長編小説 「愛と誠」(職員室編)

第13話 君は僕が守る


4月6日の始業式は、極くありふれた風景だった。
一癖ありそうな生徒もいるようだが、とりあえず大人しく整列はしているので、
誠がこれまで経験してきた学校に比べて、特に大変という訳でもなさそうだ。
意外だったことと言えば、担任発表で、高浜由紀の名が読まれた時に、
歓声が最も大きく、逆にブーイングが起きたのが、岩島津だった。
誠はといえば、始業式が終わって体育館の出口に向かう頃から、
さっそく女生徒たちの注目を集めていた。

「マコトってどんな字書くのかな」
「あの先生、奥さんいるの」
「年下だったらいくつ下までオッケーか訊いてみようよ」
などという声が耳に入り、女生徒たちが徐々に誠との距離を縮めてくる。
誠は、どちらかと言えばツッパリ男子を扱う方が得意で、
こういう女生徒をあしらうのが苦手だったから、気が重くなった。
そこにガム子が現れた。
「わっ、ガム子ちゃんだ。ねぇねぇ、あの先生イケメンだよね。
ガム子ちゃんもそう思うでしょ?」
「こら〜、あんたら、いい加減にしな!」
ガム子のお陰で、誠はその場を逃れることができた。
それにしても、ガム子は、生徒たちからの人望が絶大な様子だった。

前日出勤がハードだった分、始業式が終わった後は、ゆとりがあった。
午前中こそ多くの生徒が動き回っていたが、
昼過ぎともなると、一部の部活動を除いては、
春休み中に戻ったような、閑散とした雰囲気に包まれた。
そんな中、愛称問題検討委員会の第1回会合は、
午後1時から校長室で始まった。
シゲル校長、佐川副校長、総務部の柏田と愛、生活指導部からはパンチ、
2年担任の岩島津、3年からは学年主任の佐渡谷(さどや)が入り、総勢7名になっていた。

定刻になり、司会の柏田が、シゲル校長に発言を促した。シゲルは
「え〜皆さん、これから1年間、本校の生命線ともなるべき愛称について
ぜひ活発に意見を出し合って、全都の羨む愛称学校を作り上げようではありませんか!」
と、型通りの挨拶をした。しばらく沈黙があった。
場内は、非常に冷めていた。
やる気満々でこの場に来た者が少ないのは明らかだった。
柏田は困ったように言った。
「さて・・・。校長先生、この後どんな風に進めましょうか?」
「お一人ずつ、愛称問題について、今お持ちのアイデアをお話していただいては?」
「そうですね。では、そのように致します」
それを聞いた佐渡谷が、大きな声で遮った。

「待ってくれ。私はそもそも愛称表記に反対の人間ですよ。
ここに呼ばれたのは、推進派ばかりだと、見えない部分ができるから、
反対派からも入ってくれ、ということだったはずだ」
パンチが続いた。
「オレも、アイデアを持ってるから入ったんじゃねぇ。
そこにいる女王ちゃんに気に入られちゃった、ってだけのことよ。
おいウラナリ!おめぇもだよな」
岩島津は肯定も否定もせず、発言を始めた。
「この委員会を立ち上げようと言い出した人から、
まずご自身のビジョンを語っていただくべきでしょうね」
柏田が愛の方を見た。
愛は「わかりました。では私からお話させていただきます」と答えた。

「この5年間、教員の愛称は都教委が決定権を持ち、
我々の独自性が著しく損なわれていました。
これこそが、愛称が定着しなかった根本原因です。
まずは、校内限定の運用で構いませんから、
我々が自由に愛称を定める形で試験運用を行いたいと思います。
次に、愛称を考える方法ですが、本校には一体、何人分の頭脳があるでしょうか?」
「生徒を使おうってことかい?」
突然、柏田が口を挟むと、愛は驚いて柏田の方を見た。

柏田が続けた。
「そんなのは、誰でも考えつくことだ」
愛は「いいえ、誰も考えてついていなかったわ。」
佐川副校長が、「たしかに・・・。シオトメさん、素晴らしいですねぇ〜」
とフォローすると、再び柏田が言った。
「ところがだな・・・。うちの生徒会が、すでにそういう方向で動いてるんだよ。
パンチさん、生活指導部でそんな話は出てないかね?」
「おう!それだったら、たしかに郷が言ってたぜ。生徒会が主導で愛称投票やろうってな」
「え?・・・・。どういうこと?・・・」
愛は、言葉を失った。

シゲル校長が、突然明るい口調で、
「今日はまあ、顔合わせっていうことで、実際の議論は次回からスタートしましょう。
次回までに、各自で案を考えておいていただくという事で、いかがですか?」
そう言うと、みんな口々に「賛成〜」と言いながら席を立ち始めた。
「お先、部活に行かせてもらいま〜す」と言って、サッサと退室したのはパンチだった。
佐渡谷と柏田は、声すらもかけず、そそくさと退室していった。
気が付いてみると、その場にいるのは愛と岩島津だけになっていた。

岩島津が愛に言った。
「決まりだな。柏田は敵側だ。寝返ったんだよ」
「えっ?寝返った、って?」
「彼は一度は間違いなく、君の信奉者になった人間だ。
だからその後、誰かに何か吹き込まれたとしか考えられない」
「柏田さんに何かを吹き込んで、私の邪魔をしようとする者がいる・・・」
「そうだ。気を付けるんだ。ただ、これだけは覚えておいてくれたまえ。君は僕が守る」
それだけ言うと、岩島津も部屋を出ていった。

愛は、熱いセリフを言われたにも関わらず、胸がときめくことは無かった。
そんなことよりも、自分の周囲で何かが動き出していることが不気味であり、
早くその正体を見極めなくてはと思った。
(続く)

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