長編小説 「愛と誠」(職員室編)
第20話 岩島津と由紀
ギャラリーに並んで立っていた岩島津弘と高浜由紀のうち、
会話の口火を切ったのは由紀の方だった。
「岩島津くん、私、知ってるのよ。あなたが、何度も生徒会室に足を運んでたこと。」
岩島津は一瞬ハッとした表情を見せたが、
「そういう高浜さんも、座尾ゴン太を使って、柏田と何度か接触していたようだが。
まあ、詮索するのはやめておきましょう。お互いのためにね。」
と答える口調は、冷静そのものだった。
由紀は続けた。
「ふふふ、私たちは、同じ穴のムジナってわけね。」
「それはちょっとばかり違う。僕らは別々の目的で動いているからね。
今は、たまたま利害が一致しているようだが、君と組む理由は見当たらない。
だから、私が君の行動を妨げる心配も無い。」
「解ってるわ。今日はちょっとご挨拶に寄ったまでよ。でも一言だけ言わせてね。
これから先は、あまり派手に動かない方がいいわよ。」
「ご忠告は有難いが、君は自分の心配をした方がいいんじゃないかな。
ハッキリ言おう。女王としての器の大きさは、君よりも汐留愛の方が上だ。
他人の力を利用して足を引っ張るのも、真の女王には、やがて通用しなくなるだろう。
分をわきまない、無理な背伸びはケガの元だ。」
「あ〜ら、岩島津くん。すっかり女王様にノボせちゃってたのね。
じゃあ、もう一つ忠告よ。恋は冷静な判断力を奪うわ。
お熱が冷めるまでは、せいぜい気を付けることね。じゃぁ失礼・・・」
フロアに降りて行く由紀を、岩島津は見送りながら呟いた。
「冷静な判断力を奪う・・・か。一度くらい、そうなってみたいものだ。
高浜由紀・・・。かつての君のようにね。ふっふっふ」
ステージの裏手には、さらに数名の教員が合流したようだった。
誠の耳には、時折その口論の声が聞こえたが、内容までは判らなかった。
今の大きな声はパンチ・・・それだけは判った。
一瞬静かになり、間もなく白川が現れた。
「マコト!すまなかったな。事情はオレから全校生徒に説明する。
部活紹介を先にやるから、そっちの準備を頼む」
白川はステージ中央に進み出ると、マイクを持って話し始めた。
「え〜、生徒の皆さん、生活指導主任の白川です。お待たせして申し訳ない。
実は、今日新入生の皆さんに、学校のことをいろいろ紹介しようとしていたわけですが、
先生方の間で重大な手違いがあった事がわかりました。
そのために、生徒会役員が今日のために準備してくれたプログラムの一部が、
予定通りに実施できなくなりました。この事は私がお詫びします。
今日は、やむをえず順序を入れ替えることにします。
今から10分間の休憩を取って、部活紹介を先に行いますから、
部活紹介に出る2,3年生は、すぐに準備をしてください。」
生徒たちは、何となくスッキリしない説明にざわめいてはいたが、
休憩時間に入った喜びの方が勝っているようだった。
ステージ裏の会議は、まだ続いていた。
誠はその様子を見に行きたかったが、生徒会役員たちの気持ちを切り替えさせたり、
部活紹介でのそれぞれの役割りを確認させたりで、その暇はなかった。
誠は、ついさっきまでの、ステージでのやり取りを思い出そうとした。
順番に記憶をたどると、だいたいこんな流れだった。
まず生徒会長が、パンフレットやパワーポイントの画面を使って、学校のことを説明。
そのコーナーの最後が、「先生の愛称をみんなで考えよう」キャンペーンで、
誠が呼ばれてステージに登場。再び会長が説明。
「こちらにいらっしゃる先生は、台場誠先生といいます。
まずはこの先生の名前を募集します。
新入生も上級生も、同じ条件で考えられるように、
今年本校にいらしたばかりの先生を選びました。
では、どんな先生なのか、今からインタビューしてみま〜す」
生徒会長は誠にマイクを向け、いろいろ質問した。
誠は、面白おかしく答えて場内の笑いを誘った。
また、「生徒の力を信じて、どんな名前を付けられても、必ずそれを使う」
と公約した時は、大きな拍手が起こった。
そして会長が生徒席に向けて言った。
「もしも今、良い名前を思いついた人がいたら、手を上げてもらえますか?」
誠の振る舞いが功を奏し、場内はリラックスムードになっていた。
すぐに数名の上級生が手を上げた。
生徒会書記の子が、ワイヤレスマイクを持って駆けつける。
3年の男子が、低い声でボソっと「タイガー」と言うと、
場内から「おお〜」と歓声があがり、拍手が起きた。
次は女子が数名続いた。
「まこちゃん」「まこりん」「まこぴょん」
いずれも笑いをもって迎えられた。
次の男子が「マッコリ」を言うと、別のお調子者っぽい男子が「モッコリ」と言った。
場内は大爆笑になった。
「モッコリ」を言った生徒が持っていたマイクを、すぐ後ろにいた男子が奪い、喋り始めた。
「先生、あのぉ〜、放送禁止用語っぽくても、決まったら使ってくれるんすかぁ?」
と聞くと、場内から、更に大きな歓声と、どよめきが起きた。
誠は、「君たちを信じます。君たちの投票で決まった名前だったら、
どんなものでも喜んで使うつもりです」と答弁し、再び大きな拍手が起きた。
その時だった。1学年主任の木内、3学年主任の佐渡屋が動き出したのは・・・。
愛称反対の急先鋒であるこの2名が、体育館前方にいた白川のもとに駆け寄り、
猛然と抗議を始めたのだった。
(続く)