長編小説 「愛と誠」(職員室編)
第8話 ライバル出現
自己紹介といっても、教科と名前を言ったらおしまい程度。
それをなぜ、愛だけが拒否したのか、
そこにいた誰もが、愛の意図を掴みかねていた。
やがて、その静寂を破ったのは、パンチだった。
「なあなあ、女王ちゃん。そんな力むこたぁねえだろ。
ただの自己紹介タイムじゃねぇか、軽くいこうぜ。スカッと軽くな」
愛は、パンチの方に向き直った。
「火野主任は既に私の名前を言ったわ。これ以上、どうしろと?」
その瞬間、パンチの表情が険しくなった。
「感じワル〜。お前なあ、初っぱなくらい明るく爽やかにやれっつ〜の!
ちょこっと自分の名前言って、よろしくね、ニコっ、で済むこっちゃろが」
「同じ事を2度言うのは、時間のムダよ。」
「じゃあ、こうやってオレと言い合いしてる時間はムダじゃねぇのか」
「皆さんがこれをムダと気づいて改善するのなら、この議論はムダでは無くなるわ」
「あ〜もう、なんでぇなんでぇ、女王ちゃん、見損なったぜ。ああ言えばこう言う、
マコっちゃんが、せっかく場を和ませたって〜のによぉ」
誠は、突然自分の名前が出てきて驚いた。
そして、こういう展開になったことが、自分の責任ではないと解りつつも、
つい発言せずにはいられなくなった。
「あ、あのぉ、僕だったらいいんです。パンチさん、ありがとうございます。
それから愛さん、大丈夫です。先生のお名前、もうバッチリ覚えました。
愛さんのおっしゃること、ご尤もだと思います。
どんな性格とか、趣味は何、とか、これから徐々に解っていきますもんね。あはは・・・」
場を収めようとした誠の意図に反して、パンチは怒りのボルテージを上昇させた。
「マコト、てめぇゴルァ! 解ったようなことぬかすんじゃねぇよ!
オレはな、礼儀っつ〜か社会の常識ってとこを言ってんだ。
礼儀知らずなのは女王の方だろが!」
誠が懸命に弁解の言葉を考えている時、突然、
「汐留先生のおっしゃることも、一理ありますよ」
という、聞き慣れない声が響きわたった。
岩島津弘だった。全員が一斉に岩島津に注目した。
彼は黒縁メガネの奥から、鋭い眼差しで周囲を見渡し、
「我々は今朝から、あちこちの会合で何回自己紹介させられたことか・・・。
ムダだと思いつつも、何となく毎年繰り返される悪習・・・。
汐留先生は、それを指摘してくださったのでは?」
パンチは岩島津に攻撃の矛先を転じた。
「このウラナリめ、物事ってのはなぁ、理屈だけじゃ動かねぇんだよ。
だからおめぇは生徒のハートがつかめねぇんだ」
パンチはそう言うと、今度はその隣りの高浜由紀に向かって
「高浜ちゃんはどう思う?お前もこいつらの味方か?」
高浜由紀はパンチではなく、愛の方を向いて話し出した。
「シオトメ アイ・・・。人呼んで、アイ女王様・・・。フフフ、噂通り、
なかなかやるじゃない。もう目的は達成したのかしら?女王さま」
愛の顔色が一瞬変わったように見えたが、すぐに落ち着いた口調で、
「そうね、この位にしておくわ」とだけ答えると、今度は全員の方に向き直った。
「あらためまして、私は汐留愛です。よろしくお願いします」
と、微笑んでみせた。
「お、おい・・・」パンチは、狐につままれたような顔をしていた。
誠も、状況がさっぱり飲み込めなかった。だが、少なくとも
愛の不可解な言動には、最初から何か目的があって、
少なくとも高浜由紀が、愛の手の内を見抜いているらしかった。
高浜由紀と愛とは、この先、宿命のライバルとして
しのぎを削る間柄になることを、誠はこの時、微かに予感した。
(続く)