長編小説 「愛と誠」(職員室編)
第10話 女王包囲網
職員室が急に賑やかになった。
他の学年の会議も終わり、人が続々と戻って来ているのだった。
そう言えば、2学年のメンバーだけが先に職員室内にいたことに、
愛は今更のように気づいた。
柏田も戻ってきたが、その表情は憔悴していた。
柏田は、愛に向かって、絞り出すような声で話し始めた。
「シオトメさん、すまない。委員を集めることができなかった・・・」
「1人も承諾してくれなかったのでしょうか?」
「そうだ。1学年には元々、愛称使用そのものへの強硬な反対派がいる。
彼らが発言し始めたとたん、委員になりますなんて言える雰囲気じゃなくなった。
私なりに誠意を尽くして、丁寧にお願いしたつもりだったんだが・・・。
力及ばずだ。本当に申し訳ない」
「わかりました。残る3学年からスカウトしましょう。そこは私がやります。
柏田さんは、第1回委員会開催の段取りをお願い。できれば明日にも開けるように」
「3学年からの委員候補の、アテはあるのか?」
「今はありませんが、大丈夫です。30秒程度の時間をいただければ、
おおよその人柄を把握できますから。柏田さんの時のように・・・」
「あ、そ、そうだったな・・・。わかった。じゃあ、時間と場所を調整しに行く」
柏田は足早に職員室を後にした。
柏田は、廊下の真ん中あたりで、背後から呼び止められた。
声の主は高浜由紀だった。
「柏田さん、総務部をこれからどうするつもり?」
「どうするって・・・? どういう意味だ?」
「女王のやりたい放題を、このまま黙って見過ごしといていいの?ってこと」
「総務はうまくやってる。女王の能力は並外れているが、
好き勝手にはさせん!主任はこの私だ。
総務部じゃないあんたが、心配することじゃぁない!」
「愛称委員会は、女王が気に入ったメンバーだけを選んでるわ。
そして、チーム愛とか名乗ってるそうじゃない?
既に、柏田さんの影は薄くなりつつある・・・。違ってる?」
「余計なお世話だ。それとも何か?オレが笑い者にされるのがそんなに楽しいか!」
「柏田さん、目を覚まして!
あなたは、上北台高校乗っ取り計画のために、女王の手先にされているわ。
女王は、この学校が築いてきたものすべてをブチ壊すつもりよ。
あなたが創った総務部も、リセットされた後に、女王色に染められる・・・。
私は別に、女王が好きとか嫌いとか、そんな小さな事じゃなくて、
これまでの上北の良いところを守りたい。それだけなのよ」
それを聞いた柏田の目がキラリと光った。
「わかって貰えたようね、柏田さん。
ねえ、私と手を組まない?何も怪しい組織とか派閥を作ろうっていうんじゃないの。
女王チームが活動を開始するのなら、女王の暴走を監視するチームも必要だと思うの」
柏田は、少し考えてから、
「いいだろう。アンタに協力しよう」と言った。
「もちろん、女王には気付かれないようにね」
「わかってる。あの女の好きにはさせん」
柏田の後ろ姿が小さくなると、高浜由紀は静かに「ゴン太!」と呼んだ。
怪しげな白衣を着た坊主頭の男が、柱の陰から現れた。5組の座尾権太だった。
「次は誰を引き込みますか?由紀様、もう片っ端からいっちゃいましょうよ」
「次に狙うのは唯一人。雑魚はどうでもいい。
女王の側近中の側近を落とす。それが一番手っ取り早いでしょ」
と由紀は答えた。
「側近ですか?そんなやつ、いましたっけ?」
「今に解るわ。ふふふ、シオトメ アイ・・・。楽しみに待っていなさい」
この時、愛は、周囲で不穏な動きが始まっていることに、そして
柏田がチーム愛を裏切っていることにも、まったく気づいていなかった。
愛は、さっきからガム子と何やら話し込んでいる。
誠は話し相手がいなくて、つまらないなと思っていた。ちょうどその時、
「台場先生」と近くから呼びかけられた。
女性の声だが愛ではなかった。
誠は一瞬、誰だっけ?と思ったが、ついさっきの学年会の自己紹介を思い出した。
「英語科の高浜先生・・・でしたっけ?」
「さっそく覚えていただけて嬉しいわ。ちょっとお話ししてもいい?」
「もちろんです」
相手が愛ではなくとも、美人の女性から話しかけられるのは、悪い気はしなかった。
「誠さんて呼ばせていただいもいいかしら。その代わり、私のことも由紀って呼んでね」
「は、はい・・・」
高浜由紀はかすかに微笑んだが、眼光は鋭さを増した。
一方の誠は、天真爛漫の笑顔を隠そうともしなかった。
(続く)