルにやられた人々だ。私が今から教えるのが、そのモルだ。覚悟せよ!ただし、君たちには『モルにやられた』とは言わせない。『モルなんて簡単じゃん!』と、肩で風を切って歩く大人になってもらう」 怪物に挑む宣言というわけだ。では、中味を紹介します。

 今年は、まず「DARS」というチョコレートの箱を提示することからスタート。
 私 「このチョコ、なんでダースっていう名前なの?」
 生徒「12個入ってるから」
 私 「そうですね。1ダースは12個のことです。実はモルも同じような単位で、ダースより個数が多めなだけだ。もしも、MOLっていうチョコがあったら、1箱に何個くらい入ってるだろう?」
 生徒「百?千?」
 私 「まだまだ」
 生徒「億、兆、京?」
 私 「全然足りん!」(黒板に6と、0を23個書く)「というわけで、MOLチョコが発売されたら、一生かかっても食べきれん」

 こんな説明で、モルをダースと強力に関連づけて意識させておきます。この後、「1ダースがなぜ12個に決められたのか」 じゃあ「1モルはなぜ6×1023個に決められたのか」を話して、あとはひたすら演習問題。先ほどの引っかかりやすい2点についての説明は、こんな感じ。
 生徒「なぜ水素1モルより炭素1モルの方が重いの?」
 私 「じゃあ、イチゴ1ダースとリンゴ1ダースとスイカ1ダースを思い浮かべてみよう。1つ1つの図体が違うから、1ダースの質量も違ってくるよね」
 生徒「なぜ水1モルの中に水素原子2モルが入れるの?」
 私 「1本の串に団子2個が刺さってる串団子を1ダース買ってきて全部バラしたら、団子2ダースと串1ダースになるよね。じゃあ、その串団子を1モル買ってきたら、団子と串はそれぞれ何モルあるかな?」

 怪物が巨大なほど攻略したくなるし、過去ほとんどの人々が攻略に失敗した難攻不落な相手ということであれば尚更、というわけで、専門外ではあるけれど、「モルにやられたとは言わせない!」を合言葉に頑張ってます。国語の先生は「羅生門にやられたとは言わせない!」で頑張ろう!

9月 6日 やっぱり辛い9月病

 5月病ってありますよね。私も学生時代には5月病にかかったし、周囲の友達の中にもたくさんいて、5月のGW明けからパッタリと姿を見せなくなっちゃうような、重度の5月病患者もいました。でも、夏休み明けの9月病は経験してないんだよな。部活漬けで、休みだか何だかわからないような8月を過ごしていたせいだろうか?私の9月病デビューは、教員1年目でした。

 教員1年目の5月は、5月病にかかる余裕も無いくらいの日々でした。いきなり中2の担任になって、5月は家庭訪問があって、6月の2泊3日の移動教室の準備も進めたり・・・。朝7時から夜9時まで仕事しても終わらず、当然のように日曜出勤。そんな日々が、7月20日を境にして、ピタリ終了するのです。部活やる日も、もし午後1時スタートなら、先生も午後から出勤すればよくて、部活無い日はもちろん来なくてよい。部活をまったくやらない先生は、40日間のうち日直が当たる2〜3日だけ行けばよい・・・。そんな時代でしたから、9月病はきっと強烈だろうな。8月の終わりが近づくにつれて、そんな予感がしました。

 忘れもしない1985年9月1日、午前8時15分の職員室の風景。職員打ち合わせが始まる5分前くらいで、あちこちで先生方が雑談中。ひどく暑い日で、みんなウチワかそれに代わる物で顔をあおぎながら、「いや〜、始まっちゃいましたね」「ホントね〜、ついに始まっちゃったね〜」 どのグループからも始まっちゃった始まっちゃったの大合唱・・・って何じゃこりゃあぁぁぁっ!今日は始業式なんだから、始まってるに決まってんだろが。他に言うこと無いのかぁぁぁっ!っていうくらい。で、しかも、その「始まっちゃった」を言うときの表情が、「苦虫を噛みつぶしたような」が最適だろうか、とにかく、これ以上イヤな事は無いぞ・・・みたいな顔が、職員室中にズラリ並んでいたのです。新人の私は、今日を迎えるにあたり、自分なりに前向きな気持ちを盛り上げて準備したつもりだったけど、一気にどん底の気分に落ち込みました。

 ただ、その当時は9月病への対策も万全で、いきなり生徒と長時間過ごすのは身体に悪いから・・・じゃなくて、たぶん防災訓練がらみだろうけど、9月1日は10時くらいには生徒を下校させちゃって、いきなり教員は新学期の気合いを入れる会(?)を開始するのでした。いや〜、今考えると凄い話です。平日の午前10時半頃には、校長先生も一緒にビールで乾杯してたんだもんな(笑)。そのまま夕方っていうか夜まで校内で飲み続けるから、次の日はみんな辛いはずだけど、これも対策が取られていて、最初の数日間は短縮授業だったり午後カットだったりするのです。こうして、飲み会で勢いをつけつつ、慣らし運転の期間を経て、充実の秋に突入するというわけだ。
 最近の学校では、そうした配慮が全く無いのが普通だし、前後期制の学校なんか、9月1日はいきなり平常6時間授業だったりするもんな。というわけで、私の9月病も年々ひどくなってますが、生徒の方もこの時期は心身共にズタボロになりやすく、もう少し慣らし運転期間を設ける必要を感じます。まあ、とりあえずは最初の1週間を乗り切ったことを喜び合おう。

8月29日 やっぱり楽しい夏休み

 「モロゾフ」っていうチョコレート専門のお菓子屋さんがあって、年間の利益の大半はバレンタイン商戦で出しちゃうとか言ってました。1〜2月がその時期だとすれば、他の10ヶ月はシーズンオフってことだな。なかなか売り上げも伸びなくて辛い期間が続くけど、バレンタインがあるからやっていけるのだろう。我々教員は・・・と言ったら当てはまらない人もいるだろうから、言い直す!私の場合は、夏休みの40日間があるから、教員を続けてこれたようなものです。
 私の今年の夏休みを検証してみよう。40日間、いや、正確に言うと終業式から始業式の間は、7月19〜8月31だから、44日間あったことになるな。土日以外に、教員の夏休みは5日間もらえるので、今年は5日間中3日間を北陸旅行。残り2日はコンクール翌日と、ブラスフェスティバルの翌日。この2日間だけは、自宅とその近辺でゆっくりしました。では、それ以外の39日なのだが、すべて吹奏楽部関連の何かしらやっていたな。
 まず7/19(土)は合宿の前日だから、もちろん練習ありで、荷造りとかする。翌20から23が妙高高原合宿。29〜31は他校の合宿(苗場)。そこから先は8月14日のコンクールが終わるまで練習漬け。部活の休みは所々に入れてあるのですが、自校が休みの日はたいてい他校の練習に行くので、土日も含めて吹奏楽漬けになります。8/16〜18で北陸に行って、帰ってきた翌日から、さらに別の学校の練習に参加。21日から今日までは、ほぼ自校の練習。明日の土曜だけ、ぽっかりどこも練習が無いので、自宅にこもって譜面を書く予定だが、ラストの31(日)は練習あり。というわけで部活漬けです。
 吹奏楽部の練習は、基本的に1日中やるので、朝9時から午後5時まで。これは教員の勤務時間のほぼ全部に相当します。私の場合、一緒に合奏やパート練習に混じって吹くことが多いので、朝から夕方まで吹きっぱなしになりがち。同じ楽器でまる1日ということもあれば、いくつかの楽器を代わる代わる・・・ということもあるけど、とにかく勤務時間中、ずっと楽器をいじってることに変わりはないのだ。「ええ〜っ!それじゃあ直井さんは、他の仕事をする時間がまったく無いじゃないですか!」って思われるでしょう。実際、8月後半になると、新学期の授業の準備とかを着々と進めている先生も多いです。でも確かに、私にはそんな時間が無いのです。だから、やりません(笑)。夏休み中は、授業の事を完全に忘れて部活に没頭し、新学期の授業は9月1日に一気に創り上げることにしています。経験上、その方が両方の事に集中力を発揮しやすいです。
 自分はなぜこんなに楽器の腕前が上がるのだろう、と不思議な気もしたけど、こういう日々が40日間も続けば、まあ当然と言えなくもない。いや〜今年もいろいろ上手くなりました。世の中では夏休みの日数を縮小する傾向がありますが、ほんとそれだけは勘弁してほしい。バレンタイン廃止法案が可決された時のモロゾフみたいになっちゃうな(泣)。

8月20日 読書週間

 私の読書週間は8月中旬から始まります。年間通して何かしら読んではいるのですが、一番ハイペースになるのが8月のお盆過ぎ。この時期は恒例の旅行に出ますが、私はなぜか旅行先での読書が好きなのだ。旅行なんだから、家でもできる読書なんかやってる場合か?見知らぬ土地の探検に全力を尽くせよ、って思われるでしょう。もちろん探検もするけど、旅行中って意外と空白の時間があるんだよな。例えば私は早起きなので遅くとも7時には起きてるんだけど、他の家族はかなりのお寝坊さん。ここで私1人の時間が最低でも2時間は発生する。テレビもあまり興味ないので、ゆっくり読書ということになるわけだ。今回の能登金沢3日間を振り返ると、金沢では午後いっぱい単独自由行動で、先にホテルに戻った私はゆっくり読書。最終日の朝なんか、6時にホテルの朝風呂行って、上がってからずっと読書。去年の北海道でも飛行機の中、待ち時間でずいぶん読んだな。旭川市内と札幌市内で自由行動したから、その都度本屋に寄って、何か買っては読む。こんなに自主行動が多い家族旅行は珍しいだろうな。
 一昨年はもっと凄い。単独でフェリーに乗って小樽に向かったんだが、16時間もかかる上に殆ど揺れない豪華客船だから、これこそ読書に最適な場所だ。早朝に小樽に着いてからあちこち回って、お昼に旭川空港に着く弦太と合流の予定。旭川空港のロビーには1時間くらい早く着いたから、読書しながら待つ。まあこんな具合ですが、一つ困るのは、旅先で読み終わらなかった本の続き。これがどういうわけだか、家だと読む気がしない。これは旅の中で読んだ本!というイメージが強くなり過ぎるのかもな。仕方ないので、旅行から帰った直後にその本を持って、自宅や職場との接点が無いエリアまで移動して、喫茶店かどこかで続きを読み終えてくる、という面倒なことをやらなければならん(泣)
 ところで、旅先で読むのはどんな本なのかという点ですけど、基本的に小説で、選ぶ基準は特にナシ。ただし、あまり厚い本は、先述した事後処理(?)が大変になるので、できれば薄めのもの。東野圭吾さん好きなんですけど、この基準によって旅先ではボツ。今回は金沢で単独行動中、21世紀美術館を見たあと、香林坊にある紀伊国屋書店に寄る。選ぶアテは無かったのですが、ちょっと前に同僚の誰かが、「蛇にピアス」を読んで気持ち悪かったという話をしていたのを思い出して、文庫本の棚を探したら、おっ、手頃な厚さじゃん。芥川賞受賞作品だけど、かなり毒のある小説らしいので、怖い物見たさも手伝って購入決定!金沢の街を巡って、気分が落ち着いたところに「蛇にピアス」って、なかなかのミスマッチだな。もう読み終えましたが、衝撃的と同時に、考えさせられることも多い小説でした。毒のある小説がクセになりそう(笑)。

8月10日 大音量バンド

 コンクールに向けたホール練習をやって、うちのバンドはおそらく、音量なら東京でも1,2を争うという、確かな手応えを感じています(笑)。C組に20人で出るのに、なぜ大音量が出るのかというと、20人中5人が打楽器奏者で、和太鼓をバカスカ叩きまくるのである。こいつらはバズーカ砲並みの破壊力だから、強力なトランペット奏者が束になってかかってきたところで、一撃で撃沈できるのだ(笑)。ただし、大音量がコンクールで高得点を貰える可能性は極めて低いであろう(泣)

 私が過去に遭遇した大音量バンドの数々・・・。私としては、非常に印象に残る、好きなバンドなので、実名で紹介します。
(1)都立清瀬高校吹奏楽部
 10年以上前ですが、A組でフラッシングウインズを演奏した時のこと。圧倒的な音量に、場内の空気が一変しました。ティンパニは、ほぼショスタコ5番フィナーレ状態。結果は銅賞で、講評用紙を見せてもらうと、「野外演奏会ではないのだから、ひたすら吹きまくる叩きまくるという態度を何とかしろ」みたいに書かれていたな。このバンドの合宿所にお邪魔したときは、とにかく部員の皆さんが、演奏が楽しくてしかたがない・・・みたいだったのが印象的でした。
(2)横浜市立原中学校吹奏楽部
 これも10年くらい前だろうか、定期演奏会を拝見したのですが、ポップスステージでは打楽器奏者全員がドラムセットをズドーンと鳴らしてのタム回し。ラッパやサックスのソロも楽器がブーリブリ鳴る!ここまで堂々たる演奏をする中学生を見たことが無かったので、衝撃的でした。その夏の合宿にコーチとしてお邪魔させてもらいましたが、自由曲は「ぐるりよざ」で打楽器大活躍。しかし結果は銅賞。批評は「音が暴力的である」。顧問の先生は涼しい顔して「うちは音の暴力団ですが何か?」(笑)
(3)工学院高校吹奏楽部
 これぞ真打ち!究極の大音量バンド。20年くらい前の八王子フェスティバルに登場したのは、男子校の工学院。曲は「軍艦マーチ」・・・パチンコ屋で流れるやつです。頭のジャーンジャーンジャンジャカジャンジャンだけでなく、メロディもサビも何もかも、すべて全員が顔を真っ赤にしてフォルテ5つで吹きまくるのでした。大音量だけのバンドかと思いきや、2曲目は「星条旗よ永遠なれ」で、例のピッコロソロを何と指揮者の先生がチューバで吹き出した!場内大喝采。私はしばし放心状態で、アンケートには「恐ろしいバンドを見た」とだけ書くのがやっとでした。

 よく通る音、よく飛ぶ音、ならいいんだけど、単にデカいだけの音は、コンクールでは大減点を免れません。でも、音がデカいというのは、それだけでお客さんに与えるインパクトが強いです。特に、広い場所でやる演奏会では、まずは会場の隅々まで届く、というより会場全体を鳴らせる音量が不可欠です。また、デカい音が出せるってこと自体、そのプレーヤーが自信と喜びをもって演奏している証拠であり、まずは出せ出せ〜っていう指導はアリだと思うのです。ご紹介した3つのバンドの指導者は、その辺りのことを理解された上での確信犯だったのではないでしょうか。
 うちの今日の練習は、金管に「とにかく出せ〜!打楽器に負けるな〜!」を言い続けたな。ようやくみんな、「吹いてスカッとしたぜ」って顔になってきました。まあコンクール本番ではもうちょいバランスをなんとかするだろうけど、24日のフェスティバルでは、市民会館の屋根を吹き飛ばすくらいの恐ろしいバンドになるのも面白い気がする。

8月 3日 つっかえても演奏を止めないコツ

 写真:チャペル正面

 バイオリンデビューから半年、今度はパイプオルガンデビューしちゃいました(笑)結婚式場の楽器なので、もしかするとパイプはただの飾りかもしれないけど、響きや雰囲気はまさしく大聖堂のパイプオルガンそのものだったから、まあいいや。
 なぜそんなチャンスが巡って来たかというと、同僚が結婚式でフルートを演奏するので、その伴奏を頼まれたのです。披露宴の余興ではありませぬ。チャペルでの挙式で、新郎本人が「誓いの演奏」(曲はオンブラマイフ)を新婦に聴かせるという、珍しい企画でした。結婚式場には、専属のオルガニストがいるはずで、その人に頼めば最も安全なはずですが、素人の同僚とか友人が登場した方がアットホームな感じはするだろうし、何よりも練習やリハーサルが、プロのオルガニストさんに比べれば、たくさんできるというメリットがあります。そんなわけで、まず学校で1回目の練習。クラビノーバに内蔵のパイプオルガンの音色にして、フルートと合わせて見ましたが、ううう、難しい。サスティンが使えないので、ずうっと押しながら素早く隣の鍵盤に移る、すり足のような指使い。曲のテンポとサイズを決めて、あと心配なのは1ヶ所だけあるフェルマータの時のアイコンタクト。オルガンは壁に向かって座る感じだから、フルーティストは背中方向になってしまうけど、たしかバックミラーみたいなのがついてるはずだから大丈夫だろう、ということで練習終わり。無制限にやれるはずの練習は、この1回きりだった(笑)ちょっぴり、っていうかだいぶ不安になったので、7月最終に参加した苗場の合宿所にも譜面を持っていって、ピアノで弾きこんでおいたけど、実際のオルガンがどんなものなのか見当もつかないから、ジタバタしてもしょうがないんだよな・・・と思って、当日リハ勝負に賭けることにした(笑)
 さて8月3日(日)の当日を迎えました。式に参加する親族やお友達のいる待合室にいると、係の人から「オルガニストの直井様ですね。お待たせいたしました。会場にご案内致します」と呼ばれる。「うむ、苦しゅうない。では参ろうぞ」 テンション上がりまくり。指輪交換のリハとか見学した後、いよいよ「誓いの演奏」のリハです。司会の方が、会場専属のオルガニストさんを紹介してくれて、ご挨拶。とっても優しそうな女性の方でした。私が、クラシックのオルガンに触るのは初めてだと告白すると 「あ、それでしたら、下鍵盤だけで弾かれればピアノと同じですよ。右足はボリュームペダルですから、踏み込まないで。音量は私が調節しますから」とアドバイスしてくれました。予想通りバックミラーが2つあって、その1つにフルートを持った新郎が映っていました。よっしゃ、やるか!演奏スタート!うわっ!鍵盤を押した瞬間に、チャペル全体を包み込むようなパイプオルガンの響き!これ、BGMを聴いてるんじゃなくて、紛れもなく自分が弾いてる音。何という快感であろうか!ううう、超気分いい。そしてA4で3枚弱の譜面をノーミスで弾き切って、リハーサルは無事終了。こりゃあ本番が楽しみだぜ!でも私の場合、リハが完璧だと、必ずと言っていいほど、本番がズタボロになるので、実は既に落胆していた(泣笑)
 さあ本番だ!うぎゃっ、いきなりのアクシデント。フルーティストの新郎が鏡の中に映っていない。立ち位置がさっきと違うのか、鏡の角度が変わったのかわからないけど、とりあえず2枚のうち大きい方の鏡を動かして新郎を捕らえた。ほっとしていると、わお!もうMCが終わっていて、弾き始めなきゃならないタイミング(汗)。こういう時にヘンな間を作るのだけはいやだ。そんなこだわりから、深呼吸を省略して演奏スタート。この時点でズタボロ演奏は約束されたも同然だったが、イントロを無難に終えてフルートが入ってくる。おっ、いけるかも・・・って思うことが実は一番良くない(泣)案の定、こりゃノーミスで行けるかも、というスケベ心を出した瞬間に間違えた!専属オルガニストのお姉さん、リハの時と表情がまるで違ってきた。私が正しい音を弾くたびに頷いて、「あと少し!頑張って〜」という声が聞こえてきそうな、祈るような目で私の譜面を見つめている。一つの間違いが、すぐに次の間違いを誘発するから、いったん崩れ始めるとミスタッチは2つ、3つと連続し、それで頭が真っ白になって、演奏そのものがストップ、っていう最悪の事態に陥ることも、決して珍しいことではない。お姉さんも、そういう事例をたくさん見てきたに違いないから、私の演奏が大崩壊に向かってまっしぐらだと思っただろうな。しかし!ほ〜っほっほっほっ、崩壊しないのだよ。
 マー君もダルビッシュも、不調なら不調なりの本番調整能力が高いから、あれだけの勝ち星を重ねられるのです。私の演奏経験上も、絶好調でノーミスなんてことはまず無いから、ミスした後からの復活こそが重要だと思っています。具体的な心構えは、(1)あらかじめ、ミスは絶対に起こると思っておくこと。絶対にノーミスで・・・と思って臨むと、ミス発生時に動転して傷口を広げます。(2)ミスしたら、すぐに次の小節の音を弾きに行くこと。うわっ!と思って、ミスった音符に目が行ったりすると、連鎖します。
 というわけで、まあ何とか演奏を終えましたが、パイプオルガンを自宅に備え付けるのは無理そうなので、クラビノーバで練習しながら仲間を拝み倒すかおだてるか脅すかして、サンサーンスの交響曲3番で本物のパイプオルガンソロを弾こうと思います。

7月26日 合宿の舞台裏

 20(日)〜23(水)が部活の合宿でした。夏休みに入ったとたんに合宿というと、慌ただしい印象がありますが、私自身はこの日程こそベストだと思っています。なるべく早い時期にチームワークを良くしておいて、その後の長い夏休みの練習を効果的に進められる、と感じるからです。
 実際、合宿に連れていくと、技術的にも驚くほど上達するし、部員同士が仲良くなるし、礼儀作法も別人のように向上してきます。だからどの部活も、合宿をやった方がいいに決まっているのですが、実現にはいくつかのハードルがあるのだ。まず、単独で実施するためには、20人以上の部員数を確保していることが条件で、さらに、男女1名ずつ以上いる顧問の先生のうち2名が、まる4日間自分のおうちをほっぽらかせる環境にあること。そして、学校側が単独実施を許可してくれること。これらの条件がクリアできない場合、次なる手段は、他の部活と合同で実施ということになります。ただ、体育館やグランド、音楽室などすべてが同一エリア内に揃っている地区を探さなければならず、また、そういう場所は元々人気がありますから、マネージメント役の先生が相当がんばって段取りしないといけません。でも、その苦労に対して、返ってくる効果は圧倒的に大きいので、先生たちみんな頑張るわけだ。
 私は、そういう作業を毎年やってきて、年々やりにくさの増大を感じていますが、今年の苦労話を2つ紹介しておこう。
(1)バス会社の選定。以前は学校の近所の観光バス会社に電話して、「今年は大型と中型1台ずつね〜」なんてやってました。学校の近くに営業所があると、バスに忘れ物した・・・とかの場合、すぐに取りに行けたり(今回も取りに行った・・・泣)、一度お世話になった会社は安心だし、向こうも去年の段取りを覚えていてくれたり、まあいろいろ便利なのですが、今年はちゃんと「業者選定委員会」というのを開いて、見積もり額の安い所に決めるようでした。これ、合同合宿だから1回で済んだけど、10の部活がそれぞれ単独合宿やるなら、10件の業者選定委員会が開かれるわけだ。いや〜、正しい手続きなんだろうけど、大変なことだな・・・。
(2)お金はすべて郵便局の口座。合宿費は1人3万円で、60名から集めたから総額180万円!現金で持っててなくしたら「泣!」じゃあ済まないので、さっさと口座に入金しちゃう。・・・と、そこまではいいんだけど、たいへん困ったことに、いったん入れちゃったお金は、一日に動かせる限度額が決まっています。宿舎に120万円支払おうとすると、3日間に分けないとダメなのだ。もちろん振込手数料も3回分かかります。いつも、宿舎の近くにある郵便局に行って、1日に50万円ずつ引き出しては払い・・・という事をやっていました。郵便局は日本国中、どんな山奥にでもあるから、こういう手が使えるのです。ところがぁぁっ!予期せぬトラブルに見舞われたぁぁっ!「簡易郵便局」・・・この名前の響きからして、いやな予感はしていたけど、入ってみたら、ううう、ATMが無い!いや、それどころか人がいない!ピンポーンピンポーン・・・という、私の来訪を知らせるチャイムだけが延々と鳴り続け、ようやく1人の女性が登場。「あの〜、ATM無いみたいですけど、お金下ろせますか?印鑑無しで、カードだけなんですけど」「ああ、大丈夫ですよ。」「じゃあこれで50万お願いします。」「ええ〜っ!50万ですか!?うちはそんなにたくさんは置いてないんです。」 (逆に)「ええ〜っ!いくらまでなら下ろせるんですか!?」 「20万くらいまでなら何とか・・・」「うぎゃ〜っ!恐るべし、簡易郵便局!」「すみませんねぇ」「いや、貴方が悪いんじゃないです」・・・。結局、東京に帰ってからの2日間は、このトラブルへの対処に明け暮れました(泣)今日はようやくスッキリと練習に集中できたな。来年も合宿が続けられるように、数々の苦難を乗り越えて頑張る。

7月19日 続・授業態度点

 1学期が終わりました・・・とは言っても、昔のようにすべてスッキリ終わらせて夏休みに突入!って感じではなく、三者面談もむしろこれからが山場だから、それほどの開放感は無い(泣)。さて、話題は前回の続きで、いわゆる平常点について。

 私が中学に採用された年に、一緒に組んだ大ベテランの理科の先生から、「評価は中間と期末の得点だけでつけよう」と言われて、まずビックリ。私「ええ〜っ!じゃあ、どんなに真面目に頑張った子でも、点数が取れないとダメってことですか?」 ベテラン「そういう見方もできるけれど、でもこれが一番いい方法だと思うよ」 よくわからないまま、私は点数のみで54321を振り分けて成績をつけました。他の先生たちもそうなのかな、と思っていろいろ見てゆくと、これまたビックリ!恐ろしく平常点のウエイトが高い先生もいるではあ〜りませんか。ノートのチェックがメチャクチャ厳しくて、ちゃんとノート取ってないと大減点で、定期テストが100点ばっかりでも、4や5が取れないことが起こりうるしくみです。こりゃ凄いや。これだったら、真面目な子は救われるだろう・・・と思ったら意外な事実が・・・。
 真面目なのに低得点とか、不真面目なのに高得点という生徒が、実際にはそれほどいない、っていうより殆どいないのでした。特に90点100点といった所で凌ぎを削っているトップグループは、平常点でもほぼ文句のつけどころがありません。逆に低得点側では、僅かな例外を除いては、ノートの内容もあちこち飛び飛びだったり、最悪全然無かったり。救済措置のつもりで与えた平常点は、成績の格差をより広げる役目しかしていないようでした。また、定期テストの得点は、スポーツのスコアと同じく、誰が見てもハッキリした数値ですが、平常点には往々にしてグレーゾーンが存在します。例えばノートの評価が、○○ちゃんはAなのに私はB。どこが違うのよ?みたいなことで、保護者からの質問やクレームが来るわけだ。そういった様々な要素を考えると、確かに定期テストの点数だけでつけちゃっても変わらないし、余計な手間やリスクも無いです。結局、私は平常点をつけない派になりました。
 高校に移籍してからは、ちょっと考えを変えました。高校では単位修得の可否という重要なラインが存在するので、平常点を大幅に加点して、授業に真面目に参加した者が絶対に落ちないという、素晴らしいしくみを作りました。っていうか、高校では多くの先生がそういうやり方をしています。
 それにしても、高得点側の生徒が平常点も非常に高いという現象は、高校でも見られます。私がカウントしたハンコの数が1個少ない!とアピールしてくるような生徒は、たいてい90点以上取ってる子。ハンコ1個は0.5点くらいです。いつも90点以上取ってれば間違いなく5だから、ここで0.5点アップしようがしまいが、ハッキリ言って影響は無いんですが、こういう姿勢こそが高得点の源なんだよな。ドンブリ勘定でお金を使う人は、お金が貯まらず1円にこだわる人が大金持ちになる、っていうのと同じなんだろうな。

7月10日 授業態度点

 期末テストが終わったばかりという時期ですが、1学期の通知表に載る5,4,3,2,1の評価は、どうやって決まるのでしょうか?どの先生も、4月の最初の授業でこう言うはず。「中間テスト、期末テスト、提出物、授業態度などを総合して決める」・・・。まあ、こう言っておけば絶対に間違いはないですが、ちょっと曖昧な感じもしますな。特に授業態度というのは、何をもって「態度が悪い」とするのかが結構微妙で、ヘタをすると、えこひいきされれば5,目を付けられたら1という風にも受け取られかねません。そこで、私の場合は、かなり具体的に宣言することにしています。例えば、「授業中にガムひと噛み→マイナス5点。ジュースひと飲み→マイナス5点」などです。ひと噛み5点ですから、「くちゃ」で5点、「くちゃくちゃ」なら10点!ここまで言うと、必ず「じゃあ先生、くちゃくちゃくちゃで15点ですか?!」と確認してくる生徒がいますが、「当然だ。くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃで30点。ジュースごくごくごくごくで20点だ」と答えます。この条項を適用して、実際に減点まで行った生徒はいませんが、あわや、というケースはしょっちゅうです。今日も1人、ジュース一口飲んだ男子がいて、「こら、マイナス5点だ!」と言ったら、全力で謝罪してきたので、執行猶予(次やったら今日の分も合わせて減点)としました。
 先生方の中には、ものすごく細かく態度点をつけている人もいます。授業中寝てると「ネ」という印をつけて行くとか、全員の机の上に、教科書と何とか便覧とか地図帳みたいな教材がちゃんと出ているかを、毎時間チェックする先生などいろいろですが、これって相当な労力だな。これだけ細かくチェックしようとしたら、私の場合たぶん、チェックが忙しすぎて教えることがお留守になっちゃうような気がします。なので私は、飲食と携帯電話の使用についての減点条項を設けるだけで、それ以外で授業態度点を引くことはしていません。え〜そういうわけで、生徒諸君は、非常に細かくチェックされている場合もあることを念頭に置いて、きちんと授業を受けましょうね。

7月 2日 野次

 前回は、組合の定期大会を話題にしましたが、実際あの野次の激しさにはビックリでした。私も教員に成り立てで、先生というのは良く出来た人間ばかりがなると思い込んでたもんだから、あの口汚い罵倒合戦に遭遇したときは、ここにいるの本当に先生たちなの?ちょっとこれ生徒には見せられんな・・・と思いました。
 一つの学校の中で行われる職員会議でも、野次というかそれに近いものを経験したことがあります。20年くらい前というのは、職員会議の結論は多数決で決まっていましたから、み〜んな必死です。賛成意見には「その通り!」とか「そうだ!」とか、手をパンパンパン・・・大きな拍手で応援し、反対意見が出ると「おい!なに言ってんだぁ!」とか怒号。賛成派と反対派でやり合ってくれるうちはいいけど、矛先が議長に向いて来ることがあるので、その時はもはや嵐が過ぎ去るのを待つばかり。たまたま私が議長だった時、反対派が執拗に発言を繰り返すので、私はどこで切ったらいいかわからず、ズルズルと指名して発言させてたら、ついに賛成派がブチ切れ。「おい議長!オレ達がウンて言うまで続けるのか?何とかしろ!」 うわぁぁぁ、どうしよう。何とかしろったって、何とかしたらしたで今度は反対派が怒り出すに決まってるんだから、どうしようもないです。左隣りの書記の先生も、右隣りの教頭先生でさえも、関係ありませ〜んみたいな顔してやんの。
 もっとひどいのもありました。採決した後なのに、採決で負けた側が「今のは採決になっちゃいない。もう1回やれ、もう1回」とか騒ぎ出した・・・。その時は、古株の先生たちが賛成した意見に、去年とか今年来たばっかりの先生たちが反対して、多数決で勝っちゃったので、古株軍団としては「この学校の事を何もわかっちゃいない連中に、数の力だけで否決された。こんな多数決は意味が無い」という思いだったわけだ。ただ、議長もその迫力に押されちゃったのか、「採決やり直しというご意見もあるようですが・・・、どういたしましょうか?」とか弱腰で、もうメチャクチャです。そんな時、最後はその学校のヌシみたいな先生がおもむろに発言して、折衷案的なもので収めることが多かったので、結局はヌシの先生率いる主流派を味方につけることが最重要ってことだな。こういうの、民主的って言えるんだろうか?
 気の弱い私なんか、こんな恐ろしい状況の中では、とてもじゃないけど発言なんてできません。まあ、そこがまさに野次の狙いなのですが・・・。自分と反対の意見を言いにくい雰囲気を作り出して、議事を有利に進める戦法。その意見が正しいかどうかじゃなく、声が大きくてスゴんだ方が勝つという野蛮なやり方。相手の意見にも耳を傾け、衆知を集めてより良い方法を模索しようなんて謙虚な気持ちを、野次を飛ばす連中はカケラも持ち合わせていないのです。「野次は議会の華」とか言ってる人は、恥を知れと言いたい。野次る議員はどんどんレッドカードで退場させればいいと、私は思います。

6月26日 セクハラ野次

 都議会で問題になったセクハラ野次は、「今どき・・・」とか「前時代的な・・・」とか言ってるけど、じゃあ何年前だったら、あの手の発言にも寛容な世の中だったのだろう?少なくとも、私が教員になった頃(約30年前)でも、教員の世界であんな事を言おうものなら、「今の発言はどなたですか?もう一度言ってごらんなさい!」と、その場で徹底的に糾弾されて、最終的に出るとこ出て重〜い処分を免れなかったはずです。絶対に許してはもらえません。私はおしゃべりな方なので、女性の先生と会話する時は、セクハラ発言にならないよう、細心の注意を払いますが、それでもいつ「今の発言、撤回せよ〜!」って叫ばれるか、実はビクビクしてます。都議会の女性議員の皆さんは、優しすぎるんじゃないだろか・・・。

 教員になって間もない頃、組合の青年部大会というのに代議員として出席しました。その時、事件は起こりました。発言者は島の高校に勤務する男の先生。アロハシャツに短パンみたいな究極の軽装で、今思えば、事件を起こすならこの人しかいないって位の感じ(笑)。発言者「島の学校は小規模なので、養護教諭、つまり保健室の先生がいない学校もあるのです」 我々「へぇ〜」 発「小規模校の生徒だって、ケガもすれば病気にもなります!」 我「もっともだ」 発「島にも1校に1人、養護教諭の配置を求めます!」 我「当然だ。(拍手)」 発「できればワンレンボディコンの・・・」・・・(場内から笑い)・・・「そんな養護教諭が来てくれることを、魔法のランプを毎晩こすりながら祈ってます」 (場内からの拍手に送られ、発言者が降壇) その直後、ある女性代議員が急きょ登壇し、ものすごい剣幕で「大会という場で、このような女性蔑視発言が公然と行われたばかりか、それが笑いで受け入れられたことに、強い憤りを覚えます!」と発言。場内は水を打ったようにし〜んと静まり返りました。うひゃ〜、そう言えばさっきみんなが笑った時、何人かの女性がすごい目で笑った方面を睨みつけてた・・・。誰が笑ってたかバレバレ。だから笑った人たち全員、下をうつむいて反省してたと思います。私は実はこの時、「ワンレンボディコン」の意味を知らなくて、みんなと一緒に笑わなかったから、それほど罪悪感はありませんでした。でも、魔法のランプ発言の直後に、私の近くの席から「こすってんのランプじゃねえだろ」と野次が飛んで、そっちの方に思わず笑ってしまったので、同罪かなと思って一緒に反省しました。
 
 この一件は、たしか翌年の大会でも話題になって、アロハ姿の当事者も再び登壇して、前年の失言を謝罪する一幕があったと記憶してます。都議会でも、あの野次の直後に、女性議員の誰かが厳しく糾弾すれば良かったのに・・・と思いました。いじめと同じで、やられた側が毅然と対応しないと、やる側は増長します。まあでも今回のは、野次った側のセンスが無さ過ぎるというか、頭が悪すぎるというか・・・。我々の仕事内容を左右する場の都議会があんなんだとは、ちょっと悲しくなりました。

6月16日 徐々に激変シリーズ(そのB)・・・学校プール編

 昨年、大阪の事故をきっかけに規制が強化され、夏休みの学校プール開放を縮小、または中止する自治体が相次ぎましたが、今日の新聞を見ると、その動きはさらに加速する様子で、おそらく数年後は、夏休み中のプールは、ただの防火用水貯めと化すのではないだろうか?
 夏休みのプールと一口に言っても、まず「学校プール」と「開放プール」は別物です。私の経験した範囲でしか言えませんが、「学校プール」は、授業の延長みたいな位置づけで、泳ぎを教えるための場。基本的にスパルタ指導で、自由時間は少ないか、殆ど無い。「開放プール」は正反対で、市営プールを学校に持ち込んだだけというコンセプトだから、すべてが自由時間です。私が中学校の教員になったばかりの年に、監視員の募集があって、先輩の先生たちはみんなやるみたいだから、よくわからないまま引き受けました。自分の学校のプールで、自分の学校の生徒だけを泳がせる日々が2〜3週間続くのですが、ある時は学校プールで、ある時は開放プールだから、こっちも混乱する・・・。一度、張りきってホイッスル吹いて「一列に並べ〜!」とか言ったら、その日は開放プールだったみたいで、生徒から激しいブーイングが起きました。開放プールの日は、我々は市から委託された仕事をするという扱いなので、1日4千円くらいの手当てをいただきました。10時から12時と、1時から3時までプール。明らかな、給料の二重取り。
 この年のプールは、たぶん3週間未満だったと思いますが、私の印象は「プールの日数、こんな少ないんだ・・・」でした。自分が小学生の時は、夏休み40日間のうち、日曜日を除いて全部あったと思います。我が家は夏休みに旅行とかしなかったから、プール以外に行くところがなく、全出席してたからよく覚えているのだ。それも開放プールなんか1日も無くて、全部がスパルタ式の泳法指導。よくあんな所に毎日通ったもんだ。まあそのお陰で、昭和40年代の日野六小は水泳王国だったらしいです。
 時は流れて平成15年・・・。小学生になった息子には、ぜひとも私と同じように、学校プールを毎日利用して、元気に夏休みを過ごしてもらいた・・・かったのだがぁぁ〜っ!何じゃこりゃぁぁっ!プールの予定表には、参加できる日が学年別に示してあって、数えるほどしか無いのだった〜っ!うわ〜、そうなのか。昨今では先生たちも、プールの日数を極力減らしたいわけだ。そりゃそうだよな。溺れたりするリスクを考えたら、1日もやりたくないっていうのが本音のはずだ。
 というわけで、冒頭でも予想したように、学校プールも開放プールも消滅に向かうでしょう。一抹の寂しさを感じますが、これも時代の流れというものでしょう。

6月 5日 ジャージ登校

 高校1年生を担任すると、必ずと言っていいほどブチ当たる壁・・・。それが、ジャージ登校の取り締まり・・・っていうか、意識改革です。体育祭の予行、そして当日は、普通の授業が無くて、外で運動するだけ。だから、制服で登校して体操着に着替えて体育祭をやり、また制服に着替えてから下校する・・・ってやるよりは、家からジャージで来て、終わったらジャージのまんま帰れば、うんと手間が省けるってわけだ。これを我々は取り締まるのである。理由・・・登下校は制服とする!ジャージは制服では無い!ところが1年生は、そこをなかなかわかってくれないのですよ。体育祭の日はジャージ登校・・・これは、殆どの生徒が中学生時代に頭の中に深く刷り込まれています。だから、真面目な生徒ほどジャージ登校する危険を抱えており、我々は何度も念を押します。それでもついうっかりジャージ登校が出てしまい、根絶は難しい状況です。

 今から25年前、私が中3の担任をやっていた時のこと。その日は大掃除で、ほとんどの生徒がジャージ登校でしたが、うちのクラスの4人が制服で来てしまいました。以前にもジャージ登校に違反したことがある生徒たちだったので、前の日にさんざん念押ししたのにも関わらず、完全に確信犯的。私の叱責に対する彼らの言い訳は、「オレたち高幡不動の駅前を通って通学してるんだ。あんな場所をジャージ姿で通りたくない」 まあ中3ともなると色気づく年頃だから、気持ちはわからなくも無いが、私は学校の論理によって反論する。「みんなが同じ行動を取ったらどうなる?全校生徒が同時に着替えられるような場所も時間も無いんだよ。だからジャージ登校って決まりになっているんだ。自分勝手な行動を取ってはいけない」 「は〜い」・・・。私の説得力溢れるお説教によって納得した彼ら、高校に進学して、オマエらジャージ登校なんて自分勝手なことするんじゃねぇ!とか言われて、さぞやビックリしただろうな。私も高校に移籍してビックリしました。

 この「ジャージ登校」に限っては、私は何が正しいんだか間違ってるんだか、よくわからなくなっちゃいました。ハッキリ言えるのは、中学と高校では価値観が正反対なことが少なからずあり、中学で是とされるジャージ登校を、高校では心の底から憎む先生が、少なからずいらっしゃるということです。
 ある年の夏休み、部活合宿の時のことですが、出発直前にちょっとした騒ぎになりました。運動部の生徒が、制服ではなく、練習着(ユニフォームとも違うけど、学校名や部活のロゴが入ったやつ)姿で集合して、バスに乗り込むところを、たまたまその時間に出勤してきた○○先生が見て、「なんだこれは!」と叫びながら猛然と抗議してきたのです。その先生の主張は、合宿の行き帰りは制服が当然で、現地に着いてから運動着に着替えるべきである、とのこと。吹奏楽部員は制服か学校ジャージという風に決めていたので、多くは制服姿でしたが、一部ジャージ姿が存在することで、同じように糾弾されました。とは言っても、もうバスの発車間際だし、その場ではどうしようもないことなので、私は「帰ってきてから議論させていただきますので。では行ってきまーす」と、バスの窓から手を振りました。校長先生が笑顔で「行ってらっしゃ〜い」と見送ってくれました。その横では、○○先生が恐い顔して「私は絶対に認めませんよ〜!」と見送っていました。

 中学から高校に上がったとたんに、白が黒になり、黒は白になるって、あんまり良くないと思うので、文部科学省でも有識者懇談会でも何でもいいから、とにかくジャージ登校の是非を決めてくれ〜。

5月26日 途中棄権

 昨日の山中湖ロードレース、ハーフマラソンの部は、全行程の3分の2にあたる14km地点で途中棄権しました。救急隊のお世話になったとか、係員の人に止められたとかではなくて、まあ、行って行けないこともなかったのですが、大事をとったということです。2月に右足のカカトを傷めてから、練習量が激減したせいもあって、4月に甘楽町の20km、5月4日に春日部ハーフ、いずれも撃沈。今回も何となく、2時間切りどころか自己ワーストとの戦いかな、という予感はしていたのですが、見事に的中でした(泣)。

 天気は薄曇りでしたが、気温はぐんぐん上昇。標高1000m以上の涼しい気候はどこへやら。スタート時点で20℃を超えていて、明らかに昨年よりも暑いから、最初の5kmは抑えて30分で通過。この先7km付近から高低差40mのアップダウンがあります。前回はここを快調にクリアできたのだが、ううう、今回はここで足が重くなってきたぁぁっ!ハーフマラソンでは、15km過ぎにこういう症状が出てきて、(自己ベストの神奈川マラソンでは19kmで出た)そこからどれだけ粘れるかが勝負だと思っていましたが、8kmじゃあ、まだ半分も来てないじゃんかぁぁっ!徐々に上げていく予定のペースは、逆にジリジリと下がる一方で、10km通過が1時間02分。そしてこの先からの1kmは7分オーバー。ううう、春日部の15km過ぎの再現だぁぁっ!
 山中湖は1周が約13kmの湖なので、13km地点というのはスタート・ゴールの近くです。「ううう、行くか止めるか」・・・迷いつつも、私の身体は自然に前に向かいました。棄権なんて考えられん!マラソンは完走してなんぼのもんじゃろ!・・・と頭では思いつつも、足が悲鳴を上げている(泣)。春日部の時も、ほんと酷い状態で完走だけは果たしたけど、レース後、階段の上り下りに手すりをつかまなきゃならなかったり、ダメージが残りました。13kmを過ぎてから6分後・・・。まだ14kmの看板すら見えないということは、ペースは既にキロ7分を大幅に上回り、もはや歩いてるような状態だな。もし折返し点まで行って歩けなくなったらどうするんだ?という、漠然とした恐怖が芽生える・・・。そしてやっと14kmの看板が見えた時、決心がつきました。歩道によけて、くるっと向きを変え、胸のゼッケンをその場で外す・・・。もうここは私の舞台ではない。沿道の声援が、どこか別世界の声に聞こえる。この時、私はランニングそのものを止めるつもりは無いけれど、ハーフマラソンからは足を洗おうと思いました。これからは10km以下の大会だけにしよう。所詮、運動オンチだった人間が50歳から始めたスポーツなんて、こんなもんだ。バイオリンみたいに上手くは行かないさ。さよなら、私の最後のハーフマラソン。ありがとう、山中湖・・・。しかぁぁし!この後、私の心境が激変するぅぅっ!

 参加賞をもらった私は、シャトルバスで駐車場に戻って、さっさと吹奏楽の練習に合流したかったのですが、なんとまだ交通規制中。時刻はまだ11時くらいですが、12時まではバスが動かないのだ(汗)。しかたない、っていうより散歩も兼ねて、4km離れた駐車場まで歩くことにしました。マラソンを残り7kmで棄権したんだから、あと4kmくらい歩いてもいいだろう。道路右側の歩道を歩いていくと、折返しから戻ってくるハーフのランナーたちとすれ違います。11時ちょい過ぎだから、そうか、この人たちは確実に2時間以内でゴールするんだな。どうりでみんな元気だ。あ〜あ、この仲間に入っているはずだったのにな〜。11時半くらいになると、元気なランナーがいなくなり、ヘトヘトな人たちですが、あいかわらずすごい数のランナーです。ここいらは2時間20分〜半てとこだろう。自分がもしリタイアしなければ、このグループあたりだっただろうか・・・。そう思ったとたん、私はランナーたちの顔を直視することができなくなっちゃったのです。何というか、懸命に頑張っている人を目の前にして、自分が投げ出したことが、恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになりました。さらに遅いランナーの中には、両足にコールドスプレーしてもらいながらヨタヨタ進んで、それでも止めない人がいました。私は少し涙が出て来ちゃって、自分でもビックリしましたが、ハッキリと気持ちが固まりました。

 ごめんなさい、山中湖。リタイアしたのは、どう言い訳したところで、自分の準備不足です。こんな状態で、こんな甘っちょろい根性でエントリーすること自体、きちんと練習を積んできた人に失礼ってもんだよな。待ってろよ、山中湖。来年また来る。今度こそハーフ2時間切って、いや、たとえ切れなくても堂々と胸張ってゴールします。ハーフマラソンやめません!

5月18日 徐々に激変(?)・・・マイカー通勤編

 昔、学校の先生の多くは、車で通勤していました。もちろん、車や免許を持っていない先生や、明らかに電車の方が便利という先生は、電車通勤を選んだでしょうが、多摩地区の学校は概して交通不便な場所にありますから、車の先生は多かったのです。

 どこの会社や省庁でも同じだと思いますが、通勤届けを提出して、それに基づいて通勤手当が支給されます。不思議なのは、電車通勤の場合は実費が支給されるのに、マイカー通勤がやたら安いのです。明らかに実際にかかるガソリン代に対して不足。だから、多くの人は、マイカーで来るけど届けは電車・・・って具合にしてました。これって、事故にあったりした時の事を考えると、当然よくないことなので、事務室の担当者は、「マイカー通勤の人は、届けの方もなるべくマイカーにしてください」と呼びかけていました。でも、その指示に従う人はあまりいませんでした。
 車通勤が本格的に問題になりだしたのは、90年代から2000年代に移り変わる頃だったと思います。大気汚染を抑制するために、東京都の職員が率先して、公共交通機関で通勤せよ・・・みたいな通達が来たようです。その頃私は、正直にマイカー通勤で届けを出していたのですが、マイカー通勤の人が多すぎるから、何人か電車通勤に変更せよと言われて、変更に応じました。その後車で通い続けても何も言われなかったのは不思議。
 いよいよ弾圧が厳しさを増す・・・。電車で届け出ていながら車で通勤した事がバレたら、差額分を返納させられるという事が起き始めました。ただ、車がバレた時に、電車の定期券を持っていたらセーフ!「今日はたまたま荷物を運ぶために車で来ました」といういいわけが成立するのだ。この時期は、ちゃんと電車の定期を買った上でマイカー通勤する、という人が増えました。校長先生もそれを推奨して、自らも実践してたな(笑)。でも、それもダメになっていった。
 さらなる弾圧は「校地の不正使用」。車通勤どうの以前に、学校の敷地は教育のための土地であって、先生の車を駐車する場所じゃねぇよってことです。多くの先生方が、学校の近くに有料駐車場を借りるハメになりました。弾圧はまだまだ続く!「学校敷地外に駐車場を借りて、マイカー通勤の隠蔽を図ろうとした悪質な事例がある」とか言ってんの。ううう、もはやこれまで・・・。
 現在の私は、全都的にも、マイカー通勤が認められている数少ない教員だから、別にどうでもいいんですけど、東京都のために提案すると・・・。緊急事態の対応などで、車通勤の先生は、ある程度の数は必要だと思います。電車賃より安い通勤手当で済み、学校敷地内に駐車させて月5千円くらい徴収すれば、都の財政も大幅に潤うと思うんだがな。・・・っていうか、みんなそう言ってるけど、トップダウン式の命令系統しか機能しなくなった都庁では、そんなアイデアを言い出すことすらできないんだろうな。

5月11日 徐々に激変(?)・・・タバコ編

 白が黒みたいに変わると誰でもビックリするし、猛烈な拒絶反応も起きるだろうから、そういう激変は起きにくいですが、少しずつ変えられながら、それが次々と積み重なると、気が付いた時は激変してたって感じになります。最近、年のせいか、そういう変化になかなかついてゆけないのが悩み(泣)

 タバコを吸う人には、気の毒な世の中になりました。とか他人事みたいに言ってるけど、私も喫煙者だった時期はありますので、学校での喫煙ルールを考察してみよう。
 私が小学生の時は、担任の灰皿をきれいにする当番があったな。中1の時の男の音楽の先生は、ピアノの上に灰皿を置いて、授業中にも吸ってた(笑)。体育の先生たちもヘビースモーカー揃いで、先生のいるベンチの上には必ず灰皿があって、吸い殻が山のようになっていました。うちのクラスの劇で、私が不良の役で、オモチャのタバコをくわえながらの場面がありましたが、体育館の舞台袖から、その体育の先生が、本物の煙を次々と吐き出してくれて、リアルな演出になった(笑)
 中2の時、吹奏楽部のコンクール抽選会に連れていかれました。机がたくさん並んでいる会議室みたいな所に、先生も生徒もごちゃまぜに座らせられましたが、多くの先生たちが金属製の灰皿を取って自分の机に置き、タバコをふかし始めました。そういう先生たちに挟まれたような位置にいる中学生は、さぞや煙たかったであろう。1975年のことです。今ではご存じのように、学校敷地内は全面禁煙です。
 1990年頃に多摩市のビッグバンドに入団しました。サックスもトランペットもトロンボーンも、ほとんど全員の椅子の下には灰皿があって、演奏が止まっている瞬間には、誰かしらが煙を吐いていました。その頃、アメリカ人が1人入団してきて、日本には喫煙者が多くて、どこでも吸えるということに驚いていました。彼の「あちらでは、壁や屋根で囲まれた場所では、まず吸えなくなりつつある」という話を、我々は信じられませんでしたが、20年経って、バンドの練習場も全面禁煙になりました。

 喫煙者をこれだけ弾圧して、ありがたい部分はもちろんあります。特別指導の大半を占め、我々高校の教員を悩ませ続けてきた「生徒の喫煙」・・・これが激減しました。自動販売機で買えなくなったし、値段的にも高校生にとってはもはや贅沢品です。僕らの高校時代みたいにクラスの殆どが喫煙者・・・なんてのは、今の子供にはまったく想像できないでしょう。これはとっても良いことです。
 これだけ激変したら、もう落ち着くのだろうか?それとも、さらに次の段階があるのか?何となくですが、動き出した流れはなかなか止まらないから、後者のような気がする。違法薬物として取り締まりの対象になって、暴力団の資金源になるとか・・・。

4月29日 採点ミス

 「2014年度の東京都立高校入学試験において、48校で計139件の採点ミスがあったことが、東京都教育委員会への取材で明らかになった。」

 ずっと前に、このコーナーで入試の採点方法を紹介した事がありました。最初の人は普通にマルを付ける・・・その後、別の3人がチェックする・・・だから採点ミスなんてあり得ない・・・というのが私の結論でした。では、なぜ今回、こんなにたくさんもの採点ミスが発覚したのでしょうか?あくまで想像ですが、マニュアル違反があったのかもしれません。例えば、3人がチェックする決まりになっているのに、実際には1人か2人しかチェックして無いとか、同じ人が2度チェックしてたとか・・・。しかし、そんな違反が無かったとしても、採点ミスが起きる可能性は増えたように感じます。「採点ミスなんてあり得ない」と豪語できたのは数年前の話。ここ最近は、もしかすると有るかも・・・くらいの感じ(泣)
 採点をめぐって何が変化したかというと、ズバリ時間的余裕!これに尽きます。以前は、入試の翌日も生徒を登校させず、我々は朝から採点に専念できました。ところが、最近は授業と並行して採点するようになりました。もちろん午前中だけとか、2時間だけ・・・みたいに、普段よりはう〜んと少ない授業数ではあるのですが、問題なのは、例え少ないとしても「ある」ということなのだ。こんなことがありました。理科の先生が5人。1,2時間目に授業のある先生が2人。残った3人で採点を開始すればいいじゃん、て思いますよね。ところが、採点をやるためには打ち合わせが必要です。正解の許容範囲の基準とか、マルを回答欄のどっち側に付けて、小計は大問ごとにするか列ごとにするか・・・みたいなこと細かい事もあります。特に重要なのは記述問題の採点基準で、理科の先生が全員揃わないうちは、そこには手をつけられません。というわけで、記述式という一番面倒な採点に取りかかれるのが11時とか、ヘタすると午後からになっちゃいます。
 「今年は、採点が非常にタイトな日程になっています。皆さんのご協力をお願いします」・・・ここ数年の教務の先生の決まり文句です。採点には締め切りがあります。合格発表から逆算していけば、当然、いついつまでにこれこれが終わってなきゃダメ、っていうラインがあるわけですが、最近、それが恐ろしく前倒されています。今年のうちの学校の場合、合格発表の前日だかに臨時の校長会が入ったとかで、管理職点検(校長先生も答案をチェックする)が1日前倒し。そのあおりで総合得点のチェック、得点入力・・・すべて前倒し。授業のためにスタートが午後にずれ込んでも、終えるのは4時まで、みたいなプレッシャーの中でやって行きます。仮に・・・ですが、記述式とか数学の証明問題なんかで、怪しい中間点がついた答案を見つけても、「皆さんちょっとこれ見てください」って言えるだろうか?全員の手を止めさせて協議・・・その結果「怪しい」という判断になったら、その問題について全員の答案をもう一度見直すことになる。職員室で待機中の先生方には、「理科が再点検に入りましたので、照合作業開始を1時間繰り下げま〜す」なんてアナウンスされ、大ブーイングが起こるかもな。ましてや入力のタイムリミットが迫っている時間帯だったら・・・。「この採点、ちょっと疑問が残るけど、まあいいか」で済ましたい人が出てきても、不思議ではない・・・。
 大事故を起こしたJR西日本と同じで、スピード重視のために安全性がおろそかになっています。都教委がどういう改善策を出してくるのか、わからないけど、入試から発表までの日数がもう2〜3日増えないと、根本的な解決にはならないと思います。

4月23日 人事権

 「大阪市生野区の市立中学校で教務主任などの校内人事を決める際に教員間で選挙を行うとする規定が設けられていた問題を受け、下村文部科学相が16日の衆院文部科学委員会で、「他の都道府県でも問題(がある)か、事情を聴取する必要がある」と述べ、全国調査をする考えを示した。」

 今頃、何やってんですか?ってのが正直な感想です。それは、大阪の先生方、文部科学省、マスコミ・・・すべてに対して思うことです。だって、この問題が明るみに出たのは、東京では10年近くも前のことで、職員会議での採決禁止とか、全国に先駆けた改革を断行したから、その時点で当然、他の県ではどうなんだ・・・って調べなかったのかな?

 私が教員になった頃、翌年度の人事は、恐ろしい方法で決められていました。まずみんなが希望を書いた紙を、教頭先生の机にある投票箱みたいなのに入れます。教頭先生はそれを黒板に一覧表にして、職員会議の席上でドーンと公開します。さあ、ここからが修羅場の始まり。みんながその一覧表について、自由に意見を言い合うのだ。当然、「○○さんは、まだ3年生の担任は無理だから、もう一度1年からスタートしたら」とか、個人をターゲットにした意見も飛び出すし、誰かがそういうことを言わざるをえない。生活指導主任なんて、誰だってなるのがイヤに決まってるから、「なりたくないです」じゃ済まなくて、できない理由を言わされたりする・・・。家族に病人がいるとか、すごくプライベートな事まで言わないと許して貰えない・・・とか、とにかく恐い会議でした。次の学校には、人事委員会というのがあって、何人かの先生だけがすべての情報を握っていて、やはりある日の会議でドーンと人事案を公開。会議の席上、その案に納得が行かない・・・という先生が「最悪の案」と発言して、ケンカになっちゃったりして、これも恐かったです。
 また、こんなこともありました。余りにも皆さんの希望が偏り過ぎて、「こんなんじゃ組めません!」と、人事委員会がサジを投げちゃった・・・。生活指導部と、新1年の担任希望がほとんどいなくて、その代わりに厚生部という、その学校内ではハッキリ言って超閑職が、定員3名に希望者20人とか・・・。人事委員が一人一人呼び出して交渉を試みるも、みんなから「イヤです!できません」て言われたら、まあ手詰まりだな。

 結局、こういうやり方は、一見民主的に見えるけど、仲間同士をいがみ合わせる方式であり、その学校のヌシ、影の校長・・・みたいな存在を増長させ、その派閥にいない不都合が多い、という方式でした。野球で、先発投手や打順を選手同士の話し合いで決めて上手く行くだろうか?勝ったらまだいいけど、負けたときは責任のなすり合いになるし、意に反した起用法をされた選手は、誰を恨めばいいんだ?やっぱり監督が全部決めて、負けたら監督だけ悪口言われて、選手は常に団結している方がいいです。
 大阪の先生方も、早く人事権を校長に戻して、先生方のチームワークを取り戻しましょう。責任を負うべき立場の人を甘やかしちゃダメです。責任者として、きちんと仕事をさせましょう。

4月21日 担任の代役

 「女性高校教師が他校に通う長男の入学式に出席するため、自校で担任を務める1年生の入学式を欠席。県教育長が「新入生の保護者から心配や不安の声が聞かれた」ことから異例の“注意”を行った。」

 この問題、教員じゃない友達から、「直井さんはどう思う?」ってよく聞かれますけど、私は去年、息子の入学式に出ましたよ。もちろん、勤務校の入学式にもちゃんと出席しながら(笑)。まあいいや、我が家の特殊事情は置いといて・・・。この件について、いろんなメディアの意識調査を見ると、賛否に大差がつかない状況で、若干、この先生に理解を示す側が優勢な感じでしょうか。ズバリ私の見解は、「どっちでもいいんじゃねぇの?」です。だって法的に問題無くて、処分されるような事をしたわけでもないんだし、自分のクラスと自分の子供のどちらを優先するかは、その人の価値観で決めればいいことじゃないだろか。私の価値観は、学芸会とか運動会みたいに、息子の活躍の場というか見せ場が多い行事は見に行くけど、入学式なんて「ハイ!」のお返事一発で終わり。全然面白くないので、見に行こうと思わん(笑)・・・というのは半分冗談ですが、まあ、お父さんの学校も入学式だし、BGMを指揮するから休めないことを息子に説明してました。

 この問題の本質は、「入学式に担任が欠席するって、そんなにいけない事なのか」って所じゃないかと思います。私の考えは、ズバリ、いけなくない。忌引きのため、入学式から連続3日間休んだ担任の先生がいましたが、4日目に「初めまして。私が担任です」って現れて、その後の業務に何ら支障はありませんでした。そういう時のために、ちゃんと「副担任」がいるのです。担任じゃなくちゃダメな事だらけ・・・って思う人は、担任の仕事を過大評価してないだろうか?小学校の低学年ならいざ知らず、中学高校くらいになって、担任の影響力ってそんなに大きいでしょうか?私は今現在高1の担任ですが、私の影響力なんて微々たるものだと思っています。

 笑い話にするのは悪いのですが、私自身が生徒だった時に、1,2年生と持ち上がった先生が、修了式の日に号泣し始めました。一体何事かと思い、固唾を飲んで見守っていると、先生は言葉を発せないためか、チョークを取って黒板に「この学年を離れる」と書いて、再び号泣。人事上の都合で、3年の担任に上がらず、新1年の担任になったようでした。僕ら一同、ぽかーん。その先生にとっては「手塩にかけたお前らを、卒業まで見届けてやれず、ごめん!」てことで、一大事だったのかもしれないけど、生徒にとってそれは大した問題じゃなく、「ふーん」くらいのレベルの事でした。1年生で担任した子たちが、2年生に上がるときのクラス替えで、新しい担任と上手くやって行けるかな・・・なんて、若い頃は心配したものですが、生徒はあっという間に馴染んで、「そう言えば1年の時の担任誰だっけ?」なんて言います。
 担任が、いつでも副担任に代役を頼めるという環境も重要です。そういう余裕が無いと、担任は仕事を抱え込んで全く休めず、身体を壊す危険が高まります。中学校で、学活道徳の日によく休む先生がいました。口癖は「こういう時のために、副担任がいる」でした。度を超すとヒンシュクものですけど・・・。

4月17日 自分のクラスの授業

 久しぶりに(・・・といっても1年ブランク空けただけ)担任を持って、しかも自分のクラスの授業も受け持つことになりました。自分のクラスに授業を教えるって、小中学校の先生にとっては当たり前過ぎることですが、高校ではそうで無いケースが多々あります。我々理科の教員は、物理の先生は毎年物理ばっかり教えることが多くて、物理が2年生の必修科目だったとすれば、毎年2年生の授業ばっかり受け持つわけだ。だから、物理の先生が1年生の担任になったら、自分のクラスも、自分の学年も、まったく授業を受け持たないということが起きるのです。当然、3年生の担任になった時にも、物理を選択した生徒しか教えないから、似たようなもんだ。高校では、そういう事態を別に何とも思わないのが主流。いや、それどころか、自分のクラスの授業はやりにくいからと、意図的に避ける人すら見たことがあります。つまり、自分は1組の担任なのに、1組を外して2,4,6組の授業を受け持つ、なんて人が実際にいました。自分のクラスはやりにくい・・・とおっしゃる先生は多いです。私は逆で、自分のクラスの方がやりやすいんだがなぁ。
 私が中学教員から高校教員に転身して、初めて1年生の担任になった年に、必修科目は1年生が化学、2年生が物理だったもんだから、授業は2,3年生ばっかり持って、1年生を全く持たないという事になりました。私自身はその学校で既に化学を教えたことがあったので、1年の授業やる気満々だったのですが、逆に物理をやれる・・・っていうかやろうっていう人がいませんでした。自分の学年を1人も教えていないと、学年の会議でいろんな生徒の授業態度が話題になった時など、まったく話に入って行けないので、明らかに不利だと思いました。
 次の学校では、上手い具合に1年の化学を全クラス受け持って、さらにはその学年が2年に上がった時、今度は物理を全クラス受け持ちました。引き続き3年生の必修生物もやればパーフェクトだったけど、残念ながらそれは実現せず。でも丸々2年間全員を教えたから、隅々まで目が行き届いたな。その次の学校は、2,3年生の理科は選択ばっかりだったから、なかなか学年の生徒全員の顔と名前が一致せず、卒業間際になっても、たまに「あれ?こんな子いたっけ?」みたいな事が起きました。まあそういういろいろな経験をふまえると、私はやはり自分のクラスの授業は是非持ちたい派です。

4月 5日 無きゃ無いで済むもの

 って、かなりたくさんあるはず。あるのが当たり前、と思っている物を、もう一度よ〜く見直してみると、案外それが無くてもどうにかやっていけることに気づくと思います。なぜ急にこんなことを言い出すのかというと、世の中が便利になり過ぎたから、人間は逆に弱くなった・・・なんてよく言われるけど、私が気になっているのは、ちょっと別の角度です。マニュアルに縛られやすいっていうか、こうと決めたら、或いは決められたら、そこから逸脱することが非常に難しい人々が増えたように思います。わかりやすく言うと、私みたいにアバウトな人が少なくなって、非常にキッチリやらないといけない雰囲気だな(汗)。

 学校では、ここ最近の傾向として、いろんな日程が全部後ろにずれ込まされていますが、始業式や入学式の日は昔と同じだから、同じ分量の仕事を短い期間でやっつけなきゃならんわけだ。やっつけられるならまだいいけど、間に合わないという事だって出てきます。先日は、新入生に渡す書類の最終チェックが遅れたため、必然的に印刷が遅れ、さらにその後に予定された袋詰め作業が、渡す当日の午前中勝負!もしかしたら間に合わないかも・・・という事態になりました。こんな時、多くの人は「どうやって間に合わせるか」を先に考えると思いますが、私は「間に合わなかった場合」を先に考えます。印刷はできている→ならば机の上に順番に並べておいて、取っていってもらえばいいはず。→袋詰め作業は、やればベター。やらなくても致命的ではない・・・という結論に達し、みんなより先に一安心。「袋詰めが間に合わなかったらどうしよう!」が心配でたまらなくなる人は、新入生には袋詰めして渡す・・・というマニュアルに縛られて、抜け出せなくなっています。こういうタイプの人は、いろんな場面で苦しくなるでしょう。
 パワーポイントを使ってプレゼンしようと思っていたら、本番でパソコンが上手く動作しないトラブル・・・。こんな時も、復旧させることしか頭に無くて、聴衆を待たせても平気な人と、簡単には復旧しないと判断したらすぐに見切りを付けて、パワポ無しで開始する人に分かれます。気持ちに余裕があるから、何かがトラブっても何とかなるのか、何とかなると思ってるから余裕が生まれるのか、どっちが先かよくわからないけど、余裕はあった方がいいです。

 入学式が迫ってきて、準備すべきことは大量にあります。ゲタ箱やロッカーに番号をつけるとか、4月当初の予定を知らせる印刷物とか、座席表とか・・・いろいろですから、何か忘れちゃいないか、と凄く不安になりま・・・せん。無きゃ無いで済むものがけっこうあります。そう考えておけば、余裕を持って見ることができるので、むしろいろんな事に気づきやすく、いっぱいいっぱいの状態の時の方が、かえって大事なことを見落としがちだと思うのです。「無きゃ無いで済む」って3回唱えると気分が落ち着くので、実行してみてください。・・・とか余裕ぶっこいてると、本当に大事な事が抜けちゃいそうだから、ある程度は緻密にやろうと覆います。

3月27日 忙しさ

 この3月後半は、学校の中ではとても忙しそうにする先生が多くなります。でも、忙しいというのは相対的な感覚で、僕らよりヒマな人に比べて忙しい、僕らより忙しい人々から見たら、ヒマってことですよね。私自身は、今より数倍忙しい3月と、数倍楽な3月の両方を知っているので、現在の忙しさは真ん中へんくらいかな、と感じています。では、その多忙さとヒマさが、どれくらい違うのか紹介しよう。
 
 高校では、来年度人事・・・つまり、誰が何年生の担任になるとかが発表されるのが、昔は2月中旬くらいでした。発表されたら、それぞれの部署で役割分担を決めて、クラス分けとか時間割など、次年度の準備がスタートします。新チームの編成が発表されると、最初にやることは当然、結団式!(飲み会のこと)。新しいメンバーと親交を深めながら、どんな1年間にしようか抱負を語り合ったり、まあ楽しい時期でしたな。ところがここ数年、新チーム発表は3月の中旬、つまり昔にくらべて1ヶ月遅いのだ。そうなれば当然、準備期間が1ヶ月半じゃなくて、たったの半月になるから、楽しい時期なんて言ってられん。でも飲み会だけはちゃんとやるけどな。
 これが中学校の場合、3月19日あたりまで、3年生も毎日登校してきて、卒業式の準備真っ盛り。そんな中、3年生の担任の多くが、次の年に新1年生の担任になるから、小学校との連絡や、クラス分け作業等を並行してやっていきます。今考えると、なんでそんなアクロバット的なことが可能だったのか不思議ですが、忙しい人たちって、きっと段取りが上手くなるんだろうな。
 学校が始まるのは4月6日の始業式ですが、我々教員は、前日出勤(準備出勤ともいう)で4月5日の朝から集合します。全体でやる職員会議はもちろん、いろんな会議が目白押し。・・・で、几帳面な人になると、それらの会議に出す資料を作ったりするために、さらにもう1日前に出てくる「前々日出勤」をやることがあります。でも、私の微かな記憶では、前日出勤ナシの学校がありました。何の準備もナシに始業式だけやっちゃって、後はそっから考えよう・・・みたいな、何とも気楽な感じだけど、特に困ったという話も聞かない。また、入学式の準備が殆どナシの学校もありました。新入生も保護者も自由席で、整列して入場とかしない。担任が呼名すると、あっちこっちから「ハイ」が聞こえてくるけど、だから厳粛な雰囲気が壊れるかっていうと、全然そんなことない。

 思うんですけど、どんどん忙しくなる学校(・・・に限らず、組織全般)って、本当はそんなに力まなくていい部分に執拗にこだわって、自分で自分を忙しくしてるんじゃないの?って思います。最低限押さえるべき点だけ押さえて、あとは少しくらいアバウトでいいんじゃねぇの?っていうのが、私のポリシーなんだけど、最近の世の中は厳しいので「直井さん、適当過ぎる」とか言われることでしょう。でも、世の中が厳しくない頃も、けっこうそう言われてた(泣)。

3月16日 ハンコ

 今年度の物理の授業も、残すところあと3コマ。いや〜、押した押した、今年はいったい、何個のハンコを押しただろう。問題を1問解く度に1個、難しい問題の時には2個押すというシステムだったのですが、私のエンマ帳(教務手帳)の記録によれば、1人年間だいたい200個前後で、教えた生徒数は230名くらい。ということは、うぎゃ〜っ!4万6千個も押したのか・・・。そりゃインクが減るわけだ。
 私が使っているのは、「コドモノカオ」という会社が作っている「頑張ったね」のハンコで、何度でも押せるシャチハタタイプです。ところが、まだ5月にもならないうちにインクが薄くなってきて、慌てて補充用のインクを買いに行ったけど、小さい文房具屋さんだと置いてない(汗)そこで通販で取り寄せる。この際だからたくさんストックしておこうと思って、緑の補充インク3本の他に、赤青のハンコと補充インクも2本ずつも合わせて購入。最近の通販は、アマゾンに代表されるように、入荷から発送が早いので、何とか授業中にインク切れを起こさずに済みました。

 授業中に机間巡視しながらハンコを押すというやり方は、20年以上前に同僚の先生がやっていたのを見て、私も始めました。この方式にどの程度の効果があるのか、最初は半信半疑でしたが、まあビックリ。みんなハンコを貰うために、我先に問題を解いては見せに来るではあ〜りませんか。チャイムが鳴って休み時間に入っても、まだ問題を解き続けている生徒がたくさんいます。もちろんハンコの数を平常点に直結させることは宣言してあるので、良い成績を狙っている上位層や、単位修得がギリギリ危ぶまれているような生徒は、少しでも平常点を良くしようと頑張るでしょう。しかし、このハンコ1個が何点分になるのか、までは公表していないから、「僕は進級までに○点足りないから、ここでハンコを★個増やしておく必要がある」とかいう計算は無理。だとすると、驚異的なモチベーションアップの理由は何なのでしょう?

 私が行きつけのスーパーマーケット「オザム」では、200円買い物する度に1ポイント加算されます。近くに他のスーパーもありますが、オザムポイントカードを作ってからは、買い物は絶対にオザム!この1ポイントはいくらに相当するのだろうか?250ポイント貯めると、商品券みたいなのと交換してくれるけど、たしかこの商品券は3枚で千円相当じゃなかったっけな。ってことは、200円×250ポイント×3枚=15万円分の買い物をして、やっと千円のオマケ。利率0.6%・・・これが高いか低いかは評価が分かれるところだけど、そんな事はお構いなしに、「5ポイント加算しました〜」というレジのお姉さんの声に、私たちは満足するのです。
 私のハンコも似たり寄ったりで、だいたい5個で1点分。だから50個あれば、定期テストの点数が10点分嵩上げです。50個って各クラスの最高くらいの数だから、クラスの中で一番頑張って全ての問題を解いた子と、何にもしない或いは未提出の子で、1回あたり10点、年間で50点差。「え〜、そんなもんなの?」と思うか、「チリも積もれば大きいな」と感じるかは、オザムポイント的だな。

 オザムポイントも私のハンコも、共通しているのは「目に見えるご褒美」という点です。それがどんなに微々たる価値しかなかろうと、とにかく目の前に現れて、誰の目にも確認できて、それがずっと残る・・・それが嬉しいのです。同じ物理の授業でも、理科系の進路に必要だから取った、という選択クラスの生徒たちには、ハンコは使いません。ハンコなんか押されなくても、みんな普通に問題を解きます。「何で物理なんか勉強しなくちゃならないのよ?」という子たちを、何とか少しでも興味が湧くまで頑張らせるために、ハンコの威力が必要なのです。
 「それでは各自でプリントの問題をやりなさい」と指示した瞬間に、教室が自由時間と化してしまうことに悩んでいらっしゃる先生方は、是非この平常点ハンコを試してみてください。

3月 9日 ゴーストライター問題

 偽ベートーベンこと佐村河内氏と、すご腕ゴーストライター新垣氏が泥仕合っぽくなってきました。既に多くの音楽関係者が、いろいろと見解を述べているこの問題に、遅ればせながら私もひと言、言わせていただきます。佐村河内氏が、耳が聞こえないフリをして障害者手帳を交付されていたことは、作曲以前の問題で言語道断として、ここでは切り離します。世間一般の論調は、ほぼ佐村河内氏を糾弾していますが、私はむしろ新垣氏の行動に問題があるのではないか、と感じています。これは私の率直な印象です。
 
昔、ルパン三世が、何百年も前に作られたという超高級ワインを盗む話がありました。ルパンは、超高級ワインの代わりに、近所の酒屋で買った安物ワインを置いて帰ってきました。テレビの画面では、要人がそのワインを飲む世紀の瞬間が放映されていて、安物とも知らず「さすがに風味が違う」などと絶賛しています。それを見てルパン一味は高笑いし、「では本物をいただきますか」と飲んでみるも、何百年も前のワインはカビ臭くて飲めたもんじゃなく、ルパンは期せずして人助けをしちゃったという、たしかそんな結末でした。
 飲んだ人が美味しい美味しいって満足しているのに、わざわざ「これ実はニセモノです」って報告する必要があるでしょうか。もちろん金銭的、健康的に被害を受けるなら別ですけど・・・。

 交響曲第1番「ヒロシマ」の公演の様子は、まだyoutubeで見ることができます。例のNHKスペシャルの動画でしょうか。「スタンディングオベーションは10分以上続いた」というテロップが出ます。観客はブラボーを連呼し、指揮者の大友直人さんを初め、オーケストラのメンバーも満足そうな表情を浮かべながら、佐村河内氏をステージ上に迎えます。この場に居合わせたお客さんは、とても幸せな気持ちを味わえたに違いないわけで、チケット代に見合うか、明らかにそれ以上の幸せを買えたのです。新垣氏が暴露するまでは・・・。どうなんだろ?これは詐欺、ペテンなの?仮に新垣氏が黙り通したとする・・・。交響曲第1番や、ソチ五輪で流れたソナチネは益々売れて、生演奏を聴きに行くお客さんも増えて、オーケストラは儲かる。それ以上に、至福のひとときを味わえる聴衆が増える・・・。結局、誰も困らない。被害者がいないどころか、ハッピーな人が増えるだけなんですよ。

 新垣氏がゴーストライターであることを、自身で暴露したタイミング・・・。新垣氏は、高橋大輔選手が金メダルを獲ってからでは遅いと思って、慌てて告白したそうですが、ハッキリ言って、もう既に十分遅過ぎる。ここまで来たらもう絶対に告白しないという選択の方がベターでした。偽ベートーベンと凄腕ゴーストライターは、人々をより幸福にするために今後も手を組んで仕事を続けて行く、という道を選ぶべきでした。それがイヤなら、一番初めにすべて暴露すれば良かったんです。

3月 2日 記録リセット

 今朝、近所を6kmほどジョギングしてきましたが、これがなんと、2月2日に神奈川マラソンを走って以来の、1ヶ月ぶりのランニングです。サボってたのでは断じてありませぬ。ご存じのように、2週続けての大雪で、まだまだ残雪が多く、走れる場所が無かったのです。もちろんこの間も、走ってる人は見かけました。でも、雪で狭くなった歩道を走れば、歩行者に迷惑がかかります。車道にも雪が残ってるから、車の立場から見ても、雪山とランナーをよけながら運転するのはとっても危険。そんなわけで、しばらく控えていたわけですが、当然のことながら、ハーフを2時間ちょうどくらいで走った1ヶ月前と比べて、いろいろ衰えてるはず。ランニングの記録は毎回すべて残しますが、6kmの自己ベスト(30分くらい)には遠く及ばないでしょう。こんな時、私はとてもズルくて楽しいことをします。それは、1ヶ月の休養期間があったから、という理由で、自分の記録をいったんリセットしちゃうのです。つまり、今日の記録39分30秒を、新たな自己ベストとして残す・・・。これなら、次回以降、間違いなく何度も更新できるから、モチベーション上がるな。

 私が、時々記録リセットすると楽しいことに気づいたのは、ウインドウズについてくる「マインスイーパ」というゲームでのことでした。これ、ハマる人は本当にハマるみたいで・・・と言ってる自分も、ヒマさえあればやってた時期があります。その頃、上級の世界記録はたしか55秒で、100秒を切る人が、マラソンならサブスリー、ゴルフならシングル級と言われたんじゃないかな。私の自己ベストは、上級140秒、中級40秒くらい。初級は偶然できちゃうことがあるから、5秒とかだったような気がする。私はどちらかと言うと中級が好きで、「1秒を削り出せ」を合い言葉に頑張っていましたが、40秒の壁がなかなか厚くて、厚いとそれを破ったときが一つの区切りになっちゃうことがあって、39秒を出した直後から、私はマインスイーパをあまりやらなくなりました。スポーツ選手が引退する時って、こんな気持ちなのかなあ、と思ったな。
 さて、それから何年かして、新しいパソコンで久しぶりにマインスイーパを開いてみると・・・。デザインも変わったけど、何よりハイスコアが登録されていません。軽く中級をやってみたら、ひどいひどい・・・80秒もかかったが、もう1回やったら73秒で、一気に7秒更新。次は夢の60秒台に突入か!わお、楽しい!こうして私は、壁にぶち当たるたびに、それまでのハイスコアを惜しげもなく破棄して、再び更新ラッシュを味わう道を選ぶのでした。追い詰められた時は、ダメダメだった頃を思い出して、そこからまた一歩ずつ進めばいいんだよ。ううう、なんて教育的なんだろう。

 その後のマインスイーパ界について調べてみたら、世界記録は30秒台前半にまで進歩しているようですが、その動画は余りにも不自然・・・つまり生身の人間の手では、とてもじゃないけど不可能と思われる動きだそうです。特殊な攻略ソフトに解かせているという疑惑ですね。もしそうだとしたら、ドーピングで金メダル取るのと同じで、そうやって記録更新して楽しいんだろうか?と思います。

2月21日 大雪でいろいろ思ったこと

 今朝の青梅街道(裏宿町付近)

 写真をご覧になっておわかりのように、道路の両脇に積まれた雪の塊は、まだ高さが1m位ありますが、歩道はちゃんと歩けるようになっています。これは、沿道にお住まいの皆さんが、毎日何時間も雪かきしてくださったお陰です。毎日ここら一帯を、雪かきしている見ず知らずの人たちに「ご苦労様。ありがとうございます」と言いながら通るのが、習慣になってしまいました。車道の方も、今日から双方向に車が行き来できるようになりました。重機を使って夜通し除雪に携わってくれた人々のお陰です。警察、消防、自衛隊、市の職員・・・大勢の方々が今も不眠不休で、道路や鉄道の復旧や、孤立集落解消のために頑張っています。その結果、日一日と目に見えて街が復旧してゆくのを見ると、どんな困難も一致団結して乗り越えられるんだ、という勇気が湧いてきます。

 18(火)に出張で、東京都教職員研修センターに行きました。雪かきのやり過ぎで、全身あちこちが痛いし眠いし・・・という中で、青梅から乗った東京行きの電車では爆睡。目が覚めたらもう新宿でしたが、あれ?何だろう、この違和感は?四谷で乗り換える時に気づいた・・・。そう、雪が無い!研修センターは水道橋の駅からすぐの所です。歩道にも車道にも雪が無くて、車は全部の車線を普通のスピードで走っていました。10日ぶりに雪に閉ざされていない世界を見たから、ここは外国なの?みたいな感覚です。たくさんの通行人も、ごく普通の日常という顔・・・。みんな革靴で歩いているけど、私だけ溝の深い真っ赤な運動靴。ヘンなコーディネートだと思われただろうな。東京のちょっとだけ西の方が、今すごく大変な状況になっていて、僕はそっちの方から来たばかりの人だよ、って誰も知らないし、青梅の様子はおそらく想像できないでしょう。東日本大震災の被災地に、私は実際に足を運んだことがありません。東北地方に関する私の想像力は、きっと水道橋辺りで「青梅はたくさん雪が降ったんだってねぇ」くらいに話す人たちと、同レベルなのでしょう。やっぱり、現場というものを見なくてはダメ。今年こそは、東北を回ってきます。

 今回、自衛隊の派遣を巡って、こんなニュースがありました。
「秩父市長が、自衛隊派遣を再三に渡り要請するも、埼玉県知事に断られた。」 これだけ読むと、埼玉県知事が極悪人という風に読めますが、県知事の言い分は、「自衛隊に打診したが、緊急性の無い除雪目的での派遣はできないと言われた」 みたいな感じ。かなり食い違いますね。県知事に対して悪意を持つ勢力が、鬼の首を取ったように吹聴している可能性もあります。森元首相の浅田真央についての失言報道もそうですが、ある部分だけ抜き出して報道されることが多いので、私たちはいろんな角度から、何が真実なのか冷静に見極める必要があります。
 東日本大震災でも周知の通り、災害時の自衛隊は、とても頼りになる存在で、例えるなら病人にとっての救急車。前述の報道を、アンチ県知事の記者と同じ立場で読むと、こんなやりとりが目に浮かびます。秩父市長「急病人が出ました。激しい腹痛です。救急車を呼んでください」 県知事「ハライタくらいで救急車呼べるか!そんなもん寝てりゃすぐ治るだろ」 市長「全然収まりません。やっぱり救急車を!」 知事「今すぐ死にそうなのか?心臓や呼吸が止まってるわけじゃねぇんだろ。ダ〜メだダメだ。」 市長「症状がどんどんヒドくなってます。知事、これはハッキリ言って危険です!」 知事「ん?・・・そ、そうか?わかった。呼んでやる」
 救急車を呼ぶ時の判断って、たしかに難しいですよね。呼んだはいいけど、実は大したこと無かったら、「こんな事くらいで呼びやがって」って思われるでしょう。じゃあどうすれば良かったのかと言うと、県知事に「これは非常事態」という正確な情報さえ届いていれば良かったわけだ。何か起きたときには、市長が市内の全容を把握して、知事は県内全市町村の被害状況を把握。まさに情報戦です。阪神大震災は早朝5時台に発生したせいか、最初のうちはビックリするくらい情報が少なかったです。私が出勤時で見た朝のニュースで、「死者が2人出たもよう」って言ってました。ご存じの通り、本当は死者6千人です。繰り返すけど、今どきのツイッターだの何だのを駆使すれば、被害状況の把握はかなりの短時間にやれそうなもんだがな・・・。

 最後に、これだけ自衛隊の方々を頼りにし、お世話にもなっているのに、一部に自衛隊を忌み嫌う雰囲気があるのは残念なことです。生徒が将来の進路として自衛隊員になることを希望した時に、「教え子を戦場に送るな」のスローガンで、何とかして阻止しようとした先生がいますが、じゃあ誰が非常時、災害時に助けに来てくれるのだろう?都立高校の宿泊防災訓練に、自衛隊員が来てくれた学校があるのですが、やはり一部の勢力が問題視しています。防災訓練のゲストに、災害救助のプロフェッショナルが来てくれるのだから、凄くいい勉強ができると思うんですが、いかがでしょう?

2月17日 再び・大雪

 14日に降り始めた雪ですが、午後5時に帰ろうとした時、道路はまだ普通に走れる状態でした。雪国ではよくある、戦車のキャタピラみたいなのが通って圧雪されたような感じ。しかし、自分の駐車場の車は、既に出せないくらい埋まっていたので、自宅の様子は推してしるべし。要するに、私の通勤経路8km中、真ん中の7790mは普通の道なのですが、我が家から表通りの200mと、最後の青梅街道から駐車場までの10mが鬼門なのだ。だから泣く泣く電車で帰る。何日か前に経験したばかりだから、早くも人々は雪慣れしたのでしょうか、私のような特殊な通勤環境の人は別にして、交通網は至って普通の印象でした。
 翌朝7時。窓の外を見た私は目を疑い、玄関を開けて「こりゃ大変だ」と思いました。ただ、予報ではその後雨に変わると言ってたから、雪は一気に融けて無くなるんじゃ?という淡い期待も持っていました。しかし、無情にも天気はすぐに回復。前回以上の深さの雪と格闘することになりました。

 新雪の中を歩く場合、ある深さを超えると腰まで埋まってしまうので、足を抜いて前に出す動作が困難、つまり身動きが取れなくなる危険があります。我が家の周囲の様子は、私だったらギリギリ歩けるけど、身長150cmのカミさんでは厳しいであろうというレベル。カミさんは、じいちゃんの面倒を見に1日2回、実家まで行かねばなりません。除雪車が来るかどうかはもはや置いといて、まずは人間1人が安全に歩ける通路を造ることにしました。これだけでも気の遠くなるような作業。幸いだったのは、我が家から20m下った所に小さな川が流れているので、橋の上から雪を落とせることです。これが無かったら、どけた雪が背の高さくらいまで積み上がったかも。橋は欄干がすべて雪に埋まっていたので、欄干の隙間をスコップで無差別攻撃すると、雪の塊が豪快な音を立てて川に着水します。片側全部やったら、数年分のストレスが一気に解消されるくらい爽快だったので、反対側は近所の子供達にやらせてあげました。ここでできた隙間が、その後に発生した大量の雪塊を廃棄するのに、絶大な威力を発揮!
 人間1人分の通り道が完成して、うちのカミさんが実家に向けて無事脱出し、2件となりの奥さんがコンビニに向かうことができ、とりあえず孤立集落ではなくなりました。午後には人がすれ違えるくらいまで道幅を拡張。本日はここでタイムアップ。近所の皆さんは「じゃあ、また明日」で終わりだが、我々は実家の救援に回る。実家は通りに面していて、最優先で除雪車が来るのですが、門から玄関までは、やはり人力で道を造ります。こちらは、人間1人ではなく、車椅子が通れる幅を確保。こうして雪かき三昧の土曜日は終わり。部活にも行けない、カミさんも車出せないから欠勤。期せずして久しぶりの一家団欒(泣笑)

 翌16(日)は晴天。雪も柔らかくなるから、一気に片づけるチャンス!前日に作った道を少しずつ拡張し、車1台が通れるまでにする。先週はこれが1日で完成したのに、今回は2日目の午後までかかりました。今回の方がそれだけ雪の量が多かったのです。我が家から200mの道がついに開通!これは、非常に多くの人々の協力があってこそです。我が家のように、表通りから奥まった方に向かって伸びる路地に並ぶ集落は・・・。簡単にわかることですが、表通りに一番近いAさん宅は、自分ちの前だけ除雪すれば出られます。Aさんよし1軒奥のBさん宅は、自分ちからAさん宅の間をやればよい・・・はずなんですが、それは、Aさんがちゃんと自分ちの前を責任持ってやってくれるという前提での話。もしAさんがサボってれば、Bさんより奥のCさん、Dさん・・・みんなでAさん宅前をやっつけなきゃならん。我が集落には、そういう意味で大変なお宅がありますが、そのお宅はすごく敷地が広くて、住んでいるのは高齢者。だから、自分ちは自分でやれよ、と言うのは酷なわけで、元気自慢の高校生を抱える我が家などが、より多めに分担するのは当然のことです。

 今回の雪の量は、今まで経験した大雪とは明らかに違う、直感的に身の危険を感じるレベル、つまり「災害」と呼ぶにふさわしい事態だと思います。うちの集落には、30〜40代を中心に、10代〜50代までの、比較的動ける世代が多いから、自力住民パワーで凌いだけど、他の集落はどうだったんだろう?高齢者しかいなかったら、誰かの支援無しには、本当に危険な状況になってしまうことは容易に想像できます。○○集落では手が足りず、緊急の支援が必要。若者の多い××集落から何人か向かうわけにいきませんか・・・みたいな情報のやり取りは、これだけツイッターとか発達してればできそうなもんだがな。
 あとは、行政のトップにいる人たちは、とにかく情報収集力と想像力をアップする必要があります。我が家の庭の積雪量は、新宿の都庁にいたら絶対に想像できないはずですが、日の出も奥多摩も檜原も同じ東京です。協力は住民全員でするものですが、その司令塔はやっぱり行政でしょう。明後日、またまた降雪予報が出ていますが、今の状況に追い討ちをかけることは必至ですから、今から対策本部を置いて、倒壊寸前の家屋から避難させるとか、動き出すべきだと思います。

2月12日 続・大雪

 (問)「途方に暮れる」を用いて、短い文章を作りなさい。
 9日の朝7時、家の外に出てみた時の私なら、実感のこもった素晴らしい答を書けたことでしょう。スコップを手にするも、目の前に広がるのは、雪原というより、もはや雪の海でした。まずは人間1人分の通り道を確保することが先決だ。我が家の玄関から50mくらいを掘り進み、通称「蛇野橋」という小さな橋に到達。ここまでたっぷり1時間かかり、時計は午前8時。この頃になると、さほど早起きでない人たちも出てきて、とりあえず自分の玄関から、私が造った幅30cm程度のメインストリートにつながる支線建設に取りかかる。そんな中、なんと車を発掘して、駐車場の雪をどけ始めたオジサンが・・・。まさか、今日これから車で外出を企ててるってこと!?いや〜、そりゃもちろん、私だって今日はどうしても車で出たい。部活と楽団の練習が9時からで、私の車には何人もの楽器が積みっ放しになっている。私の到着を、首を長くして待っている人々がいる。だが、この状態を人力で除雪するのは不可能。除雪車の到着を待つしかない。
 午前9時。集落のほとんどの人たちが外に出てきていた。さっきのオジサンは、なんと本当に車を発掘し、駐車場から出せる状態を達成。しかし、どうするというのだろう。駐車場から出したところで、表通りまでさらに200mある。その区間も約50cmの雪に覆われたままだ。我々の関心は、除雪車が何時頃に到着するか、の一点に絞られた。しかし、まさかの悲報がぁぁっ!「役場に電話したんだけど、今日中には来ないそうです!」「ええ〜っ!」 この時点で、私は出勤を諦めざるを得ず、関係各方面にごめんなさいメールを打ちまくる。(※結局、除雪車がうちの集落に回って来たのは、さらに2日経過した11日でした!)

 ただ問題は、この大雪原を放置しておけば、翌月曜日にも全世帯の車が出せない状況は変わらない。いや、それよりも何よりも、急病人が出たり、火事にでもなったら、緊急車両が入って来れないではないか!こうなったら、みんなの力で除雪やっちまおうぜ!って誰かが言い出したわけじゃないけど、それしか選択肢が無いのでした。やがてうちの息子も帰ってきて、高校生のパワーを発揮。どのおうちも家族総出で雪かきに挑んだ結果、午後2時、ついに表通りまでの除雪が完了したのでした。「災害時、最初の3日間は救助をアテにするな。まず住民で協力して持ちこたえろ」って言われたことがあるけど、まさにそれを実感しました。

 午後2時半、遅ればせながら、私は車で学校に向けて出発しました。除雪した雪が道を半分塞いでいたり、目の前の車が90度以上スピンしたり、中でも、青梅市に入ってからの道のりが、何じゃこりゃぁぁっ!の連呼でした。普通に車が走っただけなら、タイヤの幅の轍ができますが、どうやら雪かきの雪を道路にポンポン投げ出したのが、変な形に固まったみたいです。最徐行してるのに揺れる揺れる。揺れるだけならいいんだけど、対向車がコントロール不能になってハミ出して来たりする(汗) モトクロスの練習にはもってこいだな。
 やっとの思いで学校に到着したけど、ここでも困った事実を発見。学校敷地内も、雪かきが必要な状況に変わりはなく、車で入るには、そのためのスペース分、雪をどけなくてはならないのだ。これは、月極駐車場や、駅前のコインパーキングにもあてはまることで、誰もが自宅の雪かきで手一杯だから、そんな所まで手が回るわけない。車で出たはいいけど、置ける場所が無いのです。だから翌10日は、私は車で出勤することを諦めるしかなく、息子と二人でバス電車を乗り継ぎ、2時間以上かかって学校に着いたのでした。もちろん大遅刻。でもこれは不可抗力です。

 11(火)は再び休日なので、ジャージ姿で出勤し、覚悟を決めて駐車場の雪かきを実施。なんだか、雪かき上達したみたいで、凄く効率よくできるようになったな。それに、目の前から次々と雪の塊が消えて行くのが快感です。昔、誰だったか、嫌いな食べ物を食べるのが趣味、という人がいて、その理由が「嫌いな食べ物が、自らの努力で視界から抹殺されるのがいいんだ」とか言ってたな(笑)。この日は、帰宅してからもカミさんの実家の駐車場を雪かき。なんだか、身のこなしも軽やかになって、ディズニーランドでゴミを掃いてるお兄さんみたいな感覚で雪かきしてます。

 この数日間で、やっぱり日本人て我慢強いな・・・と思いました。最初の住民総出で雪かきの時も、「ブルドーザーなんで来ねぇんだ!」とか怒るわけでもなし。月曜朝のバスは、6〜7分間隔で来るはずのが25分待たされて、超満員&ノロノロ運転&渋滞の中で1時間乗ってたけど、誰一人文句を言うでもなし。帰りも福生駅のバス乗り場は長蛇の列。寒い中バスはなかなか来ず。でもみんなじっと耐える。ほんと凄い。
 逆に、行政については、危機管理が甘いと言われても仕方ない部分があると思う。みんな口を揃えて「まさかこんなに降るとは思わなかった」って言ってるから、想定外と言えば許されちゃうんだろうけど・・・。町は、ブルドーザーを保有している企業と提携しておいて、非常事態の大雪時には出動できるようにしておくとか、やればいいんじゃないかな。青梅街道については、除雪のために通行止めにしたのは11日の午後だったから、ちょっと遅すぎ。雪を道路に捨てないように防災部線で呼びかけるとか、できなかったのかな。今日になっても、青梅街道は超危険区間が残っていて、対応が後手に回っているように見える。
 というわけで、いろいろ考えさせられた今回の大雪でしたが、とにかく、自然災害は「明日は我が身」なのだということを肝に銘じ、どんな場面でも冷静に状況判断して、勇気を持って行動!これが大事なのです。

2月11日 大雪・・・その時、西多摩では

 今回の大雪は、事前に「1998年1月15日を上回り、1994年2月12日に匹敵するかも」と予報されていたので、用心深い人たちはそれなりの準備をしました。スーパーに買い物に行ったら、ありゃ〜、パンが全部売り切れ。明らかに東日本大震災の時と同じ、買い占めです。大雪の予報くらいでそこまでしなくたって・・・。また、大雪当日の2月8日に予定されていたイベントの中止も相次ぎました。私たちが前々から準備してきた演奏会も、7日午後の段階で早々と中止が決定。え〜っ!せっかく準備したのに。予報が外れることだってあるじゃん。せめて明日の朝の様子を見てから決めたっていいんじゃないの?と内心思ったけど、8日のお昼を日の出町で迎えた私は、校長先生たちの英断に感謝するしかありませんでした。

 1994年の大雪って、そんなに凄かっただろうか?この日は土曜日で、学校でOB合同練習をやっていました。OBたちを駅まで車で送ったら、すでに電車が止まっちゃってて、皆さんのお宅まで送り届けた後、多摩センターの自宅まで帰ったけど、まあ普通に帰れたな。むしろ1998の方が大変でした。この時は青梅市に引っ越して間もない頃です。冬用タイヤさえ履いていれば、どんな雪国だって走れるという私の過信を、木っ端微塵にうち砕いた大雪でした。駐車場から出ようとしたところで動けなくなり、4駆のデリカに助けてもらって、あわててチェーンを装着。人生初チェーンでしたが、その威力には脱帽だったな。翌日は普通に出勤したけれど、電車がまともに動いてなくて授業にならず。午前中はほぼ雪かきで終わった記憶があります。結局、東京で25cmと言っても、東京は広いのです。場所によって積雪量は違うし、普段から日陰で冷たい場所には一層よく積もります。私にとっての1994は、多摩センターでの記憶で、大したことなかったじゃんという印象だから、日の出町の積雪を甘く見ていたんだな。

 さあ、その日の出町。8日を迎えて、夕方段階で義父宅の犬小屋付近(写真)で測定した積雪は51cm!そんな中、なんとカミさんに出勤要請が!だいたいこんな大雪の日に、ファミレスにお客さんが来るんだろうか、と思うが、カミさん一応、車を出そうと試みるが、50cmバックした所でギブアップ。青梅1998の記憶が蘇る。我が家の近くでは、長靴も役に立たない有り様で、表通りも車が走行不能。五日市線はもちろんバスも運休。ほぼ孤立集落状態だから、買い占めに走った人々の判断は正しかったようです。それにしても、こりゃいかんと思い、新宿まで出かけている息子には、今夜の帰宅を諦めて、比較的安全と思われる、豊田の祖母宅へ向かうよう指示しました。

 一夜明けた9日、窓から差し込む朝日で目が覚めました。ああ、晴れたんだな、と一安心もつかの間、次の瞬間から私は、人生の修羅場ランキング上位争いに食い込む、大修羅場に放り込まれるのだったぁぁっつ!(続く)

2月 3日 神奈川マラソン(ハーフ)

 参加賞は日清キャノーラ油。

 初参加してきました。一夜明けて筋肉痛なのは、21km余を頑張り通した証だな。
神奈川と言ったって広いですが、横浜市の磯子という所です。京浜東北線の昔の終点・・・って言えばピンと来る・・・わけないか。この電車は、その後洋光台まで伸びて、最終的に大船までつながった歴史があります。それぞれ開通間もない頃にわざわざ乗りに行ったもんだ(笑)。磯子駅のほぼ真ん前の、日清の工場前からスタートして、北上して折り返し、南下して折返し、さらにもう一度北上して折り返し・・・磯子駅の前を都合4回も通るちょこまかした感じのコースなので、神奈川と言うよりは「磯子マラソン」だろう。
 10時に磯子駅に着いて受付を済ますと、おにぎり1個とウィダーで栄養補給。いつものようにストレッチとかやって、体温上昇させながら1枚ずつ脱ぎ、最終的にはTシャツ1枚姿。スタート待ちの時に寒いと思われがちだけど、周囲を全部人間で囲まれて、鶴ヶ岡八幡宮の初詣状態になってるから、全然寒くないのだ。スタートは11時30分。私は「2時間以上」という最後方のブロックからなので、スタートラインをまたいだのは6分後の11時36分でした。
 コースは右を見ても左を見ても、ひたすら工場か倉庫。時折、目の前に海が広がりますが、砂浜とか岸壁ではなく、埠頭っていうの?夜に来れば夜景がロマンチックかって言われると、そうでもなさそう。何ていうか、犯罪の臭いがしそうな。いけない物の取引かなんかやってて、たくさんのパトカーのサイレンが似合う感じ。さて、5kmごとのラップを見てみよう。

 【〜5km】  29’33”
 【〜10km】 28’06”
 【〜15km】 28’06”
 【〜20km】 28’33”
 【ラスト1.0975km】 6’15”  Total 2゜00’33” 

 2時間切りのために、最初の5kmを28分で通過する予定が、大幅に遅れて焦ります。例によってスタート渋滞からなかなか抜け出せなかったためだけど、とにかく借金を返すために、少し速めのペースメーカーを選んでついて行くことにしました。これが功を奏して、この先10km以上に渡って理想の展開。前回鬼門だった17kmを過ぎてもペースは落ちず、「おっ、今日は調子いいかも」と思ったが、そう思った直後に地獄が待っているのもいつもの事だったぁぁっ!15km過ぎから距離表示が1km毎に変わったので、私も1km毎にラップを確認しましたが、今回は19kmまで何とか持ちこたえたものの、試練はそこからでした。足が急に2倍くらいの重さになったような感覚・・・。でもラストは気合いだけで重い体を前に進ませ、のたうち回るようなフォームのままゴールイン。うぎゃ〜っ、2時間を33秒オーバー(泣)。最後は大失速ってほどでも無いので、最初の5kmがもうちょっとスイスイ行けてたら、というのが悔やまれます。でも全行程をあとちょっとずつ速くして、キロ5分20秒ペースで走れれば楽勝なわけだから、ゴチャゴチャ言う前に練習しろって事だな。とりあえず、前回の熊谷より1分半縮めた自己ベストでした。

 いや〜、フルマラソンのサブフォー(4時間切り)って、これをもうちょいペースアップして連続2本なんだよな。まだまだ遠い道のりですが、こうして大会に出るたびに自己ベスト更新できるところが、面白過ぎてやめられなくなっちゃいます。

1月27日 集団討論必勝法

 なぁんてモノがあるんだったら、一昨日教えてよ!って言われそうだな。都立高校の推薦入試は、昨日と今日で行われたので、今シーズンの中学3年生による集団討論は終わってしまいました。私も面接官を務めた立場上、あまり詳細にレポートするわけに行きませんが、差し障りの無い範囲で、集団討論の作戦について考察してみます。まず、次の3つについて、皆さんはどう思われますか?

(1)発言回数は多い方が有利か?
(2)司会進行役を務めると有利か?
(3)裏技、高等テクニックみたいなものは存在するか?

 (1)と(2)について、明らかに「Yes」と確信して、或いはそう指導されてきたと思われる受験生はいるようです。当然、まったくのダンマリでは討論に参加したことになりませんから、たくさん意見を言うに越したことはありません。また司会については、参加者としての自分の考えをまとめるのと別に、討論の交通整理にも気を配らなくてはなりませんから、たいへん難しい作業であり、うまくやりきればプラスポイントは確実です。ただ、たくさん手を上げても、ピント外れの意見が多かったり、司会を引き受けたはいいけど、議論があっち行ったりこっち行ったりで、うまくまとめられなかったら、これはただの出しゃばりと判断されるだろうな。それだったら、むしろ大人しくしてた方がマシだった、なんてことにもなりかねず・・・。結局、そういうスタンドプレー的な戦術は、ハイリスクハイリターンと言えるので、勝負師型の性格じゃない人には向きません。少ない発言だが、すべての意見が的確で、周囲を唸らせちゃうようだと、もちろん高得点になります。付け焼き刃の戦術より、ふだんの学活の時間から、討論慣れしておくことが重要だろうな。

 (3)について。私の拙著「面接バトル」の舞台である「集団面接」でさえ、あれだけの駆け引きが存在しました。これが「討論」となれば、きっと無限の高等戦術が編み出されるに違いない・・・と思ったら大間違い。例えば、集団討論経験者の現役高校生に聞いたら、「膠着状態で沈黙が生じた瞬間が最大のチャンス。そこは迷わず打開発言してポイント稼いでこいって教わった」と言ってました。だから、参加者全員を意図的に沈黙に追い込むことができるなら、作戦と呼べるものが成立するでしょうけど、そんなの相手のタイプによってどう展開するかわからないから、結局「いいこと言った人が勝つ」・・・以上です。

1月18日 鹿児島3泊4日

 修学旅行から帰ってきました。最近の東京の学校がやる修学旅行の行き先は、中学校はもちろん京都奈良ですが、高校はやっぱり何と言っても沖縄が多くて、次いで九州、北海道だろうか?なんで遠い方が人気があるかと言うと、遠いからです(笑)。せっかくの旅行なら、思いっきり遠いところに行きたいってわけで、アンケートを取れば8割以上の生徒が沖縄を推します。沖縄の修学旅行が解禁になる前の時代は、九州全盛だったと思います。九州と言っても広いですが、人気の中心は長崎。福岡の太宰府や吉野ヶ里、雲仙や熊本なんかと組み合わせることもあったけど、今回の鹿児島県というのは、私自身も初めて降り立つ場所で、生徒もきっとそうだったでしょうが、「鹿児島って、何か見るところあったっけ?」なんて思ってました。要するに、私の頭の中に全く無かった発想だったので、結果とても新鮮でした。
  ←桜島 左は朝、右は夕方。噴煙が上がってる!
 【行程】初日・・・羽田〜鹿児島空港〜バスで知覧特攻記念館へ。2日目・・・コース別体験学習(1) 3日目・・・コース別体験学習(2) 4日目・・・市内自主行動
 この中で是非とも高校生に見せたいのは、初日の特攻記念館です。平和学習ができる地域は、広島、長崎、沖縄だけだと思われがちで、私もそう思っていた一人でしたが、特攻隊の資料館はインパクトが強いです。当時の隊員の年齢が、現在のの高校生に非常に近くて、彼らが何を思いながら飛び立って行ったのか、ということがわかる資料が、実にたくさん残されていました。
 体験学習は、鹿児島ならではの特徴溢れるものかと言えばそうでもないけど、まあ豊富に用意されていたので、なんと2日連続での体験メニュー。地図で見る限りすごく南の方だから、暖かい気候だと思ったら実はそうでもない。以下、ガイドさんの話。「鹿児島は暖かいので、雪も降ることは降りますが、積もるのは年に数回程度です」・・・って、なんじゃこりゃぁぁっ!年に数回も積もったら、東京より雪国じゃんかぁぁっ!というわけで、4日間ずっと晴れてましたが、屋外では私は常に寒さに震えてました。繁華街の自由行動は、これはやっぱり長崎や沖縄の国際通りの方がいいでしょう。鹿児島の中心部には、ううん、ちょっと名所が少ないな。結果ガッカリしてもいいから、札幌の時計台みたいな、一度は見ておきたい有名スポットがあるエリアを回りたいところだ。
 航空運賃の高騰、さらには消費税のアップによって、都立高校が沖縄に修学旅行に行くことは、来年はもう無理だろうな。再び九州の時代が到来です。大分、宮崎あたりにもまだまだ未開拓の候補地があるんだろうな。ばってん、どげんして研究すればよかと?

1月 3日 続・駅伝ファンの願い

 おはようございます。さすがに駅伝観戦疲れで、昼寝してしまいました。では昨日に引き続き箱根駅伝2日目を講評します。

【最優秀賞】酒井監督(東洋)
【優秀賞】廣瀬(明治)、法政一同
【ダメダメ】大八木監督(駒澤)、瀬古さんと他の解説者全員

 青梅市に「梅郷ゴルフ場」という小さなコースがあって、それが超不思議なコースなのです。昔、「プロゴルファー猿」という漫画がありましたが、あれに出てくるようなユニークな設定でした。普通にゴルフが上手いだけの人では攻略できず、その特殊性を熟知している者だけが勝てる・・・。箱根の5区6区はそういう区間であって欲しいのです。今日の6区では、下りのスペシャリストが期待通りの働きをしました。もし6区に駒澤が窪田を投入したりして、それが区間賞取ったりするようなら、もはや箱根は終わりだ。競技場を1人50周走って10人リレーすればいいじゃないっすか。明治の廣瀬君は、スペシャリストの意地を見せてくれたと言えよう。
 復路のレース全体としては、東洋がジリジリとリードを広げ、9区窪田の大逆転にかすかな望みをつないだが、結局30秒くらいしか縮められず、10区に入る所では勝負あった感じでした。それでもきっと大八木監督は、「うりゃ〜っ!○×◎★・・・」と絶叫し、科学を超えた気合いの力で不可能を可能にしてしまうのでは・・・。いや、そうして欲しい。それが僕ら日本人に最もピッタリ来る感動的な展開なのだ・・・。と思っていたら大八木監督、10区に入ったとたん超優しい口調になってんの。3分差をひっくり返しに行って自爆するより、敵失に備えてキッチリ走っておき、勝てなくても来年に生かせるレース運び・・・冷静な監督なら、当然そう考えるよな。でも大八木さんだけには「自分の走りを」とか言ってほしくなかったぁぁっ!「男だろ!3分くらい、何が何でもひっくり返せ〜!」を聞きたかったぁぁっ!逆に東洋の酒井監督は、以前に優勝した時もそうでしたが、3分のリードがあっても安全に逃げ切ろうとせず、区間新記録を狙いに行かせる。ううん、素晴らしい。というわけで、監督さん2人の評価は、昨日と正反対になりました。
 解説者については、毎度指摘していることですが、ホント皆さん口べたで困ったものです。昔の日本人スポーツ選手は、み〜んなこんな感じでしたが、時代はだいぶ変わりました。でも陸上とお相撲さんだけは、相変わらず「そうですねぇ〜」が口癖で、当たり障りの無い発言ばっかりです。こうなると、多少、いやかなりトンチンカンであっても、瀬古さんの方が面白いです。というわけで、瀬古さん今日も絶対にカマしてくれると期待したのに、意外と安全運転。だからダメダメ賞。無難にこなしてもスベっても、結局瀬古さんはダメダメ賞(笑)。あ、そういえば瀬古さんじゃないけど、元日のニューイヤー駅伝でも恐るべき解説があったな。後ろから追いついてきた選手について、アナウンサー「さあ、どうしますかね?」 解説「いったん併走するか、一気に抜くか、どちらかだと思いますね」 私「???それ以外の選択肢って?」 もう一つ、解説「下位を走るチームはね、とにかく前のチームを追うしかないんですよ」 私「うん、それは昔から良く知ってる」 ううう、次回こそは徳本さん(法政OB)の登場を願う。
 法政の徳本さんと言えば、金髪にサングラス姿が斬新でしたが、どうやら法政にはそうした伝統が脈々と受け継がれているようです。気のせいかもしれないけど、法政の選手はみんな色が浅黒いんだよな。まさかみんなで日焼けサロンに通ってはいないだろうから、沖縄で合宿やってきたのかな、とも思えるけど、アクセサリーの量が明らかに多い。雷雲が近づいてきたら危なそうなレベル。って〜ことは、要するにチャラいのではないだろうか。いや、批判するわけじゃありません。むしろ個性的でいいと思います。高校野球は全員丸坊主とか、没個性も度が過ぎると、見ている方は選手の区別もつきにくいし、何よりつまらないです。学生スポーツと言えども、日本中の30%の人たちから見られていますから、ちょっとしたファンサービスはあってもよいだろう。法政はその先駆者となってもらいたい。
 では私も明日からトレーニング再開しま〜す。皆様、本年もよろしくお願い申しあげます。

2014年1月 2日 駅伝ファンの密かな願い

 新年明けましておめでとうございます。年末にハーフマラソンを走ったばかりのせいか、テレビの駅伝観戦のモチベーションも、例年以上に高く、ニューイヤー駅伝から全部見ました。さて、箱根駅伝1日目を講評します。

【最優秀賞】大八木監督(駒澤)
【優秀賞】大迫(早稲田)
【ダメダメ】酒井監督(東洋)、瀬古さん(解説)

 我々素人ファンの願いは、活躍すべき人が活躍すべき場所で、8割がた期待通りの活躍をし、残り2割くらいで意外な展開になることです。こう書くと、本当に勝手な期待としか言いようがないけど、主人公がまさかの窮地に追い込まれて一瞬手に汗握るも、最後は助さん角さんと黄門様が何とかしてくれる・・・という筋書きこそファンにとっては理想なのです。そういう意味で、今回は私の期待通りにならない場面が多々ありました。
 まず、ずっと昔から気になっていたこと。それは、平地で速い人は、もしかして5区でも速いのだろうか?ということです。もしそうなら、箱根駅伝はずいぶんつまらなくなるだろうな。平地では並みのランナーだけど、5区だったら誰にも負けないよ・・・っていうのが「山のスペシャリスト」であり、そういう選手がいるからこそ、単純な合計タイムだけでは決まらない、箱根独特の面白さがあると思うのです。柏原君が卒業した後、ポスト山の神は、日体大の服部君になりまし・・・いや、なるはずでした。服部君に勝負を挑めるのは、昨年、独特の「忍者走り」で区間2位になった、法政の関口君。この2人の一騎打ちの末、服部君が区間新を塗り替えて5区を征する・・・。これこそが、箱根ファンが求めていたストーリーなのだ。ところがぁぁっ!東洋大は何と、設楽啓太を投入してきたではないかぁぁっ!そして、何ということだぁぁっ!設楽が区間賞!これじゃあ、今後は「華の2区」じゃなくて「華の5区」ってことになって、1万mの速い選手が5区に集中して、山の神は失業だな・・・。というわけで、5区設楽というタブーを侵してくれた酒井監督にダメダメ賞。
 反対に、私の期待通りの展開を演出したのは、1区の大迫君です。以前にもロケットスターターはいましたが、意表を突いた飛び出しだと、誰も付いて行かないことがありますが、今回は予告ホームランみたいな感じで、大迫が飛び出すことは周知の事実でしたから、1区全体がハイペースで盛り上がりました。逆に2区は、オムワンバのアクシデントは別にしても、エース区間にしては盛り上がりに欠けましたな。そんな中、大八木監督の怒鳴り声だけは期待通り。これが無いと、新年は始まらん。

 最後に、解説の瀬古さんは、かれこれ何年連続のダメダメ賞だろうか。まあ今回は、瀬古さんだけを責めるのは酷かな、とも思いました。何しろ、選手の中に「しょうた」「ゆうた」「ゆうま」「けいた」「けんた」「しょうま」・・・とか、似たような響きの名前が多すぎるのです。一番困るのは、日体大に「服部しょうた」、東洋大に「服部ゆうま」がいたことでしょう。アナウンサーが完全に混乱して、「東洋大の双子、服部ゆうたと服部けいた・・・」とか言ってたくらいだからな。でも、瀬古さんの混乱はレベルが違いすぎた。たぶん「はっとり」って書こうとしたんだろうが、「取部」って、なんじゃこりゃぁぁっ!横にいたアナウンサーも気づいてるんだかいないんだか・・・。明日もきっと何かやってくれるでしょう。では、また明日・・・。


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