長編小説 「愛と誠」(職員室編)

第5話 シゲルと呼ばないで

生活指導部の一画には、特に会議というわけでもなかったが、たまたま全員が顔を揃えていた。
誠を含めた4人のメンバーのうち、まだ面識が無かった最後の一人は、
眉毛が全く無い顔と、きつい剃り込みの入ったパンチパーマ。
どこからどう見ても、ヤクザそのものだった。
この人こそがパンチ先生で、学校の治安維持活動に於ける
最終兵器的な存在であろうことは、一目瞭然だった。

けだるそうな動作から、ジロっと誠の方を見ると、パンチは口を開いた。
「あんたがマコっちゃん?体育科だってな。オレ、パンチ。ゆっとくけど、
パンチパーマだからパンチじゃないよ。ひゃ〜っははは」
ガム子が割り込んできた。
「パンチはさぁ、昔プロボクサーだったのよ。だからパ・ン・チ。ひゃははは」
よく笑う人たちだと思った。
「あは、あは、あは・・・」誠も必死に笑おうと努めた。

主任の白川が、思い出したように言った。
「あ、そうそう。これから緊急の企画調整会議をやるそうだ。
部会は午後イチに回さなくちゃならない。みんなの都合は大丈夫かな?」
企画調整会議とは、会社でいう役員会議のようなものだ。
構成メンバーは校長、副校長と各部署の主任たちである。
臨時でこれが召集されるのは、突発的な事態発生とかの時だ。

「なんでぇなんでぇ、もう事件発生かよ?」パンチが言った。
「いや、生活指導がらみだったら、まずこっちに来るはずだから、事件じゃないな。
ま、どうせまた、お上から何か降って来たんだろう。」
(※都庁のお役人から何か指示が出されたのではないか・・・の意)
そう言って、白川は面倒くさそうに出ていった。

残された3人は、特にやることが無いので、何となく雑談モードになった。
突然「あ、マコっちゃんの名前、考えなくちゃね。」とガム子が言った。
誠にとっても、これはちょうど良かった。
この件については、先輩教師に聞いてみたい事だらけだ。

「僕はカタカナでマコトにしようと思ったんですけど、校長先生が怒っちゃったから、
やっぱり漢字1文字の誠にします。それだったら大丈夫ですよね?」
「う〜ん・・・」
ガム子が、なぜか眉間にシワを寄せて考え込んだ。
「漢字1文字は厳しいかもね・・・。パンチはどう思う?」
「そうさなぁ。ゴウの時、たしかそれでハネられちまったんだよな・・・」
二人の先輩教師は、思いの外、真剣に考えてくれているようだった。
ただ、二人の会話の中味には、誠の理解が追いつけてなかった。
ガム子もその事を察して、誠に丁寧に説明し始めた。

「あのね。マコっちゃん、アタシたちの愛称は、希望は出せるけど、
それを審査して、最終的に認可するのは都の教育委員会なのよ。
最近は、その審査が厳しくなってて、うちのゴウちゃん、あ、白川先生のことね。
ゴウちゃんも、2年続けて審査で落とされてんの」
パンチが引き継いだ。
「ヤツは郷ってぇんだ。白川 郷。だからそのまんま、1文字で郷(ごう)にしたらさ、
タレントの郷ひろみってのがいんだろ。アレとおんなじ苗字だと思われて都合が悪いってぇのよ。
そんじゃあってんで、次はローマ字でGOにしたら、動詞を単発で使うと
命令形に聞こえるからダメとか何とか。」
誠は、質問したいことが、どんどん増えていくばかりだった。
「あの、愛称を却下されちゃったら、本名を名乗ってればいいんですよね。
むしろ、願ったり叶ったりじゃないですか?変な名前使わされるよりも・・・」
「ゴルァ!お前、オレやガム子の名前にイチャモンつけようってぇのか!」
「うわ!すいません。そんなつもりじゃ・・・。わわわ、すいません」
誠はつくづく、自分の口は災いの元だと思った。

そこに白川が帰ってきた。企画調整会議は、意外とあっさり終わったらしい。
しかし、白川の表情は疲れていた。ガム子が心配そうに聞いた。
「ゴウちゃん、何だったの?」
「いやぁ、参った・・・。あ、ガム子とパンチは心配いらないんだ。
でも、オレとマコっちゃんは・・・どうすっかな〜。今からすぐ臨職だそうだ」
(※臨職→臨時職員会議の略)
何らかの難問が自分に降りかかっているらしい。誠は不安になった。

臨時職員会議が召集された。
シゲル校長が、非常に険しい表情のまま話し始めた。
「え〜、先ほどの職員会議から、さほど時間も経っていないところで、
再びお集まりいただき、申し訳ありません。
実は、つい先ほど都教委から電話で連絡がございました。
私シゲルを始め、今年度、新規で申請された先生方の愛称がすべて却下されました。
今学期から使用予定だった愛称について、すべて再考せよとの指示です。
理由についても説明がございました。コメントをそのまま読みます。

「いっチャン」について。安易なチャン付けは、教員の権威を損なうため、好ましくない。
「アイアイ」について。安易な繰り返しも、教員の権威を損なうため、好ましくない。
「シゲル」については、比較的多い名前であるため、今後、愛称表記校が増えた時、
あちこちの学校で、シゲルの大量発生による混乱が危惧される。
ヒロシ、サトシについても、同じ理由により、教員の愛称として適切とは言えない。
え〜特に、私シゲルにつきましては、既にプレス発表もされ、シゲルのゴム印等も納品されております。
この段階での却下という事態に、一部マスコミが飛びついて来る可能性がございます。
その際は、窓口を一本化し、私自ら対応するということに致しますので、ご承知おきください。
それから、これ以降、私をシゲルと呼ばないでください」

朝の場面の再現だった。ほぼ同じメンバーが、質問に立っていた。
「校長先生にお尋ねします。チャン付けはダメ、繰り返しダメ、下の名前ダメって、
じゃあ、一体何だったらいいんですか?都教委はどんな模範例を示しているんですか!」
「お答えします。都教委が愛称の例を示すということは、行っておりません。
あくまで学校が主体となって、創意工夫を凝らすことが原則、という見解でした」
さらに過激な意見も飛び出した。
「愛称なんてやめちまいましょうよ!だって、何を出してもお気に召さないってんだから、
普通に本名でやってけばいいじゃないですか!」
「え〜、本校は試行校です。これが失敗に終われば、この5年間に費やされた
多くの英知と苦労が水泡に帰すことになります。
成功すれば、高校教育の救世主になれるかもしれません。私は後者に賭けてみたい」

臨職は20分程で終わった。
生指部のエリアに戻った誠は、当事者の一人である白川と話し始めていた。
「白川さん、一つ、どうしても腑に落ちないことがあるんですけど・・・。」
「ん?何だい?」
「ガム子さんの名前、よく認可されましたよね」
「ああ、ガム子とパンチは、愛称表記一期生だからな。最初の頃は審査が緩かったんだ。
今だったら絶対通らない名前だな。さて、お前さんはどうする気だ?
誠も珍しい名前じゃないから、マコトのまんまじゃ、まず通らなんだろうし、
マコっちゃん、マコマコ、ぜ〜んぶダメだ」

誠は、無意識のうちに総務部の方向を見ていた。
困った時に頼れるのは、もはや愛女王様しかいなかった。

「愛さん、アイアイ、却下されちゃいましたね・・・」
「なぐさめに来てくれたの?」
愛はパソコンのキーボードを打ちながら返事をした。
「い、いや・・・。ただ、愛さんは、これからどうするのかな〜と思って・・・」
愛はピタリと手を止め、誠の方を振り向いた。
「男らしくないわね。ハッキリ言いなさい。
僕は何て名前にしたらいいか解らないので、助けてもらいに来ましたってね」
誠は顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなって、言葉が出なかった。

「ふふっ、いいわ。もう許してあげる。
アイアイが通らないことなんて、最初から解っていたわ。
正直言うとね。私、自分の愛称なんか全然考えていない。」
「え〜っ!じゃあ、木内先生たちみたいに、愛称を断固ボイコットですか?」
この時、会話を聞きつけた教員たちが、徐々に集まり始めていた。
野次馬というより、愛称について追いつめられ、救いを求める人々だった。

「ボイコットなんて言ってないわ。愛称で呼ばれるの、面白そうじゃない?
ただ、私は考えてないし、誠くんも考える必要は無い。黙って成り行きを見てなさい」
「あ〜もう全然わからない。僕の名前はどうなっちゃうんですか?」
「誰かが何とかしてくれるわ」
「そんな無責任な・・・。」
「私は女王よ。女王の言うことが信じられないの?」

女王という響きを耳にして、誠も周囲も、やや心の平静を取り戻した。
誠自身には、どうしたらいいか皆目見当もつかない難題なのに、
愛は、何らかのシナリオを、エンディングまで想い描いているようだった。
そうだ・・・愛は女王だったんだ。女王を信じ、すべてを女王にゆだねること。
それこそが救いの道なのだ。
やっぱりオレがついて行くのは愛さんしかいない!
愛称問題はきっと何とかなる!そう信じよう、と誠は思った。
(続く)

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