長編小説 「愛と誠」(職員室編)
第16話 女王ひれ伏す
「愛さん・・・。」
「あ、岩島津さん。さっきはごめんなさい。犯人は台場誠だったわ。
私ね、昨日の帰り道につい、彼に計画を話してしまったのよ。
そうしたら彼は、私を応援するためとか勝手な理屈をつけて、暴走してたってわけ。
愛称公募は、生徒におろす前に、十分な下準備が必要だった。
残念だけど、いったん他の作戦に切り替えるしかなくなっちゃったわ」
「そうか…。」
「岩島津さんの方は、何か気になることでもあったの?」
「いや、僕も、台場誠が君の足を引っ張っていたような気はしていた。」
「でも、黒幕が誠くんだったとはね。なんか拍子抜けだわ。
もっと強敵を想像してたのに、ちょっとガッカリ。うふふ」
「うん…そうだね。愛さん、とにかく君を守れるのは、この岩島津しかいない。
そのことだけはハッキリしたようだ。何かあったら、すぐに呼んでくれたまえ」
その時、職員室に柏田が戻ってきた。
岩島津は、愛との会話を切り上げて、その場を離れざるをえなくなった。
柏田は、いつものように、ドシッと音を立てながら自分の席に座り、
愛の方には顔を向けないで、帰り支度をし始めた。
そして、今初めて隣りに愛がいることに気付いたとでもいう感じで、ポツリと言った。
「シオトメさん…。」
「はい…。」
「やっぱりね、総務部には総務部の守備範囲ってものが、あるんじゃないか?」
「…と言いますと?」
「愛称委員会の件だ。私もあらためて考えてみたんだが、あれはねえ、
最初に校長から持ちかけられた時に、キッパリ断るべきだった。
あれは総務部がやる事じゃない。我々が本来やるべき事は、他にたくさんある」
柏田の話し方は一貫して、愛に向けてと独り言の中間のようなトーンだった。
「そんで今、ちょうど有り難いことに、生活指導部が張りきって、
後を受け継いでくれるみたいじゃないか。手を引くには絶好のチャンスだよ」
「ちょっと待ってください。柏田さんのおっしゃることは、よく解ります。
私が自分のアイデアを実践したいばっかりに、柏田さんを
巻き込んでしまったことは、申し訳ないと思ってます。
でも、今回はちょっとした手違いがあっただけで、
委員会の方向性としては間違ってはいませんでした。」
柏田はここで、キッと愛の方を見た。
「シオトメさん、そろそろ目を覚ましたらどうだ?
以前にも言ったと思うが、あんたが女王としての力を発揮できたのは、
前の学校で長い期間の積み重ねがあってのことだ。
上北ではまだ着任して1週間だろう。そんなあんたが、
学校の中枢部に関わろうってのが、そもそも不遜だと思わないか?
委員会はしばらく活動を休止するよう、私から提言しておく。
そして、あらためて言わせてもらうよ。
あんたはもっと謙虚になって、総務の仕事を一から覚えるんだ。」
「あ、あの…。委員会の休止は待ってもらえませんか。
あと1週間、チャンスをください。この通りです」
愛は柏田に向かって、深く頭を下げた。
「おや、どうした?女王様らしくないな。はっはっは、
今のこの状況を、みんなに見せてやりたいよ。
これが女王様の真の姿ですってね。
それとも、今から奇跡を起こしてみせるかい?
おっと、私は今、極めて冷静だから、深呼吸は必要無いよ。
わかってるかい?
今ひれ伏してるのは誰だ?
オレじゃない。あ・ん・た・だ。あ〜っはっはっ」
愛は何も言葉を返すことができなかった。
そこに、白衣姿の座尾ゴン太が現れた。
ゴン太は「柏田先生、ちょっと…」と声をかけた。
「ああ、今行きます」
柏田は、愛に対しては「じゃ、お先に失礼」
とだけ言って、ゴン太と共に職員室を出た。
愛はその場に固まったままだった。
ゴン太は、歩きながら話し出した。
「柏田先生。由紀様が、あまり調子に乗るなと心配しておられます」
「何だ?オレは、女王に対して言いたいことを全部言ってやった。そんだけだ」
ゴン太の行き先はLL教室だった。そこには高浜由紀が待っていた。
「柏田さん、女王への仕返しは、もう十分お済みになりましたか?」
「ははは、仕返しとは人聞きが悪いな。でもアンタのお陰で、
正常な総務部の姿に戻せそうだよ。
女王はグウの音も出なかった。感謝している」
「柏田さん、安心するのはまだ早いわ。女王を甘く見るとしっぺ返しを喰うわよ」
「なにぃ?どうしろって言うんだ?」
「もうひと働きしてもらうわ。いよいよ、女王にトドメを刺すためにね」
「トドメ?」
「そうよ。ふふふ」
高浜由紀が冷たく微笑んだ。
(続く)